Jim O'Rourke(ジム・オルーク)によるBurt Bacharach(バート・バカラック)のカヴァーアルバム『All Kinds of People ~love Burt Bacharach』(2010)がサブスクリプションで復活する。

 

このアルバムは本日(1月24日)にデジタルで発売、続いて、3月9日には数量限定で見開きダブル・ジャケットのLPとCASSETTE TAPEで発売される。リリース情報の詳細を下記から確認してみよう。

 

Jim O' Rouke(ジム・オルーク)は、シカゴのエクスペリメンタル・フォークの大御所として名高い。ギタリストとしては、ミュージック・セリエルに近い無調のスケールの演奏をすることで知られている。ジム・オルークは、Sonic Youthにも一時的に参加したほか、デビッド・グラブスとジョン・マッケンタイアが中心となって結成した”Gastr Del Sol”に1994年に加入した。

 

ジョン・マッケンタイア擁するTortoiseの『TNT』と並び、”シカゴ音響派”の名作として知られる『Upgrade & Afterlife』に参加している。以降、オルークは、ソロアーティストやプロデューサーとして活動するようになった。アメリカでは、Wilco,Superchunkの作品のプロデュースを手掛けたほか、イギリスでは、Beth Orhon(ベス・オートン)の作品をプロデュースした。

 

オルークは、親日家の一面を持つことでよく知られている。日本のミュージック・シーンとの関わりが非常に深く、Melt Banana,チャット・モンチー、大友良英、カヒミ・カリイの作品のプロデュースを手掛けている。さらに、従来から日本映画に対するリスペクトを表明しており、それは若松孝二監督の映画『実録・連合赤軍』へのサウンドトラック提供を見てもよく分かる。



本日、デジタル・ストリーミングで解禁されるカヴァー・アルバム『All Kinds of People ~love Burt Bacharach』には、ジム・オルークの他にも日米の豪華なアーティストが参加している。

 

細野晴臣、小坂忠、Thurston Moore(サーストン・ムーア)、Donna Taylor(ドナ・テイラー)、カヒミ・カリィ、坂田明、中原昌也、やくしまるえつこなど、総勢11人のヴォーカリストをフィーチャー、個性的なバカラック・ナンバーを構成する。「ユリイカ」と共にJim O'Rourkeの代表的な作品となっている。




・Jim O'Rourke / All Kinds of People ~love Burt Bacharach~ [ Digital ]




DDCB-13010 | 2024.01.24 Release
Released by B.J.L. X AWDR/LR2

 

配信リンク:

https://ssm.lnk.to/AkoP_lBB

 

・Jim O'Rourke / All Kinds of People ~love Burt Bacharach~ [LP]




[ LP ] DDJB-91304 | 2024.03.09 Release
Released by B.J.L. X AWDR/LR2 | 4,000 Yen+Tax

 



・Jim O'Rourke / All Kinds of People ~love Burt Bacharach~ [CASSETTE TAPE]




[ CASSETTE TAPE ] DDTB-13003 | 2024.03.09 Release
Released by B.J.L. X AWDR/LR2 | 2,273 Yen+Tax

 


Tracklist:


A1. Close To You / 細野晴臣
A2. Always Something There To Remind Me / Thurston Moore(サーストン・ムーア)
A3. Anonymous Phone Call / やくしまるえつこ
A4. After The Fox / 坂田明、中原昌也
A5. You'll Never Get To Heaven / 青山陽一

B1. Do You Know The Way To San Jose / カヒミ・カリィ
B2. Don't Make Me Over / 小坂忠
B3. Raindrops Keep Falling On My Head / 小池光子
B4. I Say A Little Prayer / Yoshimi
B5. Trains And Boats And Planes / Jim O'Rourke(ジム・オルーク)
B6. Walk On By / Donna Taylor(ドナ・テイラー)




Burt Bacharach(バート・バカラック):

 

アメリカの作曲家、作詞家、レコード・プロデューサー、ピアニスト、 20世紀のポピュラー音楽において最も重要で影響力のある人物の一人と広くみなされている。


1950年代から、彼は何百ものポップソングを作曲し、その多くは作詞家であるハル・デイヴィッドとのコラボレーションであった。バカラックの音楽は、ジャズでの経歴に影響された珍しいコード進行や拍子の変化、小編成オーケストラのための珍しい楽器の選択が特徴である。彼はレコーディング作品の多くを編曲、指揮、プロデュースしている。


1961年から1972年まで、バート・バカラックとハル・デヴィッドのヒット曲のほとんどは、ディオンヌ・ワーウィックのために特別に書かれ、ディオンヌ・ワーウィックが演奏したものであったが、それ以前(1957年から1963年まで)には、マーティ・ロビンス、ペリー・コモ、ジーン・マクダニエルズ、ジェリー・バトラーらと仕事をしていた。これらのコラボレーションの最初の成功の後、バカラックは、ジーン・ピットニー、シラ・ブラック、ダスティ・スプリングフィールド、トム・ジョーンズ、B.J.トーマスなどの歌手のためにヒット曲を書いた。

 

バカラックは全米で73曲、全英で52曲のトップ40ヒットを書いた。 ビルボード・ホット100の上位にランクインした曲には、

 

・「This Guy's in Love with You」(ハーブ・アルパート、1968年)

・「Raindrops Keep Fallin' on My Head」(トーマス、1969年)

・「(They Long to Be) Close to You」(カーペンターズ、1970年)

・「Arthur's Theme (Best That You Can Do)」(クリストファー・クロス、1981年)

・「That's What Friends Are For」(ワーウィック、1986年)

・「On My Own」(キャロル・ベイヤー・セイガー、1986年)

 

などがあり、その功績が讃えられ、グラミー賞6回、アカデミー賞3回、エミー賞1回受賞している。


 

バカラックは、作家のWilliam Farina(ウィリアム・ファリーナ)によって「その由緒ある名前は、同時代の他の著名な音楽アーティストのほとんど全てと結びつけることができる作曲家である」と評されている。「後年、彼の曲は、大作映画のサウンドトラックに新たに採用され、その頃には、オマージュ、コンピレーション、リバイバルが至る所で見られるようになった」

 

彼はまたイージー・リスニングの重要人物でもある。チェンバー・ポップや渋谷系といった後の音楽運動に影響を与えた。 2015年、ローリング・ストーン誌は、バート・バカラックとハル・デヴィッドを「史上最も偉大なソングライター100人」の32位にランクインさせた。ーWikipedia


Pixiesのソールドアウト・ツアーを記念して、『Pixies at the BBC, 1988-91』が3月8日に4ADからリリースされる。  初のレコードプレスで、2枚組CDとHDデジタル・オーディオでも発売される。


1988年から1991年、4ADの在籍時代に、ピクシーズはBBCのために6つのセッションを録音した。ブラック・フランシス、キム・ディール、ジョーイ・サンティアゴ、デイヴィッド・ロヴァリングがフロント・ランナーを駆け抜けた瞬間をタイムスタンプ化したこれらのセッションは、バンドのライブ・パフォーマンスのリアルなエネルギーをキャッチし、即座に注目に値すると感じた。


この時期に録音された24曲(「Allison」と「Wave of Mutilation」の2曲を含む)の中には、ミニ・アルバム『Come on Pilgrim』や4ADの4枚のスタジオ・アルバムのうち3枚からのお気に入りが含まれている。また、ビートルズの「Wild Honey Pie」、イレイザーヘッドの「(In Heaven) Lady in the Radiator Song」、ビーチ・ボーイズの「Hang On To Your Ego」の3曲のカヴァーもレコーディングされた。


1998年にCDでリリースされたこのリブート盤は、6つのセッションの全トラックが収録され、トラックリストは年代順に並べられている。


スリーブも一新され、クリス・ビッグによる黒と金の素晴らしいデザインが施されている。サイモン・ラーバルスティエによる未公開のピクシーズ・アーカイヴ・イメージを使用し、クリスはバンドの故ヴィジュアル・ディレクター、ヴォーン・オリヴァーに愛情を込めたオマージュを捧げている。



こちらの記事もあわせてお読み下さい:


THE TOP 10 SONGS : PIXIES  ピクシーズのベスト曲 トップ10




Pixies at the BBC, 1988-91』



Label: 4AD
Release: 2024/03/08


John Peel Session 3rd May 1988 


1. Levitate Me
2. Hey
3. In Heaven (Lady In The Radiator Song)
4. Wild Honey Pie
5. Caribou 

John Peel Session 9th October 1988 

6. Dead
7. Tame 
8. There Goes My Gun 
9. Manta Ray 

John Peel Session 16th April 1989 

10. Down To The Well
11. Into The White
12. Wave Of Mutilation

John Peel Session 11th June 1990 

13. Allison
14. Velouria 
15. Hang On To Your Ego 
16. Is She Weird

Mark Goodier Session 18th August 1990 

17. Monkey Gone To Heaven
18. Ana 
19. Allison 
20. Wave Of Mutilation

John Peel Session 23rd June 1991 

21. Palace Of The Brine
22. Letter To Memphis
23. Motorway To Roswell 
24. Subbacultcha


Pre-order:



Squarepusherが新作アルバム『Dostrotime』の制作を発表した。3月1日にWarpからリリースされる。


アルバムのリード・シングル「Wendorlan」はBMPを極限まで引き上げたドリルンベースにブレイクビーツを対比的に配置している。幻のデビューアルバム『Feed Me Weird Things』の時代の作風を思わせるものがある。


同時公開されたミュージックビデオは、まるで原子核の視点がセルンのハドロン衝突型加速器の中を旅しているように見えるかもしれない。しかし、実際はトム・ジェンキンソン自身がオシロスコープを使って作ったビデオである。フラッシュが苦手な方はご視聴をお控え下さい。


このミュージックビデオについて、ジェンキンソンはこう語っている。「トラック・オーディオとコントロール・データのコンポーネントからXY信号を生成するカスタム処理を使い、CRTオシロスコープで1テイクで撮影した。土壇場でスコープを貸してくれたデビッドに感謝したい」


「私にとって、2020年のパンデミックのロックダウンは、その恐怖の直感的なものだけでなく、その斬新で不気味で崇高な静寂のために、注目すべき時間として常に際立っているんだ。何もしないこと、つまり、音楽のレコーディングをはじめとする重要なことを邪魔しようとする絶え間ない雑念から、私(そして間違いなく他の幸運な一匹狼たちも含めて)を解放してくれたんだ」



「Wendorlan」

 



