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 Sharon Van Etten・Angel Olson 



今週は、先週のアンノウンモータルオーケストラに引き続いて、魅力的なシングル盤を御紹介しようと思います。

この作品は、 今、アメリカの女性シンガーとして最も注目されている二人、シャロン・ヴァン・エッテンとエンジェル・オルセンという二人の共作という形で、オリジナルバージョンが2021年5月、続いて、アコースティックバージョンが8月のシングル盤リリースされています。

肝心の作品について触れる前に、インディーズシーンで活躍するこの二人の女性シンガーのバイオグラフィについて簡単におさらいしておきましょう。


 Sharon Van Etten


シャロン・ヴァン・エッテンは、インディーロックシンガーとして、米、ニューヨークのブルックリンを拠点にミュージシャンとして活動している女性ミュージシャンです。2009年に、Drag Cityの傘下に当たる「Language Of Stone」から、「Because I Was In Love」でデビュー、これまでに六作のスタジオアルバム、二十作を超えるシングル盤を発表している実力派の女性シンガーソングライターです。

ヴァン・エッテンは、米インディアナ州のインディーレーベル、「Jagujaguwar」を中心に作品を発表していて、このレーベルを代表する存在といえるでしょう。 

ヴァン・エッテンは、これまでの二十一年のキャリアにおいて、音楽家にとどまらず、多方面の分野で目覚ましい活躍をして来ています。

中でも、女優としての顔を持つ彼女は、Netflixのアメリカのテレビドラマ「The OA」、デヴィッド・リンチ監督の名作「ツイン・ピークス」の新バージョンへの出演等、女優としても、近年、注目を集めているマルチタレントといえそうです。 

また、シャロン・ヴァン・エッテンは、ニューヨークのレコード会社のスタッフとして働き、新人発掘も積極的に行い、文化的役割も担っている。もちろん、歌手としての実力は、アメリカの音楽シーンでも随一で、癖がなく、透き通るように清らかな声質が魅力です。もちろん、音楽についても、ロック/ポップスだけでなく、インディーフォーク、ソウル、R&Bと、多種多様なバックグランドを感じさせるアーティストです。

 

 Angel Olson


一方のエンジェル・オルセンは、イリノイ州シカゴを拠点に活動する女性シンガーソングライターです。ヴァン・エッテンと同じく、「Jagujaguwar」を中心として作品のリリースを行っています。

近年、アメリカとイギリスで、人気がうなぎ登りの女性シンガーソングライターで、特に、音楽メディア方面からの評価が高いアーティストでもある。なぜ、そのような好ましい評価を受けるのかは、ひとえに、エンジェル・オルソンの異質な存在感、頭一つ抜きん出たスター性、センセーション性に依るといえ、ド派手な銀色のウィッグを付けて、プロモーションビデオに登場したり、あるいは、作品のコンセプトごとに、ミュージシャンとしてのキャラクターを見事な形で七変化させる、器用で見どころのあるアーティストといえるでしょう。

エンジェル・オルソンは、レディ・ガガというより、それより更に古い、グラムロック界隈のミュージシャン、プリンス、マーク・ボラン、デヴィッド・ボウイといったビッグ・スターの再来を予感させるような雰囲気があり、そのあたりに、アメリカ、イギリスの音楽メディアは、この類まれな才覚を持つオルソンに対して、大きな期待を込めているように思えます。

実際の音楽性についても、トラック自体が綿密に作り込まれていて、長く聴くに耐える普遍性を兼ね備えています。

シンセ・ポップやAOR,グラムロック、と、様々な音楽性を併せ持つ点では、ヴァン・エッテンの音楽性と同じような特質を持つものの、どちらかといえば、エンジェル・オルセンの方がアクが強く、近年のアメリカのポップス界隈では特異な存在といえるでしょう。実際の歌声についても、普通の声質とは少し異なる音域を持つのがオルセンであり、特に、高音の伸び、ビブラートの仕方が独特で、シンディー・ローパーの初期の歌声に比する伸びやかなビブラート、そして、キャラクターの強さを併せ持つ個性的なシンガーといえそうです。これから、もしかすると、グラミー辺りにノミネートされたり、又は、受賞者となっても全然不思議ではない気配も漂っていますよ。 

それでは、今回、2021年の5月と8月にリリースされた2バージョンの「Like I Used To」という作品の魅力について簡単に触れていきましょう。


 

 「Like I Used To」 Sharon Van Etten・Angel Olson 2021


 


 1.LIke I Used To  

 

元々、この作品のリリースの経緯については、シャロン・ヴァン・エッテンが中心となって行われたプロジェクトのようです。

実際のところは、「Jagujaguwar」のレーベルメイトとして、長く共にこのレコード会社に在籍してきたため、ツアーの際に一緒に過ごしたり、もしくは、その途中のハイウェイでハイタッチをしたりと、仕事仲間という感じで、付き合いを重ねてきたヴァン・エッテンとオルソンの両者。 それが、ヴァン・エッテンがこの「Like I Used To」の原型となるデモを作成し、エンジェル・オルソンを共同制作者として選び、電話でコンタクトを取ったようです。それまではさほど親しくない間柄であったとエッテンは話していますが、このプロジェクトの原点となる一本の電話をオルソン側に掛ける際にも、ヴァンエッテンは相当緊張したんだと語ってます。このあたりになんとなく、ヴァン・エッテンの人柄の良さというか、奥ゆかしさのようなものを感じます。

しかし、いざレコーディングに入り、作品としてパッケージされたこの楽曲を聴いて、驚くのは、コラボレーションの作品としては考えられないほどの完成度の高さ。しかも、本来、まったくかけ離れたような性質を持つ二人のシンガーの個性がここでがっちり合わさって、まるで何十年来も活動を共にしてきた名コンビであるかのような関係性があり、絶妙な間合いが採られている事。これは、実際にやってみないことには、合うかどうかはわからない実例といえるでしょう。


「Like I Used To」については、ヴァン・エッテンの曲ではあるものの、どちらが作曲をしたのか、なんていうことは最早どうでもよくなるほど、楽曲の出来栄えが素晴らしい。それほど二人の歌声、存在感が絶妙にマッチした作品です。シンセサイザーを使用した良質なポップスで、それが大きなスケールのサウンドスケープを作り、往年のティアーズ・フォーティアーズのようなAOR、あるいはアバのような癖のないポップス、又は、その中間点にある親しみやすく、誰にでも安心して楽しんで頂ける楽曲です。楽曲の構成についても、Aメロ、Bメロ、サビという、ポップスの王道を行くわかりやすい構成は、より多くの人に理解しやすいように作られています。AメロとBメロが、長調と短調で、対比的に配置され、それがサビで、また長調に戻り、壮大なハーモニクスを作るという面においては、昔の日本のポップスや歌謡の名曲に通じるような雰囲気があり、洋楽のポップス・ロックに馴染みのない方でも、きっと楽しんで頂けるはず。


そして、この「Like I Used To」は、シャロン・ヴァン・エッテン、そしてエンジェル・オルセンが交互に一番、二番を歌い、そして、サビの部分で、ツインボーカルとして二人の声のパワーが倍加され、素晴らしいハーモニクスを形成するというのも、ポップスの王道スタイルを踏襲していて、むしろ、そのあたりが最近の手の込んだ音楽が多い中で、非常に新鮮に思える。そして、この二人の歌を聴いていて思うのは、ソロ作品としては異なるタイプのシンガーであるように思えていたのに、実際にツインボーカルとして聴くと、二人の声質の近いものがあることが理解出来る。

 

そのため、絶妙な具合に二人の歌声が溶け合っている。そして、この素晴らしい二人の歌姫の歌声は、サビの部分で異質なほどの奥行きを形作り、それが聞き手の世界を変えてしまうような力を持っている。そして、歌詞にも現れているとおり、表向きには、Like I Used Toという後ろ向きにも思えるニュアンスはその過去を見つめた上、さらに未来に希望を持って進もうという、力強さ、もしくは決意、メッセージのようなものが感じられる。聞いていると、何だか勇気が出てくる名曲です。


 

 「Like I Used To」(Acoustic Version) Sharon Van Etten・Angel Olson 2021

 


 

 1.Like I Used To  (Acoustic Version)

 

そして、こちらは、5月に、リリースされたオリジナル・バージョンから三ヶ月を経て、つい先日、8月10日にリリースされたばかりのアコースティックギターバージョンです。

オリジナルの「Like I Used To」に比べ、ここではフォーク寄りのしとやかなアプローチが採られていて、ゆったり聴くことの出来る穏やかな雰囲気の楽曲です。アコースティックギターのコード進行自体はとてもシンブルなのに、この二人の声の兼ね合いというのが曲の中盤から終盤にかけて力強くなり、想像のつかないほどの壮大さに変貌していくのが、このバージョンの一番の聴きどころといえるでしょう。

このアコースティックバージョンでは、オリジナル・バージョンの「「Like I Used To」と同じように、シャロン・ヴァン・エッテンとエンジェル・オルセンが、一番、二番のフレーズを交互に歌うというスタイルは一貫してますが、ここでは、より、情緒豊かな風味を味わっていただけると思います。

