ラベル New Album Reviews の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル New Album Reviews の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

Joep Beving 「Hermetism」

 


 

Deutshe Grammophon

Release:2022 4/8

Genre:Modern Classical/Post Classical



ドイツ・グラモフォンと契約を結んで、4月8日にリリースされた「Hermetism」と題された新作アルバムにおいて、オランダ人のピアノ演奏家ユップ・ヘヴィンは、温故知新をもとめ、ロマン派と古典派の世界をあらためて探求しています。これまでの作品において、ユップ・ヘヴィンは、ミニマル、モダン・クラシカルにおける淡い叙情性を表現してきましたが、この最新作においてユップ・ヘヴィンはさらに奥深い古典音楽の世界に踏み入れようとしています。今回の作品は、近代フランス和声の生みの親のひとり、エリック・サティ、ポーランドのロマン派の代表格のフレドリック・ショパン、さらには、古典派の最大の作曲家、ルートヴィヒ・ヴォン・ベートーヴェンという歴史上最高の音楽家たちの精神性をユップ・ヘヴィンは真摯に追い求めます。

 

彼はこの作品のヘレニズム主義というテーマをピアノ演奏を通じて表現するに当って、いくつかの哲学的なメッセージを作品の中心に据えています。「今度の作曲には、ある種の悲劇が込められています」とユップ・ヘヴィンはこの作品について語ります。「それは私達全員が共に生きてきたこの不条理なロックダウンの時代に根ざしています。それは私達に一歩後退するのを促し、生活を減速させ、私達の破壊的な生き方を再考するように促しました。しかし、その二年後、社会のバランスが取れるどころか、より不平等な世界が生み出され、さらに二極化が顕著になってきています。これらの作品が多くの悲しみをかかえる人々にとっての安らぎとなることを願っています」

 

ユップ・ヘヴィンが上記のように語るように、本作は、ロマン派の叙情性あるいは感傷性が彼自身のしなやかなタッチ、それに加えてしたたかな演奏を介して、アルバムに収録された十二曲が静かに、そしてある種の強かさをもって繰り広げられていきます。サティのような癒やしがあり、反復性がある一方で、ショパン、ベートーヴェンのような緻密な展開力、あふれんばかりの創造力により彩られています。それはまさに、ユップ・ヘヴィンがこれまで探求してきた古典的な音をいかに現代に生々しく蘇らせるのかを、この演奏家がこのパンデミック時代において真摯に追求を重ねてきた結果がこの作品に様々なバリエーションを交えて提示されていると言えるのです。

 

全三部作「Henosis」「Prehension」「Solipsism」での演奏家、作曲家としての成功や名声は、ユップ・ヘヴィンにとっておよそ序章のようなものでしかありませんでした。ヘヴィンはその名声にとどまらず、ピアノ音楽によって、また彼自身が紡ぎ出す叙情的な旋律によって、より奥深い精神世界を探し求めます。「Hermetism」で提示された十二曲のピアノ演奏、あるいはそこにひろがる音楽の世界を通じて、ユップ・ヘヴィンは、芸術の核心に迫ろうと試みています。「すべて芸術は二重なのです。すべてに両極が存在する。さらに、すべてに反対のペアが存在する」と、ユップ・ヘヴィンが語るように、彼はこの演奏を通じて、自己の内面のある暗い側面を掘り下げ、調和的なピアノの旋律として紡ぎ出そうと模索しています。それは、聞き手に深い自省を与え、その場に立ち止まらせ、内面をじっくり見つめる機会を与えます。

 

全三部作のアルバムに続く「Hermetism」の制作において、ユップ・ヘヴィンはこれを新たな出発の機会と捉えるのでなく、ヘルメス主義を以前起きたことを何らかの形で現時点に反映させるものと捉えた。これはヘルメス主義の原理である対応の原理と合致するものです。ユップ・ヘヴィンは、この哲学的な音楽の提示に際し、古典派やロマン派の時代に置き去られた感情の持つ本来の力、音楽にたいする人間の純粋な感応力を、2022年に生きる現代の私達に呼び覚ましてくれるのです。 

 

(Score:95/100)

 

 

Joep Beving - Nocturnal (Performance at Atelier Artefact, Paris)
 

 

 
 
 
 Deutsche Grammophon







・Amazon Link 

 

  

 

・Apple Music Link


Calexico  El Mirador

 



 

Label:Anti

Release: 2022 4/8 



キャレクシコは、かつて、シカゴのインディーレーベル、Touch and Goの傘下にあたる「Quarter Sticks」からリリースを行っていたこともあります。


ブロンド・レッドヘッド、ヤー・ヤー・ヤーズを一番最初に発掘したタッチ・アンド・ゴーは、現在、レーベルとしての経営が行き詰まっており、新しいレコードのリリースが出来なくなってしまっていますので、是非、このあたりの音楽が好きな方は、タッチ・アンド・ゴーの旧作リリースを購入して、御支援いただきたいと思っています。そして、タッチ・アンド・ゴーの傘下にあるQuarter Sticksも、ポストロックやエモシーンの良質なバンドを数多く輩出したレーベルで、RodanやRachel'sを始めとする個性的なバンドの作品のリリースを率先して行っていました。

 

このキャレクシコもまた、タッチ・アンド・ゴーのレーベルカラーに添ったバンドであり、アリゾナ州のツーソンのロックバンドです。しかし、ロックバンドというべきなのかは判断に迷う部分もあるようです。というのも、このバンドは、アメリカーナ、中央アメリカ、そして、南アメリカの音楽を継承する希少なグループなのです。しかし、バンドとしての最初のカラーをだんだん失ってしまい、どうやら最近では、アメリカーナ色の強いリリースは行っていなかった様子ではあるものの、最新のアルバム「El Mirador」において、彼らは、バンドの原点、メキシカン、アメリカーナへの回帰を果たし、ワイルドさやエモーションが込められた快作を生み出しています。

 

アルバム「El Mieador」は、バンドのメンバー、キーボード奏者のセルジオ・メンドーサの所有するスタジオで録音が行われ、世界における友情のようなテーマが込められ、制作がなされています。彼らは、今作において、アリゾナの砂漠地帯、アメリカの国境を超えたメキシコの音楽性を巧みに取り入れ、独特なワイルドさを持つアルバムに仕上げています。そこには、パーシー・アーロンが描いた映画「バグダッド・カフェ」に見られるような、砂漠地帯の哀愁の感慨がこのアルバムに漂っている。バンドとして例を挙げるなら、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブに近い、スパニッシュな渋さ、ダンディズムが込められた音楽性といえるかもしれません。

 

もちろん、作品の色付けだけにとどまらず、スティールギターやシンセの使用は古典的なアメリカーナと現代的な音楽の回路のような役割を果たし、現実的でありながら、ユニークでアニメーションのような性格が作品全体に感じられます。さらにいえば、往年の西部劇のようなユニーク性、つかみやすいメキシコのキャラクター性が込められているのも、このバンドやアメリカーナに馴染みのないリスナーに近づきやすさをもたらすと思われます。全体的には、メキシコの広大な砂漠のむこうの蜃気楼の果てに浮かび上がる、サボテン、メキシカンハット、度数の高いテキーラを提供するスタンドバー、そういった幻想的な風景をおもわせる魅力的な雰囲気に塗れています。

 

そして、さらに、キャレクシコがいくらかポスト・ロックの実験的な性格を持つのを表しているのが「Then You Might See」であり、渋さのあるニューウェイブ・ポスト・パンクに近い新鮮な作風にも取り組んでいる。しかし、彼らが単なる遊び心で、アメリカーナを奏でているわけでないことは、「The El Busso Song」に顕著な形で表れ出ています。いかなる気持ちでこの新作に取り組んだのかは、実際、提示された音楽に見出せます。太陽のように陽気であり、純粋に音楽を楽しもうとする姿勢にかけて、キャレクシコは、他の追随を許さない存在です。そう、「El Mirador」は彼らのアメリカーナへの長い長い旅路であり、レコーディングに際して目の前の音楽を謳歌するカレクシコのメンバーの姿が目の裏にありありと浮かび上がってくるような作品です。


 

68/100

 


 

 

 

・Apple Music Link

 



Oceanator

 

オセアネーターは、ニューヨーク・ブルックリンを拠点にするアメリカのマルチインストゥルメンタルミュージシャン、Elise Okusamiのバンドプロジェクトである。

 

このプロジェクトの中心人物であるエリーゼ・オクサミは、9歳の頃から独学でギターの習得をはじめ、その後、兄と友達と一緒にバンドを始めた。その後、ニューヨークで複数のバンドプロジェクトに参加しながら、ソロアーティストとして活路を見出していった。オセアネーターは、1990年代のグランジとパンクに強い影響を受けたサウンドに、最近の流行のシンセ・ポップの色合いを付け加えたバンドである。しかし、その音楽性は、掴みやすさがある一方で、往年のハードロックバンドのようなパワフルな重低音に裏打ちされた力強さの両局面を併せ持つ。オセアネータの音楽性については「アポカリック・サウンド」というようにも称されている。

 

オセアネーターは、2017年にデビュー・アルバム「Oceanator」を自主レーベルからリリースする。このアルバムの発表から時を経ずに、複数の音楽メディアに注目を浴びる。StereogumやSpinから賞賛を受け、「2020年の20の最も興味深いニューアーティスト」にも選出されている。その後、 新たにアメリカのインディペンデントレーベルであるポリヴァイナル・レコードと契約を結び、2020年には二作目となるアルバム「Things I Never Said」をリリースしている。

 

 

 

「Nothing's Ever Fine」 Polyvinyl   



Tracklisting


1.Morning

2.Nightmare Machine

3.The Last Summer

4.Beach Days(Alive Again)

5.Solar Flares

6.Post Meridian 

7.Stuck

8.From the Van

9.Bad Brain Daze

10.Summer Rain

11.Evening 




何となく、この作品を聴いていて思い浮かべたのは、古い作品になるが、ザ・ラナウェイズの1976年の傑作「The Runaways」でした。

 

ザ・ラナウェイズは、1970年代に活躍したパンクロックバンドで、アメリカで最初の女性だけで構成されたパンクバンドでもあります。その後、女性だけのメンバーで結成されたバンドとしてはデトロイトのNikki and the Covettesもいた。これらの北米のロックバンドの中古盤は、まだ私が高校生だった時代に、奇妙なこそばゆさのようなものをもたらしてくれました。その思い出は他のUSインディーロックバンドと共に長らく忘れかけていたのだが、ノスタルジーあふれる思い出がこのオセアネーターの新作「Nothing's Ever Fine」で不意に蘇ってきたのです。

 

つい先週にリリースされたオセアネーターの最新作「Nothing's Ever Fine」は、おそらく、それらの過去に埋もれかけているグリッターロック/グラムロックを新たに再解釈しようというものなのでしょう。このアルバムは、例えばLAのリンダリンダズとは異なる雰囲気が漂っているのをリスナーはお気づきになられるかもしれません。パンクロックのパワフルなサウンド、それに加え、いかにもアメリカン・ロック、ハードロックの色合いを加えた音楽をオセアネーターは奏でている。そこにそこはかとなく垣間見えるのは、アメリカらしいロックの雰囲気です。既に、音楽市場や、そこに参加するアーティストにもグローバル化は進んでいき、イギリスのアーティストがアメリカの音楽を取り入れたり、反面、アメリカのアーティストがイギリスの音楽を取り入れたりと自由活発に音楽性の交換が行われるようになりました。そのこと自体は全然悪くはないと思います。しかしながら、その弊害としては、日本のアーティストについても同じことではあるが、自国の音楽とは何だろう、ということが年々わかりづらくなってきているのは事実なのでしょう。

 

