その名の通り、今月9月にリリースされた作品の中から最もアツいシングル作を取り上げていくというコーナーです。インディーアーティストが中心となります。是非、音楽フリークの方はチェックしてみて下さい!!



1.Beach Fossils 

「The Other Side Of Life:Piano Ballads 」

 

今月のインディーアーティストの新作で再注目のリリースは、ニューヨークのインディーロックバンド、ビーチ・フォッシルズの「This Year(Piano)」。最新スタジオ・アルバムのリリースを機にCaptured TracksからBayonet Recordsに移籍し、「Somersault」という傑作を2017年に発表しています。

今回のシングル「The Other Side Of Life」は「Somersault」に収録されている「This Year」を始めとする三つの楽曲のジャズアレンジメントとなります。

これまで、2010年からインディーロック・バンドとしてニューヨークのライブハウスを中心に活動してきたビーチ・フォッシルズは、前作「Somersault」でクラブミュージック寄りの方向性に進み、ファンをあっと驚かせたわけですが、最新シングルでビーチフォッシルズは、さらに”ジャズ”という思ってもみなかった未知の領域に踏み入れました。このシングル作は、これまでは作品のアレンジではありながら、本格派の落ち着いたニューヨークジャズに挑んだ意欲作。人生の別領域と名付けられたタイトルも何か次なる作に対する期待感を感じさせるようです。ピアノ、ウッドベース、トランペットのゴージャスな都会派の雰囲気を持った見事なアレンジを是非御堪能あれ。



 

2.Snail Mail 

「Valentine」 

 

スネイル・メイルはアメリカのインディーロックというジャンルを中心に活躍するリンジー・ジョーダンのソロ・プロジェクト。

デビュー作「Habit」は米国内のメディアに絶賛、この約六年の間、多くのファンを獲得している再注目の女性シンガーソングライター。そして、今月に発売されたニューシングル「Valentine」は次回作のスタジオ・アルバムの期待感をより高めるような魅力的な楽曲。これまでのローファイ、ギターロックの路線からビッグシンガーへの道のりを歩みはじめたと感じさせる雰囲気を持った楽曲。

「Valentine」は、これまでのアメリカのインディー・ロックの醍醐味を凝縮した上で、キャッチーさ、ポップ性が付加され、より一般的なリスナーの琴線にも触れうるような楽曲といえるはず。

もちろん、スネイル・メイルのヴォーカルの質感も以前よりもグレードアップし、いよいよビックアーティストに近づきつつあるのかも。さて、今月27日から、米、リッチモンドの公演を皮切りに、イタリア、フランス、UK、と、世界ツアーを控えているスネイル・メイル。今、最も旬なアメリカのインディーロックアーティストとして最注目のミュージシャンです。 

 

 

3.Sharon Van Etten

「Femme Fetale」

 

今、アメリカではメタリカの「ブラック・アルバム」のカバーアルバムがリリースをまもなく迎えようとしており、しかも、この作品は四枚組、と目玉の飛び出そうなヴォルーム、さらに50組以上!?ものアーティストが参加しているという豪華コンピレーション作品。しかも、この作品の売上のほとんどは寄付されるらしい。そして、このコンピレーションには、ポップス、ヒップ・ホップからロックまでメタリカを敬愛する様々なジャンルのアーティストが参加しており、つまり、今、アメリカの音楽シーンでは空前のカバー・ムーブメントが到来していると言えそう。

さて、この「ブラック・アルバム」のカバーの流れを受けてか、アメリカのドラマ、「ツイン・ピークス」の新ヴァージョンの出演など女優としても活躍するシャロン・ファン・エッテンは我が道を行かんとばかりに、ヴェルベット・アンダーグラウンドのデビューアルバムの「Femme Fetale」のカバー作品をシングルとして発表しています。

これから、テレビタレント、女優業に専心するのかというと、このカバー作品を聴くかぎりでは、やはりあくまで女優業はサイドプロジェクトにとどまり、ミュージシャンとしての看板を下ろす気はさらさらないようです。そういった気迫がこのベルベットアンダーグラウンドの名曲のカバーにはひしひしと感じられます。

ここでは、原曲よりもテンポはスローダウンし、この楽曲の良さをファン・エッテンの渋みのある正統派のボーカルにより懸命に引き出そうとしている雰囲気。やはり、このカバーを聴くと、素晴らしいVocalistだと痛感します。エンジェル・オルソンとの共作シングルについても同じでしたが、シャロン・ファン・エッテンのヴォーカルというのは、女性シンガーでありながら、中音域がきわめて強く、独特な渋みに彩られています。このカバー曲「Femme Fetale」は、複雑なアレンジメントが施されていますが、やはり、原曲に対するリスペクトを感じる一曲。ザ・ヴェルベット・アンダーグラウンドがお好きな方は聴き逃せませんよ。 



 


4.James Blake 

「Famous Last Words」 

 

こちらは、UKのクラブミュージックシーンを沸かせているジェイムス・ブレイク。サウスロンドンのアーティスト。今月に入り、三作品のシングルをリリースしているジェイムス・ブレイクですが、新作スタジオ・アルバム「Friends That Break Your Heart」が10月8日に控えています。グロテスクなアルバムアートワークなので賛否両論を巻き起こしそうな作品ですが、それまではこのシングル、Spotify特典の二曲のシングルを聴いて、アルバムの発売を心待ちにしたいところです。

今月、アルバムの先行リリースという形で、「Say What You Will」「Life Is Not The Same」「Famous Last Words」の三作が既に発表されています。特に、「Famous Last Words」という楽曲は、今後のイギリスのクラブシーン、UKソウルシーンの潮流を変えてしまいそうな力を感じる作品として注目しておきたいところです。

これまでの音楽の方向性と同じように、「人間味のあるソウル」というジェイムス・ブレイクの掲げる概念、根本的な音楽性については保持した上で、ここではバックトラックにかなり独特な雰囲気が漂っており、バッハの「平均律クラヴィーア」のような、古典的な旋律進行の影響が感じられる。元々、幼少期に、クラシック・ピアノを学んでいたジェイムス・ブレイクですが、これから後、自身の音楽の原体験に向けて遡上していくかのような雰囲気もなんとなく感じられるよう。

最新シングル作「Famous Last Words」でジェイムス・ブレイクは、ディープソウルとクラシック音楽の融合に果敢に挑戦したような意図も伺えます。ストリングスのアレンジというのも上品な感じが漂っています。来月発売されるスタジオ・アルバム作「Friends That Break Your Heart」の他の収録曲の出来栄えがどうなるのかが見どころでしょう。しかし、現時点において、2020年代のUKクラブ・ミュージック最先端を行くのは、やはり、サウスロンドンのアーティスト、ジェイムス・ブレイクのよう。なんとなく、来年開催のブリット・アワードで一部門のウィナーに輝きそうな作品になるかもしれないと予測。もちろん、レディオ・ヘッドのトム・ヨークに近いアプローチ性を感じさせる楽曲で、そのあたりの音楽がお好きな方も要Check!!です。


 

5.Black Marble 

「Preoccupution」


ブラック・マーブルは、米、ニューヨーク、ブルックリンの宅録アーティスト、クリス・スチュワートのソロ音楽プロジェクト。これまでテクノ音楽の醍醐味を踏襲したスタジオ・アルバム「It's Imatterial」のリリースを機に、アメリカのインディーシーンで注目を集めています。ブラック・マーブルは、独特な陶酔感のある雰囲気の漂うテクノ・ポップ、エレクトロ・ポップを現代のミュージックシーンに体現しています。

「Ceiling」「Somewhere」のシングル二作に続いて、9月21日にリリースされた最新シングル「Preoccupution」も、ブラック・マーブルらしいヴィンテージ感あふれる痛快なテクノ・ポップ作品として、レコメンドしておきます。ここでは、現代的なテクノから完全に背を向けた古き良き時代の電子音楽のピコピコ感が堪能出来、また、ブラック・マーブルらしい独特なメロディーセンスを体感できる一枚となっています。懐古主義の中に今まで見過ごされてきた新規な音楽性を新たに発見するという点では、ニューヨークのリバイバルシーンの流れにある電子音楽家といえるでしょう。ブラック・マーブルの音楽性を「孤独感」というように称される場合もごく偶に見受けられますが、どちらかと言えば「クールさ」と言ったほうがふさわしいかもしれません。

シングル盤でありながら、三曲+ラディオ・エディットが収録されているEP作品に近い聴き応えのある作品。独特なニュー・オーダーに近いエレクトロ・ポップは、これまでの作品に比べてさらに洗練されたという印象。そして、古いタイプのリズムマシーンを使用したシンプルなビート、そして、独特なブラック・マーブル節ともいうべき、内省的な叙情性をはらんだ雰囲気を持った浮遊感ある宅録ヴォーカルというのがこのアーティストの音楽の醍醐味。時代の流行をまったく度外視し、オリジナルなサウンドを追求する電子音楽アーティストの快作として挙げておきます。

 

1.時代と共に変遷する宅録(ベッドルームレコーディング)の様相 


既に、多くの音楽ファンがご存知の通り、近年ではヴォーカロイドを始め、DTMブームがここ日本でも到来。レコーディングスタジオではなく、自宅でデジタル・オーディオシステムを導入し、部屋をスタジオ代わりに録音からマスタリングまで完パケを行ってしまうミュージシャンが徐々に増えてきたような印象をうける。2000年代から一般家庭にもPCが普及したこともあって、レコーディングスタジオのブースにも全然引けを取らないようなプロフェッショナルな録音システムが自宅(ベッドルーム)で構築しやすい環境が整えられた。

Silver Apples en Barcelona, Sala Apolo La [2]


