©Robert Fagan

 

西海岸の伝説的なグランジ・ロックバンド、L7がニュー・シングル「Cooler Than Mars」をリリースした。

 

この曲は、デジタル配信と1000枚限定のフレキシブル・ディスクの2バージョンで発売されている。L7はリアルタイムのグランジ世代の体験者であり、ライオット・ガール・パンクとグランジを融合させたユニークな音楽性で西海岸の音楽シーンを牽引してきた最重要バンドである。


「この曲は、気候変動という現在進行中の破滅的なニュースと、成層圏の外側を探検し開発しようとする億万長者のスペース・カウボーイ(イーロン・マスク?)の奇妙な情熱にインスパイアされた」とバンドのドニータ・スパークスは声明で説明している。「このような情熱や資源は、ビッグ・ブルー・マーブルを癒すことに集中すべきだと思う。地球上に存在する生物多様性ほど、度肝を抜かれるような "外の世界 "はないような気がする。私たちは火星よりもクールなのだから」


L7のIN YOUR SPACE USツアーは9月14日にスタートする。ニューシングルのご視聴は下記より。

 

「Cooler Than Mars」

 


ローリング・ストーンズは、レディー・ガガ、ポール・マッカートニー、スティーヴィー・ワンダー、エルトン・ジョンがニューアルバム『Hackney Diamonds』に参加したことが明らかになった。


さらに、ストーンズの故ドラマー、チャーリー・ワッツと元ベーシストのビル・ワイマンもこの新作に参加している。


レディー・ガガが歌う "Sweet Sounds Of Heaven "ではスティーヴィー・ワンダーが鍵盤とピアノを弾いている。ポール・マッカートニーは "Bite My Head Off "でベースを弾き、エルトン・ジョンは "Get Close "と "Live By the Sword "の両方に参加している。ワッツとワイマンも "Live By the Sword "に参加しており、チャーリー・ワッツは "Mess It Up "でドラムも叩いている。

 

©Chris Phelps

米国のカントリー・シンガー、Margo Priceは、再構成アルバムである『Strays II』から3曲のシングルを同時公開した。先日、「Malibu」が最初のシングルとして先行公開されている。

 

カントリー・シンガーのマーゴ・プライスは、このアルバムを3回に分けてリリースする予定で、第1幕ではビック・シーフのギタリスト、バック・ミークとジョナサン・ウィルソンとのコラボレーションをフィーチャーしている。第2幕、『Mind Travel』には、夫でシンガーソングライターのジェレミー・アイヴィーと共作した「Black Wolf Blues」と「Mind Travel」、そしてマイク・キャンベルとのコラボ曲「Unoriginal Sin」が収録されている。試聴は以下から。


マーゴ・プライスは新曲について次のように語っている。


サイケデリックな旅は、時間と空間のぼんやりとしたウサギの穴に続いている。マイク・キャンベルに「Unoriginal Sin」というダークなロッカーを共作してもらえたのは幸運だった。彼との作業は、曲作りのマスタークラスを受けたようなものだった。時には、しばらく探っていなかった暗いコーナーがあるものだが、それを掃除するのはいいことだ。


「Mind Travel」は、私が書いた曲の中で最も奇妙な歌詞の曲のひとつだ。ジェレミーとサウスカロライナで書いたんだ。シロシビンで体外離脱を体験したことが影響している。私たち2人は、死を受け入れること、そしてすべてがいかに早く過ぎていくかを思い知ることについて、信じられないような突破口を開いたんだ。過去にとらわれない限り、反省したり過去を思い出したりしてもいいんだ。旅のこの部分は、現在に満足することを学ぶ場所なんだ。


これらの曲がどのように組み合わされたのかが好きだ。特に「Black Wolf Blues」は、ジェレミーが私の視点から歌詞を書き始めたんだ。私の祖先、祖父母(ポール&メアリー・プライス)、そして彼らの愛と、干ばつで農場を失ったにもかかわらず、それがどのように育っていったかを振り返っている自分に気づいたんだ。私はコードとメロディーを書き、詩とコーラスの仕上げを手伝った。この曲には甘さとノスタルジックさがあるけれど、そこには迫り来る闇がある。アルバム全体を通して、迷子のように目を光らせ、道を切り開いてきたオオカミがいる。彼を探して。目に見えない疫病が宙を漂っているようなもので、スーツを着てネクタイを締めた男が、まっすぐな白い歯を見せて嘘をついているのだ。彼は物陰に隠れている。


昨年の『Strays』に続く『Strays II』は、10月12日にLoma Vistaからリリースされる。

 

「Black Wolf Blues」  

「Mind Travel」  

「Unoriginal Sin」

 

©Peter Crosby


インディー・ロックの象徴的バンドであるウィルコが、9月29日にdBpmレコードからリリースされるアルバムからのタイトル曲である最新曲「Cousin」を発表した。


リード・シングル 「Evicted」に続くこの曲は、家族との喧嘩を詳細に描いているが、敵対することを拒否するというひねりを加えている。代わりに語り手は、"My cousin/ I'm you. "と言いながら、家族ぐるみで相手を抱擁する。ユーフォニアスなストリングスとマーチング・ビートに乗せて、フロントマンのジェフ・トゥイーディーは自分の感情を歌にぶつけ、"When your red lines/ Get crossed with mine/ I objection to you/ Our deal's un-struck "といったセリフで不満をぶちまける。しかし、曲の展開が進むにつれて、彼は、人は往々にして自分が軽蔑しているものを他人も軽蔑しているという現実から逃げず、"It never hurts to cry "と付け加えた。


才能あるウェールズのアーティスト、ケイト・ル・ボンのプロデュースによる『いとこ』は、ウィルコにとって大きな変化を意味する。トゥイーディーは、アルバムのテーマについてこう語っている。「血のつながりは感じないけど、結婚して従兄弟になったのかもしれない。この感覚は、世界の中にいると同時に、世界の外にいるということなんだ」