しかしながら、このオセアネーターの最新作「Nothing’s Ever Fine」はそのかぎりではないように思えます。このアルバムの中に含まれている「Cherry Cokes」はランナウェイズのオマージュなのかまではつかぬものの、いかにもアメリカン・ロックと形容できる懐かしい音楽の風味がほんのりと漂っています。ニューヨーク、デトロイトを始めとする北米の音楽シーンは、2000年近辺までに無数の偉大なバンドを数多く輩出したが、このアーティストは北米のバンドの音楽の系譜を逞しく継承しようとしているように思われます。今、思えば、私が昔の時代に後追いで聴いた中古盤のザ・ランナウェイズのようなグリッターな中性的なロックバンドの音楽がここに鮮やかに復活していることを心から嬉しく思っています。そして、さらに、このオセアネーターのエリーゼ・オクサミの歌声には、キャット・パワーのようななんともいえぬ渋みが漂っているのに、この作品に触れられた方はお気づきなったことでしょう。

 

例えばまた、ファーザー・ジョン・ミスティの音楽が男性的な哀愁をあらわすものとするなら、このエリーゼ・オクサミの生み出す音楽に表れているのは女性的な渋さであり、そして、ほのかな哀愁にほかなりません。これらの音楽性の根幹にあるのは、一日やそこらで醸し出せるものではないアーティストの人生を反映するしたたかな経験、それが、このアルバムの麗しい輝きをもたらし、もっといえば、内面的な輝きから、こういった強固なサウンドが生まれ出て、ある種の清々しさを伴うロックンロールとして提示されています。ロック音楽は世に氾濫していても、ロックンロールを奏でるミュージシャンは今日のシーンにおいてきわめて数少ない。しかしながら、オセアネーターは、フォークやパンクと融合し、それを易々とやってのけているのが非常に見事です。さらに、それらが、現代的なドリームポップのスタイリッシュさと共に提示されているとあらば、個人的には、このアルバムに対して、最大の賛辞を送るよりほかありません。先週の数多くのリリースされた中の隠れたインディーロックの良盤として挙げておきたい作品となります。

 

(Score:70/100)

 




・Apple Music Link


 

 

John Carroll Kirby


ジョン・キャロル・カービーは、アメリカ・カルフォルニア州ロサンゼルスを拠点に活動するアメリカの鍵盤奏者、レコードプロデューサー、作曲家。

 

ミュージシャンとしてジョン・カービーは、ソランジュ、フランク・オーシャン、マイリー・サイラス、ノラ・ジョーンズ、バット・フォー・ラッシーズ・コナン・モカシン、セバスチャン・テリエ、さらにハリー・スタイルズ、幅広い音楽性のアーティストとコラボレーションを行ってきた。

 

若い時代から、カービーはピアノのレッスンを通じてジャズ音楽を学んできた。南カルフォルニア大学では、ジャズのオーケストラレーションを学び、さらに、他のアーティストとツアーを行い、数々のアーティストの作品の共同製作者として参加してきた。2016年には、プロデューサーとして参加したソランジュのアルバムがビルボード200にランクイン、この年にこのアルバムで初のグラミー賞を獲得している。

 

その後も、ジョン・カービーは、INGA,セバスティアン・テリエ、ミッドナイト・ジャガーノート、シャバズ・パレスといった様々なアーティストの作品にプロデューサーとして名を連ねてきた。ソロアーティストとしてはじめて、2017年に「Travel」を発表。幼年期からのジャズの深い理解、そこに、電子音楽やニューエイジの要素を加味した個性的な楽曲を数多くリリースしている。その後、コンスタントに作品のリリースを行ない、これまで7作品を発表している。




「Dance Ancestral」 Stone Throw Records 

 


 

Tracklisting


1.Dawn Of New Day(feat.Laraaji)

2.Pan's Dance

3.Capezios For You My Lord

4.Pause On The Accident Ballcout

5.Frog Life

6.Ghost of Bix Beiderbecke

7.Message In Water

8.Tiptoe To The Grave

9.Gabriel's Gig


 

今年5月に来日公演が決定しているジョン・キャロル・カービーの最新作は、一曲目において、アンビエントの大御所ララージをフューチャーし、さらにカナダ出身のアーティスト”Yu Su”を制作パートナーとして迎え入れ、電子音楽として広大な着想に溢れた快作に挙げられるように思えます。

 

ソロアーティストとして通算五作目となる本作の全体的な印象は、近年のトレンドであるクロスオーバーとしてのアプローチが多分に込められているように思えます。しかし、それらのクロスオーバーの要素は全体的な作品の個性を薄めるどころか、より強い個性を放ち、作品としての軸のようなものが定まっているという印象を受けます。本作において、ジョン・カービーは一貫して同じテーマが掲げており、電子音楽、チルアウトに近い爽やかで涼し気な雰囲気を持つ楽曲、それがこのアーティストらしい解釈の仕方により、ジャズ、ニューエイジ、アンビエント、エレクトロニック、ビンデージソウル、多種多様なジャンルの音楽の観点から、聞きやすくメロウで、さらに深みのあるグルーブ感あふれる聴き応えある9つの楽曲が生み出されているのです。


「これまでのアルバムよりコアなエレクトロニックを生み出したかった。人生におけるステップと呼ぶパターンやルーチンを取り入れています。ここでいうダンスミュージックとは、実際のダンスについてではなく、人々が永遠に繰り返すパフォーマンスについて説明しています」

 

上記のように、カービーが述べているとおり、これらの楽曲のアプローチの中で、これまで多くの秀逸な国内外のアーティストの作品にエンジニアとして名を連ねてきたジョン・キャロル・カービーらしい、老獪なサウンドアプローチの真価が発揮されている。楽曲を生み出す上で、宗教、哲学、いくつかの思想にカービーはアクセスすることにより、深みのある作品が生み出されています。

 

表向きには掴みやすい、チルアウト寄りのニュアンスを取り入れた楽曲には、硬い芯のようなものがしっかり通っている。このことにより、このアルバムはきわめて渋く、力強い印象を放つ。時に、エレクトリック・ピアノに深いフィルターをかけたり、ディストーションでかるく音を歪ませたり、敏腕プロデューサーとしての遊び心や冒険心にあふれている。それがこのアーティストらしい開放感たっぷりの爽やかな風味を持つ電子音楽として、まったりと展開されていきます。

 

クラシカルなデトロイトテクノを下地に、そこに、ビンテージソウルのキャラクター性を加味したことによって、聴き応えたっぷりのアルバムが生み出されています。モダンなチルアウトとしても楽しめる一方、色彩感あふれるソウルミュージックとしても聴きごたえたっぷりの作品と言えるのではないでしょうか??

 

(Score:68/100)

 

 

 

 


・Apple Music Link


 キセル

 

キセルは、辻村豪文、友晴の兄弟によって京都宇治市で1998年に結成されたデュオである。兄の辻村豪文さんは、”くるり”と立命館大学で同級生にあたり、サークル”ロックコミューン”に共に在籍していた。当初はビクターエンターテインメントからデビューを飾ったが、2006年にカクバリズムに移籍。以後はインディーロックバンドとして、良質な楽曲をリリースしている。

 

キセルは、カセットMTR、リズムボックス、サンプラー、ミュージカルソウ等を使用しつつ、浮遊感あふれる独自のファンタジックな音楽を展開する。スピードスター在籍時に4 枚のフルアルバム、2006年カクバリズム移籍後も「magic hour」「凪」「SUKIMA MUSICS」「明るい幻」「The Blue Hour」など、アルバムと10インチレコードやライブ会場限定のEPなど精力的にリリース。どの作品も多くの音楽好きを唸らす名盤となっており、ロングセラーを続けている。


毎年の大型野外フェスへの出演や、フランス・韓国・台湾でのライブ、ジェシ・ハリスとの全国ツアー、そして、恒例のワンマンライブをリキッドルームや赤坂ブリッツ、日比谷野音で行っている。結成20周年を迎え、9月16日には日比谷野外大音楽堂での3度目のワンマンライブを開催している。

 

 

「寝言の時間」 カクバリズム 2022 4/6

 



 

tracklisting

 

1.寝言の時間

2.干物の気持ち

3.鮪に鰯

4.gwa

 

 

listen/stream

 

 

 

 

 

これまでカクバリズムに所属する兄弟のデュオとして活動を行ったきたキセルは、「柔らかな丘」に代表されるようなインディーロック、フォーク、ソウル、またジャズ風のアレンジメントをほどこした独特な雰囲気の日本語ポップスを展開してきた。それは辻村兄弟の息の取れたボーカルのハーモニーによっておおらかな気風のある既存リリースされた楽曲が証明しているように思える。今回、キセルが新たに取り組んだのは文学的な側面から日本語のポップスをどのように捉えるかというアプローチである。

 

2020年、コロナパンデミックの最中に、手探りの状態でレコーディングが行われ、吉沢成友(Gt)、mmm(Vo,flu)を共同制作者としてレコーディングに招いている。EP作品として構築されていく過程でその足がかりとなったのが、一曲目に収録されている「寝言の時間」である。ソロライブとして配信されたこの楽曲がその後収録の三曲のキャラクターのようなものを反映している。そして、驚くべきなのは、これまで日本語の詩に重点を置いてきたキセルが今回新たに取り組んだのは、三曲目に収録されている「鮪に鰯」。つまり、往年の日本フォーク音楽のプロテスト・ソングを象徴するミュージシャンである高田渡のカバー曲での文学性を取り上げていることである。この曲においては、原爆、水素爆弾、そういった大掛かりなテーマが家の中にある日常の風景、夕飯などで当たり前のように食卓に並んでいるマグロやイワシといった視点を通じて、独特な日本語詩の世界が展開される。ここでは、現代詩、金子光晴をはじめとする日本の詩人に深い影響を受けた高田渡の古典的なフォーク音楽を、新たにその時代に接近するような雰囲気で、辻村兄弟は、この楽曲とアレンジメントバージョン「gwa」に取り組んでいるように思える。

 

全体的な作風としては、「寝言の時間」これまでのキセルの延長線上にあるように思えるが、そこにさらに強いジャズへの接近、そして、日本の詩やフォークを現代のアーティストとしてどのように捉え直すのかに重点が置かれているように思える。辻村兄弟のヴォーカルのハーモニーそしてソングライティング技術は、既存の作品が証明しているが、そこにさらにより強い文学性が加わった作品である。そこには、涼し気でメロウなフォーク音楽の色合いに加えて、キセルにしか醸し出すことの出来ない独特のエモーションが込められているのに注目だ。 晴れやかでもある反面、ぐつぐつとした内面に煮えたぎるような奇妙な感覚も滲む。初春にリリースされた作品であるにもかかわらず、何故かこの作品を聞いていて、夏のおわりを思い浮かべてしまった。


(Score:70/100)

 

 Helvetia

 

ヘルヴェティアは、米国ワシントン州シアトル出身のオルタナティヴ・ロックバンド。ジェイソン・アルベルティーニは、Dusterの解散後、このヘルベティアを始動させた。最初のレコード「The Clever North Wind」を2006年に発表する。彼らのバンドとしての知名度を高めたのは、Built To Spillとのツアーで、その後、オルタナティヴロックバンドとしての地位を固めていった。

 

バンドのライナップは、ジェイソン・アルベルティーニを中心に、ローテーション制が敷かれ、ドーヴ・アンバー、ジム・ロス、スコット・プルーフがメンバーとして関わり、珍しい活動形態を行っている。 

 

ヘルヴェティアのこれまでの代表作としては、4トラックマシンで制作が行われた「Headless Mashine Of The Heart」(2008)、最初期のトラック集「Gladness」(2001−2006)、「Dromomania」(2015)「This Devastating Map」(2020)などが挙げられる。

 

 

 

「Dishes Are Never Done but Good Luck」 

 

Jason Cleto Albeltini 3/30 2022

 



CD1:


01 – Jangle
02 – Cool Snacks
03 – Under Rocks
04 – A Fuss
05 – Oh Hey
06 – Wasting Old
07 – Dish Master
08 – Zala
09 – Hiss
10 – Stoners
11 – Tables
12 – Heat, Rain and Shine
13 – Believe Again
14 – Go Dubs
15 – For Sam
16 – Close


CD2:


01 – On Tail
02 – Clean Hollow Bone
03 – Aleve
04 – Fright Night
05 – Some Hat
06 – Long in the Know What Prt. 2
07 – Up in a Tree
08 – Leach
09 – What Life Was
10 – Crickets
11 – One Percent
12 – Stay Here
13 – Under Scramble Lights
14 – Fantastic Unexplained Phenomena
15 – Find Me Tumble
16 – Vision
17 – Hasen
18 – And Then What
19 – Rain on Me Often
20 – Clean
21 – The End of the World

