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©Jonathan Mannion


米国のラッパー、Killer Mike(キラー・マイク)がAndré 3000(アンドレ・3000)、Future(フューチャー)とのコラボ・シングル「Scientists & Engineers」をリリースしました。

 

この曲は、Young Thugとの「Run」、El-Pとthankugoodsirとの「Don't Let the Devil」「Motherless」に続く、ニューアルバム『MICHAEL』の最後のシングルである。また記事ではご紹介できませんでしたが、以前に「Talk'n That Shit」を公開しています。亡き母に捧げられた印象的なシングル「Motherless」でボーカルを担当したEryn Allen Kaneもこの新曲でフィーチャーされているようです。また、キラー・マイクは最新号のSPINのカバーアートを飾っています。

 

「Scientists & Engineers」

ソニー・ミュージックは、過去50年間のヒップホップの発展をたどる2枚組LPコンピレーションを発表しました。ヒップホップ好きの方はマストアイテムです。

 

「Raised By Rap: 50 Years Of Hip Hop」は、ソニーの既存のカタログから選りすぐりのヒップホップ作品を選ぶ”Certified Series"の一環として発売される。Run DMC、A Tribe Called Quest、Wu-Tang Clanといった伝説のアーティストから、Future、Doja Cat、21 Savageといった現代のアーティストまで参加している。

 

『Raised By Rap: 50 Years Of Hip Hop』は7月28日にダブルブラックビニールで発売されます。現在、予約注文を受け付けています。アルバムはLP限定の輸入盤として発売されます。日本国内ではTower RecordsHMV等で予約受付中です。


 

 

 

Sony Music 『Raised By Rap: 50 Years Of Hip Hop』

 



Side A:

 
Dr Jeckyll & Mr. Hyde  – Genius Rap (7” Single Version)
Run DMC – It’s Tricky
Rob Base & DJ EZ Rock – It Takes Two
A Tribe Called Quest - Can I Kick It?
DJ Jazzy Jeff & The Fresh Prince – Summertime (Single Edit)
Da Brat – Funkdafied

 

Side B:

 
Cypress Hill – Insane In The Brain
Wu-Tang Clan – C.R.E.A.M. (Cash Rules Everything Around Me) feat. Method Man, Raekwon, Inspectah Deck & Buddha Monk
Mobb Deep – Shook Ones, Pt. II
Fugees – Ready Or Not
NAS – N.Y. State Of Mind
The Beatnuts – Watch Out Now feat. Yellaklaw

 

Side C:

 
Outkast – Ms. Jackson
Clipse – Grindin’
Dead Prez – Hip-Hop
Three 6 Mafia – Poppin’ My Collar
Too $hort – Blow The Whistle
UGK (Underground Kingz) – Int’l Players Anthem (I Choose You) feat. Outkast

 

Side D:

 
Travis Scott – Goosebumps
21 Savage – a lot
Doja Cat – Streets
Future  - Mask Off
Skepta – Praise The Lord (Da Shine) feat. A$AP Rocky feat. Skepta
Lil Nas X feat. Billy Ray Cyrus – Old Town Road feat. Billy Ray Cyrus (Remix)
MIA – Whole Lotta Money

Weekly Music Feature


McKinly Dixon


マッキンリー・ディクソンは、幼少期の多くを移動しながら忙しなく過ごしてきた。1995年にメリーランド州アナポリスで生まれたディクソンは、DMV(Dual Mode Vehicleのこと)とクイーンズ区ジャマイカ(ニューヨークで最も治安の悪いエリアと言われる)を行来していたが、当時の彼にインスピレーションを与えたのは、マンハッタンともブルックリンとも異なる、ニューヨークでの特異な体験であった。「メリーランド州にはない、自分と同じような顔をした人たちがそこにはいたんだ。それは音楽による逃避行について考えるきっかけになった」と彼は言う。


奇妙な憧れと現実からの逃避というアイデアは、彼の野心的なプロジェクト「Beloved」の中心を形成している。このアルバムは、ディクソンが "史上最高のラッパー "とユニークに評するノーベル賞作家、トニ・モリスンの小説3部作にちなんで名付けられたという。モリスンの小説は、アメリカの歴史に目を向け、憧れと逃避の奔出を、彼女の散文の美しい広がりと正確さを通じて突き止めることになった。ディクソンはこのアルバムで、そういったエネルギーを表現しようとしている。


米国の詩人で評論家のハニフ・アブドゥルラキブは、「マッキンリー・ディクソンの作品は、リスナーである私にとって、常に寛大で、ポータルとして機能していると感じている」と評している。「自分の人生とは明らかに違うけれど、自分の人生から遠く離れてはいないかもしれない人生への窓。それは、あなたが触れたことのある人生に近いかもしれないし、あなたが逃した、あるいは待ち望んでいた人生に近いかもしれない」


あるとき、ディクソンは、ダブルシフトの仕事をする母親が切り盛りする家庭で育ち、自分もまた毎朝5時半に起きていることに気づいた。「母は私に規律を教えてくれました。そして、自分で何かを望むなら、それを手に入れなければならないということを教えてくれたんです」


 

©︎Jimmy Fontaine


音楽のバックグランドについて言及すると、興味深いことに、メアリー・J・ブライジやゴスペルデュオのメアリー・メアリーなど、「ファーストネームがメアリーであるアーティスト」が彼の家庭の音楽環境を特徴づけていた。これらのアウトキャストとの出会いはディクソンにとってきわめて重要なものとなった。ヒップホップへの愛を深める一方で、当時流行していたシアトリカルなロックにも興味を持つようになった。「メリーランド州の友人から紹介されたMy Chemical RomanceやPanic! At The Disco、これらのグループは、私の憧れの感覚を音楽で表現してくれていた」と彼は話している。結局、彼はこれらの影響を、バージニア州リッチモンドの大学に通いながら、2013年にリリースしたデビューEPの制作時に全力で注ぎ込むことになった。


やがてマッキンリー・ディクソンの音楽は、ブラックネスや癒しとの関係について言及されるようになり、彼の主要な自己表現手段となりかわっていった。その次にリリースした『Who Taught You To Hate Yourself?(2016年)、『The Importance Of Self Belief』(2018年)を経て、彼のスタイルは進化を遂げ、特に楽器の演奏に関しては自信を深めていった。


デビューアルバム『For My Mama and Anyone Who Look Like Her』は、ディクソンが心の痛みや悲しみに照準を合わせたゲームチェンジャーとなった。「私は本当に濃密で混沌とした曲を作っていて、どんな考えでも5分半の曲に詰め込もうとしていた」と、ディクソンはプロジェクトについて語っている。続く 『Beloved!Paradise! Jazz!!!』は、さまざまな衝動をぶつける試みとなった。


この作品では、「あの激しさと濃密さを保ちながら、より短く、よりキャッチーな曲を作ったらどうだろう?って考えてみたんだ」と彼は述べている。1992年に出版されたモリソンの友情とハーレムを描いた小説『ジャズ』を朗読するアブドゥラキーブのイントロダクションの後、ディクソンはリスナーに "Sun, I Rise" を提供する。ハープが奏でるクリスタルのようなラインの上でラップするディクソンは、時に低く、時に頂点まで軽やかに舞い上がるように、声のトーンを変えて演奏する。彼の歌詞は捉えどころがなく、文学的で、正真正銘のヒップホップだ。それは、ディクソンのフロウの能力の強かな表明であり、スキルの棚卸しでもある。「イカロスとミダス王を混ぜたような少年の物語を作りたかった」とディクソンは言う。ゲストボーカリストのアンジェリカ・ガルシアは、ピュアな歌声で、この傑出したシングルにさらなる深みを与えている。 

 

アルバムの他の部分では、彼は、落ち着きのなさと銃の暴力("Run, Run, Run")、友人を失うという底知れない悲しみ("Tyler, Forever")、才能の孤独("Dedicated to Tar Feather")について取り組んでいる。ディクソンはオーケストラの指揮者のように、鍵盤、弦楽器、優しいベースをはじめとする生楽器を組み込もうとした。「全ての曲で美しい言葉を書こうとした、これまでで一番手応えがある」とディクソンは語るが、それは楽曲の美しさと題材に見合った偉業となることだろう。

 

アルバムの最後を飾るのは、このプロジェクトで最もゴージャスな瞬間といえるタイトル曲だ。ジェイリン・ブラウンは、トム・モリスンの書誌から抜粋した言葉を歌っているが、それはたった3つの単語からなるにもかかわらず、何とも言えないフィーリングを持つフックを作り上げる。ディクソンのイメージは、幽体離脱、抱き合う手など、痛々しいまでの優しさに溢れている。時に荒々しく、時に繊細な、『Beloved!Paradise!Jazz!?』は、山あり谷ありのマッキンリー・ディクソンの心の旅である。「自分の物語をより身近に感じられるようにすることを目標にしたんだ」と彼は語った。自分の好きなものをその中心を保ちながら。