このツアーには、ロサンゼルスのベルウェザーでの2回目の公演、歴史的なエース・ホテルでの3泊、シアトルでの2泊、ダラス、デンバー、セントルイスといった都市での公演が含まれている。さらに、バンドはオーストラリアと日本への再来日公演を発表したばかりだ。


待望のニュー・アルバムと同時に、ジェフ・トゥイーディーは11月7日に『WORLD WITHIN A SONG: Music That Changed My Life and Life That Changed My Music』という本をペンギン・ランダム・ハウスのダットン社から出版する。11月5日から13日までブックツアーが開催される。


ケイト・ル・ボンがプロデュースした「Cousin」は、dBpmレコードから9月29日にリリースされる。昨年、Wilcoは、『Cruel Country』を発表している。

 Anjimile 『The King』

 

Label: 4AD

Release: 2023/9/8



Review


アフリカ系アメリカ人、アンジミール・チサンボとは一体何者なのか。黒人としてアメリカに生きる意義を追い求めるもの、ジェンダーレスという軋轢によって切り離された家族間との絆を取り戻そうとするもの、また、シカゴのジム・オルークがガスター・デル・ソルの作品群を通じてもたらしたエクスペリメンタル・フォークの時計の針をポピュラー音楽の側面から次に進めようとするもの。実に広範な解釈の余地がある。そのいずれの推測も近からず遠からずなのだが、アンジミール・チサンボにとって音楽を制作することは、他の人とは別の重要な意味があることは疑いない。それは自らの不確かなジェンダーの探求であり、音楽の中にある体系的なものとの距離を埋め合わせることであり、自らのアイデンティティの確立でもあり、己が実存を取り巻く不可解な概念を再構築し、それらを明かにしていこうとする連続的な試みでもある。これらの試みが一体、どのような形で花開くのか、それは誰も知るよしもないことである。

 

前作は「祈りのアルバム」だったが、 今回は「呪詛のアルバム」と銘打たれている。不穏なイメージに取り巻かれてはいる音楽の中には、しかし、それとは正反対のハートフルな印象性が根付いている。アンジミール・チサンボは、かねてから自らのジェンダーレスという考えを巡って、母親との対立を深めていたという。そのせいもあってか、実際のところ、この完成したアルバムの音楽を母親にも聞かせていないという。してみれば、アンジミールにとって音楽制作とは単なるインフルエンサーとして名を馳せることにあるのではなく、家族間との失われた絆や不確かな黒人としてのルーツを取り戻すための試みなのである。そして、また彼の……、彼という言葉が相応しいのかまではわからないことだが、彼の音楽がブラック・カルチャーのいずれかの領域に属するからといって、また同時に、アンジミール自身が米国の現代的な文化性の中で生きる上で、さらに、黒人であるということはなんなのか、そのアイデンティティを追い求めているからと言って、アウトプットされる音楽が必ずしもソウルでもヒップホップになるとはかぎらないということが分かる。長らく、ヒップホップやソウルは黒人であることのひとつのステータスのようになっていたものと思われるが、UKのエレクトロニック・プロデューサー、ロレイン・ジェイムス、LAのアーロ・パークスを見ても分かる通り、2000年代まではそうだったかもしれないが、それは今や偏見に変わりつつあるといえるだろう。今や、ブラックミュージックの表現方法は、人の数だけ異なり、それぞれに個性的な魅力が内包されているのだ。

 

そして、アンジミール・チサンボの音楽は、ソウル、ジャズ・ラップ・ポップ、エレクトロニックにとどまっていたブラック・ミュージックが、今や、モダン・クラシカルという本来は白人世界の音楽だったクラシックやフォークの領域にまで、表現の裾野を伸ばそうとしていることを示唆している。これはそれがすべて正しいとまでは思わないが、反レイシズムや人種の公平性という考えが掲げられた後の世界的な時代の流れを鑑みると、当然のことであるといえるし、例えば、イギリスでは、この試みが推進されていて、黒人のみで構成されたオーケストラ楽団も存在するくらいなのだ。長らく不思議でならなかったのは、これまでマイルス・デイヴィスのように、ニューヨークのジュリアード音楽院のような、白人世界の音楽形式を体系的に学んだとしても、その表現形態はもっとも冒険的なところで、スタンダード・ジャズの領域にとどまっていた。名だたる巨匠とはいえど、そこには見えない壁が立ちはだかっていたのだ。それらの冒険的な反抗心は、アヴァンギャルドという形として昇華されるにとどまった。おそらくマイルスは、どこかの時代でクラシカルを演奏したかったのだ。そして、この流れは今後より拍車がかかると思われる。そのうち、コンサートホールで指揮台に立つ姿を見てみたいものだ。


さて、アンジミール・チサンボの新作アルバムは、現代的な問題にまつわるレイシズムという蓋に覆われた音楽的な概念の束縛からの開放という、見過ごしがたい意味が込められている。それは、白人であるから一定の音楽を演奏するというわけでもなく、ましてや、有色人種であるから、あるジャンルの音楽を志向するというのでもなく、それらの固定観念からの開放を意味している。音楽の方から制作者が選ばれ、アーティストが自発的にそれを望み、自分の好きな音を探求するという指針である。そして、アンジミール本人は、あるべき未来の音楽の形式をこの作品を通じて模範的に示そうとする。確かに、そこには他の形ではどうにも吐露することのかなわぬ内的な怨嗟もあり、実際、「呪詛的なアルバム」と説明されてはいるものの、蓋を開けてみれば、意外にも聴きやすく、あまりにポピュラーなため、肩透かしを食らうことは必須だ。

 