 

 

このあたりのシーンのバンドにはそれほど詳しくないので、あまり的確なレビューにはならないかもしれないと、あらかじめおことわりしておきたい。ワシントン州シアトルで結成されたヘルヴェティアは、Dusterの後のバンドとして始動し、現在は、ポートランドを拠点に活動している。これまでジェイソン・アルベルティーニを中心に、数年おきにコンスタントに制作発表を続けている。ダスターの新作「Together」とリリースが重なったのは因果関係があるのだろうか。

 

少なくとも、このアルバムは、メイントラックの間に、ジャムセッションを取り入れたデモトラックに近いラフなレコードであるため、実際ほどには長さや退屈さは感じない作品である。スロウコアサウンドの中核にある、まったりとしながら暗鬱で叙情性あふれる淡いサウンドを特徴とし、それを、アート・ロック、グランジ、マージー・ビートといった多角的なアプローチをこころみている。一見、ちょっと無愛想にも思える音楽性だが、よく目を凝らすと、その向こうに、ジェイソン・アルベルティーニのレコードフリークとしての矜持が垣間見えなくもない。

 

時代に逆行したサウンド・・・、アルベルティーニは、シンセ・ポップ/オルタナ・ポップのトレンドを尻目に、時代の底へ底へと潜り込んでいく。果しない地中を掘り進めるかのようなワイアードな試みだ。アルベルティーニが、二枚組の37曲収録の大きなヴォリュームを持つ最新作で見据えるのは、ペイブメント、いや、それよりさらに奥深い、USインディーロックの原点なのである。 


そこには、Meat Puppets,Red House Painters,Built To Spill,Garaxie 500・・・、名を挙げていくだけで目がくらんで来そうな、80-90年代の最もプリミティヴかつローファイなUSインディーサウンドへの原点回帰しようという意図も伺えなくもない。この時代のインディーロックバンドは、今なお奇妙な魅力を持っているが、まだまだ、このあたりの音楽には大きな可能性が潜んでいるように思える。過去に置き去られたインディーロックサウンドに呼応するかのように、アルベルティーニ擁するヘルヴェティアは、時代から遠ざかろうとしている。作品を発表するごとに、彼らは現代から徐々に遠ざかっていくのだ。37つのトラックは、4トラックのMTRレコーダーで録音を行ったかのようなザラザラとした質感を持っている。それは堆積した山肌から突き出た大岩のように無愛想な印象を放つが、またフリークにとっては奇妙な親しみと癒やしが感じられる。

 

今日のすべての音楽が商業的な製品として作られるわけではないし、また、そのために必ずしも存在するわけではないことを、彼らは、このプリミティブなサウンドによって見事に明示してみせている。実に、この2022年のデジタルサウンドの主流ーー精妙でハイエンドが奇妙に持ち上げられたモダンサウンドーーとはおよそかけ離れたものである。ヘルヴェティアは、ロウへ、ロウへ、ラフへ、ラフへ、荒削りで芸術性あふれるサウンドへ突き進んでいく。それは、ひょっとすると、多くのインディー・ロックバンドが2000年代にデジタル社会に適応していくうちに見失ってしまった”何か”なのだろうか。それが何なのかは指摘できかねるものの、少なくとも、このアルバムにはアナログ媒体の魅力がふんだんに詰め込まれていることは確かなのだ。



 Catapults

 

カタパルツは、ドイツ・オルデンブルグにて、2017年11月に結成されたポップパンク/エモコアバンドです。

 

オルデンブルグ出身の四人組は、結成後まもなく、二作のEPをレコーディングし、六ヶ月で20ものライブアクトをこなした。

 

彼らのライブアクトは感情的なエネルギーに満ち溢れ、観客に対してダンサンブルな渦を巻き起こす。DIYのベースメントショーから、野外音楽フェスティバルまで網羅的に出演経験がある。

 

カタパルツの疾走感満載のパンチの聴いた楽曲性に加えて、往年のカルフォルニア・オレンジカウンティのパンクバンドのように、キャッチーなメロディーとフレーズを擁し、Jimmy Eat Worldを彷彿とさせるような、からりとした質感を持つ爽快さのあるボーカルを特徴としている。これまでドイツ国内で、パンクにとどまらず、様々なジャンルのファンを数多く獲得している。2019年に、EP「Greyscale」、2021年には傑作アルバム「I'll Be Honest」を残している。エモコア/ポップパンク好きにとってはストライクのバンドとなるはず。



「Acoustic Adventures」Uncle M Music

 


 

Tracklisting


1.If You Don’t  Matter,Nothing DoesーAcoustic

2.Everything(I Wish I Cloud  Claim To Be)ーAcoustic

3.DrawersーAcoustic

4.Newfound HomeーAcoustic

5.Beach Front PropertyーAcoustic

 

 

正直、いまいち、アメリカ国内の現在のエモコアパンクシーンがどうなっているのか、Oso Oso以外は見極めきれていないが、カタパルツのドイツのパンクシーンを見るかぎりは、今後、ヨーロッパに魅力的なエモ、ポップパンクシーンが形成されていくような気配もなくはない。

 

特に、カタパルツが昨年にリリースしたデビュー・アルバム「I'll Be Honest」は、ポップパンク/エモコアの2020年代の傑作にあげておきたい。まさに、ニュー・ファンド・グローリー、ダッシュボード・コンフェッショナル、ジミー・イート・ワールドの全盛期のキャッチーで爽やかなパンクアンセムを、このオルデンブルグの四人組は2021年に見事に蘇らせている。

 

さらに、カタパルツは、3月にリリースされたEP「Acoustic Adventures」において、文字通りアコースティックの冒険を試みようとしている。


前作の「I'll Be Honest」のアンセムソングをアコースティック・バージョンを再録し、それに加えて、ドイツ国内のインディー・ロックバンドのカバーを一曲収録しているのに注目だ。「Acoustic Adventures」は、サイドリリースの一貫として制作が行われているので、オリジナル作品に比べると、「何かちょっと物足りない?」と思う可能性もなくはない。けれど安心していただきたい、オルデンブルグの四人組は自分たちのパンクロックスピリットを放棄したわけではない。このEPで「Acoustic Adventure」は、ニュー・ファウンド・グローリー、ダッシュボード・コンフェッショナルのデビュー作のアンセムソングを彷彿とさせる溌剌さ清涼感のあるアレンジがなされている。

 

新たにリテイクが行われたこれらの五曲のアコースティック・バージョンは、カタパルツのメロディーセンスの良さがオリジナル作より引き出され、ジャック・ジャクソンのようなサーフ音楽に近い開放感のある雰囲気に彩られている。もちろん、アコースティックバージョンだからといって、彼らの最大の武器であるパンチ力が失われたわけではない。持ち前のメロディーや構成力が盤石であることがより一層明らかとなったとも言える。


これらのアコースティックバージョンの楽曲は、表向きには、穏やかな雰囲気を醸し出しつつも、バンドの音楽性の骨格がしっかり組み込まれており、それが、聞きやすく、親しみやすい形で提示されている。ドイツのポップパンク/エモコアバンドとして、今後、国内にとどまらず、ワールドワイドな活躍が期待されるバンド。前作のスタジオアルバム「I'll Be Honest」と一緒に、パンクファンは要チェックの作品です!!


68/100



 

 Sundae May Club (サンデー・メイ・クラブ)


Sundae May Club(サンデー・メイ・クラブ)は、2019年、日本の長崎県の地元の学生であった浦小雪(Vo)、宮原隆樹(Gt)、成瀬光人(Dr)によって結成された三人組のウルトラ・スーパーポップ・バンドです。

 

シングル曲「シャングリラ」に代表されるように、J-POPの核心ともいうべき音楽性を次世代に引き継ぎ、若いバンドとは思えない卓越した演奏力、メロディーセンス、掴みやすい楽曲の特質を持つ。甘酸っぱい日本語歌詞、青春の色合いを感じさせる音楽性がこのバンドの最大の魅力です。

 

2021年には、EP「桃源郷の夜」を限定版としてリリースし、それほど宣伝が行われなかったにも関わらず、初回のプレスは全てソールドアウトとなる。

 

サンデー・メイ・クラブは、今年の3月に、遂に待望の1st miniアルバム「少女漫画」をリリース。

 

これまで、インディペンデント形態のバンド活動、ライブを行い、 良質で聴き応えのある楽曲の発表を行っている。今年、J-Waveのラジオ番組にも出演を果たし、メディア出演の機会も徐々に増加中のようです。現在の日本のミュージックシーンにおいて注目すべきインディー・ポップバンドのひとつ。

 



「少女漫画」 summer titles

 

 

 

Tracklist

 

1.少女漫画

2.世界地図征服

3.サイダー

4.シャングリラ

5.サニーハニー

6,18

7.水色

8.夜を延ばして 


 

 

「少女漫画」は、長崎出身のウルトラ・ポップバンド、サンデー・メイ・クラブの記念すべきファーストミニアルバムで、今年の3月9日に限定版としてリリースされました。

 

現在、バンドは、下北沢Basement Barでもライブを開催、今後は、東京でも知名度が上がっていくような気配も見受られます。既に、昨年公開されていた先行シングル「シャングリラ」に象徴されるように、このファースト・ミニアルバムは、ずばり、このバンドの青春、また卒業というテーマ、コンセプトが掲げられており、その年代にしか体験しえないような淡いセンチメンタリズムが表現されています。しかし、そのセンチメンタリズムは湿っぽくはならず、輝かしい青春の色彩によって彩られています。スリーピースという編成ならではのタイトな演奏力をサンデー・メイ・クラブは擁し、べース、ドラム、ボーカルの巧緻なアンサンブル、グルーブ感あふれるリズム、さらに、ヴォーカルの浦小雪さんの弾けるような力強い歌声によってこのミニアルバムの収録曲は強固に支えられ、力強い煌めきを放っています。それはまさにこの三人のアーティストの強い絆のようなものが、このファーストミニアルバムには込められているのです。

 

このアルバムには、若いバンドではありながら、ヴァリエーションを持った楽曲がバランス良く収録、平成時代のJ-POP 、シンセポップ、また、最終トラック「夜を延ばして」に代表されるように、ノスタルジア溢れる歌謡曲にたいするリスペクトを込めたと思われる楽曲も見受けられます。しかし、このミニアルバムのハイライトは、三人の音楽の趣味が見え隠れする楽曲と対象的な意味を持つ、人を選ばず共感を抱かせる掴みやすい楽曲にあり、と言えるでしょう。

 

特に、先行シングル兼ミュージックビデオとして公開された「シャングリラ」は、令和時代のJ-POPの新たなスタイルを象徴付けるトラック、また、「サイダー」も同じように、淡い青春の一コマを絶妙に音楽として見事にうるわしく描いてみせています。


さらに、このスリーピースバンドの最大の魅力を挙げるとするなら、何と言っても、三人の息の取れた演奏、三人が同じ方向をむき、音楽を心から楽しく奏でていることに尽きるでしょう。彼ら(彼女ら)の音楽は純粋な喜びに溢れており、それが、この長崎のバンドの音楽に多くのリスナーが共感を覚えるだろう理由です。デビュー作として欠かさざるべきものがすべてこのアルバムに込められています、溌剌さ、みずみずしさ、叙情性、演奏力、どれをとっても一級品。作品として、何か補足をつけくわえることはありません、ただ純粋に、もっともっとたくさんの人に聴いてほしい。「少女漫画」は、自信を持っておすすめしたい、文句なしの令和のJ-POPの大名盤です。



 

 

 

 

・Long Party Record

 https://longpartyrecords.com/product/39175/%E5%B0%91%E5%A5%B3%E6%BC%AB%E7%94%BB

 [.que]

 