日本語では、”宅録”という用語が一般的には使用されるが、海外ではベッドルームレコーディングという用語がこれに当てはまるらしい。

2000年代以前は、一般的には、レコーディングスタジオのような専用ミキサー、録音機器、オーディオインターフェイスを自宅に導入しないかぎり、レコーディングを家ですることは容易ではなかった。例えば、MTRという8トラックのマルチトラックレコーダーを導入するか、もしくは、オーディオプレーヤーにマイクを接続し、ワントラックの仮歌を録音する手法くらいしか宅録を行う選択肢がなかった。二十一世紀までは、宅録といっても、普通のポップス・ロックの音楽を作曲するアマチュアミュージシャンは宅録を行う手段が選択肢としてかぎられていた。

しかし、近年では、デスクトップ上でソフトウェア、それから、PCのポートにオーディオインターフェイスとコンデンサーマイクを接続すれば、いとも簡単に、宅録、ホームレコーディングが出来るようになってしまった。この時代を流れを読んでいたのが、1990年代のレディオヘッドのトム・ヨークだった。彼は、すでに、2000年代のベッドルームレコーディングの流行を逸早く「OK Computer」というロック史の名作で告げしらせていた。また、この流れに続いて、続々と本来は、バンド形式のロック・ポップス、あるいは、少人数の形式で組み立てられる電子音楽を一人だけで完成させてしまうアーティストが、2000年代から2010年代にかけて台頭してくるようになった。

そのあたりの潮流がミュージックシーンとして明確な形になったのが、すでに取り上げた、ベッドルームポップという2000年代生まれの若いアーティスト、ミュージシャンたち。そして、これらのアーティストの楽曲の佇まいに伺えるのは、今や、この宅録というスタイルが2020年代の音楽のトレンドであり、以前のような印象をすっかり払拭して、宅録をすごく現代風のファッショナブルな行為に変えてしまったのである。



2.宅録の元祖アーティストは?


これについては、一概に、誰がこの宅録という形態を最初に始めたのかを定義づけるのは難しいように思える。オーバーグラウンド、つまり、有名なアーティストとしてはザ・ビートルズのポール・マッカートニーがいち早く自宅でのレコーディングシステムを導入して話題を呼んだ。その作品こそザ・ビートルズの解散後リリースされた「McCartney Ⅱ」だった。ザ・ビートルズの活動中から、様々なアート性の高い音楽、民族音楽、古典音楽、実験音楽、現代音楽に親しんできたポール・マッカートニーはこのソロ作において前衛性に舵を取り、感嘆すべきことに、#2「Temporary Secretary」では、クラフトヴェルクのような実験性の高い電子音楽のアプローチを導入しているのに驚く。


また、もうひとり、少し、意外にも思えるけれども、一般的にオーバーグラウンドでの宅録音楽の元祖と言われているのが、トッド・ラングレン。彼は、活動初期からホームレコーディングに慣れ親しんでおり、1974年に発表されたスタジオ・アルバム「Todd」では、ラングレンの自宅で録音が行われている、ベッドルームレコーディングを一番早く導入した画期的な作品である。


そして、サー・ポール・マッカートニー、トッド・ラングレン。この二人のアーティストが一般的には、最初のベッドルームレコーディングを行ったアーティストだと言われている。しかしながら、これはあくまでメジャーと契約するアーティスト、いわば、メインストリームにかぎっての話。インディーズシーンには、コアでマニアックな宅録を行うアーティストがこの1970年代前後に活動していた。



3.宅録ミュージシャンの元祖


Silver Apples 



アメリカではもうひとり、アラン・ヴェガというアメリカのインディーズシーンにおいて知らない人はいないロックアーティストが見いだされる。しかし、時代に先駆けて一番早くベッドルームレコーディングという音楽ジャンルを発明したのは、この「シルヴァー・アップルズ」というアメリカのシミオン・コックスとダニーテイラーの二人により結成された伝説的ユニットである。


特に、デビュー作「Silver Apples」のリリースは1968年、サー・マーカートニーやラングレンどころか、クラフトヴェルクよりも早く実験的なシンセ音楽を完成させているのは驚愕するよりほかない。自宅の一室に複雑な回線をなすアナログシンセサイザーを導入し、オシレーター等の信号を駆使している。


間違いなく、これは音楽上の発明のひとつだ。もちろん音楽性の完成度については現在の音楽に比するクオリティーは望むべくもない。しかし、ここで、シルヴァー・アップルズという音楽家、いや、音楽上の発明家がアナログ信号を使ってのシンセサイザーで組み立てているのは、現代で言うスーパーコンピュータの回路の複雑さにも比するもので、電子音楽の開発者のひとりとして挙げてもさしつかえないようにおもえる。


特に、シルヴァー・アップルズを生み出すシンセ音楽は、DTMの先駆けともいえ、アナログ信号というのがいかにデジタル信号と異なるのかを見出すヒントにもなるはず。アナログでの信号を介して音を出力すると、エフェクター等も同様、人為的なコントロールがきかないゆえに、音の揺らぎや自由性を楽しめる。デジタルの音量はある程度人の手で制御できるものの、アナログの音量はミニマルからマキシマムの単位まで無限大。一般的に、デジタル信号を通じて出力される音は冷たく、アナログ信号を通じて出力される音は温かみがあると言われている。


シルヴァー・アップルズの音楽性は、シンセサイザーの上に、ドラム、ヴォーカルを同期させるという革新的な手法を音楽史にもたらした。ドイツのクラフトヴェルク、ノイ!に比べると、それほど著名なアーティストではないようにおもえるが、それでも、シンセポップ、電子音楽のジャンルの発明家として歴史に残るべき偉大なミュージシャン、あるいはサウンド・プログラミングの最初の偉大な開発者である事には変わりない。



 

Suicide

 

ニューヨークのプロトパンクの立役者の一人、アラン・ヴェガ擁するツインユニット。スイサイド。この二人はドラマーがいないという欠点を、マーティン・レブのドラムマシーンの機械的なビート、そして、シンセサイザーのフレーズの新奇性により、その短所を長所に転じてみせた。このスイサイドは、1971年に結成され、イギーポップと共に、アメリカでの伝説的な「インディーズの帝王」とも称すべき存在である。スイサイドは、一度もメジャーレーベルと契約せぬまま、2016年のアラン・ヴェガの死去により、長い活動の幕を閉じた。


しかし、このスイサイドのデビュー作「Suicide」の鮮烈性は、未だ苛烈なものといえる。機械的で神経質なマシンビートのグルーブ、アラン・ヴェガのイギー・ポップにも比する狂気的なシャウト。彼等は、レディオ・ヘッドのOK Computerからおよそ二十数年前に、宅録のロックサウンドを実験的に取り入れようとしていた。もちろん、ステージ上で、ガラスをぶちまけたりといったスターリンの遠藤ミチロウも真っ青のステージングの過激性は、今やイギー・ポップとともに伝説化している。もちろん、ニューヨークシーンや世界のミュージックシーンへの後世の影響もさることながら、日本のパンクロックシーンのステージングにも大きな影響を及ぼしたものと思われる。


特に、ベッドルームレコーディングとしては、ファースト・アルバム「Suicide」1977の一曲目「Ghost Rider」二曲目の「Rocket USA」は必聴。無機質なマシンビートのカッコよさもさることながら、ここでの異様なテンションに彩られたアランヴェガのヴォーカルの変態性、この過激さというのは、後のどのロックバンドすらも足元にも及ばない。ここには、宅録の醍醐味ともいえる妖しげな雰囲気が漂いまくり、さらに、実にプリミティヴなニューヨークの1970年代の熱狂性を味わうことが出来る。もちろん、続いての「Cheree」もクラフトヴェルクの雰囲気に比する独特なテクノの元祖として聴き逃がせない名曲である。シンセサイザーひとつで、これほど多彩な音楽を生み出せると、未来の音楽への可能性をこの年代に示してみせたことはあまりにも大きな功績といえる。



 

Neu!

 

ドイツのデュッセルドルフは、1970年代、クラフト・ヴェルクを始め、今日の電子音楽の基礎を形作った数多くの実験性の高いバンド、グループが活躍した。ノイ!は、元クラフト・ヴェルクの雇われメンバー、クラウス・ディンガー 、ミヒャエル・ローターによって結成された西ドイツのユニットである。後世のミュージックシーンに与えた影響は計りしれないものがあり、セックス・ピストルズのジョニーロットンの歌唱法、音楽性、そしてレディオヘッドのトム・ヨークもこのノイ!を崇拝している。


ファースト・アルバム「Neu!」1972は、ニューヨークのシルヴァー・アップルズとともに世界で最も早く宅録サウンドを完成させてみせた記念碑的な作品。テクノ寄りの音楽性にロックサウンドを融合させてみせたという点では、シカゴ音響派のトータスに比する大きな功績を大衆音楽史に刻んでみせた。ここでの短い録音フレーズをループさせる手法というのは、当時としてはあまりに画期的であったように思え、楽曲自体の完成度も、クラフト・ヴェルクでの活動で鍛錬を積んでいたせいか、並外れて高い。


セカンド・アルバム「Neu! 2」1973では、テープの逆回転を活かしたより実験性の高いサウンドを追求し、今日のクラブミュージックで当たり前に行われている手法を導入したノイ!。三作目の「Neu! 75」1975では、アンビエントの先駆的なアプローチに挑み、「Seeland」「Leb' wohl」といった名曲を残している。


また、この三作目のスタジオ・アルバムの四曲目に収録されている「Hero」は、セックス・ピストルズの音楽性の元ネタとなっていることは音楽ファンの間では最早常識といえるはず。というか、実のところ、ジョニー・ロットンはこの歌い方を活動初期において、巧妙に、このノイ!をイミテートしてみせたに過ぎなかったのだ。クラフト・ヴェルクと共に、電子音楽とポップス/ロックを見事に融合させた西ドイツの伝説的ユニット。後世の音楽シーンやミュージシャンに与えた影響はあまりにも大きい。 

 

 

追記として、この1970年代のデュッセルドルフの電子音楽シーンのアーティストの楽曲を集めた

 

「ELECTRI_CITY「Elektronishe Musik aus Dusseldolf」

「ELECTRI_CITY2「Elektronishe Musik aus Dusseldolf」

 

という二作の豪華なコンピレーション・アルバムが発売されている。こちらもおすすめします。

 