Squarepusher  『Dostrotime』


Label: Warp

Release: 2024/03/01

 


Sunny Day Real Estate(サニー・デイ・リアル・エステート)は、デビュー・アルバム『Diary』の30周年記念ツアーを今年開催すると発表した。日程は3月から10月までで、名作アルバムをフルで披露する。


バンドはまた、10年ぶりの新曲 「Novum Vetus」のリリースを発表、さらに『Diary』のスタジオ・ライブ・バージョン『Diary - Live At London Bridge Studio』をリリースした。


プレスリリースによると、7分を超えるこの曲は、1998年の『How It Feels To Be Something On』のレコーディング・セッション中に構想されたもので、オリジナル・メンバーのジェレミー・エニグック、ダン・ホーナー、ウィリアム・ゴールドスミスによって、シアトルのロンドン・ブリッジ・スタジオで、グレッグ・スラン、クリス・ジョーダンとともにレコーディングされた。


アニバーサリー・アルバムは5月3日に発売される。「Novum Vetus」は今週金曜日(1/26)に発売される。








 


ロサンゼルスを拠点に活動するインディーロック・トリオ、Cheekface(チークフェイス)が4作目のアルバム『It's Sorted』をサプライズ・リリースし、ニューシングル「Life in a Bag」のユニークなビデオも公開した。バンドがミュージックビデオを公開するのはこれが初めてである。

 

デヴィッド・コムズとベン・エプスタインが監督したこのミュージックビデオは、サイレント・ディスコで躍動するバンドをフィーチャーしている。「Life in a Bag」のビデオも視聴できる。


チークフェイスは、ヴォーカリスト/ギタリストのグレッグ・カッツ、ベーシストのアマンダ・タネン(元stellastarr*)、ドラマーのマーク・"エコー"・エドワーズで構成されている。


カッツはプレスリリースで『It's Sorted』についてこう語っている。 「僕たちはシングル・バンドだと非難されてきた。しかし、僕たちは『It's Sorted』をアルバムのためのアルバムとして制作し、あるテーマで統一しようとしたんだ」


Are we just quirky creative people forced to live on the hamster wheel of capitalism, pretending to be respectable worker bees?

 

ーー自分たちは、資本主義のハムスター・ホイールの上で、立派な働き蜂のふりをしながら生きることを強いられる、風変わりな創造的人間に過ぎないのか? 

 

Or are we just an uncool, rebellious eccentric who barely manages to conceal the fact in a vain attempt to fit into a crumbling empire? 

 

ーーそれとも、崩壊しつつある帝国に溶け込もうとする虚しい試みの中で、かろうじてその事実を隠しおおせようとする、かっこ悪い反逆を起こす奇人に過ぎないのか?


チークフェイスは、まさしく世間的な評価や一般的な価値観から逃れることが出来た数少ないロックバンドの1つである。それは、彼らが作品の出来不出来にかかわらず、音楽を純粋に楽しむことに最大の価値を求めているからである。だから、このアルバムは、ファンがそれぞれ1から10まで好きな評価を与えることが出来る。

 

「Life in a Bag」

 


バンドの最新アルバムは、2022年の『Too Much to Ask』。このアルバムには 「Pledge Drive」と「We Need a Bigger Dumpster」が収録されている。

 

チークフェイスの4作目のアルバム『It’s Sorted』は昨日より発売中。バンドの公式オンラインショップはこちら。 ヴァイナル盤ほか、バンドの特製グッズをシッピングで購入する事が出来る。


Cheekface  『It’s Sorted』

 


Tracklist:

 
1. The Fringe
2. Popular 2
3. I Am Continuing to Do My Thing
4. Grad School
5. Life in a Bag
6. Trophy Hunting at the Zoo
7. There Were Changes in the Hardcore Scene
8. Largest Muscle
9. Don't Stop Believing
10. Plastic

 

 

 

 

Cheekface Tour Dates:


23 March - Bristol @ Ritual Union Festival
24 March - Brighton @ CHALK
26 March - London @ Village Underground
27 March - Birmingham @ Hare & Hounds
28 March - Leeds @ Brudenell Social Club
29 March - Manchester @ Manchester Punk Festival
31 March - Glasgow @ Stereo
April 17 - Sacramento, CA @ Harlow’s Starlet Room
April 20 - Vancouver, BC @ Biltmore Cabaret
April 21 - Seattle, WA @ Madame Lou’s
April 22 - Portland, OR @ Mississippi Studios
April 24 - Boise, ID @ Shrine Basement
April 26 - Denver, CO @ Marquis
April 28 - Lawrence, KS @ The Bottleneck
April 29 - St. Louis, MO @ Off Broadway
April 30 - Madison, WI @ High Noon Saloon
May 2 - Minneapolis, MN @ 7th St Entry
May 3 - Chicago, IL @ Bottom Lounge
May 4 - Cleveland, OH @ Mahall’s
May 5 - Detroit, MI @ El Club
May 7 - Toronto, ON @ Horseshoe Tavern
May 9 - Boston, MA @ Brighton Music Hall
May 10 - Brookly, NY @ Music Hall of Williamsburg
May 11 - Philadelphia, PA @ First Unitarian Church
May 15 - Washington, DC @ The Atlantis
May 16 - Richmond, VA @ Richmond Music Hall
May 17 - Durham, NC @ Motorco Music Hall
May 18 - Atlanta, GA @ The Masquerade Purgatory
May 19 - Orlando, FL @ The Social
May 21 - Houston, TX @ White Oak Music Hall Upstairs
May 22 - Austin, TX @ Parish
May 23 - Dallas, TX @ Club Dada
May 25 - Phoenix, AZ @ The Rebel Lounge
May 26 - San Diego, CA @ Voodoo Room at House of Blues
May 29 - Los Angeles, CA @ Teragram Ballroom


今週初めにソーシャル・メディアで確認されたように、グリーン・デイはニューヨークの地下鉄で『Saviors』のトラックをパフォーマンスした。


パンク・バンドは、「ザ・トゥナイト・ショー」の司会者、ジミー・ファロンと50丁目駅で合流し、1994年のヒット曲 「Basket Case」とバッド・カンパニーの 「Feel Like Makin' Love 」のカバーを披露した。セッションに参加したファロンさんのコーラス、タンバリンの腕前にも注目しよう。


今回のアメリカの深夜テレビ番組でオンエアされたのは上記の2曲だけだったということだが、『トゥナイト・ショー』はボーナス・ビデオとして、彼らの最新アルバム『Saviors』に収録されている「Dilemma 」「Look Ma, No Brains!」、「American Idiot 」のパフォーマンスを公開した。


グリーン・デイの14枚目の新作アルバム『Saviors』はRepriseから先週末に発売されたばかりだ。2020年の『Father of All Moterfuckers』以来となるアルバム。「Dilemma」「The American Dream Is Killing Me」「Look Ma, No Brains」「One Eyed Basterd」を収録している。


グリーンデイは昨年、メガヒット作『Dookie』の30周年を記念するデラックス・エディションをリリースしている。






 

ドイツの作曲家/プロデューサー、Nils Frahm(ニルス・フラーム)が、2022年の3時間に及ぶアルバム「Music For Animals」以来となるソロ・ピアノ曲集の詳細を発表した。(Reviewを読む)


「Day」は3月1日にLEITER-VERLAGからリリースされ、限定盤とすべてのデジタル・プラットフォームで発売される。


2022年夏、ベルリンの有名な複合施設Funkhausにある彼のスタジオを離れ、完全な孤独の中で録音されたこのアルバムから先行シングル「Butter Notes」がリリースされた。


「Day」は、過去10年間、フラームが最初にその名を知らしめたピアノ曲から徐々に離れていき、それでもなお、より楽器的に複雑で複雑なアレンジを施した独特のアプローチに移行していくのを見てきた人たちにとっては驚きかもしれない。

 

さらに2021年、パンデミックの初期にアーカイヴの整理に費やした彼は、80分、23曲からなる「Old Friends New Friends」をリリースした。「Music For Animals」の延長線上にあるアンビエント的な性質から判断すると、この作戦は成功したと言えるが、フラームは初心に帰らずにはいられない性格の持ち主である。「The Bells」、「Felt」、「Screws」といった高く評価された以前のアルバムを楽しんだ人々は、「Day」の慣れ親しんだ個人的なスタイルに再び満足するはずだ。


「Day」には6曲が収録され、フラームが2024年にリリースを予定している2枚のアルバムの第1弾となる。そのうち3曲が6分を超える。しかし、その性質上、フラームはこのリリースについて、歌ったり踊ったりはしない。

 

その代わり、彼は現在進行中のワールド・ツアーを再開する。すでにベルリンのファンクハウスでの15公演が完売し、アテネのアクロポリスでの公演も含まれている。2024年7月にロンドンのバービカンで開催される数回のソールドアウト公演を含め、世界各地での公演が続く予定だ。

 

「Butter Notes」

 

 


アルバム発売後の特集レビューはこちらからご一読ください。



Nils Frahm 『Day』





Label: Leiter-Verlag

Release: 2024/03/01


Tracklist:

 

1.You Name It

2.Tuesdays

3.Butter Notes

4.Hands On

5.Changes

6.Towards Zero


Pre-order:


https://nilsfrahm.bandcamp.com/album/day


 

ーグルジエフの人生と考え

 

 

グルジェフは、コーカサス地方のアルメニア出身の神秘思想家で、20世紀最大のオカルティストとして知られている。神秘思想家としては、一般的にヘルメス主義の影響を受けているといわれ、イスラム神秘主義の「スーフィズム」の影響下にあるという説もある。彼はオカルティストとして絶大な影響力を誇った。

 

グルジェフは、ギリシャ系の父とあるルーマニア系の母のもとに生まれた。青年時代のグルジエフは、医師と牧師になるという夢を抱えていたが、その医術は、現代的に解釈すると、神秘主義的な治癒の方法に焦点が置かれていた。以後、彼は古文献を渉猟し、神秘主義者としての道のりを歩み始めた。彼の行動の手始めとなったのが、コーカサス地方をはじめとする放浪の旅である。


グルジエフは、アナトリア、エジプト、バビロニア、トルキスタン、チベット、コビ、北シベリア、東欧から小アジア、アラビアをくまなく歩いた。彼の探究心は、最終的に古代文明に行き着き、複数の秘技的な宗教集団と接触する。そのなかには、イスラム、キリストの神秘主義派、チベット密教、シベリアのシャーマニズムなど、多岐にわたるレリジョンが含まれている。