 [.que]は徳島県出身のカキモト・ナオの音楽プロジェクト。幼少期からギターを学んだ後、2010年から [.que]として活動を開始する。フォークトロニカ界隈で注目を浴び、一聴して伝わるキャッチーで癒やしに富んだメロディーが最大の魅力、その美しい楽曲は世界中から賞賛を浴びている。

 

 近年では、インスト曲のみならず、作詞、作曲、編曲とプロデューサーとして多彩な領域で活躍を見せ、枠に捕らわれない幅広い音楽性を発揮している。これまでの活動において、オリジナル作品にとどまらず、CM音楽、空間演出のための音楽、また、他のアーティストへの楽曲提供やリミックスなど多岐にわたるジャンルのアーティストのコラボレーションをおこなっている。

 

ライブでは、音楽フェスティバルへの出演経験に加えて、海外アーティストとの共演、海外ツアーなども敢行している。音楽的なコンセプトとして、カキモト・ナオは、常に今、鳴らしたい音を鳴らし続ける。

 



「Spring」 EP Embrace

 


 

Tracklist

 

1.Prelude

2.New Day

3.Re:memories

4.Spring

5.Q

6.Moment

   

 

 

[.que]の最新作「Spring」は、現時点では、Spotify、Apple、Amazon Musicをはじめとするデジタル配信のみでリリースされています。

 

EPのアートワーク、それからタイトルに象徴されるように、春の到来の予感を感じさせるさわやかな作品で、作品全体がなんとも喜ばしい季節の到来を寿ぐかのようなやわらいだぬくもりに満ちています。全体的な作品としては、ピアノ曲としての印象が色濃い前半部、そして、フォークトロニカの印象が色濃い後半部に大別されます。カキモト・ナオさんは、この作品で日本らしい柔らかな叙情性をポスト・クラシカル、エレクトロニックという方向性で表現してみせています。

 

ぜひとも、長いながい厳しい寒さの冬が終わりを告げ、小さなヒヨドリや、地中で冬眠していたかわいらしい小動物がうららかな日差しの差す春真っ盛りの地上に、ゆっくりはいでてくる様子を思い浮かべてみていただきたい。さらに、その地上の世界には、さんさんたる太陽の光が降り注ぎ、華やいだ色とりどりの風物があふれる新たな希望に溢れる世界が彼らの眼前にはみちひろがっている。そして、そのことは多くの人達にとっても無関係ではないはず。この作品は、そういった冬から春にかけての季節の移ろい、過ごしやすくてぬくもりのある世を色彩感覚を交え、上記のようなポスト・クラシカルと電子音楽の領域における音楽表現を試みた作品といえるかもしれません。

 

[.que]の表現力は、頭一つ抜きん出ています。これまでのCM音楽をはじめとする劇伴音楽として培ってきた経験が、そういった春の風物に相対して、どのような音色を選び、どのようなシーケンスを導入し、どのような鍵盤楽器の旋律を奏でるのか、すっかり熟知しているように思えます。今回、カキモト・ナオさんは、映像に同期する音楽という枠組みを飛び越えて、現実世界に同期する印象的な六曲の楽曲を生み出しています。特に、最終トラックの「Moment」でのディレイエフェクトは、フォークトロニカの主要なサウンド・デザインの一つであるが、癒やしの雰囲気に加えて、このアーティストの表現する「喜びの感情」が、今にも音から溢れ出そうです。

 

「Spring」EPは現実風景をカンバスになぞらえた音楽という形式における絵画のスケッチとも言い換えられる。「春」という印象的な季節の到来を高らかに告げる、癒やしに満ち溢れた小作品集です。

 

 

Feeder

 

フィーダーは1994年に、イギリス・ニューポートで結成されたブリティッシュ・ロックバンド。現在のメンバーは、グラント・ニコラスとタカ・ヒロセ。中心メンバーの一人、タカ・ヒロセは岐阜県出身の日本人であり、バンドを始める以前、中日新聞のロンドン支局に記者として勤務していた。 


フィーダーは1990年代のグランジ/オルタナティヴの最盛期から活躍するバンドで、二十年以上の長いキャリアを誇るロックバンドである。

 

これまで11枚のスタジオ・アルバム、12枚のコンピレーション、4枚のEP,43枚ものシングル作をリリースしている。

 

1997年から2012年の間に、多くのヒット作をUKチャートの送り込んだ。商業的な成功のピーク時には、英国の伝統的なメタル雑誌「ケラング」から2度にわたって賞を受けている。(2001・2003)

 



「Torpedo」 Big Tech Music  2022  3/18




Tracklist

 

1.The Healing

2.Torpedo

3.When It All Breaks Down

4.Magpie

5.Hide and Seek

6.Decompress

7.Wall Of Silence

8.Slow Strings

9.Born To Love You

10.Submission

11.Desperate Hour

  


Listen/Stream

 

 

1990年代、アメリカではニルバーナの登場と並行して、(それ以前から活動していたのだが)数々のグランジバンドがオーバーグラウンドに台頭した。アリス・イン・チェインズ・サウンド・ガーデン、 そして、スマッシング・パンプキンズ・・・。ピクシーズの後に登場した渋みのあるバンドは、主要なメンバーを死によって失われるか、長い活動期間においてメンバーが脱退したことにより全く別のグランジとは別の音楽性に路線変更を強いられることになった。

 

今日の2020年代のミュージックシーンを見渡せば、既に、メタルとパンクの融合体として登場したグランジやポスト・グランジはほとんど絶滅寸前のように思える。しかしながら、そんな中、メタルとパンクの伝道師として息の長い活動を続けているのが、イギリスの名バンド、フィーダーである。彼らは、1990年代から2000年代に多くの名曲を残し、ヒット作をチャートに送り込んだものの、上に列挙したバンドほどには華々しく取り上げられてこなかったためなのか、コンスタントに作品を残し続け、メンバーを自殺により失ったとしても現在もしぶとく良曲を残しています。

 

フィーダーの新作「Torpedo」は、1990年代のサウンドガーデンのような渋さ、そして耳に残るような作品です。暗鬱なポップ性をサウンドガーデンを始めとするバンドは掲げてミュージックシーンに台頭したが、その奇妙なシアトルサウンドの暗鬱さというのが長いあいだ多くのリスナーにとっては不可解なものとして記憶に残り続けている。それはクリス・コーネルがこの世を去ったことによって、よりいっそうグランジファンにとっては理解しづらいものとなったように思えてなりません。彼らの提示した暗鬱でダウナーサウンドは一体何であったのか??

 

そのうやむやになった1990年代の渋みのあるグランジサウンドを、フィーダーは2022年の新作「Torpedo」で蘇らせています。このアルバムを再生するや、別世界が一面に打ち広がっている。ここには嵐が渦巻くはてしない砂漠の中をおぼろげに歩き回るようなワイルドさ、そして、デフ・レパードのような大衆ロック性、ブリットポップのリアルタイムの体験者としての証言のようなものが音によって表れ出ています。これらは、1990年代から2000年代にかえてのアーカイブのような印象を放っている。それを今回、あらためてリスナーは確認することになるはず。

 

得てして、「Torpedo」の楽曲は、いまだロックというものが終わったわけではないと雄弁に物語っている。シンセ・ポップやモダン・オルタナが席巻する現代の主要なミュージックシーンの中において、今作は奇異な印象を放ち、グランジサウンドを熟知するリスナーの琴線にふれるようなサウンドの質感を持つ。そして、安堵感や癒やし、晴れ渡った青空を仰ぐような爽快感をリスナーに与えてくれる。以前のような社会的な制約がなかった時代のおおらかなロックといえるかもしれません。


最新作「Trpedo」において、フィーダーは流行とは別の普遍的な音楽性を発見しようと努めているように思える。彼らは、長い音楽の見識を踏まえて、グランジ/オルタナティヴの領域を超え、ブリティッシュロック/メタルの王道に踏み入れている。これは、20年以上のベテランバンドにしか出し得ない渋みのある正真正銘の硬派なロック音楽。オルタナティヴ・ロック、ブリティッシュロック、これらの一見して相容れない二つの音楽性を見事に融合させた、どっしりとした安定感に満ちた痛快な作品です。

 


 Claims Casino


クラムス・カジノとして知られるマイケル・ヴォルペはニュージャージ州ナットリー出身のプロデューサー兼ソングライター。ヴォルペは、現在、コロムビアとソニーと契約を結んでいる。彼は、主にプロデューサーとして広い領域で活躍するだけではなく、ヒップホップのDJとしても活動。


これまで、ASAP Rocky,LiiB,Vince Staples,Joji,The Weeknd,Mac Miller,といったアーティストのトラックのエンジニアを担当し、さらにBigの作品のリミックスを手掛けている。ほかにも、KRIT,Wash Out,Lana Del Rayの楽曲のエンジニアを務めている。



Jazztronik(Ryota Nozaki)

 

Jazztronicは、野崎良太が率いる特定のメンバーを固定しない自由なミュージックプロジェクト、コレクティヴである。母親が音楽教師という環境下において、幼少期からピアノを習い始める。


これまで多くの作品をリリースし、国内のみならず、世界でライブやDJ活動を行っている。 クラシック、ジャズ、クラブ・ミュージックにとどまらず幅広い音楽性を掲げて、リスナーを魅了する。これまで、アーティストのプロデュースをはじめ、映画、ドラマ、CMの音楽制作も手掛けている。

 

 

 

 

「Winter Flower Reimagined」Claims Casino Prodauctions  2022





3月11日、クラムス・カジノの自主レーベルからリリースされた「Winter Flower Reimagined」は、彼自身の2021年のオリジナル作品「Winter Flower」のリミックス作品として制作された。

 

オリジナル作は、実験音楽とクラブミュージックの中間点に位置し、クラムス・カジノのキャラクターが色濃く出た作品だった。しかし、今回、新たにリリースされた作品は、リミックス作品とは言い難い独自性、独創性が現れ、アンビエント、クラシック、実験音楽、ニューエイジといったジャンルをクロスオーバーした作風である。これは、アメリカ人と日本人の気風というべきか、オリジナル性が見事に合致した作品と言えるかもしれない。この作品で、野崎良太はマイケル・ウォルペの作品をサンプリングし、琴や尺八といった日本独自の楽器を取り入れています。

 

この作品ではアンビエントの作風を基調としつつ、そこに両者の気質がうまい具合に現れている。グラムスカジノの方はDJとしての個性、野崎良太の実験音楽、電子音楽、そして現代音楽への傾倒がセンスよく合致し、創造性の高い楽曲が生み出されている。特に、野崎良太の今回の作品への参加は、欧米のリスナーから見ると、奇異な、そして、きわめて独特な雰囲気をもらすはずである。この作品には、琴、尺八といった、日本古来の楽器が積極的にサンプリングとして取り入れられ、これらの楽器の音響性が癒やしの質感を与え、ひたすら心地よい空間性を生み出しています。

 

表向きには、「ピアノ・アンビエント」に近い質感を持つ抽象性の高い作風といえ、また、ワープ・レコーズの所属アーティストのようなスタイリッシュさも持ち合わせた作品です。そこに、ジャズ、電子音楽、現代音楽、そのほか、民族音楽としての日本の古来の音楽が見事な融合を果たしています。そして、このリミックス作の最大の魅力と言えるのが、日本らしい感性であります。情緒、わびさび、奥行き、間、こういった日本特有の喜ばしい感性が如実にあらわれている。日本的なものとは何かが現代のミュージックシーンでは次第にわかりづらくなっている昨今、そのことを野崎良太は、十分理解をし、さらに、その得難い感性を究明し、日本人らしい感性を「現代的な感性」として提示し、聞き手に新たな発見をもたらそうとしているのが見事といえるでしょう。「Winter Flower Reimagined」は日本のリスナーにとっても、琴や尺八の素晴らしい、音の響きの再発見をさせてくれると同特に、欧米のリスナーにとっても、武満徹の「November Steps」のような不思議な安らぎ、新鮮な発見をもたらすであろう作品です。

 

83/100

 ・Parannoul 

 

Parannoulは、サウスコリア、ソウルを拠点に活動するソロシューゲイズ/ポストロックミュージシャン。今、韓国だけではなく、世界的にインディーシーンで注目を集めているアーティストだ。

 