オリジナル・バージョンに比べ、二人の関係性の親密さが増したというのが楽曲の雰囲気にも現れています。

オリジナル・バージョンより、ふたりとも歌をうたうことを心から楽しんでいるように思え、そして、音の質感としても異様なみずみずしさによって彩られている。

とりわけ、こちらのアコースティックバージョンの方は、それぞれのソロ作品での歌い方とはまた異なるボーカルスタイルが味わえる、つまり、二人のまた普段とは違う表情が感じられる作品で、とくにエンジェル・オルセンの歌唱の実力の凄さが、オリジナルより抜きん出ているように思えます。この何かしら、魂を震わせるかのようなオルソンの歌声の迫力、ビブラートの伸びの素晴らしさを体感できるでしょう。


何故か、この二人の歌声を聞いていると、歌というものの本質を教えてくれるような気がします。

特に、複雑なサウンド処理を施さずとも、美しい歌声というのは、そのままでも十分美しいと、この楽曲はみずから語っている。これは、魂を震わせるような2020年代のインディー・フォークの名曲の予感。それは、この二人が心から歌をうたっているからこそ滲み出てくる情感といえるでしょう。


二人の咽ぶような感極まった歌の質感は、妙に切ないものが込められていますが、これこそ歌姫の資質といえるもので、歌声だけですべてを変えてしまう力強さがあります。サビ、それから、曲の終盤にかけての部分のヴァン・エッテンとオルセンの呼びかけに答えあうように呼び込まれる歌というのは、ほとんど圧巻というよりほかない、息をゴクリと飲むほどの美しさ。アメリカのインディーシーンきっての実力派シンガーの個性が見事に合わさったこそ生み出された問答無用の傑作として推薦致します。



参考サイト


indienative.com


https://www.indienative.com


last.fm


https://www.last.fm/ja/music/Sharon+Van+Etten/+wiki




Unkown Mortal Orchestra 

 

今週も、先週のノスタルジックな通好みの音楽「”Lord Huron”にいざ続け!」といわんばかりに、同じようなリヴァイヴァルタイプの素晴らしい楽曲をお届けしようと思います。

 

今回、ご紹介するアンノウン・モータル・オーケストラは、Ruban Nielsonを中心にアメリカのオレゴン州、ポートランドを拠点として活動するインディーロック・バンドで、このグループの中心的な人物であるルビン・ニールソンは、元々、ニュージーランドでプロジェクトを立ち上げた当初は、Bandcampを中心として、楽曲を制作発表していたけれども、その後、アメリカのポートランドに移住、他のメンバーを引き入れ、基本的には、四人編成のバンドとしてメンバーを入れ替えながら活動を続けている。  

 

アンノウン・モータル・オーケストラの音楽は、 先週紹介したロード・ヒューロンと同じように、古い時代に流行したサウンドを現代にリバイバルした形で展開し、それを独自の他にはない渋い持ち味としている。

 

特に、昨今、アメリカンのインディーシーンでは、NYのアーティストをはじめ、ロサンゼルス近辺にこういった懐かしいサウンドを、バンドの主体的イメージとして打ち出し、独特な通好みの現代的なロック/ポップスを奏でるミュージシャンが数多く見られるのは事実であり、これは、アメリカのインディー・ロックの現在のライブハウスでも人気を博しているような雰囲気が伺える。

 

もちろん、このアンノウン・モータル・オーケストラにとどまらないで、Mild Club High,Real Estate,Arien Pink,Foxygen,Toroy Moi,Beach Fossils,Wild Nothing,Molly Burchと、その例をあげれば、枚挙にいとまがない。特に、このリバイバルミュージックのアーティストが分布しているのは、サンフランシスコ近辺の地域か、もしくはニューヨークで、これはあながち偶然とは思えない。

 

ニューヨークの往年の6.70年代の音楽の盛り上がりについては言わずもがな、サンフランシスコという土地も同じように、グレイトフル・デッド、スライ&ザ・ファミリーストーン、あるいは、ザ・レジデンツを始めとする、サイケデリック、ファンクロックが盛んな土地として栄えた歴史を持つ。この文化的な流れをうけてか、サンフランシスコ近辺には、いわゆる昔の音楽として、一時期、完全に忘れ去られていたサイケデリック音楽の影響を大いに受けたインディーロックバンドが、サンフランシスコ周辺、南部のロサンゼルス、それから、北部のオレゴンのポートランドのミュージックシーンに数多く見受けられる。そして、現代のインディーロックバンドは、このサイケデリック音楽を、どちらといえば、クラブミュージック寄りの解釈によって彩ってみせている。

 

 

これは、往古のファンクロックと、近年のヒップホップシーンの、「ハイブリッド的な存在」として誕生したアメリカ独自のジャンルではないかと思える。また、そこには、スライストーンのような泥臭さとはなく、サイケデリックをはじめとするジャンル、往年のサンフランシスコ発祥の音楽に大きな影響を受けていながら、それを斜に構えるような感じでクールに演奏してみせる。

 

 

そして、現時点において、アメリカの西海岸の重要なインディーのミュージックシーンは、シアトルではなく、その北部にあるポートランド、あるいは、ロサンゼルス周辺が最も盛り上がっているような印象をうける。つまり、アメリカという国土を全体的に見渡してみると、ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルス、ポートランド辺りに、重要なアーティスト、あるいは、新しいミュージック・シーンが台頭している、もしくは、これから台頭してくるような気配が漂っている。


さて、このアンノウン・モータル・オーケストラだけに関して言えば、このサンフランシスコの伝説的なサイケデリック、ファンクロック界のスター、スライ&ファミリーストーンの影響を色濃く受けたバンドとして挙げられる。そこには、LPアナログ時代にしか味わえなかったデジタル音源よりはるかに甘美な味わいのある音、そういった音楽フリークが探し求める要素を、ルバン・ニールソンは自身の手で探し求め、それを往年の「暴動」を始めとするスライ・ストーンの時代に賑わったサンフランシスコシーンの音を多くのファンに提供し続けている。

 

このような言い方が相応しいものか分からないものの、ルビン・ニールソンは、上記に挙げた、Arien PinkやMild Club Highと共に、アメリカのサイケデリックのコアな継承者としてシーンで息の長い活動を今日まで続け、インディーズシーンの流れを必死に形作ろうとしているように思えてならない。

 

アンノウン・モータル・オーケストラは、バンドの作曲を担当し、もちろん、シンガーでもあるニールソンのソロプロジェクトとして発足した2010年から、Bandcampを中心としてインディーシーンで活動を続け、ポートランドに移住し、バンド体制となってからも、多くの良盤をリリースしてきている。

 

 

まず、はじめに、アンノウン・モータル・オーケストラの入門編として推薦しておきたい作品は、「Ⅱ」 2013、Multi-Love」 2015、(共にJagjaguwarからリリース)の二つがある。

 

「Ⅱ」では、良質なメロディセンスの感じられるローファイ風味あふれるポップソングが味わえる。一方、「Muli-Love」では、スライ・ストーン直系のノスタルジックなサイケデリックファンク、ディスコサウンドを堪能出来る。なぜかしれないが、不思議と、70年代のサンフランシスコの音楽的な熱狂をリアルタイムで体感していないリスナーにも、ノスタルジックな気分に浸らせてくれる、何かがあるように思える。

 

 

 


「That Life」 2021   (Single)



 

直近では、「Weekend Run」というシングルをリリースしているアンノウン・モータル・オーケストラ。このシングル作品では、女性ボーカルをフーチャーしたアース・ウインド&ファイアー寄りの寛げるような音楽を奏でている。

 

そして、七月の下旬にリリースされたばかりのシングル「That Life」においては、またそれとは異なるアプローチを図り、新たな2020年代のファンクロックの誕生を予感させている。

 

 

 

 

 

およそ一年ぶりくらいに、このモータウン・オーケストラの楽曲を聞いてみたところ、ほとんど驚愕せずにはいられなかった。それは、単純に、ルバン・ニールソンの歌い方がこれまでのスタイルとは一変していたことによるもので、まるで、別人が歌っているように思えた。これまでの作品、たとえば、「Ⅱ」において、ニールソンは、内省的なローファイ風味あふれる繊細な歌い方を選んでいたが、「Multーlove」辺りのリリースを機に、徐々に歌い方、声の質感というのが変貌してきていて、ついに今作「That Life」で、ひとつの完成形を見たといえるかもしれない。最新シングル作「That Life」において、ニールソンは、これまでのベールを、ガバっと剥ぎ取り、張りのあるファンク寄りの激渋のボーカルスタイルに路線変更を試みているように思える。そのスタイル変更は、バンドとしても完全に成功したと言って良いでしょう。


また、これは、このアンノウン・モータル・オーケストラが追究していた音楽のスタイル、往年のアナログレコードの音のジャンクでシャリシャリした質感を、完璧な形でデジタルとして現代に再現することに成功した快作。

 

これまで、どことなく、ぼんやりしたような印象があったニールソンの歌声が、今作においてかなり鮮明になっているのに、アンノウン・モータル・オーケストラのファンは驚くはず。歌詞をじっくり喉元で噛みしめるように歌うニールソンの声は、今作では、渋い味わいを伴い、楽曲トラックの前面に力強く表れ出ている。また、そこに、独特のR&Bとしての抒情性が込められている。このソウルフルな歌声を、心地よいリズムが背後からバンドサウンドとして強固に支えている。つまり、「That Life」の楽曲全体の雰囲気自体には、七十年代へのサンフランシスコの音楽の憧憬が滲んでいるものの、そこには漏れなく、現代的なクールさも滲んでいる。そして、楽曲のノリノリな感じというのは、これまでの彼等の楽曲より痛快味があるように思える。