 

グルジェフは、複数の地域で秘技的な文化に接するが、最も強い触発を受けたのが、西アジアの北ヒマラヤにある「オルマン僧院」と言われている。ここにグルジェフは数ヶ月滞在し、イスラム神秘主義のひとつとされる「スーフィズム」を通じて、「大いなる知恵」を掴んだとされる。

 

しかし、グルジェフは意外にも、最初に実業家として名を揚げた。 20世紀初頭、チベットから戻った彼は、中央アジアのタシュケントで事業をはじめ、それを拡大させ、いつの間にか大金を手にしていた。彼が第一次世界大戦直前の社会的に混迷を極めていたロシアに姿を現した時、すでに彼は100万ルーブルもの資金を手にしていた。


この時代、彼は、実業家としての並々ならぬ才覚を発揮し、鉄道、道路のインフラ、レストラン、マーケット、映画館の経営に携わり、驚くべき大金をその手中に収めた。1ルーブルを現在の円のレートで換算すると、グルジエフは1,5億円以上もの収益を上げたということになる。 金銭価値は市場の相対的な評価に過ぎないので、現在ではさらに多額の価値があると推測される。

 

以降、ヨーロッパの貴族社会の人々や名士と交流を交わし、名声を獲得していったといわれている。そのなかで、新約聖書のなかで使徒が語ったように、ナザレのイエスがなした奇跡的な治療を施し、これがのちに、20世紀最大の神秘思想家として知られる要因になったと推測される。

 

グルジェフは、神秘主義の教団の首領として弟子たちをワークというかたちで先導するかたわら、アラビア、イスラム、スラブの民族音楽に触発された音楽家/舞踏家として芸術的に優れた才覚を発揮し、数年間で複数のスコアを遺している。なぜ、体系的な音楽教育を受けていないグルジェフが、音楽や舞踏という分野に活路を見出したのかは不明だが、これは秘技的な教団を率いる以前の放浪の時代に、音楽的な源泉が求められるのは明白だろう。彼は、それらをアカデミーで学ぶのではなく、生きた体験として学んだことは想像に難くない。グルジェフの音楽には、ヨーロッパ、南米、南アジアとも異なるエキゾチックな響きがある。その楽曲の演奏時には、Santur、Tmbuk、Duduk、Pkuなど、アラビア、イスラム圏の固有の楽器が複数使用される。

 

そして、グルジェフがアナトリア、エジプト、バビロニア、トルキスタン、チベット、コビ、北シベリア、東欧から小アジア、アラビアといった若い時代に旅をした地域のエキゾチズムが彼の音楽の根幹を成すことは、実際の音源を聴けば痛感できる。

 

彼の神秘主義の教えの中には、現代社会に通じる真実性が含まれていることがわかる。グルジェフは、「人類全体が目覚めておらず、眠ったままの隷属的存在」であるとし、そこから開放されることの重要性を訴えた。それを単なる神秘思想やオカルトと結びつけることは簡単だが、現代的な視点から見ると、スピリチュアリティに基づく思想だけを最重要視すべきではないように思える。

 

グルジェフは生前、弟子に対して、人類がなぜ戦争を幾度も繰り返すのかについて、そして戦争がなくならない理由について次のようなことを語っている。彼が話すのは1世紀前のことだが、しかし、2020年代の東欧やイスラエルで起きていることに深い関連性を見出すことができる。


ーー戦争を嫌う人々は、ほとんど世界が創造された当初からそうしようと努めてきたと思う。それでも、現在やっているような大きい規模の戦争は一度もなかった。戦争は減るどころか、時代とともに増えていて、しかもそれは普通の手段では止めることが出来ない。世界平和や平和会議に関する議論も、単に怠惰の結果であり、どころか欺瞞に過ぎない。 人間は、自分自身について考えるのも嫌でたまらず、いかにして他人に望むことをやらせることばかり考えている。

 

ーーもし、戦争をやめさせたいと考える人々の十分な数が集まれば、彼らはまず彼らに反対する人々に戦争を仕掛けることから始めるだろう。そして、彼らはそういうふうに戦うだろう。人間は今あるようにしかなれず、別様であることは出来ない。

 

ーー戦争には我々の知らない多くの原因が潜んでいる。 ある原因はひとりの人間の内側にあり、また別のものはその外側にある。そして戦争を止めるためには人間の内側から手をつけなければいけない。環境の奴隷であるかぎり、巨大な宇宙のちからという外的な影響をいかにして免れることができるのか? 人間はそもそも、まわりの外的な環境に操られているだけだ。もし、それらの物事から自由になれれば、そのときこそ人間は本来の意味で自由な状態になることができる。

 

ーー自由、開放、これがまず人間の生きる目的でなければならない。自由になること、隷属の状態から開放されること、これこそ人々が獲得すべき目標となるだろう。内面的にも外面的にも、奴隷状態にとどまるかぎり、その人は何者にもなることもできず、また、何もすることができない。内面的に奴隷であるかぎり、外面的にも奴隷状態から抜け出すことはできない。だから自由になるためには、人間の内的自由を獲得しないといけない。

 

ーー人間の内的な奴隷状態の第一の要因となるのは、その人自身の無知、なかんずく自分自身に対する無知である。自分自身を知らずして、みずからの内側にある機械的な動きとその機能を理解せずには、人間は本当の意味で自由になることも、自分自身を制御することもできない。それは単なる奴隷に過ぎないか、あるいは、外的な環境の翻弄される遊び道具にとどまるだろう。ーー  グルジェフ

 


 ーーグルジエフの音楽観 客観的な音楽と主観的な音楽の定義 東洋の発見

 


客観的な芸術と考えられるものに対する一般的な反応について語るのは難しい。それは、私たち誰もが経験したことのある普通の連想プロセスを超越しているように見える。私たちが知っている多くの音楽では、少なくともある文化圏の一般的な経験の範囲内では、特定の音の進行や質、それらの組み合わせや時間的な間隔が、他の人と共通する特定の感覚や感情を聴き手に呼び起こす。


この現象は、一見不可解であると同時に否定できない。この現象は、聴き手の中で活性化される共鳴から生じるに違いなく、さらに、音と記憶との関連性が曖昧だったり不明だったりしても、過去の経験との連想を引き起こすことが可能なのだ。全般的な芸術において、この振動(ヴァイヴ)の力は、その過程と結果を部分的にしか知らないまま使われている。アーティストの主観的な意識によって制限され、アーティストが発信するものは、同じように「主観的な反応」しか生み出せない。


従って、主観による表現の結果は偶然のものに過ぎず、「受け手によって正反対の効果をもたらすこともありうる」というのがグルジェフの主張である。「無意識的な創造的芸術は存在しえない」とまで彼は主張している。


逆に、客観的な音楽は、振動の法則を決定する数学、ピタゴラス派の標榜する黄金比による正確無比で完全な知に基づいており、それゆえ聴く人に特定の予測可能な結果をもたらす。グルジェフは、無宗教の人が修道院にやって来た時の例を挙げている。そこで歌われ演奏される音楽を聴いて、その人は宗教性をもたないにもかかわらず、なぜか「敬虔な祈り」を音楽の流れのなかに感じとることがある。この例では、人間を高い内的状態に導く能力が、「客観的な芸術の特性のひとつ」として定義付けられる。その効果は、人によって程度が異なるだけである。


音楽の持つ客観的な力学について、グルジェフは『ベルゼバブ物語』の中でもう一つの例を挙げている。彼は、特別なシステムに従って調律された普通のグランドピアノで、ある一連の音を繰り返し叩く驚くべき老練なダービッシュについて述べている。


ーーこれらの音はすぐに、聴衆の一人の足に、師匠が予言したとおりの場所にできものを生じさせる。その直後、別の音符の連打でその腫れ物はすぐさま消える。エリコの城壁が破壊されたという伝説は、単に奇跡的な出来事の想像上の物語ではない可能性を考えることはできないだろうか? もしかしたら、ヨシュアは音の振動の特異な性質と効力を知悉していたのかもしれないーー


このように、グルジェフの考えでは、心地よい楽音を楽しむだけでは、いかに深刻で高尚なものであろうと、科学として、芸術として、高次の知識として、そして、人間の成長と進化のために必要な糧としての音楽の究極的な理想には、少しも近づいていないことは明らかなのである。


グルジェフが、真理の体現という本来の神聖な目的を果たす芸術を発見したのは、主にアジアだった。東洋の古代芸術を彼は台本のようにすらすら読むことができた。それは好き嫌いのためではなく、「より深く理解するため」と彼は言った。


しかし、平均的なヨーロッパ人にとっては、ある程度の音楽的教養があっても、東洋音楽はエキゾチックであるが、最後には単調で理解しがたいものに思える。ベートーヴェンの交響曲やシューベルトのリート、あるいは単純な民謡の「内容」を受け取ることができるように思えるのと同じように、私たちはこの音楽のほとんどが「何について」書かれているのか理解できないのだ。


グルジェフは、オクターブ構造は普遍的であるが、東洋の音楽では、西洋人にとって奇妙な方法で分割されている可能性があることを想起させる。基音とオクターブとの間には、4つという少ない分割もあれば、48という多い分割もある。西洋的な考えでは、私たちの知覚は7音のダイアトニックスケールや、ピアノの鍵盤のように等距離にある12音の半音階構造によって制限される。


東洋の音楽は、微分音的な配置によって、私たちの「制限された音階」では到達しえない、かけ離れた感情を呼び起こすことができる、と言われている。にもかかわらず、私たちのほとんどは、それらが調律されていないような音楽というかたちでしか聴くことが出来ない。私達は、アジア人であっても、常日頃から西欧的な音楽の中で生き、それが一般的な概念であると捉えている。


他方、特別な感受性と開放性を持つヨーロッパ人が、東洋音楽のなかに熟考すべき深遠な何かが存在することを肯定しえる何かを発見する可能性が高いことは、紛れもない事実だろう。チベットの僧侶の深い三和音の詠唱、スーフィーのジークルの小声のクレッシェンド、日本の能楽の伴奏の滑舌のよい声音など、これらはすべて、感覚的な印象のみならず、未知なる感情を呼び起こす音楽形式に他ならない。当初の反応はしばらく新奇な感覚として後に残るかもしれない。それでも未だ疑問点は残る。ドミナントからトニックへの進行を追うように、知性により音楽の「構文」を追うことができなければ、その音楽は主観的に完全に受け入れられたのだろうか?