詳細プロフィールは公表されておらず、謎に包まれたアーティストで、彼自身はParanoulというプロジェクトについて、「ベッドルームで作曲をしている学生に過ぎない」と説明している。

 

ひとつわかっているのは、Parannoulは、一人の学生であるということ、宅録のミュージシャンであるということ。そして、内省的ではあるが、外側に向けて強いエナジーの放つサウンドを特徴とするインディーロック界の期待の新星であるということ。想像を掻き立てられると言うか、様々な憶測を呼ぶソウルのアーティスト。 そして、デビューから二年という短いキャリアではあるものの、凄まじい才覚の煌めきを感じさせる。

 

パラノウルは、これまでの二年のキャリアで二作のアルバムをリリースしている。2020年に最初のアルバム形式の作品「Let's Walk on the path of a Blue Cat」を、WEB上の視聴サイトBandcampで発表している。

 

 

 

「White Celing/Black Dots Wandering Around」 EP Poclanos  2022

 

 


Tracklisting 

 

1.Escape

2.Someday

3.Soft Bruise

4.White Ceiling-demo

5.Growing Pain

6.Ending Credit


 

サウスコリアのパラノウルの新作EP「White Ceiling/Black Dots Wandering Around」は、2020年から2021年にかけてレコーディングが行われた作品で、昨年フルレングスアルバムとしてリリースされたデビュー作「To See The Next Part Of Dream」に収めきれなかった未発表曲を新たに収録しなおした作品である。音楽サイトのBandcampでは、今年の2月の下旬に配信が開始されていたが、他のSpotifyをはじめとするデジタル形式として3月8日に配信が始まった。

 

今回、新たにパラノウルが発表したEP作品は、デビュー作「To See The Next Part Of Dream」の小さな続編ともいうべきで、タイトルに忠実に述べるなら、「夢のつづき」という形容がふさわしいだろうと思う。今作においてもデビュー作と同様、「Bedroom Shoegaze」が全面展開されている。


一曲目に収録の「Escape」からして、ラフなリミックスが施されていて、ギターの音量にかなり気圧されてしまう。しかし、これはホームレコーディングならではの副産物と言える。また、そこに、日本語のサンプリングがイントロ、曲の中間部に挿入されるのは、ファーストアルバムと同様。何と言っても、ダイナソー・JrのJ・マスシスにも比する強烈な轟音ギター、ムーグシンセを交えたシューゲイザー、ドリーム・ポップサウンドが目くるめくように展開されていく。さらに、パラノウルは内省的なエナジーにより、楽曲の世界観を強固に形作る。そして、ファースト・アルバムにおいて、ホームレコーディングにおいて提示した概念、青春時代のジレンマ、淡いセンチメンタリズムは今作も健在で、デビュー作よりも力強い印象を放っている。

 

三曲目収録の「Soft Bruises」は、デビューアルバムよりもこのアーティストの純粋な感情の発露のごときものが見受けられる。そして、この要素が聞き手に一種の安らぎを与える。パラノウルは、自分の生きている時代、環境とは関係なく、想像力を発揮し、青春期の純粋な感情により彩って見せているのだ。

 

この未発表曲を集めたEP作には、デビュー作では敢えて見せなかった等身大のパラノウルの飾らない姿も垣間見える。そして、そのことが全くこのアーティストを見知らぬものでさえも、何らかの親近感を持たせる。近寄りがたくもあったパラノウルに少しだけ近づけたという気がするのである。

 

今回のEP作では、デビュー作よりラフで荒々しいこのベッドルームミュージシャンの本来の音の迫力を体感できる。パラノウルのサウンドに代表される性急さは過激な印象を与えるが、反面、それはライブサウンドのようなリアルな質感を持ってリスナーの耳に迫ってくるし、苛烈さの中にも奇妙な癒やしが存在する。

 

そして、さらに、パラノウルの音楽が、日本のリスナーにとって、ノスタルジアを感じさせるであろうのは、このアーティストが、平成時代のJ-POPの音楽に憧憬を持っているからに違いあるまい。また、そこに、このアーティストの小山田圭吾のコーネリアスに対する強い親和性が感じられる。このEP作品は、デビュー作よりも、このパラノウルというアーティストの本質を掴むことができるように思える。その点では、単なるレア・トラックスの寄せ集めではなく、純粋なパラノウルの新作の一つとして十分に楽しめるヴォリューム感が込められていると思う。

 

今作はまさに、日本の平成時代の空気感を表現した作品で、Number Girlやsupercarの最初期の作風にも近い「切ない」雰囲気を放っている。もちろん、サウスコリアのパラノウルが提示するのは単なるリバイバルサウンドにあらず、ローファイ、インディーロック、ドリーム・ポップという領域において、清新なサウンドの風味を生み出している。デビュー作「To See The Next Part Of Dream」に比べ、リミックス面での荒削りさが目立つものの、ローファイ感を好む人にとってはコレ以上の音楽は存在しない。未だ完全に洗練されていないことも返って今作の大きな魅力となるに違いない。これぞ、まさに、インディーロックの真髄ともいえるような音楽である。

 


・Featured Track 「Soft Bruises」


 

Michelle

 

生まれも育ちもニューヨーク、Michelleは、2018年、ソフィア・ダンジェロ、ジュリアン・カウフマン、チャリー・ギルゴア、レイラク、エマリー、ジェイミー・ロッカードで構成されるインディーコレクティヴである。

 

彼女たちは、主にPOCとクイアの主義を掲げるモダン・ミュージックグループ。また、彼女たちは、「Black Lives Matter」の運動に積極的に参加し、それについての意義を見出すという点では、現代の若者の気風を象徴する集団といえる。ミチェルの活動にはこれまでのミュージックグループとは異なるユニークな点が見いだされる。この6人組のグループとして分担制の役割が敷かれ、作曲を行うメンバー、実際に制作を行うグループと二つに分かれていることである。

 

Michelleは2018年に「Heatwave」をリリースし、デビューを飾った。華々しいデビューとはならなかったものの、多くの耳の早いリスナーの心を捉えることに成功した。彼女たちの音楽の特徴は、レイヤードボーカルの爽やかなハーモニー、そして、アナログシンセサイザーを用いた柔らかな雰囲気のポップス、活気に満ちたパーカッション、芯の太いダンスグルーブであり、その音すべてが快活で爽やかだ。ボーイズ・Ⅱ・メンから影響を色濃く受けたファンキーなR&B,寝室向きのスロージャム、ビートの強いアンセムソングまで、様々なジャンルの曲が飛び交う。




「After Diner We Talk Dreams」 Atlantic

 

 

 

https://amzn.to/3pPwfoo(Amazonで詳細を見る)

 

 

Tracklisting
 
 
1.Mess U Made
2.Expiration Date
3.Pose
4.Syncopate
5.No Signal(feat.Isa Reyes)
6.Talking To Myself
7.50/50
8.Looking Glass
9.End Of The World
10.Fire Escape
11.Hazards
12.Layla In The Rocket
13.Spaced Out,Phased Out
14. My Friends

 

 

この作品は、 Michelleのデビュー作「Heatwave」に続く二作目のスタジオ・アルバムで、僅か2週間でレコーディングされた。

 

ミッチェルは、R&B,1980年代のシンセ・ポップ、ジャズ、インディー・ポップ、様々なジャンルを自由自在に行き来している。実にこの作品はバンドでもなく、グループでもなく、コレクティヴという形態らしい自由で爽やかな楽曲が数多く生み出されている。

 

ミッチェルは、ROCやクイアといった概念を掲げるグループで、さらにはブラックライブズマターのような運動にも関心を持っている。しかし、ここで言及したいのは、この6人組のポピュラーグループとしての才覚についてである。彼女たちが繰り広げるのは口当たりの良い、どのような場所でも、人を選ばずに気軽に楽しめるR&B、ポップスとしてクオリティーの高い楽曲がこの作品において数多く生み出されている。

 

高校時代にコレクティヴとして集まり、まだ若い年代を中心に楽曲を行っているグループらしい自由さ、そして爽やかさ、また清々しさ、そういった聴いていると、心が明るんでくるような魅力的な楽曲が多い。このアルバムで表現されているのは、つまり、音楽を奏でることの楽しさ、喜び、そして、表現にたいする情熱である。それらの要素はリスナーにも直に伝わってきて、このアルバムを通しで聴いていると、なんだか、わけもなく、楽しい気分になってくるし、清々しい気分にもなってくる。いってみれば、上記のような表向きに掲げられるテーマや概念とは全然関係なく、これらの楽曲のダンスグルーブの秀逸さについては時間や場所を選ばない万人に通じるものが提示されている。言い換えれば、この6人組の睦まじい友情、付かず離れずの、さっぱりとした人間関係から生み出される心温まるポップスとも形容出来るかもしれない。

 

そして、もうひとつ、R&Bやベッドルームポップの風味とは別に、ミッチェルの二作目のアルバムにはニューヨーカーらしい都会的なジャズの雰囲気が漂っている。ジャズに対する浅からぬ傾倒はラストトラック「My Frineds」に顕著に現れている。口当たりの良いポップスが並ぶ中、このジャジーな楽曲のクライマックスは、聞き手に陶酔とした余韻をもたらし、このアルバムにタイトな印象を与える。今作のアートワークに象徴されるように、カラフルな雰囲気のあるR&Bを求める人には願ってもない良盤の誕生、という評価がピッタリ当てはまるかもしれない。




Apple Music Link

 

 Saloli

 

サロリは、オレゴン州ポートランドを拠点に活動するメアリー・サットンのソロプロジェクト。 


サロリは、アナログシンセサイザー、ピアノを演奏し、電子音楽、実験音楽やアンビエントといった幅広い音楽を生み出している。

 

サロリは、オーバーダビングやポストプロダクションといったレコーディングの技術を用いずに、アナログ・シンセサイザーを使用した自然な音色の楽曲を書き、またライブでもシンセサイザーの演奏をするのが特徴である。

 

その音楽は、とくに、アナログシンセサイザーを使用していながら、どことなく温かみに溢れており、さらに人間味を感じさせる。

 

これまでに、サロリは、アメリカ、シカゴのクランキー・レコードから、2018年に「The Deep End」をリリースしている。デビュー作は、アナログシンセを用いた実験音楽。日本の環境音楽の先駆者のひとり、吉村弘に近い癒やしの質感をもった作風でデビューしている。


 

 

 

 

「The Island :Music For The Piano part .1」Mary Elizabeth Sutton

 

 



1.Bells

2.Mirror

3.The Island

4.Shadow

5.Promenade

6.A Good Rainy Day

7.Mediation

8.Winter



bandcamp


https://saloli.bandcamp.com/album/the-island-music-for-piano-vol-i


クランキーレコードからのデビュー作となった2018年の「The Deep End」で、サロリは、アナログシンセを用いた環境音楽や電子音楽の領域にある作風を提示しています。彼女はこの一作目について、サティとサウナにインスピレーションを受けたと述べています。

 

今回、自主制作盤としてリリースされた二作目の「The Island Piano:Music For The Piano part .1」でサロリは、シンセサイザーではなくピアノを用いた印象派に近い楽曲に挑んでいます。

 

アルバムに収録されている作品は、一作目とは打ってかわって、ポスト・クラシカルの王道をいくような楽曲がずらりと並んでいます。サロリの演奏は、一貫して瞑想的であり、静けさに満ちています。そして、そこに、小瀬村晶やGoldmundを彷彿とさせるような抒情性な内向性が加味されています。さらに、近代フランスのサロン音楽に対する憧憬も伺えます。表向きには、技巧的な演奏から距離を取っているものの、時折、ドビュッシーのような低音の組み立て方をするので侮れないものがあります。楽曲の中に、主旋律に対比してセンスよく組み入れられる低音が楽曲の節々にドラマティックかつダイナミックな効果をもたらしています。

 

ピアノの演奏自体はミニマルフレーズが多く、繰り返しが多いですが、その中にも旋律自体の運行がこのアーティストらしいダイナミックス、そして意図的に崩された色彩感のある和音構造が、リラクゼーション効果を発揮し、それらの反復性が嫌にならないどころか、聴いていて心地良さを与えてくれます。