 

Kraftwerk

 

既にテクノ、電子音楽グループとしては世界で最も知られている大御所、クラフトヴェルク。しかし、やはり、後世の宅録の見本となるような音楽性を形作ったと言う面では大きな功績をもたらした音楽のアートグループ。


デュッセルドルフの電子音楽シーンを牽引してきたのみならず、テクノ音楽の最初の立役者のグループとして語り継がれるべき存在。 後の電子音楽の礎を築き上げただけではなく、CANをはじめとするクラウト・ロックシーンの最重要アーティストとしても語られる場合もあり、Faustらとともに、インダストリアルというジャンルの源流を形作したと言う面では、ノイ!と別の側面で大きな革新を音楽シーンにもたらした。もちろん、グラミーの受賞、あるいは、ロックの殿堂入りを果たしているエレクトリックビートルズといわれる世界的な知名度を持つ芸術グループ。


特に、デビュー作の「Autobahn」は、現在でもテクノだけではなく、クラブミュージックに与えた影響はきわめて大きい。デビュー作「Autobahn」1974では、クラフトヴェルクの実験音楽の完成度の高さが目に見える形で現れている。


シンセサイザー音楽としての壮大なストーリー性を味わうことの出来る表題曲「Autobahn」は、22分後半にも及ぶ伝説的なエレクトリックシンフォニーといえる。現在、このオートバーンを車で走っていると、遠くにバイエルン・ミュンヘンの本拠地、アリアンツ・アレーナのドームが見えるらしい。


ここに、ドイツの電子音楽の後のシーンの礎が最初に組み立てられたといえるはず。さらに、未来性を感じさせるSFチックな雰囲気というのもたまらない。クラフトヴェルクのファースト・アルバム「Autobahn」は、やはりクラフトヴェルクの最良の名曲、電子音楽史だけではなく、ポップス史に残る感涙ものの名曲ばかり。




 


The Cleaners From Venus



そして、もうひとつ、時代は、1980−90年代とかなり後になってしまうけれども、イギリスに宅録のカセットテープ音楽をフォークロックとして体現させているのが、ザ・クリーナーズ・フロム・ヴィーナスである。


XTCの作品のプロデュース等も手掛けているマーティン・ニューウェルの宅録のロック・バンドだ。音楽流通の主流が、レコードからCD、そして、サブスクリプションと移ろい変わっていく間、常に、テープ形式で宅録のレコーディングを行ってきた気骨あるインディーロックミュージシャン。


特に、The Cleaners From Venusの音楽性は、近年の宅録アーティストのポップス性に近い雰囲気があり、知る人ぞ知るカルト的ミュージシャンではあるものの、ベッドルームポップの最初の体現者と見なしても違和感はないように思える。音楽性自体は、カセットテープの録音なのでチープな感じもあるけれども、むしろそのチープさが何となく通好みの雰囲気を醸し出している。


The Cleaners From Venusの音楽性としては、ザ・ビートルズの古き良き時代の英国のポップス・ロックを宅録のチープさで見事に彩ってみせたという印象。しかし、テープ音楽というデジタル性から遠ざかった粗がこのアーティストの音楽の雰囲気に現代とは異なるヴィンテージ感をもたらしている。


特に、スタジオ・アルバム「Number Thirteen」1990の「The Jangling Man」、「Living With Victoria Grey」1986に収録されている「Mercury Girl」は、宅録のインディーフォーク、インディーポップとして現代の音楽性を凌駕する雰囲気を漂わせた楽曲。こういった時代に、この古めかしい音楽を生み出していたのは驚き。


イギリスのオーバーグラウンドやインディーシーンの音楽の流行とは全然関係なく、宅録のテープ音楽を作り続けたことは素晴らしい功績。古典的な英国のポップスの伝統性、叙情性を引き継いだ素晴らしい宅録アーティストとして最後にご紹介しておきます。

 

 

 

 

今回は、宅録というアーティストの焦点を絞り、どのアーティストが先駆者なのかを探ってみました。もちろん、個人的な趣味を加味した上で選出したことを御理解下さい。また、クラフトヴェルクについては厳密にいえば、宅録アーティストではありません。けれども、後世の宅録やDTM世代に与えた影響が大きいため、ここで取り上げておきました。また、宅録とは別に、環境音楽、アンビエントのアーティストについてはあらためて別の機会に取り上げてみたいと思います。

 

 

今回は、 2021年9月17日にリリースされたばかりの作品、ポストロック界のカリスマ”MONO”の二十年のキャリアを総括するスタジオ・アルバム「Pilgrimage Of The Soul」をアルバム・レビューとして取り上げておきたいと思います。


これまで、毎年のように、150本もの数のワールド・ツアーをこなして来ている実力派ロックバンド、Mono。そして、この最新作「Pilgrimage Of The Soul」海外のインディーズシーンでは世界的な知名度を誇る五人組のこれまでのキャリアを総括する作品であると共に、まさにMonoのハイライトと称すべきスタジオ・アルバムといえるでしょう。

 

2020年の夏、コロナウイルス禍において、レコーディング作業が胆力を持って続けられたスタジオ・アルバムで、これまで彼等の多くの作品を手掛けてきた盟友ともいえるオルタナ界の皇帝”スティーヴ・アルビニ”をレコーディング・エンジニアに迎え、ソリッドかつ、ストイック、さらに、MONOらしい深遠でエモーションに彩られた素晴らしいロックサウンドが、心ゆくまで体感できる傑作となっています。9月17日に、二枚組LP盤とCD盤が”Temporary Residents”からリリースされたばかりです。

 

2022年には、ワールド・ツアーを控えているMONO。

 

ポスト・ロックファンとしては要チェック、どころかマストというべき作品でしょう。彼等MONOの素晴らしいライブパフォーマンスを見れる日を心待ちにしながら、この作品をじっくり聴き入りたいところです。ここでは、CD形式、サブスクリプション配信形式の8曲収録バージョンを取り上げ、この傑作の魅力を語っていきましょう。




「Pilgrimage Of the Soul」2021




TrackListing


1.Riptide

2.Imperfect Thing

3.Heaven in a Wild Flower 

4.To See A World

5.Innocence

6.The Auguries

7.Hold Infinity in the Palm of Your Hand

8.And Eternity in an Hour




「魂の巡礼」と名付けられたMONO通算十一作目となるスタジオ・アルバムは、誇張抜きに彼等の最高傑作、そして、ポスト・ロックの金字塔を見事に打ち立てて見せた作品です。

 

日本の最初のポスト・ロックバンドとして始まったMONOの歴史、そして、中心人物である後藤さんGtの遍歴は、高校生時代の島根から始まり、東京、そののち、アメリカのニューヨーク、それから最後には、見果てぬほど広いワールドワイドの音楽シーンへ繋がっていきました。

 

既に、ワールド・ツアーを幾度も成功させているMONO。最初のニューヨークの挑戦は動員がたったの五人、ほとんど失敗に終わりました。それでも気持ちを切らすことなく、他のメンバーの励ましもあ信頼を得、徐々に、ツアーサポートからメインアクトへ上り詰めていきます。

 

それはこのバンドの音楽性の特質、独特な日本人らしい感性を貫いてきた事、そして自分たちの生み出す作品に対する深いプライドがあったからこそ成し得た偉業と言っても良いのかもしれません。

 

2000年代中盤から2010年代にかけて、「You Are There」を始め数々の傑作を生み出し、ワールドワイドの知名度を獲得。遂には、スコッドランドのモグワイ、カナダのGY!BEに匹敵する世界的ロックバンドに成長を遂げ、ポストロックのファンで彼等の事を知らぬ人はいないこのジャンルの代名詞的存在へと成長していく。それでも、その旅路は一筋縄では行かず、MONOというロックバンドの音楽性が世界に認められるのには、一年、二年といった短いスパンではなく、長い時間を必要としたわけです。

 

結局の所、このMONOというポストロックバンドは、日本人しか生み出し得ない感性が世界のどこかで必要とされているのだということを、見事にインディーズシーンにおいて、そしてこの最高傑作において証明しています。この長い、非常に長い、二十二年問のキャリアを概観して、この最高傑作を聴くにつけ、十年来のファンとしてつくづく思うのは、この作品において、二千年前後に始まった長い魂の巡礼の旅はひとつのサイクルを終えて、元の場所に、またひとつの終着点にたどり着いたというような感慨を覚えます。

 

今作「Pilgrimage Of The Soul」は、エモーショナルな静寂と轟音が交互に展開されていくというMONOらしい音楽性が引き継がれています。しかし、これまでの作品とは決定的に何か異なるという印象を受けます。たしかに、ストリングス、グロッケンシュピール、金管楽器、シンセサイザのシークエンスを導入した間口の広い音楽性がドラマティックに広がりを増していく。モノらしい楽曲の特徴は、これまでの方向性の延長線上にあるけれども、今回は、より深く情感に訴えてくる何かがあるように思えます。おだやかであり、親しげであり、また温かい雰囲気がアルバム作品全体に漂っている。

 

そして、楽曲のダイナミックスさ、それとは正反対の閉じていく世界が、情感豊かに表現されている。これまでの作品の中で、サウンドプロダクションの面では随一といえ、GY!Beの最初期のギターサウンドのようなサウンド処理がなされているのは、そのあたりの作品に比する傑作とスティーヴ・アルビニ自身が見込んだような雰囲気もあり、以前よりも、ドラムのダイナミクスやギターとのバランスが素晴らしくなっていることに驚かされます。

 

#3「Heaven In a Wild Flower」に代表される穏やかな楽曲において、これまでの音楽性とは又異なる領域に入り込んでいるのも素晴らしい特徴。ここでは、穏やかなエレクトロニカ寄りのアプローチが図られており、轟音性には乏しいトラックであるものの、MONOの新しい代名詞的音楽、これから続く魂の巡礼の未来をしかと見据えたかのような楽曲です。

 

また、もちろん、MONOと言うバンドが別のロックバンドになってしまったのかといえば、もちろんそうではない。これまでの音楽性、威風堂々たる轟音性、ドラマティックな叙情性の向こうに満ちていく静寂性は、#4「To See a World」シングルとして先行リリースされていた#5「Innocense」「Hold Infinity in the Palm of Your Hand」でグレードアップ、頼もしいくらいの力強さが加わっています。ここで丹念に紡がれるポストロックの物語はこれまでよりもさらに深い叙情性に彩られている。

 

なんと言っても、このスタジオ・アルバムの有終の美を飾る「And Eternity in an Hour」は、このロックバンドの未来の予想図を明示した「二十二年間の集大成」というべき素晴らしい楽曲です。まさに、この穏やかな質感に彩られたピアノの伴奏が際立った楽曲は、MONOというロックバンドの歴史、現在、それから未来、輝かしいすべてが色鮮やかに描かれる。

 

もちろん、いうまでもなく、これまでと同様、全曲、インストゥルメンタル曲のみ、硬派のポストロックバンドが二十二年のキャリアの先に見た総てが、この作品に込められているように思えます。島根から始まり、東京、ニューヨーク、世界、へと続いたMONOの魂の巡礼は、今も、そしてこれからも明るい希望に満ちあふれていることを、この作品は淑やかに物語る。ファンとしては、非常に感慨深い作品となるかもしれません。

 

 

1.Brit Schoolはどのような教育機関なのか?