音楽を聴く行為というのは、聴覚により何かを把捉しているように見えて「他言語の構文」を追っているに過ぎない。そして、その語法が一般的なものと乖離するほど、その言語はより難解になり、一般的には受け入れ難いものとなる。

 

してみれば、各地域の文化の壁が、各々の音楽的な語法や言語的な特性を有するがゆえ、純粋な芸術という形で高次の知識を伝えることを阻害していると定義付けられる。しかし、もしかしたら、この真実を追求することが可能な道筋がどこかにみつかるかもしれない。グルジェフの客観的芸術の定義に近づけるような音楽的な事例を、西洋の遺産や伝統から探すのはどうだろう。アンブロジオ聖歌やグレゴリオ聖歌の純粋さと正確さについて思いを馳せるのはどうだろう?


あるいは、ノートルダム派の謎めいたオルガヌムや、15世紀のフランドルの巨匠、ヤコブ・オブレヒトが作曲した、「3」という数の順列を表現した数秘的な声楽ミサに注目すべきかもしれない。J.S.バッハが静謐で瞑想的な殻の中で対位法の難解な謎を探求したライプツィヒの合唱前奏曲や平均律のフーガの芸術を考えてみることはできないだろうか。あるいは、モーツァルトの五重奏曲の、シルクのように滑らかで欺瞞に満ちた表面の下に、音、音程、リズムの組み合わせが、言葉では説明できないような感情を人間の心に呼び起こす秘密が隠されているのではないだろうか?


これらの全般的な疑問は、芸術に関するグルジェフの考えを肯定し、彼自身が作曲した音楽と関連づけようとするとき、特に大きな意味を持つようになる。もちろん、グルジェフの音楽の目的そのものや、それが創作された状況さえも、音楽の捉え方に大きな影響を与える可能性があるということがわかる。



ーーロシアの作曲家、トーマス・デ・ハルトマンとの関わり



グルジェフとロシアの作曲家トーマス・デ・ハルトマンとの関わりはよく知られている。若いデ・ハルトマンは、精神的な教えを求めて1916年にグルジェフのもとを訪れ、彼の弟子となった。グルジェフは訓練された作曲家ではなかったため、デ・ハルトマンもグルジェフの音楽的思考を表現する理想的な補助役となった。


彼はまず、グルジェフの教えの不可欠な部分である聖なる舞曲(ムーヴメント)のために、グルジェフの音楽を調和させ、発展させ、完全に実現することから始めた。数年後、デ・ハルトマンは、ムーヴメントとは独立したグルジェフの音楽作品に同様の方法で協力した。驚くべきことに、これらの後者の作品は非常に数が多く、ほとんどすべてが1925年から1927年にかけて、グルジェフが数年前に研究所を設立したフランスのフォンテーヌブローのプリューレで作曲された。1927年、この音楽活動は終わりを告げ、グルジェフが再び作曲することはなかった。


ド・ハルトマンの貢献の重要性は極めて大きい。実際、デ・ハルトマンの献身的な協力がなければ、グルジェフの音楽的アイデアは私たちが知っているように生まれなかったのではないか、と考える人もいるだろう。しかし、グルジェフの音楽を綿密に研究し、特にデ・ハルトマンがグルジェフと関わる前、関わっていた時、関わっていた後の、グルジェフ自身の膨大な音楽作品と比較すれば、グルジェフの音楽の真の源泉はグルジェフ自身にあったことは明らかである。


もちろん、デ・ハルトマンには洗練された音楽的精神があり、この共同作業ではそれを見事に発揮した。しかし、グルジェフの目的に対する彼の感覚は鋭く、聡い音楽的本能を十分に保ちながら、この仕事のために自らの創造性を昇華させることができた。彼がグルジェフから指示されたメロディーをいかにして上品かつ適切に調和させ、発展させたとしても、本質的な音楽的衝動と、その音楽が呼び起こす独特の感情の質は、一人の人間から生まれたものであることは明らかである。デ・ハルトマンが作曲した各曲の草稿は、グルジェフによって聴かれ、グルジェフがその意図を実現できたと満足するまで、しばしば大幅に修正されることもあった。


デ・ハルトマンは、グルジェフとの作曲過程についての驚くべき記述からも明らかなように、この共同作業における自分の役割について、控えめであるどころか、どちらかと言えば自嘲的であった。デ・ハルトマンはグルジェフとの共同作業について次のように回想している。


ーーゲオルギイ・イワノヴィッチのすべての音楽の一般的なキャッチとメモは、通常、プリーレハウスの大きなサロンまたはスタディハウスのいずれかで、夕方に起こりました。私は演奏し始め、音楽用紙を持って階下に急いで降りなければならなかった。すべての人々がすぐに来て、音楽のディクテーションはいつもみんなの前にありました。


ーー書き留めるのは簡単ではありませんでした。彼が熱狂的なペースでメロディーを演奏するのを聞いたので、私は紙に一度に曲がりくねった音楽の反転、時には2つの音符の繰り返しを走り書きしなければならなかった。しかし、どんなリズムで? アクセントの作り方は? メロディーの流れは、時々止めたり、バーラインで分割したりできませんでした。そして、メロディーが構築されたハーモニーは東洋のハーモニーであり、私は徐々にそれを認識しただけだったのです。


ーー多くの場合、私を苦しめるために、彼は私が表記を終える前にメロディーを繰り返し始め、これらの繰り返しは微妙な違いを持つ新しいバリエーションであり、私を絶望に駆り立てました。もちろん、このプロセスは単なるディクテーションの問題ではなく、本質的なキャラクター、メロディーの非常にノヤウまたはカーネルを「キャッチして把握」するための個人的な練習でした。


ーーメロディーが与えられた後、ゲオルギイ・イヴァノヴィッチはピアノの蓋をタップしてベース伴奏を構築するリズムを演奏しました。その後、私は与えられたものをすぐに演奏し、私が行くにつれて調和を即興で演奏しなければなりませんでした。



Gurdjieff


グルジェフは、ロシア領のアルメニアとトルコの国境にある、豊かな民族と宗教が混在する中心地で生まれ、幼少期を過ごした。少年時代から人間存在の意味について深い疑問を抱いていた。彼は、彼を取り巻く光景や音、特に音楽に対して非常に敏感であった。


深く慕い、『驚くべき人々との出会い』の中で彼が感動的な章を書いている父親は、「アショク」という職業に就いており、彼の民族の古代の伝説の数々を歌や詩で語る吟遊詩人のような存在だった。


これがグルジェフの最も初期の音楽的印象と影響であった。その後、若い学生時代にロシア正教会の聖歌隊で歌った。それ以上の音楽的訓練はほとんど受けていない。しかし、少年時代やその後の旅で吸収した多様な土着の音楽に対する彼の並外れた感受性は、彼自身の作曲に顕著に反映されている。


民謡や舞踊、さまざまな聖職者の宗教的聖歌、エジプトや中央アジア、遠くはチベットの寺院や修道院で耳にした神聖な合唱曲など、ありとあらゆる音楽がグルジェフのスコアのなかには通奏低音のように響き渡る。彼自身の楽器演奏能力については、ギターや、片手で弾き、もう片方の手で空気を送り込む小さなハルモニウムの形をした鍵盤の演奏など、ささやかなものだったようだ。


彼の音楽にはアラビア、イスラム、スラブの独特な音楽性が発見できる。そこには讃美歌の影響があると指摘する識者もいる。現代音楽のシーンでは、グルジェフのアーティスト/ミュージシャンとして再評価の機運が高まっているという話もある。それらのスコアの再構成に取り組むのが、The Gurdjieff Ensemble(グルジエフ・アンサンブル)、そして、ジャズレーベル、ECMである。


The Gurdjieff Ensemble


ドイツの国家観としては、グルジエフの作品をリリースすることは勇気が必要だが、従来から「エスニック・ジャズ」というジャンルを手掛けてきたレーベルは、アラビア、イスラム圏の音楽の伝統性をより良く知るための最適な機会を提供している。The Gurdjieff Ensembleの功績は、グルジェフの音楽の隠れた魅力を発見したことに加えて、単なるオカルティストや神秘主義者の遊戯という領域を超越し、真に芸術的な表現に引き上げようとする挑戦心に求められる。

 

以前は、アラビア、イスラム圏の作曲家は、日の目を見る機会が少なく、軽視されることもあったが、以下に紹介する、グルジエフのスコアの再録のリリースなどの機会を通して、スラブ、アナトリア、イスラム、中央アジアを中心とする文化圏の音楽にも注目が集まることを期待したい。


 


 The Gurdjieff Ensemble & Levon Eskenian『Music of Georges I. Gurdjieff』



 

グルジェフ(1866年頃~1949年)の音楽を民族的なインスピレーション源に立ち返らせる、魅力的で非常に魅力的なプロジェクト。


これまでグルジェフの作品は、西洋ではトーマス・デ・ハルトマンのピアノ・トランスクリプションによって研究されてきた。アルメニアの作曲家レヴォン・エスケニアンは、印刷された音符を越え、グルジェフが旅の間に出会った音楽の伝統に目を向け、その観点から作曲を再編成した。


エスケニアンは、アルメニア音楽、ギリシャ音楽、アラビア音楽、クルド音楽、アッシリア音楽、ペルシャ音楽、コーカサス音楽のルーツに注目している。アルメニアを代表する奏者たちの協力を得て、エスケニアンは2008年にグルジェフ民族楽器アンサンブルを結成し、彼らとともにこの驚くべきアルバムを完成させた。


レヴォン・エスケニアンの楽器編成で私が最も魅力を感じるのは、静寂の荒野でほんのわずかな音への介入を行う際、不必要な "作曲 "や "巧みさ "を排した、極めて綿密で明快な作業アプローチである。グルジェフの音楽の核心には深い静寂があり、それは聖書のコヘレトの書の章、あるいは遠い国の深い静寂が語る真実と関係している。- ティグラン・マンスリアン 

 




Anja Lechner / Vasslis Tsabropoulos 『Chants, Hymns and Dances』



ドイツのチェリスト、アンニャ・レヒナーとギリシャのピアニスト、ヴァシリス・ツァブロプロスによる魅力的な新プロジェクト「聖歌、賛美歌、舞曲」は、「世界の十字路からの音楽」という副題が付けられるかもしれない。グルジェフの作品のなかでは最も室内楽的な響きを持つ。