例えば、タイトル曲「The King」において、フィリップ・グラス、テリー・ライリーのミニマルミュージックの影響が示されている。彼の音楽には、アフリカ音楽からの影響が感じられるが、この曲ではそれらのオーガニックな雰囲気が立ち込め、そして、最終的にロック・オペラの形に昇華されている。英雄的なイメージを全生涯にわたって片時も崩さなかったフレディー・マーキュリーとは対極にある、プレスリリースの写真で提示されたアンジミールの角を生やした悪魔的な印象は、このオープナーで面白いように立ち消えてしまい、それとは別の高らかな感覚が未然の虚妄を一瞬にして拭い去る。オーケストラのような劇的な起伏こそないが、なだらかな旋律の線を描き、アンジミール自身のボーカルが重なり合い、パルス状のシンセのようなエレクトロニカルな構成を形成し、アルバムのシアトリカルなイメージを引き立てている。

 

続く「Mother」は、ジェンダーレスによって失われた家族間の絆を回復しようとする試みである。アヴァン・ポップ風のイントロに続いて、断片的なギターラインを複合的に重ねあわせ、ビートを作りだしている。 それらのミニマル・ミュージックに根ざしたエレクトロニカを背後に歌われるアンジミールのボーカルは、ポップとしてのアンセミックな性格を帯びる瞬間もあれば、オペラのような抑揚に変わることもある。いわば、一定の形を取らず、アンジミールのボーカルは、その局面ごとに別の生命体のようにかわり、音楽の印象を様変わりさせていくのだ。

 

「Anybody」は一転して、インディー・フォーク/エクスペリメンタル・フォークの性質が示されている。シンプルなアルペジオに加わる古典的なフルートのような音色は民族音楽の性格が反映されている。Led ZeppelinのプロダクションとBig Starのプロダクションを掛け合せ、メジャーでもないインディーでもないアンビバレントなイメージをもたらす。アンジミールのボーカルもフォーク歌手ではなく、オペラ歌手のようなスタイルで歌われる。しかし、それはクラシカルのような旋律の劇的な跳躍や、人を酔わせるような技巧性には乏しいのに、なぜかオーガニックな印象を与え、同時に大陸的な感慨が示されている。それらの雄大な感覚はむしろ、コーラスとアーティストの歌声の繊細性と融合した時、ボーカリストとしての真価を発揮し、力強い存在感を持つに至る。そしてその瞬間、アンジミールの本当のすがたを見出せるのである。

 

アンジミールは、「Genesis」で、エクルペリメンタルポップのまだ見ぬ領域を切り開こうとする。この曲では、Black Heart Processionが『Amore Del Tropicco』というアルバムの収録曲「The Water #4」で示したトイ・ピアノのような音色が使用されているが、アンジミールのボーカルは、その音響的な特殊効果の演出によって奇妙な寂寥感と哀感を生み出す。そしてこれらの実験的な要素は、オーケストラ・ヒットにようなパーカッションの効果、さらに亡霊的なアンジミールのコーラスによってミステリアスな空気感が呼び覚まされる。男性的とも女性的ともつかない中性的なアーティストの感覚が鮮やかな実験的なポップ音楽という形で組み上げられている。

 

「Animal」は、アルバムの最大のハイライトとも称したとしても違和感がない。5/8とも称するべきアフリカ音楽に触発された変則的なリズムの要素も魅力ではある。一方のアンジミールのボーカルもハートフルな質感が込められ、アンセミックな音響性を生み出す瞬間もある。そしてこの曲の最も興味を惹かれる点を挙げるとするなら、音楽の表向きの印象はきわめて前衛的でありながら、メロディーやフレーズの反復性の中に、奇妙な親和性が包まれていることだろう。バロック・ポップやチャンバー・ポップのフレーズ、あるいはまた、ソフト・ロックからのフレーズの引用があるのかどうかは定かではないが、温和なノスタルジアを呼び覚ます奇異な瞬間があることに驚きを覚える。それは、アーティストが、内的な感覚を躊躇わず外側にむけて開放しようとしているがゆえに生ずるのだ。たとえ、それが一般的に理解されないことであるとしても、アンジミールはみずからの感覚をしかと直視し、大切に、そして丹念に歌いこもうとしている。やがて、アーティストのスピリットが歌声そのものに乗り移り、ハートウォーミングな雰囲気を生み出す。きわめて個人的な感覚が歌われていて、しかも、それは必ずしも大衆的な感覚に根ざしているというわけでもない。ところが、それがある種、理論的に説明しがたい共感性を呼び起こす。これがアンジミールの音楽のミステリアスな部分でもあると思う。

 

 

 

 

「Father」では「Anybody」と同じく、フォーク音楽のナチュラルな温かみを思わせるものがある。モダン・フォークの模範例である同じレーベルに所属するBig Thiefの音楽性とそれほど掛け離れたものではないが、ここでは、アンジミールの繊細なアコースティックギターのアルペジオがフィーチャーされている。その上に、アーティストの内的な感覚を秘めたボーカルが丹念に歌われる。そしてこの曲は、「Mother」と同じように、家族間の信頼や愛情を彼の手に取り戻す試みでもある。おそらく家族の誰かがこの曲を聞けば、「Good」と評してくれるのではないか。この曲では、アーティストのミステリアスな側面とは裏腹に、親しみやすい姿を見出すことが出来る。特に、それは繊細なフィンガーピッキングにより、温かみのあるフレーズがこの曲の主要なイメージを組み上げる。アルバムの中でもほっこりした気分になれるナンバーだ。

 

アーティストとしての真骨頂は続く「Harley」にも見いだせる。アンビエント風のイントロからシネマティックな壮大なイメージを引き出し、アルバムの他の収録曲と同じように、ハートウォーミングなアンジミールのボーカルが哀感を誘う。バックトラックのシークエンスはアブストラクトな雰囲気に浸されているが、そのバックトラックを背に歌われるアンジミールのボーカルは、古典的なバラードやオペラのようだ。しかし、中音域や低音域が強い安定感のあるアンジミールのボーカルは、ベテランのバリトン歌手のように聞かせる部分もある。そして抽象的でシネマティックなサウンドスケープに溶け込むようにして、アンジミールのボーカルもまた演劇の登場人物であるかのように、その全体的な音像の舞台をところ狭しと駆けめぐるのだ。 

