9.11を予見した世にも奇妙なアルバム・ジャケット

9.11後の世界


アメリカ同時多発テロ、別名「9.11」は、既に周知されている通り、2001年、アルカイーダが首謀したアメリカン航空、ユナイテッド航空の旅客機ハイジャック事件、それに続く数回に渡るテロ爆撃事件である。ワールドトレードセンタービル、アメリカ国防総省のペンタゴンが標的となった。

記憶に残っているのは、世界貿易センタービルへの衝突の映像、数時間後、アルカイーダの組織にハイジャックされたアメリカン航空、そしてユナイテッド航空の二便は世界貿易センタービルの北棟、南棟に突撃したのだった。

正確には、この衝撃的な爆撃テロの後、僅か一時間42分という早さで、ニューヨークのマンハッタンの自由の女神と共に最も高い摩天楼をなしていたWTCが、欠陥建築のように地面に噴煙と共に崩れ落ちていったのである。

それは爆撃の衝撃によって建築物の瓦解が生じたというよりも、WTCというアメリカの文明自体の大きな崩壊、あるいは、アメリカの象徴のテロによる分解、そのように日本人の私の眼には映ってことをありありと思い出す。

アルカイーダの最後の標的は、ワシントンDCのホワイトハウスに注がれていた。このアルカイーダの最後の目論見は未遂に終わるが、もしかりに、この最後のテロ攻撃が成功していたらと思うと、今でもゾッとすることがある。

その後、ニューヨークのマンハッタン一帯は、凄まじい噴煙、白煙に包まれ、あたり一面が殆ど視界が効かなくなっていた。イースト・ビレッジ、ウェストビレッジ、チャイナタウン、ソーホー、ありとあらゆる場所が混乱に包まれた。後日、アメリカのこのテロ攻撃の瞬間を撮影したドキュメンタリーフィルムを観たことがあるが、ほとんどその様相は衝撃的で、悪夢と喩えるべきものだった。

事件発生当初、ニューヨークの街中を無数のパトカーが走り回り、サイレンの音で埋め尽くされていた。すぐに、警官が街の一角にテープのようなもので非常線を張り、危険地帯に人々が入り込まないように、ビルの崩壊の余波に見舞われる可能性がある一帯をニューヨーク警察は封鎖したのである。その後、このドキュメンタリーフィルムのカメラは、この噴煙の巻きあがるマンハッタンの住居、あるいはすぐ直前まで営業していた店舗に入りこんで、マンハッタン一帯の住民、及び、仕事人の避難の様子を克明に捉えていた。その後、ワールドトレードセンタービル一帯の人々は、激しい噴煙のなかをマンハッタンの向こうにあるブルックリン橋の方に列をなしてあるいていった。この後に、多くにマンハッタンの企業、店舗、あるいはウォール街までもが一時的に閉鎖され、文字通り、しばらくの間、ニューヨーク全体がゴーストタウン化した。


この事件は多くのアメリカ人、日本に住むアメリカ人に余りにショッキングな出来事となった。アメリカの象徴的なWTCの崩壊は、文明の崩壊の瞬間であり、一時的に酷いPTSDに陥る人があとをたたなかったのである。

それほどまで、映像だけでも9.11は余りにショッキングであり、この世の終わりと思えるほど陰惨な出来事だった。

このテロ事件の後、御存知の通り、ブッシュ政権は「正義の遂行」に乗り出し、やがて、アフガニスタン紛争に発展する。

アルカイーダの幹部、このテロ攻撃の首謀者(とされる)ビン・ラディンを暗殺するまで、この事件の長い余波は続いた。もちろん、この一連の報復攻撃はブッシュJr政権時代に始まり、そして、ビンラディンを見つけ出すのに、アメリカ国防省は、ビンラディンの潜伏しているおおよその場所は掴んでいたようだが、暗殺までには十年の月日を必要とした。ビン・ラディン暗殺の瞬間、当時のバラク・オバマ大統領はブッシュ政権からの言葉を引き継いで「Justice have been done」と公式声明がホワイトハウスで出され、この一連の事件は、幕引きを迎えることになった。


9.11"9.11" by Travis S. is licensed under CC BY-NC 2.0



アルバム・ジャケットとしての予言


この9.11という世紀のテロ攻撃は長い中東戦争の引き金を引いたともいうべき事件であり、ごまかしのような言い方になってしまうが、西洋諸国と中東という対立構造、それにロシアが関与していくことになり、中東情勢のパンドラの匣を開いた。そして、この事件を映像などで一度も観たことがない人にもわかりやすく伝えると、このテロ攻撃の最もショッキングな瞬間を捉えた映像は、WTC(世界貿易エンタービル)へのハイジャックされた旅客機の突入の瞬間、そして、それに引き続いてのこのビルの崩壊の瞬間といえる。