東洋と西洋、作曲と編曲と即興、現代音楽と伝統音楽の境界線を曖昧にするプロジェクトだ。レパートリーの中心は、古代ビザンチンの賛美歌をインスピレーション源とするツァブロプーロスの作曲と、アルメニア生まれの哲学者・作曲家であるジョルジュ・イヴァノヴィッチ・グルジェフ(1877-1949年頃)の音楽で、コーカサス、中東、中央アジアの聖俗両方のメロディーとリズムを使用している。 ーECM

 


 

 

 

The Gurdjieff Ensemble & Levon Eskenion『Komstas』



  



アルメニアン・グルジェフ民族楽器アンサンブルは、G.I.グルジェフ/トーマス・デ・ハルトマンのピアノ曲を「民族誌的に正統な」アレンジで演奏するために、レヴォン・エスケニアンによって設立された。


ECMからのデビューアルバム『ミュージック・オブ・G.I.グルジェフ』は広く賞賛され、2012年にエジソン賞のアルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞した。今、エスケニアンと彼の音楽家たちは、コミタス・ヴァルダペト(1869-1935)の音楽に注目している。

 

作曲家、民族音楽学者、編曲家、歌手、司祭であったコミタスは、アルメニアにおける現代音楽の創始者であり、コレクターとしての活動の中で、アルメニアの聖俗音楽を独自に結びつけるつながりを探求した。民俗楽器の演奏とインスピレーションに満ちた編曲に焦点を当てたこのアンサンブルは、201年2月にルガーノで録音されたこのプログラムで、コミタスの作曲の深いルーツに光を当てる。ーECM

 



 The Gurdieff Ensemble & Levon Eskenion  『Zartir』

 

 



 

昨年にECMから発売された『Zartir』は、グルジエフの音楽的な遺産を発掘するためのアルバムである。

 

レヴォン・エスケニアンによる注目のアンサンブルのサード・アルバムは、これまでで最も冒険的な作品となった。G.I.グルジェフの音楽を民族楽器のために再生させただけでなく、アシュグ・ジヴァニ、バグダサール・トビール、伝説的なサヤト・ノヴァなど、アルメニアの吟遊詩人やトルバドゥールの伝統の中にグルジェフを位置づけている。これと並行して、神聖な舞踊のための作品に重点を置いた『大いなる祈り』は、グルジェフ・アンサンブルとアルメニア国立室内合唱団との魅惑的なコラボレーションで頂点に達し、複数の宗教の儀式音楽を取り入れている。


アレンジャーのエスケニアンは、「『大いなる祈り』は単なる "作曲 "以上のものだと思います。グルジェフの作品の中で、私が出会った最も深遠で変容的な作品のひとつです」と語る。


『ザルティール』は2021年にエレバンで録音され、2022年11月にミュンヘンでマンフレート・アイヒャーとレヴォン・エスケニアンによってミキシングされ完成した。ーECM





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©︎Ebru Yildiz

ムーア・マザーは、9枚目のスタジオ・アルバム『The Great Bailout』をANTI-から3月8日にリリースすると発表しました。 


 2022年の『Jazz Codes』に続くこのアルバムには、ロニー・ホリー、メアリー・ラティモア、ヴィジェイ・エアー、エンジェル・バット・ダウィッド、ニッティ・グリッティのシスタッツ、アーロン・ディロウェイらが参加している。


ロニー・ホリー、メアリー・ラティモア、ライア・ワズをフィーチャーした新曲「GUILTY」を聴き、アルバムのジャケット・アートワーク(シドニー・カインによる)とトラックリストをチェックしよう。


「リサーチは私の仕事の主要な部分であり、歴史(特にアフリカの歴史、哲学、時間)をリサーチすることは大きな関心事です」


カマエ・アイエワは、彼女の音楽とそのイギリスの植民地主義の影響に焦点を当てたことについて声明で述べています。


「ヨーロッパとアフリカは、時代を通してとても親密で残酷な関係にある。私は、植民地主義と解放の関係を、この場合はイギリスにおいて探求することに興味があります」


「強制移住とその影響は十分に議論されていません。世界で起きていることについて学ぶ機会があれば、自分自身について学ぶ機会もある。私たちは、組織的な暴力によるさまざまな行為を経験してきたのですから」



「Guilty」





Moor Mother 『The Great Bailout』



Label: ANTI

Release: 2024/03/08


Tracklist:


1. GUILTY [feat. Lonnie Holley, Mary Lattimore, and Raia Was]

2. ALL THE MONEY [feat. Alya Al Sultani]

3. GOD SAVE THE QUEEN [feat. Justmadnice]

4. COMPENSATED EMANCIPATION [feat. Kyle Kidd]

5. DEATH BY LONGITUDE

6. MY SOULS BEEN ANCHORED

7. LIVERPOOL WINS [feat. Kyle Kidd]

8. SOUTH SEA [feat. Sistaz of the Nitty Gritty]

9. SPEM IN ALIUM



Pre-order:


https://kr-m.co/moormother?ffm=FFM_1899eb1a6fc2a983c2bc7d7ddadb58d2



イギリスの植民地政策とガーナの映画文化、ガリウッドについてはこちらをお読み下さい。


スコットランド出身のジム・リード/ウィリアム・リードの兄弟デュオ、ジーザス・アンド・メアリー・チェインが今年、新作『Glasgow Eyes』をリリースする。メリー・チェインのアルバムとしては7年ぶりで、2007年の再結成以来2作目のフルレングスとなる。バンドは続いて「Chemical Animal」という新しいジャムを発表した。「Jamcod」に続くニューシングルだ。

 

「jamcod」がジーザス・アンド・メリー・チェインのベスト・ソングの精細感を蘇らせたのに対し、「Chemical Animal 」はバンドの一味違う側面を示している。不安と瞑想が同時に渦巻くドローンで、ドラッグ中心の歌詞は、JAMCの不変のテーマに戻っている。トラックにはギターが多用されているが、ギターというよりはシーケンサーが中心となり、アンダーワールドのようなドライブ感のあるEDMのダンスビートを刻印している。以下からチェックしてみよう。

 

2017年の『Damage and Joy』に続く『Glasgow Eyes』は、グラスゴーにあるMOGWAIの所有するキャッスル・オブ・ドゥーム・スタジオでレコーディングされ、ジム/ウィリアム・リード兄弟は、「スーサイド、クラフトワーク、そしてジャズに見られるような規律に縛られない姿勢への新鮮な評価からインスピレーションを得た」とプレスリリースを通じて説明している。

 

「しかし、メリー・チェインがジャズになると期待してはいけない」という。「人々はジーザス・アンド・メリー・チェインのレコードを期待すべきで、”Glassgow Eyes”がそうであることは確かなんだ」

 

「僕らのクリエイティブなアプローチは、1984年当時と驚くほど変わらない。たくさんの曲を持ってスタジオに入り、成り行きに任せる。ルールはなく、必要なことは何でもやる。そして、そこにはテレパシーがある。私たちは、互いの文章を完成させる奇妙な双子みたいなものなんだ」



「Chemical Animal 」



デトロイト出身のラッパー、ダニー・ブラウンが最新作『Quaranta』の収録曲「Y.B.P」のミュージックビデオを公開した。(Reviewを読む)


「YBP」は、ブルーザー・ウルフをコラボレーターとして迎えている。ブラウンの幼少期や家族の一人称のシーンが鮮やかに登場する。アルバムの中では、ファンク色が強いナンバーだ。


ミュージックビデオではダニー・ブラウンがハンドクラフトの人形のようになり、ユニークなラップを披露するという手の込んだ映像となっている。『Quaranta』は昨年、ワープレコードから11月に発売された。このアルバムは当サイトの昨年度のアルバムオプザイヤーとしてもご紹介しています。


 Green Day  『Saviors』

 

Label: Reprise 

Release: 2024/01/19

 

 

Review    


USパンクシーンの分水嶺

 

オレンジ・カウンティのポップパンク・ムーブメントの立役者であるグリーン・デイのフロントマン、ビリー・ジョーは、遡ること2020年、ソロアルバム『No Fun Mondays』を発表し、「Kinds in America」のような有名曲から「War Stories」のようなマニアックなカバーに至るまで、網羅的にパンクのアレンジを施し、みずからの音楽的な背景をファンに対して暗示していた。

 

実際、私自身は、このアルバムをかなり長い期間楽しんだ思い出があるが、ソロ活動の影響が『Saiviors』に何らかの働きかけをしていないといえば偽りになるだろう。「Saviors」は、他のジャンルの曲のカバーやオマージュというポップ・パンクの重要な一側面を表し、それが本作のオープニングを軽やかに飾る「American Dream is Killing Me」に色濃く反映されていることは、彼らのファンであればお気づきになられるはずだ。つい一ヶ月前、マンチェスター・ガーディアン誌の取材に応じたフロントマンのビリー・ジョーは、『Saviors』が、政治的な風刺を込めるというバンドのかつてのアプローチ、ひいてはパンクロックの原点に回帰したことについて、

 

ーーこの数年間、ドナルド・トランプ政権に対する不信感や嫌悪感が内面にあり、それがこのアルバムで半ば顕在化したーー

 

という趣旨のことを率直に話していた。それは、Black Flagのヘンリー・ロリンズのように、アジテーションを交えた風刺という形でもなく、NOFXのファット・マイクのように、斜に構えたようなブッシュJr.政権に対する左翼的な鋭い風刺となるわけでもない。グリーン・デイのビリー・ジョーの風刺やシニズムというのは、ストレートでユニークな感覚が込められている。それはおそらく、90年代の名盤『DOOKIE』の時代から普遍のものであったのではないだろうか。

 

このアルバムに何らかの意味が求められるとしたら、「パンクロックの全盛期の熱狂性をその手に取り戻す」ということにある。グリーン・デイもまた、好意的に捉えると、ポップパンクが完全には死んでいないこと、そしていまだに古びていないことを対外的に示そうしたと推測される。ポップ・パンクは、現在、Sum 41、NOFXのように、全盛期の水準以上のリリースが行えないのであれば、せめてもの思いで最後のリリースをおこない、これまで支えてきてくれたファンに対する恩返しという形でラストツアーを行うグループもいる。かと思えば、Blink 182のように、持病を抱えながら再結成し、全盛期に劣らぬ痛撃な作品をリリースするグループもいる。いわば、「USパンクシーンの分水嶺」ともいうべき時期に差し掛かっていることは明確であり、それはおそらく、グリーン・デイのメンバーも薄々ながら気がついていることだろう。

 

