ブライトンの4人組、Lime Garden(ライム・ガーデン)は、2月16日にSo Youngからリリースされるデビューアルバム『One More Thing』からニューシングル「I Want To Be You」を発表した。ポストパンク的なアプローチを軸に置きつつも、ボーカルラインは親しみやすさがある。

 

I Want To Be You'について、ライム・ガーデンのクロエ・ハワードは次のように語っている。「"I Want To Be You'は、14歳の時に初めて行ったギグで、バンドの演奏を見て、"私はあなたになりたいのか、それともあなたと一緒にいたいのか、それとも両方が欲しいのか "と考えた、とても特別な記憶からインスパイアされたの。この感覚は私の人生で何度も頭をもたげ続け、時にはかなり強迫的なプロセスになった。ソーシャルメディアが発達し、常にアイドルを追いかけ、"彼らの世界 "にアクセスできるようになったことが、不健康な形でこの気持ちを加速させた」


クロエ・ハワードはこう続ける。「私は何かに深くのめり込むことができるタイプなんだけど、今はそれを音楽やアートのような、もっと建設的で現実的なものに向けるようにしているんだ。この曲のレコーディングは、音を通して真の強迫観念の感覚を模倣する試みだったんだ」


ライム・ガーデンは来春、バルセロナのVida ShowcaseとロッテルダムのMotel Mozaiqueで公演するヘッドライン・ヨーロッパ・ツアーを発表した。2月27日にマンチェスターのYES (Pink Room)で始まり、3月8日の彼らの故郷であるブライトンのChalkでの地元公演で幕を閉じる。

 

バンドはアルバムの制作発表と同時に、「Love Song」をリードカットとしてリリース。7月には「Nepotism(Baby)」をリリースしている。

 

「I Want To Be You」


Madi Diaz(マディ・ディアス)がケイシー・マスグレイヴスのデュエット曲を公開した。このニューシングルは『Weird Faith』の収録曲。新作アルバムは来年2月9日にAntiから発売される。


ケーシーのデュエットについてマディは、「私が『Don't Do Me Good』で歌ってほしいと頼んだ時、ケーシーが『イエス』と言ってくれてとても嬉しい。彼女がいなかったらこの曲はとても寂しいものになっていただろうし、彼女の歌声を私の歌声と一緒に聴けることにとても感謝している」


この曲は、私たちが何度失望させられても、何度も戻ってくる人について歌っている。毎日目を覚まし、その人を無条件に愛するという選択をすること、同時に、関係が何も良くなっていないことを無視することがどんどん難しくなっていくこと。

 

それは頑固であり、反抗的であり、希望的であり、積極的に楽観的である。少しマゾヒストであり、人を愛するという大変な仕事に恋をしていて、その人からどう立ち去ればいいのかわからなくなるということなのだ。


この曲には、共同プロデューサーであるサム・コーエンとコンラッド・スナイダーがそれぞれベースとパーカッションで参加、ウォークメンのマット・バリックがドラム/パーカッションで参加している。エリザベス・オルムステッドが監督したビデオが公開。下記からチェックできる。

 

「Don't Do Me Good」

Laufey-「Winter Wonderland」


アイスランドとアメリカを行き来しながら育ったLaufeyは、クラシックの訓練を受けたチェリスト兼ピアニストで、2020年に "Street by Street "のヒットでシーンに登場して以来、瞬く間に有名になった。

 

子供の頃、父親のレコード・コレクションを漁ってジャズ・スタンダードに夢中になり、今では 「Let You Break My Heart Again」のようなヒット・シングルと 『Bewitched』のような記録的なアルバムのおかげで、Spotifyで最もストリーミングされているジャズ・アーティストとなっている。 

 



Kirk Franklin-「Joy To The World」




30年前にシーンに登場して以来、カーク・フランクリンはゴスペル、ポップ、ヒップホップ、R&Bの世界の架け橋となることに成功し、着実に世界中のファンにヒット曲のオンパレードを届けてきた。

 

グラミー賞を19回受賞している彼は、1993年のデビュー・アルバム『Kirk Franklin & The Family』でその名を知られるようになり、それ以来、後戻りはしていない。先月には、14枚目のスタジオ・アルバム『Father's Day』をリリースしたばかりだ。


そして今年のスポティファイ・ホリデー・シングルでは、フランクリンはゴスペル調の「Joy To The World」のカヴァーで良い知らせを届けることにした。 



Ezra Collective‐「God Rest Ye Merry Gentlemen」




2016年に結成されて以来、ロンドンのアンサンブル、Ezra Collective(エズラ・コレクティヴ)は、ジャズ、グライム、アフロビートといったブラック・ジャンルの独特な融合で知られるようになった。

 

ドラマー兼バンドリーダーのフェミ・コレオソ、ベーシストのTJ・コレオソ、キーボーディストのジョー・アーモン・ジョーンズ、トランペット奏者のイフェ・オグンジョビ、テナーサックス奏者のジェイムス・モリソンからなるこのグループは昨年、志を同じくするアーティストのサンパ・ザ・グレート、コジェイ・ラディカル、エメリ・サンデ、ナオとのコラボレーションを収録した3rdアルバム『Where I'm Meant To Be』をリリースした。さらにこのアルバムでEzra Collectiveはイギリス/アイルランド圏で最も優れた作品に贈られるマーキュリー賞を受賞。Spotifyホリデー・シングルでは、クインテットが「God Rest Ye Merry Gentlemen」のカヴァーで才能を発揮。 

 




Pater Belico-「Un Vaquero En Navidad 」




弱冠、21歳のPanter Belico(パンター・ベリコ)は、メキシカーナ・シーンをリードする存在となった。グルーポ・アリエスガドの元メンバーは、今年初めにソロ・アーティストとしてブレイクし、"LA 701 "や "Símbolo Sexual "といったヒット曲でチャートを席巻し、デビュー・アルバム『Punto Y Aparte』をリリースした。


今年のSpotify Holiday Singlesでは、新星は異なるアプローチでオリジナル曲「Un Vaquero En Navidad 」を提供。



 

DCハードコアの祖、Minor Threatの未発表曲を収録したEPが、唯一のフルレングス『Out Of Step』の40周年記念に合わせて発売される。

 

『Out of Step Outtakes』と名付けられたこの3曲入りEPには、1983年のオリジナル『Out of Step』セッションで録音された音源が収録されている。シンガーのイアン・マッケイが経営するディスコード・レコードから12月1日にリリースされる。


1983年1月、マイナー・スレットは5人編成でインナー・イヤ・スタジオに入った(ブライアン・ベイカーはベースからセカンド・ギターに、スティーヴ・ハンスゲンはベースを弾いていた)。


彼らは6曲の新曲があり、結局、「Out of Step 12 EP」の中心となった。  バンドは歌詞を明確にするため、リリックを追加した「Out of Step」とDCのパンク・シーンを皮肉った「Cashing In」を再レコーディングすることに決定。 多くの議論の末、「Cashing In」はオリジナル盤のジャケットやレーベルには記載されていなかったが、隠しトラックとして追加された。


リールにはブランク・テープが残っていたので、「Addams Family 」というインストゥルメンタルを録音することにし、2本のギターでどんなサウンドになるかを聴くために "In My Eyes "と "Filler "の新ヴァージョンを録音した。


「Addams Family」は、「Cashing In」のコーダとして使われたが、他の2曲はミックスされなかった。2021年にマルチトラックテープがデジタル化されるまで、35年以上忘れ去られていた。この発見に驚いたイアンとドン・ジエンタラは、この2曲と「アダムス・ファミリー」の全テイクをミックスした。


『Out of Step Outtakes』は、DSPでストリーミング配信されるほか、7インチのクリア・ヴァイナルも発売される。海外盤のフィジカルはDiscordで予約受付中。スケーターパンクのディスクガイドはこちらよりお読み下さい。



Minor Threat 『Out of Step Outtakes』 EP

 