 

 

 

 

続く「Black Hole」はエクスペリメンタルポップの最前線を示す。複雑なリズムやポストモダニズムに触発された抽象的なヴォーカルは言わずもがな、その中にボーカルやギターのサンプリングを駆使して、エスニックな雰囲気を呼び覚ましている。これらは、まだその可能性が断片的に示されたにすぎないが、一方で、何か新しい音楽が含まれているという気にもさせる。ビョークが「Fossora」で示したポピュラー音楽の前衛性を黒人シンガーとして再解釈したような一曲である。こういった前衛的な形式がどのような形で完成を見るのか期待させるものがある。

 

「I Pray」ではアンジミールから白人へのカルチャーに敬意が支えられている。 ニール・ヤングを始めとするコンテンポラリー・フォークは、黒人から支持を得るようになった事実を示している。これはフォーク音楽が本来、白人のための音楽であったことを考えると、時代が変わり、音楽の可能性が押し広げられた瞬間でもある。アンジミールは、古い時代に思いを馳せるかのような亡霊的なコーラスを交え、音楽そのものに種別はないことを示唆する。そしてアンジミールは、これらのポストフォークとも言えるアプローチやプロセスの中で、前衛性を生み出す際のヒントは、実のところは古典の中に求められるのではないかという可能性を暗示している。

 

「The Right」では、アンジミールにとってボーカル・アートとは何であるのかが端的に示されている。アルバムの中では、文字通り、最もアーティスティックなトラックで、ボーカルのテクスチャーを構造的に組み合わせ、アルバムの表面的な印象とは異なるミステリアスな部分を強調する。これはたぶん、アーティストにとっての現代音楽の表現形式の一つなのである。つまり、モダン・クラシックを制作することが、今や黒人アーティストにとってさほど新奇ではなくなったという事実を表している。この動きは今後も堰き止められることはなく、誰かが受け継いでいくことになると思う。現時点でのアンジミールの音楽は、洗練されているとも完成されているとも言いがたい。しかし、であるが故に、このアルバムの音楽に、大きな期待感を抱かざるを得ない。そして、最早、音楽というのは、ある人種の専売特許ではなくなりつつあることが分かる。どのような階級の人も、どのような人種も、また、どのようなジェンダーを持つ人ですら、その気になれば、いかなる音楽へアクセスすることが可能になったのだ。そういった意味では、アンジミールは時代の要請を受け登場したアーティストであり、この最新作には、現代の音楽のウェイヴやカルチャーが極めてシンプルな形で反映されていると言えるのだ。



82/100


 

シカゴのシンガーソングライター/詩人、Jamila Woods(ジャミーラ・ウッズ)のニュー・アルバム『Water Made Us』のリリースまで残すところ1ヶ月となった。ジャミーラ・ウッズは「Tiny Garden」「Boomerang」に加えて、もうひとつの先行シングルを「Good News」を初公開した。この曲は、"The good news is we were happy once"(良い知らせは私たちはかつて幸せになったということだ)という意味が込められているとのこと。ニューシングルの試聴は以下から。


ジェミーラ・ウッズが説明するように、「このアルバムのタイトルは、歌詞の中にある "The good news is we were happy once / The good news is water always runs back where it came from / The good news is water made us "に由来している。「私にとっては、この曲は降伏の教訓であり、何度も何度も水から学ぶ教訓なのです」また、ジャミーラ・ウッズの現代詩は、どのような人生にも欠かさざる水をメタファーに配し、抽象的な概念を複数の視点から解きほぐそうとしている。

 

ウッズが現代詩の中で探求する概念は、人それぞれ定義付けが異なるからこそ、また、人それぞれ感じ方や受け取るものが異なるからこそ、自らの力によって何かを探求していくことに大きな意義があることを教唆してくれる。つまり、それぞれの人にとって、幸福という概念という形は異なるため、だからこそ、自分なりの答えを探していくべきなのだ。究極的に言えば、他者と同じものを求めて、たとえそれを全部手に入れたとしても、仕合せになることはできない。その反面、他者から見たものと己から見たものは全然異なるため、ガラクタに見えることもある。

 

 

「Good News」

 

Drop Nineteens

ボストンのシューゲイザーの大御所、日本人ギタリストを擁するDrop Nineteens(ドロップ・ナインティーンズ)が昨年、ニュー・アルバム制作のために再結成すると発表していたが、その旨が今年8月に正式に発表されました。もちろん、30年ぶりのニューアルバムというプレゼントを引っ提げて。今回、ドロップ・ナインティーンズは、この待望の復帰作からセカンド・シングル「A Hitch」を公開している。リード・カット「Scapa Flow」に続くシングルだ。


「”A Hitch"はバンドが再結成して最初に書いた曲なんだよ。この曲は、新しいドロップ・ナインテンスの曲がどのようなサウンドになり得るか、アルバムの残りの曲調を決めていったんだ」

 

 

新作アルバム『Hard Light』は、Wharf Cat Recordsから11月3日にリリースされます。このアルバムには、バンド・リーダーのグレッグ・アッケル、スティーヴ・ジマーマン、ポーラ・ケリー、モトヒロ・ヤスエ、ピーター・ケプリンのオリジナル・メンバー全員が参加しています。 Drop Nineteensの新作アルバム『Hard Light』はWharf Catより11月3日発売される。

 

「A Hitch」

 ©Lindsay Thomaston

 