そして、不思議な事に、この世紀の事件が起きる以前の年代に、WTCの爆撃の瞬間を暗示するようなアルバム・ジャケットがこの世に幾つか存在する。以下に挙げる例示の他にも幾つか不思議な作品は存在するかもしれない。これは後付のこじつけだともいえなくもないけれども、奇妙な符合が感じられるとして何度かインターネットメディアでも取り上げられることがあった。

アルバム・ジャケットというのは、その大凡が、実際の音源を聴いてから、その仕事を依頼された専門のイラストレータ、あるいは、デザイナーの方がアートワークを手掛けるというのが一般的のようだ。しかし、以下に例示する奇妙なアルバム・ジャケットのデザインについては、実際の音楽と比べ、かなずしも直接的な繋がりがあるとは限らない。そうだとすると、これは穿った見方なのかもしれないが、これらのアートワークを手掛けたデザイナーは何らかのヴィジョンをアートワークの作製中に見出したともいえなくもない。実に、奇妙なシンクロニシティ。芸術家はときに、実際に見えない何かを見出す。それはすぐれたアーティストには不可欠な要素なのである。以下に挙げるアルバムジャケットをどのように見てとるか、体の良いこじつけかそれとも何らかの予言と見るかは、見る側の人の概念を鏡のように映し出すものなのかもしれない。

 

1Supertramp

「Breakfast In America」 1979

 


さて、まず、以下の一枚をご覧いただこう。

スーパートランプはプログレ要素のあるソフトロックバンドとして有名。スタジオアルバム「クライムオブセンチュリー」では全世界で2000枚以上のセールスを記録している世界的な知名度を持つロックバンドである。

そのスーパートランプが1979年に発表した「Breakfast in America」は、「The Logical Song」をはじめとする秀逸なポップソングが並んだ1970年代を代表する大名盤だが、このアルバムのジャケットには曰くつきの噂が流れている。

このニューヨークのマンハッタン全域を映した、一見、爽やかな印象のアルバム・ジャケットではある。

しかし、どうもこのアルバムジャケットは実に奇妙である。

まず、手前に写り込んでいる女性は、レストランのウェイトレスでなく、キャビンアテンダント。

飛行機の機内の窓からニューヨークのマンハッタン上空を写している事は何となく理解していただけるだろうと思う。しかし、ジャケット左上のSUPERTRAMPの「UP」という字が描かれた部分に御注目頂きたい。

さらに、少しわかりにくいかもしれないが、試しにこの「UP」という部分を左右逆にして読んでもらいたい。

このアルバムカバーのプリントされているフォントでは、「UP」の部分左右を逆にしてみると、「9 11」と読めなくもない。

さらに、ゾッとするのは、この「UP」逆さまにした「9.11」となっている下部、つまりキャビンアテンダントがオレンジジュースのグラスを掲げている部分に写り込んでいるのは、紛れもなくWTC,ワールトレードセンタービルである。もちろん、一応、念を押しておくと、このスタジオアルバムは2001年以降に発表されたものではない。正真正銘、1970年代に発表されたもの。

これはこじつけとよんで良いものか、判断に迷う。もちろん、「スーパートランプ」というバンド名も今となっては、ドナルド・トランプ大統領誕生の暗示と指摘されることがある。

さらに、よく見てみると、手前に写り込んでいるキャビンアテンダントは機内にいるのではなくて窓の外にいることが分かるはず。

考えれば、考えるほど、理解しがたい実に奇妙なアルバムカバーである。エッシャーのだまし絵のような雰囲気のある奇妙なアルバムアートワーク。

 

2.SQUAD FIVE☆O

 「bombs over broadway」2000

 


9.11の後には、音楽業界の「表現」という部分にも少なからず影響を及ぼした。かの有名なジミー・イート・ワールドですら、傑作「Bleed American」を急遽セルフタイトル「Jimmy Eat World」に変更するなど対応に追われていたが、そういった音楽とは関係のない論争に悲運にも巻き込まれたバンドがいる。

このSQUAD FIVE☆Oは、アメリカの有名なレーベル、Tooth and Neilと契約していたメロディックパンクバンドである。スタジオアルバム 「bombs over broadway」の発売は2000年。つまり同時多発テロが発生する前年であるということに驚かずにはいられない。


特に、アルバムジャケットは、ワールドトレードセンタービルの真下から炎がメラメラと舞い上がっているのに加えて、2機+1機の戦闘機が、ビル側から手前に飛来している。同時多発テロとの符合が明らかに見いだせる。アルバムのタイトルも「bombs over broadway」とあまりに予言的である。

さらに、このアルバムの表題曲「bombs over broadway」の歌詞にはこのようにおそろしい歌われている。

「ニューヨーク市の真夜中、ブロードウェイは炎上します。

グラウンド・ゼロ。大都市。炎に飲み込まれたビッグアップル。

爆弾が離れ、私達はそんなものをいまだかつて見たことがない。爆弾が落ち始めました」(意訳) 