 
ブリット・スクールは、英国、クロイドン、ロンドン特別区に1991年に設立されたメディア系アーティストを専門に育成する教育機関。


この専門の教育機関(テクノロジー・オブ・カレッジ)には、現在、1350名ほどの14歳から19歳までの男女の生徒が学ぶ英国政府からの直接的な資金援助を受ける教育機関。ブリットスクールの専攻分野は、9つに分かれており、この機関では、ミュージック、演劇、ダンス、映像、アートワーク、プロデュース、マーケティング、ファッション、ゲーム、アプリ制作を専門に学ぶ事が出来ます。

 

フランス、パリにも、ピエール・ブーレーズが設立した「IRCAM」という音響学やデジタルデバイスで現代音楽の作曲を学ぶことが出来る国立の教育機関が存在します。(日本の音楽大学を卒業すれば、この機関への留学の資格が与えられる)しかし、イルカムは、大学に在学するような年代を中心としたクラシックの専門とした音楽教育が行われるのに対して、この英国のブリット・スクールは、14歳から19歳までの若い年頃、大学に通うまでの年代の有望な学生を英国各地から招き、その生徒たちを専門に育成し、各々の創造性を育み、ポップやロックといった大衆音楽のミュージシャン、ダンス、放送、アート、演劇、マーケティング、ITといった多岐に渡るメディア系分野で、プロとして活躍出来るような才能を養うための環境が整備されています。 

 

英国政府から資金面でのバックアップを受けているため、国立教育機関というふうに呼んでもいいかもしれませんが、学校内は風通しが非常に良く、他の分野を先行する生徒たちが自由に交流をし、おおらな気風が貫かれています。

 

そして、さらに面白い特徴を挙げるとなら、「五人目のビートルズ」と称される”ジョージ・マーティン卿”がデザインしたレコーディングスタジオ、また、あるいは、324人と500人の観客を収容出来る二つのオビー劇場、Youtubeが資金提供を行っている2019年設立の専用テレビスタジオや、また、これらの様々な分野を跨いで、生徒たちは何時間でも創作活動を心ゆくまで楽しむ事が出来るようです。

 

これは、すべての教育者がこの学校に在籍する全生徒の可能性を心から信じきり、そして、すべての生徒たちに大きな才能があると信じている前提で行われる教育なのです。ここでは、生徒達がプロフェッショナルなアーティストになる手助けとなる授業、アーティストとして活躍する社会人となるためのエデュケーションが施されているのです。 

 

さらに、このブリット・スクールという教育機関のひときわ心惹かれる特徴があるなら、この学校に通う生徒の学費が免除されていること。そして、イギリスで唯一、無償教育が行われている機関であって、また、英国政府の補助金を受けているだけでなく、ギブソン社、化粧品会社がこの学校と提携し、現物支給という形で、この教育機関に属する生徒に対し手厚い支援を行います。

 

ギターを演奏してみたいと思ったら、生徒たちには既にレスポールギターが用意されています。映像、舞台で特殊なメイクアップを行いたいと思えば、既に、化粧品が用意されています。その御蔭で、在校生たちは高価な楽器を新たに購入する必要がないのです。

 

ブリット・スクールは、1991年の設立当初から、英国きってのスターミュージシャンを数多く輩出しています。

 

多くの方が御存じのように、エイミー・ワインハウス、アデル、といった世界的シンガーソングライターをはじめ、ケイト・ナッシュ、リリー・アレン、ジェシー・J、またクークスといった世界的なミュージシャンを音楽シーンに続々と送り出していることから、ブリット・スクールの独特な教育制度は、比較的早い段階で大きな成功を見ているように思えます。 

 

2.ブリット・スクールの変革


 

さて、ブリット・スクールの創設者であるマークフェザーストーンウィッティ氏は、アラン・パーカーの映画「名声」1980に影響を受け、この「ブリットスクール」という教育機関設立の最初の計画を着手します。

 

つまり、音楽の分野でなくて、計画当初、舞台芸術を専門とする学校を設立しようという意図で、このシティー・テクノロジー・オブ・カレッジという地方教育と一定の距離を保つ都会的な中等教育機関は、先述したように、ロンドンの特別区、クロイドンに1991年に開設されました。

 

学校の設立者、マークフェザーストーンウィッティ氏は、School for Performing Arts Trust(SPA)という機関を通じて、学校開設のための資金調達の目策を始め、その後、英国レコード協会、複数の提携する企業からの協力、実際には資金援助を受け、このブリットスクールの運営、教育カリキュラムを1991年に開始。英国政府、英国レコード産業協会、私企業、それから、英国の著名なアーティストもこの教育機関に対して支援を行っています。

 

 


 

このブリット・スクールが教えるのは専門分野だけではありません。この中等教育機関では、人間として、どのように生きるべきなのかという教育にも重点が置かれています。1991年の設立当初から、他の教育機関には見られない独特な理念が貫かれています。

 

初代の「ナイト」の称号を与えられた校長の時代から、英国人としての「紳士性」の教育に焦点が絞られ、他人に対しての親切心を持つべきという考えがこの学校の重要な理念となっています。

 

なぜなら、例えば、人間として生きる上で、自然にしなければならないこと、他人に対して思いやりを持って接したり、苦しんでいる人を見てそれに手を差し伸べるような紳士性がなければ、いかなる分野、音楽、アート、放送、俳優、舞台芸術、ITにおいて、継続的に成功を収めることは難しいからです。

 

これらの分野のプロフェッショナルとして生きるためには、個人の才覚だけでなく、他者との関係を大切にしつつ、相携えて完成作品を生み出さねければならないのです。

 

そして、この人間性というのは、この中等教育機関に入学時の審査において、最重要視される点のようです。このブリット・スクールの門をくぐろうとする生徒には、実際の専攻しようとする専門分野において、技術的審査が行われますが、このスクールの入学試験において試験する側の教師が評価するのは、一つは、何らかの表現性を自分自身で自主的に心から楽しんでやっているかどうか。そして、また、二つ目は、最も入学試験を受ける際に重要視される点、その生徒の人間性、他人に対しての「親切心」があるどうか。これは、ブリット・スクールの欠かさざる理念と称するべき概念であり、英国人としての道徳のひとつ「紳士性」に教育の重点が置かれているのです。

 

それは先にも述べたように、学校側は、これらの入学する生徒に対し、卒業後、ゆくゆくはメディア分野でのプロフェッショナルな活躍を期待していることは相違有りませんが、こういった専門分野で、最も大切な人間としての姿勢、他者と和していくための協調性を、ブリット・スクールは重要な理念として掲げています。もちろん、それは、誰の協力もなしに、長期間にわたり専門的な分野で活躍することが困難だということを学校側は熟知しているからです。そこで、多くの専門性を高めるための環境は十分整えられており、その豪華さは世界を見ても随一といえ、さらに、実際、各々の専門分野における英才教育が十代という早い段階で行われますが、このブリット・スクールは他の学校と異なり「人間としてどうあるべきか」という教育が行われ、それを生徒たち自身の才能を通して社会性を学ぶことに大きな力が注がれているようです。 

 

3.ブリット・スクールの社会的役割とその問題点

 

 

もちろん、このブリット・スクールの特徴は、卒業後においても、社会的に通用するようなアーティストを育成することに重点を置いています。

 

それは、実際の専門分野だけではなく、数学や歴史といった一般教養も学んだ上で、上記のように、社会的な問題についても学ぶ時間が用意されています、つまり、ただ単にアート活動での技術がすぐれた生徒を輩出するだけではなく、何らかの提言を芸術という表現方法を介して行うことの出来る生徒を積極的に育成しているのがブリット・スクールの教育の基本です。

 

また、専門分野で英才教育が施されるからといって、生徒同士は、それほどギスギスしたライバル関係にあるのではなく、気の合う友人のような形で付き合いを重ね、他分野を専攻する生徒とも関係性を持つのが自然であるようです。そのため、学校の卒業後、その生徒が一躍有名になっても、他の分野を専攻する卒業生とも関係性が保たれている場合が多いようです。

 

一例を挙げると、エイミー・ワインハウスは、デビューして間もない頃のアルバム作品で、同級生が手掛けるアルバムアート制作を依頼しています。つまり、在学中の他分野を跨いでのコラボレーションというのが当たり前であり、在学中にそれらの他分野の生徒と深い関係性を持つことにより、卒業後にも、気兼ねなくコラボレーションを持ちかけたりすることが出来るという利点があるようです。

 