Tracklist:

1. In My Eyes

2. Filler

3. Addams Family


 


オーストラリア出身のウィストラー奏者、Molly Lewis(モリー・ルイス)は、デビューアルバム『On The Lips』の制作を発表した。jagujaguwarから2月16日に発売される。アーティストはエンリオモリコーネの作曲に代表される西部劇のようなウィストラー・サウンドを特徴としている。これまで数作のシングルとEPを発表しているが、ついにフルレングスでデビューとなる。

 

本日発表されたリードカット「Lounge Lizard」は、1956年の映画『The Girl Can't Help It』におけるジュリー・ロンドンの幻影からインスピレーションを得たアンバー・ナヴァロ監督によるビデオと共に公開された。以下よりチェックしてみよう。


「あなたがどこにいようと、この曲をあなたの人生のこれからの数分間のサウンドトラックにしてほしい。この曲があなたの周りの環境を際立たせ、お風呂からサックス奏者がセレナーデしてくれるのと同じく、優しげな音に変えてくれることを願ってます」とルイスは声明で語っている。


ルイスは、プロデューサーのトーマス・ブレネック(メナハン・ストリート・バンド、チャールズ・ブラッドリー、エイミー・ワインハウス)と共に、パサディナのダイアモンド・ウエスト・スタジオで『オン・ザ・リップス』は制作された。アルバムには、ニック・ハキム、ブラジリアン・ギタリストのロジェ、BADBADNOTGOODのリーランド・ウィッティ、チェスター・ハンセン、チカーノ・ソウル・グループのジー・セイクレッド・ソウルズ、ピアニストのマルコ・ベネヴェント、エル・ミッシェルズ・アフェアのレオン・ミッシェルズらが参加した。 

 

「Lounge Lizard」

 

 

Molly Lewis 『On the Lips』

Label: jagujaguwar

Release: 2024/2/16


Tracklist:


1. On the Lips

2. Lounge Lizard

3. Crushed Velvet

4. Slinky

5. Moon Tan

6. Silhouette

7. Porque Te Vas

8. Cocosette

9. Sonny

10. The Crying Game


J・Mascisがソロ・アルバム『What Do We Do Now』の制作を発表した。本作は2月2日にSUB POPから発売される。リードシングル「Can't Believe We're Here」が公開となった。下記をチェックしてみよう。

 

ダイナソーJr.のメンバーである彼は、西マサチューセッツにある彼のビスキテン・スタジオでレコーディングを行った。制作にはケン・マウリ(B-52'sのキーボーディスト)とマシュー・"ドク"・ダン(オンタリオのミュージシャン)が参加している。Mascisは次のように説明している。

 

「バンドのために曲を書いているとき、ルーとマーフが合いそうなことをしようといつも考えているんだ。「僕自身は、リード・ギターでもアコースティック・ギター1本で何ができるかをもっと考えている」


「もちろん、今回は、リズム・パートはまだ全てアコースティック、フル・ドラムとエレクトリック・リードを加えた 。いつもは、ソロはもっとシンプルに自分で弾けるようにするんだけど、どうしてもドラムを入れたかった。結局、バンドのアルバムに近いサウンドになったんだ。なぜそうしたのかはわからないけど、そうなったんだ」

 

 

 「Can't Believe We're Here」




J Mascis 『What Do We Do Now』


Label: Sub Pop

Release: 2024/2/2


1. Can’t Believe We’re Here

2. What Do We Do Now

3. Right Behind You

4. You Don’t Understand Me

5. I Can’t Find You

6. Old Friends

7. It’s True

8. Set Me Down

9. Hangin Out

10. End Is Gettin Shaky

 

 

Pre-order:

https://music.subpop.com/jmascis_whatdowedonow 

 


米国のシンガーCat Powerが『The Tonight Show Starring Jimmy Fallon』に出演し、ボブ・ディランの「Like a Rolling Stone」を披露した。ライブパフォーマンスの模様は以下よりご覧下さい。


先週金曜日、キャット・パワーは、1966年5月に行われたディランの伝説的なライブを再現した『Cat Power Sings Dylan: The 1966 Royal Albert Hall Concert』をドミノからリリースした。


Cat Power  『Cat Power Sings Bob Dylan:The 1966 Royal Albert Hall Concert』 

 

 

Label: Domino

Release: 2023/11/10



Review


キャット・パワーは近年、カバーという表現形式に専念しており、その可能性を追求してきた。元々、ストリートミュージシャンとしてニューヨークで活動を始め、Raincoatsの再結成ライブでスティーヴ・シェリーとの親交を深め、トリオ編成として活動を行うようになった。


その後、ソロ転向してMatadorからリリースを行い、「What Would The Community Think」等を発表、CMJチャートでその名を知られるようになる。


2000年代にローリング・ストーンズのカバーを収録した「Cover Records」の発表後、率先してカバーに取り組んで来た。


2022年にDominoから発売された「Covers」では、フランク・オーシャン、ザ・リプレイスメンツ、ザ・ポーグスの楽曲のカバーを行っていることからもわかるが、無類の音楽通としても知られている。エンジェル・オルセン、ラナ・デル・レイ等、彼女にリスペクトを捧げるミュージシャンは少なくない。

 

ロイヤル・アルバートホールでのキャット・パワーの公演を収録した『Cat Power Sings Bob Dylan』は、ボブ・ディランの1966年5月17日の公演を再現した内容である。このライブは、ちょうどディランのキャリアの変革期に当たり、マンチェスターのフリー・トレード・ホールで行われたディランのライブ公演のことを指している。


しかし、この公演のブートレグには、実際はマンチェスターで行われたにもかかわらず、「ロイヤル・アルバート・ホールで開催」と銘打たれていたため、一般的に「ロイヤル・アルバートホール公演」として認知されるに至った。


キャット・パワーにとって、ボブ・ディランは最も模範とすべき音楽家なのであり、彼女はその尊敬の念を絶やすことがない。


「他のいかなるソングライターの作品よりも」とマーシャルは語っている。「ディランの歌はわたしに深く語りかけてくれたし、5歳のときに、ディランを聴いて以来、私に強いインスピレーションを与えてきた。過去に”She Belongs To Me”を歌う時、私は時々それを一人称の物語に変えていた。私はアーティストだから振り返らないって」

 

ボブ・ディランの1966年の公演の伝説的な瞬間は、「Ballad Of a Thin Man」が始まる直前に観客が「Judah」と叫ぶ箇所にある。


ご承知の通り、新約聖書のエピソードが込められており、「あれは衝撃的な瞬間でした。ある意味、ディランはソングライティングを行う私達にとって神様のようなものなのです」とマーシャルは説明している。


ボブ・ディランの公演の再現を行うことは、ロイヤル・アルバートホールでの公演を行うことと同程度にアーティストにとって光栄の極みであったことには疑いを入れる余地がない。しかしながら、この伝説的な公演を再現するにあたって、かなりのプレッシャーに見舞われたことも事実だった。


公演のリハーサル中に行われたマンチェスターのThe Guadianのインタビューの中で、「心臓がバクバクして本当に怖い」とキャット・パワーは率直に胸中を打ち明けている。「ああ、ボブ・ディランはこのことをどう思うだろう? 私は何か、正しいことをしているのだろうか?」 


この言葉は、ミュージシャンとして潤沢な経験を擁するキャット・パワーが、どれほどの決意を抱えて伝説のライブの再現に臨んだのかという事実を物語っている。さらに、マーシャルはライブの再現に関して、「原曲を忠実に歌うことを心がけた」とも説明している。

 

カバーというのは、原曲のマネをすれば良いわけではないのだと思う。その曲にどのような意図が込められているのか。どのような意味を持つのか。およそ考えられる限りの範囲の事実に配慮し、原曲の意義を咀嚼した上で、その曲を再現したりアレンジしたりしなければ、それは単なる模倣の域を出ない。原曲から遠く離れすぎてもいけないし、同時に近すぎてもいけないという難しさもある。