そして、グリーン・デイが旧来からポップ・パンクの親しみやすさとは別に示唆してきた米国社会に対する風刺というのは、現実的に看過できない出来事に対してシニカルな眼差しを注ぐということでもある。それらが不満を抱えるティーンネイジャーの心になんらかの形で響くであろうことは想像に難くない。

 

それは政治的なポジションとは関係なく、若者たちの不満を掬い、それらを親しみやすい痛快なパンクロックソングとして昇華してきたことは、Bad Religionをはじめとするパンクバンドと同様である。「American Dream is Killing Me」では「American Idot」の風刺的なバンドの姿に立ち返るかのように、ケルト民謡のイントロから激烈なパンク・アンセムへと曲風を変化させる。


しかし、グリーンデイは、全盛期の時代に立ち返りながらも、未知のチャレンジを欠かすことはない。The Monkeesの「Daydream Biliever」を思わせるメロディーを絡めながら、オーケストラ風のストリングスを導入し、ドラマティックな展開を呼び起こす。その後、アンセミックなパンクナンバーに戻るが、どうやら、曲の後半でもなんらかのオマージュが示されているらしい。

 

「Look Ma, No Brains!」では、スケーター・カルチャーの重要な側面である疾走感を刺激的なパンクチューンにより縁取っている。メタルのようなパワフルさ、重厚感はもちろん、オレンジ・カウンティのパンクバンドらしい陽気なイメージが合致を果たした痛快なパンクソングだ。愚かであることをいとわず、それをシンプルで聞きやすいパンクソングに昇華する技術にかけては、グリーンデイの右に出るものはいない。それに加えて、ピカレスクなイメージを付け加え、フロントマンは現在、折り目正しく、禁酒中であるにもかかわらず、パンクというアティティードから醸し出される音楽の力により、バッドボーイのイメージをあえて作り出そうとしている。これは、ほとんどビリー・ジョーによるシニカルなジョークでもあるといえるのだ。


 

その後も、バンドとしての引き出しの多さ、間口の多さを伺わせる曲が続く。「Boddy Sox」は、グリーン・デイのバラードソングというもうひとつの側面が立ちあらわれ、一気にパワフルでノイジーなロックソングへと変遷を辿る。90年代のオルタナティヴの形を自分なりのスタイルの色に変えてしまうソングライティングの技術は卓越しており、これらの静と動の形式は一定のクオリティを擁しているが、いくらか使いふるされたオールド・スタイルと言えるかも知れない。ただ、その中にもミクスチャー・ロックに近いアプローチが取り入れられることもあり、ラウドロックを好むリスナーにとっては聞き逃すことが出来ないナンバーとなるはずだ。

 

アルバムの中盤でも話題曲に事欠かない。「One Eye Bastard」は、レスポールの芯の太いフックの効いたギターソロで始まり、ヘヴィメタルの影響を交え、アンセミックな展開に繋げていこうとする。しかし、惜しむらくは、曲の中に技巧を凝らしすぎている部分があり、これがそのまま曲のスムーズな進行を妨げている側面もなくはない。


曲そのもののシンプルさやわかりやすさがグリーン・デイの一番の魅力であったわけだが、それとは正反対に曲をこねくりまわすような不可解な難解さをもたらしている。「American Idiot」の時代のアンセミックな空気感を呼び覚まそうとしているのは理解出来るけれど、ジョーによるサビのシャウトの部分も熱狂性が感じられず、エネルギーの爆発とはならず、少しだけ不発に終わってしまっている。ただ、これは、好意的な見方をすると、バンドの新しい挑戦のプロセスを示したものに過ぎず、この先に何か次なる完成形が示される可能性もあるかもしれない。まだ見ぬ作品に期待しよう。

 

「Look Ma, No Brains!」と同様に先行シングルとして公開された「Dilemma」は、アルバムの序盤では珍しくフロントマンやバンドのプライベートな側面が伺え、グリーン・デイの隠れた魅力である、しんみりとしたナイーブな感覚と融合を果たしている。ビリー・ジョーのボーカルについては、ララバイのような哀愁を漂わせているが、やはりブルーな感じにとどまることなく、ラウドでアンセミックなライブパフォーマンスを意識した展開に繋がっていく。他の曲と比べて、強い熱量がうかがえ、それらが90年代のミクスチャーロックのような雰囲気を醸し出す。


「1981」では「Look Ma, No Brains!」と同様にスケーターパンクに象徴されるスピードチューンを披露している。「Dookie」の時代、もしくはその背後にあるパンクムーブメントの熱狂を何らかの形で蘇らせたい、というバンドの意図を読み取ることができる。そして、序盤の収録曲と同じように、ロックとパンクの中間点を行く方向性に加えて、メタルの響きが織り交ぜられている。これはSum 41に対するリスペクトが示された曲であるとも推測できる。そして、ここにもまたオレンジ・カウンティを代表するロックバンドとしてのひそかなプライドが伺い知れる。

 

アルバムの前半部で勢いを掴み、パンクの良質な側面を示そうとしているグリーン・デイではあるものの、「Goodnight Adeline」と「Coma City」に関しては中盤の中だるみを作り出す要因ともなっている。


「Goodnight Adeline」のアコースティックギターを重ねたトラックは、グリーン・デイのセンチメンタルな一面が伺える曲であり、ある意味では序盤のノイジーなパンクソングに対するクールダウンのような意図が込められている。しかし、その繊細な面が示されたかと思うと、単調なノイジーな展開へと舞い戻ってしまう。明るい側面やパワフルな感覚をゴールに設けるということは素晴らしいが、どことなくこのあたりからついていけないという感じが出てくる。


ただ、それだけでは終わらない。続く「Coma City」では、イントロのクールな同音反復のギターに続いて、全盛期を彷彿とさせる精彩感のある展開に戻るのは面目躍如といえるか。曲の中で、微妙なテンションの落差やダイナミックの変化を駆使しながら、まるで落ちかけた吊り橋の上を走り去るかのように、すんでのところで、これらのスピードチューンは凄まじい速度で駆け抜けていく。ある意味では、全盛期のパンクのスリリングさを感じ取ることができるはずだ。

 

 

 「Corvette Summer」は、バンドそのものが90年よりも前の80年代の時代に立ち返るかのようであり、彼らの音楽に対する普遍的な愛が滲む。LAの産業ロックの空気感が反映されている。それらは、ブライアン・アダムスのようなアメリカン・ロックと融合を果たす。途中のギターソロもハードロックのようなロマンを呼び覚まし、バンドとしてはめずらしく、ギターヒーローへの親近感が示しているのに驚きを覚える。続く「Suzie Chopstick」においても、ブルース・スプリングスティーンに象徴される80年代のアメリカン・ロックに対するリスペクトが示されるが、それこそグリーン・デイにとっての「理想的なアメリカ」の姿であるのかもしれない。そして、それらのロックの中にはブルージーな雰囲気が含まれる。悲しみとまではいかないが、これらは現代の米国社会に対するバンドの尽くせぬ思いが込められているとも解釈できる。

 


ビリー・ジョーがソロアルバムで、パンクのアレンジに挑戦したことは、冒頭で述べたが、それらをバンドとしてどのように昇華するのかという試みを、「Strange Days Are Here To Stay」に見出すことができる。


『No Fun Mondays』において、往年のポピュラーなヒット曲や隠れた名曲のカバーを行い、それらをどのようにして、自分のものにするのかを模索してきたビリー・ジョーであるが、それらの試みは『Dookie』の時代のモンスターバンドの片鱗を伺わせる。同時に、バンドがパンクの中に含まれる親しみやすいメロディー、つまり、簡単に口ずさんだり叫ぶことができるメロディーを大切にしてきたことが分かる。実際、シンガロング必須の熱狂性を誘発することもある。つまり、グリーン・デイというバンドの最高の魅力が、この曲に宿っていると言えるのだ。

 

「Living In 20's」では、 メタリックなギターとAC/DCを想起させるハードロックの影響を込めたシンプルなナンバーで、バンドがパンクというジャンルのみに影響を受けているというわけではなく、スタンダードなロックバンドとしての本性を併せ持つことを暗示している。続いて、アルバムの後半では、全体として起伏のあるストーリーを描くかのように、「Father To a Son」においてハイライトを作り、ドラマティックな情感をフォークロックのスタイルで表現する。曲の後半では、GN'Rのコンセプトアルバム『Use Your Illusion』に見受けられるロック・オペラのようなアプローチを選び、一般的なパンクバンドとは異なる特性を示そうとしている。


終盤に至っても、グリーン・デイはパンクという枠組みにとらわれることなく、本質的には広義におけるロックに焦点を置くバンドであることを示唆する。「Saviors」ではギターリフのフックに焦点が絞られ、ライブセッションにより、どのように理想形に近づけるのかを模索している。

 

クローズ曲「Fancy Sauce」ではシンプルなスリーコードを用いながら、ロックソングの最大の魅力とは何かを追求している。どうやら何らかの祝福的な響きを追い求めているのは確かのようであるが、それはまだ予定調和な響きに止まり、魂を震わせるような表現には至っていないのが少し残念なところ。


ただし、ほんわかした幸福感を示そうとしたということは、従来のグリーン・デイの作品にはあまり見られなかったと思う。これが果たしてロックバンドとしての進化なのか、それとも、その逆であるのかまでは断定しきれない。リスナーの数だけ答えが用意されているといえよう。

 



80/100

 

 

Featured Track 「Strange Days Are Here To Stay」

©︎Ed Cooke


ザ・リバティーンズがニューシングル「Shiver」をリリースした。先日、アナウンスされたばかりの新作アルバム『All Quiet On The Eastern Esplanade』のカット。3月8日にリリースされるこのアルバムは、シングル「Night Of The Hunter」「Run, Run, Run」で予告されている。メンバーが出演するモノクロトーンのクールなミュージックビデオは下記よりご覧下さい。


カール:   ピーターが曲を持っていて、僕が曲を持っていて、それをマッシュアップしてコラボレーションしたんだ。


ピーター:  というのも、僕たちふたりはこの曲ができるまでずっとその場にいたからね。本当は "The Last Dream Of Every Dying Soldier "と呼ぶべきなんだろうけど、みんな "Shiver "というタイトルが気に入ったのさ。


この曲は、ストリングスの入ったメロディックなインディー・ロックのサウンドスケープの上で、2人のギタリスト=ヴォーカリストが滑らかで熱のこもった語りかけるようなヴォーカルを披露している。アレキサンダー・ブラウンが監督したMVは、マーゲートで行われる真珠のような王の葬儀を中心に展開し、前2曲のビデオに登場した人物がニュー・アルバムのスリーブ・アートにも登場している。