もちろん、ここまで、ブリット・スクールの美点ばかりをずらりと並べて来ましたが、あまり一方の側面ばかりから物事を捉えることはフェアとはいえません。この学校制度を手放しで称賛することは出来ない部分もあるようです。もちろん、この学校で行われている教育については賛同の声も上がっていますが、この学校の制度、一般社会との関係性、音楽業界との距離について懐疑的な意見もあって、ブリット・スクール出身のアーティストは、不当に音楽業界で優遇されているという意見も挙がっています。この辺りは、イギリスのグラミー賞に当たる”ブリット・アワード”を主催している企業が、他でもない、スポンサーとして提携する英国レコード産業協会であるため、ブリット・スクールと英国レコード産業協会との距離が近すぎるのではという指摘が出てきているようです。つまり、ブリット・アワードを与える際に、不当な高評価が与えられているのではないだろうか、という指摘が挙がっているようなのです。 

 

こういった音楽の賞にまつわる話は、実は、昔から古典音楽でもありまして、古くは、ショパンコンクールの審査員をしていたアルフレッド・コルトーがディヌ・リパッティというピアニストが他の審査員から不当な低い評価を受けた際、なぜゆえ、この人の演奏が評価されないのかと激怒し、即、審査員を降りてしまったという音楽史の事件がありました。また、今ではフランスで最も有名な作曲家のひとり、モーリス・ラヴェルも、若い頃、フランス国内の作曲賞で無冠の帝王として有名であり、長いあいだ冷ややかな裁断を下されていました。

 

もちろん、両者とも既に歴史的な演奏家、作曲家となっているのは明らかであるため、こういった逆説的な事例を挙げたわけですが、そもそも、常になんらかのフィルターを通して与えられるのが賞というものなのか、そこまで断定づけるのは難しいですけれども、現代の音楽シーンにおいても、そういった何らかの賞にまつわる評価に懐疑的な意見がそれとなく聞こえて来るのは、綺麗事ばかりで解決できない根深い問題が音楽業界内に蔓延している雰囲気もあるようです。これは、もちろん、それは海外にいる人間からはとても見えづらい内在的課題でもあります。

 

この学校とのレコード産業の関係性について考えてみますと、商業的な大成功や賞にまつわる何か因縁や怨念のようなものがうずまき、それらがエイミー・ワインハウスという世界的スターの背後にまとわりつき、彼女の悲しい破滅的悲劇をもたらしたという見方もできなくないかもしれません。実際、エイミー・ワインハウスと言う人物は、このブリット・スクール在学中にはさほど目立たない、気の良い学生であったようで、目のくらむような巨大な産業や商業、人々の興味、それに纏わるゴシップという得難いものに飲み込まれてしまった人物なのです。 

 

そういった側面から考えてみれば、エイミー・ワインハウス、というシンガーソングライターも、もし普通の一般的なスクールに通っていれば、他の分野への寄り道もできたかもしれず、そもそもこのブリットスクールでの英才教育自体が、彼女の生涯に暗い影を落としている部分もないわけではないわけです。非凡な才能が与えられたため、社会との折り合いをつけるという面で大変苦労するという場合は、かつてのロシア芸術界きっての天才バレエダンサー、ヴァーツラフ・ニジンスキーの狂気にとりつかれた事例もありますし、必ずしも、この学校の教育だけで生が理解しきれるものではないことを、エイミー・ワインハウスの生涯は私達に教唆してくれているようです。

 

しかし、もちろん、こういった難点もありながら、さらに音楽業界の根深い問題を見通した上でも、このブリット・スクールからは、近年、魅力的で個性派のアーティストが数多く出てきているのは事実でしょう。

 

例えば、ブラック・ミディというアーティストについては、まさに、この学校らしい人種の融和という概念を引き継いでおり、白人と黒人が一緒になって心底から楽しそうに演奏している例などを見ても、近年では、ワインハウスのような悲劇的事例を出さないように、のびのびとした専門分野の中等教育が率先して行われている雰囲気が伺えます。

 

特に、このブリット・スクール出身の生徒が、個性的な芸術的な才覚、ほとばしるような表現性を携え、華々しく登場する場合が多い。

 

それは、音楽、映画、舞台、または他のメディア分野に関わらない普遍的な事実といえるのかもしれません。そのあたりは、この中等教育機関、ブリット・スクールでの教えが大いに生かされているようです。

 


近年注目のブリットスクール出身アーティスト

 

 

ブリット・スクール出身のアーティストには音楽的な特徴があって、幅広い音楽性を内面の奥深くに吸収し、なおかつ、若い年代から、日々、膨大な作曲の演奏での研鑽を他の生徒たちと積んでいるため、デビュー時から洗練された熟練のプロ顔負けのサウンドを完成させている場合が多いです。 

 

また、近年のブリット・スクール出身アーティストには、音楽性での独特な共通点があり、どことなく、ブラックミュージックの影響を感じさせ、その先にあるネオソウルというジャンルに該当する場合が多い。

 

これは、クラブ・ミュージックが盛んなロンドンという都市で、若い時代に、音楽文化と密接に関わりを持って来たこと。

 

それからまた、もうひとつ、この学校の最初のビックスター、エイミー・ワインハウス(エタ・ジェイムスやエラ・フィッツジェラルドの音楽が彼女の音楽的な天才性を目覚めさせた)の影響が、この学校の出身者の生み出す音楽には色濃く残されているように思えます。つまり、この二つは、ブリット・スクールに引き継がれている伝統性です。

 

それでは、エイミー・ワインハウス、ケイト・ブッシュ、ジェシーK、ザ・クークス等、上記に挙げたミュージシャンの他、近年最注目のブリットスクール出身アーティストについて簡単に御紹介しておきたいと思います。

 

 

King Krule

 


 

サウスロンドンを拠点に活動するキング・クルールは現在、最もブリットスクール出身者のミュージシャンの中でも際立った存在感を持つアーティスト。

 

アーティスト名は、エルヴィス・プレスリーの映画「キング・クレオール」に因む。キングクルールの生み出す音楽ジャンルは、フュージョン、ポスト・パンク、ヒップホップ、ソウルと、幅広い呼称が与えられています。

 

これは、若い多感な年代から非常に様々な音楽を吸収した上で、実際に、ブリットスクールでセッションを重ねたことにより、キングクルールは二十代後半のアーティストでありながら、完成度の高い洗練された作品を生み出してきています。また、彼の音楽性は、近年の他のこの学校出身の音楽家に色濃い影響を及ぼしていて、つまりサウスロンドンの音楽シーンの中心的な存在といえそうです。

 

このアーティストのバックボーンとしては、プレスリー、ジーン・ヴィンセント、フェラ・クティ、アズテック・カメラといった往年の多岐にわたるジャンルのアーティスト、そして、とりわけ、ピクシーズやリバティーンズに強い憧憬を抱くミュージシャンであり、独特な、クルール節ともいえるような捻りの効いたインディーポップ/ロック音楽を生み出している。もちろん、その中には、サウスロンドンのクラブシーンの影響も少なからず滲んでいます。キング・クルールの音楽性については、ザ・スミスのモリッシー、エドウィン・コリンズ、といったアーティストが称賛しています。 

 


Cosmo Pyke

 


 

サウスイーストロンドン、ペッカム出身のアーティスト、コスモ・パイクもキング・クルールと並んでロンドンのインディーシーンで、大きな話題を呼んでいるミュージシャンの一人です。 


彼は、ジョニー・ミッチェル、ジミ・ヘンドリックス、ボブ・マーリー、マイケル・ジャクソンといった著名な黒人アーティスト、そして、ビートルズ等のアーティストの音楽に影響を受けている。

 

コスモ・パイクは、ブリットスクールを卒業した後、2017年にEP「Just Cosmo」でデビューを飾り、またセカンドEP「A Piper for Janet」を2021年にリリース。その他にも、シングル作を、ポップス、ヒップホップ、ジャズ・フュージョン、レゲエ等といった多岐にわたる音楽性を取り入れ、それを見事にコスモ・パイク自身にしか生み出せない独特の音楽性として完成させています。

 

特に、他のブリットスクールのアーティストと異なるのは、独特なラップにも比するグルーブ感が紡がれ、それがレゲエ寄りのメロディ性と融合を果たしている点。一つの楽曲の中に、複数の音楽ジャンルがせめぎ合っており、レゲエであるかと思うと、いきなりヒップホップになったり、また、なんの前触れもなしにポップスになったり、と、くるくる楽曲の表情が七変化するあたりは面白い。密林等に住む昆虫の保護色にも喩えられるカラフルな音楽性を特徴としています。また、どことなくマッドチェスターシーンのポップ性にも影響を受けているように思えます。

 

イギリスのザ・ガーディアンは、コスモパイクの音楽について、「フュージョン・ジャズ、2Tone、ザ・クリエイターとクークスの音楽の融合」と説明。しかしながら、このザ・ガーディアンの評価に対して、張本人のコスモパイク自身は、少しユニークな訂正を付け加えており、「ソウル、ジャズ、レゲエ、ヒップホップをかけ合わせている。宇宙的でありながらのんびりとした音楽だ」と彼自身の音楽について語っています。とにかく、特異なセンスの持ち主であることは確か、音楽の作曲、また演奏面でも、のびのびと様々なジャンルを自由自在に往来する辺りは、凄まじい才覚を感じさせる。一刻も早い最初のスタジオアルバムの完成が望まれるところです。

 

 

Jamie Isaac


ジェイミー・アイザックは、イギリス、ロンドン、クロイドン出身のアーティスト。彼の音楽はオルタナティヴ、アンビエント、フォーク、ジャズと、様々なカテゴライズがなされており、他のブリットスクール出身の音楽家と同じように、多岐に渡る音楽性を内包しています。

 

ブリットスクール在学中から、キング・クルールと仲良くしていたようです。音楽制作に留まらず、フィルム制作、WEBスクリプト制作、と、幾つかの分野の領域に跨いで活躍する多才なマルチタレントです。

 