 

そして、この楽曲において見過ごせないのは、アンノウン・モータル・オーケストラの公式プロモーションビデオのかわいらしい人形のダンスである。


ここで、セサミストリート風の人形が登場し、「That Life」の往年のディスコサウンド、あるいは、サイケデリックファンクの楽曲に併せて、可愛らしく踊っていて、それがこのミュージックビデオのハイライトとなっている。

 

このセサミストリート風の可愛らしい人形ダンス映像は、Youtubeの公式動画だけではなく、Spotifyのcanvasという機能、また、Apple配信のミュージックビデオでもお楽しみ頂く事が出来ます。  

 

 

 

 Watch on Apple Music

 

 

 

 

ここには、ルバン・ニールソンの温和な人柄だけではなく、アンノウン・モータル・オーケストラというバンド形態としてのユニークさが十全に発揮されている。これまでの音楽性は、どちらかといえば、フリーク向けの楽曲であったものの、今作では、アンノウン・モータル・オーケストラは様変わりを果たし、より多くの層に馴染みやすい楽曲のサウンドアプローチを追究している。


曲全体としては、それほど目くるめく展開力があるわけではないにせよ、何度となく、この曲をループしてみたくなる欲求を覚える。それは、彼等のサウンドアプローチが七十年代の音楽の美味しいとこ取りをし、なおかつそれをノリの良いリズムトラックとして再現しているからこそ。そして、メロディセンスというのも、初期からの”アンノウン・モータル節”ともいうべき独自の性質が引き継がれており、往年のディスコ、サイケデリックファンクを聴き込んだがゆえのセンスの良さが詰め込まれている。

 

これは、本当に、「美味い、美味すぎる!」と、思わず、声をあげてしまいそうになるのは必須です。そして、その辺りが、往年のディスコサウンドやファンクサウンドに慣れ親しんだヘヴィリスナーはもちろんのこと、この年代サウンドに馴染みがない最近の音楽ファンの心さえも「グワシ!」と鷲掴みにして離さないはずです。今作を、じっくり、または、とっくり聴いてみれば、次のアンノウン・モータル・オーケストラの次回作への期待感がいや増していくはず。


すでに、ニールソンの母国ともいえるニュージーランドでは、インディーズのディスクタイトルを複数回獲得して来ているアンノウン・モータル・オーケストラ。これから、さらに、アメリカのシーンにおいても快進撃を続けていきそうな勢いが余す所なく込められているのが「That  Life」!!

 

とても、親しみやすく、渋みのあるダンスミュージックであって、これぞまさに、現代のアメリカのインディーシーンの流行の最先端を行くポップサウンド!! 思わず一緒になってノリノリに踊りだしたくなる衝動に駆られるキャッチーで激渋ダンスロック。最近の音楽に飽きてきて、「なんか良いのないかな?」と探し回っている方に、是非ぜひおすすめしておきたい良曲です。


 

Lord Huron

 

ロード・ヒューロンは、Ben Schneiderを中心に2010年に結成され、現在、ロサンゼルスを拠点に活動する四人組インディー・ロックバンドである。

 

このバンドの成り立ちの逸話には面白いエピソードがあり、それは、今から、十一年前に遡らなければならない。

 

なんでも、ロード・ヒューロンの中心人物であるベン・シュナイダーが、LAからミシガン北部に旅行した際に、アメリカの五大湖の一つ、ヒューロン湖において、最初のEP作品「Into The  Sun」の楽曲の着想を得たことからすべては始まったのだという。

 

このヒューロンという湖は、面白い魚が数多く生息している場所であるが、ベン・シュナイダーは、この海の雰囲気に非常によく似た地質形状を持つヒューロン湖の風光明媚な景色に心を打たれて、音楽という形で、心象風景、又は、純粋な感動を、ギターやヴォーカルで表したいと考えたのかもしれない。

 

つまり、このどことなくドラマティックなエピソードから引き出される「ロード・ヒューロン=ヒューロンの神様」というバンド名には重要な意味が込められている。このミシガンの湖の自然の恩恵に対するシュナイダー自身の感謝を表しているのかもしれない。

 

その後、そして、その奇妙な小旅行の後、LAに戻ったベン・シュナイダーは、時を経ずして、デビュー作となった三曲入りEP作品「Into The Sun」のレコーディング作業に入った。この作品は、当時のヒューロン湖でのシュナイダーの数奇な体験をモチーフにした自然を賞賛するような開放感にあふれたデビュー作で、独特な雰囲気を持つインディー/ローファイの名盤といえるはず。

 

そして、また、同年にリリースされた「Mighty」の2つは、信じがたいことに、このベン・シュナイダーが全部の楽器のパートを自身で演奏、録音しているという。それから、ベン・シュナイダーは、その後、古くからの幼馴染だったマーク・バーリーをメンバーとして引き入れた。それから、他の二人のメンバー、ミゲル・ブリセーニョ、トム・レナルドを招き入れ、現在のLord Huronのバンドとしての体制が整えられた。


 

 

ロード・ヒューロンの音楽性自体も、ヒューロン湖で楽曲の着想を得たというエピソードに違わぬもので、ナチュラリストとしての音楽と形容すべきか、ハワイアン、スペインのジプシー音楽、果ては、インドネシアのガムランと、実に多種多様な民族音楽の要素を取り入れつつ、アメリカの古いタイプ、それも、戦後間もない時代のカントリー/フォーク音楽をバンドサウンドの背骨にしている。すべての存在を温かく包み込むような大きさが彼等のサウンドの特長である。

 

もちろん、ロード・ヒューロンの音楽は、古い時代の音楽に主題を取るからといって、アナクロニズムに堕することはない。そこには現代的な電子音楽的なアプローチも多分に施されている。ラップトップのマスタリングを介し、絶妙なノイズのニュアンスを紡ぎ出し、リバーブにより奥行きのある空気感を生み出すことにより、現代的なサウンドアプローチとしての古典カントリー/フォークを、ものの見事に現代のサウンドとして蘇らせることにあっけなく成功している。そして、このバンドの中心人物、ベン・シュナイダーが生み出す楽曲には、さらに昔の時代の音楽への興味、モータウン・レコードのアーティスト、または、ブラック・ミュージックの元祖スター、サム・クックの楽曲に見られるような奇妙なほど強い存在感が宿っているように思える。  

 


そして、新たなインディー・ロックの名盤の誕生の瞬間というように言ってもいいように思えるのが、今週御紹介する、Lord Huronの最新スタジオ・アルバム「Long Lost」である。

 

 

 

「Long Lust」 2021

 


 

 

 

 

1.The Moon Doesn't Mind

2.Mine Forever

3.(One Hellluva Performer)

4.Love Me Like You Used To

5.Meet Me in the City

6.(SIng For Us Tonight)

7.Long Lust

8.Twenty Long Years

9.Drops In The Lake

10.Where Did the Time Go

11.Not Dead Yet

12.(Deep Down Inside Ya)

13.I Lied(with Allison Ponthier)

14.At Sea

15.What Do It Mean

16.Time's Blur



Listen on Apple Music

 

 

 

このアルバムリリースの前から、ロード・ヒューロンは「Not Dead Yet」を皮切りとして、四つのシングル盤をリリースしている。

 

そして、先行の4つのシングルのアルバム・ジャケットを見ても分かる通り、ルネ・マグリットのようなジャケットデザインの雰囲気が、このスタジオ・アルバム「Long Lost」発売以前のシングル盤に見られていたが、このアルバムもそのスタイルを受け継ぎ、ルネ・マグリットのシュールレアリスムの絵画のような印象を受ける、きわめて魅力的なアルバムアートワークである。

しかし、アルバムアートワークからにじみ出る雰囲気とは、実際の音の印象は異なるように思える。それは、いくらかユーモラスな概念によってアートワークの意匠が手がけられているからだ。

 

「Long Lost」と銘打たれたロード・ヒューロンの新作はコンセプト・アルバムのような趣向性を持っているように思える。全体に通じて、リバーブ感の強いサウンドプロダクションによって蠱惑的に彩られている。

 

また、このスタジオ・アルバムの音楽性の中に一貫しているのは、ノスタルジックな音像の世界。そこには、近年、インディー・ロック界隈で盛んなリバイバルの要素がふんだんに取り入れられている。そして、今作もまた、最初期からの音楽性が引き継がれており、大自然の素晴らしさを寿ぐかのような温和な雰囲気が、楽曲全体にはじんわりと漂っている。しかし、ここには、蠱惑的な雰囲気もある。おそらく、聞き手は、このスタジオ・アルバムの音に耳を傾けていると、思わず、その独特な世界、ロード・ヒューロン・ワールドの中にやさしく誘われていくことだろう。

 

そして、ロード・ヒューロンの音楽には、ジョニー・キャッシュのようなダンディズム性の雰囲気は乏しいかもしれないが、反面、戦後のアメリカン・カントリーのレジェンド、レッド・フォーリーのような渋さが込められている。このあたりに、ロード・ヒューロンの強みが有り、あるいは、このバンドのフロントマンのベン・シューナイダーの通好みというか、音楽フリークとしての温かな情感が満ち溢れている。そして、それこそがこのアルバムの最大の魅力でもある。

 

また、音楽性の中にさらに踏み入れてくと、そこにはほとんど無尽蔵といえるほどの多種多様なアプローチが込められていることが理解できる。カントリー/フォークという主だった表情の裏側には、古典的なR&Bの影響もそれとなく伺える。全体のサウンドプロダクションも古い映画の中のサウンドトラックの雰囲気が滲み出ている。このあたりの一歩間違えば、古臭いともいわれかねない音楽を、実に巧みなセンスにより、ギリギリのところで均衡を保っているのが今作の凄さ。つまり、これは、往古と現代の鬩ぎ合いが極まったところにあるエクストリームなインディー音楽といえる。

 

特に、楽曲の合間には、昔のラジオから聞こえてくるようなノスタルジックなBGM(観客の拍手、あるいはラジオパーソナリティーの語り)が積極的に取り入れているのも、往年のカントリーやフォークへの深い憧憬が感じられる。そして、実際の音楽性というのも、かつてのヒップホップがそうだったように、既にあった音のフレーズを新たにデザインし直すアプローチが採られている。

 

この音楽は、けして新しくはない。しかし、新奇さばかりを追い求めることが、必ずしも有益ではないことを、ロード・ヒューロンの新作スタジオ・アルバムは教えてくれている。古いものの良い要素を未来に引き継ぐ伝統性、アメリカの古い音楽に対する深い矜持が、彼等、ロード・ヒューロンの音には徹底して貫かれる。それはアルバムを通して失われることがない醍醐味である。

 

とりわけ、このバンドの音の感性の良さというのは、#7「Long Lust」#8「Twenty Long Years」#15「What Do It Mean」#13「I Lied(with Allison Ponthier)」を聴いてもらえれば、十分理解しただけるはず。

 

また、#11「Not Dead Yet」では、エルヴィス・プレスリー5.60年代の原初的なロックンロールに、つまり、”踊り”のためのロックに、ロード・ヒューロンは回帰を果たしている。言い換えれば、これは、近年のロックに失われていた重要な魅力「Long Lost」を、彼等は再発見しようと試みているのだ。そして、このカントリー/フォーク、又は、ロックンロールの偉大な名曲は、「20年代を代表するインディー・ミュージックの名曲」と称しても差し支えないはずである。

 

ベン・シュナイダー、ひいては、ロード・ヒューロンが、とことん、良い音楽だけを追求しつくした十一年の成果が、このスタジオ・アルバムに表れているように思える。それは音というよりも、強固な概念に近いように思える。

 

そして、また、ベン・シュナイダーの最初の音楽をはじめる契機になった重要な原体験、ミシガン北部のヒューロン湖での神秘的な体験からもたらされる霊感が、今作にもしっかりと引き継がれているように思える。

 

果たして、十年前、ミシガンのヒューロン湖で、彼は、何を見、何を感じたのだろう? それは、なんらかのお告げのようなものだったのか?? その応えは、今作に表されているので、実際の音を聴いてみて頂きたいところです。とにかく、このスタジオ・アルバム「Long Lost」には、時代を問わない、音楽の本来の魅力が詰まってます。誇張なしの大傑作としてオススメします。

 

 

参考サイト

 

last.fm  Lord Huron https://www.last.fm/music/Lord+Huron





 Lana Del Ray


 

ラナ・デル・レイは、アメリカ、イギリス、オーストラリアを中心に、世界的な人気を獲得しているため、ワールドワイドなスター・シンガーソングライターといっても差し支えないかもしれない。2012年のスタジオ・アルバム「Born To Die」は、複数の国の音楽メディアのゴールド・ディスクを獲得していて、既に、その実力というのはセールス面でもお墨付きといえるはず。

 

しかし、ここ日本で、ラナ・デル・レイの知名度がいまいち物足りない気がするのは、一度来日公演がキャンセルされているからなのかもしれない。その理由というのも、プロモーターから告知された言葉は不明瞭で、ドタキャンに近いものでした。これが来日公演を楽しみにしていたファンを相当がっかりさせたのは事実。つまり、少しだけ気分屋のような印象を受けるのが現代のアーティストとしては珍しいかもしれません。あらためて来日公演を心待ちにしたいところです。

 

こういった世界的な歌姫として挙げられるのは、イギリスでいえば、アデル、ワインハウス、アメリカでいえば、アリシア・キーズ、セント・ヴィンセント、あたりでしょうか? そして、ラナ・デル・レイも、ニューヨーク出身のアーティストという点において、アリシア・キーズに比する部分があるかもしれない。

 

しかし、ラナ・デル・レイは、これらのアーティストの類型に似ているようで異なる部分があり、彼女自身が誰よりもカート・コバーンを敬愛し、影響を受けていることからも分かる通り、結構、インディー気質のミュージシャンというべきか、マイナー趣味があり、メインストリームのアーティストでありながら、メインストリームに楯突くような力強い印象も受ける。

 

この2021年リリースのアルバム「Chemtrails Over The Coutry Trails」は、デビューから約十年目にして、ラナ・デル・レイというシンガーソングライターの真価が発揮されたというべきでしょう。このミュージシャンが、本当はどのようなアーティストなのか、それを音楽としてあるいは歌詞を歌い上げる上で、鏡のようにありありと反映する。つまり、この作品には、ラナ・デル・レイという人物の本質、御自身が言うように、サッド・コアの雰囲気が表れているという気がします。

 

元々、彼女は、エイミー・ワインハウスのように、順風満帆とはいえない人生を歩んできたアーティストで、十五歳の時、アルコール問題のため、コネチカットの矯正施設送りになったり、また、その後、ニューヨークの大学で形而上学を専攻したり、近年、割と品行方正な経歴を持つアーティストが目立つ中で、今どき珍しいほど破天荒なエピソードを持つミュージシャンといえるでしょう。

 

最初に、ギターを初めたきっかけとなった出来事も、何か深い人生の味わいのようなものが感じられる。コネチカットの矯正施設から戻ってきた後、親戚の叔母からギターのレッスンを受けたことによる。

 

彼女の歌声、ギターにハートウォーミング、心温まる雰囲気が感じられるのは、この音楽の原体験によるものかもしれません。

 

そして、ラナ・デル・レイが、カート・コバーンの音楽に共感を見出すのは意外に思えるけれども、実は全然不思議な話ではない。コバーンも、幼少期に親からのネグレクトを受け、親戚の家をたらいまわしにされて育った家庭環境に問題を抱える少年だったからである。

 

その若い時代の悲しみ、消しがたい精神の内郭の傷が、このラナ・デル・レイという際立ったアーティストの創作への強い原動力となっているように思われる。しかし、その悲しみは、前回挙げたエリオット・スミスのように、内側にとどまるだけではなく、外側に輝かしいエネルギーとして放射されることで、同じような境遇にある人々を勇気づけ、前に進ませる力を与える。

 

だからこそ、彼女の音楽は、本当に素晴らしい。

 

つまり、ラナ・デル・レイは、アーティストになりたくてなったわけではなく、アーティストにならざるをえなかったというタイプのミュージシャンなのでしょう。

 

そして、2021年の最新アルバムとなる本作は、現時点での今年のスタジオ・アルバムの最高傑作であると、大見得を切って断言しておきたい。それほど素晴らしい文句のつけようがない名作である。

 

 

「Chemtrails Over The Country Club」 2021

 

 

 

 

1.White Dress

2.Chemtrails Over The Country Club

3.Tulsa Jesus Freak

4.Let Me Love You Like A Woman

5.Wild At Heart

6.Dark But Just A Game

7.Not All Who Wander re Lost

8.Yosemite

9.Breaking Up Slowly

10.Dance Till We Die

11.For Free

  

 

 

ここで、ラナ・デル・レイは、シンガーとしてより高度な技術に挑戦していて、それはクリーントーン、そして、ウィスパー、またノイジーな歌い方、とこの3つの歌い方を駆使することにより、まるで一人三役を演じている趣すら感じる。

 

しかもその歌唱法というのは、誰に習ったわけでなく、内面から滲み出るソウルが、歌にあるがまま表れ出ているような印象すら受け、本当に歌手としての才覚の奔出がアルバム全体に醸し出されている。

 

そして、彼女自身が、「ギャングスター・シナトラ」と、自身の歌について形容してみせている通り、往年のアメリカのジャズ・シンガーへの傾倒もそこはかとなく感じられる。  

 

このアルバムについては、「Dark But It's Just a Game」の一曲を聴けば、その良さというのが分かってもらえるはず。それほど問答無用の名曲で、これは、歴史的なポップスの名曲の誕生の瞬間を、幸運にも私達は、同時代の音楽愛好家として目の当たりにしている。つまり、アルバム全体の購入についても、この一曲だけで、他のアルバム十曲分の価値を持つように思える。

この楽曲に表れ出ている哀しみ、これは普遍的な人間の感情といえる。でも、そこに浸り切るのではなく、また、喜びを掴み取ろうという前向きな思いが彼女の音楽という表現には込められている。