ところが、これまで多数のカバーを手掛けたきたキャット・パワーのライブには、単なる再現以上の何かが宿っているという気がする。ライブ開場前から多数の観客が客席に詰めかけ、キャット・パワーの公演を心待ちにしていたが、そのリアルな感覚のある本物のライブを、レコーディングという観点から生の音源として収録している。


このライブは、その瞬間しか存在しえないリアルな空気感を見事に捉えており、ドミノのレコーディングの真骨頂が表れた名盤とも言える。ポップスというジャンルの範疇にあるアルバムではあるが、名作曲家と名指揮者、名オーケストラによるクラシックコンサートのような洗練された空気感を感じ取ることが出来る。つまり、実に稀有な作品なのだ。

 

オーディエンスの拍手から始まる「She Belongs To Me」は、しなやかなアコースティックギターの演奏に、キャット・パワーのブルージーな歌がうたわれる。その中におなじみのブルース・ハープがさらに哀愁のある雰囲気を生み出す。特に素晴らしいと思うのは、楽曲の演奏を通じて、米国の牧歌的な雰囲気をロイヤル・アルバート・ホール内の空間に呼び覚ましていることだろう。円熟味のあるギターの演奏、この異質なシーンに気後れしないキャット・パワーの歌声に、ぼーっと聞き惚れてしまう。そして、そのブルージーな色合いを生み出しているのは、キャット・パワーが駆け出しの頃、貧しいストリート・ミュージシャンとして活動していた人生経験である。これは、全く別の人物の歌をうたいながらも、みずからの体験を反映させ、それをカバーという形に昇華させているからこそ、こういった深さがにじみ出てくるのである。

 

一見したところ、ライブでは、直接的に感傷性に訴えかけるようなフレーズはそれほど多くないように思える。しかし、続く「Fourther Time Around」では、アコースティックギターのストロークを掻い潜るようにして紡がれるマーシャルのボーカルは、バラードという形式の核心にある悲哀を捉え、涙を誘う。感情をそのまま歌に転化させ、美しい流れの中に悲しみをもたらす。フォーク・バラードという形で紡がれていく歌やギターの中にはブルースに近い渋みが漂う。


続いて、ギターを持ち替えたと思われる「Visions Of Johanna」では、大きめのサウンドホールの鳴りを活かし、緩やかでくつろいだフォーク・ミュージックを奏でている。ブルージーな渋さのあるキャット・パワーのボーカルの後のブルースハープの演奏もムードたっぷりだ。

 

中盤で圧巻なのは、12分に及ぶ「Desolation Row」である。旅の郷愁が歌われた楽曲をキャット・パワーは再現させ、この曲の真の魅力を呼び覚ましている。ブルースとソウルの中間にあるフォークミュージックであり、キャット・パワーは「Fortune Teller Lady」といったこのジャンルのお馴染みのフレーズをさらりと歌いこなしている。イントロの演奏に続いて、シンプルな曲の流れの中から、スモーキーな感覚と渋みを上手く作り出している。驚くべきことに、12分という長さは欠点にならず、いつまでもこの渋さの中に浸っていたという気を起こらせる。

 

 「Desolation Row」

 

 

アルバムの中盤の収録曲、「Mr. Tambourine Man」も聴き逃がせない。原曲は、フォーク・シンガーでありセッション・ギタリストだったブルース・ラングホーンがモデルとなっている。クラシックギターの演奏を基調とした演奏の中で、キャット・パワーはやはり渋さのあるボーカルでこの曲を魅力的にしている。牧歌的な感覚と哀愁のある感覚がボーカルから滲み出て、なんともいえないようなアトモスフィアを生み出している。しかし、それほどこの曲がしつこくならないのは、パット・メセニーのようにさらりと演奏されるギターの清々しさに要因がある。

 

もちろん、このライブの魅力は敬虔な雰囲気だけにとどまらない。ボブ・ディランの楽曲のエネルギッシュな一面性をライブの中で巧みに再現し、その曲の持つ本当の魅力をリアルに体現させている。


その後、The Byrdsのようなロック性を思わせる「Tell Me,Momma」はラグタイムジャズ、ビッグバンド風のリズムを取り入れ、華やかで楽しい雰囲気を作り出し、観客を湧かせる。この曲では、キャット・パワーのロックシンガーとしての意外な一面をたのしむことが出来る。「I Don’t Believe You」は、表向きには70年代のロックのアプローチを取っているが、キャット・パワーはアレサ・フランクリンのようなR&Bの歌の節回しを取り入れることで、曲に深みと渋さを与えている。この曲もまた中盤のロック的な音楽性の一端を担っている。

 

アルバムの前半では静かなアコースティック・フォーク、そして、中盤ではヴィンテージ・ロックと進んでいくが、終盤では、ディランのフォーク・ロックの巨人という側面に焦点が当てられている。


「Baby You Follow Me Down」では同じく、フォークロックに挑んでいる。さらには「Just Like Tom Thumb's Blues」ではカントリーとブルースをロック的な観点から解釈している。これらの2曲は、終盤の流れの中に意外性をもたらしており、ディランのロックミュージックの醍醐味を体感出来る。


同じように、スタンダードなブルース・ロック「Leopard」も渋いナンバーとして楽しめる。同じように、ライブ・アルバムの終盤では、リラックスした感覚を維持しながら、ロックそのものの楽しさをライブで再現している。カントリーをフォークロックとして解釈した「One Too Many Morning」でも切ない郷愁を思わせるものがあり、ゆったりした気分に浸れる。

 

最も注目すべきは、1966年のロイヤル・アルバート・ホール公演と同様に、観客が本当にステージに向けて「Judah」と言った後、キャット・パワー自身が「Jesus…」と返すシーンにある。


キャット・パワーは、ここでボブ・ディランを神様のように見立てていることには驚愕だ。「Judah」という声が、ドミノ・レコードの社員や関係者の仕込みでないことを願うばかりだが、その後、厳粛な感じで曲に入っていく瞬間は、伝説的なシーンの再現以上の意義が込められているのではないだろうか。


ライブのクライマックスを飾るのは、伝説の名曲「Like A Rolling Stone」。少し意外と思ったのは、この曲は女性のシンガーが歌った方が相応しく聞こえるということ。ディランの曲よりも柔らかい感じのカバーであり、原曲よりも聴きやすさがある。

 

 

 

95/100



 

「Like A Rolling Stone」


Numero Groupは、USオルタナ/パンクのバックカタログの原石を発掘し、当該ジャンルのファンに向け魅力的なリイシューを行っている。と同時に、90年代のスロウコア/サッドコアバンドを招聘し、イベントを開催している。


ヌメロ・グループの最新作は、ブライアン・ケース(ディサピアーズ、FACS)、ロバート・アイキ・オーブリー・ロウ(リッチェンズ)、ケイシー・キー、チャンドラー・マクウィリアムスが在籍していた中西部のポストハードコア・グループ(00年代初頭まで活動)のボックス・セットになる。

 

『90 Day Men: We Blame Chicago』と題された5枚組アルバムには、ヘバ・カドリーがリマスターしたバンドの3枚のスタジオ・アルバムに加え、2001年のピール・セッション、EP、シングル、アウトテイク、レア音源や未発表音源が収録されている。発売は1月19日。公式サイトで予約可能。かなりマニアックなボックス・セットとなるが、ファンはぜひチェックしてみよう。


全音源に加え、貴重な写真や、その他のエピソードを掲載した60ページのブックレット、ジョーン・オブ・アークのティム・キンセラが監修した、アット・ザ・ドライブ・イン/ザ・マーズ・ヴォルタのセドリック・ビクスラー=ザヴァラ、ゲット・アップ・キッズのマット・プライヤーとロブ・ポープ、ジョン・コングルトン、ショーン・ティルマン、ジャスティン・チェルノ(パンサーズ、ピッチブレンデ)などを含むバンドとその関係者をフィーチャーした豪華な68ページのオーラル・ヒストリーも付いている。いずれも現時点では海外盤のみの販売となる。