『Beloved! Paradise! Jazz!?』 City Slang



(現在はシカゴにいるという)ディクソンの文化観を育んだニューヨークのクイーンズ地区はヒップホップの発祥の地のブロンクスに隣接しており、エグみのあるNYカルチャーの発信地のひとつと言えるだろうか。これまでブラックネスや、自分の人生について、あるいは、自分の母親についてのラップソングを書いてきたマッキンリー・ディクソンは、2021年の前作の延長線上にある音楽性を、この4thアルバムで追い求めている。

 

当時ディクソンは黒人のノーベル賞作家であるトム・モリスンの「Jazz」を読むにつれ、人々が過激であると評するこのストーリーについて一定の共感を覚えたばかりか、まったく怖いものではないと考えていた。というのも、それはおそらくクイーンズ地区での生活は、モリスンの描こうとするいささか恐ろしい世界と共鳴するものがあったのだろう。このときのことについて、ディクソンはこう回想する。「凄いな、最愛の人って? という感じだった。これは一体何なんだろう? 怖いけど、全然怖くない」と彼はさらに回想する。「この本には、彼女が黒人であるがゆえ、まだ私たちが到達しえないこと、そして私自身が到達しえないことがたくさん書かれていた」

 

本当に優れた文学に出会った時、もし、その読者が本当の意味で純粋な心を持ち、その物語やプロットに共感し、真にその物語に熱中したならば、それは百戦錬磨の書評家よりも深くその文学を読み込んだことになる。

 

そしてトム・モリスンの言葉は、彼の心に共鳴し、それを古典としてではなく、現代の問題として、また自らの問題として持ち帰り、文学者が伝えようとしたことをうまく咀嚼することが出来た。ディクソンにはその素養があった。2017年頃から、彼は黒人の経験についてよく学び、黒人のトランスフォーマーの死亡率に関心を持っていた。トランスフォーマーは、二重の抑圧に苦しんでおり、黒人全般の死亡率よりも遥かに高い。それは友人の出来事によってデータ上の数字ではなく、ディクソンの心に生きた問題として印象深く刻み込ませた。また、彼は2018年の最初のアルバムで、こんなことを歌っている。「わたしたちの行動に責任を持とう/公正な連鎖反応であることを自覚せよ」これはディクソンが社会に潜む問題を捉える目を持っていること、そして、それに対する疑問を投げかける行動力を兼ね備えていることを証だてている。

 

マッキンリー・ディクソンはこれらのブラックカルチャーにおけるテーマを自分のアーティストとしての命題に据え、4作目のアルバムでも、そのことを真摯に探究しようとしている。このアルバムはモリスンの小説「Jazz」の朗読により幕を開ける。重苦しいアブドゥラキーブの朗読に加え、緊張感のあるシンセがその言葉の情感を引き立てるが、これから、この音楽が次にどういった形で展開していくのかを期待させる理想的なイントロダクションとなっている。

 

やはり、「ジャズ」という表題に違わず、ホーンのミュートの枯れた音色がそのムードを盛り上げる。前奏曲が終わるとすぐ、ハープのグリッサンドを通じて、『Beloved! Paradise! Jazz!?』はいよいよ物語の幕開けとなる。「Hanif Reads,Toni」を通して、マッキンリー・ディクソンは、彼が尊敬するメアリー・J・ブライジのポピュラーセンスを受け継いだラップを展開させる。そして、彼のラップには二面性のある人格が垣間見える。感情をむき出しにする扇情的なリリシストとしての姿と内省的なリリシストとしての姿が立ち代わりに現れ、それがゲストボーカルとして参加したアンジェラ・ガルシアのコーラスにより、曲の持つ哀感は深みを増していく。特に中盤からのフロウを通じて、マッキンリー・ディクソンは最もエモーショナルなラップを披露し、ブラックカルチャーの核心へと迫りながら、聞き手の琴線に触れる感慨をもたらす。アフロ・ビートを下地にしたストリングス、ハープ、木管楽器が幾重にも折り重なり、美しいハーモニーを形成する中で、ディクソンは感情を剥き出しにし、"Nigger”という得難い差別的な観念の正体を突き止めようとする。次第にディクソンのフロウは、それとは対比的なアンジェラ・ガルシアのコーラスに支えられるようにして奇妙なエナジーを帯び始める。

 

続く「Mezzainaine Tippin」はアルバムの中で最も過激な楽曲である。これは例えば、ケンドリック・ラマーの書くブラックコミュニティの過激さを、社会悪という観点から捉えようとしている。チャリチャリと不気味な音を立てる鎖のサンプリングの後には、ほとんどアブストラクトヒップホップとして見てもおかしくないような前衛的なリズムがこの曲を支配する。マッキンリー・ディクソンは米国社会の暗部に踏み入れ、そしてそれが黒人の生活にどのような恐怖を与えるのかを、リリックと音楽という二つの側面から捉えようとしている。まさにモリスンの小説にある得体の知れない恐怖がこのトラックには充ちており、重々しさのある重低音に加え、サックスの響き、ボーカルの断末魔のようなサンプリング、抽象的なシンセサイザーが、それらの雰囲気をさらに不気味なものにしている。暴力に対する黒人側の恐怖、もしくは自己に満ちる内面の狂気をディクソンは鋭い感覚によって描き出そうとしているのだろうか。それは一触即発とも言え、危うく、なにかのきっかけで表層部分にある正気の壁そのものが崩れ落ちていきそうな気配に充ちている。スラングの断片をサンプリングとして序盤に配し、その後の展開を引き継ぐ形で、マッキンリー・ディクソンは歌うともささやくとも知れず、リリックを紡ぎ出していく。

 

 「Run,Run,Run」

 

 

重苦しい緊張感に満ちた前曲の後、レゲエやジャズを基調にしたユニークなラップソングが控えている。「Run Run Run」は、表向きには銃社会について書かれているが、アルバムの中で親しみやすく、軽快なリズムに支えられている。ここにはディクソンのジャマイカのコミュニティや、そのカルチャーの影響が色濃く反映され、Trojanに所属していた時代のボブ・マーリーのR&Bの延長線上を行く古典的なレゲエやアフロ・キューバン・ジャズを融合させた一曲である。シンプルなピアノのフレーズが連続した後、ディクソンはアンセミックな響きを持つフレーズを繰り返す。アフロ・ビートのように軽快なリズムとグルーブ感は軽やかに走り出しそうな雰囲気に満ちあふれている。中盤からラップへと移行するが、トランペットのミュートに合わせて歌われるディクソンのうねるようなラップの高揚感は何物にも例えがたいものがある。

 

同じように続く「Live From The Kitchen Table」も心沸き立つような雰囲気に充ちている。 タイトルもファニーで面白いが、特にアーティストのジャズに対する理解度の深さと愛着が滲み出ているナンバーだ。特に、曲の中盤のサックスの駆け上がりは、アルバムの中で最も楽しみに溢れた瞬間を刻印している。これらのジャズの要素に加え、アルバムの序盤とは正反対に、ディクソンは心から楽しそうにラップを披露する。その歌声を聴いていると、釣り込まれて、ほんわかした気分になる。この曲が終わった頃には、心が温かくなる感覚に浸されることだろう。

 

「Tyler,Forever」

 

続く「Tyler, Forever」も同じように軽快な雰囲気に充ちている。ティンパニーの打音と管楽器のフレーズの兼ね合いを聴くかぎり、さながら、音の向こうからコミカルなヒーローが颯爽と登場しそうな雰囲気だ。アクションヒーローの映画を彷彿とさせるイントロダクションの後、アルバムの中でマッキンリー・ディクソンがドリル・ミュージックの核心に接近する。これは、友人を死をもとに制作された曲だというが、悲壮感をもとに曲を書くのではなく、亡き友人の魂を鼓舞するかのように、勇敢なラップミュージックを展開させる。特に中盤にかけてのフロウは鬼気迫るものがある。そして何より、分厚いグルーブ感が押し寄せ、ダンスフロアの熱狂のように渦巻き、そのグルーブを足がかりにして、ディクソンは巧みなマイクパフォーマンスとともにエネルギーを上昇させる。中盤から導入されるホーン・セクションを介して、リラックスしたジャジーな展開に引き継がれ、その後、ほろりとさせるような切ないラップが展開される。

 

終盤では、ゴージャスなオーケストラ・ストリングスのハーモニーを活かした「Dedicated To Feather」が強烈な印象を放っている。前曲の友人への弔いのあと、その魂をより高らかな領域へと引き上げ、レゲエ調のエレクトーンの音色を取り入れ、渋さのあるポピュラーミュージックを展開させる。4ADから新しいアルバムの発売を控えている、注目すべき黒人シンガーソングライター、Anjimileをゲストボーカルに迎えたことは時宜にかなっていると言える。両者の息のぴったり合ったボーカルとコーラスは、アンニュイなネオソウルの魅力を体現しており、シンガロングを誘発させるサビの痛快さはもちろん、ボーカルのサンプリングやジャジーな管楽器の芳醇な響きによって、曲の情感は徐々に高められていくことがわかる。

 