それは、長調と短調が対比的に配置されている構成にもいえるし、サビへの移行部においてのメロディーの駆け上りにも、はっきり表れている。そして、この楽曲は、歌詞が異様なほどの美しい輝きを放つ。この歌詞中の詩的な表現性、"No rose left on the Vine"、また、表題の”(It's) dark but just a game”という歌詞の中に、ラナ・デル・レイの表現は集約されているといえる。なおかつ、この歌の表現には、内面の切なさから引き出される深い共感性が込められている。おそらく、この素晴らしい楽曲は、21年、そして、これからの時代を生きる人々の情感に深い共感を与え、その悲しみに手を指しのべ、前に進みだすための勇気と力を与えてくれるだろう。

他にも、「Tulsa Jesus Freak」でのウィスパー的な歌唱法も清涼感があって、心あらわれるような気持ちにさせてくれる。このあたりは、アバのような北欧のアーティストのテイストに近いものがある。また、ここでのラナ・デル・レイの新たな歌唱法のチャレンジがこの楽曲を力強いものにしている。

 

「Not All Wonder Are Lost」「Yosemite」は、これまでの作品とは違った質感を持ち、落ち着いた心静まる感慨を与えてくれる。インディー・フォーク、サッド・コア寄りのアプローチを見せているあたりも流石といえる。

 

最終曲「For Free」では、ゴスペルの聖歌隊にルーツを持つワイズ・ブラッド、ゼラ・デイという秀逸なシンガーをゲストに招いている話題作。

 

しかし、この楽曲はただの話題集めのための楽曲ではなく、非常に奥行きのある立体感のある名曲に仕上がっているように思える、

 

特に、ブラッドのソウルフルな歌唱力が際立っていて、ほか二人も、その存在感に劣らぬ美麗な歌声を聴かせてくれる。三者の実力派のシンガーが、この楽曲中において競いあう様にし、入れ替わり立ち代わりにボーカルを披露することにより、ゴスペル、もしくはソウル的な内的な音楽性が積み上がっていく。ボーカルの”合奏”ともいえる圧巻さのある楽曲で、最後まで聴き逃がせない。

このアルバムは、冗長なところがなく、ぼんやり聴いていたら終わってしまう不思議な魅力を持っている。最近の歌物のシンガーソングライターの作品としては非常に珍しいタイプの作品です。

ラナ・デル・レイの最新スタジオ・アルバム「Chemtrails Over The Coutry Trails」。まだ、数ヶ月ありますが、多分、シンガーソングライター部門の今年度の最高傑作になるだろうと個人的には踏んでいます。

Sleaford Mods 

 

スリーフォード・モッズは、イギリス、ノッティンガムで2007年に結成されたポスト・パンク・ドゥオ。英国の名門インディーレーベル、ラフ・トレード所属のアーティストの中で、現在、ブラック・ミディと共に最も勢いのあるユニットといえそうです。

 

現在は、ジェイソン・ウィリアムソン、アンドリュー・ファーンの二人で活動している。これからワールドワイドな人気を獲得しそうなアーティストとしておすすめしておきます。

 

すでに、プロディジーの作品への共同製作者として参加しているため、その辺りのシーンに詳しい人は、ご存知かもしれません。

 

活動初期は、ビースティー・ボーイズのようなポスト・パンクとダンス・ミュージックを絶妙に融合させた苛烈な音楽性を展開していたが、近年、ヒップホップ色を徐々に強め、メッセージ性においても苛烈になって来ている。スリーフォード・モッズのスポークンワードは力強く、真実味がある。それはなぜかというと、彼等の音楽と言葉には現実に対する視点が真摯に込められているからでしょう。

 

現在、ヒップホップ好き、パンク好きの双方のファンを獲得している気配があります。彼等は、ファッションでなく、本格派のアーティストといえるでしょう。つまり、いかにもイギリスらしいユーモアみのある音楽家といえ、往年のOiパンク後の労働者階級、「Working Class Hero」不在の時代の空白を埋めるヒーロー的存在がついに出てきたといっても大袈裟ではないかもしれない。

 

これまで、スリーフォード・モッズは、自分たちが労働者階級の最前線に立っていると明言しています。実際、彼等のリリック、音楽には、社会の網目からこぼれおちたような人達を支えるに足る強さがある。彼等の紡ぎ出すライム、つまり、スポークンワードは、英語という言語の面白さを駆使している。もちろん、韻を踏んだりといった言葉遊びのニュアンスもあるけれども、強烈な皮肉、ユーモアが宿っています。

 

まるで、その言葉には、ほかの奴らはやすやすと飼いならせるだろうけれど、俺達だけは無理だ、と社会に対して表明するような姿勢が見受けられます。無論、スリーフォード・モッズのウィリアムソンとファーンが生み出す音楽の内奥に込められている強固な反骨精神というのは、単なるポーズでも人気取りからくるものではなく、まさしく、彼等自身の実際の労働者階級の苦しい生活から生み出された冷厳な感情を直視しているからこそ滲み出る激渋のライムと言える。

 

彼等スリーフォード・モッズのスポークンワードには、他の英国社会の弱い人達、何らかの組織に属するがゆえ、容易に口に出せないような社会に対する痛烈な皮肉が込められている、その痛快さに聞き手は共感し、快哉を叫びたくなるはず。

 

つまり、長らく、イギリスの多くの音楽ファンは、彼等のようなスパイシーな存在の台頭を今か今かと待ち望んでいたのかもしれない。そして、それが現在の英国のミュージック・シーンで、スリーフォード・モッズが大きな支持を集めている理由であり、また、このあたりに、今、英国の隠れたワーキングクラス・ヒーローとして崇められている由縁が求められるかもしれません。

 

スリーフォード・モッズの最新アルバム「Spare Ribs」は、Punk Rapといわれるジャンルに属するものと思われますが、本人たちは、あくまで、エレクトロ・パンク、ポスト・パンクと、自身の音楽の立ち位置を表明しています。 

 

 

 

「Spare Ribs」2021  Rough Trade

 

 

 

 

 

 

 TrackListing

 

1.The New Brick

2.Shotcummings

3.Nudge It

4. Elocution

5.Out There

6.Glimpses

7.Top Room

8.Mork n Mindy

9.Spare Ribs

10.All Day Ticket

11.Thick Ear

12. I Don't Rate You

13.Fishcakees

 

 

 

Listen on Apple Music  

 

 

 

今作「Spare Ribs」に見える英語の発音のニュアンスの面白さはもちろんのこと、音楽フリークとしての往年のイギリスのポスト・パンク時代の音楽に対する多大な敬意が感じられる。ポスト・パンクの名作Wireの「Pink Flag」の音楽性に、現代ヒップホップの風味がセンスよく付加されたと言うべきでしょう。

 

アルバム全体を通し、スリーフォード・モッズ二人の往年のポスト・パンクに対するひとかたならぬ情熱が滲んでいるように思えます。もちろん、彼等の音楽性の背景は幅広いのは、このアルバムを聞いてもらえれば理解してもらえるでしょう。まさに、これは、ラップ、ポスト・パンク、それから、デトロイト・テクノ、アシッド・ハウス、トリップホップ。これらを咀嚼した後に生み出された非常に新鮮な音楽です。

 

彼等は、スポークンワードだけでなく、トラックメイカーとしても優れていることを今作において証明してみせている。それは三曲目の「Nudge It」を聴いていただければ十分に理解してもらえると思います。この楽曲は、20年代の新たなポスト・パンクの台頭をはっきりと予感させる名曲。

 

もちろん、ライムの要素を差し引いてバックトラックだけに耳を傾けても、単純に彼等の楽曲の音の格好良さは十二分に体感できるはず。彼等の楽曲は常に、観客やリスナーの方を向いていて、内面に籠もることがない。痛快で小気味良いビート、ディストーションを効かせた尖りまくったベースライン、フックの効いたフレーズが実に見事にマッチしている。さらに、ウィリアムソンの皮肉とユーモラスを交えた歌詞が込められ、テンポよく楽曲が展開されていく。 この曲での、ウィリアムソンとファーンのスポークンワードの絶妙な掛け合いというのは最早圧巻というしかありません。

 

また、「Out there」では、往年のアシッド・ハウスに対する傾倒も感じられる。何とも渋さのあるトリップホップを彷彿とさせるような雰囲気のある楽曲。ここでも、妙に癖になる言語の旨みが凝縮されている。仮に、この言語に対する理解が乏しいとしても、ウィリアムソンとファーンの英語の間の取れたリリックの節回しのクールさは、この二人にしか生み出し得ないといいたい。

 

表題曲「Spare Ribs」では、彼等が自分たちの音楽を”ポスト・パンク”と自負しているように、往年のWireの音楽性に対する憧憬が垣間見えるようです。バックトラックは、完全にポスト・パンクなのに、実際の音楽の雰囲気はヒップホップ。このトラックのなぜか妙に癖になりそうなビートは、やはり、ポスト・パンク世代の音楽を通過してきたからこそ生せる通好みのリズムなのでしょう。

 

ラストに収録されている「Fishcakes」も聴き逃がせない。他の曲と全く異なる雰囲気の感じられる秀逸なトラック。他のからりとした楽曲に比べるも、往年のグランジを思い起こさせる暗鬱な雰囲気が漂っています。

 

けれども、なんとなく近寄りやすい、また、親しみやすいような印象を受けるのは、この楽曲がスリーフォード・モッズの実際の暮らしから汲み出された感慨を生々しく刻印しているからこそでしょう。

 

つまり、彼等は、英国の労働者階級の暮らしの心情を代弁している。音楽的にも、ヒップホップ・バラードといった感があり、独特な雰囲気を感じさせる楽曲です。

 

今作「Spare Ribs」は、全体的に非常に聞きやすく、クールな楽曲で占められています。ヒップホップファンだけでなく、往年のポスト・パンクファンにも是非推薦したい痛快な一枚です!!