2021年にリリースされたアルバム『Valentine』の2周年を記念して、スネイル・メイルは『Valentine Demos EP』を発表した。マタドールから11月3日にリリースされるこのEPには、以前公開された「Adore You」や新たに公開された曲「Easy Thing」を含む、この新作EPからの曲の初期のストリップ・ダウン・レコーディングが4曲収録されている。


早速ですが、『Valentine』の制作に欠かせない曲のデモ・バージョンをご紹介します」とリンジー・ジョーダンは声明で述べている。


「3年ちょっと前、メリーランドの両親の家にこもって、ミニローグ・シンセとインターフェイス、マイクとギターだけを持って、2枚目のフルレングス・レコードを書き始めた。そのプロセスがいかに親密で孤独なものであったかということで、私は実際にレコードに収録されたものよりもデモの方が好きだ。そのうちの1つでは、私の泣き声が聞こえるかもしれない。たぶん、2つくらいあるかなあ」


「Easy Thing」



もし、Johnny Cashがパンク・ロックと出会ったら? Social Distortionに変化する。今回、Craft Recordingsは、Social Distortionの影響力あるデビュー作『Mommy's Little Monster』の40周年を記念し、ヴァイナルとデジタル・リイシューを11月10日にリリースする。オリジナルのアナログ・テープからリマスターされ、180グラム・レコードにプレスされた。

 

ゲートフォールド・ジャケットに収められた『Mommy's Little Monster』には、「The Creeps (I Just Wanna Give You)」、「Another State of Mind」、象徴的なタイトル・トラックなどの名曲が収録されている。


カリフォルニア州オレンジ・カウンティの伝説的なパンクシーンのパイオニア的存在であるSocial Distortionは、シンガー、ソングライター、ギタリストのマイク・ネスが、高校時代の友人であるギタリストのデニス・ダネルとともに70年代後半に結成。ネスはブルース、カントリー、ロカビリーで育ったが、それは後にSocial Distortionの楽曲に浸透することになる影響である。


1981年にシングル「Mainliner」を発表した後、Social Distortionが、KROQのDJロドニー・ビンゲンハイマーの耳に留まり、彼は影響力のあるラジオ番組でバンドを宣伝し、彼のコンピレーション・アルバム数枚に「1945」を収録した。1984年の映画『Another State Of Mind』に収録されたユース・ブリゲイドとの北米ツアーは、この注目のおかげで実現した。帰国後、彼らはデビュー・アルバムのレコーディングに取り掛かった。


Mommy's Little Monster』は、カリフォルニア州フラートンの象徴的なCasbah Studioでのマラソン・セッションでレコーディングされた。バンドは、オーナー兼プロデューサー兼エンジニアのチャズ・ラミレスと密接に仕事をし、後にネスがロサンゼルス・タイムズ紙に語ったところによると、彼は 「自分たちを形作り、自分たちのサウンドを実現し、自分たちのキャラクターを実現する手助けをしてくれた」影響力のある人物だった。速く、生々しく、虚無的なアティテュードに溢れた9曲入りのアルバムは28分弱で、「Telling Them」、「Anti-Fashion」、「Moral Threat」といった曲を通して、初期のパンク・シーンを象徴している。


その他のハイライトとしては、バンドが批評家を愚弄する激しいオープニング曲 「The Creeps (I Just Want to Give You) 」や、社会規範を拒絶する2人のティーンエイジャーの物語を歌ったアンセム 「Mommy's Little Monster」などがある。シングル曲「Another State of Mind」は、1982年のツアーにインスパイアされ、ネスがツアー生活の浮き沈みと故郷のガールフレンドを恋しく思う気持ちを歌っている。この曲はすぐにライブの定番曲となり、ファンの人気曲となった。


1983年に、バンド自身の13th Floor Recordsからリリースされた『Mommy's Little Monster』は、Social Distortionをより広いパンク・シーンに押し上げると同時に、マスコミの注目を集めた。1984年、このアルバムをレビューしたトラウザー・プレスは、このアルバムを「インスタント・クラシック」と呼びならわし、「このキャッチーで皮膚病みたいなパンク・ポップは、LAアンダーグラウンドの驚くほど洗練された産物となった。ネスは現在のパンクの優れたソングライターの一人である」と回想している。マキシマム・ロックンロールも、「あの特徴的なヴォーカル、ハーモニー、ロックなギター、そしてメロディックなフックの数々。. . .最近、エキサイティングなパンキーポップはほとんどないが、これはその稀有な例のひとつだ」と自信たっぷりだ。


その後数年間、ソーシャル・ディストーションは、ハード・パンク、カントリー、ブルース・ロックンロールという彼らの特徴的なブランドを発展させ、このジャンルで最も売れているバンドのひとつに上り詰め、ブルース・スプリングスティーン、ザ・オフスプリング、ランシド、スライス、グリーン・デイ、ブリンク182といったアーティストをファンに数えた。

 

今日、バンドの影響力のあるカタログには、『Prison Bound』(1988年)、ゴールド認定を受けた『Social Distortion』(1990年)、『Somewhere Between Heaven and Hell』(1992年)、そして、最近の『Hard Times and Nursery Rhymes』(2011年)を含む7枚のスタジオ・アルバムがある。

 

現在、マイク・ネス、長年のギタリストであるジョニー・"2バッグス"・ウィッカーシャム、ベーシストのブレント・ハーディング、ドラマーのデイヴ・ヒダルゴ・ジュニアを擁するソーシャル・ディストーションのメンバーは、パンクのゴッドファーザーとしての地位を享受し続けている。


この40周期年盤からタイトル曲の映像がYoutubeで公開されている。こちらからご視聴できます。

 




 

©Hisham Bharoocha


Animal Collectiveは、2019年にライブで初披露した楽曲「Gem & I」をようやくニューシングルとして公開した。この曲は、先に発表された「Soul Capturer」と22分の大作「Defeat」に続く、彼らの次のアルバム「Isn't It Now?」の最後のプレビューとなる。ご試聴は以下から。