 

「The Island Piano:Music For The Piano part .1」は、コンセプト・アルバムのような意図を持って作られた作品かと思われますが、楽曲のわかりやすさに加えて、サティやドビュッシーといったフランスの近代の印象派に近い性格をもったピアノ曲が数多く収録。全体的な作品として聞きやすく、クラシックにそれほど詳しくない方でも充分楽しんでいただけだろうと思います。喧騒や刺激といった性質から距離をおいた、聞き手に何かを深く考え込ませるような音楽です。


Apple Music Link


 

 

Loscil

 

ロスシルは、カナダ・バンクーバーを拠点に活動するスコット・モルガンのエレクトロリック/アンビエントのソロプロジェクト。

 

モーガンは1998年にバンクーバーでこのプロジェクトを立ち上げ、ブランディングライトと呼ばれるアンダーグランドシネマで視聴覚イベントを開催している。ロスシルと言う名は、「ループオシレーター」を指す関数(loscil)に由来する。

 

既にアンビエントアーティストとしては確固たる地位を獲得している。これまでオリジナル制作の他にも、坂本龍一、ムスコフ/ヴァネッサ・ワグナー、サラ・ノイフェルド、bvdub、レイチェル・グリムス、ケリー・ワイスといった幅広いジャンルのアーティストの作品に参加している。

 

 

 

「The Sails,Pt.1 」 Scott Morgan


 

 

Tracklisting

 

1.Upstream

2.Fiction

3.Twenty-One

4.Wells

5.Still

6.Trap

7.Cobalt

8.Container

9.Wolf Wind

 


・「The Sails, Pt.1」

 

 

スコット・モルガンは、自身の音楽性について、「ループの要素は、私の楽曲制作の重要な部分です。電子的に作曲を行う際、ループの要素を元に素材を追加したり、フィルタリング、編集を行なって余計な音を削り、耳に心地よい音へと到達できるように努めています」と語っています。

 

つまり、モルガンは、ミニマル派の技法を電子音楽という側面から解釈し音楽を提示してきているわけです。彼はこれまで、上記のような短いフレーズをループさせ、シンセサイザーのオシレーター処理を行うことにより、アンビエントとも電子音楽ともつかない穏やかで心地よいサウンドを生み出してきています。


しかし、今回リリースされた「The Sails,Pt.1」については、以前までの作風を受け継ぎながら、そこに独特なエレクロの要素が含まれており、ロスシルの既存の作風を知るリスナーに意外な印象もたらす作品です。

 

これまでの抽象的、いわゆるアブストラクトな音作りは、今作において反対に具象性を増しており、旋律の流れ、あるいは、リズム性という面で、旧来のアルバムに比べると、いくらかつかみやすい印象を受ける作品です。これまで、ロスシルの音楽が抽象的で理解しづらかった方にとっては、「The Sails,Pt.1」は最適なアルバムといえるかもしれません。しかし、だからといって、このアーティストらしい思索性が失われたというのではありません。この作品で繰り広げられるのは、絵画的な音の世界、奥行きのある音響空間であり、叙情的なアンビエンスが取り入れられていることに変わりはありません。

 

もちろん、表向きには、これまでと同じようにアンビエントの王道を行く音作りも行われていますが、今作におけるモルガンの音楽性には、今回、新たに、シュトックハウゼンのクラスターの要素を取り入れているのが革新的です。スコット・モルガンは「The Sails, pt.1」において、アンビエントとハウス、テクノのクロスオーバーに挑み、これまでのリズム性の希薄な作風と異なり、リズム、フレーズの旋律、ループ、これらの要素を立体的に組みわせて、エレクトロ、ハウス、テクノ、こういったダンスミュージックの核心に迫ろうとしています。

 

実際的な音楽というより、強固な概念にも似た何かがこの音楽には込められており、それは何か力強い光を放っている。これはスコット・モルガンの以前までの作品にあまり見受けられなかったなかった要素です。もちろん、そこまた、ロスシルらしい清涼感、叙情性、壮大な自然を思わせるような麗しさも多分に込められています。今作「The Sails」シリーズは「Pt.2」が今後制作される予定です。これからの続編の到着も、アンビエント、エレクトロファンとしては、心待ちにしていきたいところでしょう。



Superchunk

  

スーパー・チャンクは、1989年にノースキャロライナ州の小さなカレッジタウン、チェペルヒルで結成された伝説的なアメリカのインディー・ロックバンド。

 

オリジナルメンバーは、Mac McCaughan(ボーカル)、Laura Ballance(ベース)、Chuck Garrison(ドラム)、Jack Macook(ギター)の四人。

 

バンド名の「Superchunk」は、ドラマーのChunk Garrisonの名に因む。その後、チャック・ガリソンとジャック・マコックがバンドから脱退、代わりに、Jim Wilbur(ギター)とJon Wurster(ドラム)が加入し、現在の主要な編成となる。

 

パンクロックの影響を色濃く受けたローファイサウンドが魅力。Throwing MusesやYo La Tengoに比する雰囲気を持つが、スーパー・チャンクの方がよりパンクサウンドとの親和性が高い。The Pixies、Breedersと共に、1990年代のUSインディー・ロックシーンを定義づける存在で、ヴォーカリストのマック・マコーンの主宰するマージ・レコードから多くのリリースを行っている。

 

1990年代にアメリカ・シアトルからグランジムーブメントが最盛期を迎えた時代、メジャーレコードからの契約の話もあったが、彼らはメジャーとの契約を拒絶した。その後、頑なにインディーズレーベルからの作品リリースを続け、グランジムーブメントが終焉に向かい、凋落していくメジャーバンドを尻目に、DIYな活動形態を一貫して続けるかたわら、「Here's Where the Strings Come In」1995、「Cup Of Sound」2003といった傑作を残し、着実にインディーロックファンの人気を獲得し続けた。


2013年には、ベースのローラ・バランスが今後バンドのライブに参加しないと声明を発表した。彼女は聴覚喪失にも似た症状に苦しんでおり、これ以上のライブ活動は難しいとの判断からこの決断が行われた。

 

しかし、バンドとしての活動は2022年現在も続けている。新たにリリースされた「Wild Loneliness」は、バンドの30周年を記念してリリースされた作品。いまだ変わらない1990年代のインディーロック、DIY精神の本質を次世代に引き継いでいる素晴らしいロックバンドである。

 

 

 

「Wild Loneliness」 Merge

 

 

 

 

 

Tracklist

 

1.City Of Dead

2.Endless Summer

3.On The Floor

4.Highly Suspect

5.Set It Aside

6.This Night

7.Wild Loneliness

8.Refracting

9.Connecting

10. If You're Not Dark

 

 

変な喩え話になってしまうが、バンド活動を長く続けていく上で一番難しいのは、精神的根幹ともいうべき何かを絶えず持ち続けられるかどうかということである。それは、バンド関係における人間関係であるとか、時代背景、また、人生上の様々な環境が、その根幹ともいうべき音楽性というのを持ちつづけることが難しいからに他ならない。

 

もっとわかりやすく言えば、結成当初から一貫した音楽性を、何十年にもわたって作品として提示しつづけることは至難の技と言える。それは、音楽の流行り廃れだとか、また、自分たちへの音楽における確固たるアイデンティティといったものなしには、同じスタイルの音楽を続けることは困難と言える。そういった例、何十年にもわたって良い意味で音楽性が変わらないという例は、知るかぎりでは、AC/DC、そして、このスーパーチャンクぐらいしか見当たらない。

 

そういった意味で、1990年代からカレッジタウン、チャペルヒルの音楽シーンを象徴づけてきたスーパーチャンクの30周年を記念してリリースされた「Wild Loneliness」はほとんど奇跡的な作品である。

 

1990年代からアメリカの音楽シーンは年ごとに絶え間ない変化を続け、ロック音楽がヒップホップに取って代わられ、この音楽自体が2000年代に入って時代遅れになっても、インディーロックを奏で続けた。2010年代、2020年代に入っても、スーパーチャンクがやることに変わりはない。それは、自分たちの音楽を深く理解し、また信じ切っているからでもあるのだろう。


今作「Wild Loneliness」は、ノースキャロライナ州がロックダウン期間に入った時代にレコーディングが行われた。

 

そして、スーパーチャンクのフロントマンのマック・マコーンは、作品コメントでも述べている通り、そういった暗い時代をなんとか明るくしたいという思いを込めてソングライティングを行っている。


彼は、パンデミックのロックダウンが訪れても、西洋がウクライナ戦争の混乱にさらされても、どのような暗澹とした時代、不穏な時代にも、1990年代から、不変のコンセプトを保ち続ける。明るく、爽やかで、ほがらかな気持ちを失わず、その思いを歌にこめつづける。そのコンセプトは、この2022年も同じで変わることがないのだ。

 

最新作において、スーパーチャンクは、過去に留まることなく、未来に進み続ける。既存のインディー・ロック、インディー・ポップ、コンテンポラリー・フォーク、さらに、ローファイの質感を交えた親しみやすさのある音楽性に加え、ストリングス、ホーンアレンジなどを積極的に取り入れ、現代のロックバンドとしてのチャレンジ性を失うことはない。


もちろん、往年のファンの期待に沿うような素敵な楽曲も数多く収録されている。「Endless Summer」「The Night」「High Suspect」といった、スーパーチャンクの全盛期を彷彿とさせる可愛らさのあるインディー・ロックの珠玉の名曲群は、多くの人を励まし、勇気づけてくれるにちがいない。

 

ロックバンドとしての精神的な根幹。何のために音楽を作るのか。また、何のために歌を歌うのか。これらのことを、スーパー・チャンクは、豊富な経験により熟知しているように思える。そう、他でもない、マック・マコーンという人物は、1990年代初頭から、三十年にもわたって、世の中を明るくしていきたい。ただ、それだけのために、誰よりも真摯にインディーロックを演奏し続けてきた素晴らしい人物なのである。



・Featured Track  「The Night」

 


 

 

 

 

・Apple Music Link

 

 




 LITE

 


2003年に結成された日本のポストロック/インストゥルメンタルロック・バンド。 

 

natumen、3nd、Toeと共に2000年代から最初期のポストロックシーンを牽引し、日本のポストロックの独自のスタイルを形作った最重要のロックバンドである。アメリカのドン・キャバレロにも比する、アクロバティックなめくるめく曲展開がバンドサウンドとしての特徴。移調や変拍子を交えたバンドアンサンブルは超絶技巧の領域に達する。現在まで六枚のスタジオ・アルバムをリリースしている。

 

2006年のデビュー当時から、独自のプログレッシブで鋭角的なリフやリズムから成るエモーショナルでスリリングな特徴をもつ楽曲は、たちまち国内外で話題を呼び、最初期の「LITE」「Fimlet」はヨーロッパでも発売され、その後、アイルランドツアーを敢行している。

 

2010年に、LITEは、シカゴのミュージックシーンの最重要人物、Tortoiseのジョン・マッケンタイアをエンジニアに迎えて、シカゴのSoma Electric Music Sudioでレコーディングを行ない、「llluminate」をリリースした。その後、アメリカのインディーレーベル「Topshelf」と契約を交わし、USツアー、アジアツアーを精力的にこなしながら、国内の音楽祭、フジ・ロック・フェスティヴァル、サマー・ソニック、ライジング・サン、といった著名なイベントへの出演を重ねていき、ポストロックバンドとしての不動の地位を確立していった。

 

2019年には、Toeの美濃隆章、JawboxやBurning Airlinesの活動で知られるJ.Robbinsをレコーディング・エンジニアに迎え、六作目の「Multiple」を発表している。また、LITEは劇伴音楽も手掛けており、大泉洋主演「騙し絵の牙」「Bright:Samurai Soul」といった映像作品のサントラを担当している。

 

LITEは、これまでの作品の多くを”I Want The Moon"をはじめとするインディーレーベルからリリースしている。日本国内ではメジャーレーベルのアーティストに近い人気を誇るバンドであるものの、2006年のデビュー当時からLITEのストイックかつDIYな活動形態は依然として変わることがない。

 

 

 

 