参考サイト

 

Sleaford Mods Wikipedia

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Sleaford_Mods

 

Peter Broderick

 

 

Peter Borderickは、アメリカのオレゴン州出身のミュージシャンで、現在はアイルランドに移住しているポスト・クラシカルのシーンで活躍目覚ましい音楽家です。

 

彼のピアノ・アンビエントの傑作スタジオアルバム「Grunewald」については、既に、アルバムレビューコーナーで取り上げておいたので、参照していただきたいと思います。

 

Peter Bloderick 「Grunewald」Album Review

 

さて、”今週のオススメの1枚”として取り上げておきたいと思うのが、ピーター・ブロデリックの最新アルバム「Blackberry」です。

 

これまで、ピーター・ブロデリックは主にアンビエント・ピアノの繊細で叙情性のあるアプローチを見せているが、本作では、ボーカル入りの楽曲に再挑戦している。歌物としては、実に2015年リリースのスタジオ・アルバム「Colours of The Night」以来となります。

 

本作「Blackberry」は、”家族”をモチーフにした作品であるらしく、彼自身のボーカルをフーチャーした穏やかで温かみのある作品となっています。

 

 

 

「Blackberry」2020

 

 

 

 

 

 

 

 

 TrackLisiting

 

1.Stop and Listen

2.But

3. What Happened Your Heart

4.The Niece

5.Ode to Blackberry

6.Let It Go

7.What's Wrong With a Straight Up Love Songs

8. Wild Food

 

 

 

本作は、2019年、ピーター・ブロデリックが過ごしていた英国の自宅でレコーディングされたという宅録アルバム。

 

彼自身の言葉に拠れば、"エクスペリメンタル・ベッドルーム・インディー・ポップ”というジャンルを想定したようです。つまり、ブロデリックの新たな挑戦を刻印したみずみずしい作品といえます。

 

このアルバムには良質な楽曲が散りばめられており、掴みやすい音楽性で、聞き手を引き込む力が十分に込められている。もちろん、ブロデリックの音楽を聴いたことがないという方、また、ポストクラシカルに馴染みがない方も十二分に楽しめる内容となっているはず。

 

それまでのインスト曲を中心としたアプローチから転換を図ったスタジオ・アルバム「Colours of the Night」においては、どちらかというと、ブロデリックは内省的なアプローチを試みていた。五年振りにボーカルトラックに挑戦した本作では、楽曲の方向性が外向きになったというべきか、聞き手に歩み寄るような形の聞きやすい印象のある音楽性に挑戦しています。

 

そして、本作「Blackberry」では、ピーター・ブロデリックのこれまでの音楽的な経験の蓄積というのがこの上なく発揮されています。

 

今作のテーマ、”家族”という概念のあたたかみ、いつくしみを表現することに成功している。彼の提示する今回のモチーフは、このアルバム全体に通じている雰囲気があり、聞き応えのあるコンセプト・アルバムのような物語性も感じることが出来るはず。

 

全体的には、フォーク音楽を下地にし、そこに、往年の英国の古典的なポップ/ロックミュージックのニュアンス、彼本来のポスト・クラシカルの風味を付加したような印象。彼のボーカルというのは堅苦しくなく、ブロデリックのアルバムの中では最も親しみやすい部類に入る。

 

 

一曲目「Stop and Listen」は、ユニークなホーンをフーチャーした楽曲である。柔らかなマンドリンのアルペジオも聴くことが出来る。そして、ピーター・ブロデリックのボーカルというのも懐深さを感じさせます。

 

四曲目「The Niece」では、珍しくトラディショナルフォーク寄りのアプローチを取っており、弦楽器のアレンジメントの効果により、清涼感のある雰囲気も感じられる。

 

五曲目「Ode to blackberry」はボーカルだけでなく、ブロデリック自身の弦楽器の演奏が味わい深い。

 

六曲目「Let It Go」は、2021年の最新EP「LET IT GO BLACKBERRY SUNRISE REMIX」において、クラブ・ミュージック風のアレンジとしてのリミックス。本作では、原曲の穏やかでくつろいだ良質なフォーク、インディー・ポップの旨みを心ゆくまで味わいつくすことが出来るはず。

 

 

また、スタジオアルバム「Blackberry」で聞き逃す事ができないのが、アルバムの最後に収録されている「Wild Flower」。音楽の方向性として、オアシスのモーニング・グローリー、つまり、ブリット・ポップ全盛期の雰囲気を引き継いだ素晴らしい楽曲。

 

「Blackberry」2020は、これまでのピーター・ブロデリックのクラシカルの音の方向性とは一味違った英国のロック/ポップ音楽への敬意が感じられる傑作となっています。

 

また、本作には、聞き手の心に、爽やかな活力を呼び覚ます力が込められているように思えます。それはきっと、ピーター・ブロデリックの提示する”家族”という概念が、非常に穏やかで、温かみあるものだからなのでしょう。

 

リラン・ラ・ハヴァスは、ロンドン出身の女性R&Bアーティスト。イギリスのR&B界で現在最も一番勢いの感じられるシンガーソングライターの一人に挙げられる。ヴォーカリストとして非常に広い音域を持つアーティストで、これから世界的なアーティストになるべく、今、その階段を一歩ずつ登っている最中であるように思われます。

 

 

彼女の作曲能力というのは生来のものといえるでしょう。何より、ハヴァスの歌声には、”歌う”ことを真心から楽しんでいる雰囲気がある。彼女の愉しみに満ちた歌声は、今日まで世界中の多くの人々の心を明るく照らしてくれています。

 

 

ラ・ハヴァスがミュージック・シーンに名乗りを挙げたのは、2011年のシングルEP「Lost&Found」。それも、二十代でのデビューでありながら、満を持して登場したという表現が相応しいかと思います。この作品は、お世辞抜きにして、新人らしからぬ高い完成度を誇る素晴らしい作品です。

 

 

 

これまでの十年のキャリアの中で、リラン・ラ・ハヴァスは、実力派シンガーとしての自身の力量を遺憾なく発揮して来ています。

 

 

女性シンガーとしての、渋みすら感じさせる聴き応えのある歌声、そのキャラクターの存在感というのも並外れていて、また、楽曲も、穏やかな気分にさせてくれる秀でた曲ばかり。彼女のソングライティングには、R&Bにとどまらず、往年のロック・ミュージックからの影響も伺わせるものがある。

 

 

しっとりとしたバラードソングだけでなく、清々しさのあるポップ・ソング、稀にはロック寄りのアプローチもあって、そこには少なからずの熱狂性も宿っている。自ずと、楽曲はヴァリエーション、バラエティに富む。これらが、ハヴァスの生み出す楽曲の特徴であり、その辺りに万人受けする聞きやすさがあるはず。年代問わずに親しむことが出来、聴き応え十分の音楽といえるでしょう。

 

 

リラン・ラ・ハヴァスの魅力は、少しハスキーな声質に依る音域の広い歌声だけにとどまりません。なんと言っても、彼女はシンガーソングライターでありながら、秀逸なギタープレイヤーとしての表情も持ち合わせています。ライブでは、ギターを弾きながら、この素晴らしい歌声を聴かせてくれる。つまり、歌姫ディーヴァとしてのキャラクターと、ギタープレイヤーとしてのクールさも併せ持っています。ラ・ハヴァスは、本格派のアーティストといえるかもしれません。


 

 

2020年の最新スタジオ・アルバム「Lianne La Havas」は「Is Your Love Big Enough?」「Blood」に引き続いて、ワーナー・ブラザーズから発売となっています。

 

 

 

 

 

アルバム・タイトルに自身の名”Lianne La Havas”を冠することからも、レコード会社からの大きな期待が込められているのが伺えます。しかし、それはただの期待に留まらない。実際、このアルバムにおいて、ラ・ハヴァスは、自身の音楽性を未来に向けて推し進め、新領域へ軽やかにステップを踏み出しています。それは楽曲の素晴らしい出来映えも当然ながら、ギター・プレイ、また、歌声という面でも、前二作のスタジオ・アルバムに比べ、大きく前進したように思えます。

 

 

今作では、さらに楽曲として洗練された印象を受けます。アルバム全体として聴きごたえがあり、迫力もある。エレクトリック・ピアノが楽曲に華やいだ風味を与え、ラ・ハヴァス自身の弾くエレクトリックギターも、IDMの雰囲気を醸し出している。また、ターンテーブルのスクラッチを回すような特殊な技法が新たに編み出されている。これらの要素が楽曲構成上で、絶妙なバランスで合わさることにより、”Neo R&B”の形としてひとつの完成を迎えたように思えます。

 

 

アーティストとしての真価、いや、進化は、彼女の新たな代表曲「Road My Mind」を聴けば瞭然でしょう。ここで、ラ・ハヴァスは、シンガーソングライターとして最盛期を迎えつつあるといえます。この楽曲は、往年のアレサ・フランクリンのような深い感慨のあるR&Bの影響を感じさせ、現代的な洗練性も持ち合わせています。