アニマル・コレクティヴの新作アルバムは9月29日にDominoからリリースされる。本日、バンドは、発売日にロンドンのラフ・トレード・イーストで開催される「In Conversation & Signing」を含む、アメリカ、イギリス、ヨーロッパでの一連の発売週グローバル・アルバム・リスニング・パーティーの開催も発表した。


「Gem & I」

©Alexa Viscius

 

Big Thiefは、来月リリースされる2023年のシングル「Vampire Empire」のB面に収録される7Inchのリリースに先駆けて、ライヴで人気の「Born for Loving You」のスタジオ・レンディションを公開した。

 

このシングルでは、最新アルバムよりもはるかにエイドリアン・レンカーのボーカルがハートフルになっている。バンドはオルタネイトとしての代表格としてみなされる場合が多いが、古典的なフォーク/カントリーへの敬愛を欠かすことはない。そしてその思いは実際、美しい感情性を生み出している。歌詞の中でも、感情はさらに温かな感覚に転じ、率直な愛情が表される。バンドのギタリスト、Buck Meekの最新アルバム収録曲のムードとも共振するような感覚だ。


「Vampire Empire」と同様に、「Born for Loving You」は最新アルバム『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』を引っ提げたBig Thiefのツアーではライブの定番曲となっており、エイドリアン・レンカーらは2月にステージでこの曲を初披露して以来、すでに30回近く演奏している。


「Cause I was born for lovin' you / Just somethin' I was made to do 」とエイドリアン・レンカーはコーラスで歌う。「夢が叶うかどうかなんて関係ない/君を愛するために生まれてきたんだ」

 

 「Born For Loving You」


スーファン・スティーヴンス(Sufjan Stevens)が新曲「Will Anybody Ever Love Me?」で愛を問う。この曲は、10月6日にリリースされる新作アルバム『Javelin』の第2弾のテースターで、アルバムには最近のシングル「So You Are Tired」も併録されている。セルフ・プロデュースのこの曲には、アドリアン・マリー・ブラウン、ハンナ・コーエン、ミーガン・ルイのヴォーカルが加わっている。スティーブン・ハルカーが監督したビデオは以下からご視聴下さい。

 

このニューシングルでは、スーファン・スティーヴンスの代名詞であるオーガニックなインディーフォークを楽しむことが出来る。また、同時公開となったミュージックビデオはファンタジックな光景が映し出され、スティーヴンスのナチュラルな歌声の雰囲気を上手く引き立てている。CG風の映像は途中からこのアーティストらしいサイケデリックな内容へと変化していく。


「初めてこの曲を歌った時、涙が溢れました。質問の正直さに感動したのです」とアドリアン・マリー・ブラウンは声明で語っている。「スーファンは信じがたいほど勇敢で、才能ある作家です」


「スフィアンとスタジオにいるのは、錬金術師の仕事を傍から見るようなものだ。彼は新たな領域を創造し、穏やかな聖歌隊から私たちの声を作り上げ、そして私たちを海から荒れ狂うサイレンへと変貌させる」「”Will Anybody Ever Love Me? "は、スフィアンの過去のレコードを垣間見るようだったが、声と楽器の壮大なコラージュに紡がれている。彼のメロディと作曲のビジョンは驚くべきもので、彼とハンナと一緒に仕事をすることは純粋な喜びだった」

 

 「Will Anybody Ever Love Me?」


 

イギリス人プロデューサー、ダレン・カニンガムが次作アルバムのリリースの詳細を明らかにした。『LXXXVIII』は11月3日にニンジャ・チューンからリリースされる。2020年の『Karma & Desire』に続くアルバムには、最近のシングル「Push Power ( a 1 )」が収録される。
 
 
新曲「Game Over ( e 1 )」が本日公開された。アルバムのジャケット・アートワークとトラックリストとともに、以下でチェックしてほしい。
 

プレスリリースによると、Actressのニューアルバムの主なインスピレーションの源はゲーム理論であり、「チェスは、アーティストのスタジオでの物質的相互作用の正確な身体性を反映するだけでなく、LXXXVIIIの創作を仲介した複雑で戦術的、内面的で美的な戦いをも示している」
 
 
 
 
 

ACTRESS 『LXXXVIII』

 

Label: Ninja Tune

Release: 2023/11/3


Tracklist:

 
1. Push Power ( a 1 )


2. Hit That Spdiff ( b 8 )


3. Azd Rain ( g 1 )


4. Memory Haze ( c 1 )


5. Game Over ( e 1 )


6. Typewriter World ( c 8 )
7

. Its me ( g 8 )


8. Chill ( h 2 )


9. Green Blue Amnesia Magic Haze ( d 7 )


10. Oway ( f 7 )


11. M2 ( f 8 )


12. Azifiziks ( d 8 )


13. Pluto ( a 2 )


 Roisin Murphy   『Hit Parade』




Label:Ninja Tune

Release: 2023/9/8



Review 



UKソウルの代表格、ジェシー・ウェアとのコラボレーション等で知られるロイシン・マーフィーは、アイルランド出身で、当地を代表するソウルシンガーの一人である。ダンス・ポップ・リヴァイヴァルの体現者であり、超実力派のシンガー。『アルバム発売日直前、アーティストがLGMTQの発言に関して、SNSでスキャンダラスな一件を巻き起こしている。しかし、少なくとも、マーフィーが指摘したのは、同性愛の権利をしっかりと認めた上、成長過程でまだ性差の認識がない時期に、そういった刷り込みをすることは健全ではないということであり、つまり、アーティストは何ひとつも間違ったことは言っていないし、彼女の考えは健全であると擁護しておきたい。むしろキャンペーンばかりが目立つ中、こういった反駁もあってしかるべきではないか。偽のキャンペーンの二次被害者が出る前に弥縫策を打っておくことも必要だろう。