全てが一年後に起こる同時多発テロと全く同じ出来事がこのアルバムの楽曲で歌われていることから、この作品は一種の黙示録のようにみなされたのである。この作品が同時多発テロの後、発売禁止処分が下されたという情報はないものの、バンド側は、自発的に楽曲の再生を禁止する措置をとった。

  

2.Def Leppard

「Pyromania」1983



お次は、1980年代に「NHOHM」の一角として登場したイギリスのロックバンド、デフ・レパード。

1980年代から「Photograph」や「Animal」といった爽快感のあるロックソングを生み出し、数々の世界的な大ヒット作を連発。

本国のイギリスだけではなく、アメリカでも大人気のバンド。ドラマーのトニー・ケニングは、数少ない義足の名ドラマーとしても有名である。

デビュー作「On Through The Night」に続いて発表された二作目「Pyromania」はビルにターゲットを当て、そこを爆撃する様子がアルバムカバーとして描かれる。狙撃されたビルの一角からは焔と煙が舞い上がっている。


もちろん、これだけだと同時多発テロとの関連性を指摘するのは強引と言えるかもしれない。しかし、「Pyromania」の次の天文学的な大ヒットを生み出した連作的な作品「Hysteria」1986のアルバムジャケットには、奇怪なピラミッドに顔と目が描かれている。このことについて、巷ではイギリス発祥の秘密結社フリーメイソンの「プロヴィデンスの目」を暗示していると囁かれている。

もちろん、よくいわれるオカルト的な陰謀論と、この同時多発テロを直截的に関連付けるのはフェアとは言えない。

しかし、何かを不気味さを感じずにはいられないのは、この連作二作目の「ヒステリア」の中には、「Gods of War」という重要なトラックが収録されていることであるのだ。

これはおそらく、聖書的な世界観を歌詞として表現しようとしていたのが伺われるが、同時多発テロの首謀者、ウサーマ・ビン・ラディンはかつてなんと語っていたか、例の一連のテロ攻撃を「聖戦=ジハード」と称していた。つまり「狙撃されたビル」「Gods of war」「ジハード」という3つの離れた出来事に、少なからず関連性を見出すことは、それほど難しいことではない。

このデフ・レパードの最盛期に発表された二作は、音楽としても1980年代を代表する名作であり、スーパートランプよりも早い予言的なアルバムといえる向きもなくはないのである。 


4.Micheal Jackson 

「Blood On the Dance Floor」1997




最後にご紹介するのは、マイケル・ジャクソンの一作。

実は、かの世界的大スターMJも、同時多発テロの四年前に予言的なアルバムを一枚残している。

しかし、このアルバムはスリラー等の大ヒット作に比べると、一般的にはそれほど有名ではないMJマニア向けの作品とも呼べる。

 

この「Blood on the Dance Floor」という作品は、1997年に大手エピックレコードから発表された作品である。まず、なぜ大手レコード会社のエピックは、この不穏な表現が満載の表題、そして、不吉きわまりないアルバムカバーでゴーサインを出したのか非常に理解に苦しむところがある。確かに他の駆け出しの新進バンドならいざしらず、この作品は他でも無い世界的なスーパースターミュージシャンMJのものだからである。

MJのミュージシャン、あるいは、ダンサーとしての最盛期は、やはり、ムーンウォークで一世を風靡した1980年代から90年代。とすればこの二千年前後はマイケルがミュージシャンとして混迷を極めていた時代といえなくもない。おそらく、エピックレコードは、このレコードについては、功労者としてリリースした側面もあり、かつてのような大ヒット作になるという期待を寄せていなかったので、こういった扇動的なアルバム・タイトル、ジャケットを宣伝的に使用したという意図が伺えなくもない。

それにしても、この不吉な「Blood on the Dance Floor」と題された予言的なアルバムカバーは、他のMJの作品と比べて醸し出される雰囲気が全然異なっている。何かこの作品自体に奇妙な意図が込められているような気もする。背後にニューヨークのマンハッタンを背にして踊るMJも他のアルバム、特に全盛期の「スリラー」の頃に比べ、なんとなく覇気がなく儚げ。ご覧の通り、背後のマンハッタンと思われる摩天楼から高い煙がモクモクと舞いあがっている。

さらに、このアルバムカバーについては、WTCの2つのビルを無理やりコラージュした悪趣味な画像も出回っている。さらに、アメリカのマニアの間では同時多発テロとの関連性について事細かな指摘が行われている。

この次の2001年のリリースのタイトルはなんの因果か「Invisible」。エピックからのリリース後、マイケル・ジャクソンはショービジネスに嫌気がさしたのだろう、大手レコード会社から完全に手を引き、自主レーベルからのリリースを行うようになった。



追記

9.11で亡くなられた方、そのご家族、そしてこの事件で心を痛められた方々に対して、さらに中東戦争で亡くなられた多くの方々に対して茲にあらためて深い弔意を示させて戴きます。


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