ブリットスクール卒業後、2013年、シングル盤「I Will Be Cold Soon」でデビュー、翌年には「Blue Break」をリリース。特に、デビューシングルは秀作であり、ジャズ・ピアノと独特な孤独感のあるポップスを展開している。また、翌年にリリースされた二作目のEP「Blue Break」は、マンチェスターの”The Guardian”誌の特集コーナー「New Music」の一貫として取り上げられ、当該記事を手掛けたマイケル・クラッグ氏によって手放しの大絶賛を受けています。特に、この二作目のEP「Blue Break」は、クラブミュージック(IDM)とアンビエントを融合したようなこれまでにはなかった清新な作風で、イギリスのミュージックシーンに大きな衝撃を与えました。

 

ジェイミー・アイザックは、ジャズ・ピアニストの音楽に深い感銘を受けており、デイヴ・ブルーベック、ビル・エバンス、テディ・ウィルソンといった名ジャズピアニストから、古典音楽の不フレドリック・ショパン、はては、ビーチ・ボーイズを、重要な音楽的背景として挙げています。 


特に、上記のアーティストと比べ、ジャズ音楽からの伝統性を深く受け継いでおり、それを現代的なロンドンのクラブ音楽として完成させた作風。特にピアノ曲としての電子音楽に焦点を当てているように思えます。

 

もちろん、ジャズやクラシックといった古典的な音楽の影響も少なくないという点では、ドイツやイギリスのポストクラシカル勢のアーティストとも近い特徴を持ちますが、ジェイミー・アイザックは、いかにもロンドン生まれ、ロンドン育ちらしい都会的に洗練された雰囲気を持ち、ポピュラー音楽、ヒップホップ、そして、クラブ・ミュージックに焦点を当てているような雰囲気が伺えます。

 

ジェイミー・アイザックの音楽性には、ロンドン特別区、クロイドンの独特な都会の夜の質感を持ち、アダルティなカッコよさがありつつ、爽快感と清涼感のある突き抜けた感じがほんのり漂っています。すでに、盟友、キングクルールとともにロンドンのインディーズシーンでは知らないファンはいない、ブリットスクールの代名詞、この教育機関の最高の生え抜きのミュージシャンのひとりです。

 

 

Rex Orange County

 


 

最後に、ブリット・スクール出身のアーティストとして御紹介させていただくのは、結構前からイギリスの音楽シーンを賑わいづけていたレックス・オレンジ・カウンティ。このソロプロジェクト名”ROC"を掲げて活動するアレクサンダー・オコナーは、英、ハンプシャー出身のミュージシャン。 

 

ブリットスクールに入学する以前にも、五歳の頃から母親が勤務していた学校の聖歌隊に所属し、幼少期から音楽の英才教育を受けています。それから、クラシックピアノを学んだ後、十六歳のときにギターを始め、Apple社の提供する音楽制作ソフトウェア”Logic Studio”で楽曲制作を開始。それから、16歳時にブリット・スクールに通いはじめ、ドラム、パーカッションを専攻する。

 

レックス・オレンジ・カウンティの音楽的な背景にあるのは、他のブリットスクール出身アーティストと同じようにユニークさで、ABBA,スティーヴィー・ワンダー、ウィーザー、グリーン・デイといった、錚々たるメンツが影響を受けたアーティストとして並んでいます。ディスコサウンド、R&B,ソウル/ゴスペルから、オルタナティヴ・ロック、ヒップホップ、そして、カルフォルニアのメロディック・パンクに至るまで、総てのポピュラー音楽を聴き込んでいるアーティスト。 

 

イギリス出身にも関わらず、「Orange County」をプロジェクト名に冠するのは、米、カルフォルニアの音楽文化に大いなるリスペクトを持ってのことでしょう。もちろん、音楽的な素養は、最初の聖歌隊とピアノの学習にあるといえますが、その後、自分の好奇心により、どんどんと音楽に対する興味を広げ、楽曲制作、ピアノ、キーボード、ギター、ドラム、とロックバンド形式の演奏を総て一人でこなしてしまうというマルチタレント性の強い天才ミュージシャンです。

 

レックス・オレンジ・カウンティの楽曲は、上記のABBAやスティーヴィー・ワンダーの音楽のように誰にでも理解しやすく、一般的なリスナーにも広く扉が開かれており、爽やかな質感に彩られた音楽性なので、どの年代でも安心して聴くことが出来るはず。おそらくBTSが好きな若いファンにもお勧めしたいアーティスト。レックス・オレンジ・カウンティの音楽というのは明るさがあって、他のブリットスクールのアーティストに比べると、ポピュラー性が高いように思われます。

 

2018年には大阪、舞洲で開催されたサマーソニック、そして、千葉、幕張のサマーソニック公演で来日を果たしているので日本でもそれなりの知名度を持つアーティスト。イギリス国内だけではなく、世界的な知名度を持つポピュラーミュージックの領域で活躍するブリット・スクールの代表的アーティストです。




References:


Wikipedia BRIT School

 

https://en.wikipedia.org/wiki/BRIT_School


WIRED やさしさのクリエイティヴ UK発 アデルを育てた学校で彼等が学ぶ

こと

https://wired.jp/special/2017/brit-school/


 Mdou Moctar

 

エムドゥ・モクターは、1986年生まれ(1984年生まれという説あり)、西アフリカのサハラ砂漠南縁のサヘル地帯にあるニジェール共和国出身の英雄的なギタリスト。

 

このギタリストが、「砂漠のジミ・ヘンドリックス」との異名を取るのは、彼が左利きのギタリストであるということ、そして、そのテクニックには往年のヘンドリックスを彷彿とさせるサイケデリック性が余すところなく表現されていることによります。もちろん、このエムドゥ・モクターがエレクトリック・ギターの演奏をはじめる際には、その出生した地域性により、ひとかたでない障壁が数多く立ちはだかったようです。 

 


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最初に、エムドゥー・モクターは、同郷出身のアブダラ・ウンバドゥーグーというギタリストのプレイに感銘を受け、エレクトリック・ギターに興味を抱くようになる。エレクトリック・ギターを始める時、両親から相当猛反対を受けたといいますが、それでも彼はエレクトリック・ギターを奏でたいという欲求を捨てきれなかったようです。

 

自転車のブレーキワイヤーをギターの弦代わりにし、四弦のギターを自前で生み出して、独学で演奏法に磨きをかけていきました。(これまでの近代ロック史において四弦ギターが存在したことはなく、革命的である)もちろん、最初、右利き用のギターで練習を重ねて、左利きのギターがプレゼントして贈られてまで自作のギターを使用していた。

 

エムドゥ・モクターは、同郷の数少ないエレクトリックギタリストの演奏に触発を受けつつ、最初、Youtubeの動画を介して、左利きのギタリスト、ジミ・ヘンドリックス、ヴァン・ヘイレンといった往年のサイケデリック・ロック、ハード・ロックの音楽性を吸収し、模範的であり創造性の高いギターヒーローの演奏を研究しつくし、独自の演奏法を生み出していきます。 

 

 

2008年、最初のスタジオ・アルバム作品「Anar」をナイジェリアのソコトで録音し、非公式で発表する。その音源は、当初きちんとした流通の形式をとっていなかったにも関わらず、携帯電話の音楽ネットワークを介し浸透していく。民族音楽やデザートブルースはあれども、ロック音楽の文化性がまだ浸透していない砂漠地帯に、エレクトリック・ギターサウンドを轟かせ、エムドゥー・モクターの名はサハラ砂漠のサヘル全域に轟く。

 

 

このアルバムの中の収録曲を、アメリカのBrainstormがカバーし、さらに、エムドゥー・モクターはヨーロッパでのツアーを敢行したことにより、この左利きギタリストの名は徐々に世界的に知られていくようになります。

 

2019年には、初めてフル・バンド形式でスタジオアルバム「llana」を発表。その翌年、米、ニューヨークの名門Matador と契約を結び、2021年に、「Afrique Victime」をリリース。この作品は、多くの世界の有力な音楽メディア、ローリング・ストーン、ザ・ガーディアン、ピッチフォーク等で取り上げられ、好意的な評価を受けています。

 

エムドゥー・モクターの楽曲は、6ビートの西アフリカの伝統音楽、民族音楽を下地にし、往年のジミ・ヘンドリックス、あるいは、ジェフ・ベック、初期のジミー・ペイジのようなサイケデリック・ロックを絶妙にマッチさせた世界で唯一の音楽性です。

 

また、エムドゥー・モクターの生み出す多くの楽曲は、アフロ・アジア圏に属するタマシェク語で歌われており、アフリカ特有の文化性、宗教、女性の人権についての歌詞が詩的に紡がれてゆく。

 

今、現在、アフリカで最初の世界的ギターヒーローとして、大きな注目を浴びているアーティストです。

 

久しぶりに、クリエイティヴィティ溢れるギターヒーローの誕生を予感させる雰囲気がありそうです。

 

 

 

 

「Sousoume Tamachek」2017

 

 

 

TrackListing 


1.Anar

2.Sousoume Tamachek

3.Tanzaka

4.llmouloud

5.Allagh N-Tarha

6.Nikali Talit

7.Amidini

8.Amer Iyan


基本的には、ヘンドリックスの転生を思わせる左効きのエレクトリックギタリストとして名を広めつつあるエムドゥー・モクター。

 

彼の民族音楽としての深いルーツが伺える作品が2017年の「Sousoume Tamachek」です。

 

ここで奏でられるモクターのアコースティックギターは、まるで目の前で演奏されているような生の質感に彩られている。モクターの瞑想的な思索性、自らの遊牧民トゥアレグ族の文化、ひいては、西アフリカの民族音楽や伝統音楽に対する愛情、そして敬意が込められた文化的に見ても魅力的な作品。
 

曲中で歌われるタマシェク語というのは、多くの人々にとって馴染みのない言語と思われますが、なぜかここで、詩的に紡がれる歌詞は自然味にあふれ、ホッとさせるような安らぎによって彩られている。
 

エムドゥー・モックが、今作において、糸巻きのように丹念に紡いで居るのは、正真正銘、西洋音楽に迎合しない西アフリカ特有の生粋の民族音楽。

 