 

どこかしら渋みの感じられるリズミカルな歌声というのは、心浮き立つような感慨を聞き手にもたらしてくれるはず。

 

 

特に、リラン・ラ・ハヴァスの歌姫として、より大きな存在へと変身しつつある雰囲気が伺えます。そして、アーティストとしての素晴らしい成長が顕著に伺えるのが、アルバム七曲目収録の「Weird Fishes」です。

 

 

ここで、ラ・ハヴァスは、これまで積み上げてきたR&Bのソングライターとしての実力を遺憾なく発揮している。癖になるようなフックの効いたリズム、伸びのあるヴォーカルというのは、これまでにない新たな景色を聞き手に提示しているようにも思える。懐深さ、奥行きの感じられる名曲です。

 

 

そして、八曲目収録の「Please Don't Make Cry」もまたとても聴き応えのある名曲として外す事ができません。しっとりしたバラードの雰囲気を感じさせながら、そこに、大人の質感が上品に漂う。ここに感じられるのは、芸術家としての実際の体験が、楽曲に深みを与えている印象を受ける。エレクトリック・ピアノのアンニュイな感じは、アリシア・キーズの名曲を彷彿とさせます。

 

 

ラ・ハヴァスは、自身のユニークなキャラークターの雰囲気を前面に押し出して、そして、自身の人生の中から引き出された唯一無二の叙情性を、このアルバムの楽曲の中に、”真摯に”込めている気配が伺えます。それはまた、R&Bの本来の魅力を引き出すという面で大きな成功を収めたように思えます。

 

 Jaga Jazzist「Pyramid」2020  

 

Jaga Jazzistは、トランペット、クラリネット、チューバ、ビブラフォーン、他にも、キーボード奏者をバンド内に擁する大所帯バンドで、Lars Horntveth、Line Horntvethの兄弟によって1994年に結成、幾度かメンバーチェンジを繰り返しながら、現在までノルウェーのミュージックシーンを牽引して来ています。

 

 

とくに、このバンドの中心人物、Lars Hrontveth(ラーズ・ホーントヴェット)は、楽器のマルチプレイヤーであり、クラリネットを中心に、サックス、パーカッションをハイレベルに演奏出来てしまう”鬼才”といえます。また、演奏する楽器の多彩さにとどまらないで、ジャガ・ジャジストの作曲もこなすという点で、世界で最も傑出したミュージシャンの一人に挙げても差し支えないでしょう。また、Lars Hrontvethとしてのソロ作品「Pooka」も、またエレクトロニカの隠れた名盤のひとつです。

 

 

彼等は、ロック・バンドとして、キーボードをはじめ、金管楽器、木管楽器を、バンドサウンドに絶妙に溶け込ませるという点では、本格派のジャズバンドといえ、アメリカのトータスに近いものがある。また、サウンド面の特色では、時に、ザ・イエス、ラッシュのような、壮大なスケールの音響世界を構築していくあたりは、プログレッシヴ・ロックの範疇に入れても良いかなという気がします。 

 

 

 

 

 




スタジオ・アルバム最新作、2020年リリースの「Pyramid」は、ジャガ・ジャジストの音楽性が完全なバンドサウンドとして、(ピラミッドの)頂点を迎えたといえるでしょう。また、これは、ジャガ・ジャジストの音楽性がより深く洗練された瞬間を捉えた瑞々しいバンドサウンドといえるかもしれません。

 

 

スタジオアルバムとしての完成度もさることながら、サウンドのタイトさにおいても、今作は彼等の歴代の作品でも群を抜いており、アルバムに収録されている四曲全てに統一感があるように感じられます。

 

 

一曲目「Tomita」のイントロでは、これまでよりも遥かに味わい深い上質なホーンセクションのハーモニクスが味わえる。ここで、2004年リリースの「Magazine」で見せたようなサウンドの原点に立ち返り、そこにまた、さらに和音構成という形で、美麗さを追究したというような印象を受けます。

 

 

管楽器のゆったりした甘美なハーモニクスが展開されており、ジャズバンドとしての堂々たる風格すら感じられる。もちろん、曲の中盤は、ジャガ・ジャジストらしい、移調を頻繁に繰り返しながら奥行きのある展開力を持ったインストゥルメンタルが進行していく。曲の終盤にかけての、往年のプログレを思わせる壮大でSci−fiチックな展開力も素晴らしい。

 

 

二曲目の「Spairal Era」も、一曲目の壮大なスケールを引き継いだ形の楽曲。キーボードのシークエンスを活かした広大な世界が厚みのあるバンドサウンドによって曲の終盤にかけて緻密に完成されていく。シャッフル風のリズムのオシャレさ、ギターのファンク寄りのアプローチもこの楽曲をユニークにしている。

 

 

また、三曲目の「The Shrine」は、彼等の最高傑作のひとつに挙げられるかもしれません。これぞまさに、ジャガ・ジャジスト節ともいえる名曲。クラリネットが紡ぎ出す不可思議なメロディーには、独特で蠱惑的な雰囲気が滲んでいて、そして、なんとなく、このファッショナブルな感じをつかめたら儲けもの。貴方はすでにジャガ・ジャジストのサウンドの虜になっていることでしょう。

 

 

それから、新作アルバムのラストをオシャレに彩るのが「Aphex」。ここでは、ダンサンブルな最新鋭のノリノリな北欧エレクトロを体感できるはず。もちろん、単なる淡白なエレクトロにとどまらないのは、ギターの清新な風味が添えられているからでしょう。この浮遊感と疾走感のある楽曲では、これまでのジャガ・ジャジストの音楽性の先にある新たな一面を見せてくれている。まるで、ティコ(スコット・ハンセン)を思わせるような爽やかさのある、最新鋭の軽快なエレクトロが展開されています。

 

 

 

ジャガ・ジャジストのサウンドは、いよいよ結成二十七年目にして最盛期を迎えたといっても過言ではないでしょう。

 

これまでの音楽性を下地に、新たに壮大なスケールの世界観を形成している。そこには、以前にはなかった経験からもたらされるバンドとしての余裕すら感じられます。また、大編成のバンドサウンドとして、シンコペーションの強拍の音圧の凄さというのは筆舌に尽くしがたい。金管楽器、木管楽器、キーボード、ドラム、これらの楽器のブレイクが「ビシッ!」と決まった瞬間のクールな迫力に圧倒されること間違いありません。

 

 

この新作アルバムにおいての凄まじい展開力、バンドサウンドとしての良い意味での緊迫感というのは「圧巻!!」としかいいようがなく、このアルバムには、まるで、往年のプログレッシヴロックを彷彿とさせるようなパッションすら感じられることでしょう。

 

 

二十七年という長期間の継続的な活動が、彼等のバンドサウンドを強固にし、このようにピタリと息のとれた力強い圧倒的なオーラを持つロック・バンドとしてのサウンドを形作ったといえる。まだまだ、底知れないポテンシャルの感じられるノルウェーのバンド、ジャガ・ジャジストにこれからも注目してくださると嬉しいです。

 

 

Jaga Jazzist 公式サイト

 http://www.jagajazzist.com/


Andy Stott「NEVER THE RIGHT TIME」

 

 

2021年リリースのAndy Stottの新譜「Never The Right Time」は、スタジオ・アルバム通算九作目となり、やはりModern Loversからのリリース。

 

 

今回のスタジオアルバムは、2014年の「Faith In Strangers」のゲスト参加していたAlisson Skidmoreを迎い入れた事実から見て分かる通り、前々作「Too Many Voices」で一時的に保留していたボーカル曲としての路線に回帰したような印象を受ける。

 

 

もちろん、アンディ・ストットは、英国のクラブミュージックの最前線を行くアーティストの一人として、今日の、あるいは、未来の先鋭的な音楽を、ファンの元に届けてくれているあたりは頼もしさを感じる。 

 

 

 

 

 

ストットの新作アルバム「NEVER THE RIGHT TIME」は、近年の前衛的なリズム性を引き継ぎつつ、新たな作品として、そしてまた聞きやすい作品として、幅広いリスナーに受け入れられるだろうと考えている。

 

 

今作を聴いてかなり驚かされたのは、これまでのアンディ・ストットにはなかったアプローチが顕著に見られることでしょう。それは、つまり、最終曲「Hard To Tell」において、ギターのフレーズがエフェクティヴに、そして、時にサイケデリックに、トラック中に見事に取り入れられている点。

 

 

元来、彼は、印象的な楽器風のベースフレーズを「Faith in strangers」において実験的に取り入れているが、これは、まだ、どことなく打ち込みらしいニュアンスを感じさせるフレージング方法だった。それが、今回、楽曲「Hard to Tell」の中にスキッドモアの艷やかなボーカルを交えて、ギターフレーズが全面的にフーチャーされているというのは、他のクラブ界隈の近年のアーティストに影響されてなのかまではわからないが、これからストットの音楽の可能性がさらに広がっていくような予感が伺える。前作において、リズムでの前衛性の限界に到達したことの反作用がこの作品をリズムではなく、構造や旋律という面でのアプローチを促したのかもしれない。

 

 