2015年の「Anthems For Doomed Youth」に続く新作は、3月8日に発売される。彼らは、1月24日のストックトン・オン・ティーズから始まる親密な会場を回るUKツアーでこのアルバムをプレビューする。


「Shiver」

 

 

 

レビューは以下よりお読み下さい。
 
New Album Review-  The Libertines 『All Quiet On The Eastern Esplanade』

 

 

©Joelle Grace Taylor

 

ノラ・ジョーンズ(Norah Jones)はプロデューサー兼マルチ・インストゥルメンタリストのレオン・ミシェルズとコラボレートした9枚目のスタジオアルバム『Visions』をブルーノートから3月8日にリリースする。リード・シングル「Running」も公開された。


本作は、2021年にリリースされたノラ初のクリスマス・アルバム『アイ・ドリーム・オブ・クリスマス』も手掛けたリオン・マイケルズがプロデュースを担当した。


オリジナル・アルバムとしては2020年の『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』以来約4年振りとなる本作では、ほぼ全てのパートをノラとリオンの2人でレコーディングしている。収録されている12曲は、自由を感じること、踊りたくなること、人生がもたらすものを受け入れることなど活気に溢れポジティヴな内容に満ちている。


ダウンホームでアーシーなサウンドも印象的であり、懐かしい雰囲気ながらもどこか新しさを感じさせる。これまでの作品には無かったノラの新たな一面を感じ取れる、必聴の仕上がりだ。


本作、そして第1弾シングルとなった「ランニング」について、ノラは「私がアルバムを『ヴィジョンズ』と名付けたのは、多くのアイデアが真夜中か寝る直前の瞬間に思いついたからで、「ランニング」は半分眠っているのに、ちょっと目が覚めたような気分になる曲のひとつだった。ほとんどの曲は、私がピアノかギターで、リオンがドラムを叩いて、ただジャムるというやり方で作っていった。 その生々しさが好きで、ガレージっぽいけどソウルフルな感じになったと思う。それがリオンのサウンドの原点だし、完璧すぎないというのも魅力のひとつだしね」と語っている。

 

 

「Running」

 

 

 

日本盤には、2023年6月にリリースされたシングル「キャン・ユー・ビリーヴ」をボーナス・トラックとして収録。さらに限定盤、シングルレイヤーSACD~SHM仕様といった形態も日本盤のみで同時発売される。

 

ノラ・ジョーンズは2021年にクリスマス・アルバム『I Dream Of Chrismas』をリリースした。以後、昨年末にはLaufeyとのコラボレーションを行い、クリスマスソングをライブで披露した。



Norah Jones 『Visions』


Label: Blue Note

Release: 2024/03/08

 

Tracklist:

 

All This Time

Staring at the Wall

Paradise

Queen of the Sea

Visions

Running

 

I Just Wanna Dance

I’m Awake

Swept Up in the Night

On My Way

Alone With My Thoughts

That’s Life


Pre-order/Pre-save:


https://norah-jones.lnk.to/Visions


 


サム・エヴィアンがニューアルバム『Plunge』を発表し、そのファーストシングル「Wild Days」を公開した。


『Plunge』は、Flying Cloud RecordingsとThirty Tigersから3月22日にリリース。CJ Harveyが "Wild Days "のビデオを監督。アルバムのトラックリスト、ジャケットアートワークは以下の通り。


エビアンは、ニューヨーク州北部のキャッツキルズにあるフライング・クラウド・スタジオで、リアム・カザー、ショーン・マリンズ、パレハウンドのエル・ケンプナー、ビッグ・シーフのエイドリアン・レンカーなど、様々な友人やコラボレーターと共にアルバムをレコーディングした。


「誰も曲も計画も知らなかった。ゆるく、楽しく。これがセッションの精神だ。ヘッドフォンなし、プレイバックなし、オーバーダブもブリードも最小限。速く、ルーズに」とエビアンはプレスリリースで語っている。


「ギターで弾いて歌えるように曲を書いたんだ。本当に集中した、クラシックな曲にしたかったんだ」と彼はさらに説明する。


「ワイルド・デイズ」はエビアンの母親の視点から書かれたもので、『プランジ』全体を通して、エビアンは「クリエイティブなミュージシャンである両親の目線から、彼らの複雑な愛の物語をたどり、彼自身の考察を加えて書いている。 

 

 

「Wild Days」


 

 

 ・『Plunge』  ニューヨークの若手シンガーによるフォークロックの新曲


 

サム・エヴィアン(Sam Evian)は、Flying Cloud Recordings/Thirty Tigersから新作アルバム『Plunge』を3月22日にリリースする。今回、エヴィアンはアルバムのセカンド・シングル「Rollin' In」のミュージックビデオを公開した。映像はCJハーヴェイが監督。以下よりご視聴ください。


サム・エヴィアンはプレスリリースでこのニューシングルについて次のように語っている。


「この曲は思い出の箱であり、ついで、瞑想でもある。私はノースカロライナのクリスタル・コーストで育ち、母から受け継いだ習慣で、自分自身と交感するためによく海に行ったものだ」


この本は、私の人生のその時期を反映したものであり、それからの数年間で私がどのような人間になったかを表している。シンプルな人間関係をテーマに書き始めて、すぐに自分自身と、自分がこうなると思っていた理想的な自分と現在の自分を比べて幻滅しているのを検証していることに気づいた。


当初はサックス・ソロを入れるつもりはなかったんだけれど、ミックスを終えた日にウェイン・ショーターが亡くなったので、最後の最後に入れようという気になった。彼の繊細さ、叙情性、抑制に敬意を払おうと最善を尽くした。大きな波が打ち寄せるような感じにしたかったんだ。

 

 

「Rollin In」

 

 

 「Stay」

CJ Harvey
 

ニューヨークのシンガーソングライター、サム・エビアン(Sam Evian)は、近日発売予定の新作アルバムの3作目のシングル「Stay」を発表した。


「"Stay”は一気にガーっと出てきた曲なんだ。ウッドストックのヤードセールで買った12弦アコースティックから取り出した。そのコードを弾くのを何年も待っていたような感じだ。当時、私はKinksのレコード『Lola Versus Powerman』のアコースティックギターとドラムの音に夢中になっていた」

 


「Stay」

 





Sam Evian 『Plunge』



Tracklist:


1. Wild Days

2. Jacket

3. Rollin’ In

4. Why Does It Take So Long*

5. Freakz

6. Wind Blows

7. Another Way

8. Runaway

9. Stay

PACKS


 

PACKSの名義で音楽を制作するトロントのマデリン・リンクは、常に周囲の環境にインスピレーションを見出してきた。最新作『Melt the Honey』(1年ぶり2作目のフルアルバム)の制作にあたり、彼女はこれまでの作品に影響を与えてきた平凡な空間を超えたところに目を向けたいと考えた。


昨年3月の11日間、リンクと彼女のバンドメンバー(デクスター・ナッシュ(ギター)、ノア・オニール(ベース)、シェーン・フーパー(ドラムス))は、メキシコ・シティに再び集まった。2020年にカーサ・リュでアーティスト・イン・レジデンスを行ったことのある彼らにとって思い入れのある場所でもある。PACKSは、スタジオを借りて新曲を練習し、メンバーそれぞれが美的感覚を持ち寄った。そこからバスでハラパに移動したのち、メキシコ・シティで著名な劇場兼音楽ホール、テアトロ・ルシドの構想者であるウェンディ・モイラが所有・運営する、都会の喧騒から切り離された建築物、「カサ・プルポ」と呼ばれる家で残りの海外滞在期間を過ごした。


『メルト・ザ・ハニー』の制作は、2021年のデビュー作『テイク・ザ・ケイク』から参加しているミュージシャンたちが再び集結し、共同作業を行った。レコーディングに感じられる活気の一部は、マデリン・リンクの人生の根底にある感情の変化、恋に落ちたことにも由来しているという。長い間ひとりでやってきたことで、リンクはようやく、自分が大切にされていることを知ることで得られる安らぎを受け入れている。


「これらの曲は、今まで書いたどの曲よりもハッピーというか、楽観的なんだ」とリンクは言う。このアルバムのタイトルは、チリのビーチ・タウンで書かれたシングル曲「Honey」に由来している。マデリン・リンクはこのような感情の中で過ごし、ロマンチックなパートナーと家を共有し、誰かがそばにいるという視点を通して、人生をよりスムーズに経験できるようにしていた。リンクがより幸せな心境にある一方、『メルト・ザ・ハニー』は彼女の感情を徹底して掘り下げ、新たな音の領域を開拓している。Pearly Whitesのスカジーなシューゲイザーから "AmyW "のサイケなテクスチャーの間奏曲に至るまで、『Melt the Honey』は最も磨き上げられたアルバムとなった。

 


PACKS  『Melt the Honey』‐ Fire Talk


 

ここ10年ほど、「米国のオルタナティヴ・ロック」という音楽の正体について考えてきたが、ひとつ気がついたことがある。「ALT」という言葉には「亜流」という意味があり、主流に対するアンチテーゼのような趣旨が込められている。ひねりのあるコードやスケール、旋律の進行に象徴される音楽というのが、このジャンルの定義付けになっている。しかし、ひねりのあるコードやスケールを多用したとしても、米国のオルタナティヴの核心に迫ることは難しい。

 

なぜなら、オルタナティブというジャンルには、多彩な文化の混交やカントリー/フォークのアメリカーナ、合衆国南部の国境周辺からメキシコにかけての固有の文化性や音楽が含まれているからなのだ。つまり、The Ampsのキム・ディールやPixiesのジョーイ・サンティアゴが示してきたことだが、米国南部の空気感やメキシコの文化性がオルタナティヴというジャンルの一部分を構成し、それがそのまま、このジャンルの亜流性の正体ともなっているのである。


PACKS(マデリン・リンク)は正確に言えば、カナダのアーティストであるが、バンド形態で米国のオルタナティヴという概念の核心に迫ろうと試みている。メキシコ・シティにバンドメンバーと集まり、ウェンディ・モイラが所有・運営する、都会の喧騒から切り離された建築物、「カサ・プルポ」を拠点として、レコーディングを行ったことは、東海岸のオルタナティヴロック・バンドとは異なる米国南部、あるいはメキシカーナの雰囲気を生み出す要因となった。それはまた、Nirvanaに強い影響を及ぼし、MTV Unpluggedにも登場したMeat Puppetsのセカンドアルバム『Ⅱ』に見受けられるアリゾナの独特な雰囲気ーーサボテン、砂漠、カウボーイハット、荒れ馬、度数の強いテキーラーーこういったいかにもアメリカ南部とメキシコの不思議な空気感が作品全体に漂っている。たとえそれがステレオタイプな印象であるとしても。