 

 

さて、『Hit Parade』は、ハンブルクとベルリンを経由して制作されたというが、その全般は個人的なスペースを重視して制作が行われた。DJ Kozeとのコラボレーションアルバムとロイシン・マーフィーは銘打っており、フロア・ミュージックの要素が強いダンス・ポップとして楽しめる。それらのダンサンブルなビートの中にソウルミュージックの要素も散りばめられていることもニンジャ・チューンらしいリリースだ。すでにクラブ・ビートの壮絶な嵐の予兆は、オープニング「What To Do」に顕著な形で見える。ここではネオ・ソウルとダンス・ポップを融合させ、アルバムをリードする。大人のダンス・ポップ/エレクトロ・ポップとしてこれ以上のオープニングはない。「CooCool」ではヒップホップの影響を交えて、スモーキーなソウルとしてアウトプットしている。その中にはディスコに対する憧憬も含まれている。ボーカル・ラインはジャクソンを思わせ、それがコーラスのヴィンテージ・ソウルの要素と劇的にマッチしている。

 

その後はよりヴィンテージ・ソウルの奥深い領域へと畏れ知らずに踏み入れていく、「The Universe」ではMTVの時代のライオネル・リッチーの音楽性、いわばアガペーに根ざしたソウルを展開する。その中に生ずるDJ Kozeのスクラッチを駆使したターンテーブルのプレイもヴィンテージ感満載だ。80年代のソウル・ミュージックの後のオールドスクール・ヒップホップを思わせるナンバー。この時代には、明確にヒップホップとソウルの違いがなかったのに、いつしかそれは明確に分別されるようになってしまったのはなぜなのか。音楽のジャンルに違いはないのにも関わらず、である。マーフィーのボーカルも淡い哀愁が漂って素晴らしいが、着目すべきは、DJ Kozeのソウルのサンプリングネタのチョイスのセンスの良さ。ソウル・ミュージックのストリングスのアレンジを部分的に織り交ぜ、ノスタルジックな質感を生み出している。


ロイシン・マーフィーは、このアルバムを通じて、様々な感情性を複雑な心の綾として織り交ぜようとしたと説明しているが、「Hurtz So Bad」ではハードコアなエレクトロに、ソウル/ファンクを融合させ、自らの傷ついた経験を歌おうとしている。クラブ・ミュージックに近いグルーヴィーなテンションが特徴のトラックであるが、マーフィーのボーカルから不思議と悲哀や哀愁が匂い立つ。UKベースラインのビートのトラックメイクも巧緻であることに疑いはないが、ロイシンの老獪なヴォーカルは、速めのBPMをバックに歌われているにも関わらず、スモーキーかつスロウなソウルの安定感がある。これらの渋さは、ひとりの人間としての人生経験が色濃く反映されているのだろうか。そこには社会性に対するニヒリズムも読み取ることが出来る。これらの感覚が合うかどうかは別として、ネオソウルとして見ると、聴き応え十分である。

  

 

アルバムの序盤ですでに何度かフィーチャーされているファンクのギター・カッティングが続く「The Home」は80年代のディスコ・ナンバーをファンクの側面から再解釈しようとしている。そして、実際、アース・ウインド&ファイアー、スタイリスティックスのようなファンクなグルーブ感を生み出す。もちろん、ロイシン・マーフィーはリズムを最重要視しながらもメロディーの良さにも気を配る。特に、ファルセットの部分には、サザン・ソウルの全盛期のシンガーに比する圧巻の存在感がある。これは、俗に言う歌謡曲のこぶしのようなフックが強い印象性を及ぼすのだ。マーフィーはホワイト・ソウルとは別のブラック・ミュージックの源泉に迫る。ただ、それらは単なるアナクロニズムに堕することがない。後半部の最近流行りのボーカルの部分的なディレイを掛けることにより、現代的な質感を持つソウルとして昇華するのだ。

 


「Spacetime」は、異星人との邂逅を表現したと思われるシュールなトラック。ここではアルバムのアートワークのような不気味ともユニークとも付かないレーベルカラーの際どい部分が示される。ふざけているのか、それとも真面目なのか、どちらとも解釈しようのあるスニペットだ。しかし、この悪ふざけにも思えなくもないトラックの後にアルバムで最も神妙な瞬間が訪れ、アーティストのアイルランドのルーツへの敬愛が示される。「Fader」のMVは、アーティストの故郷であるアークローで撮影された。当日は、「ハリウッドのような太陽が輝き信じられないほどの好意が感じられた」「アークローの人たちは、私をとても誇りに思ってくれました」と振り返っている。アーティストは、アイルランドを離れてもなお、このトラックに込められている郷土性を誇りに思うのだ。 それらは、ヒップホップ、ソウル、ダンス・ポップ、つまりアーティストが知りうるすべての音楽性を混在させ、それらに分け隔てがないことを示している。実際に本曲のミュージック・ビデオは今年見た中で一番素晴らしい内容となっている。

 

 

 

 

「Free Will」はアルバムの中で風変わりな印象性を持つ楽曲だ。イビサのダンスミュージックに触発されたトロピカルの風味をエレクトロとミックスし、エネルギッシュなナンバーとして昇華している。 他の曲に比べると、ロイシン・マーフィーのポップシンガーとしての性質が最も色濃く反映されているのではないか。曲の後半では、躍動感のあるダンス・ビートとソウルの要素が劇的に融合し、刺激的な瞬間を呼び起こす。イビサ島の夜の泡パーティーでかかっても違和感がない多幸感満載の素晴らしいナンバー。この曲は、イギリスの80年代のマンチェスターのファクトリーのフロアで鳴り響いていた音楽とは、かくなるものかと思わせる何かがある。

 