「Fraction」 I want the moon

 

 

 

 

 

 

Tracklisting

 

1.Infinite Mirror The Vinny Club 8-bit

2.Pirates And Parakees Dark Dark Horse Remix

3.Image Games De De Mouse 4+1Remix

4.100 Million Rainbows Kozo Kusumoto Remix

5.Pirates And Parakees The Department Remix

6.Shinkai feat.Robin Aoki

7.Infinite  Mirror feat. TomotakaTuji

8.D feat.Tomotaka Tuji

9.Film

10.Clock Work Junlzawa Remix





今年2月23日にリリースされた「Fraction」は、LITEの既存発表曲やアウトテイクを、リミックス、コラボレーション作品として配信を通し発表していくという独特なスタイルが取られ完成へと導かれた作品である。 


最近のインディーロックバンドの一つの流行として、例えば、スコットランドのモグワイのリリースを見ても分かる通り、自作品のリミックス作品をリリースするというスタイルがトレンドになっているのが見受けられる。


しかし、正直なところ、リミックス作品自体を成功させるのはかなり至難の業のように思える。それはなぜかといえば多くのゲストやコラボレーターを招聘しすぎたせいで、船頭多くして船山に登るという結果にもなりかねない。つまり、ダンスミュージック専門のアーティストならいざしらず、ロックバンドのリミックス作品というのは、音楽性自体のニュアンスが変わってしまうため、もし、そのリミックス作の出来栄えが良くなかった場合、バンドのオリジナルの楽曲の印象を悪くしてしまう場合がある。

 

もちろん、その点で、LITEは、モグワイと同様、経験豊富なバンドだからその心配は一切感じられない。国内外のフェスティバルで豊富な演奏経験があり、演奏技術にもどっしりとした安定感があり、バンド、アーティストとして蓄積された経験があるため、リミックス作品を手掛けたからといって音楽性がぶれたりすることはない。それまでのLITEのイメージが変わったり、後の音楽性が変わることは有り得ないのだ。

 

今作「Fraction」は、前半部では、ロックバンドとしての遊び心が随所に感じられる作風となっている。それは、DE DE MOUSEをゲストとして招いたことにはっきり顕れている。これまでの技巧的なインストゥルメンタル・ロックバンドとしてのキャラクターに加え、時代を明るくさせるような遊び心を音や演奏として表現した聴き応え十分のリミックス作となっている。「Fraction」は複数のリミックステイクが豊富で奥行きのあるバリエーションを持って展開され、ゲーム音楽の影響を感じさせるチップチューン、モダンなUKエレクトロの質感を持ったクールな楽曲が新たに生み出されている。これは、LITEのこれまでとは違ったアプローチを図った実験作品といえる。

 

また、今作は、もちろん、リミックス作としてだけにとどまらず、後半部においてインスト・ロックバンド、ポスト・ロックバンドとしてのLITEの醍醐味もたっぷり堪能できる内容となっている。


Tomotaka Tujiをゲストとして迎えて制作された「Shinkai」もバンドアンサンブルとしての迫力は健在で、息のとれたスリリングな演奏が堪能出来るはず。加えて、エイフェックス・ツインの名曲「Film」のカバーも聴き所といえる。原曲に忠実な解釈を交え、LITE節とも譬えるべき抒情性あふれる魅力的なインストロックに仕上げられているのが見事だ。


さらに、チップチューンとポストロックを絶妙に融合した「Cloclwork」は、LITEがバンドアンサンブルとして新境地を切り開いた瞬間といえる。ここに、ポストロックバンドとしての新しい可能性が示されている点がこのリミックス作自体の魅力をただならぬものにしている。このリミックス作品を聴くかぎりでは、モグワイのような堂々たる風格が漂う。きっとこれから後も、LITEは、日本のポスト・ロックシーンの最前線を力強く駆け抜けくれるに違いない!!

 

 

 

・Featured Track

 

「Infinite Mirror」feat.Tuji Tomotaka

 

 

 

 

 

  ・Apple Music Link

 

 

Metoronomy


メトロノミーは、イギリスのロンドンで1999年にジョセフ・マウントによって結成されたエレクトロニックバンド。


元々は、ジョセフ・マウントがドラムを演奏していたバンドのサイドプロジェクトとして始まった。メンバーのライナップは、ジョセフ・マウント、オスカー・キャッシュ、アンナ・プリオール、ベンガ・アデレカン、マイケル・ラベットで構成されている。

 

ジョセフ・マウントは父親から渡された古いコンピューターを使い、ホームレコーディングとしてエレクトロニックをはじめた。彼は、古めかしいレトロな音色を面白く思い、たとえば、ジャーマンテクノのようなシンセサイザーの古いプリセットを用いた音楽性は、現在もバンドの重要な魅力となっている。


ジョセフ・マウントは、オウテカや、ファンクストロングといったアーティーストの音楽性に強い影響を受けている。その後、フロントマンのマウントは、ロンドンからブライトンに拠点を移し、ガブリエルとオスカーの両者をバックバンドのメンバーとして採用。

 

メトロノミーのデビュー作は2006年にリリースされた「Pip Paine」となる。ジョセフ・マウントはバンドの活動と並行して、リミックスを行ない、プロデューサーとしての知名度を獲得していく。

 

ジョセフ・マウントは、バンドの活動よりも、しばしば、ゴールドフラップのリミックス作品に参加するなどクラブ・ミュージックよりの活動スタイルを行っていた。 しかし、彼のリミックス作品は、長い間、その実力に比べると不当に低い評価を受けて来たように思える。U2の「City Of Bliding Lights」は、リミックス作業が行われていたにも関わらず、レコード・レーベル側にリリースを拒絶された経緯があった。

 

二作目となるアルバム「Nights Out」は2008年リリースされ、Kris Menaceによりリミックスがなされ、「Radio Ladio」、「A Thing For Me」といった良曲が収録されている。また三作目「English Riviera」では、軽快でテクノポップ感を打ち出した秀作で、時代性と距離をおいた独自のレトロな音楽性を追求している。メトロノミーはコンスタントに作品のリリースを行ない、2020年には、バンドの代表作のひとつ「Metronomy Forever」を発表している。

 

結成以来、メトロノミーは、ジャスティス、ブロック・パーティ、CSS、 ケイト・ナッシュといったビックアーティストのツアーステージにおいて、数々のサポート・アクトを務めている。

 

メトロノミーは音楽性だけではなく、バンドキャラクターの視覚性にも力を注いでいる。ライブギグにシンプルなダンスルーティンとライトショーを取り入れ、メンバーは胸にプッシュボタンライトを装着、ライブパフォーマンス中にそれを切り替えるといったユニークなライブアクトを行っている。






「Small World」 Because Music


 

 

Tracklisting

 

1.Life and Death

2.Things will be Fine

3.It's goos be back

4.Loneliness on the run

5.Love Factory

6.I lost my mind

7.Right on me

8.Hold me tonight

9.I have seen enough



UKのエレクトロニックバンドの六作目「Small World」は、メトロノミーのバンドとしての円熟期が到来したことを象徴するような作品です。


これまでのテクノ・ポップ、エレクトロポップの要素に加え、何か心の奥深くからにじみ出るような叙情性が滲んだようなアルバムです。


それは、表向きの華やかさのあるこのバンドの主な性格に加え、何か噛みしめるようにメロディーやリズムを刻むバンドのレコーディング風景が実際の音楽からは想像されるかのようです。

 

この作品には、バンドサウンドの骨格を支えるジョセフマウントの音楽フリークとしての姿が伺え、ときに、うるわしく、はなやかで、澄んだような雰囲気をもってふんわりとバンドサウンドが展開されていきます。それはアルバム・ジャケットに描かれている安らいだ印象のある絵画のような雰囲気を思い起こさせます。また二十年以上のキャリアを持つバンドとしての音楽に対する矜持のようなもの、それがノリの良いリズム、グルーヴといった形に現れているのです。


このアルバムは、テクノ、ポップ、さらにオルタナティヴ・ロック、コンテンポラリー・フォークと様々な要素が込められ、ジョセフ・マウントが若い時代から親しんできたであろう音楽性が絶妙な形で展開されていきます。

 

それは、時に、ベル・アンド・セバスチャンのような優しげな穏やかな雰囲気を持っていたかと思えば、デビッド・ボウイやT-Rexの全盛期のような華やかさもあったりと、メトロノミーの五人にしか紡ぎ得ない独特な雰囲気を持った「小さな世界」が生み出されていく。それほど音楽性には派手さはないものの、実に、多彩な音楽が淡い叙情性を交えてゆったりと展開されていきます。

 

「Life And Death」、「Things will be fine」、「Love factory」といった今回の六作目のアルバムのハイライトをなす楽曲で、メトロノミーは、これまでのキャリアにおいて培ってきた音楽性の土台の延長線上にある、癒やしや穏やかさといった近年メインストリームの音楽が忘れがちな要素を、巧みにエレクトロポップ、インディーロックといった要素を交え、良曲として昇華しています。それは意図して狙っているというよりかは、二十年の月日を経て、さながら植物がゆっくりとゆっくりと育まれていく過程のように、自然とそうなったようにも思えるのです。これが、このアルバム全体の印象を、渋さがある一方、親しみ溢れるものにしています。余計な力が抜けており、それが多くの音楽ファンにとって近寄りやすい印象を与えることでしょう。

 

「Small World」は、旧来のテクノ、エレクトロ・ポップ、特に1970年代あたりの電子音楽やダンスミュージックを踏まえた上、親しみやすいポップスとしてアウトプットされています。聴けば聴くほど旨味が出てくるような渋さがあり、アルバムジャケットのような華やいだ色彩を感じさせる。

 

現代の流行の音楽とは、一定の距離を置き、時代に流されず、バンドとして徹底的に好きな音楽を追求した結果、生み出された良盤。もちろん、最新鋭の音楽が常に最もすぐれているわけではないこと、現代の音楽、過去の音楽には、それぞれ異なる良さが見いだされることを、メトロノミーのフロントマン、ジョセフ・マウントは、おそらくだれよりも深く深く熟知しているのです。



 

 

  

・Apple Music Link

 

 

*しばらくの間、アルバムレビューでのスコア、評点制度は休止致します。何卒ご了承下さい。


 

Yusuf/Cat Stevens

 

キャット・スティーヴンスはイギリスのミュージシャンである、現在はユスフ・イスラムを名乗っている。

 

キャット・スティーヴンスは1960年後半以来、世界中で6000万枚以上のアルバムセールスを誇る。アルバム「父と子」「ティーザーアンドファイヤーキャット」はアメリカ合衆国内だけでぞれぞれ300万枚以上のセールスを記録し、全米レコード協会によてトリプルプラチナムの認定を受けている。


続く、「キャッチ・ブル・アット・フォー」はアメリカ国内だけで、発売後の2週間で50万枚を売り上げ、ビルボードのアルバムチャートのトップの座を3週間に渡って守り続けた。楽曲「ザ・ファースト・カット・イズ・ザ・ディーベスト」がロッド・スチュワートをはじめ四人のアーティストのカバー楽曲がそれぞれ大ヒットしたことにより、彼の作品は2つのASCAPソングライティングアワードの表彰を受けた。

 

フォークアーティストとして栄光の頂点にあった1977年に、キャット・スティーヴンスはムスリムに改宗する。その翌年にはみずからの名をユスフ・イスラムに改めた。この時代からキャット・スティーヴンスは、ムスリム共同体の教育問題、慈善活動に身を捧げるために音楽業界から距離をとるようになった。しかし、2006年になって突如、ポピュラー・ミュージックシーンに電撃復帰し、「アン・アザー・カップ」と題されたアルバムをリリースしている。

 

これまで、キャット・スティーヴンスは慈善活動家としての功績が讃えられ、2004年には「マン・フォー・ピース・アワード」 、2007年にはメディタレニアン・プライズ・フォー・ピース」など世界平和を訴える活動により、これまでいくつかの賞を受賞している。

 

 




「Harold And Maude」 Island Records





Harold and Maude -Hq- [12 inch Analog]

 

 

Scoring

 

 

 

Tracklisting

 

1.Don't Be Shy

2.Dialogue 1(I Go To Funerals)

3.On The Road To Find Out-Remasterd 2020

4.I Wish,I Wish-Remasterd 2020

5.Tchaikovsky's Concerto No.1 in B

6.Dialogue 2(How Many Suicides)

7.Marching Band/Dialogue 3(Harold Meet Maude)

8.Miles From Nowhere-Remasterd 2020

9.Tea For The Tillerman-Remasterd 2020

10.I Think I See The Light-Remasterd 2020

11.Dialogue 4(Sunflower)

12.Where Do The Children Play?-Edit

13.If You Want Sing Out,Sing Out-Ruth Gordon & Bud Cort Vocal Version

14.Strauss' Blue Danube

15.Dialogue 5(Somersaults)

16.If You Sing Out,Sing Out

17.Dialogue 6(Harold Loves Maude)

18.Trouble-Remasterd 2020

19.If You Sing Out,Sing Out-Ending

 

 

 

「ハロルドとモード 少年は虹を渡る」は、ヘヴィーな映画マニアの方なら御存知の作品だろうと思われる。今から五十年前に公開されたカルト的な人気を誇るブラックコメディー映画で、コリン・ビギンズの原作を映画化したものである。

 

この作品「Harold And Maude」の大まかなストーリーは、自殺願望を持つ19歳の少年が他人の葬式に出ることを趣味とするようになったが、そこで、モードなる老年の破天荒な婦人と出会い、将来に明るい希望を見出すという筋書きである。


このモードという老婦人は、他人のクルマを盗んで乗り回したり、大きな木を勝手に伐採し、それを他の森に植え付けたりと破天荒な性質を持っている。その破天荒さに惹かれたハロルドは、この老婦人との関わりを通して、人生というものの醍醐味を学んでいく。正直、この作品だけでなく、スティーヴンスという音楽家について、私は長らく知らなかったわけで、もしかすると、本筋にそぐわない部分もあるかもしれないとあらかじめお断りしておきたい。


そもそもこの作品のサウンドトラックが2007年までリリースされなかったことについては、映画配給会社、レコード会社の意向に添ったものではなく、このサウンドトラックを担当したフォークシンガー、キャット・スティーヴンスの意向によるものだった。彼はまだこの映画音楽を担当した1970年代、自分がまだ駆け出しのミュージシャンであることを自覚していたため、このサウンドトラックがグレイテスト・ヒッツ、ベスト・アルバムとみなされるのを避けるため、かなりの間、このサウンドトラックをお蔵入りさせ、2007年まで音源としてリリースすることを躊躇していたという。

 

2000年代までのキャット・スティーヴンスの人生には様々な出来事があったと思われる。それは、ムスリムへの改宗、そして、慈善活動への転向。しかし、2006年に再び音楽業界に戻ってきたことが、2007年になって、この幻のサウンドトラック作品の公開へ踏み切らせたという経緯もあったかもしれない。それはともかくとして、この作品を聴いて、なんとなく感じるのは、懐かしい映画音楽への淡い慕情にくわえ、ユスフ・イスラムの音楽の才覚の鋭さなのである。

 

このサウンドトラックは、映画音楽として、非の打ち所の無い音源のように思える。音楽、あるいは、ダイアログ、劇中曲という3つの側面を通して映画音楽が物語を形作っている。これは書いてみると、結構、単純な要素と思えるかも知れないが、この約束事が守れている作品というのは意外にも少ないのである。

 

今回、およそ十五年ぶりに再編集された「Harold And Maude」の映画サウンドトラックは、キャット・スティーヴンスの手掛けた楽曲「If You Want Sing Out」を中心に構成されている。他にも、「Don’t  Be Shy」「Tea For The Tillerman」をはじめ、キャット・スティーヴンスの爽やかなフォークの名曲群が収録されているが、これは、ジョージ・ハリスンの全盛期の領域に近い神々しい光を放っているようにも思える。さらに、曲間に挿入される映画のダイアログも鳥肌が立ちそうな雰囲気が漂い、古い映画しか醸し出すことができない、独特な陶然としたアトモスフェールに満ちている。(これは映画ファンであれば、うなずいてもらえるだろうと思われる)

 

さらに、チャイコフスキーのピアノ協奏曲、あるいは、ヨハン・ストラウスの「スケーターズ・ワルツ」といった劇中曲として挿入される楽曲が、この映画音楽の年代感、ヴィンテージ感を引き立てている。

 

そして、本作の最大の魅力はなんといっても、アカデミー助演女優賞を二度受賞している、今は亡き女優ルース・ゴードンの生の歌声が記録されていること。もちろん、ルース・ゴードンの歌はお世辞にも上手いといえない。しかし、それさえも”演じている”のだとしたら・・・。そして、彼女の歌声はなぜかしれないが、私達に大きな勇気を与えてくれる。本来、私達の人生は、無限の希望と冒険に満ちあふれているという事を、名女優の歌声は教え諭してくれるのである。

 

この音源「Harold And Maurd」が、今回、新たにリリースされたことについては、アメリカのフォークファンだけでなく、映画マニアの表情をニヤリとさせるものがあるはずだ。この作品は、今回、よりサウンドトラックとしての純度を高めるため、サンフランシスコで、ユスフ・イスラムは新しく二曲のレコーディングを行っており、当時の作品の雰囲気を損ねないように、意図的に荒削りなリミックスがほどこされている。

 

キャット・スティーヴンスは、今回の作品の出来栄えについてこの上なく満足していると語る。それは長きにわたり活動を続けた音楽家としての矜持にあふれた本懐ともいえ、今回、若き日に感じた「グレイテスト・ヒッツ」という概念を超越することが出来たと実感したからにほかならないのだろう。

 

今回、マスタリングしなおされたキャット・スティーヴンスの1970年代の名曲群は、いくつかの語りとアナログノイズと絶妙な融合を果たし、モノクロ映画のような甘美で陶然とした魅力を放ってやまない。さらに、新たに書き下ろされた2つの新曲が音楽としての物語を緻密に形成し、重層的な構成をなしている。サウンドトラックは本来、映画の内容を「音」を介して物語らねばならない。繰り返しになるが、今作品ほぼ非の打ち所がない完璧な傑作と言える。

 

 

・Apple Music Link

 

 

 

 

Big Thief

 

 

ビック・シーフは、NY州ブルックリン出身のインディーロックバンド。エイドリアン・レンカー、バック・ミーク、マックス・オレアルチック、ジェームス・クリヴチュニアにより2015年に結成された。

 

 

注目のインディー・ロックバンドとして現代アメリカのミュージックシーンに華々しく台頭し、「Masterpiece」、「Two Hands」をはじめとする、これまでに五作のスタジオ・アルバムを残している。次世代のフォーク・ロックを担う若手バンドとして注目を浴びている現在最もホットなロックバンドの一つで、バンドとしての主体的なアプローチの一つであるフォークバラードの他にも北欧トイトロニカにも似た実験的なポップソングを生み出すことでも知られている。

 

2016年のデビュー・アルバム「Masterpiece」が話題を呼び、インディーロック/フォークの気鋭として目される。2017年には、二作目のアルバム「Capacity」を発表する。その後、2019年にはイギリスの名門4ADとの契約を結び、「U.F.O.F」、また同年「Two Hands」をリリースしている。またこの二作はバンドの世界的な知名度を押し上げた出世作として数えられ、「U.F.O.F」はグラミー賞のオルタナティヴ・ミュージック・アルバム部門にノミネートされている。

 

 

 

「Dragon New Warm Mountain I Believe In You」 4AD

 


 

 

Scoring 


Tracklisting

1.Change

2.Time Escaping

3.Spud Infinity

4.Certainly

5.Dragon New Warm Mountain I Believe In You

6.Sparrow

7.Little Things

8.Heavy Bend

9.Flower of Blood

10.Blurred View

11.Red Moon

12.Dried Roses

13.No Reason

14.Wake Me Up to Drive

15.Promise Is a Pendulum

16.12,000 Lines

17.Simulation Swarm

18.Love Love Love

19.The Only Place

20.Blue Lightning

 



ビックシーフの新作アルバム「Dragon New Warm Mountain I Believe In You」は豪華二枚組の構成の凄まじいヴォリュームによって多くのインディーロックファンを活気づけてくれている。この作品がリリースされた瞬間から、いや、それ以前から、海外の音楽メディアでは軒並み最高評価か、それに次ぐ目覚ましい評価を与えられた先週リリースされた作品の中でも最注目のアルバムである。にしても、僅か五ヶ月間のレコーディング期間で、20曲もの楽曲を生み出したこのバンドのクリエイティヴィティの高さにまずは称賛と敬意の念を送っておきたいところである。

 

今回の通算五作目となるビックシーフのアルバムは、ドラマーのジェイムス・ クリヴチュニアのアイディアが元になって制作されている。そこにはこれまでのこのバンドのフォーク・ロックの主体的なアプローチに加えて、打楽器的な実験音楽の要素が付け加えられているあたりがこのアルバムに大きな遊び心を感じさせる。先行シングルとしてリリースされた美しいフォーク音楽「Simulation Swarm」 をはじめとするやさしげな印象を持った聞かせる楽曲に加えて、これらのトイトロニカに近い雰囲気を持つ実験音楽よりの楽曲がアルバム構成全体にヴァリエーションをもたせている。

 

この聴きやすさと音楽家としての創造性の高さという2つの要素が絶妙に相まったことにより、この二枚組の作品を多くのファンにとって長く聴くに足る記念碑的なアルバムとすることだろう。


この作品は4つ、正確に言えば5つのスタジオをまたいで録音されている。NY北部、カルフォルニ州トパンガキャニオン 、アリゾナ州ソノラ砂漠、コロラド山脈、そして、マサチューセッツ州のウェストハンプトンのエルフィン、とアメリカの北部から南部にかけてのスタジオで録音され、それぞれのスタジオで別のエンジニアを起用していることにも注目である。今作は表向きには二枚組の作品ではあるが、ややもすると、4つの短いセクションで構成される四枚組のアルバムと称せなくもない。そして、別の土地で録音されたことにより、その土地の風土というか風合いというか、そういったどこか見知らぬ土地を旅したときのように、それぞれ異なる楽曲において、聞き手に新鮮な風景を音楽によって見せてくれる、そんな作品とも呼べるのである。

 

ジェイムス・クリヴチュニアは、このバンドの楽曲の主なソングライティングを手掛け、またシンガーでもあるエイドリアン・レンカーの作詞、作曲のおける草案ともいうべきものをいかに作品として落とし込むかに専心し、20もの長大なフォーク音楽の叙事詩を生み出すべく知恵を凝らしている。ジェイムス・クリヴチュニアは、アルバム全体のメロディーの良さそのものにリズム的な効果を与え、そして、フォーク音楽でありながらグルーブという概念を付加することに成功している。つまりこの作品は往年のアメリカのフォークロックの懐かしげな色合いを保ちながら、さらにそこに現代的なビートのノリが加わった無敵のアルバムともいえるのである。

 

レコーディング中に、ビックシーフは、Covid-19のパンデミックの結果、2020年の7月にバーモントの森で二週間の隔離を余儀なくされた。しかし、それでもこの隔離という出来事が、ソングライティングの面で、深い瞑想性、内省的な個性を楽曲そのものにもたらした。バンドはこの一種の運命の悪戯ともいうべき出来事を上手く操り、ブラスのエナジーとして昇華することに成功したのである。


それから、NY、アリゾナ、カルフォルニア、そして、コロラドのロッキー山脈、というように、いくつかのスタジオでセッションを重ねながら生み出された苦心作といえるかもしれない。このビックシーフの最新作には、このバンドが2020年にいくつかのアメリカの土地を旅する過程で見た美しい風景が音楽として叙情的に表現されている。それは、このバンドが、往年の古典的なフォーク音楽に対する深いリスペクトを表しているとも言える。いずれにしても、4ADからリリースされたビックシーフの最新作は、これまでのバンドのリリースの中で記念碑としての意味あいを持つ。幾度も聴き込むたび、深く、渋い味わいが滲み出てくる作品かもしれない。