ジャズのスタンダードな形式の管楽器のフレーズで始まる前奏曲に続き、「The Story So Far」を介して、アルバムのテーマはいよいよ核心へと向かっていく。アフロ・キューバン・ジャズの要素を取り入れたこのトラックで、パーカション効果を最大限に駆使しながら、マッキンンリー・ディクソンはジャズとラップの融合のひとつの集大成を示している。それは序盤の重苦しい雰囲気とは異なり、天上に鳴り響く理想的なラップとも捉える事ができるし、近未来的な響きを持つヒップホップとも解せる。キューバン・ジャズ風のリズムや管楽器の響きは、Seline Hizeのハリのあるボーカルによって、楽曲の叙情性は深度を増していくのだ。


悲哀、狂気、恐怖、それと対極にある温和さ、楽しさ、平らかさ、多様なブラックカルチャーに内在する感覚をリアルに体現した後、アルバムの最後に祝福された瞬間が待ち受けている。タイトル曲「Beloved! Paradise! Jazz!?」は、スタンダードなソウルやR&Bを下地にしたDe La Soulを彷彿とさせるナンバーで、ディクソンは相変わらず、淡々とし、うねるようなリリックを展開する。後に続く温和なコーラスワークの響きは、ハープやジャジーな管楽器とポンゴの響きに支えられ、Ms Jaylin Brownのソウルフルなボーカルに導かれて、アルバムの最後は微笑ましい子どもたちのコーラスにより、ダイナミックかつハートフルなクライマックスを迎える。

 

マッキンリー・ディクソンが最後に言い残したことはシンプルで、あなたを愛する人がどこかにいるということ、楽園もどこかに存在するということ、そして、それは、ジャズやソウルのように人をうっとりさせるものであるということ。決して恵まれた環境で育ったわけではないアーティストであるからこそ、その考えは深さと説得力を持ち合わせている。


 

 96/100

 

 

Weekend Featured Track 「Beloved! Paradise! Jazz?」


McKinly Dixon(マッキンリー・ディクソン)のニューアルバム『Beloved! Paradise! Jazz!?』はCity Slangより発売中です。

 

 

 

Label: Warp Records

Release: 2023/5/26


Review 


私たちは自分たちを人間と呼んでいますよね。でも、私たちは、お互いに動物的なことをする。人間らしさを奪うことで、不道徳を正当化する。彼らは動物だから、そのように扱うことができるんだ。この曲の中に出てくるさまざまな種類の小さな疑問は、すべて人間性に関する疑問を指しています。それとも、私はサーカスの動物なのだろうか? これらの問いは、私が人種について考える方法と交差しています。

 

ーーKassa Overall

 


カッサ・オーバーオールは、スコットランドのヤング・ファーザーズと同様、上記のようなレイシズム(人種差別)に対する問題を提起する。日本ではそれほど知名度が高くないアーティストの正体は依然として不明な点も多いが、ワープ・レコードの紹介を見る限り、基本的には、カッサ・オーバーオールはラップのリリシストとしての表情に合わせてジャズ・ドラム奏者としての性質を併せ持っているようだ。

 

それは例えば、同レーベルに所属するYves Tumorと同様、ブレイクビーツの要素を備えるソウル/ラップの音楽性に加えて、古典的なジャズの影響がこのアルバムに色濃く反映されていることがわかると思う。そして、それはモダンジャズに留まらず、タイトル曲「It's Animals」ではニューオリンズのオールドなラグタイムブルースという形で断片的に現れている。全般的には、ジャズの側面から解釈したヒップホップというのが今作の本質を語る上で欠かせない点となるかもしれない。そして、表向きには、前のめりなリリシストとしての姿が垣間見えるけれど、その背後にピアノのフレージングを交え、繊細な感覚を表そうとしているのもよく理解できる。ときおり導入される豚の鳴き声は、「動物」として見做される当事者としての悲しみが含まれており、それはとりもなおさず制作者のレイシズムに対する密かな反駁であるとも解釈できる。しかし、それは必ずしも攻撃的な内容ではなく、内省的なアンチテーゼの範疇に留められている。つまりオーバーオールは問題を提起した上で、それを疑問という形に留めているのだと思う。つまり、そのことに関して口悪く意見したり、強い反駁を唱えるわけではないのだ。

 

その他にも、暗喩的にそれらのレイシストに対するアンチテーゼが取り入れられている。アルバムのオープニングを飾る「Anxious Anthony」は、ゲーム音楽の「悪魔ドラキュラ城」のテーマ曲を彷彿とさせ、ユニークでチープさがあって親しみやすいが、これもまたアートワークと平行して、人間ではない存在としてみなされることへほのかな悲しみが込められているようにおもえる。

 

「Ready To Ball」以降のトラックは、カッサ・オーバーオールのジャズへの深い理解とパーカッションへの親近感を表すラップソングが続いてゆく。リリックは迫力味があるが、比較的落ち着いており、その中に導入される民族音楽のパーカッションも甘美的なムードに包まれており、これが聞き手の心を捉えるはずだ。しかし、オーバーオールはオートチューンを掛けたボーカルをコーラスとして配置することにより、生真面目なサウンドを極力避け、自身の作風を親しみやすいポピュラーミュージックの範疇に留めている。オーバーオールは、音楽を単なる政治的なプロバガンダとして捉えることなく、ジャズのように、ゆったりと多くの人々に楽しんでもらいたい、またあるいは、その上で様々な問題について、聞き手が自分の領域に持ち帰った後にじっくりと考えてもらいたいと考えているのかもしれない。その中に時々感じ取ることが出来る悲哀や哀愁のような感覚は、不思議な余韻となり、心の奥深くに刻みこまれる場合もある。

 

リリックの中には、世間に対する冷やかしや、ふてぶてしさもしたたかに込められており、「Clock Ticking」では、トラップの要素とブレイクの要素を交え、サブベースの強いラップソングを披露している。この曲は、旧来のワープレコードの系譜を受け継ぐトラックとして楽しむことが出来る。その後、カッサ・オーバーオールの真骨頂は、幽玄なサックスの演奏を取り入れ、-とダブとエレクトロニックを画期的に混合させた「Still Ain't Find Me」で到来する。トラックの終盤にかけて、アヴァン・ジャズに近い展開を織り交ぜつつ、ブレイクビーツの意義を一新し、その最後にはノスタルジックなラグタイム・ジャズのピアノを混淆させた前衛的な領域を開拓してみせている。まさに、Yves Tumorがデビュー・アルバムで試みたようなブレイクビーツの新しい形式をジャズの側面から捉えた画期的なトラックとして注目しておきたい。

 

このアルバムの魅力は前衛的な形式のみにとどまらない。その後、比較的親しみやすいポピュラー寄りのラップをNick Hakimがゲスト参加した「Make My Way Back Home」で披露している。Bad Bunnyのプエルトリコ・ラップにも近いリラックスした雰囲気があるが、オーバーオールのリリックは情感たっぷりで、ほのかな哀しみすら感じさせるが、聴いていて穏やかな気分に浸れる。


「The Lava Is Calm」も、カリブや地中海地域の音楽性を配し、古い時代のフィルム・ノワールのような通らしさを示している。ドラムンベースの要素を織り交ぜたベースラインの迫力が際立つトラックではあるが、カッサ・オーバーオールはラテン語のリリックを織り交ぜ、中南米のポピュラー音楽の雰囲気を表現しようとしている。これらの雑多な音楽に、オーバーオールは突然、古いモノクロ映画の音楽を恣意的に取り入れながら、時代性を撹乱させようと試みているように思える。そしてそれはたしかに、奇異な時間の中に聞き手を没入させるような魅惑にあふれている。もしかすると、20世紀のキューバの雰囲気を聡く感じ取るリスナーもいるかもしれない。

 

「No It Ain't」に続く三曲も基本的にはジャズの影響を織り交ぜたトラックとなっているが、やはり、旧来のニューオリンズのラグタイム・ジャズに近いノスタルジアが散りばめられている。そのうえで、クロスオーバーやハイブリッドとしての雑多性は強まり、「So Happy」ではアルゼンチン・タンゴのリズムと曲調を取り入れ、原初的な「踊りのための音楽」を提示している。このトラックに至ると、ややもすると単なる趣味趣向なのではなく、アーティストのルーツが南米にあるのではないかとも推察出来るようになる。それは音楽上の一つの形式に留まらず、人間としての原点がこれらの曲に反映されているように思えるからだ。 


最初にも説明したように、タイトル曲、及び「Maybe We Can Stay」は連曲となっており、ラグタイム・ジャズの影響を反映させて、それを現代的なラップソングとしてどのように構築していくのか模索しているような気配もある。アルバムの最後に収録される「Going Up」では、ダブステップやベースラインの影響を交え、チルアウトに近い作風として昇華している。ただ、このアルバムは全体的に見ると、アーティストとしての才覚には期待できるものがあるにもかかわらず、着想自体が散漫で、構想が破綻しているため、理想的な音楽とは言いがたいものがある。同情的に見ると、スケジュールが忙しいため、こういった乱雑な作風となってしまったのではないだろうか。アーティストには、今後、落ち着いた制作環境が必要となるかも知れない。



74/100

 

Featured Track 「Going Up」 
 

 


米カリフォルニア州・クパチーノ出身のラッパー/プロデューサーのJoe Cupertinoが新曲『Sprite』を本日5/31にリリースします。この新曲は前回のデスメタルとラップを融合した「Pool」に続く作品となります。

 

4ヶ月連続シングルリリースの第三弾である本楽曲は、Joe Cupertinoが日頃より交友のある同年代のアーティストAotoとMaphieを客演に迎えている。速めのトラップビートから始まる本楽曲は、2000年代を彷彿とさせるR&Bへと移行し、またトラップビートに戻る構成となっている。

 

それぞれのパートが分かりやすく、各アーティストのエッセンスが最大限に感じられるよう分配されており、ビートと共にそれぞれのゲストアーティストの世界観を行き来できる。歌詞はそれぞれのアーティストにJoeがSpriteという単語を思い浮かべた時の気持ちを元に書かれている。


曲名のSprite はJoeとJoeの盟友Swaggy Kが造ったスラングに由来し、明確の意味は存在していない。

 

アートワークはJoeが以前より交流があるイギリス人アーティストである、kingcon2k11(過去にHudson MohawkeやToro y Moiなどの作品を手がけた)、オーストラリア人アーティストのShell Lucky OceanとCUPETOWNメンバーであるShotaro Shinozakiが合作したものである。

 

今後はJoe Cupertinoは、4ヶ月に及ぶ連続シングルのリリースなどの活動予定がある。

 

 

 Joe Cupertino 「Sprite」 New Single


 

Streaming(配信リンク):

https://linkco.re/UxBPv8ER 

 

 


ケンドリック・ラマーとベイビー・キームがタッグを組んだニューシングル「The Hillbillies」がリリースされました。Bon Iverの2020年のトラック「PDLIF」のサンプルをベースに作られたこのトラックは、Tyler, the Creatorが少しだけ登場するNeal Farmer監督によるミュージックビデオと共に公開されています。以下よりご覧ください。


キームとラマーはこれまでにも「family ties」や「range brothers」など、多くの楽曲でコラボレーションしている。ベイビー・キームの最新アルバム『The Melodic Blue』は2021年に発売され、ラマーは昨年『Mr.Morale & The Big Steppers』をリリースした。二人とも今週末に開催されるPrimavera Sound 2023に出演する予定です。


 

©Patrick O'Brien Smith


アルバムリリースに際してWarp Recordsと新たに契約を結んだKasa Overall(カッサ・オーバーオール)は、Lil B、Shabazz PalacesのIshmael Butler、Francis and the Lightsが参加した新曲「Going Up」を公開しました。『ANIMALS』は今週金曜日、5月26日にWarpからリリースされます。

 

「Ready to Ball」「Make My Way Back Home」「The Lava Is Calm」に続く、彼のアルバム『ANIMALS』からの最新シングルとなっています。以下よりチェックしてみてください。


「Going Up」


 

BeyoncéがKendrick Lamarを起用し、彼女の最新作である『ルネッサンス』からカットされた「America Has a Problem」の新しいリミックスを制作しました。「私は名誉Beyhiveだ、その理由を見てみよう」とLamarはこのトラックでラップしている。この曲をご視聴は以下からどうぞ。


ラマーは以前、ビヨンセの2016年のアルバム『レモネード』からの「フリーダム」や、『ライオンキング』の「ナイル」にも参加し、さらには『ザ・ギフト』にも参加しています。ビヨンセは現在、『ルネッサンス』を引っ提げた大規模なワールドツアーを開催しています。

 



 

Bad Bunny

Bad Bunnyが「Where She Goes」をリリースしました。この曲は、テキサスを拠点とするメキシコの地方バンドGrupo Fronteraとのコラボレーション「un x100to」に続く、2023年最初の正式のソロ・シングルです。



フランク・オーシャン、リル・ウージー・ヴァート、ドミニク・ファイクなど、有名人が出演しているミュージックビデオも公開されています。以下よりご覧ください。


©hoylze


京都出身のMC、Daichi Yamamoto(ダイチ・ヤマモト)がニューシングル「Athens」をリリースしました。同時にヤマモトは、マサト・フクダと共同で独自レーベル、Andlessを立ちあげたことも発表しています。

 

ニューシングル「Atens」のコンポーザーはJJJが担当している。これまでと同様に、英語と日本語をセンスよく融合させ、アテネへの旅に言及し、ドリルラップを通じて、独自の表現方法を追求しています。


19歳からラップやレコーディングを始め、フランク・オーシャンを敬愛してやまないというヤマモト。遅咲きではありながらリリックの言葉選びのセンスとフロウの情感の豊かさは日本のラップシーンでも傑出しています。 

 

 

 

Daichi Yamamoto

 

京都生まれのMC。日本人の父とジャマイカ人の母を持つ。2012年からロンドン芸術大学にてインタラクティブ・アートを学び、2017年10月イギリスから帰国し、Jazzy Sportに所属。

 

続く2018年には、STUTSやAi Kuwabaraらの作品へ の客演参加、MONJUから仙人掌 / PSGからGAPPERを招いたリード曲 [ All Day ]のRemixを収録したAaron ChoulaiとのジョイントEP" Window “を発表。 

 

2019年3月に発表したデジタル・シングル [ 上海バンド ] が、Apple Music「 今週のNEW ARTIST」にも選出され、Kanye WestやPharrell Williams、Jay-Z らとの作品でも知られる米国のMC・Lupe FiascoがそのMVをSNS上で取り上げるなど、国内外からも注目を集める存在となった。

 

2019年9月1st アルバム 『Andless』をリリース。12月には渋谷WWW / 京都 Metroでのリリースライブをお行い、バンドセットでのライブも披露。 そして2020年1月には、音楽ストリーミングサービスSpotifyが選ぶ、今年飛 躍が期待される注目の新進気鋭・国内アーティスト10組「Early Noise 2020」 として選出された。

 

ASIAN KUNG-FU GENERATION の後藤正文氏が主催する「Apple Vinegar Music Award 2020」では '' Andless '' が特別賞を受賞。さらに、NBAの八村塁選手出演の大正製薬「リポビタンD」TVCM や、Netflixキャンペーンへの参加が話題になるなど、今年大注目のアーティス トと言える。


 Jayda Gがニューシングル「Meant To Be」を公開しました。Ninja Tuneから6月9日に発売されるニューアルバム『Guy』の先行シングルです。以前、アーティストは「 Blue Light」をリリースしている。Jack Peñateとの共同プロデュースによるこの曲はチョッピーなディスコから、ハウスやポップへと移行しています。


この「Meant To Be」は、Jayda Gが、ブラジル人アーティストSeu JorgeとWu-TangのRZAによるオリジナル楽曲で構成された気候危機のドキュメンタリー映画「Blue Carbon」に出演時に発表された。


「Mean To  Be」

©︎Jonnathan Manion


Killer Mikeは6月16日にLoma Vistaからリリースされるニューアルバム『Michael』から同時に2曲のビデオを公開しました。リードシングル「Don't Let the Devil」をビデオを第1部として、さらに「Motherless」を第2部として公開しています。両ビデオは下記よりご覧下さい。


キラー・マイクは言う。

 

Elは、僕が子供の頃、母が開いていたボヘミアン、アート、ディスコを取り入れたパーティーについて話しているのを聞いたことがある。

そこで初めてグランドマスター・フラッシュ、カーティス・ブロウ、ホーディニを聴いたんだ。だから "DON'T LET THE DEVIL"のビデオをどうするか考えていたとき、ジェイミーがこの曲を作ってきてくれて、最後に泣いた。さらにクレイジーなのは、彼は「MOTHERLESS」でも僕らが何をしているのか知らなかったんだけど、それがマジックなんだと思う。

ディオン(No I.D.)に初めてアルバムを見せたとき、彼は2つのことを言いました。この曲はアルバムのために作られた最後の曲で、彼女が移行して以来、私はこの言葉を声に出していなかったからです。

 

母の話をするとき、彼女が命を絶とうとするところに立ち会ったときの話など、彼女がいかに繊細なアーティストであり、人間であったかという核心に触れるような話をします。

彼女は生き延び、双極性障害とうつ病と診断されましたが、死ぬまでその病気と闘い続けました。彼女は美しく豊かなアウトローのような人生を送り、私は彼女をそのような美しいワルとして紹介できることを光栄に思っています。

しかし、これは悲しいビデオや弔辞を意味するものではありません。アトランタのウエストサイドに住む、バッド・アス・ブラック・ガールを祝福するものです。彼女は、OGママ・ニーシーと呼ばれ、多くの人々に親しまれてきました。


Killer Mikeは、昨年、ブラックカルチャーの意義を問う「Run」という新曲で久しぶりにカムバックを果たしている。


この時、彼は、グッドモーニング・アメリカの取材に対して、以下のように語っていた。これは年5月9日、Thug(本名Jeffery Lamar Williams)を中心とする、自身のレーベル兼インプリントであるYSL(別名Young Slime Life, Young Stoner Life, Young Slatt Life)のメンバー及びその関係者28名が、ストリートギャング活動への参加および不正行為防止法(RICO)違反の共謀容疑で56件の起訴状により逮捕されたことをうけての発言である。更にこれはキラー・マイクの最新アルバム『Michael』の中に貫流するラップアーティストの切なる思いとも言えそうである。

 

ヒップホップが芸術として尊重されないのは、この国の黒人が完全な人間として認識されていないからなんだ。 
もし、裁判所が彼らの作ったキャラクターや、彼らが韻を踏んで語る見せかけのストーリーに基づいて彼らを起訴することを許したら、次はあなたの家の玄関に彼らがやってくるでしょう。

 

マイクは7月20日にニューヨークのApolloで行われる公演を含む、今後のツアーも予定しています。その後、Killer MikeとEl-Pのデュオ、Run The Jewelsは、この秋、結成10周年を記念したツアーを開催します。彼らは9月13日から16日までニューヨークのTerminal 5で公演を行います。

 

「Don't Let the Devil」

 

 

 「Motherless」

 


Weekly Music Feature


Atmosphere


Atmosphere

Atmosphere(アトモスフィア)のラッパーのSlug、そしてプロデューサーのAntは、デュオとして25年以上にわたって、アンダーグラウンドヒップホップ界に組み込まれた遺産を築きあげてきた。

 

ミネアポリスで頭角を現した彼らのデビューアルバム『Overcast!』は、1997年にリリースされた。2000年代初頭には、Slugがインタビューで冗談交じりに「エモ・ラップ」という言葉を発したところ、出版物がこのジャンルのタグを付けて彼らや他のアーティストを紹介するようになった。


デビュー以来数十年間、アトモスフィアは厳格なアウトプットを続け、20枚以上のスタジオアルバム、EP、コラボレーションのサイドプロジェクトをリリースしてきた。デュオは、正直さ、謙虚さ、脆弱さを音楽の前面に押し出すことで遺産を築いて来た。


Slugは、ストーリーテリングと説得力のある物語を書くことに長けており、自分を形成するのに役立ったラッパーやソングライターに敬意を払いながら、自分自身の影響の跡を残している。一方、Antは、ソウル、ファンク、ロック、レゲエ、そしてヒップホップのパイオニアであるDJやプロデューサーの技からインスピレーションを得てサウンドトラックを巧みに作り上げ、彼自身のトレードマークとなるサウンドを生み出し、人生、愛、ストレス、挫折についての歌にパルスを与えている。


アトモスフィアの本質は、音楽的な羊飼いであり、人生というものを通して何世代にもわたってリスナーを導いてきた。2023年の最新アルバム『So Many Other Realities Exist Simultaneously』は、おそらくアトモスフィアにとってこれまでで最も個人的な作品を収録している。リードオフ・トラックの "Okay "は、リスナーを慰め、安心させることに重点を置いている。最近の作品よりも穏やかなアプローチでこの壮大なオデッセイは始まる。


Antがこれまでリリースした作品の中でも最もきらびやかなプロダクションにのせて、Slugがラップするこの曲は、アルバム全編に渡っての意識改革の基礎となる。しかし、アルバムが始まったと同時に、紛れもない不安感が最初からあり、SlugとAntが不眠症と悲哀という抽象的なテーマをリスナーに織り込みながら、このプロジェクトを通して進化し続けるのである。


「Dotted Lines」のような繊細なパニックから「In My Head」のようなあからさまな不安まで、各曲の不安は紛れもないものである。ただそのなかで涙が溢れてきたとえしても、「Still Life」のような曲で再び解決できる。

 

一方、「So Many Other Realities」のリズムはアトモスフィアのキャリアの中でも最も独創的だ。「In My Head」でのAntの遊び心溢れるパーカッションは、荒れ狂う楽曲の良いカウンターウェイトとして機能しており、「Holding My Breath」と「Bigger Pictures」でのドラムパターンは、Slugのフローに遊びを加え、このアルバムを牽引する不安感を強調する。


アトモスフィアのキャリアの中で最も新しいこのアルバムは、家族、兄弟愛、目的といった人生の最も意味のある部分を強調しているが、『So Many Other Realities』は、市民の不安でいっぱいになったパンデミックに疲れた社会の一般的な倦怠感からインスピレーションを得て、ある種のパラノイアを発掘した作品である。これらの曲の緊張感は手に取るようにわかるが、このアルバムが存在するだけで、最もストレスの多いエピファニーの根底にある希望が証明されるのである。


アトモスフィアがキャリアを通じて取り続けた最大のリスクは、繊細であること、そして恐れないことであった。スラッグとアントがアンダーグラウンドのヒップホップシーンに参入して以来、世界は想像を絶するほど変化したが、音楽と文化の激変にもかかわらず、彼らは賢しい革新性と真実に根ざした基盤を強く保ってきた。


このデュオの絶え間ないリリースとツアーのスケジュールは、ストーリーの一部を語るに過ぎないが、新しいファンであれ、長年のリスナーであれ、彼らのレコードと時間を過ごすことで、臆面もなく自己表現するために創造し生きることを愛する2人の友人の姿が見えてくるはずだ。


彼らの人生に対する率直な考察と、生きる価値を生み出すありふれたトラウマや喜びは天からの贈り物であり、それ自体がアトモスフィアの遺産である。もし明日、音楽が止まってしまっても、このデュオは、エブリマンラップの流れを永遠に変えた、ミネアポリスのラップの巨人として後世に語り継がれることになるだろう。



 『So Many Other Realities Exist Simultaneously』




Atmosphereの最新作『So Many Other Realities Exist Simultaneously』は、ほとんどジャンルを規定づけることが困難な作品である。


”同じ瞬間に数多くの現実が存在する”というタイトルは、まさに、SlugとAntがこの作品に込めたかった主なテーマとなる概念が内包されている。このアルバムには、トラウマや不安や恐怖といった人間のダークな感情から、安心や愛、友情などヒップホップの原初的なテーマまで幅広く象られている。つまりアトモスフィアはアルバムの制作を通じ、人間の持つ多彩な感情の側面を二人の得意とするヒップホップを中心にし、実際のサウンドに反映させようと試みたとも言えるのである。それは人間や人生の持つカラフルな側面が実際の音楽にも顕著な形で反映されていると思う。

オープニング曲「Okay」は、本作の中で最も爽快なラップソングとして楽しめるはずだ。デュオは、デ・ラ・ソウルの旧作を彷彿とさせる明るく爽やかな雰囲気に溢れたヒップホップトラックを作品の冒頭と最後にリメイクという形で配置しており、彼らは生きる喜びや感謝をトラックのリリックやビートにシンプルに取り入れようとしている。淡々としているが、時々、導入されるグロッケンシュピールやギターのフレーズは、Slugのフローに爽やかさと可愛らしさを付け加えている。

 

20曲という凄まじいボリュームのアルバムは爽やかな雰囲気で始まった後、まるで人間そのものの感情や、人生の複雑さを反映させるかのように、複雑な様相を呈する。


二曲目の「Eventide」は、最近のアーバンフラメンコを想起させるスパニッシュの雰囲気を交えたトラックである。ただ、この曲は、トレンドに沿ったラップというより、反時代的な概念が込められている。一曲目と同様、DJのターンテーブルのスクラッチの技法を交え、現代という地点から少し距離を置き、オールドスクールの時代に根ざしたコアなラップを展開させていく。

 

「Okay」 

 

 

 

続く、三曲目の「Sterling」は、1970年代後半にニューヨークのブロンクスの公園でオランダの移民のDJや、近所に住んでいるB-Boys(Girls)たちが自分たちの好きな音楽を持ち込み、カセットラジオで鳴らしていたような原初的なオールドスクールのヒップホップである。

 

アトモスフィアのデュオは、ファンカデリックのような70年代のPファンクをサンプリングとして活用し、それをラップとして再構成している。リリックのテンションは、しかし、現代のシカゴのクローズド・セッションのアーティストに近い雰囲気がある。サンプリングの元ネタは新しくないにも関わらず、デュオのトラックメイクやラップは鮮やかな感覚を湧き起こらせるのだ。

 

この後、アトモスフィアは無尽蔵のジャンルを織り交ぜながら、アルバムの持つストーリー性を発展させていく。ジャズ、エスニック、ファンクと、彼らは無数のジャンルを取り入れ、ラップソングとして昇華してしまう。

 

「In My Head」は、モダンなラテン音楽の気風を受けたラップソングだが、70年代周辺の懐古的な音楽の影響を反映させている。さらにデュオは、Bad Bunnyのように、レゲトンやアーバンフラメンコに近いノリを意識しつつも、オールドスクールの熱っぽい雰囲気をラップの中に織り混ぜている。続く「Crop Circles」は、その続編となっていて、アトモスフィアはサイケデリアの要素を交えた世界を探究する。トラックの中に挿入される逆再生のディレイは、AntのDJとしての技術の高さと、ターンテーブル回しのセンスの良さを感じ取ることができる。

 

続く、七曲目の「Portrait」で、Slugは前のめりなスタイルで歌うが、その一方で、ライムやフロウの情感は落ち着いており、沈静や治癒の雰囲気に満ちている。Slugによる程よいテンションのリリックはチルアウトに比する落ち着きをリスナーにもたらす。聴いていて安堵感を覚えるようなトラックだ。

 

アルバムの前半部は、アトモスフィアの多彩な音楽の背景を伺わせるヒップホップが展開されていく。これはデュオの旧作や前作のアルバム『Word?』とそれほど大きな差異はないように感じられる。ところが、中盤に差し掛かると、旧来のファンが意外に思うようなスタイルへと足取りを進める。特に、アルバムの中では前衛的なアプローチである「It Happened Last Morning」では、Kraftwerkやジャーマン・テクノと現代のラップミュージックを融合させ、前衛的な音楽を生み出している。Slugのライムは勇ましく希望に満ちている。

 

その後、アトモスフィアは、反時代的な音楽を提示しつづける。アルバムの持つ世界はセクシャルな領域に入り込み、タブーという概念すら飛び越えていく。そのキャリアの中で異色の曲に挙げられる「Thanxiety」はセクシャリティーの本来の魅力を礼賛しようとしている。バックビートに搭載されるSlugのリリックは「Portrait」のスタイルに回帰しているが、七曲目とは別の質感に彩られ、彼等はやはりラップとテクノの融合に取り組んでいる。アウトロのテクノ調のシンセサイザーのディケイは、次の曲の呼び水ともなっている。

 

最も奇妙な曲が「September Fool's Day」である。前曲と同様に女性ボーカルのサンプリングを織り交ぜ、Slugのラップとともにセクシャルな世界観が構築されている。アトモスフィアは、パンデミックのロックダウンの時代を回想するかのように、2020年の悪夢的な世界をラップソングとして昇華している。また、この曲はリスナーを幻惑の境地へと誘い込む力を持ち合わせている。


ループの要素を持つ女性ボーカルのセクシャリティーと、それとは相反するSlugの迫力があるフロウの融合は多幸感をもたらし、クライマックスのカオティックな展開へと劇的に引き継がれ、その最後には「Don’t Never Die」というフレーズが繰り返される。真夜中から明け方にかけてのダンスフロアのような狂乱の雰囲気にまみれた曲が終わり、静寂が訪れた後、リスナーは我にかえり、パンデミックの時代が背後に遠ざかったという事実を悟る。表向きにはダンサンブルな快楽性を重視した曲でありながら、哲学的な意味を持ち合わせた画期的なトラックだ。



以後、アルバムは二枚組の作品のような形で、無尽蔵のジャンルを網羅し、その後の展開へと抽象的なストーリー性を交えながら繋げられる。「Talk Talk」、「It Happened Last Morning」は同じくデュオのテクノ趣味が反映されている。さらに「Watercolors」では、エキゾチックな雰囲気を交えたラップミュージックが展開される。


「Holding My Breath」において、アトモスフィアは、オールドスクールヒップホップの魅力を呼び覚ます。この曲では、デュオのレゲエに対するリスペクトが捧げられ、Linton Kwesi Johnson(リントン・クェシ・ジョンソン)を彷彿とさせる古典的な風味のダブが展開される。デュオはバックビートに音色にリチューンをかけ、ジャンクな雰囲気を加味している。リズムやビートはジャマイカの音楽の基本形を準えているが、一方でトーンの揺らし方には画期的なものがある。


この後も、アトモスフィアは、自らの豊富な音楽のバックグランドを踏まえながら、ヒップホップ、フュージョン・ジャズ、ファンクの要素を取り入れたラップを変幻自在に展開させる。その創造性の高さには畏れをなすしかないが、彼らの真骨頂はこの次に訪れる。アトモスフィアは中盤まで抑えていたR&Bやソウルの影響を力強く反映させた曲をアルバムの終盤で披露している。


「Positive Space」、「Big Pictures」は、中盤のテーマである悲哀に根ざした不安とは正反対の安心感のある境地をフュージョン・ジャズとソウルを絡めて再現するが、Dua Lipa(デュア・リパ)をはじめとする現代的なソウル/ラップの範疇にある曲として楽しむことができる。また「Truth &Nail」は、マイケル・ジャクソンの時代のクラブミュージックをサンプリングとして活用し、少し渋い感じのトラックとして昇華している。続いて「Sculpting With Fire」は、ファンクの要素を反映させ、それらを現代的なラップソングとして昇華している。


クローズ曲「Alright(Okay Reprise)」はオープニング曲のリテイクで、原曲より晴れやかな感覚が押し出されている。中盤から終盤にかけての不安から離れ、クライマックスではアルバムのテーマである、愛や、友情、安心といった普遍的な人類のあたたかなテーマへと帰着していく。

 

『So Many Other Realities』は重厚感があり、聴き応えも凄いが、何より大切なのは、レーベルが”Odyssey"と称するように、アトモスフィアの集大成に近い意味を持つ作品ということである。ニューヨークのアウトサイダー・アートの巨匠、Jackson Pollock(ジャクソン・ポロック)のアクション・ペインティングを想起させる前衛的なアートワークはもとより、タイトルに込められた”同じ瞬間には複数の現実が存在する”という複雑性を擁する哲学的なテーマもまた、このレコードの魅力をこの上なく高めているといえるのではないだろうか。


 

 90/100



Weekend Featured Track「It Happened Last Morning」

 

 

 

現在、Atmosphere の最新作『So Many Other Realities Exist Simultaneously』は、Rhymesayers Entertainmentより発売中です。

 


Kassa Overall(カッサ・オーバーロール)は、トランペッターのTheo Crokerをフィーチャーしたニューシングル「The Lava Is Calm」を公開しました。この曲は、Overallの近日発売予定のアルバム『ANIMALS』からのシングルとなり、これまでに「Ready to Ball」「Make My Way Back Home」のトラックがプレビューされている。「The Lava Is Calm」は下記よりお聴きください。


「溶岩は固まるから溶岩について考えていたんだけど、それはあなたに触れることができる最もクレイジーな液体の一つだ」とOverallは声明で説明している。「見た目はメロウだけど、自分の感情や、自分の技術、芸術性についてさえも説明するのにとても良い比喩だと思ったんだ」

 

 「The Lava Is Calm」

 

 

アメリカ、カリフォルニア州・クパチーノ出身のラッパー/プロデューサーのJoe Cupertinoが新曲『Pool』をリリースします。
 


 4ヶ月連続シングルリリースの第二弾である本楽曲は、T-Razorのトラックを初めて聴いたJoeが、『2001年宇宙の旅』の冒頭での猿人から人間への進化論を描いたシーンの様、と解釈し作詞したものである。


一つの水溜まりを求めて争う二つの派閥によって生物の進化が起きたと表現される映画とは異なり現代ではこれが返って退化的だとする内容が書かれている。T-RazorのトラックとJoeの歌詞で繰り広げられる自然選択の効果を含まない偶発的な音楽的進化を体験できる。なお、今作ではJoe Cupertinoが初めて自身の楽曲に客演として同年代のHIP HOPクルーFlat Line Classicsの一員も務めるラッパーのSartを迎えている。

アートワークは3/29にリリースされた前作「Blast」同様、Joeが以前より交流があるイギリス人アーティストのkingcon2k11(過去にHudson MohawkeやToro y Moiなどの作品を手がけた)とオーストラリア人アーティストのShell Lucky Oceanの合作によるものである。

Joe  Capertinoはさらに今後2ヶ月に及ぶ連続シングルのリリースなどの活動予定を発表している。


  

 

 Joe Cupertino 「Pool」 New Single
 

 
 
楽曲の配信リンク:

https://linkco.re/27aGDgnC


Weekly Music Feature 





Benefits 


結成4年目にして、イギリス/ミドルズブラの四人組バンドであるBenefitsは大きく変化し、成長しました。ロックダウンの間、彼らはパワフルなギター主導のパンクから、圧倒的にブルータルなノイズワーカーへと変貌を遂げました。激しく、忌まわしさすらある音楽は、ほとんどのアーティストが夢見るような口コミで支持されるようになった。

Benefitsのフロントマンを務めるキングスレイ・ホールのボーカルは、分裂的で外国人嫌い、毒気に満ちた過激なレトリックを発信しましたが、結果、多くの人々によって拡散され、我々の公論を圧倒していたことに対する正当な反撃として機能したのです。

バンドの勇気づけられるような極論が届くたびに、社会に蔓延る不治の病に対する解毒剤のようにソーシャルメディア上で急速に拡散していき、ベネフィッツはやがて多くの人の支持を集めることになりました。Steve Albini、Sleaford Mods、Modeselektorのような著名なミュージシャンのファンは、最初から彼らの音楽に夢中になっていた。さらに、NME、The Quietus、Loud & Quiet、The Guardianなど、先見の明がある国内のメディアがこぞって取り上げました。

その後、Benefitsはさらにステップアップを図り、かれらが尊敬するインディーズ・インプリント”Invada Records"と契約し、4月21日に4作目のフルアルバム「NAILS」をリリースすることになりました。

「ここ数年、いつでもレコードをリリースする準備はできていたんですが、適切な人が現れるまで待ちたかったので、ずっと我慢していました」と、フロントマンのKingsly Hall(キングズリー・ホール)は述べています。
 
イギリスのインディペンデント・レーベル”Invada Records" の共同設立者であるPortisheadのGeoff Barrowは、ネットで話題になっていた音楽に惹かれた一人であり、故郷のブリストルで彼らのライブを見た時、すぐさまBenefitsの虜になったといいます。後に、彼のバンドへの信頼は報われることになり、グループの素晴らしさを再確認し、バーロウが実現可能であると思っていたことを再定義するようなレコードを制作しました。このアルバムには、彼らがイギリス国内で最もエキサイティングなアクトの一つであることを証明するかのように、鋭い怒りとアジテーションが込められています。

リード・シングル「Warhorse」は、音楽的な視野が狭いことや、バンドの "パンク "としての信頼性を疑問視する人々への遊び心のある反撃として、バンドは破砕的なドラムフィルを集め、それを本質的に踊れるエレクトロ・バンガーに変身させました。「パンクは大好きだし、カートゥーンパンクも大好きだ、素晴らしいと思っているよ」とキングズリー・ホールは言います。

「時々、お前はクソじゃないから、パンクじゃない、なんて言われることがあるんだけど、そんなの全部デタラメだ」

しかしそれでも、キングズレイはまた、彼のようなメッセージを伝える最良の方法は、人々を動かすことだと知っているのです。



Benefits 『Nails」 Invada Records




PortisheadのGeoff Barrow(ジェフ・バーロウ)が主宰するレーベル”Invada Records”から発売されたBenefits(べネフィッツ)の4作目のアルバム『Nails』は、2022年のリリースの中でも最大級の話題作です。

このアルバム『Nails』の何が凄いのかといえば、作品の持つ情報量の多さ、密度の濃さ、そしてキングズレイ・ホールが持つ暴力的な表情の裏側にときおり垣間見える聖人のような清らかさに尽きます。しかしながら、その音楽性の核心にたどり着くためには、Benefitsの表向きのブルータルな表現をいくつも潜り抜ける必要があるのです。
 
キングズレイ・ホールのリリックは、基本的に、ラップ/ヒップホップの範疇にある。それはこのジャンルが他ジャンルに対して寛容であることを示し、得意とするジャンルを全て取り入れ、それを痛快な音楽に仕立てることで知られるノーザンプトンのヒップホップ・アーティスト、Slowthaiに近い。表向きには暴力的であり、乱雑ではありますが、その中に不思議な親しみやすさが込められているという点では、ミドルスブラのキングズレイのリリック/ライムも同様です。

しかし、例えば、Slowthaiの音楽が基本的には商業主義に基づいているのに対して、キングズレイのそれはアンダーグラウンドの領域に属しています。

リリックは無節操と言えるほど、アジテーションと怒りに満ち溢れており、その表現における過激さは、ほとんど手がつけることができない。キングズレイのボーカル・スタイルは、どちらかといえば、ロサンゼルスのパンクのレジェンドであるヘンリー・ロリンズに近いエクストリームの領域に属しています。ロリンズは、例えば、『My War』を始めとするハードコアの傑作を通じて、世の不正を暴き、さらに、内的な闘争ともいえるポエティックな表現を徹底して追求しましたが、キングズレイ・ホールのリリックもまた同様に、世の中に蔓延する不治の病理を相手取り、得体の知れない概念や共同体の幻想を打ち砕き、徹底的に唾を吐きかけるのです。

あらかじめ断っておくと、これは耳障りの良いポピュラー音楽を期待するリスナーにとっては絶望すらもよおさせる凄まじい作品です。

これまで古今東西の前衛音楽を聴いてきたものの、この作品に匹敵するバンドをぱっと挙げるのは無理体といえる。それほどまでに、2000年以前のドイツで勃興したノイズ・インダストリアルのように孤絶した音楽です。Benefitsの作品は、この世のどの音楽にも似ておらず、また、どの表現とも相容れない。比較対象を設けようとも、その空しい努力はすべて無益と化すのです。
  
ノイズ/アヴァンギャルドの代表格であるMerzbowの秋田昌美、ドイツのクラウトロックバンド、Faustとリリース日が重なったのは因果なのでしょうか、オープニング・トラック「Malboro Hundrets」から、凄まじいノイズの海とカオティック・ハードコアの応酬に面食らうことになるはずです。最早、心地良い音楽がこの世の常であると考えるリスナーの期待をキングズレイ・ホールは最初の段階で打ち砕き、その幻想が予定調和の世界で覆いかくされていることを暴こうとします。細かなリリックのニュアンスまではわからないものの、初っ端からキングズレイの詩は鋭いアジテーションと怒りに充ちており、まるで目の前で罵倒されているようにも思える。

しかし、フロントマンのリリック/ライムは、単なるブラフなのではなく、良く耳を澄ましていると、世の中の現実を鋭く捉えた表現性が反映されている。その過激なリリックをさらに印象深くしているのが、”ストップ・アンド・ゴー”を多用したカオティック・ハードコアの要素ーーさらにいえば、グラインドコアやデスメタルに近い怒涛のブラスト・ビートの連打です。ドラムフィルを断片的に組み合わせて、極限までBPMを早め、リズムという概念すら崩壊させる痛撃なハードコア・パンク/メタルによって、『Nails』の世界が展開されていくことになります。
 
続く「Empire」においても、フロントパーソンのキングズレイ・ホールの怒号とアジテーションに充ちた凄まじいテンション、狂気的なノイズの音楽性が引き継がれていきます。いや、その前衛的な感覚は、かつてのポストパンクバンド、Crassのように次第に表現力の鋭さを増していくのです。

そして、キングズレイ・ホールは、英国のポスト・ブレクジットの時代の社会の迷走、インターネット社会に蔓延する毒気、また、さらに、人間の心の中に巣食う闇の部分を洗いざらい毒を持って暴き出そうとしている。キングズレイの前のめりのフロウは迫力満点であり、そして扇動的で、挑発的です。そして彼は、”偽りの愛国者”の欺瞞を徹底的に風刺しようとするのです。

真摯なブラックジョークを交えたセックス・ピストルズの現代版ともいえる歌詞のなかで、

"神よ、女王を救い、そして、私のパイント(編注: ビールグラスのこと)をEmpire(編注: 王国の威信の暗示)で満たして下さい!!"

と、無茶苦茶にやりこめる。

瞬間、彼と同じように国家に対して、いささかの疑念と不信感を抱く人々にとって、乱雑な罵詈雑言と鋭い怒りに充ちたキングズレイのリリックの意味が転化し、快哉を叫びたくなるような感覚が最高潮に達する。それは緊縮財政や、弱者に向けたキリストのような叫びへと変化するのです。
 
さて、果たして、キングズレイ・ホールは、現代社会の民衆の中に現れた救世主なのでしょうか? 

その答えはこの際、棚上げしておくとしても、これらのエクストリームな音楽は、その後も弱まるどころか鋭さを増していきます。

今作の中では聴きやすいラップとして楽しめる「Shit Britain」では、ノリの良いライムを通じて、人々が内心では思っているものの、人前では言いづらい言葉を赤裸々に紡ぎ出す。そしてロンドンのロイル・カーナー、ノーザンプトンのスロウタイにも通じる内省的なトリップ・ホップのフレーズを交え、

"アナーキーはかつてのようなものではない、イングランドが燃えている時、あなたはどこにいるのか??"

と、最近のフランス・パリで起きている、年金の支給年齢を引き上げる法案に対する民衆の暴動を念頭に置きながら、キングズリーはシンプルに歌っています。

そして、曲の時間が進むごとに、彼のリズミカルなライムと対比される「Shit Britain」というフレーズは、最初は奇妙な繰り言のように思えますが、何度も繰り返されるうちに、その意味が変容し、最後には、ある種のバンガーやアンセミックな響きすら持ち合わせるようになる。そして、「Shit Britain」という言葉は最初こそ胡散臭く思えるものの、曲の終わりになると、異質なほど現実味を帯び、聞き手を頷かせるような論理性が込められていることに気がつくのです。



「Shit  Britain」

 
 
 
その後も、ボーカルのキングズレイ・ホールの怒りとアジテーションは止まることを知りません。

「What More Do You Want」では、"あなたは、さらに何を望むのか?"というフレーズを四度連呼し、聞き手を震え上がらせた後、ノイズ・インダストリアルとフリージャズの融合を通じて空前絶後のアバンギャルドな領域に踏み入れる。これらのノイズは、魔術的な音響を曲の中盤から終盤にかけて生み出すことに成功し、ジャーマン・プログレッシヴの最深部のソロアーティスト、Klaus Schulze(クラウス・シュルツェ)のようなアーティスティックな世界へと突入していきます。
 
ドラムのビートとDJセットのカオティックな融合は、主にビートやリズムを破壊するための役割を果たし、キングズレイのボーカル/スポークンワードの威力を高めさえします。このあたりで、リスナーの五感の深くにそれらの言葉がマインドセットのように刷り込まれ、全身が総毛立つような奇異な感覚が満ちはじめる。そう、リスナーは、この時、これまで一度も聴いた事がないアヴァンギャルド・ミュージックの極北を、「What More Do You Want」に見出すことになるのです。
 
その後、「Meat Teeth」では、過激なリリックを連発しながら、ヘンリー・ロリンズに比する内的な闘争の世界へと歩みを進める。キングズレイは、80年代にロリンズがそうだったように、世界における闘争と内面の闘争を結びつけ、それらをカオティック・ハードコアという形で結実させます。