「Fader」と合わせて、アルバムのもう一つのハイライトともなりえる「You Knew」もチェックしておきたい。この五分半にも及ぶ壮大なトラックで、マーフィーは自らの人生を描写しようとしている。「オープンハートで、生きる動機を明らかにする人間でありつづけたがゆえに、人から愛されなかった代償もあった」と語るマーフィー。曲の後半にかけてダイナミックな瞬間が出現する。ベースラインを基調としたミニマルな構成は、その反復的な構造を持つがゆえに中盤から終盤にかけて強力なエナジーを発する瞬間がある。それらは満ち引きを繰り返す海岸沿いの波さながらに荒々しく波打ったり、それとは正反対に静かに引いていったりもする。ロイシン・マーフィーの人生もまた同じように波乱に満ち溢れたものだったのではないか。それらの怒涛のようなコアなダンス・ビートは、このアーティストのキャリアの集大成を象徴するものでもある。そして、それらの演出的な効果をDJ Kozeの巧みなフレージングが支える。力強く。

 

アルバムの序盤では、ネオソウルとエレクトロ、そして中盤では、ナラティヴな要素を擁するダンスミュージックと変遷を辿っていくが、アルバムの終盤でもそれらの流動性は継続し、「You Knew」のミニマルなクラブビートの気風を受け継いだ「Can't Replicate」では、それらのミニマル・ビートをアシッド・ハウスの要素を融合させている。不思議なのは、DJ Kozeの生み出すビートは軽快かつシンプルで、フロアの扇動的な側面、あるいは多幸感溢れる側面をフィーチャーしているが、このトラックにロイシン・マーフィーの円熟味のあるボーカルが加わったとたん、その印象が一変することである。実際、ノリの良さと渋みを兼ね備えたクラブ・ビートは躍動感と深い情感という際どい感覚、また、それと相反するように思えるアンビバレントな要素を両立させる。これは両者のアーティストとしての才覚が最も鮮やかに掛け合わさった瞬間だ。

 

「Spacetime」でのシュールなスニペットは続く「Crazy Ants Reprise」でも顕在である。ここでは真面目な性質とそれとは正反対にある戯けた性質という2つの局面がぎりぎりのところでせめぎ合っている。オートチューンを掛けたボーカルは、とりもなおさず、ロイシン・マーフィー、DJ Kozeのユニークな性質を表している。

 

このクールダウンの後、突如、アルバムはクライマックスへ脇目も振らずに突き進んでいく。 「Two Ways」は意外にも、UKドリルに触発されたポップ音楽であり、ソウルシンガーとは別のボーカル・スタイルが採られる。特に近年のビヨンセの作風に近い。クローズ「Eureka」では、イントロにクリッチ・ノイズを配して、アヴァン・ポップとネオソウルの新境地へと向かう。チルアウトの要素もなくはない。しかし、そこには独特の緊張感が立ち込め、飽和状態に至ることはない。スモーキーなボーカルの魅力はもとより、このクローズの抜群の安定感にロイシン・マーフィーの真骨頂が表れている。本作はまさに『ヒット・パレード』のタイトルに相応しく、どこをとっても聴き応え十分。新時代のポピュラー・ミュージックの台頭に震撼せよ。

 

 

 

90/100

 

 

 


Vagabon-ヴァガボン(レティシア・タムコのプロジェクト)は、今週金曜日にノンサッチから3rdアルバム『Sorry I Haven't Called』をリリースする。ニューヨークの注目のシンガーです。アルバムの最終プレビュー「Lexicon」のミュージックビデオが公開された。ビデオを監督したのはキャスリーン・ダイカイコ。


プレスリリースの中でレティシア・タムコは、アルバムの共同プロデューサーであるロスタム(ヴァンパイア・ウィークエンド、HAIM)がこの曲の最終的なヴィジョンを実現する手助けをしてくれたと語っている。「この曲は、詩もコーラスもブリッジも全部書いたんだけど、サウンド的にレコードに入れる場所が見つからなかったの。LAでロスタムと一緒にアルバムを見直したとき、彼は "ちょっと時間をくれ "と言ってくれた。


『Sorry I Haven't Called』は、タムコの親友の死(2021年)にインスパイアされた。しかし、タムコはその悲しみをより高揚感のあるものに変えようとした。「このアルバムは、私が目指してきたもののように感じるわ。「このアルバムについて考えるとき、私は遊び心を思い浮かべる。完全に多幸感よ。物事が暗かったからこそ、このアルバムは生命力とエネルギーに満ちている。このアルバムは、当時私が体験していたことに対する反応であって、それを記録したものではないの」


「Lexicon」



 

ブルックリンを拠点に活動するシンセ・ポップ・トリオ、Nation Of Languageが、今週金曜日にニュー・アルバム『Strange Disciple』を[PIAS]からリリースする。

 

今回、彼らはその中からもう1曲、「Sightseer」を公開した。この曲は、アルバム発売前の最後のシングルとなる。バンドはまた、アルバムの「Too Much Enough」のミス・グリットによるリミックスも最近公開した。Miss Gritはこの秋、バンドと共にツアーを行う予定だ。


バンドにはイアン・デヴァニー、エイダン・ノエル、アレックス・マッケイがいる。ニック・ミルハイザー(ホーリーゴースト!、LCDサウンドシステム)がプロデュースした新作は、ブルックリンでレコーディングされた。


『Strange Disable』はバンドのサード・アルバムで、2021年の『A Way Forward』と2020年の『イントロダクション、プレゼンス』に続く作品である。


『Strange Disciple』の各曲は、「イアン・デヴァニーが誘惑、罪悪感、そして情熱的な執着に心を痛めることの言い知れぬ喜びについて、儚い物語を語っている」という。デヴァニーはさらにこう説明する、「私が一番感じるのは、何かや誰かに絶望的なまでに傾倒している時だったりする」