今作は、リズム的なアプローチというより、彼が名作「Faith in Stranger」で見せた自身の美麗なメロディー性、そして、その背後に広がるアンビエンスを徹底的に追求した作品といえるでしょう。ストットの音楽的な目新しさとは別に、これまで追求してきたダブステップの先鋭的なアーティストとしての矜持は、やはり、今作でも遺憾なく発揮されている。

 

 

怪しげで蠱惑的な雰囲気を伺わせる楽曲「Away not Gone」は、彼の新たな代名詞的な楽曲と称しても良いくらいの素晴らしい出来栄えといえる。イントロの初めはドローン風と思わせておきながら、アリスン・スキッドモアのボーカルが入った途端に雰囲気は一変し、この楽曲に、奇妙なほどの清涼感を与えている。これは、上手くストットのマジックに惑乱させられたという形。

 

 

全体的としては、それほど嵩じたようなテンションの曲はなく、徹底してストイックなクラブミュージックが展開される。初期の方向性への原点回帰も果たしているあたりも、これまでの方向性をこのアルバムにおいてさらに洗練させたといえるかもしれない。

 

 

これは、もしかすると、今日の世界的な情勢というのが、ストットの人生観、もしくは音楽観の中に大きな影響を与えている気配もあろうかと思う。クラブミュージシャンとしてこれからどんな音楽を追求していくのか、この作品はクラブアーティストとしての大きな声明であり、代弁であるようにも思える。それを言葉でない言語、音楽として、彼は今作で高い芸術性をもって紡ぐことに成功している。

 

 

この非常にストイックな作品「NEVER THE RIGHT TIME」から垣間見える事実は、今、アンディ・ストットは、音楽性において、重要な分岐点に差し掛かっているということだ。ストットの音楽は、基本的にはダンスフロアむけに作られているが、私見としては、今作もまた同じように自宅で静かに聴くIDM(Intelligence Dance Music)の要素も色濃く感じられるように思える。


Squarepusher 「Feed Me Weird Things」2021

 

 

 

英国のWarp Recordの象徴的な存在、この二十年の英国のクラブシーンをエイフェックス・ツインと共に牽引して来たスクエアプッシャーのデビュー作「FEED ME WEIRD THINGS」の25周年記念リマスター・バージョンが6月4日に再発される。

 

オリジナル版はLPリリースのみで、今回デジタル版としては最初のリリースとなります。ファンは泣いて喜びましょう。

 

「高音質UHQCD」という聞き慣れない圧縮形式が、技術的にどんなものなのかについての詳細は、ハイ・クオリティCD-Wikipediaを参考にして頂き、ここではスクエアプッシャーの新譜の感想のみを述べておこうと思います。 

 

 

 

 

 

 




1.Squarepusher Thema

2.Tundra

3.The Swifty

4.Dimotane Co

5.Smedleys Melody

6.Windscale 2

7.North Cinclur

8.Goodnight Jade

9.Thema From Ernest Borgnine

10.U.F.O's Over Leytonstone

11.Kodack

12.Future Gibben

13.Thema from Goodbye Renald

14.Deep Fried Pizza 

 


 
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このリマスター版を聴くと、トーマス・ジェンキンソンの代名詞とも呼べるドラムンベースサウンドが高音の抜け、そして、低音のグルーブの厚みがバランスよくリマスターされていて、低価格イヤホンでもダンスフロアで音を聴いているかのようなリアリティが感じられる一枚となってます。


レコード技術の知識については疎いため、あまり偉そうなことをいえないですけども、今回の高音質バージョンは、最新のリマスタリング技術も、ここまで来たのかと唸らされるような高級感のある音の仕上がり。

 

レコード生産技術というのは、日々進化しているというのが、音の質感によって感じることができるのは、クラシックでのオケの弦の温かみ、もしくは、コンサートホールの空間のダイナミクスというのも醍醐味といえるかもしれないが、こういったクラブ・ミュージックについても引けを取らないものがある。そして、今作のリマスタリング盤は、スタジオ・アルバムの形式でありながら、音に迫力感が他の作品よりも増しているように思え、ライブ感というのも凄まじい。

 

英国の「コーンウォール一派」と呼ばれるアーティストの一角をなすスクエアプッシャーは、この二十年以上のキャリアにおいて、ソロベース作品「Solo Electric Bass 1」でジャズ・フュージョン的なアプローチを見せ、スタジオ・アルバムで新しいエレクトロサウンドへ傾倒を見せたり、同レーベルを象徴する、クラーク、エイフェックスと異なるスタイルで独自の音楽性を追求している。

 

そして、この一枚を聴いてあらためて断言しておきたいのは、このデビュー作「FEED ME WEIRD THINGS」こそが、彼のキラキラと溢れんばかりの才質が感じられるスクエアプッシャーの最高傑作であるということ。

 

一曲目「Squarepusher Thema」から、誰も踏み入れたことのないアシッド・ハウスの先の極致ともいえる領域に入り込み、ベーシストとしての傑出したテクニックもたっぷり味わえるはず。

 

「Tundra」では、ダブステップ界隈のアーティストが、後の10年代に当たり前のように奏でる音を、エイフェックス風のドリルンベースと呼ばれる緻密なリズムを交えてあっけなくやってのけているあたりも驚愕といえる。

 

「Smedleys Melody」では、後のジャズ・フュージョン的なアプローチを予見するかのような前衛的なエレキベースを主体としたスイング風のリズムにも、ジェンキンソンは挑戦している。重低音の響き、そして、畳み掛けるようなドラムンベースのリズム、シンセリードの音色を変幻自在に変化させている辺りの音楽性は後の「Ultravisitor」の楽曲性の萌芽を見てとる事ができるはず。

 

そして、このアルバムの肝となるのが、スクエアプッシャーの後の一つの方向性を決定づけた「Thema From Ernest Borgnine」。この圧倒される音楽性の凄さというのは筆舌に尽くしがたいものがある。


たった、四小節のリンセリードのモチーフで、これだけの曲の表情に変化をつけられるのは、世界中見渡しても、トマス・ジェンキンソンくらいしか見当たらないかもしれない。この曲は、本当に感動ものです、英エレクトロ史上最高傑作の一つといっても過言ではないはず。

 

今回、初めて、デジタル版として解禁となったこの「Feed Me Weird Things」というデビュー作は、ファンにとってはたまらないものがあるでしょう。今作は、スクエア・プッシャーというミュージシャンの際立った凄さというのが痛感できる高音質のリマスター音源となっています。

 

 

 

Clark「Playground In a Lake」

 

 

 

 

Clarkは、クリス・クラークのソロプロジェクトで、スクエアープッシャーやエイフェックスと共に既にテクノ界の大御所ともいえる存在。

 

 

現在、イギリスからドイツに移住し、ワープレコードから移籍し、今作も前作に引き続いてドイツ・グラムフォンからのリリースです。

 

 

クリス・クラーク自体は、オラフソンの作品への参加など近年、クラシカルアーティストに近い活動を行うようになり、その辺りは彼の最近のドイツ移住に関連しているのかもしれません。

 

 

元々、クラークというのは、イギリスのワープ・レコーズの代表的な存在であり、元々はコアなテクノ、エレクトロを追求するアーティストでしたが、2016年「The Last panthers」辺りから徐々に方向性を転じていった印象を受けます。

 

 

活動初期はコアなテクノ、エレクトロという音の印象があり、それをクリースクラークらしいというか、彼の真骨頂であった音楽性がいよいよひとつの沸点を迎え、アンビエント・ドローン、そして、ポスト・クラシカル、ニューエイジの雰囲気も出てくるようになりました。これは往年のクラークを知るファンにとっては彼が一足先を行ってしまったのが少し寂しくあり、また、楽しみなところでもあるでしょう。 

 

 

Playground In A Lake  2021

 

 

 

 

 

そして、2021年3月26日リリースの今作「Playground  In a Lake」では、ピアニスト、コンダクターとしても活躍するAndy Masseyを迎え入れ、そして、さらに豪華なストリングス編成を加えたアルバムとしてリリース。

 

 

これはクリス・クラークの見せた新たな一面といって良いように思え、そして、元はワープレコードの代名詞的な存在でありながら、彼がいよいよクラブアーティストと呼ばれるのを拒絶しはじめたような印象を受けます。

 

 

この新作アルバムで展開されていく美しい電子音楽という彼の長年のキャリアの蓄積を踏まえた音楽性というのは、既に彼が現代音楽、または、純性音楽家としての道を歩み始めた証左であり、彼の往年のファンにとどまらず、クラシック界隈のファンにも自信を持ってレコメンドしたい作品です。 

 

 

ここでひとつのポスト・クラシカルとしての完成形をむかえた今作は、美麗なストリングスの表情をもち、また、ピアノの慎ましい演奏により、時には、クラーク流の電子的音響世界により、綿密かつ緻密、そしてインテリジェンス性を持って作り上げた歴史的名盤。彼自身のTwitterでのつぶやきを見ても、クリス・クラーク自身も、この新作の出来栄えに大きな満足感を抱いている様子。 

 

 

IDM(Intelligence Dance Music)というジャンルの一歩先を勇ましく行くのがクラークという存在であり、もちろん、それはかつての盟友、エイフェックスや、スクエアプッシャーが未来に見る音楽とは全く別の様相。

 

 

さて、これから、クリス・クラークがどのような新境地を開拓するのか、ファンとしては一時たりとも目を離すことができないでしょう。