 

さらに、ヌメロ・グループはウェブサイト限定で、ボーナス・カセット『Orbit To Orbit』に90 Day Menの初7インチ『Taking Apart The Vessel』とバンド初期の未発表曲8曲が収録された『Silver And Snow Variant』エディションも発売する。 

 

 




『90 Day Men: We Blame Chicago』


Tracklist:


(It (Is) It) Critical Band

1. Dialed In

2. Missouri Kids Cuss

3. From One Primadonna To Another

4. Super Illuminary

5. Hans Lucas

6. Exploration Vs. Solution Baby

7. Sort Of Is A Country In Love

8. Jupiter and Io


To: Everybody

1. I’ve Got Designs On You

2. Last Night A DJ Saved My Life

3. Saint Theresa In Ecstasy

4. We Blame Chicago

5. Alligator

6. A National Car Crash


Panda Park

1. Even Time Ghost Cant Stop Wagner

2. When Your Luck Runs Out

3. Chronological Disorder

4. Sequel

5. Too Late Or Too Dead

6. Silver And Snow

7. Night Birds


EPs, Singles & Outtakes

1. My Trip To Venus

2. Sink Potemken

3. Streamlines And Breadwinners

4. Sweater Queen

5. Hey Citronella

6. From One Prima Donna To Another

7. Studio Track Four

8. Methodist

9. To Everybody: Outtake 1 (Previously Unissued)

10. To Everybody: Outtake 2 (Previously Unissued)

11. Harlequins Chassis

12. Eyes On The Road


Peel Session

1. Sort Of Is A Country In Love (Previously Unissued)

2. The Methodist (Previously Unissued)

3. Hans Lucas (Previously Unissued)

4. National Car Crash (Previously Unissued)


Orbit To Orbit

1. 17,000 Kiloujoules Of Light

2. Rex Roth

3. Orbit To Orbit

4. Untitled 01 (Previously Unissued)

5. Kid Kool Aid (Previously Unissued)

6. Untitled 02 (Previously Unissued)

7. Untitled 03 (Previously Unissued)

8. Two Word Title (Previously Unissued)

9. Pull Up The Brass (Previously Unissued)

10. Kid Kool Aid 97 (Previously Unissued)

11. What’s Next, Explorers? (Previously Unissued)


イギリス、ノッティンガムのポストパンクデュオ、スリーフォード・モッズは、パレスチナのスカーフがステージに投げ込まれたことを受けて、マドリードのラ・リヴィエラでのライブをキャンセルした。ショーは終わりに近づいており、その後、数曲演奏する予定だった。


ジェイソン・ウィリアムソンとアンドリュー・ファーンは、1時間半ほど演奏していたが、客席からパレスチナのスカーフがステージに投げ込まれ、シンガーは「Nudge It」の途中で演奏を中断した。ウィリアムソンは、スカーフを拾い上げたのち、「もしまた同じことが起きたらコンサートを中止する」と腹立たしそうに言い放ち、スカーフを投げ返した。これは曲の中で政治的な風刺を込めたスポークンワードを披露するデュオに対する、一部の心無い観客からの挑発とも取れる。


ライブの後、バンドはソーシャルメディアで次のように弁明している。「僕は歌手だ。私の仕事は音楽なんだ。戦争について私が本当に知っているのは、他の人たちと同じように、早すぎる死にうんざりしているということだけ。どんなクソみたいな信念の網の下でも、誰もが殺されてしまうということにね」


さらに、ボーカルのジェイソン・ウィリアムソンはツイッターで、ファンが政治的なポジションを求めてきたことに対して、「ギグで何も考えてないのに、どっちにつくかなんて聞かないでほしい」と書いている。ただし、現在のところ、グループは少し態度を軟化しつつあるようだ。



さらにジェイソン・ウィリアムソンは、マドリードで起こったことについて、「いくつかの背景を説明したい」とソーシャルメディア声明で書いている。


ウィリアムソンははまた、「私は答えを持っていない」とも書いており、ガザでの停戦を求める人々が増えていることには賛成している。「意味のある停戦が必要だ。意味のある停戦が必要となるだろう」と、現時点では一方の肩を持たずに、平和的解決を望んでいることを言及するにとどまった。


The Smileはセカンドアルバム『Wall of Eyes』の制作を発表した。2024年1月26日にXLレコーディングスからリリースされる。本日、タイトル曲のミュージックビデオが公開された。下記よりご覧下さい。


最新作『ウォール・オブ・アイズ』は、8曲入り。オックスフォードとアビーロード・スタジオでレコーディングされ、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラによるストリングス・アレンジがフィーチャーされている。バンドはポール・トーマス・アンダーソンが監督した「Bending Hectic」のビデオをプレビューとして公開している。


ザ・スマイルは、今年初めに初めて楽曲制作中であることを示唆し、3月に2ヶ月近くスタジオ入りしていることを伝えた。6月上旬には、グリーンウッドが、トリオには "アイディアの大きなバックログ "があることを確認した。


そして6月、ザ・スマイルは『ウォール・オブ・アイズ』からのファースト・シングル「ベンディング・ヘクティック」を発表した。夏のツアーで、バンドはこの曲をライヴで演奏し、「Read the Room」や「Under Our Pillows」など、『Wall of Eyes』に収録される他の曲も披露した。


ザ・スマイルは、2020年のCOVID-19パンデミック時に結成された。2022年5月にデビュー・アルバム『A Light for Attracting Attention』を発表。昨年12月にはライヴ・アルバム『The Smile(Live at Montreux Jazz Festival, July 2022)』を発表。バンドは、ライブ・ショーでレディオヘッドのサイド・プロジェクト以上の存在であることを証明し、多くのツアーに乗り出している。今年、NPRのタイニー・デスク・シリーズ、ピッチフォークミュージックフェスティバルにも出演した。



「Wall of Eyes」   


後日掲載したレビューはこちらからお読み下さい。



The  Smile  『Wall of Eyes』


Label: XL Recordings

Release: 2024/1/26


Tracklist:


1.Wall Of Eyes

2.Teleharmonic

3.Read The Room

4.Under Our Pillows

5.Friend Of A Friend

6.I Quit

7.Bending Hectic

8.You Know Me!


The Smile 2024 Tour Dates:


03/13 – Copenhagen, DK @ K.B. Hallen

03/15 – Brussels, BE @ Forest National

03/16 – Amsterdam, NL @ AFAS Live

03/18 – Brighton, UK @ Brighton Centre

03/19 – Manchester, UK @ O2 Apollo

03/20 – Glasgow, UK @ SEC Armadillo

03/22 – Birmingham, UK @ O2 Academy

03/23 – London, UK @ Alexandra Palace



スポティファイが2024年からロイヤリティの再生条件を設けることが新たな報道で明らかになった。


Music Business Worldwideの報道によると、スウェーデンの大手ストリーミング配信事業者であるスポティファイは、各楽曲が年間1,000回再生されるまで、アーティストに楽曲使用料を支払わないとのことで、2024年に実施される予定であると以前報じられた変更の詳細を裏付けるものとなった。


MBWの情報筋によれば、この新しいルールは「現在、平均して月5セント以下、つまり月200回程度の再生回数しかない楽曲を消滅させるために導入さ」だという。スポティファイは、このシェアはアーティスト・プールの約0.5%であり、新しい年間ストリームの最低額は、プラットフォーム上の他の99.5%のアーティストに4,000万ドル(米ドル)をシフトさせると予測している。


ある情報筋はMBWに対し、この変更は「小銭や5セントといった小額の支払い」が「銀行口座で眠っている」ことが一因と語った。「多くの場合、これらのマイクロペイメントは人間にすら届いていない」と彼らは説明した。「アグリゲーターは、インディーズ・アーティストが資金を引き出すことを許可する前に、最低レベルの[支払われたストリーミング使用料]を要求することが多い」