しかし、終始、彼の絶えまない内面に満ちる怒りや疑問は、他者への問いという形で投げかけられます。

その表現は「Where were you be?」という形で、この曲の中で印象的に幾度も繰り返され、それはまた、日頃、私たちがその真偽すら疑わない政治的なプロパガンダのように連続する。次いで、これらの言葉は、マイクロフォンを通じ録音という形で放たれた途端、聞き手側の心に刻みこまれ、その問いに対して無関心を装うことが出来なくなってしまう。そして自分のなかに、その問いに対する答えが見つからないことに絶句してしまう。 これはとても恐ろしいことなのです。

前曲と地続きにあるのが「Mindset」です。彼は、この曲の中で、腐敗したニュース報道、メディアが支配するものが、どれほど上辺の内容にまみれているのか、さらに”羊たちへの洗脳”についても言及し、そして、鋭い舌鋒の矛先は、やがて人種差別に対する怒りへと向かう。

しかし、リリックの側面では、過激なニュアンスを擁する曲であるものの、曲風はそれとは対象的に、アシッド・ハウス、モダンなUKヒップホップという形をとって展開される。さらに、心にわだかまった怒りは、続く「Flag」で、遂に最高潮に達します。まさに、キングズレイは、この段階に来ると、個人的な怒りではなく、公憤という形を取り、スピーカーの向こうにいる大衆にむけて、ノイズまみれの叫びと怒号、そしてアジテーションを本能的にぶちまけるのです。

この段階でも、『Nails』が現代のミュージック・シーンにおける革命であることはほとんど疑いがありませんが、Benefitsは、さらに前代未聞の領域へと足を踏み入れていきます。アルバムの終盤に収録されている「Traitors」において、アバンギャルド・ノイズ、カオティック・ハードコアの今まで誰も到達しえなかった領域へと突入し、鳥肌の立つような凄みのある表現性を確立しています。ここでは、怒りを超えた狂気を孕むキングズレイ・ホールの前のめりで挑発的なリリックの叫びが、その場でのたうち回るかのように炸裂します。次いで、その異質な感覚は、苦悶と絶望という双方の概念を具象化したノイズによって極限まで高められていくのです。
 
これ以前に、リスナーを呆然とさせた後、アルバムの最後は、誰も想像しないような展開で締めくくられます。それまでは徹底して、ラップ/ノイズ/ポストパンクという三種の神器を駆使して来たBenefitsですが、神々しさのあるノイズ・アンビエント/ドローンという形を通じて、かれらのアルバム『Nails』は完結を迎えます。それまで忌まわしさすらあったキングズレイ・ホールのスポークンワードのイメージは、最後の最後で、あっけなく覆されることになる。かれの言葉は、それまでの曲とは正反対に、紳士的であり、冷静で、温かみに満ちあふれているのです。
 
そして、表向きの狂気に塗れた世界は、作品の最後に至ると、それとは対極にある神々しくうるわしい世界へと繋がっていく。

抽象的なシンセ、ストリングスの伸びやかなレガート・・・、涙ぐませるような清々しい世界・・・、クライマックスで到来するノイズ・・・。これらが渾然一体となり、Benefitsの『Nails』はほとんど想像を絶する凄まじいエンディングを迎えるのです。
 
 
 
100/100(Masterpiece)



Weekend Featured Track 「Council Rust」




Beneftsの4thアルバム『Nails』はInvada Recordsより発売中です。

 

©Wolfgang Tillmans


Kae Tempestが、Dan CareyがプロデュースしたRecord Store Dayの限定盤としてUKで発売される『Nice Idea』EPから、新曲「Love Harder」を公開しました。以下よりお聴きください。


この曲について、Tempestは声明の中で次のように述べています。「明るく燃え上がるとき、私のような恋人はファイターになることを学びます」。

 

暗くなると、私のようなファイターは、より強く愛することを学ぶ。私の新しいEPからの楽しい曲で、ここ数ヶ月のツアーでこの曲をライブで演奏するのが大好きだったんだ。このEPは、私が今いる場所からの、人生の小さなスライスです。感じてもらえると嬉しいな。


2月にTempestはNice Ideaのタイトル曲をリリースしました。昨年、最新アルバム『The Line Is a Curve』を発表しています。

 

 「Love Harder」

 


Killer Mike(キラー・マイク)は、本日、ソロ・アルバム「Michael」の詳細を発表し、自身の誕生日を盛大に祝いました。


このアルバムは6月16日にリリースされ、2012年の「R.A.P. Music」以来、10年以上ぶりのソロ作品となり、Run The Jewelsの最新アルバム「RTJ4」は2020年にリリースされました。この新譜について簡潔な洞察を与えたマイクは、次のように説明している: 「RTJはX-MENで、これは僕のローガンだ」。


彼はまた、「Michael」の最初のプレビューとして、新曲「Don't Let The Devil」を公開しました。この曲にはRun The JewelsのパートナーであるEl-Pとthankugoodsirが参加しており、No I.D., El-P, Little Shalimarによってプロデュースされました。


「Don't Let The Devil」




Killer Mike 『Michael』



Tracklist

1. Down By Law
2. Shed Tears
3. RUN
4. N Rich
5. Talkin Dat SHIT!
6. Slummer
7. Scientists & Engineers
8. Two Days
9. Spaceship Views
10. Exit 9
11. Something For Junkies
12. Motherless
13. Don’t Let The Devil
14. High And Holy

 

 

 

米ジョージア州アトランタ出身のヒップホップ・アーティスト、J.I.Dの待望の初来日公演が今夏に決定しました。本公演は、2023年8月15日(火)に東京のduo MUSIC EXCHANGEにて開催されます。

 

公演詳細、アーティストのプロフィール、及びフライヤーにつきましては、以下よりご確認下さい。




【東京公演】


日時: 2023/8/15(火)


会場: duo MUSIC EXCHANGE


19:00開演 (18:30開場)


料金: スタンディング:6,500円


(入場時ドリンク代別途必要 / 入場整理番号付)


お問合せ: キョードー東京  0570-550-799  オペレータ受付時間(平日11:00〜18:00/土日祝10:00〜18:00)


※ 未就学児童入場不可


チケット販売スケジュール


先行販売: 4/20(木)18:00 〜 5/8(月) 【先着】


https://tickets.kyodotokyo.com/jid2023/
https://w.pia.jp/t/jid-t/
https://l-tike.com/jid/        (Lコード:71671)
https://eplus.jp/jid-2023/

 

チケット一般発売: 2023年5月13日(土)10:00



J.I.D   最新アルバム『The Forever Story』



試聴/購入はこちら:


https://umj.lnk.to/JID_TheForeverStory

 

発売元:ユニバーサル ミュージック合同会社 



日本公演情報HP:

 

https://kyodotokyo.com/pr/jid2023.html

 

 
アーティストHP:  

 

https://www.jidsv.com/#/

 
 

レーベルHP: 

 

 https://www.universal-music.co.jp/jid/ 

 


JID  -Profile-


米ジョージア州のイースト・アトランタ出身のヒップホップ・アーティスト、J.I.D。
両親が集めていたクラシック・ファンクやソウル系のレコードを聴いて音楽に触れて育つ。
J・コールのInterscope Recordsのベンチャー「Dreamville Records」と契約し、2017年にメジャーレーベル・デビューを果たした。


2018年にはデンゼル・カリーの「Sirens」にフィーチャーされるなど、自身の創作活動以外の場でも大きく活躍。その年の自身の誕生日である10月31日に待望の2ndアルバム『Dicaprio 2』をリリース。同アルバムは数多くの音楽誌から高評価を受け、アルバムのジャケット写真が若かりし頃のレオナルド・ディカプリオに似ている役者を起用したことが話題となり、大きな注目を集めた。


2022年、イマジン・ドラゴンズとの「Enemy」にフィーチャリングされ世界的な特大級ヒットを記録、さらなる大成功を収める。


この大ヒットを受けて、3枚目のスタジオアルバム『The Forever Story』を発表、リル・ウェイン、ヤシイン・ベイ、ジェイムス・ブレイク、リル・ダークなど、多数のゲストアーティストを迎え、ローリングストーン誌、コンプレックス誌、GQ誌、XXL誌、ピッチフォーク誌など、多くの「ベスト・オブ・2022」リストにランクイン。さらにNPRのタイニー・デスク・コンサートにも出演し素晴らしいライブを披露した。急成長真っ只中での初来日公演が決定!!

 


SUB POPに所属するHannah Jadagu(ハナー・ジャダグ)は、近日発売予定のデビューアルバム『Aperture』の最新シングル「Admit It」を発表し、MVを公開しました。先行シングルとして、「Say It Now」、「What You Did」「Warning Sign」の3曲が公開されいます。以下より、チェックしてみてください。


"Admit It"は、あなたが一般的に寄り添う人のために存在することを中心にしています」とJadaguは声明で説明しています。

 

それは、家族から得られるある種の強さとサポートの価値についてです。幼少期に聴いた音楽にインスパイアされたこの曲の制作でも、その同じ考え方が伝わるようにしたかったんだ。


Hannah Jadaguのニューアルバム『Aperture』は5月19日にSub Popから発売される予定です。

 

 「Admit It」