そして、マデリン・リンクのボーカルには、ほどよく肩の力が抜けた脱力感があり、Big Thiefの主要なメンバーであるバック・ミーク、エイドリアン・レンカーのように、喉の微妙な筋力の使い方によって、ピッチ(音程)をわざとずらす面白い感じの歌い方をしている。一見すると、アデルやテイラー・スフィフトの現代の象徴的な歌手の歌い方から見ると、ちょっとだけ音痴のようにも聞こえるかもしれない。しかし、これは「アメリカーナ」の源流を形作るフォーク/カントリー、ディキシーランドの伝統的な歌唱法の流れを汲み、このジャンルの主要な構成要素ともなっている。そしてこれらのジャンルを、スタンダードなアメリカンロックや、インディーズ色の強いパンク/メタルとして濾過したのが米国のオルタナティヴの正体だったのである。

 

オープニングを飾る「89  Days」は、上記のことを如実に示している。PACKSは、アーティストが描く白昼夢をインディーロックにシンプルに落とし込むように、脱力感のあるライブセッションを披露している。


それは、現代社会の忙しない動きや無数に氾濫する情報からの即時的な開放と、粗雑な事物からの完全な決別を意味している。ボーカルは、上手いわけでも洗練されているわけでもなく、ましてや、バックバンドの演奏が取り立てて巧みであるとも言いがたい。それでも、ラフでくつろいだ音楽が流れ始めた途端、雰囲気がいきなり変化してしまう。ビートルズのポール・マッカートニーの作曲性を意識したボーカルのメロディー進行、インディーフォーク、ローファイに根ざしたラフなアプローチは、夢想的な雰囲気に彩られている。そのぼんやりとした狭間で、ヨット・ロックへの憧れや、女性らしいロマンチズムが感情的に複雑に重なり合う。そして、現代的な気風と、それとは相反する古典的な気風が溶け合い、アンビバレントな空気感を生み出す。

 

本作のタイトル曲代わりである「Honey」においても、マデリン・リンクとバンドが作り出す白昼夢はまったく醒めやることがない。

 

アーティストのグランジロックに対する憧れを、ビック・シーフのようなインディーフォークに近い音楽性で包み込んだ一曲である。そしてその中には、アリゾナのミート・パペッツのようなサイケやアメリカーナ、メキシカーナとサイケデリックな雰囲気も漂う。内省的で、ほの暗い感覚のあるスケールやコード進行を用いているにもかかわらず、曲の印象は驚くほど爽やかなのだ。


一曲目と同様、PACKのバンドの演奏は、ラフでローファイな感覚を生み出すが、それ以上にマデリン・リンクの声は程よい脱力感がある。それがある種の安らいだ感覚をもたらす。これらの夢想的な雰囲気は、ラフなギターライン、ベース、ドラム、そして、ハモンドオルガンによって強化される。 

 

「Honey」

 



「Pearly Whites」でも、ミート・パペッツを基調とした程よく気の抜けたバンドサウンドとグランジの泥臭いロックサウンドが融合を果たす。マデリン・リンクのボーカルは、Green River、Mother Love Bone、Pavementといったグループのザラザラとした質感を持つハードロック、つまりグランジの源流に位置するバンドが持つ反骨的なパンク・スピリットを内包させている。そして、これらのヘヴィ・ロックのテンポは、ストーナー・ロックのようにスロウで重厚感があり、フロントパーソンの聞きやすいポピュラーなボーカルと鋭いコントラストを描いている。ボーカルそのものは軽やかな印象があるのに、曲全体には奇妙な重力が存在する。ここに、バンド、フロントマンの80年代後半や90年代のロックに対する愛着を読み取ることができるはずだ。しかし、この曲がそれほど古臭く感じないのは、Far Caspianのような現代的なローファイの要素を織り交ぜているからだろう。

 

ローファイの荒削りなロックのアプローチは、その後も続いている。先行シングルとして公開された「HFCM」は、「ポスト・グランジ」とも称すべき曲であり、『Melt The Honey』のハイライトとも言える。Mommaの音楽性を思わせるが、それにアンニュイな暗さを付加している。相変わらずマデリン・リンクのボーカルには奇妙な抜け感があり、ファジーなディストーションギターとドラム、ベースに支えられるようにして、曲がにわかにドライブ感を帯びはじめる。楽節の節目にブレイクを交えた緩急のあるロックソングは、リンクのシャウトを交えたボーカルとコーラスにより、アンセミックな響きを生み出すこともある。曲のアウトロでは、ファジーなギターが徐々にフェイドアウトしていくが、これが奇妙なワイルドさと余韻を作り出している。

 

「Amy W」は、インストゥルメンタルで、Softcult,Winter、Tanukicyanのような実験的なシューゲイズバンドのサウンドに近いものが見いだせる。その一方で、ニューヨークのプロトパンクの象徴であるTelevision、Stoogesのようなローファイサウンドの影響下にあるコアな演奏が繰り広げられる。ギターラインは、夢想的な雰囲気に彩られ、ときにスコットランドのMogwaiのような壮大なサウンドに変化することもある。たしかに多彩性がこの曲の表面的な魅力ともなっているが、その奥底には、鋭い棘のようなパンク性を読み解く事もできる。そして、この曲でも前曲と同じように、アウトロにフェードアウトを配することで、微かな余韻を生み出し、80年代後半と90年代のロックのノスタルジックな空気感を作り出す。この曲のプロダクションは、アナログの録音機材によるマスタリングが施されているわけではないと思われるが、バンドサウンドの妙、つまりリズムの抜き差しによってモノラルサウンドのようなスペシャルな空気感を生み出している。これぞまさしく、ボーカリストとPACKSのメンバーが親密なセッションを重ねた成果が顕著な形で現れたと言えるだろう。

 

 

このアルバムには、80年代、90年代のオルト・ロックからの影響も含まれているが、他方、それよりも古い、The Byrds、Crosby Still& Nash(&Young)のようなビンテージ・ロックの影響を織り交ぜられることもある。


「Take Care」は、70年代のハードロックの誕生前夜に見られるフォーク/カントリーにしか見出せない渋さ、さらに泥臭さすら思わせるマディーなロックサウンドが、エイドリアン・レンカーの影響をうかがわせるマデリン・リンクの力の抜けたボーカルと合致し、心地よい空気感を生み出す。


そして、リンクのボーカルは、ファニーというべきか、ファンシーというべきか、夢想的で楽しげな雰囲気に彩られる。これがアンサンブルに色彩的な変化を与え、カラフルなサウンドを生み出す。クラフトワークのエミール・シュルトのように「共感覚」という言葉を持ち出すまでもなく、一辺倒になりがちな作風に、リンクのボーカルが、それと異なる個性味を付け加えている。それがこの曲を聴いていると、晴れやかな気分になる理由でもあるのかもしれない。

 

グランジとフォークの組み合わせは、「Grunge-Folk」とも呼ぶべきアルバムの重要なポイントを「Her Garden」において形作る。破れた穴あきのデニムや中古のカーディガンを思わせる泥臭いロックは、Wednesdayの最新アルバムに見いだせるような若い人生を心ゆくまで謳歌する青臭さという形で昇華される。それらが、上記の70年代のビンテージ・ロック、ローファイ、サイケという3つの切り口により、音楽性そのものが敷衍されていき、最終的にPACKにしか作り出せない唯一無二のオルタナティヴ・ロックへと変化していく。この曲も取り立てて派手な曲の構成があるわけではないが、ビンテージなものに対する憧憬がノスタルジックな雰囲気を作り出す。


 「Her Garden」

 


マデリン・リンクは驚くべきことに、ミート・パペッツやニルヴァーナのボーカリストの旋律の進行や事細かなアトモスフィアに至るまで、みずからのボーカルの中にセンス良く取り入れている。なおかつ、その底流にある「オルタナティヴ」という概念はときに、成果主義や完璧主義というメインストリームの考えとは対極にある「未知の可能性」を示唆しているように感じられる。


「Paige Machine」は、サイケ・ロックを和やかなボーカルでやわらかく包み込む。そしてこの曲には、ミートパペッツのようなメキシカンな雰囲気に加え、ピクシーズのような米国のオルタナティヴの核心をなすギターライン、ピンク・フロイドの初代ボーカリストであるシド・バレットが示したサイケデリック・フォークという源流に対する親和性すら見出す事もできなくもない。


続く「Missy」は 、ファニーな感覚を擁するインディーロックソングにより、PACKSが如何なるバンドであるのかを示している。ここでも、バンドとボーカリストのマデリン・リンクは、夢想的とも称すべき、ワイアードなロマンチシズムをさりげなく示す。きわめつけは、「Trippin」では、バレットの「The Madcaps Laughs」の収録曲「Golden Hair」に象徴される瞑想的なサイケ・フォークの核心に迫り、それをアメリカーナという概念に置き換えている。

 

「Time Loop」でアルバムはクライマックスを迎える。クローズ曲は、ビンテージな音楽から、モダンなインディーフォークのアプローチに回帰する。派手なエンディングではないものの、本作のエンディングを聞き終えた時、映画「バグダッド・カフェ」を見終えた後のような淡いロマンを感じる。


PACKSのバンドのラフなライブ・セッション、マデリン・リンクのファニーなボーカルは、アルバムの冒頭から最後まで一貫して、「白昼夢」とも呼ぶべき、心地良い空気感に縁取られている。そして、Fire Talkのプレスリリースに書かれている「平凡な空間を越える」という表現については、あながち脚色であるとも決めつけがたい。アルバムのクライマックスに至ると、フォーク/カントリーの象徴的な楽器であるスティール・ギターのロマンチックでまったりとした感覚を透かして、アリゾナの砂漠、サボテン、カウボーイハット、それらの幻想の向こうにあるメキシコの太陽の眩いばかりの輝きが、まざまざと目に浮かび上がってくるような気がする。

 

 

「Paige Machine」

 

 

 

85/100

 

 

PACKSのニューアルバム『Melt The Honey』は”Fire Talk”より本日発売。アルバムのご購入はこちら、Bandcampから。

 





先週のWeekly Music Featureは以下よりお読みください: