Jungle 

Jungleは、ジョッシュロイド・ワトソンとトム・マクファーランドによって2013年に結成されたソウル、R&B,ファンクユニットで、イギリスを拠点に活動している。母国ではかなり人気の高いアーティストでもあります。

このワトソンとマクファーランドは子供の頃、ロンドンのシェパーズブッシュで隣に住んでいたといい、その頃からの幼馴染であったといいます。また、2人は共に、ハマースミスの私立学校ラティマー高等学校に通っていました。学校を卒業した後、つまり、2013年にワトソンとマクファーランドは、このクラブミュージックユニット、Jungleを結成します。彼らの言葉によれば、このユニットは「真の友情の繋がりへの欲求」から結成された音楽デュオでもあるといいます。

Jungleの音楽性は、1960年代後半に盛んであったファンク、ソウルに触発を受けたディスコサウンドで、ファンカデリック、スライ・ザ・ファミリーストーン、また、ウィリアム・ブーツイー・コリンズといったアーティストからの影響が色濃いブラックミュージック。これまでの音楽シーンにおいて、ローリング・ストーンズやエリック・クラプトンがそうであったように、多くの白人アーティストはロックミュージックを介し、黒人音楽に対する接近を試みてきましたが、近年のロンドン周辺のクラブシーンにおいては、電子音楽、ダンスミュージックを介してブラックミュージックへ接近を図るアーティストが増えてきているという印象を受けます。

勿論、Jungleも、年代に関わらず、ブラックミュージックに対して敬意を持ち、それらの音楽性の核心を現代に引き継ぎ、リテイクしていくという点では同じであるように思えます。まだまだ60.70年代に一世を風靡したソウル、ファンク、ディスコ、これらのブラックミュージックには開拓の余地が残されているということを、現代のクラブシーンのアーティストは証明しようとしているように思える。そのあたりのクラブシーンの活気に後押しされ、これらの60.70年代のブラックミュージックのリバイバルの動きの延長線上に、ディスコサウンドの立役者「ABBA」の復活の理由があるのかもしれません。

これらの音楽、つまり、懐古サウンドといわれていたブラックミュージックは、2020年代には再び脚光を浴びる可能性が高くなっている。このイギリスのユニット、デュオ、Jungleについていうなら、近年のアーティストらしく、ラップ寄りのサンプリングといった技法も取り入れられているのがクールで、現代のユーロ圏のクラブシーンにおいて人気を博している理由でしょう。

2013年10月、シングル盤「This Heat」をチェスクラブレコードからリリース。この楽曲の発表後、BBCの"Sound of 2014"にノミネート、大きな話題を呼ぶ。また、翌年7月リリースされたデビューアルバム「Jungle」は、国内のクラブシーンで好意的に迎えられ、2014年のイギリスのマーキュリー賞の最終候補に選出されています。このBPIによりゴールドディスク認定を受けたデビュー作は、商業的にも大成功を収め、イギリスチャートにおいて、最高7位を獲得、鮮烈なデビューを飾る。とりわけ、イギリス国内とベルギーといったユーロ圏の国において根強い人気を獲得している。それからもJungleの快進撃は留まることを知らず、2018年に発表されたセカンド・アルバム「For Ever」も内外のチャートで健闘を見せ、イギリスチャートでは最高10位、ベルギーチャートで13位を獲得、ユーロ圏で安定した人気を見せているアーティストです。


Jungleの楽曲は、主にCMやゲームに頻繁に使用されていることでも有名。AppleやO2、スターバックス、トヨタ・ヤリスのCM、EAスポーツ、FIFA15.19でもJungleの楽曲が使用されています。つまり、単なるクラブ音楽としての踊れるという要素だけにとどまらず、バックグラウンドミュージックとしての重要な要素、聞き流す事のできる陽気な音楽としても適しています。

また、Jungleは、ミュージックビデオ制作にも力が入れており、専門の監督、振り付け師、ダンサーを器用する。映像作品を音楽から独立したアート作品というように捉えているアーティストです。

既に、イギリスの著名な音楽フェスティヴァル、グラストンベリー、レディングへの出演を果たしており、ライブパフォーマンスでは、サポートメンバーを追加し、六、七人編成まで膨らんで、ファンカデリックやスライ・ザ・ファミリーストーンのようなソウルフルなロックバンドへの様変わりを果たす。楽曲の制作自体は、ジョッシュロイド・ワトソンとトム・マクファーランドの2人で行われていますが、実際の活動としては流動的な形態を持つアーティストです。

  

 「Loving in Stereo」 2021

 

今回ご紹介するJungleの2021年の8月13日に、自主レーベル、Caiola Recordsからリリースされた「Loving in Stereo」は、発表時に予告編のミュージックビデオが話題を呼んだ作品。 
 
 
 
 

 TrackListing

 
 
1.Dry Your Tears
2.Keep Moving
3.All Of the Time
4.Romeo
5.Lifting You
6.Bonnie Hill
7.Fire
8.Talk About It
9.No Rules
10.Truth
11.What D'you Know About Me?
12.Just Fly,Don't Worry
13.Goodbye My Love
14.Can't Stop The Stars
 

 
Listen on Apple Music 
 
 
 
前々からのミュージックビデオでも登場していた"ビネット"というダンサーを起用し、廃墟となった複合施設、刑務所で映像が撮影されています。また、ゲストとしてラッパーのBas,そしてスイスのTamilミュージシャンPriya Raguを起用している辺りも見過ごせない点といえるかもしれない。
  
このアルバムの実際の音楽性としては、これまでの方向性を引き継いだ往年の60.70年代のディスコサウンド、あるいはファンク、ソウルの王道を行くもので、大きな捻りはなし。ソウル、ファンクの核をこれでもかというくらいに突き詰めたサウンド。白人としての黒人音楽への憧憬というのは、イギリスの近代大衆音楽の重要なイデアとも呼べそう。このブラックミュージックの音楽を知る人なら、音楽性の真正直さに面食うはず。それでも、懐古感、アナクロニズムという要素はとことんまで突き詰めていくと、新しい質感をもたらすことの証明でもある。
 
アースウインドアンドファイヤー等のディスコサウンド全盛期の時代の熱狂性を現代のロンドンのアーティストとして受け継ぎ、その旨みをギュウギュウに凝縮したサウンドとしか伝えようがなし。もちろん、リアルタイムでのリスナーだけでなく、後追い世代のリスナーもこのJungleの生み出す真正直なディスコサウンドを聴けば、妙なノスタルジックさに囚われ、さながら自分がこれらのディスコサウンド時代のダンスフロアに飛び込んでいくような錯覚を覚えるはず。

しかし、現代の他のファンクサウンドを追求するアーティストにも通じることだけれども、もちろん懐古主義一辺倒ではないことは、Jungleがユーロ圏で大きな人気を獲得している事実からも伺えます。

一曲目のトラック「Dry Your Tears」はアルバムの序章といわんばかりに、ストリングスを用いたボーカル曲としてのドラマティックなオーケストラレーションで壮大な幕開け。そして、そこからは、いかにもJungleらしい怒涛のソウルサウンドラッシュに悶絶するよりほかなし。
 
特に、#2「Keep Moving」から#3「All Of Time」のディスコサウンド風のノスタルジーにはもんどり打つほどの熱狂性を感じざるをえない。ダンスフロアのミラーボールが失われた時代に、Jungleは、ミラーボールを掲げ、現代の痛快なソウル、ファンクを展開する。この力強さにリスナーは手を引かれていけば「Love in Stereo」の持つ独自の世界から抜けで出ることは叶わなくなるでしょう。
 
 
音自体のノスタルジーさもありながら、サンプリングをはじめとするラップ色もにじむクールなトラックの連続。これには、目眩を覚えるほどの凄みを感じるはず。この土道のR&Bラッシュは、アルバム作品として中だるみを見せず、#8「Talk About It」で最高潮を見せる。ここでも、往年のディスコサウンドファンを唸らせるような通好みのコアなファンクサウンドが爽快なまでに展開される。また、#12「Just Fly,Dont't Warry」というタイトルには笑いを禁じ得ませんが、ここではブーツイー・コリンズ並のコアなファンクサウンドを体感することが出来るはず。


そして、Jungleのアルバムとしての熱狂性は、中盤で最高潮を迎えた後、徐々にしっとりとしたソウルバラードにより徐々に転じていく。特に、アルバム終盤に収録されている「Goodbye My Love」は聞き逃すことなかれ、実に、秀逸なR&Bバラードであり、チルアルト的な安らいだ雰囲気を持ったトラック。
 
 
もちろん、アルバムトラックの最後でリスナーの気分を盛り上げずにはいられないのがJungleのサービス精神旺盛たるゆえんなのでしょう。彼らは、このアルバム制作について

「私達が音楽を書くときには希望がある、私達は人々に影響を与えるような何かを作るでしょう。あなた方の気持ちを持ち上げるに足る作品を作れる事ができれば一番素晴らしい」と語る。
 
 
そして、それは彼等2人の9歳の頃からの友情により培われたソウルでもある。彼等の言葉のとおりで、作品の幕引きを飾る「Cant’ Stop The Stars」は、ソウルサウンドによって、リスナーの気持ちを引き上げていく力強さに満ちあふれている。シンセサイザーのアレンジメントも、往年のブラックミュージックファンも舌を巻かずにはいられない素晴らしさ。現代的な洗練性、そして、往年のノスタルジーを見事にかけ合わせ、ブレンドしてみせた、この素晴らしきネオ・ソウルサウンドをぜひ、一度ご堪能あれ!!
 



References


 
Wikipedia 


 



Nils FrahmとF.S.Blummは四度目の共同制作作品として、2021年9月3日、"LEITER"から新作「2×1=4」を発表する。

既にニルス・フラームの方は、ポストクラシカル、電子音楽の音楽家として、一方のF.S.ブラームの方は、音楽家、作曲家、ラジオ作家として有名なアーティストである。この2人の才能が今回、上手く融合したことにより、この作品は、ドイツの音楽シーンの潮流を一挙に変えてしまいそうな力を持ったコアなダブ作品に仕上がっている。

 

左からF.S.Blumm Nils Frahm 出典*https://www.nilsfrahm.com/desert-mule/


これまでフラームとブラムはコラボ作品としては、2010年の「Music For Lovers,Music Versus Time」そして、2013年の「Music For Wobbing,Music Versus Gravity」、2016年の「Tag Eins Tag Zwei」をリリースを経ているが、今回、フラームが新設したインディーレーベル「Leiter」から発表された「2×1=4」は、共同制作としては通算四作目のスタジオ・アルバムとなる。

 

2×1=4 LEITER 2021

 

TrackListing

 

1.Desert Mule

2.Presidental Tub

3.Puddle Drop

4.Buddy Hop

5.Sarah & Eve

6.Raw Chef

7.Neckrub

 

ニルス・フラームとF.S.ブラムは共に二十年以上に渡り、ドイツのインディーシーンを牽引してきた存在である。ニルス・フラームの方は多くを語る必要はないはずだ。既に、BBCPROMSでライブパフォーマンスを行ったり、世界ツアーを敢行したりと、ポスト・クラシカル、電子音楽の音楽家としては世界的な知名度を持つ。

F.S.ブラームの方は、ラジオ作家としてドイツ国内で名を馳せており、ブラームのラジオ劇は、ドイツ国内の公共放送、SWR,WDR、Deuschlandradioを始めとする放送局で放送されている。また、F.S.ブラームのラジオ劇作品は、Prix Euro Award 2000年度においてウイナーに輝いている。

彼ら2人の音楽家としての交流は、既に2000年初頭から始まっている。電子音楽、ポスト・クラシカルシーンでの活躍が目覚ましいフラウムと、若い頃に、クラシックギターの教育を受け、また、ソニック・ユース、ガスター・デル・ソル等のノイズミュージックに影響を受けたブラームは、一見、それほど共通項が見いだせないように思える。しかし、元々、フラームは、ベルリン在住のアーティストの仲間について「ベルリンの壁の重要なレンガ」と呼びならわし、その中にはもちろん、このF.S.ブラームも含まれている。フラームは、この2000年代初頭から既にブラムのファンであり、反面、ブラムの方もフラームのファンであり、特にフラームのコンサートでの豪華絢爛なセッティングを「宇宙船のようだ」と形容し感嘆していた。つまり、2人は、この頃から共に双方の音楽家に敬意を抱いており、程なくして、共同制作を始めるようになる。その過程で、ドイツの劇場作品やアニメーション作品のプロジェクトに共に参加し、音楽の面での双方の特性を掴んでいくようになり、言うまでもなく、最初の共同作品「Music For Lovers,Music Versus Time」をリリースするまでには多くの時を要さなかった。

これまでの2人は、これまでの三作品において、フラームの音楽性、クラシカルな性格を反映した楽曲、ピアノ曲、もしくはF.S.ブラムのクラシックギターの特性を活かし、それを電子音楽寄りにアレンジメントした作風に取り組んできた。語弊があるかもしれないが、アコースティックとしての彼らの音楽性がこれらの三作品には反映されていた。以前からの双方のファンは、明らかにこの作品について、一定の良い評価を与えるはずではあるものの、これらの作品について、作曲者である本人たちが必ずしも納得していたかといえば、そうではないらしく、ニルス・フラームは「少々、ドイツ的であった」とこれらの作品について話しており、つまり、彼が何を言わんとしているのかといえば、ドイツロマン派の系譜の色濃い性格がこれらの作品を古風な趣向性を与えているということなのかもしれない。このほぼ完璧にも思える三作品については、聞き手としては驚くべきことであるが、作者としては完全には満足していなかったような気配も伺える。

そして、共同制作として、四作目に当たる今作「2×1=4」は、以前の三作品とはまるきりその様相を異にしている。

このレコーディングは既に、三作目「Tag Eins Tag Zwei」の録音を終えた瞬間に始まったといい、つまり、 このレコーディングを終えたときに、この2人のミュージシャンの創作意欲の中に、「DUB」という共通点があることに気がついたという。

レコーディングスタジオで、80年代のリズムマシーンを鳴らした瞬間、最新作「2×1=4」のラストトラックとして収録されている「Neckrub」のアイディアが生み出された。そして、この最初のインスピレーションを原型として、アルバム作品「2×1=4」が丹念に作りこまれていく。トラックメイクの始まりとしては、フラームの所有する2トラックカセットに収録した即興のセッションを中心に、2人の共同作業として音がオーバーダビングにより組み立てられていった。

印象論として語るなら、ダブというジャンルは、この2人の音楽家の作品をざっと概観してみた際に、かなり意外な作風にも思えるが、よく考えてみれば、F.S.ブラームは、ロンドンのダブの生みの親のひとりともいえる”リー・スクラッチ・ペリー”との共作もリリースしているため、ダブとは少なからずの関係を持ってきた音楽家である。また、ニルス・フラームについても、スタジオ・アルバム「All Encores」収録の一曲「All Armed」で、かなりダブ寄りのアプローチを見せていることに気がつく。

つまり、2人はこれまでのソロ名義での作品において、ダブ的なアプローチを図っていながら、完全なオリジナル作品としての「DUB」には取り組んで来なかったという印象を受ける。それが今回、念願叶ったというべきなのか、音楽における友人を介し、ダブ作品へ取り組む契機になったわけである。この2016年からフラームとともに取り組んできた「2×1=4」の作曲工程について、F.S.ブラームは、「まるでコンバインを運転しているようだった」と、おかしみをまじえて回想している。つまり、このF.S.Blummの発言から見えるのは、これまでのキャリアにはなかったスリリングな楽しみをもって制作された音源であることは疑いないようである。

 

 

その後、ニルス・フラームの所有するドイツ、ベルリンの伝説的なファンクハウスのスタジオで音の編集、オーバーダビング作業が始まった。

スクラッチペリーのような宅録寄りのアーティストとは異なり、共同作業としてのオーバーダビングはかなり骨の折れる作業であったことには変わりなく、「私達はセッションを元に新しい曲を作り続け、何度も何度もやり直しなおした」と、フラームの発言からもアルバム完成にこぎつけるまでの過程はなかなかの険しい道のり出会った様子が伺える。しかし、2人は、そのフラームのスタジオでの制作過程を相当楽しんでいたようで、「時間はかかりましたが、楽しいプロセスでした」とフラームがレコーディング作業を振り返っていることからも容易に理解出来る。そして、彼はこの作品について、それほど高い自己評価を与えず、きわめて謙虚な姿勢でこの新作の出来栄えについてこのように締めくくっている。「この作品はダブが単なるダブ作品であるのと変わりません、それはジャズがジャズ作品でしかないように」

 

しかし、これはあまりにも秀逸な音楽家としての厳しい眼差しが自作に注がれていることの証左なのかもしれない。

実際、この作品「2×1=4]」は、”DUB”というジャンルを見渡してみた時、異質なほどのクオリティを持った傑作である。

それは、この2人のストイックな気質を持つ優れたドイツの音楽家が協力し、楽しみながらも苦心して生み出したからこその澄明な輝きを放つ結晶と言い得るはずだ。いずれにしても、今作品は、ドイツの電子音楽のシーンを一変させそうな雰囲気を持っているため聴き逃がせない。また、ニルス・フラーム、F.S.ブラームというドイツのインディーズシーンにおいて最重要アーティストの歴代の音楽性に感じられなかった一面が垣間見える意外性あふれるダブ作品といえる。

「2×1=4」は、ディジタル形式のVinyl,CD盤の2versionが本日9月3日に発売される。電子音楽好きとしては要チェック!!の作品である。

 

 

Nils Frahm 公式サイト

 

https://www.nilsfrahm.com/


 

 

References

 

 

Nilsfrahm.com

 

https://www.nilsfrahm.com/desert-mule/

 

 leiter-verlag.com

 

https://leiter-verlag.com/catalogue/2x1/ 

 

 


 

 

 

Pia Fraus


ピア・フラウスは、エストニアの首都タリンで、美術学校の生徒、Kart Ojavee、Kristel Loide、Rein Fuks、Tonis Kenkma、Rejio TagapereJoosep Volkの六名によって1999年に結成され、現在までメンバーチェンジを経ながら長い活動を続けているインディーロックバンドです。

 

1999年の春に、ピア・フラウスの面々は、いくつかのギグをこなし、その後時を経ずにレコーディング作業に入る。

 

2001年に自主制作盤「Wonder What It’s Like」をリリース後、2002年の夏、セカンド・アルバム「In Solarium」をアメリカ、サクラメントのレーベル「Claire Records」からリリースする。このアルバムのレコード盤は、2004年、ボーナス・トラック付きで日本でも発売された。

 

ピア・フラウスの音楽性は、MBVの後のセカンドウェイブの時代に代表されるようなフィードバックノイズを活かし捻りのない正道を行くシューゲイズ、ドリームポップ。奇妙な捻りを効かせて色気を出すバンドでなく、純粋に音の質感や楽曲の良さだけで勝負する硬派のロックバンドです。

 

特に、この二作目のスタジオ・アルバム「In Solarium」は、隠れたドリームポップの名盤であり、シンセサイザーの甘い旋律、断続的な轟音ノイズ、男女の陶酔的な混声ヴォーカルといった基本的にな要素に加え、楽曲のメロディ、洗練度は、大御所、MBV(My Bloody Valentine)に匹敵すると言っても誇張にはならないはず。

 

このピア・フラウスというバンドは、再注目に値するロックバンドでしょう。MBVを始めとするシューゲイズファン、ワイルド・ナッシング、リンゴデススターを始めとするシューゲイズ・リバイバルファン、ポスト・ロックファンにもストライクであると思われるので、要チェックです!!

 

 

 

 

「Now You Know It Still Feels the Same」2021 

 

 

そして、2021年9月1日にデビューから二十周年を記念してリリースされたスタジオ・アルバム「Now You Know It Still Feels the Same」は、ピア・フラウスの1st自主制作アルバム「Wonder What It’s Like」の再録盤にレアトラックを追加したコンピレーション・アルバムとなっています。

 

 

 

既に、音源としてのリイシューアルバム「Wonder What It’s Like」は、2016年にリリースされてはいるものの、どちらかと言えば、クラブミュージックよりのリミックスを収録していた五年前の再編集盤とは明確な違いがあり、新たに再録されたという点と、音のアプローチが異なるため、全く別の作品として生まれ変わったと言っていいでしょう。


今作に収録されている「How Fast Can I Love」をはじめとするポア・フラウスの初期の名曲には、現代のシューゲイズリバイバルシーンの音楽性にも通じる現代性が込められています。およそ二十年前に作られた楽曲とは思えない雰囲気がある。音の荒かった2016年の再編集盤と比べると、今作では、より洗練された音として磨き上げられ、クールな質感が宿っているように思える。

 

また、八曲目には、最初のデモテープとしてリリースされた幻の楽曲「Bia」(Morning Hue」が収録されている。このあたりもシューゲイズマニアとしては聞き逃せないはず。

 

この作品において全力展開されるシューゲイズ/ドリーム・ポップサウンドは、そのほとんどがピア・フラウスの中心的なメンバーが美術学校に在籍していた十代の頃に書かれ、また、結成当初は、殆どシューゲイズ風のサウンド作りに関して素人であったというのに、実際の作品上での技術面での若々しさ、初々しさのような未熟性は感じられず、彼らのみずみずしさのある芸術性が感じられる作品となっています。もちろん、再録音という要素を差し引いたとしても、楽曲の良さについては原型が良いからこそ、レコーディングし直した際に映えるものがあるように感じられます。

 

このスタジオアルバムの音楽性は、ごく単純にいえば、ストレートなシューゲイズサウンドによって彩られている。MBVに代表されるようなアナログシンセサイザーのレトロな雰囲気もあり、また、彼らが若い頃に影響を受けたとされるソニック・ユース、ステレオラブ、ウェディング・プレゼンツといった名インディーロックバンドの旨みを良いとこ取りしたような絶妙なサウンドとなっています。しかもそれが焼きましというより、新たなサウンドとして見事に表現されている。

 

それは、美術学校で培われたセンスというのも、音楽の作曲、演奏面において現れ出ているという気がします。こういったシューゲイズサウンドはケヴィン・シールズがそうであるようにサウンドデザイナー的な才覚がものをいうのかもしれません。そういった面で、ピア・フラウスは、ソニック・ユースをはじめとするインディー・ロックバンドの持つプリミティブな質感を引き継いだ上で、音のデザイン的な要素として捉え、甘美な雰囲気、陶酔感のあるフレーズ、男女混声のヴォーカル、というシューゲイズの主要な要素を加え、洗練された楽曲として見事に仕上げている。

 

もちろん、あらためて二十周年を記念して再録された作品であるという条件を差し引いたとしても、良質なリューゲイズ/ドリーム・ポップサウンドであることに変わりはなし。現在でも、楽曲に古臭さは感じられず、2021年に生み出された新作アルバムとして聴いても全然違和感がない傑作。むしろ、完全な新作として捉えてみたいのは、この作品が現代的インディー・ロックとして楽曲がリライトされ、ピア・フラウスのバンドサウンドの魅力が存分に引き出されているから。

 

これは、ピア・フラウスの長年の活動によって、最初期の名曲の良さを再認識したからこそ生み出された絶妙な玄人的な質感と若人的な質感が合体した珍しいサウンドといえ、2016年のリイシューアルバムよりも美しい輝きを放っているように思えます。換言するなら、これまでのドリームポップ一辺倒であったサウンドにいかにも通好みなインディーロック性を交えて、ファーストアルバムを新たに捉えなおした作品ともいえます。また、楽曲の中には、ベル・アンド・セバスチャンふうのホーンアレンジメントも追加され、音楽としてもより華やかになり、明るくなったような印象が見受けられます。このあたりのオーケストラ楽器の導入というのも、これからのピア・フラウスの次の音楽性の布石になっていくかもしれないので、とても楽しみにしたいところです。 

ロカビリーの後継者 サイコビリーの面妖な世界

 

サイコビリーは1980年代、ロカビリー音楽の後継者としてイギリスのシーンに誕生した。そのカルチャーとしての始まりは、イギリスのThe Meteorsというパンク・ロックバンドにある。また、このジャンルを一番最初の音楽として確立したのは、アメリカのNYを拠点に活動していたThe Crampsである。

 

The Cramps at Mabuhay Gardens in 1978


New Wave Punkの後に誕生したこのサイコビリーは、パンクロックのジャンルの系譜に属するものの、音楽性としては、ハンク・ウィリアムズやジョニー・キャッシュのロカビリーの延長線上にあたる大人向けの激渋サウンドにより彩られている。


実際の演奏にも特徴があり、メテオーズのベーシストは最初期にウッドベースを使用し、スラップ奏法(指で弦をびんと弾く)により軽快なビートを生み出す。


また、ギターの演奏としても面白い特徴があり、グレッチを始めとするネオアコを使用、ピックアップにはハウリングに強いEMGが使用され、リバーブを効かせたような独特な音色を特色とし、ロカビリー音楽の基本的な音楽の要素、ホットリックと呼ばれるギャロップ奏法を用いたりもする。


サイコビリーの音楽性のルーツは、「ロカビリー」、さらには、その祖先に当たる「ヒルビリー」という音楽にあるようだ。このヒルビリーというのは、アメリカの二十世紀の初頭、 アメリカのアパラチア、オザークという山間部で盛んだった音楽である。この周辺は、おそらく二十世紀初めに、アパラッチ、つまり、ネイティヴアメリカンが多く住んでいた地域であると思われる。


そして、この山間部で発生した音楽、これは、アパラチアン・ミュージック、マウンテン・ミュージックと呼ばれ、その後、アメリカのカントリー・ミュージックの一部として吸収されていく。それほど、学のない、山出しのワイルドな白人の男達の奏でるナチュラルで陽気な音楽が、アメリカのカントリー音楽の地盤を作り、その後、ハンク・ウイリアムズやジョニー・キャッシュといった、幾らか都会的に洗練された雰囲気を持つミュージシャンに引き継がれゆくようになる。その後、これらのカントリーやブラックミュージックの融合体として、ロックンロールというジャンルを、リトル・リチャーズやエルヴィス・プレスリーが完成させたのである。


その後、Rock 'n Rollというジャンルは複雑に分岐していき、その本来の「踊れる音楽」という要素は、その後、70年代、80年代になると、失われていき、ロールの要素は失われ、ロックのみとなり、ロックンルールのリズムとしての特徴が徐々に失われ、メロディーに重きを置く音楽性が主流となっていく。


そして、このサイコビリー/パンカビリーというジャンルに属するバンドは、アンダーグラウンドシーンにおいて、古い時代のカントリーやロカビリーに内在する踊れる要素を抽出し、そのマテリアルを追求し、さらにそれを1980年代のロンドンで復刻しようと試みた。そして、サイコビリーシーンの中心地は、ロンドンの”Klub Foot”というナイトクラブを中心に発展し、1980年初めから終わりにかけて、このシーンは盛り上がりを見せた。 


サイコビリーのファッション

 

サイコビリーのファッションについては、以前のロンドンのパンクロックと親和性が高い。それ以前のオールドスクールパンクに流行したスタイルを引き継ぎ、トップだけを残し、サイドを刈り上げたカラフルで過激なモヒカンヘアはサイコ刈りという名称で親しまれている。


また、鋲を打ったレザージャケットを身につけるという面では、DischargeやGBHあたりのイギリスのハードコア・パンクのファッション性を継承している。オーバーオールを着たりもするのは、カントリーの影響が垣間見える。


そして、もう一つ、このサイコビリーファッションには面白い特徴がある。ゴシックロックの風味が付け加えられ、けばけばしく、毒々しい印象のある雰囲気が見受けられる。これらはJoy Division、Bauhausのようなゴシック的な世界観、もしくは、スージー・アンド・ザ・バンシーズのような暗鬱なグラムロック的な世界観が絶妙に合わさって出来上がったように思われる。


それは、アメリカンコミック、SFの往年の同人ファンジンで描かれるようなコミカルなキャラクター、 もしくは、B級ホラー映画からそのまま飛び出してきたような色物的な雰囲気がある。このゴシック的な要素は、サイコビリーの後のジャンル、ゴスビリーというのに引き継がれていった。


このサイコビリーというジャンルには、ライブパフォーマンスにおける観客同士の音楽に合わせて殴りあいのような過激なスタイルがある。俗に”レッキング”と呼ばれ、笑顔で殴り合うという互いの親しみを込めた雰囲気と言える。このレッキングの生みの親The Meteorsのライブ会場における観客の激しい踊り、これが音楽フェスティヴァルで有名な”モッシュピット”の始まりであると言われている。


又、これらのバンドは、表面上では、コミカルでユニークなイメージを持ち合わせているが、その核心には強固な概念があり、レイシズムに対し反駁を唱える政治的主張を持ち合わせている。


音楽としては、エルヴィス・プレスリーやリトル・リチャーズ時代を彷彿とさせるコテコテの味の濃いお好み焼きのようなロックンロールだが、往年のコンフリクトやザ・クラスのように、それまでのタブーに対する挑戦、社会通念や固定観念の打破といった、いかにもパンクロック・バンドらしいスピリットを持ち合わせているのが特徴である。 

 


サイコビリーの名盤


1.The Meteors

 

後に、サイコビリーの代名詞のような存在となり、イギリスでのその地位を不動のものとするメテオーズである。活動期間は現在まで41年にも渡るわけで、このロックバンドの胆力には本当に頭が下がる。


メテオーズの最初期の出発は、The DamedやUK Subsのような荒削りなロンドンパンクフォロワーとしてであった。


つまり、1970年代終盤から隆盛をきわめた当世風のパンクバンドとして出発したメテオーズは、徐々にロカビリー色を打ち出し、他のバンドとの差別化を図っていく。一作目はどちらかというなら、Eddie&The Hot RodsやThe Skullsのような、激渋のパブロックサウンドに近い音の方向性ではあったが、二作目「Stampede!」から、ギターにリバーブを効かせた独特の唯一無二のサイコビリーサウンドを確立。


メテオーズのサウンドの醍醐味は、ウッドベースと、シンプルではあるが妙に癖になるギターのギャロップ奏法である。実際のライブはかなり過激な要素を呈し、血の気の多いパンクスが彼らの活動を支えている。 


 

「The Lost Album」

 

 


メテオーズの名盤はその活動期が長いがゆえに多い。おそらくサイコビリー愛好家ならすべてコレクトせずには済まされないだろうが、純粋に、ロカビリー、パンカビリー、サイコビリーのサウンドの雰囲気を掴みたいのなら2007年の「The Lost Album」をレコメンドしておきたい。

 

ここには、ウッドベースの軽快なスラップ、やボーカルのスタイル、ギターのジャンク感の中に全て50、60年代のロカビリーサウンドの旨みが凝縮されている。ギャロップのような飛び跳ねるようなリズムも痛快で、なんだか踊りだしたく鳴るような衝動に駆られるはずだ。


既に見向きもされなくなったエルビス・プレスリーの音楽性を蘇らせてみせた物好きな連中で、なんともカウボーイのようなダンディさ。いやはや、メテオーズの意気込みに敬服するよりほかなし!!


2.The Cramps 

 

B級ホラー映画からそのまんま飛び出してきたようなキャラクター性、世界のロックシーンを見渡しても一、二を争うくらいのアクの強さを誇るザ・クランプス。サイコビリーはこのバンドを聴かずしては何も始まらない。

 

このクランプスの強烈なバンドカラーを支えているのは、このバンドの発起人でもある世界でもっとも個性的といえるラックスインテリア(Vo)、そしてポイズン・アイビー(Gu)という謎めいたステージネームを掲げる仲良し夫婦の存在である。ゴシック的な趣味を打ち出し、息の長い活動を続け、世の中の悪趣味さを凝縮した世界観を追求しつづけてきたクランプス、それは夫婦の互いの悪趣味さを認め合っていからこそこういった素晴らしいサウンドが生み出し得た。残念ながら2009年に、ラックス・インテリアは62歳でなくなり、バンドは解散を余儀なくされた。


しかし、あらためて、このロカビリーとホラーをかけ合わせた独特なサウンドの魅力は再評価されるべきだろう。ロンドンパンク、New WaveあたりはThe Adictsや X Ray Specsなど独特なサイコビリーに近いバンドキャラクターを持つロックバンドがいたが、正直、このクランプスの個性を前にしては手も足もでない。50.60年のロカビリーサウンドをあろうことか80年代になって誰よりも深く追求した夫婦。上記のメテオーズと同じようにその時代を逆行する抜群のセンスには脱帽するよりほかない。 

 


「Phycedelic Jungle」

 

 

 

クランプスのアルバムの中で最も有名なのは、デビュー・アルバム「SongsThe Lord Tought Us」もしくは「A Date With Elvis」、「Stay Sick」を挙げておきたいところだが、サイコビリーとしての名盤としては1981年の「Phychedelic Jungle」をオススメしておきたい。アルバムの中の「Voodoo Idol」「Can't Find My Mind」の未だ色褪せない格好良さは何だろう。


これらの楽曲は、サイコビリーというジャンルが、音楽的にはサイケデリックとロカビリーの融合体として発生したものであると証明付けているかのよう。他にも、アルバムのラストに収録されている妙に落ち着いたロカビリー曲「Green Door」も独特な格好良さがある。言葉では表せない変態性を追求しつくしたからこそ生まれた隠れた名ロックバンドのひとつだ。この夫婦の持つ独特なクールさのあるホラーチックな森の中に迷い込んだら最後、二度と抜け出ることは出来ない!!

 


3.BatMobile

 

バットモービルもまたメテオーズと共にサイコビリー界で最も長い活躍をしているロックバンドである。


1983年Jeroen Haamers,Eric Haamers、Johnny Zudihofによって結成。オランダのアムステルダムで結成され、 イギリス、ロンドンの”Klub Foot”というサイコビリーシーンの最重要拠点で最初にライブを行ったロックバンドとしても知られている。


バットモービルは、チャック・ベリー、エルビス、ジェーン・ヴィンセントからそのまま影響を受けたド直球サウンドを特徴とする。最初期は、モーターヘッドのAce Of Spadesのカバーをリリースしていたりとガレージロックの荒削りさも持ち合わせている。そこに、ロンドンのニューウェイブシーンのロックバンドに代表されるひねくれたようなポップセンスが加わったという印象。 

 

「Bail Set At $6,000,000」

 

 

 

バットモービルのB級感のあるロカビリーサウンドを体感できる一枚として、「Bail Set Art $6,000,000」1988を挙げておきたい。


アルバムジャケットのアホらしい感じもまさにB級感満載。実際のサウンドもそれに違わず、愛すべきB級感が漂いまくっている。本作では、特にごきげんなチャック・ベリー直系のロカビリーサウンドが味わえる。Jeroren Hammersのギタープレイも意外に冴え渡っており、通好みにはたまらない。


ハマーズのボーカルというのもユニークさ、滑稽みがたっぷりで味がある。難しいことは考えずただ陽気に踊れ、そんな単純な音楽性が最大の魅力といいたい。また、最奥には、奇妙なパブロックのような激渋さも滲んでおり、何となく抜けさがなさが込められている秀逸なスタジオアルバムである。

 


4.Horrorpops   

 

ホラーポップスは、デンマークコペンハーゲンにて1996年に結成。エピタフレコードを中心に作品リリースを行っている。


これまで、サイコビリーの大御所、ネクロマンティックスやタイガーズアーミと共同作品をリリースしている。紅一点のベースボーカルのパトリカ・デイのキャラクター性はクランプスのイメージをそのまま継承したものであるが、ポイズン・アイビーとは異なるクールさを持ちあわせている。


ホラーポップスのバンドサウンドの特徴としては、疾走感のあるパンカビリーにライオット・ガール風のガレージロックの荒削りさが加味されたとような印象である。つまり、ロカビリーといよりは、エピタフ所属のバンドであることからも分かる通り、ストレートなパンクロック寄りのバンドといえるだろう。また、ロカビリー色だけではなく、シンガロング性の色濃い、ライブパフォーマンス向きの迫力もこのロックバンドの魅力である。キャッチーではあるものの、ウッドベースのブンブン唸るスラップベースがこのバンドのサウンドのクールな醍醐味のひとつ。

 


「Hell Yeah!」

 

 

 

ホラーポップスの作品の中で聴き逃がせないのが2004年の「Hell Yeah!」である。パワーコードを特徴としたドロップキック・マーフィーズのようなシンガロングの魅力もさることながら、パトリカ・デイのボーカルの妙感じが前面に出た良作である。


アルバム全編を通して体現されるのは痛快な疾走感のあるパンクサウンド。ここで体感できるライオット・ガール風のサウンドはパンカビリー、サイコビリーの先を行くネオ・サイコビリー/ロカビリーといえるはず。


また、「Girl in a Cage」ではスカ寄りのサウンドを追求。サイコビリーの雰囲気を持ってはいるが、一つのジャンルに固執せず、非常にバラエティに富んだどことなく清々しさのあるパンクロックバンドだ。 

 


5.The Hillbilly Moon Explosion 

 

他のサイコビリーバンドに比べると、かなり最近のアーティストと言っても良さそうなヒルビリー・ムーンエクス・プロージョン。このバンドは、スイスのチューリッヒで、1998年に結成された。


ロカビリーサウンドに奇妙な現代的な洗練性、オシャレさを付け加えたようなロックサウンドが特徴である。


まさに、ジョニー・キャッシュのようなロカビリーサウンドをそのまま現代に蘇らせてみせたような激渋な感じ。ただ、イタリア系スイス人のオリーバ・バローニの本格派のシンガーとしての特徴があるゆえか、あまりB級然とした雰囲気が漂ってこない。これまでヨーロッパツアーを敢行、ドイツ、フランス、スペイン、イタリア、フィンランド、クロアチア、ハンガリー、スロヴェニア、ポーランド、オーストリア、UKといった国々を回っている。

 

一応、サイコビリーに位置づけられるロックバンドではあるものの、音楽性のバックグランドは幅広く、ロカビリーのみならず、ブルース、カントリー、スイング・ジャズを下地とし、どことなく哀愁のや漂うロックサウンドが魅力だ。その中にも、ギターサウンドはサーフ・ロックのような雰囲気もあり、エレクトーンが曲中に取り入れられている。ボーカルは男女のツインボーカル形式を取り、そのあたりの一風異なる風味にもわずかに哀愁が込められている。こういったロックバンドが、スイスから出てくるのは興味深いように思える。 

 

「Buy,Beg or Steel」


 

 

The Hillbilly Moon Explosionの推薦盤としてはロックサウンドとしての真骨頂である2016年の「With Monsters And Gods」に収録されている「Desperation」というのが名曲で、まずこの楽曲を挙げておきたい。


しかし、サイコビリーとしてのオススメは、2011年の「Buy,Beg And Steel」が最適といえるはず。ここでの渋みのあるロカビリーサウンドは時を忘れされる力があ。アルバムの全体の印象としては、古い時代に立ち戻ったかのような懐古風サウンドで、そこにはサーフロックのようなトレモロを効かせたギターサウンドというのも魅力。特に、「My Love For Everyone」のカントリー、ロカビリーに傾倒した激渋なサウンドは聞き逃がせない。


また、このアルバム「Buy,Beg Or Steel」で、歌物としての魅力が感じられる楽曲がいくつかある。それが「Natascia」や「Imagine a World」である。


ここでは、独特なエスニック的な和音進行に彩られた音楽が味わえる。古い、スパニッシュ、フラメンコ、あるいは、ジプシーサウンド風の哀愁が滲んでいる。スイス人のアーティストであることを忘れさせ、無国籍のロカビリーアーティストのような雰囲気が漂う。トレンドに背を向け、独自色を突き出す格好良さというのは筆舌に尽くしがたい。サイコビリーのシーンにおいて再注目のアーティストとして是非オススメしておきたい。 



追記


今回、なぜ、サイコビリーの名盤を紹介しようと思ったかは謎めいてます。昔、中古レコード屋でパンクのいちジャンルわけに属していたこのジャンル。実は、ちょっと怖いイメージがあったので、ザ・クランプス以外は購入しませんでした。けれども、そういったコアで、アングラで、ミステリアスな感じが、このサイコビリーの最大な魅力。このあたりの音楽にピンと来た方は、是非、他にも、Peacocksや、Necromatrixといったサイコビリー関連の名パンク・ロックバンドも聴いてみて下さい。

Touch and Go Records

 

 
米、イリノイ州シカゴに本拠を置くレコード会社「TOUCH&GO」は、歴史のある老舗インディーレーベル。元々、独立ファンジンを発行していたテスコ・ヴィーとデイヴ・ステムソンにより1981年に設立されました。
 
 
このレーベルは、ニューヨークの「Matador」、シアトルの「Sub Pop」と共に、1980年代から米国のインディーズの音楽シーンを牽引してきた存在といえるでしょう。

 

イギリスの名門レーベル「ラフ・トレード」「4AD」と同じく、その影響というのはアンダーグラウンドシーンにとどまらないで、メインストリームのミュージックシーンに新鮮な息吹をもたらしたレコード会社です。

 

レーベル設立当初の最初期の1980年代は、Necros、Die Kreuzen、Negative Appriachを始め、ハードコアパンクバンドのリリースを主として行っていましたが、徐々にアーティストの方向性を広め、多岐に渡るジャンルの作品リリースを推進していくようになります。

 

このインディーレーベルの主な功績としては、ポストロックというジャンル概念を生み出したことにあります。

 

二千年代から、世界的に流行るようになったPost RockーMath Rock(”数学的”で複雑な音楽構成をなすことから、この呼称が付けられた)というジャンルの概念を生み、その近辺の音楽性を持つアーティストを、いち早く世に送り出していったのがタッチ・アンド・ゴーなのです。

 

その後、1990年代に入ってから、シカゴ界隈の音楽シーンは盛り上がりを見せ、様々な人種の織りなす多種多様な文化概念を反映したミュージックシーンを形成していく。

 

元々このシカゴという地域がハウス・ミュージックの発祥で、ニューオーリンズのように、音楽そのものが街の生活の一部として染みついているからこそこういったシーンが生まれたのでしょう。

 

その後、1990年代から2000年代に差し掛かり、シカゴ音響派という造語も出来、音楽の聖地としてのシカゴ、そんなふうに呼び習わしても言い過ぎでない流れが出てくるようになりました。 

 

この四十年にも及ぶ「Touch and GO」のリリースカタログから見いだせる特徴は、パンク、オルタナティヴ、ダンス、ポストロック、マスロックといったコアなミュージシャンを輩出するにとどまらず、Battlesの前身Don Cabalello、TV on the Radio、Yeah Yeah Yeahs、Blonde Redhead、というように世界的な知名度を持つメジャーバンドも続々とシーンに送り出し続けています。

 

そもそも、このタッチ・アンド・ゴーは、才覚ある若手バンドの潜在能力を見抜くスカウト能力が、他のレーベルに比べて抜群に際立っていて、荒削りでありながら異彩を放つ若手アーティストを積極的に発掘して、作品リリースを重ねながら育てていくというのがこのレーベルの特色です。

 

2000年代に入り、経営難に陥り、2009年には新たなリリースを停止しているのは残念ですが、米国のミュージックカルチャーの土壌を耕し、育て、盛り上げていくコーチ的役割も担ってきたのがタッチアンドゴーの偉大さです。是非、中古レコード屋、あるいは気に入った作品があれば、購入してもらいたいと思います。今後のレーベル運営のモチベーションとなるはずです。


今回、個人的に強い思い入れのある「Touch and Go」の四十年近いレーベルの歴史の中から、選りすぐりの名盤をいくつかピックアップしていきましょう。 

 

 


 

Touch And Go Recordsの名盤 

 

 


Slint 

 

「Spiderland」 1991 

 

  


この作品は、タッチアンドゴーレコードの代表的な名盤というに留まらず、ミュージックシーンを完全に塗り替えてしまったといえる歴史的な名盤。 

 

驚くべきなのは、この数奇な音楽が、十代の少年たちが家のガレージで長年にわたりジャムセッションを胆力をもって続ける上で生み出された青春の産物であるということ。 この後、無数のポストロック、マスロックのフォロワーを生み出していながら、彼等の存在を超えるアーティストはいまだ出てきていない。気の遠くなるような時間を音楽のミューズに捧げつくしたからこそ生まれた必然の産物といえ、学業やその他の学生生活、または恋愛に向けられるべき情熱を全て音楽に捧げた結果なのでしょう。

 

もちろん、この作品「spiderland」が音楽としてリリースされた頃には、スリントのメンバー四人は、ティーンネイジャーではなくなっていますが、アルバムの最後に収録されているロック史の伝説、英国の詩人、サミュエル・テイラー・コールリッジの詩に音楽をつけた「Good morning, captain」の構想は、彼等のドキュメンタリーを見るかぎり、十代の頃出来上がっていたものと思われます。 

 

スリントの四人が湖で立ち泳ぎをしながら顔を突き出した写真というのも非常に印象的である。そして、その音楽性についてもきわめて先鋭的、個性的であり、どこから影響を受けて生まれ出たのかよくわからない。

 

ましてや、どういった意図を持って作られた音楽なのか解せないような作品が、たった四人のティーンネイジャーによって生み出されてしまうのが実に信じがたいものがあります。これは日本やイギリスといった土地では生まれ出ない、これぞアメリカといったロック音楽。これはまた、米国のガレージ文化が生み出したモンスターアルバム。  

 

静と動の織りなす激烈な曲展開、そこにクールに乗せられる、一貫して冷ややかなポエトリーリーディングを思わせるボーカルスタイル。それが、曲の展開に、一瞬にして激情的なスクリームに変貌してしまうありさま。これはまるで、ルー・リードの時代に返ったかのような姿勢であり、時代の流行り廃りから完全に背を向けているからこそ、生み出しえた数奇な表現といえるでしょう。 

 

さながら何十年もスタジオミュージシャンと務めてきたような風格のある職人的なタメの効いたドラミング、ノンエフェクトからの狂気的に歪んだギターのディストーションへの移行。そして、その土台を支えるきわめてシンプルなベースライン。これら三要素が一体となってがっちりと組み合わされているのがスリントの音楽性の特色です。

 

このアルバムには、その後のグランジムーヴメントを予見させるような雰囲気も滲んでいて、アメリカの表の音楽世界とはまたひと味ニュアンスの違った裏側の音楽世界が広がっている。 

 

この作品が後世のロックミュージシャンに与えた影響というのは計りしれず、日本のToeやLiteといったポストロック、マスロックも、このバンドなしには成り立たなかった伝説的な存在。ポストロックの原型を形作ったのがスリントという数奇なロックバンドといえ、全ロックファン必聴の一作。  

 


 

 

Don Caballero

 

「American Don」2000

 

 

 

ドン・キャバレロは、1991年、デイモン・チェを中心としてピッツバーグにて結成。のちのバトルスのギタリストとして活躍するイアン・ウィリアムズも在籍していたバンド。

 

このバンドの音楽というのは、アメリカのインテリジェンス性の飛び抜けて高い大学生が、数学的な頭脳を駆使し、実験的な音に取り組んだという印象。 キャバレロを聴くと、あらためて作曲をするのに最も必要なのは、数学的な才覚であると分かります。

 

ここには、後のバトルスの完成度高いダンスミュージックへの布石も感じられる。このバンドは、二千年代以降のポストロック・マスロックの流行りの型を作ったという功績は無視できず、音楽史に果たした役割というのは大きい。

ドン・キャバレロの作風としては、セッションの延長線上にあり、ジョン・アダムスやスティーヴ・ライヒが提唱した”ミニマル・ミュージック”(短い楽節を変奏を繰り返しながら展開していく楽曲の作風)の概念をさらに先に推し進め、それを現代的なロックの解釈としてアレンジメントした。 

 

アナログディレイの機器に、ギターやベースからシールドによって配線をつなぎ、電子の弦楽器をシンセサイザーのような使用法をしている。そして、ベースの出音をあえて早めることにより、ドリルのような連続的クラスター音を発生させている。いかにも、その音の構成というのはシュトックハウゼンから引き継がれたものをロックでやってのけてしまったという革新性。

 

ディレイという装置の細かな時間のタイムラグをうまく駆使することにより、細かな音をつなぎわせ、アンビエントの境地にまで運んでいってしまったのが、このバンドの凄まじい特徴です。

 

このアルバム「American Don」は、ライブセッションのようなみずみずしい彼等の演奏が聴く事が出来、ひとつの完成形を見たという印象。ここでめくるめくような形で展開されるのはロックとしてのフリージャズ。

二曲目収録の「Peter Cris Jazz」は、彼等の美麗なメロディセンスが発揮された名曲。ここで繰り広げられるベースのドリル音のようなサウンド処理というのは音楽の革命といえるでしょう。

 

あらためて、ロック音楽の中には、知的なバンドも中には存在するのだという好例を、彼等はこの作品で見せてくれている。いわゆるミュージシャンの参考になるアーティスト、決して聞きやすい音楽性ではありませんが、既存のロックに飽きてしまった人には目から鱗と言える奇跡的傑作。  

 

 

 


Big Black 

 

「RICHMAN'S EIGHT TRACK TAPE」1987 

 

  


ビッグ・ブラックは、オルタナティヴ界の裏の帝王ともいえる鬼才スティーブ・アルビニの激烈な宅録テクノ・ハードコアバンド。 のちに、アルビニがニルヴァーナの「イン・ユーテロ」の作品を手掛け、世界的なプロデューサーとなるのはまだ数年後まで待たねばならない。

 

さらに、そのまたのちに、ジミーペイジ&ロバート・プラントの作品のエンジニアをつとめるようになるなんて大それた話は、少なくとも彼の最初のミュージシャンとしての活動形態、このビッグ・ブラックを聴くかぎりでは全然想像出来ないでしょう。

 

ビック・ブラックの活動というのは太く短くといった表現が相応しく、スタジオ・アルバムを二枚リリースしているのみ、後はライブ・アルバムや、細々としたサイドリリースとなっています。

 

この「RICHMAN'S EIGHT TRACK TAPE」は、いわばビッグブラックのベスト盤的な意味合いのある作品。

 

この宅録ハードコアバンドの主要な楽曲を網羅し、そして、初期のレアトラックを集めた、スティーヴ・アルビニの若き日の音楽に対する情熱がたっぷりギュウギュウに詰まった作品。

 

この作品において見られる、古いMTR(マルチトラックレコーダー)の8トラックで、少ないトラック制限がある中、音を丹念に重ねて録音し、入念にマスタリングをしていくというきわめて初歩的なレコーディングの手法が、後のスティーヴ・アルビニの天才的エンジニアとしての素地、またその有り余るほどの鮮烈な才覚の芽生えが顕著に見えることでしょう。

 

ビック・ブラッグの音楽性についてはストイック、ハードコア・パンクを下地にしながらライムの風味すら感じられる硬派なギャングスターハードコア。精密で冷ややかなマシンビートが刻まれる中、のちのアルビニサウンドの原型をなす、硬質な鉄のようなギターサウンドの際立った存在感、そして、アルビニのすさまじい猛獣のような咆哮、奇妙な色気のあるシャウト、コテコテのお好み焼きのような要素がギュウギュウ詰めになっています。年若い、アルビニ青年のありあまるほどの音楽への情熱が感じられる、比類なきハードコア世界の深みを形成しています。

 

ここには、およそアメリカの最深部の音楽世界が深く充ち広がっており、その海底に入り込んだら抜け出せなくなるような危なっかしい魅力が満載。スティーヴ・アルビニのプロデューサーとして性格だけでなく、ミュージシャンとしての表情が垣間見える貴重な作品となっていて、このアルビニ・ワールドというのは、さらに、その後の彼の活動、RapemanからShellacの系譜へ引き継がれていきます。  

 


Black Heart Procession

 

「Amore del Tropico」2002

 


40年という長きに渡るTouch and Goのリリースカタログ中でも、際立って風変わりなアーティストと呼べるBlack Heart Procession。カルフォルニアのサンティエゴ出身のロックバンドです。 

このアルバムは、キャッチーでポップ性が高いとはいえません。しかし、それでも、ここには、独特なダンディーでクールな渋い漢の世界が広がっている。スパニッシュ風の音の雰囲気が心なしか漂っており、ブエナビスタ・ソシアルクラブやジプシー・キングスのような民族音楽、エスニック色が滲んだ渋みある作風です。

 

表題がイタリア語であることから、何かしら、名画「ゴッドファーザー」に対する憧憬も感じられ、イタリアンマフィアのダンディズムに満ちた世界観ともいうべき概念が音楽によって入念に組み立てられている。

 

また、ここには、一貫してストーリ性のようなものが貫かれており、映画のサウンドトラックの影響を感じる、SEのような楽曲もあり、映像シーンのひとこまを音によって印象的に彩るようなロックソングもありと、彼等の多彩な付け焼き刃でない音楽の広範なバックグラウンドが伺えます。

 

ブラック・ハート・プロセッションの曲調というのは、「Tropics of Love」をはじめとして、短調の曲が多く、明るさの感じられる作風ではありませんが、ここで展開されている癖になるリズムと、女性のバックコーラスの味わいは、独特な渋みが見いだせる。

 

名曲「The One who has Disappeared」では、古いトラッドなアメリカンフォーク、ジョニー・キャッシュを彷彿とさせる楽曲もあり、それほど知られていないバンドが、こういった良質な曲をさらりと書いてしまうあたり、アメリカの音楽文化の奥行き、ロックと言う音楽の幅広さ、深みのようなものを感じずにはいられません。

 

 

 

Blonde Redhead 

 

「Melody Of Certain Damaged Lemons」2000 

 

  

 

イタリア人兄弟、日本人移民カズ・マキノによって、NYで結成された前衛ロックバンド、ブロンド・レッドヘッド。

音楽性としては、ジャズ、ダンス、そして、古典音楽のエッセンスを織り交ぜ、ロック音楽として昇華しているのが主な特徴といえるでしょう。

彼等の楽曲の雰囲気は一貫してアンニュイで、女性らしからぬ激情性が感じられる辺りが、妖艶な華やかさをこのバンドの全面的な印象に添えています。

紅一点の女性ボーカル、カズ・マキノが、ライオット・ガールのように華やかなフロントマンとして君臨し、実験的、前衛的な不協和音を前面に押し出した音を奏でるという点では、同郷、ソニック・ユースに比するものがあり、彼等三人の音楽というのはメロディに重きを置いているのが特色。

 

通算五作目となるアルバム「Melody of Certain Damaged Lemons」は、次作からイギリスの名門「4AD」に移籍する直前の、最もブロンド・レッドヘッドの勢いのある瞬間を捉えた名作で、三人のこの後の音楽の方向性を明瞭に決定づけた作品でもあります。

 

ここに現れ出ているイタリアバロック音楽あたりからの色濃い影響を受けた性質はこの次の「Misery Is A Butterfly」でいよいよ大輪の花を咲かせます。

 

このアルバムは彼等の活動の分岐点ともいえ、最初期からのノーニューヨークを現代に蘇らせたような激しいノイズロック色の強い実験的な音楽、さらに、この後に引き継がれていく古典音楽からの要素が見事に融合しているのが際立った特徴でしょう。

 

ビートルズの「Because」を彷彿とさせる「Loved Despite of Great Faults」、古典音楽の影響を色濃く感じさせる「For the Dameged」。またその続曲「For The Damaged Coda」あたりに、カズ・マキノしか紡ぎ出しえない特異な詩情、男性のダンディズムと対極にある女性の”レディズム”ともいえる概念が引き出され、音楽史上において異質な輝きを放っています。 

 

さらには、初期からのバンドの前衛性を引き継いだ「Mother」の激烈なクールさというのもニューヨークのバンドならではといえます。

 

また、近年のこのバンドの主な音楽性を形作っているダンス・ミュージック色の強い名曲「This is Not」。このファッショナブルな雰囲気のあるポップソングというのも聴き逃がせません。  

 


 

 

TV On The Radio 

 

「Desperate Youth, Blood Thirsty Babes」2004 

 

 

その後、世界的な活躍を見せるようになるニューヨーク、ブルックリンの四人組バンド、TV on The Radioの鮮烈なデビュー作。

 

このバンドの音楽性の特徴というのは、ブラック・ミュージックをドリーム・ポップ的な雰囲気を交え、クールに解釈した辺りがみずみずしい輝きを放っています。 

 

彼等の音楽は、ヒップホップとまではいわないまでも、近現代のソウルミュージックの奥深い音楽性をしっかりと受け継ぎ、現代的なポップ、ロックという形で表現。ブラック・ミュージック性を誇り高く打ち出して、ロックを新しい時代に推し進めた先駆的存在です。

 

このアルバムでは、実験的な音楽を奏でていますが、ここには、ダンスミュージックとして聴いても秀逸な魅力が感じられ、ボーカルのトゥンデ・アデビンペのボーカルスタイルの純粋なクールさというのも際立っています。

 

このアルバム二曲目に収録されている「Staring at the Sun」は、インディーロック史に語り継がれるべき名曲といえ、二千十年代になってMyspaceで愛好家の間で話題を呼んでいた楽曲。

 

シンセサイザーのベース的なフレージング、サンプラーのビート、ギターカッティング、また、このボーカルスタイルの洗練された革新性の空気が漂う。そして、このスタジオアルバム全体には都会的なスタイリッシュな雰囲気も漂い、そこが新鮮かつクールに感じられるはず。

 




Brainiac 

 

「Electro Shock for President」1997

 

  

 

後、ダフト・パンクの築き上げたなSci-fiロックともいうべき、革新的なジャンルを打ち立てて見せたブレイニアック。

 

 タッチアンドゴーのポストロック色の強いリリースからするとかなり異端的存在といえるでしょう。

 

このアルバムは、EP「Internationale」に比べ、より主体となる音楽性が明瞭となり、この後の方向性であるギターサウンドを前面に打ち出していき、音楽としてのSF色をさらに強めていくようになるブレイニアックの作風の契機ともなった重要な作品です。

 

翌年の名作「Hissing Pigs in static Couture」に比べ、ダンスフロアで鳴らされることを想定したような趣のあるクラブミュージックよりの音楽。

 

一曲目からUKのプライマル・スクリームの傑作、「Kill All Hippies」を彷彿とさせるエレクトロの楽曲からしてクールとしかいいようがなく、アメリカのバンドとして異質な雰囲気が滲んでおり、アメリカのクラブシーンというよりかは、UKのロンドンやブリストルのダンスフロアシーンに対しての反応、それをアメリカらしい多様性によって独特にアレンジしたような楽曲です。

 

「Flash Ram」に代表されるヴォコーダーを活用したクラフト・ヴェルクのドイツの電子音楽に対する現代的回答もあり、このあたりがブレイニアックのクラブミュージックに対する深い造詣が伺える。

 

「Fashion 500」 「The Turnover」では、グリッチに対する接近も見られ、一辺倒にも思える作品全体に非常に異質な、通好みにはたまらない雰囲気を醸し出すことに成功しています。 

また、「Mr.Fingers」で繰り広げられるような荒々しいプリミティヴなガレージロック風味のあるブレイクビーツスタイルも、新しいジャンルを確立したといっても過言ではないはずです。 

 

ここには、クラブミュージックとロックンロールを融合、それをさらに、未来に進化させたSci-fiロックの究極型がダフト・パンクとは異なるアプローチによって見事に展開されています。  

 


 

 

YEAH YEAH YEAHS

 

 「Yeah Yeah Yeahs」 2002

 

   

 

数々のミュージックアウォードの受賞実績を誇り、名実ともにタッチアンドゴー出身のバンドとしては一番の出世頭ともいえるヤー・ヤー・ヤーズ。 

 

00年代からのガレージロックリバイバルのシーンの流れにおいて見過ごすことのできない最重要アーティストといえ、ストロークス、ホワイト・ストライプスの系譜にあるスタイリッシュなガレージロックバンド。

 

このデビューEPは、ヤー・ヤー・ヤーズのフレッシュな初期衝動が発揮された名作、彼等のその後の洗練された作品とまた異なるプリミティブな魅力がたっぷり味わいつくせるはず。 

 

このロックバンドのとくに目を惹く特徴は、ライオット・ガールとしてフロントマンに君臨するカレン・Oのキュートな華やかさ、そして、ボーカリストとしての比類なき力強さにあるでしょう。 

 

一曲目の「Bang」からして、フルテンの直アンから出力したような轟音ギターサウンド。往年のガレージロックバンド、The Sonicsを彷彿とさせるような、荒々しくプリミティブなド直球のストレートなロックンロール。

 

また、ここには、スリーピースバンドとしての音のバランスの良さ、そして、ベルヴェット・アンダーグラウンドやストゥージズから引き継がれるクールでスタイリッシュな音楽性を引き継いで、それがダンサンブルな掴みやすい楽曲として昇華されている。 

 

四曲目収録の「Miles Away」は、往年のNYロックンロールの真髄を知る者にこそ生み出しうるヒットナンバー。「Art Star」は、カレン・Oがスクリーモに果敢に挑戦しているのも聞き所。

 

アルバム全体の雰囲気には、その後の彼等の華々しい活躍と成功が想像でき、そして、また、その後の完成形の萌芽といえる荒削りな音楽フリーク的な彼等の趣向を見いだせる。全編通して妥協なしの十三分。再生を始めると、嵐のようにヒットチューンが目の前をすまじい早さで通り過ぎていく。

 

 

 

 

Dirty Three 

 

「Whatever You Love,You Are」2000 

 

  

 

この名盤紹介において最後に挙げておきたいのは、オーストラリア出身の三人衆、ダーティー・スリーです。

 

タッチ・アンド・ゴー・レコードの四十年というリリースにおいて、レーベルの芸術的な性格を最も特色づけているアーティスト。

 

ギター、弦楽器、ドラムというトリオ編成で、弦楽器をジャズフュージョンのようにバンド編成中に取り入れた硬派で前衛派の音楽グループ。他のポスト・ロックバンドに比べ、彼等の音楽性の特異なのは、ドラムやギターが脇役であり、弦楽器のハーモニーが主役とはっきり主張している。

 

この後、スコットランドのモグワイ、カナダのゴッド・スピード・ユー・ブラック・エンペラーがロック音楽に弦楽器を本格的な導入を試みて成功し、弦楽奏者をバンド内で演奏させるスタイルが今日においては自然な形として確立された感があります。

 

レビュー誌などでは上記のバンドが先駆者としてよく挙げられますけれども、知るかぎりにおいて、世界で一番最初に弦楽合奏をロック音楽として取り入れたのは、間違いなくこのオーストラリアの前衛派のバンド、ダーティー・スリーでした。

 

今作「Whatever You Love,You Are」は、通算二作目となるスタジオ・アルバム。デビュー作「Ocean Songs」に比べ、弦楽のハーモニクスの美麗さが際立ち、楽曲の良さと魅力が分かりやすく引き出されたという理由で、彼等の名作に挙げておきたい。

 

特にこのアルバムの特異なのは、バイオリンのピチカート奏法の多用を、はじめてロック音楽として取り入れている点。なおかつ、その音楽性というのも、ジプシーが流浪のはての街頭で奏でるような哀愁あるバイオリンのパッセージ、そして、その心細さを支えているのが、ギターのシンプルで飾り気のない質素なアルペジオ、さらに、ドラムのジャズ的なフレージング。これらが組み合うことにより、このバンドの音楽の全体的な音の厚みを形成しています。 

 

このスタジオアルバム「Whatever You Love,You Are」の表向きの楽曲の印象というのは、先にも言ったように、ロック音楽を聴いているというよりか、どこか、異国の街角をあてどなく歩いている際に、ふと、ジプシー民族のリアリティのある流しの演奏が耳にスッと飛び込んでくるような異国情緒があって、そのあたりにはかなげで、淡い哀愁が漂っているように思えます。

 

ときに、それは、完成された楽曲というより、即興音楽のような雰囲気を持って心にグッと迫ってくるはず。 

 

上品で洗練されたバイオリンを中心とした楽曲の世界は徹底して抑えの効いた雰囲気によって統一され、最初から最後のトラックまで、丹念に音の世界がゆったりと綿密に構成されていく。 

 

そして、このアルバム中、タッチ・アンド・ゴーの四十年という歴史で最も秀逸な楽曲のひとつ、最終トラックにエピローグのような形で有終の美を飾っている「Lullabye for Christie」。 

 

このポスト・ロック屈指の名曲は、全面的な奥行きのある音響世界が、上質で淡い弦楽器のハーモニクスを中心としてミニマルな楽節の構成によって綿密に紡がれる。アンビエントという概念が、今日のミュージックシーンにおいて安売りされすぎている感があるため、ここでは、彼等のクラシック色あふれる良質な楽曲を、そういうふうに呼ぶのを固く禁じておきたい。


最後にひとつ、このダーティー・スリーの名盤を聴かずして、タッチ・アンド・ゴーを素通りすることは出来かねると言っておきます。



 

 

・Touch And Go Records Official Site


http://www.tgrec.com/


Schole Records


Schole(スコーレ)は劇伴音楽を中心として活躍する作曲家小瀬村晶、菊池慎の両氏により2007年に東京で設立。レーベル発足以後、エレクトロニカ、ポストクラシカルを中心に作品をリリース。

スコーレのレーベルコンセプトとして掲げている概念は、”人々が主体的に自由に使える時間、その時間から育む事のできる豊かな創造性”。

音楽をレコードとして捉えるだけではなく、聴く人の情感に何かを与えられるように、というコンセプトを持ち、「余暇」というのを主題に、様々な作品リリースをインディペンデントの形態で行っています。

多忙な現代人の心に穏やかな安らぎを与えるという明確なコンセプトを掲げ、2007年から2021年の今日までの十四年間、それほどカタログ総数は多くないものの、聴き応えのある良質な作品のリリースを継続的に行っています。

scholeのレーベルオーナーである小瀬村晶氏は、ポスト・クラシカルの作曲家演奏家として自身の作品をリリースするだけではなく、日本映画音楽での作曲家としても以前から活躍が目覚ましいアーティストです。

このscholeに所属するアーティストは、小瀬村晶の他にも、日本のクラブミュージック界隈で活躍するハルカ・ナカムラ(伝説的なDJアーティスト Nujabesとの共作が有名)、フランスで映画音楽作曲家として活躍するクエンティン・サージャック、英ロンドンを拠点に活動する電子音楽家、Dom MIno'等が有名。

国内外を問わず、良質なアーティストが在籍しています。scholeは、エレクトロニカ、ポスト・クラシカルといったヨーロッパ、とりわけ、イギリスやアイスランドで人気の高いジャンルに逸早く日本のシーンとして反応。また、このレーベルに所属するアーティストは、エレクトロニカ、ポスト・クラシカルの国内での普及に今日まで貢献して来ています。

概して、schole主催のコンサートの際立った特色は、それほど大規模のコンサート会場で行われるというわけでなく、細やかな数十人ほどの収容の会場で観客と極めて近い距離を取り、すぐ目の前でアコースティック色の強い音楽を堪能することが出来る。

コンサートは、二、三十代くらいの観客が多く見られますが、お年寄りから子供まで安心して聴くことが出来る穏やかで静かな音楽です。スコーレのコンサートは、音楽という領域での細やかな美術展のような形式で開催される事が多い。

このscholeの発足当初から、私は、このレーベルのアーティストの紡ぎ出す、やさしく、おだやかで、心温まるような音楽に魅せられてきました。一度、コンサートに足を運んだくらい大好きなレーベルです。レーベルオーナーの小瀬村晶氏の劇伴音楽作曲家としての活躍により、今後、さらに大きな注目が集まるかもしれません。

今回は、scholeのレーベルに所属するアーティスト、数々の名盤、音の魅力について説明していきたいと思います。


 

 1.Akira Kosemura


小瀬村晶は、スコーレ・レコードを主催するオーナーにして、ポスト・クラシカル派のアーティストとして活躍。

scholeの設立と共に2007年のアルバム「It' On Everything」をリリース。これまで一貫して、ピアノの主体とした穏やかなポスト・クラシカル音楽を追求しています。基本的には、アイスランドやドイツのポスト・クラシカルシーンに呼応したピアノアンビエントの作風から、エレクトロニカ寄りの電子音楽まで、サウンド面でのアプローチは多岐に渡る。

最初期は、ピアノ音楽とエレクトロニカを融合したスタイリッシュな穏やかなアプローチを図っていましたが、近年では、エレクトロニカ色は徐々に薄れ、ピアノ音楽、小曲の形式を取るピアノ音楽の真髄へ近づきつづあるように思えます。オーラブル・アーノルズ、ニルス・フラーム、ゴルトムントの楽曲の雰囲気に近い、ピアノのハンマーの音を最大限に活かしたサウンドプロダクトが特長、ピアノのハンマーの軋みのアンビエンスが楽曲の中に取り入れられています。 

このポスト・クラシカルとしての小瀬村晶氏の楽曲の魅力は、一貫して穏やかで、特に聞き手に爽やかな風景を思い浮かばせるようなピクチャレスク性、感性に訴えかける情感にあふれています。それはレーベルコンセプトである「余暇」というものを変わらず表現してきていて、忙しい現代人の心に一筋の安らぎを与えるという明確な意図を持った楽曲を生み出し続けているという印象を受けます。

実際の演奏を聴くと、演奏技術が並外れて高いのが分かりますが、楽曲制作、レコーディングにおいては自身の技術ではなくて、楽曲のシンプルさ、親しみやすさ、そして、誰が聴いても分かる良さというのに重点が置かれているように思えます。楽曲は内向的ではあるものの、さわやかさがあり、また、内面に隠れていた心穏やかな情感を呼び覚ましてくれるはず。東京のアーティストでありながら、都会の喧騒、あるいは気忙しさとはかけ離れた穏やかで自然味あふれる雰囲気を追求しているという印象を受けます。それは都会に生きる人の切迫感とは対極にあるような平らかさを、ピアノ音楽、また、電子音楽によって表現していると言えるかもしれません。

小瀬村作品の推薦盤としては一枚に絞るのは難しい。非常に多作な作曲家でもありますし、年代ごとに作風も電子音楽からエレクトロニカ、アンビエント、ポスト・クラシカルと幅広い音楽ジャンルに適応するアーティスト。

しかし、幾つかのスコーレを代表する名盤を挙げるとするなら、エレクトロニカとポスト・クラシカルの融合サウンドを追求した「Polaroid Piano」。また、その方向性を引き継ぎ、より音の透明な質感の感じられる「Grassland+」。或いは、近年のポスト・クラシカルの名盤「In The Dark Woods」。三作のスタジオ・アルバムを小瀬村作品の入門編として挙げておきたいところでしょう。

 

Grassland + 2014


シングルとしてリリースされた 「The Eight Day」2020、「Ascent」2020も、これまでの小瀬村作品とは一味違った旨みが感じられる作品で、ノスタルジックさを感じさせる穏やかな名曲。日本のポスト・クラシカルアーティストとして、新たな境地を切り開いてみせたと言えるかもしれません。 

現代人が日々を生きるうちに忘れてしまった安らぎ、また、穏やかさ、平和さを、純粋なピアノ曲によって表現する日本で数少ない良質なアーティストで、音楽家としてもこのレーベルを代表するような存在です。 



2.Haruka Nakamura 


scholeというレーベルを最初期から小瀬村晶と共に牽引し、近年までの、エレクトロニカ、ポスト・クラシカルという音楽の知名度を日本において高めるような活躍を見せているのがハルカ・ナカムラです。 

小瀬村晶とは盟友的な存在といえる関係にあり、scholeのもうひとりの看板アーティストと言えそう。ピアノ曲を主体とした音楽性ですが、電子音楽家としての表情、あるいはまた、ギタリストとしての表情も併せ持つマルチプレイヤーとも言えなくもないかもしれません。

ハルカ・ナカムラの楽曲の特長は、人の情感にそっと寄り添うようなやさしさがあり、どことなくノスタルジー性のあるエモーションが込められていること。ピアノあるいはギターの演奏にしてもそれほどテクニカルでなく、シンプルにこれぞという良質なメロディーを散りばめる。聴いているとなんともいえない甘美さをもたらす。

また、最初期の作風に代表されるように、ギターの演奏の落ち着いた詩的な表現力があるのが最大の魅力。サウンドプログラマーとしての才覚も群を抜いており、アンビエント風のサウンド処理については、他に見当たらないような抜群のセンスの良さが感じられるアーティストです。

ハルカ・ナカムラの推薦盤としては、まず、日本のクラブ界のレジェンド、”Nujabes”とのコラボ作品「MELODICA」2013、このアルバムに収録されている「Lamp」は、日本のクラブシーンにおいての伝説的な名曲です。しかし、残念ながら、この作品は スコーレのリリースでありませんので、彼の最初期の作品「Grace」2008をハルカ・ナカムラの入門編として、おすすめしておきたいところ。 

Grace 2008


穏やかで淑やかな抒情性の中に真夜中の月のキラメキのごとき力強さが感じられるアーティストです。今なお、変わらず、その楽曲に満ち渡る光というのは、外側に力強い光輝を放ち続け、聞き手を魅了してやまない。もちろん、最初期からこのレーベルを共に支えてきた盟友、小瀬村晶氏との音楽性における共通点は多く見いだるものの、ハルカ・ナカムラの楽曲には、いかにも日本のクラブミュージックで活躍するアーティストらしい、独特なクールさが見いだせるはず。   


3.Paniyolo


Paniyoloは、福島県出身のギタリスト、高坂宗輝さんの2006年からのソロ・プロジェクト。 アコースティックギターの爪弾きによって、穏やかでくつろげる静かな音色を生み出すアーティストです。

 上記の2人に比べると、カリスマっぽさはないものの、どことなく親しみやすい温和さのあるギタリストです。ライブでは、エレクトリック・アコースティックギターを使用。それほど演奏自体は技巧的ではないものの、フレーズのセンスの良さ、そして、和音進行の変化づけにより、繊細なニュアンスを与える。演奏自体はシンプルなアルペジオ進行が多いけれども、その中に、ギターの木の温かみを活かした自然味あふれる雰囲気を感じさせてくれる素敵な音楽。

音楽的なアプローチとしては、電子音楽、フォークトロニカ寄りになる場合もありますが、基本的にはインディー・フォークを頑固一徹に通してきているなんとも頼もしいアーティストです。

その中にも民族音楽色もあり、とくにスパニッシュ音楽からの影響がそれとなく感じられるギタリスト。Paniyoloの生み出す音の世界は幻想的とまでは行かないけれども、温和なストーリー性の込められた音楽です。

どことなく切なげな質感によって彩られているのも乙です。なので、ジブリ音楽のような方向性の音楽を探している方には、ピッタリな音楽かもしれません。

大人から子供までたのしめるようなシンプルで分かりやすい音楽性がPaniyoloの一番の魅力。以前、ライブを見る機会がありましたが、演奏中にエレアコの電池が切れるというハプニングがあったにも関わらず気丈に演奏を続けていた。それほど派手さこそないものの、寡黙な素朴さがPaniyoloの良さ。誰にでも楽しめるナチュラルな演奏を聴かせてくれました。

推薦盤としてはScoleのレーベルメイト、ダイスケ・ミヤタニとの2020年の共同制作シングル「Memories of Furniture」も切なくてかなり良いですが、Paniyoloの音楽性の良さを理解しやすい作品が2012年の「ひとてま」。   


ひとてま 2012


ここでは、聴いていて、ほっと息のつける穏やかなアコースティックギターの音色を楽しむ事ができる。複雑なサウンド処理をせず、ギターのナチュラルな音色に聞き惚れてしまうような感じ。 

フレーズを聞いていると、ひだまりの中でぬくぬくするような憩いが感じられる。特に、このスコーレというレーベルのコンセプトの「余暇」という概念を考えてみたときにぴったりなアーティストといえるでしょう。

このアルバムの中では、エレックトリックピアノだけではなく、テルミンの「ホヨ〜ン」という音色も使用されています。アイスランドのアミナあたりのエレクトロニカが好きな人にもおすすめしておきたいです。

時間に忙殺される現代人なら是非聞いてみてほしい、「間」のない心に「間」を作ってくれる貴重な音楽のひとつです。 

 


4.Quentin Sirjacq


クエンティン・サージャックは、レーベルオーナーの小瀬村晶が発掘した素晴らしいアーティスト、フランスの映画音楽を中心に活動している音楽家です。

ちょっと映画関連のことは余り詳し気ないんですが、結構有名な作品のサントラも手掛けているはず。一度、2011年の「La Chambre Clare」のリリース時、日本に来日しており、実は、私はそのコンサートに居合わせましたが、凄まじい才覚が感じられるアーティストです。MCの際は、フランス語でなく、英語で話し、真摯な音楽性とは正反対の親しみやすい、ジョークたっぷりのユニークな人柄が感じられるアーティストです。

サージャックは、ドビュッシーやラヴェルをはじめとする近代古典音楽からの影響を受けたピアニストであり、その時代の音楽のロマンス性を現代に見事に引き継いでいます。現代的ではありながら、古典音楽のような理論的な音の組み立てが失われていない。

とくに演奏と言う面でも現代音楽の領域に踏み入れ、ライブの際には、ピアノの弦に専用の輪ゴムを挟んでディチューニングし、いわゆる、プリペイドピアノのような演奏をするという点では、近代古典音楽だけではなく、現代音楽、ジョン・ケージやフェルドマンのような実験音楽への深い理解も伺えます。

音楽性としては、耳にやさしいピアノ音楽。もちろんそこに弦楽やギターの伴奏、対旋律が加わる場合がある。エリック・サティからの近代フランス和声の継承者ともいえ、ピアノ・アンビエント、ポスト・クラシカルの未来を担うであろうアーティスト。確かなピアノ演奏の技術に裏打ちされた超絶的な演奏力も魅力で、お世辞抜きにピアノ演奏家としても頭一つ抜きん出たアーティストです。

 

the indestructibillity of the already felled 2020


クエンティン・サージャックの推薦盤としては、デビュー作の「La Chambre Claire」もエリック・サティの系譜にある叙情的で秀逸なピアノ曲を楽しむ事ができるるので捨てがたくもありますが、特に近年、David Darlingやダコタ・スイートをはじめとする共同制作でより持ち味が出て来ているように思え、「the indestructibillity of the already felled」を入門編としてオススメしておきたい。

ここでのエリック・サティからの音楽性、そして、スロウコアシーンで活躍するダコタ・スイートのボーカルの雰囲気が絶妙に組み合わさった作品。アンニュイさもあるけれども、どことなくそれが爽やかな質感によって彩られた秀逸なアルバムとなっています。 



5.Daisuke Miyatani


Daisuke Miyataniは兵庫県淡路島出身のギタリスト。2007年、ドイツ、ベルリンのエレクトロニカを主に取り扱うレーベル「ahornfelder」から「Diario」をリリースし、デビューを飾る。

その後、スコーレに移籍、シングル作品を中心としてリリースを行っている。後にこのデビュー作「Diario」はスコーレからリマスター盤が2018年に再発されています。

  

Diario 2018


Daisuke Miyataniの音楽性としては、ギターによるアンビエント性の追求、楽曲中にフィールドレコーディングのサンプリングを取り入れた実験性の高い音楽であり、特にギターの音響を拡張し、それをアンビエンスとして表現するというスタイルが採られています。 

また、エレクトロニカ、フォークトロニカ寄りのアプローチに踏み入れる場合があり、このあたりはムームあたりのアイスランドの電子音楽の影響を逸早く日本のアーティストとして表現したという印象を受けます。Daisuke Miyataniの音楽性は、他のスコーレのカタログ作品に比べると、抽象画の世界を音楽によって表現したような魅力がある。明瞭としない音像はアンビエントそのものではあるものの、その中にも、キラリと光るフレーズがあったりするので聞き逃がせません。

音楽自体は実験性が高いため、難解な部分もありますが、そのあたりの抽象性は、高いアート性を擁していて、真摯にアンビエンスというものを研究し、それを音楽として表現しているからこそ、引き出される奇妙な質感。

ギタリストとしても独特なミニマル的なフレーズを多用しつつも、どことなく切なげな情感を醸し出している。楽曲のトラック自体に、ディレイエフェクトを多用した抽象性の高いサウンドであり、アンビエント音楽としても楽しむことが出来るはずです。  


6.Teruyuki Nobuchika


延近輝之は、京都府京都市出身の作曲家、テーマ曲やテレビドラマの音楽、そして、日本の映画音楽だけではなく、アメリカの映画音楽も手掛けている幅広い分野で活躍するアーティストです。

2006年から劇伴音楽を中心にミュージシャンとして長きに渡り良質な楽曲を多数制作しているアーティストです。音楽性としてはピアノ曲が中心で、それほ奇をてらわず、穏やかで親しみやすい楽曲、聞き手の情感に素直に届くような美しい小曲をこれまで多く残してきています。それほど専門的な領域、アンビエントとしてでもなく、電子音楽としてでもなく、久石譲氏のような誰が聴いても理解しやすい音楽性が最大の魅力。

延近輝之の名作としては、ピアノ曲のホロリとくるような情感がたっぷりと味わう事のできる「Sonorite」を推薦しておきたいところなんですが、このアルバム作品はscholeからのリリースではないので、スコーレ特集としては2009年リリースの「morceau」をレコメンドしておきましょう。

  

morceau 2009


ここでは、scholeの他のカタログとともに並べてもなんら遜色のない、他の映像作品のサントラ、もしくは、ソロ名義での延近作品とは異なる、電子音楽、エレクトロニカ寄りのアプローチが計られています。

マスタリングでのディレイの多用、あるいはサンプリングの導入などは如何にもスコーレ作品らしいといえるような気がしますが、少なくとも延近輝之の音楽性の親しみやすさに加え、電子音楽的なオシャレさが融合された独特な作品に仕上がっています。

エレクトロニカらしいサウンド処理がほどこされており、環境音楽として聴く事もできるはず。ここでは、劇伴音楽での延近輝之の仕事とは又異なる「アート音楽」としての際立った個性が感じられる作品となっています。

 

7.  dom mino'


schole特集として、最後に忘れずに御紹介しておきたいのが、ロンドン在住の音楽家、dom mino'、Domenico Mino。

scholeから2008年と2010年に、アルバムリリースを行っているものの、それ以後、音沙汰のないのがとても残念です。この二作品のリリース以前に、Tea Z Recordsからシングル盤を一作品のみリリースしています。

dom mino'は、どちらかというと、音楽家というよりも、サウンド・デザイナー寄りのアーティストと言えるかしれません。しかし、この小瀬村晶氏をエグゼクティブプロデューサに迎え入れて制作された「Time Lapse」は、エレクトロニカの隠れた名盤としてあげておきたいところです。  


Time Lapse 2008


このdom mino'は、玩具のような音をサンプリングを用いてセンスよく楽曲の中に取り入れるという側面においては、トイトロニカあたりに位置づけても構わないでしょう。 

ムーム、I am robot and proudあたりが好きな人はピンとくる音楽性かもしれません。また、ダンス的な要素があるという面ではテクノ寄りの音楽。でも、なぜか妙な涼やかな質感があり、切なげな雰囲気が楽曲に滲んでいるのも魅力。

音色自体は、妙なスタイリッシュさ、オシャレさを感じる秀逸な音楽です。BGM的ではあるものの、それほど楽曲単体で聞いたときの存在感が乏しいわけでもない。つまり、エレクトロニカ、テクノ音楽として絶妙なバランスを保った作品。このあたりは、小瀬村晶のプロデューサーとしての素晴らしい手腕により、全体的なアルバム作品としても聴き応えあるトラックに仕上っています。

夏の暑さを和らげるような涼やかさのあるエレクトロニカサウンド。こういった類の音楽は世に沢山あるものの、今作のように聴いてうっとりできるような作品は珍しいかとおもいます。ここで展開されるクラブよりのエレクトロニカ、電子音楽の詩的で内向的な表現性は、このあたりのジャンルの愛好家にとってたまらないものがあるはず。 

また、scholeの代表的なアーティスト、ハルカ・ナカムラの楽曲のリワーク「Arne」 もこの時代の最先端を行くオシャレさのあるサウンド、今聞いてもなおこの楽曲の良さというのは失われていない。また小瀬村作品のリワーク「Scarlett」もトイトロニカ風のアレンジメントが施されていて面白い。

全体的にエレクトロニカの旨みが抽出されたような音楽です。しかし、聴いていて、全然耳の疲れを感じさせないのは、アンビエント寄りの質感に彩られているからでしょう。音を介して何かサウンドスケープを思い浮かべさせる、なんだか想像を掻き立てられるような雰囲気も良い。これまでのscholeのカタログ中でも、最良のエレクトロニカの名盤として最後に挙げておきましょう。 

  

9.Schole Compilation


また、scholeの推薦盤としては、このレーベルの音の魅力を掴むためには、これまでに四作品リリースされてきている記念コンピレーション盤をチェックするのも一つの手かもしれませんよ。


Schole Compilation Vol.1

 

 
Note Of Seconds Schole Compilation Vol.2

 

Joy Schole Compilation Vol.3

 

 
After The Rain Schole Compilation vol.4

 

これらのカタログは、scholeの見逃せないアーティスト、楽曲を網羅しているコンピレーション作品です。アルバムジャケットの爽やかな美しさに、このレーベルの重要なコンセプトがしっかりと表現されています。

そして、最初に述べたように、忙しい現代人の心に余暇の概念を与えるような素晴らしい作品集となっています。これからもscholeというレーベルから世界的な電子音楽家、ポスト・クラシカルの名盤が出てくるかもしれません。日本の良質なインディーレーベルとして再注目しておきたいところ。