現在確認されているロイヤリティの年間最低再生回数に加え、先月にはいくつかの今後の変更が報告されている。まず、"Super Premium "サブスクリプション・ティアの計画がリークされた。月額19.99ドル(米国)の料金には、ロスレスオーディオ、より多数のオーディオブックの試聴、AIによるプレイリスト作成が含まれる。さらに最近の報道によると、スポティファイは「違法再生」や「ストリームファーム」の検出など、不正行為にさらに焦点を当て、配信者には罰金を科す。また、「音楽以外の "ノイズ "コンテンツ」については、最低視聴時間の要件が設けられる予定だ。



ティモシー・シャラメが司会を務めた昨夜の『サタデー・ナイト・ライブ』に、ボーイジーニアスが音楽ゲストとして登場した。


フィービー・ブリジャーズ、ジュリアン・ベイカー、ルーシー・デイカスの3人組、ボーイジーニアスは、ビートルズ風のセットを組んだスタジオで、デビュー作の収録曲「Not Strong Enough」と「Satanist」を披露した。ブリジャーズがリッケンバッカーを演奏する姿は一見に値する。ビートルズ風のモッズのスタイリッシュなスーツの粋な着こなしに加え、足元のレザーのスリッポン・シューズもおしゃれ。ボーイジーニアスが別のミュージシャンに扮するのは、今年初めのLAのニルヴァーナ以来のことである。ライブパフォーマンスの様子は以下よりご覧下さい。


先週金曜日、「Not Strong Enough」はグラミー賞の最優秀ロック・ソング賞、最優秀ロック・パフォーマンス賞、年間最優秀レコード賞にノミネートされた。




Weekly Music Feature


Daneshevskaya




ニューヨーク/ブルックリンのアンナ・ベッカーマンのプロジェクトであるダネシェフスカヤ(Dawn-eh-shev-sky-uh)は、彼女自身の個人的な歴史のフォークロアに浸った曲を書く。

 

アーティスト名(本当のミドルネーム)は、ロシア系ユダヤ人の曾祖母に由来する。ベッカーマンは音楽一家に育ち、父親は音楽教授でありアンナ・ベッカーマンのプロジェクト。

 

ベッカーマンは音楽一家に育ち、父親は音楽教授、母親はオペラを学び、兄弟は家で様々な楽器を演奏していた。彼女は父親の大学院生からピアノを習い、自分で作曲を試みる前は、シナゴーグで教えられた祈りを歌った。彼女自身の曲は、宗教的な意味合いというよりは、ベッカーマン自身の過去、現在、未来の賛美歌のような、アーカイブ的な記録として、スピリチュアルなものを感じることが多い。「音楽の楽しみは人と繋がること、私はそうして育ってきたの」と彼女は言う。


彼女のデビューEP『Bury Your Horses』が人と人とのつながりの定点と謎を縫い合わせたのに対し、『Long Is The Tunnel』(Winspearからの1作目)は、出会った人々がどのように自分の進む道に影響を与えるかを考察している。ベッカーマンはずっとニューヨークに住んでいるが、彼女のアーティスト名(そして本当のミドルネーム)はロシア系ユダヤ人の曾祖母に由来する。『ロング・イズ・ザ・トンネル』を構成する曲を書いている最中に、彼女の祖父母は2人とも他界した。祖母(詩人であり教師でもあった)に関する話は、「過去の自分の姿」のように感じられると同時に、ベッカーマンがどこから来たのかという線に色をつけたいという燃えるような好奇心に火をつけた。

 

ベッカーマンは祖母の手紙を頻繁に読み返したが、その手紙は「憧れを繊細かつ満足のいくリアルな方法で伝えていた」という。痛烈な「Somewhere in the Middle」のような曲は、彼女の人生に残された人々を不滅のものとし(「もう二度と会うことはないだろう」)、過去を再現することで、しばしば暗い真実が表面化する。殺伐とした現実にもかかわらず、このEPは伝統的なソングライティングと現代的な言い回しの間の独特のコラージュを描いており、自己発見の純粋な輝きに魅せられる。


昼間はブルックリンの幼稚園児のためのソーシャルワーカーを務めるベッカーマンの音楽は、すべてが険しいと感じるときに生きる子供のような純粋さを追求することが多い。「子供が登校時に親に別れを告げるとき、もう二度と会えないような気がするものです」と彼女は説明する。

 

『ロング・イズ・ザ・トンネル』は、そのような心の傷の感覚を強調している。「人に別れを告げることは、私にとってとても神秘的なことなの」と彼女は言う。2017年から数年間かけて書かれた7曲は、パッチワークのような思い出/日記で、彼女の人生に関わる人々へのエレジーでもある。Model/ActrizのRuben Radlauer、Hayden Ticehurst、Artur Szerejkoによる共同プロデュースで、これらの初期デモの最終バージョンには、Black Country, New RoadのLewis Evans(サックス)、Maddy Leshner(鍵盤)、Finnegan Shanahan(ヴァイオリン)も参加し、各曲をそれ自身の中の世界のように聴かせるきらびやかな楽器編成を加えている。


ベッカーマンは、音楽を聴くときはまず歌詞に惹かれると強調する。「私が曲を書くことを学んだ方法の多くは詩を通してであり、それは私にとって言語についての新しい考え方なのです」 

 

彼女の祖母の足跡をたどる新作EPは、古典的な構成に、別世界のようでもあり、地に足のついた独特なメタファーが組み込まれている。『ロング・イズ・ザ・トンネル』は、逃避の形を示す超現実的なイメージで満たされている。曲のうち2曲は、鳥を題材にしており、ベッカーマンは、目を離せないものに目を奪われる一方で、自由にその場を離れることもできると説明している。「水中にいるような気分にさせてくれるアートが好きなんだ」とベッカーマンは過去のインタビューで語っているが、『ロング・イズ・ザ・トンネル』は、欲望、感情、ファンタジーに完全に没入しているような感覚を長引かせる。と同時に、「『ピンク・モールド』のような曲は、私が違うバージョンの愛を学ぼうとしていることを歌っているの」と彼女は説明する。彼女のラブソングの陰鬱なメランコリアは、しばしば他の誰よりも彼女の内面に現れている。彼女が本当に求めているのは健全な関係の自立だ。「私たちは互いのものにはならないけれど、この人生を分かち合う」 多くの場合、このような魅惑的なおとぎ話は途切れてしまうにしても。 


「私は運命の人じゃない!、私は運命の人じゃない!"と繰り返すフレーズは、新しい存在の野生の中に生まれた呪文のようである。


『Bury Your Horses』と『Long Is The Tunnel』のタイトルはどちらも特定のカーゲームにちなんだもので、後者はトンネルが何秒続くかを当てる内容だ。ベッカーマンは、それぞれの曲を通して建築的な注意深さを維持し、彼女の視点を越えてゆっくりと世界を構築していく。「海が出会う場所がある/その下には暗闇がある」と彼女は「Challenger Deep」の軽やかさの中で歌いながら夢想する。誰かを理解しようと近づけば近づくほど、その人の欠点が明らかになることがある。しかしながら、結局のところ、愛とは、目的のための手段にすぎないのかもしれない。

 

 -Winspear




『Long Is A Tunnel』/ Winspear


 

このアルバムは、ブルックリンのシンガー、ダネシェフスカヤの「個人的なフォークロア」と称されている通り、奥深い人間性が音楽の中に表出している。それは21世紀の音楽である場合もあり、それよりも古い時代である場合もある。最近の音楽でよくあるように、自分の生きる現代から、父祖の年代、また、複数の時代に生きていた無数の人々の記憶のようなものを呼び覚まそうという試みなのかもしれない。それは、現代的な側面として音楽にアウトプットされるケースもあれば、20世紀のザ・ビートルズが全盛期だった時代、それよりも古いオペラや、東ヨーロッパの民謡にまで遡る瞬間もある。しかし、音楽的にはゆったりとしていて、親しみやすいポップスが中心となっている。フォーク、バロック・ポップ、チェンバー・ポップ、現代的なオルト・ロックまで、多角的なアプローチが敷かれている。そして、アルバムを形成する7曲には、普遍的な音楽の魅力に焦点が絞られている。時代を越えたポップスの魅力。

 

「Challenger Deep」

 



アルバムは、幻想的な雰囲気に充ちており、安らかさが主要なサウンドのイメージを形成している。全般的に、おとぎ話のようなファンタジー性で紡がれていくのが幸いである。ダネシェフスカヤは、自分の日頃の暮らしとリンクさせるように、子供向けの絵本を読み聞かせるかのように、雨の涼やかな音を背後に、懐深さのある歌を歌い始める。ニューヨークのフォークグループ、Floristは、昨年のセルフタイトルのアルバムにおいて、フォーク・ミュージックにフィールドレコーディングやアンビエントの要素をかけ合わせて、画期的な作風で音楽ファンを驚かせたが、『Long Is A Tunnel』のオープニング「Challenger Deep」も同様に『Florist』に近い志向性で始まる。ナチュラルかつオーガニックな感覚のあるギターのイントロに続き、ダネシェフスカヤのボーカルは、それらの音色や空気感を柔らかく包み込む。童話的な雰囲気を重んじ、和やかな空気感を大切にし、優しげなボーカルを紡ぐ。デモソングは、ほとんどGaragebandで制作されたため、ループサウンドが基礎になっているというが、その中に安息的な箇所を設け、バイオリンのレガートやハモンド・オルガンの神妙な音色を交え、賛美歌のような美しい瞬間を呼び覚ます。驚くべきことに、シンガーとして広い音域を持つわけでも、劇的な旋律の跳躍や、華美なプロデュースの演出が用意されているわけではない。ところが、ダネシェフスカヤのゆるやかに上昇する旋律は、なにかしら琴線に触れるものがあり、ほろ苦い悲しみを誘う瞬間がある。

 

「Somewhere in The Middle」は「Challenger Deep」の空気感を引き継ぐような感じで始まる。同じようにアコースティックギターのループサウンドを起点として、インディーロック的な曲風へと移行していく。

 

イントロではフォーク調の音楽を通じて、吟遊詩人のような性質が立ち現れる。続いて、ギターにベースラインとシンプルなドラムが加わると、アップテンポなナンバーに様変わりする。この曲には、Violent Femmesのようなオルタナティヴ性もあるが、それをポップスの切り口から解釈しようという制作者の意図を読み取る事もできる。ときに、フランスのMelody Echoes Chamberのインディー・ポップやバロック・ポップに対する親和性も感じられるが、トラックには、それよりも更に古いフレンチ・ポップに近いおしゃれさに充ちている。曲の雰囲気はシルヴィ・バルタンのソングライティングに見られる涼やかで開放的な感覚を呼び覚ますこともある。曲の最後には、テンポがスロウダウンしていき、全体的な音の混沌に歌の夢想性が包み込まれる。 

 

 

「Bougainvilla」



「Bougainvilla」には、歌手のソングライティングにおける特異性を見いだせる。ダネシェフスカヤは、さながら演劇の主役に扮するかのように、シアトリカルな音楽性を展開させる。ミュージカルの音楽を明瞭に想起させる軽妙なポップスは、音階の華麗な駆け上がりや、チェンバー・ポップの夢想的な感覚と掛け合わされて、アルバムの重要なファクターであるファンタジー性を呼び覚ます。そして、シンガー自身の緩やかで和らいだ歌により、曲に纏わる幻想性を高めている。さらにヴィンテージ・ピアノ、ヴィブラフォン、コーラスを散りばめて、幻想的な雰囲気を引き上げる。しかしながら、嵩じたような感覚を表現しようとも、音楽としての気品を失うことはほとんどない。それはメインボーカルの合間に導入される複数のコーラスに、要因が求められる。アルバム制作中に亡くなったという祖(父)母の時代の言葉、不確かな何かを自らのソングライティングにアーカイブ的に声として取り入れているのは、(英国のJayda Gが既に試みているものの)非常に画期的であると言える。さらに、ダネシェフスカヤは驚くべきことに、自分の知りうることだけを音に昇華しようとしているのではなく、自分がそれまで知り得なかったことを音にしている。だからこそ、その音楽の中に多彩性が見いだせるのである。

 

アルバムには「鳥」をモチーフにした曲が収録されているという。なぜ、鳥に魅せられる瞬間があるのかといえば、私達にとって不可解であり、ミステリアスな印象があるからなのだ。「Big Bird」は、ニューヨークで盛んな印象のあるシンセ・ポップ/インディーフォークを基調とし、それをダイナミックなロックバンガーへと変化させている。特に、ゆったりとしたテンポから歪んだギターライン、ダイナミック性のあるドラムへと変化する段階は、鳥が空に羽ばたくようなシーンを想起させる。ドリーム・ポップの影響を感じさせるのは、Winspearのレーベルカラーとも言える。そして、そのシューゲイズ的な轟音性は曲の中盤で途切れ、ベッドルームポップ的な曲に変化したり、童話的なインディーフォークに変化したり、曲の展開は流動的である。しかし、その中で唯一不変なるものがあるとするなら、それらの劇的な変化を見届けるダナシェフスカヤの視点である。劇的なウェイブ、それと対象的な停滞するウェイブと複数の段階を経ようとも、その対象に注がれる眼差しは、穏やかで、和やかである。もちろん外側の環境が劇的に移ろおうとも、ボーカルは柔らかさを失うことがない。ゆえに、最終的にシューゲイザーのような轟音性が途切れた瞬間、言いしれない清々しい感覚に浸されるのである。

 

 

例えば、ニューヨークのBigThief/Floristに象徴されるモダンなフォークの音楽性とは別に、続く「Pink Mold」において、ダネシェフスカヤはより古典的な民謡やフォークへの音楽に傾倒を見せる。アメリカーナ、アパラチア・フォークのような米国音楽の根幹も含まれているかもしれない。一方、アルプスやチロル地方やコーカサス、はては、スラブ系の民族が奏でていたような哀愁に充ちた、想像だにできない往古の時代の民謡へと舵を取っている。これは、米国のブルックリンのハドソン川から大西洋を越え、見果てぬユーラシア大陸への長い旅を試みるかのようでもある。セルビア系の英国のシンガー、Dana Gavanskiの音楽性をはっきりと想起させる国土を超越したコスモポリタンとしてのフォーク音楽である。それはまた、どこかの時代でジョージ・ハリソンが自分らしい表現として確立しようと企てていた音楽でもあるのかもしれない。これらの西欧的な感覚は、さながら中世の船旅のようなロマンチシズムを呼び覚まし、どのような民族ですら、そういった時代背景を経て現在を生きていることをあらためて痛感させる。

 

メロトロン、淑やかなピアノ、ダネシェフスカヤのボーカルが掛け合わされる「Roy G Biv」は、60、70年代のヴィンテージ・レコードやジューク・ボックスの時代へ優しくみちびかれていく。夢想的な歌詞を元にし、同じようにフォーク音楽とポピュラー音楽を融合を図り、緩急ある展開を交えて、ビートルズのアート・ポップの魅力を呼び覚ます。後半にかけてのアンセミックなフレーズは、オーケストラのストリングスと融合し、すべては完璧な順序で/降りていく最中なのだとダネシェフスカヤは歌い、美麗なハーモニーを生み出す。最後の2曲は、ソロの時代のジョン・レノンのソングライティング性を継承していると思えるが、こういった至福的な気分と柔らかさに充ちた雰囲気は、「Ice Pigeon」において更に魅力的な形で表される。

 

