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 Angel Olsen 「Big Time」

 

 



Label:  jagujaguwar


Release Date: 2022年6月3日

 

 

中国の古い四字熟語に、「温故知新」という言葉があります。これは、日本語でいうと、ふるきをたずね、あたらしきをしる、という意味が込められた「論語」の中に登場する言葉です。その意味は、古い時代の出来事の深い理解を交えることにより、新しい時代の意味を再発見するというもの。なぜ、このような前置きをしたのかといえば、特に、アメリカのソロアーティストの中に、温故知新の精神を追い求めるミュージシャンが数多く見受けられ、エンジェル・オルセンの新作アルバム「Big Time」にも、この古い故事がぴったり当てはまるような感があるからです。

 

私は、アメリカ文化の専門家でもないため、詳しいことまでは言及できませんが、特に、最近、ファーザー・ジョン・ミスティ、ロード・ヒューロンをはじめ、米国のアーティストの間で、20世紀の初頭や中葉の音楽や文化に脚光を浴びせようと試みるムーブメントが巻き起こっているように思えます。これは「Nostalgia-Pop」ムーブメントの密かな到来と言えるかもしれません。


シカゴを拠点に活動するシンガーソングライターのエンジェル・オルセンさんは、この最新作「Big Time」において、テネシー・ワルツを中心として、カントリー、フォーク、アメリカの音楽文化の源流に迫ろうと試みており、失われたアメリカのロマンチシズム、ノスタルジアを映画のサウンドトラックのような趣のあるバラードにより探求していきます。アルバムの世界観は、徹底して物語調であり、最初から最後までそのコンセプトが崩れることはなく一貫した表現性が通っています。複数の先行シングルとして公開されたMV,「Big Time」のショートフィルムは、この音源としてのレコードを補足し、そのストーリーを強化するような役割を果たしている。

 

これまで、シンセポップ、オルタナポップ、またパンキッシュな雰囲気のあるポップス、作品ごとにそのキャラクター性を変化させてきたオルセンは、近年、アメリカの古いカントリー、フォーク、アメリカーナといった音楽に真摯に向きあい、去年には、シャロン・ヴァン・エッテンと共同制作でシングル「Like I Used to」を制作し、対外的な環境に関わらず、音楽性をひそかに磨きをかけ続けてきた。

 

そして、それらの表面的な音楽とは別に、精神的な研鑽をまったく怠らなかったことがこの作品には表れ出ています。ポピュラー音楽の内在する複数のテーマ、若い時代の思い出、家族、そして、愛情などなど、様々な文学的な表現を掲げ、それを良質な音楽としてアルバムに刻印しようと努めている。アコースティックギター、ペダルスティール、といったアメリカンカントリーを象徴するような楽器で表現しようとしており、それらが見事な形で花開いたのが、オープニングトラック「All The Good Time」、タイトルトラック「Big Time」であり、また、トム・ウェイツの最初期の作品「Closing Time」のロマンチシズムを彷彿とさせるような「Ghost Town」といった秀逸なアンセムソングです。これらはミズーリ州出身のオルセンとしてのアメリカ南部の美麗なロマンチシズムに対する憧憬のようなものが余韻として表れ出ています。

 

特に、オルセンは、この南部のカウボーイ映画のようなワイルドさの漂うアルバムの中、これまで様々な方向性を模索してきたシンガーとしての才質を余さず駆使し、複数の歌い方、正統派のシンガー、おどけたような歌い方、コケティッシュな歌い方、ウイスパーボイスと、複数のシンガーが曲ごとに歌い分けているように、作品で、ころころと自分のキャラクター性を変化させており、その辺りがエンジェル・オルセンというシンガーらしさが引き継がれていると言うべきか、正統派の歌手の大きな成長とともに、歌手としての大きな真価が伺え、特に、この七変化する歌唱法を聴くために、この作品を聴いたとしても大きな感動がもたらされるでしょう。

 

エンジェル・オルセンは、このアルバムが発表される直前のタイトルトラック「Big Time」のリリースにおいて、「この曲を母親に聞かせたかった。もし、母親がこの曲を聴いてくれたら素晴らしいといってくれただろうに・・・」というコメントを添えていたのを覚えています。この言葉はアルバムの確かな手応えを象徴していたと思いますが、間違いなく、もし、彼女の母親が生きていたら多分そのように言ったはずです。

 

そして、以上のコメントは、このアメリカ国内でも、シャロン・ヴァン・エッテンに比する実力を持つシンガーソングライターのこの作品に込められた万感の思いで、この作品がオルセンさんにとって、どれほど大切なものであるかを示しています。この作品は、これまでのエンジェル・オルセンのキャリアの中で記念碑的なアルバムでありながら、このシンガーソングライターの音楽の物語の序章ーオープニングに過ぎない。それは、ジャズを下地に独特なポピュラー音楽として昇華された名曲「Chasing The Sunー陽を追う」の劇的でドラマティック、さらに、オーケストラ・ストリングスのアレンジが、ゆるやかに、深い情感を伴いながら、徐々にフェイド・アウトしていくとき、言い換えれば、作品そのものの持つ世界が閉じていくまさにその瞬間、多くの聞き手は「この音楽の物語はまだまだ終わりではなく、これからも続いていく・・・」という、このシンガーからの素敵で勇敢なメッセージの残映を捉えるはずなのです。