東洋的な雰囲気も感じられる独特な旋律で、ギターのボディでリズムを刻み、アルペジオを駆使したアフリカの民族楽器の奏法を取り入れたギターの音色が特徴。またそこに絶妙に溶け込むエレクトリックギターのフレーズはやさしげな音色によって彩られている。

 

作品全体には、寧ろ古代的な雰囲気もありながら、新鮮な風味も漂っている。そして、深く聞き手に何かを考えさせるような思索性が感じられます。彼が紡ぎ出すタマシェク語の歌は、言語性にしても音楽性にしても、多くの他地域、また多民族の文化性の混交により育まれてきたように思えます。

 

実際の演奏は、地味に思えるものの、そこに、ただならぬ雰囲気がただよい、サハラ砂漠を思わせるような詩情性に満ちています。この作品において展開される民族音楽、伝統音楽としての一大叙事詩はアフリカ大陸の偉大な悠久の歴史を感じさせるものがあり、これは他の音楽ではまず味わいがたい渋みといえるでしょう。 

 

 

 

 

「lIna(The Creator)」2019 

 

  

 

TrackListing

 

1.Kamane Tarhanin
2.Asshet Akal
3.Inizgam
4.Anna
5.Takamba
6.Tarhatazed
7.Wiwasharnine
8.Ilana
9.Tumastin
 

 

 

これまでのロック史において、ビートルズ、TOTO、といったロックバンドがアフリカの伝統音楽に何らかの触発を受け、西洋的なアレンジメントを施した名曲を残してきましたが、このスタジオ・アルバムは、西洋的な文化性を極限まで削ぎ落としたロックンロールとして独特な輝きを放っています。

 

エムドゥ・モクターのタマシェク語の歌詞と、砂漠における詩情が滲んだ傑作です。70年代のジミ・ヘンドリックスやジェフベックの時代のハードロックが全盛期であった時代の音楽性に影響を受けつつ、そして、それを独自のアフリカ伝統音楽一色に染め上げているのがお見事といえるでしょう。

 

エムドゥー・モクターのギタープレイというのはクリエイティヴィティに富んでおり、最近のギタリストの多くが忘れてしまった表現性をギターの演奏によって引き出している。

 

とりわけ、モクターのギタプレイーは、同じ左利きのギタリスト、ジミ・ヘンドリックスに比する瞑想性を持ち、ギター一つでこれほど奥行きのある世界を生み出せるアーティストは現代の世界において彼を差し置いて他は見つかりません。

 

他の楽器に手を出さず、徹底してギターという楽器を信じぬき、さらに、その演奏力に磨きを掛け、ギターの音響性を誰よりも熟知しているから生み出し得た職人技といえるでしょう。 

 

他の楽器、特に、シンセサイザーをごく自然に取り入れるようになったロックバンドがシーンを席巻する中で、これだけギターという楽器だけを頼りに楽曲を組み立てて居るロックバンドは現代において希少と言えそう。これはエムドゥー・モクターという人物がギターの演奏が大きな表現力を有しているから、他の楽器パートを先導していくくらいの力強さを持っている。

 

このスタジオ・アルバムの中で聴き逃がせないのが#1「Kamane Tarhanin」でしょう。

 

この独特なアフリカ民謡的な世界、同じタマシェク語のリフレインが絶えずギターの演奏の上で紡がれ、どことなく深い瞑想的な音楽性を感じさせる。特に、曲の終盤から、モクターのソロプレイの独壇場となります。

 

この激烈なギタープレイは一聴の価値あり。最も脂が乗っていた時代の伝説的なロックギタリストたち、ジミ・ヘンドリックス、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジのいた領域、つまり、神々の住む領域に差し掛かっている。世界的に見ても、その技巧性において一、二を争うほどの凄みを感じさせるものがあります。

 

 

 

「Afrique Victime」2021 

 

 




Tracklisting 


1.Chismiten

2.Taliat

3.Ya Habibti

4.Tala Tannam

5.Untitled

6.Asdikte Akai

7.Layla

8.Afirique Victime

9. Bismilahi Atagah

 

 

 

ニューヨークのMatadorレコードと契約を結んでリリースされた最新作「Afrique Victime」も、このアーティストが更に進化を続けているのを証明づけた作品です。表題に名付けられた「アフリカの犠牲」というののも深甚な社会的なメッセージを感じさせる意思が込められているように思えます。

 

特に、このレコードをリリースしたことにより、既に、エムドゥー・モクターは西アフリカのサハラ砂漠の辺境のギタリストでなく、世界的に発言力を持ったアフリカのアーティストとなったわけで、アフリカ人として世界に向けて、ギターで、また、タマシェク語により、アフリカ社会に蔓延する問題、人種、宗教、女性の権利であったり、その他さまざまなアフリカの伝統、文化性を世界に広めていく役割を担うアーティストに変わりつつある。

 

ここでは、アフリカの伝統音楽、6ビートの独特なリズム性、そして、風変わりなエスニック色を滲ませた旋律、和音という前作「Ilna」からの要素を引き継ぎ、録音、マスタリングの音自体が精細感を増したことで、乗数的にギタープレイも迫力感が増し、グルーブ感が引き出されています。

 

ジミ・ヘンドリックスが実在した時代のワイト島の伝説的なライブのようなロックンロールの荒削りで原始的な魅力を擁しており、なおかつ独特なギタリストとしての魔力とも称するべきものを、現代、ほとんどのロックバンドがロックンロールの意味を忘れてしまった時代に、ロックサウンドの本来のプリミティブな魅力を見事に復活させています。  


これほど熱狂的なギター・プレイをするアーティストは現代のミュージックシーン、ヨーロッパやアメリカには見つけることは困難になってきています。それほどギターを弾くことを、いや、かつてカート・コバーンが「死の木」と称したこのエレクトリックギターという楽器を、心の底から楽しんでいるような気配が滲み出ています。エムドゥー・モクターのギタープレイは、どこまでも純粋で、どこまでも突き抜けて居るがゆえ、上手く他のパートに溶け込み、独特な奥行きのある創造性を生み出し、現代には見当たらないアートとしてのギター音楽の孤高性を追求しているように思えます。


 

References

 

Guitar Magazine  エムドゥー・モクターとは何者か

 

 

Tower Records Online Mdou Moctor

 

 


Horsey


サウスロンドンのヒップホップ、そして、クラブ・ミュージックを紹介した流れに則り、今度は、この地域の魅力的なロックバンド、Horseyを取り上げてみようと思います。

 

Horseyは、サウスロンドンの拠点に活動するロックバンドです。King Kruleの弟、Jack Marchallを中心に、Theo Macabe、Jacob Read,George Bassにより結成された四人組。

 

このロックバンドでGtを担当するヤコブ・リードは、Jercurbというプロジェクトとしても活躍中。このサウスロンドンには、2000年代から魅力的なクラブミュージックシーンが形成されてきたことは既に述べましたが、この若い四人組のロックバンド、Hoseyも非常に個性的で他とは異なる魅力を持ったアーティストです。


Hoseyは、2017年に「Everyone's Tongue」を”United Recs”からリリースしデビューを飾る。その後、「Park Outside Your Mother's House」「Bread&Butter」「Sippy Cup」「Seahorse」「Lagon」と六作のシングル盤を発表してます。特に、このロックバンドのフロントマン、Jack Marchallの兄、キング・クルールをプロデューサとして迎えた「Seahorse」は2020年代の新たなロックの誕生を予感させるような清新な話題作として挙げられるでしょう。


Hoseyは、アートポップ、ニューウェイブ、ポスト・パンクといった一つの音楽ジャンルにとらわれない幅広いアプローチをこれまでの作品において魅せています。エレクトリック・ピアノ、オルガンと、かなりソウルアーティストが頻繁に使用する楽器を取り入れており、苛烈でエネルギッシュなロックナンバーから、それとは対極にある、ホロリとさせるような情感にあふれた壮大なバラードまで何でもこなしてしまうあたりは、音楽性において間口の広さが感じられます。

 

デビュー作「Everyone's Tongue」は、サウスロンドンの土地柄というべきか、ダブ、そして、ソウルやジャズをごった煮にしたような何でも有りなサウンドを引っさげて、ロンドンのインディーシーン華々しく登場。

 

また二作目のシングル「Park Outside Your Mother's House」の表題曲では、かのクイーンとは又一味違うロックオペラ風の音楽性に挑戦している。これは往年のイギリスロックバンドの伝統性を引き継いでいるように思えます。その一方で、既存のイギリスのロックバンドと一味違った妖しげでダンディな雰囲気が漂い、ロックンロールに音楽の主体性を置き、いかにもサウスロンドンのクラブミュージックのコアなジャンル、ガラージやディープ・ソウルと言ったこの地域の音楽の影響に影響を受けていそうなのは、ジェイムス・ブレイクあたりと同じくといえるでしょう。

 

とにかく、何でもカッコいいものは取り入れてやれというような雑食性、彼等のこれまでの作品を聞くかぎりでは、デヴィッド・ボウイのような渋いアダルティさ、クールな雰囲気を醸し出されています。また、ザ・クラッシュのジョー・ストラマーのニヒリズムも影響を及ぼしているようにも思えなくもなく、もし、現在、ストラマーが生きていたなら、こんな音楽に挑戦していたかもしれないと思わせ、パンク音楽ファンとしてのロマンチズムを感じさせてくれる良質なロックバンドです。

 

Hoseyの初期のシングル二作品、特に、「Park Outside Your Mother's House」は秀作で、初期の彼等Horseyの音楽性は、アメリカのインディーロックとは異なるデヴィッド・ボウイの音楽性に近いオールドイングリッシュな空気感がほんのり滲んでいます。そして、また、ミュージカル、ジャズのビッグバンドにも親しい要素も感じさせるエンターテイメント性の高い音楽性。デビューして、まだ四年と、これからが楽しみなサウスロンドンのフレッシュな五人組です!!