シンプルなピアノの弾き語りの形で歌われる「Ice Pigeon」では、「Now And Then」に託けるわけではないけれど、ジョン・レノンのソングライティングのメロディーが、リアルに蘇ったかのようでもある。この曲に見受けられる、ほろ苦さ、さみしさ、人生の側面を力強く反映させたような深みのある感覚は、他のシンガーソングライターの曲には容易に見出しがたいものである。考えられる中で、最もシンプルであり、最も素朴であるがゆえ、深く胸を打つ。ダネシェフスカヤのボーカルは、ときに信頼をしたがゆえの人生における失望とやるせなさを表している。最後の曲の中で、ダネシェフスカヤは、現実に対する愛着と冷厳の間にある複雑な感情性を交えながら、次のように歌い、アルバムを締めくくっている。「信じてるのは私じゃない/やってくるもの全部が私には役に立たない/なぜならそれが何を意味するのか知っているから」

 

 

 

92/100

 

 

 

 「Ice Pigeon」

 

 

石川紅奈と壷阪健登によるジャズ・ユニット、soraya(ソラヤ)が11月22日(水)にニューシングル「ゆうとぴあ」をデジタルリリース。配信リンクとリリースの詳細については下記の通り。


昨年の4月のデビューからリリース毎に”J-WAVE TOKIO HOT 100”にランクインするなど、注目度が高まるピアニストで作曲家の壷阪健登とベーシストでボーカリストの石川紅奈によるユニット、soraya(ソラヤ)が11月22日(水)に新曲「ゆうとぴあ」を配信にてリリースする。1950-60年代にアメリカの音楽家/ピアニスト、マーティン•デニーらによって生み出され、細野晴臣氏も大きく影響を受けたとされる、ムード音楽”エキゾチカ”を再解釈した一曲となる。

 

歌詞の世界観はドイツの詩人、カール・ブッセの「山のあなた」からインスパイアされている。童謡や唱歌を想起させるような歌と、sorayaとしては初めてフィーチャーしたヴィブラフォンやストリングスのアレンジが、奥深く、異国情緒あふれるファンタジックな世界へと誘う。録音、ミックス、マスタリングは、蓮沼執太、青葉市子、スカートなどの作品を手がける葛西敏彦氏が担当した。

 

今年の夏、LOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL JAPAN 2023、日比谷音楽祭2023などのフェスへも出演したsoraya。各メンバーのソロ活動も活発化している。石川紅奈は今年春にJAZZの名門レーベル”Verve”よりメジャーデビューを果たし、壷阪健登も国内での単独公演を成功させ、スペインのサンセバスチャン国際ジャズ・フェスティバルへの出演を果たすなど、ミュージシャンとして世界への拡がりを見せる。

 


来年は、sorayaとして初となるフルアルバムをリリース予定。壷阪健登と石川紅奈のソロ活動を含め、今後のsorayaの活動をお楽しみに。

 

 

soraya  「ゆうとぴあ」    -New Single-

 

Label: Ondo Inc.

Release: 2023/11/22


Tracklist:

1.ゆうとぴあ



music: Kento Tsubosaka
lyric: Kurena Ishikawa, Kento Tsubosaka

bass&vocal: Kurena Ishikawa
piano&arrangement: Kento Tsubosaka
violin: Yuko Narahara, Kozue Ito
cello: Koichi Imaizumi
marimba&vibraphone Tomoko Yoshino
drums: Yusuke Yaginuma
percussion: KAN

 

 

配信リンクの予約(Pre-save):

 

 https://linkco.re/1recbcRf



・soraya


2022年4月1stシングル「ひとり/ちいさくさよならを」をリリース。


ジャズフィールドで活躍中の音楽家、壷阪健登と石川紅奈による、国も世代も超えて分かち合うポップスをお届けするユニット。海の向こうのお気に入りのアーティストの曲名、中東の国の親しみのある女性の名、宇宙に浮かぶ星団の名でもある「soraya」(ソラヤ)という、遥か遠くの何処か想起させる、不思議で親しみやすい響きの言葉を由来とする。無国籍に独自の音楽を追求する壷阪が紡いだ楽曲や、ピアノを中心とする繊細で深いサウンド、石川の唯一無二の歌声とベースの温かい音色は、人々を音楽のプリミティブな魅力へと繋ぐ煌めきと包容力を持ち合わせている。

 

2023年夏はLOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL JAPAN 2023や日比谷音楽祭2023などのフェスへも出演。各メンバーのソロ活動も活発化しており、石川紅奈は今年春にJAZZの名門レーベルVerveよりメジャーデビューを果たし、また壷阪健登も国内での単独公演を成功させ、サンセバスチャン国際ジャズ・フェスティバルへの出演、ミュージシャンとして世界への拡がりを見せる。



・石川紅奈 (Kurena Ishikawa)

 

埼玉県出身。国立音楽大学ジャズ専修卒業。ジャズベースを井上陽介氏と金子健氏に、ヴォーカルを高島みほ氏に師事。


高校1年生の夏にウッドベースを始め、在学中に世界的ピアニストの小曽根真に見いだされ、同氏が教鞭を執る国立音楽大学ジャズ専修に入学。


在学中からプロ活動を始め、卒業後は小曽根真と女優の神野三鈴が主宰する次世代を担う若手音楽家のプロジェクト「From OZONE till Dawn」のメンバーとしても活動。2021年8月 東京・丸の内コットンクラブで行われた『小曽根真 “OZONE 60 in Club” New Project “From OZONE till Dawn” Live from Cotton Club』にて収録された『Off The Wall』(by マイケル・ジャクソン)の映像がYouTubeで200万回以上再生され、一躍注目を浴びる。


2022年から壷阪健登とユニット「soraya」を結成。2023年3月、名門ヴァーヴ・レコードよりメジャーデビューを果たし、同年6月には「石川紅奈”Kurena”Release Live」(コットンクラブ)にて満員を博す。NHK『クラシックTV』や各主要FMラジオ局などのメディアにも登場する。


・壷阪健登 (Kento Tsubosaka)

 

ピアニスト、作曲家。神奈川県横浜市出身。ジャズピアノを板橋文夫氏、大西順子氏、作曲をVadim Neselovskyi氏、Terence Blanchard氏に師事。


慶應義塾大学を卒業後に渡米。2017年、オーディションを経て、Danilo Perezが音楽監督を務める音楽家育成コースのBerklee Global Jazz Instituteに選抜される。
これまでにPaquito D’Rivera, Miguel Zenon, John Patitucci, Catherine Russellらと共演。2019年にバークリー音楽院を首席で卒業。


2022年から石川紅奈とユニット「soraya」を結成。同年4月1stシングルをリリース。その後全楽曲の作曲、サウンドプロデュースを手掛ける。


2023年7月にはソロピアノでサン・セバスティアン国際ジャズフェスティバル(スペイン)に出演。 11月には銀座ヤマハホールにてピアノ・リサイタルを催行する。2022年より世界的ジャズピアニスト小曽根真が主宰する若手アーティスト育成プロジェクト、From Ozone till Dawnに参加。小曽根真とも共演を重ね、ジャンルを超えた多彩な才能で、次世代を担う逸材と注目を集めている。

 Pinkpantheress 『Heaven Knows』

 

 

Label: Warner

Release: 2023/11/10

 

 

Review

 

2021年頃にTikTokから彗星のごとく登場し、オルタナティヴのサウンドの旋風を巻き起こしたPinkpantheress。 そのサウンドは英国圏にとどまらず、日本のリスナーも惹きつけるようになった。

 

Pinkpanthressはポップシンガーと呼ぶには惜しいほど多彩な才能を擁している。DJセットでのライブパフォーマンスにも定評がある。ポップというくくりではありながら、ダンスミュージックを反映させたドライブ感のあるサウンドを特徴としている。ドラムンベースやガラージを主体としたリズムに、グリッチやブレイクビーツが搭載される。これがトラック全般に独特なハネを与え、グルーヴィーなリズムを生み出す。ビートに散りばめられるキャッチーで乗りやすいフレーズは、Nilfur Yanyaのアルバム『PAINLESS』に近い印象がある。

 

もちろん、熱心なファンを除けば、すべての人が音楽をゆったりと聞ける余裕があるわけではない。Tiktok発の圧縮されたモダンなポピュラー音楽は、それほど熱心ではない音楽ファンの入り口ともなりえるだろうし、また、その後、じっくりと音楽に浸るための布石を作る。現代的なライト層の要請に応えるべく、UKの新星シンガーソングライター、Pinkpanthressは数秒間で音楽の良さを把握することが出来るライトなポップスを制作する。ポピュラーのニュートレンドが今後、どのように推移していくかは誰にも分からない。けれども、Pinkpanthressのデビュー・アルバムでは、未来の可能性や潜在的な音楽の布石が十分に示されていると言える。

 

荘厳なパイプ・オルガンの音色で始まる「Another Life」は、その後、ドラムンべースの複雑なリズムを配したダンス・ポップへと移行するが、ボーカルラインには甘い感じが漂い、これがそのままPinkpanthressの音楽の最たる魅力ともなっている。日本国内でのGacya Popにも近い雰囲気のあるTikTokでの拡散を多分に意識した音楽性は、2023年の音楽シーンの最前線にあるといえるかもしれない。そして、ピンクパンサレスは、バックトラックのダンサンブルなビートを背後に、キュートさと落ち着きを兼ね備えたボーカルで曲にドライブ感とグルーヴ感を与えている。途中に加わるコラボレーター、RemaのラップもトラックにBad Bunnyのようなエキゾチシズムとチルアウトな感覚を付け加えている。両者の息の取れたボーカルワークの妙が光る。

 

観客の歓声のSEで始まる「True romance」は、Nilfur Yanyaのソングライティングのスタイルに近く、ダンス、ポップ、そして、ラップ的なリズムのテイストを組み合わせたバンガーである。ヨーロッパにおいて、DJセットで鳴らしてきたアーティストがあらためて多数のオーディエンスの目の前で、どういうふうにポップバンガーが鳴り響くのか、そういった空間的な音響性を最重要視した一曲である。 このトラックもTikTokサウンドを過剰なほど意識しているが、魅力はそれだけにとどまらない。ボーカルワークの運びの中には、胸を締め付けるような切ないフレーズが見られ、 アーティストの人生におけるロマンスを音楽を通じて表現している。

 

ストリーミングで驚愕的な再生数を記録している「Mosquito」では、グリッチサウンドを元にして、同じようにドライブ感のあるダンス・ポップが展開される。しかし、21年頃からTiktokがアーティストの名声を上昇させたのは事実であるとしても、Pinkpanthressはそこにべったりより掛かるのではなく、そのプラットフォームに関するアンチテーゼのようなものをさりげなく投げかける。それは反抗とまではいかないかもしれないが、このプラットフォームに親しみながらも、冷やかしを感じる人々に対して共感を呼び覚ます。オートチューンを掛けたボーカルは、2020年代のポップスの王道のスタイルが図られているが、このアーティストの持ち味であるキュートさを呼び覚まし、同時に、軽やかでインスタントな印象をもたらす。

 

「Aisle」は、序盤のアルバムのハイライト曲として注目したい。イントロにヒップホップ的なサウンド処理を施し、それに現代的なハウスのビートやグリッチを加えている。この曲にわだかまるアシッド的な空気感は、アーティストのボーカルと掛け合わされた途端、独特なオリジナリティーを生み出す。音楽的な手法や解釈ではなく、ある意味ではアンニュイな空気感がダンスビートの回りにまとわりつく。これが実際、アシッド・ハウスで感じられるような快感を呼び起こす。そしてそれは一貫して口当たりの良いしなやかなポップスという範疇で繰り広げられる。最終的にはロサンゼルスのローファイの質感を持つコアなポップスへと変遷を辿っていく。

 

Central Ceeが参加した「Nice To Meet You」はピンクパンサレスからの初見のリスナーに送られた挨拶状、グリーティングカード代りである。実際にキュートなポップスとは何かを知るのには最適なトラックであり、タブラの打楽器を加えることで、その中にインド的なエキゾチズムをもたらす。エスニック・ポップとも称すべき新味なポップサウンドを探求している最中であることがわかる。トラックの後半で登場するCentral Ceeのラップは爽やかな感覚に満ちている。ドリルのリズム対し繰り広げられるCeeのスポークンワードのテクニックにも注目。曲のリズムは最後にドリルからドラムンベースに変わり、ボーカルのサンプリングを遊びのような感じで付け加えている。

 

Kelelaが参加した「Bury Me」は、アルバムの中盤の注目曲としてチェックしておくべし。アンビエント的な癒やしのテクスチャーから始まり、以後、グリッチやドリルを絡めたナンバーで、チップチューンからの影響も伺い知れる。これが例えば、インドネシアのYeuleが志向するハイパーポップのような現代的なボーカルのアプローチと取り入れ、清涼感を生み出す。ボーカルにオートチューンを掛け、キュートさが重視されているのは他の曲と同様であるが、ロンドンのネオソウルのボーカルワークの影響を反映させたフレーズは、琴線に触れる瞬間がある。トレンドのサウンドを重視しながらも、そこに何らかの独自性を併せ持つのが強みである。

 

以後、22歳になったアーティストは、ユースカルチャーを振り返るように、「Internet Baby」において、8ビット風のゲームサウンドの影響を反映させた、バーチャルな空間に繰り広げられるポピュラーという概念を音として昇華している。しなるようなドリルのリズムが特徴となっているが、コアなラップを避け、ポップスの範疇にサウンドを収束させている。ここではよりK-POPの主要なグループやそれに近いサウンドを押し出し、Tiktokファンにアピールを欠かさない。その後に続く、「Ophelia」もハイパーポップサウンドに主眼を置いているが、中盤から後半にかけて意外な展開力を見せ、実験的なエレクトロニックの領域に踏み入れている。こういった才気煥発なソングライティングの創造性や意外性のある曲展開はアルバムを楽しむ上で、重要なポイントとなり、予想以上に長くアルバムを聴き続けるための足がかりとなりえる。

 

アルバムの中盤から終盤にかけて、ポップスを軸点として、遠心力で離れていくかのように、序盤以上に多彩な音楽性が展開される。「Feel complete」は、UKガラージやベースラインを基調とし、遊び心のあるシンセリードがそれに加わる。リズムに関しては、アシッド・ハウスに近いスタイルに移行する場合もある。しかし、トラックメイクがダンス・ミュージック寄りになりすぎると、一般的にボーカルの印象性が霞んでしまうケースが多いのにも関わらず、このトラックだけはその限りではない。同じように、ハイパーポップやインドネシアのYeuleの志向する次世代ポップスに準ずる「機械的なものに対する人間的なエモーション」を鋭く対比させることで、アーティストしか生み出し得ない唯一無二のポピュラー音楽を作りだそうとしている。 


アルバムの終盤にも良曲が並んでいて聴き逃がせない。それは考えようによっては、これまでに定着したTikTok発のアーティストというイメージを十分に払拭し、彼女が次のメガスターの階段をひとつずつ上り詰めていくためのプロセスを示しているとも考えられる。「Blue」におけるダンス・ミュージック、ポップ・ミュージックの痛快なクロスオーバーも素晴らしく、ドラムンベースのリズムを発展させた「Feelings」も、UKのフロアシーンのリアルな空間をレコーディングとして絶妙に反映させている。「Capable of love」では、ブレイクビーツを元にして、コアなポップスを生み出している。Ice Spiceが参加したアルバムのクローズ「Boy's a Liar Pt.2」でもチップ・チューンを元にして、キラキラと輝くようなエレクトロポップを制作している。

 


88/100

 

 

「The Aisle」