 

 

「Debonair」2021


そして、「今週の一枚」として御紹介させていだだくのが、Hoseyの1stアルバム作品となる「Debonair」。この作品は、なーんとなく秋の夜長に聴き耽りたいユニークさあふれるロックサウンドです。

 




TrackListing 

 

1.Sippy Cup

2.Arm And Legs

3.Undergroung

4.Everyone's Tongue

5.  Wharf   (ⅰ)

6. Wharf(ⅱ)

7. Lagoon

8. 1070

9. Clown

10. Leaving Song

11. Seahorse



これまでのシングル作「Everyone's Tongue」や「Seahorse」をはじめとするリテイクに新曲を加えたこれまでのホーセイとしてのキャリアを総ざらいするような豪華なアルバムです。何かこの作品は、個人的にクイーンの音楽性が現代に復刻されたというような期待感をおぼえさせる佳曲がずらりと揃う。

 

往年のビートルズ、デビッド・ボウイ時代のブリティッシュ・ロックの王道を行くようなナンバーから、バラード、ジャズ、そしてミュージカルの雰囲気を感じさせる楽曲まで何でも有りといった感じです。

 

ヴォーカルのジャック・マーシャルの声質は、デビッド・ボウイ、フレディー・マーキュリーのような美声とは対照的ではあるものの、エンターテイナーとしての才覚は全く譲らない雰囲気が有り。年齢不相応の渋み、ダンディさがあり、自分の歌に対する深いナルシシズムに聞き手に独特な陶酔感を覚えさせてくれるはず。また、Hoseyの音楽性には、コミカルな滑稽味も漂っています。

 

このアルバムで、最も楽しい雰囲気のある楽曲をあげるとするなら、2020年にシングル盤としてリリースされている「Slippy Cup」です。

 

ここでは、ひねりの効いた変拍子もさりげなく披露しつつ、大迫力の痛快なロックサウンドの魅力が引き出されています。ミュージカル風の大げさなジャック・マーシャルのヴォーカルというのもエネルギッシュで、聴いていると無性に明るい気持ちが湧いてくるでしょう。これまでありそうでなかったイギリスらしい渋いロックサウンドが、このトラックで見事に展開されています。

 

また、ちょっと風変わりな楽曲が#2「Underground」。アルバムジャケットワークに描かれているようなコミカルな雰囲気を感じさせる楽曲。何十年前も前のジャズバンドの時代、はたまたニューヨークのブロードウェイ・ミュージカルの立ち上がった時代に立ち返ったような懐古的なサウンドを再現しています。ヴィブラフォンやクロタルの音色が耳に癒やしをもたらし、ティンパニーの堂々たる響きもあり、疲れて居るときなどに聴くのには持ってこいのバラードソング。

 

このスタジオ・アルバムの中で、興味深いのが、#10「 Leaving Song」で、この曲はアメリカの音楽とは雰囲気の異なる内向的なイギリスのインディー・フォークが味わえる。ギターとピアノをインディーフォークとして体現させ、曲の中盤からは癒やしのある落ち着いた展開へ様変わりしていきます。

 

キング・クルールがプロデューサーとして参加した#11「Seahorse」も聞き逃がせない佳曲です。ここでは独特なアートポップを展開、アシッド・ハウスのアンニュイな雰囲気も漂った独特なトラックです。独特なクールな佇まいが感じられるのは、サウスロンドンという土地柄ならではかもしれません。

 

ギターのアナログディレイを駆使したサウンド、本作の他の収録曲とは異なるコアなクラブミュージック寄りのアプローチが取られているのも良い。この楽曲の最終盤のジャック・マーシャルの叫ぶような激烈エモーションは圧巻。レコーディングスタジオの熱気がむんと伝わってくる怪作。いや、快作です!! 


James Brake



ジェイムス・ブレイクは、既にボン・アイヴァー等とならんで、イギリスではスターミュージシャンの一人と言っても差し支えないでしょう。

 

近年のイギリスの最もクラブシーンを盛り上げているブレイクは、インフィールド・ロンドン特別区出身のミュージシャン。ロンドンのクラブシーンに色濃く影響を受け、また、アメリカのオーティス・レディングのようなモータウンレコードを聴き込んだ後に生み出されたディープ・ソウルの味わいは、このジェイムス・ブレイクの音楽の重要な骨格を形作っているといえるはず。


また自営業を営んでいた家で生まれ育ったからか、独立心に富んだ活動を行っており、また、幼少期からクラシック音楽を学び、その音楽に慣れ親しんだことにより、和音感覚に優れたミュージシャンとも言えるでしょう。これまでの共同制作者として並ぶ名も豪華で、ブライアン・イーノをはじめ、ボン・アイヴァー、マウント・キンビー、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー、と、電子音楽、 とりわけ、ダブステップ界隈のミュージシャン、そしてアンビエントミュージシャンの音楽とも親和性が高いようです。

 

ジェイムス・ブレイクがミュージシャンとして目覚める契機となった体験は、ロンドンのクラブでの迫力あるクラブサウンドでした。グライムやガラージといったダブステップの元祖ともいえるサウンドを、ブレイクはサウスロンドンで体験し、その音楽に強い影響を受け、大学生の時代にトラックメイキングをはじめました。音楽家としての恵まれた環境がすでに用意されていたため、つまり、父親の所有するスタジオで、彼は楽曲制作にのめりこむようになっていきます。 


そして、2011年にデビュー作「James Blake」をリリース。この作品はマーキュリー賞にノミネートされ、大きな話題を呼んだだけでなく、UKのクラブミュージックの潮流を一瞬にして変えてしまった伝説的な作品です。このクラブミュージックとディープソウルを融合したサウンドは、イギリスの他のクラブ界隈のミュージシャンにも大きな影響を及ぼしています。ジェイムス・ブレイクは、自身の音楽について、このように語っています。

 

 "「ソウル・レコードのように、人が感情移入できるダンス・ミュージックを作りたい。フォーク・レコードのように、聴いた人に人間らしくオーガニックに語りかける音楽を作りたい。僕が求めているのは人間味なんだ。"

 

 Last.fm James Blake Biographyより引用

 

 

既に、リリースから十年余りが経過しているものの、あらためて、このイギリスクラブシーンの屈指の名作についてご紹介しておこうと思います。

 

 

 

「James Blake」2011

 




 

TrackListing 


1.Unluck
2.The Wilheim Scream
3.I Never Learn to Share
4.LIndasframeⅠ
5.LIndasframe Ⅱ
6.Limit To Your Love
7.Give Me My Mouth
8.To Care(Like You)
9.Why Don't You Cal Me?
10.I MInd
11Meaturements
12.Tep and the Logic


 

言わずとしれたジェイムス・ブレイクの名を、イギリスのクラブシーンに轟かせた鮮烈的なデビューアルバム「James Blake」。後には、二枚組のNew Versionもリリースされていますのでファンとしては要チェックです!!

 

全体としては、彼自身が語るように、モータウンレコード時代のソウルミュージックをいかに電子音楽としてクールに魅せられるかを追求し尽くし、そして、トラック制作の上で、異様なほどの前衛性が感じられる作品。

 

それは、多重録音、度重なるオーバーダビングによってソウルが新たなダブステップとしての音楽に様変わりしているのが、この作品の凄さといえるでしょう。他のダブステップ界隈のアーティストのように、リズム性をアンビエンスによって強調したり、それとは正反対に、希薄にしてみたりと、緩急のあるディープ・ソウルがここで味わうことが出来ます。

 

そして、クラシックピアノを学んでいたという経験は、キーボード上での演奏に生演奏のソウルのようなリアルな質感を与える。IDMだからと言っても、ブレイクのトラック自体は機械的ではなく、人肌のような温かみに満ちています。そして、その巧緻なトラックメイキング、あるいはブレイクビーツ風のサウンドの向こうに広がっているのは、ただひたすら穏やかでソウルフルな心地よい雰囲気。

 

今日日、刺々しいクラブ・ミュージックが多い中で、ブレイクの楽曲はチルアウト寄りの感触もあり、聴いていて心地よく、ソフトで落ち着いた気持ちになれるような気がします。それほどアンビエント寄りの音楽ではないのに、癒やしのディープ・ソウルが展開される。この辺りが、ブライアン・イーノやワンオートリックス・ポイント・ネヴァーといったアンビエントミュージシャンとの親和性も感じられます。

 

 特に、ジェイムス・ブレイクのヴォーカルというのは、白人らしからぬといっては何でしょうが、どことなくブラック・ミュージックの往年の名ヴォーカリストのような厚み、そして深みを感じさせます。彼の音楽についての言葉通り、ひたすら温かみがあり、どことなく胸がじんわりと熱くなるような、情感に訴えてくるような説得力あふれる知的さの漂うディープソウルと言い得るでしょう。


特に、このスタジオ・アルバムの中では「I Never Learn To Share」が白眉の出来栄えです。ハウス、テクノを通過したアナログシンセの巧みさ、そして、モータウンのソウルを通過した深い渋み、さらに、ダブステップのシークエンスのダビングとしての要素が、がっちりと組み合った作品です。そして、面白いのが「Limit To Your Love」では、実際の巧緻なピアノの演奏により、1960年代のアメリカのソウルを現代的に復刻している楽曲です。いかにソウル音楽というのが長い時代、多くの音楽フリークから支持を受け続けているか、そして時代に古びない普遍的な魅力を擁しているのが痛感できる名トラック。もちろん、若いクラブ・ミュージックファンにとどまらず、往年のソウルファンにも是非おすすめしておきたい一枚。

 

ジェイムス・ブレイクは、このデビューアルバムによって、一瞬でイギリスのクラブミュージックシーンを塗り替えてしまいました。なんですが、これはソウル音楽に対するブレイクの深い愛情が満ちているからこそ体現された名作。そのあたりの魅力は「Give Me My Mouth」といったソウルバラードの楽曲に現れています。あらためて、電子音楽は冷たい印象ばかりではなくて、温かみのある音楽もあるのだということがよくわかります。トラックの作り込みがほんとに素晴らしいし、深みのある渋い作品だなあと思うし、やはり十年経っても未だに燦然とした輝きを放つ傑作です。