 

Critical Rating:

96/100 



Weekend Featured Track 「Big Time」

 

 



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Weekly Recommend

 

Nduduzo Makhathini 「In The Spirit Of NTU」

 


 Label:  Blue Note Africa

 Release:  5/27,2022

 


ーー南アフリカのジャズの潮流を変えるーー

 

  

 1947年、アメリカのジャズドラマー、ブルーノートの伝説的な人物、アート・ブレイキーが最初にアフリカ大陸を訪問し、さらに、60年代初頭、アパルトヘイト(人種隔離政策)による、黒人の表現活動に対する制限、検閲、暴力が南アフリカの社会全体に蔓延し、激化した後、何世代にもわたり、南アフリカのジャズ・ミュージシャンは、アパルトヘイトによる艱難辛苦に耐えながら、現代に継承される活気あるジャズシーンを長い年月をかけて生み出していった。

 

その後は、アパルトヘイトの弾圧により国内の複数の著名なジャズ奏者たちは、迫害を逃れ、亡命することを余儀なくされた。その後、南アフリカのジャズシーンはかなり長きにわたって憂き目にさらされてきた。迫害は、人種的な芸術表現にも及び、長い時代の芸術の停滞が何十年にもわたり、南アフリカには続いた。そして、この後の時代の空白の流れを汲み、現代の南アフリカの音楽シーンから世界的なシーンに羽ばたこうとしているのが、この土地のジャズシーンの中心的な役割をに担って来た、ジャズ・ピアニストの ンドゥドゥゾ・マカティーニさんです。

 

彼は、間違いなく、今後のアフリカのジャズを先頭で背負って立つような風格を持った人物であり、これまでアパルトヘイトなどの政治的な問題により、大きく取り扱われてこなかったか、不当に蔑ろにされてきたアフリカン・ジャズを世界に広めるような役割を背負っているように思えます。前作のアルバム『Modes of Communication』は、アメリカでも高い評価を受けており、既に何度か紹介しましたが、ニューヨーク・タイムズが「2020年のベスト・ジャズ・アルバム」に選出し、既にアメリカ国内でも着々と知名度を上げつつある演奏家と言っても良いかもしれません。

 

彼が今週末に発表した新作アルバム「In The Spirit Of NTU」は、ブルーノートとユニバーサルミュージックが共同で新設立した「ブルーノート・アフリカ」の記念すべき第一号のリリースとなります。

 

このアルバムでは、ピアニストのマカティーニの他、サックス奏者のリンダ・シクハカネ、トランペット奏者のロビン・ファシーコック、ビブラフォン奏者のディラン・タビシャー、ベーシストのスティーブン・デ・スーザ、パーカッション奏者のゴンツェ・マケネ、ドラマーのデーン・パリスといった、南アフリカで最も刺激的な若手ミュージシャン、ボーカルのオマグとアナ・ウィダワー、サックス奏者のジャリール・ショウ、といった特別ゲストでバンドを結成しているのに注目です。

 

全体的な作品の印象としては、ジャズのスタンダード、そして、ミニマル的な構造を持ったモダンジャズ、さらにそこに、アフリカの文化における精神性、民族音楽、古くは「グリオ」という元は儀式音楽から出発したブルースの元祖ともなった音楽からの強い影響が見受けられるアルバムです。

 

そこに、マカティーニのおしゃれな雰囲気を持つピアノの演奏、また、時に、無調音楽に近いスケールを擁して繰り広げられる演奏は、他の共同制作、バンドの多くのメンバーたちの協力によって、聞きやすく、遊び心に溢れ、そして何よりスリリングな展開力を持ったジャズが紡がれる。一曲目の「Unonkanyamba」では、前衛的な作風にも取り組んでおり、これらはかつてのマイルス・デイヴィスのように、刺激的でパワフルな雰囲気を擁する作風として確立されています。

 

もちろん、この作品の魅力は、ジャズとしての画期的な実験性だけにとどまらず、アフリカの民族文化、そして、大掛かりなスケールを持った宇宙論的なアイディアに至るまで、様々な試みを介し、聞きやすく、親しみやすい、誰にでも楽しめるような音楽が麗しく展開されていることに尽きるでしょう。さらに、 また、その他にも、omaguguが参加した二曲目の「Mama」では、和やかで落ち着いた古典的なジャズのバラードソングを、心ゆくまで楽しんでいただけるはず。

 

さらに、ンドゥドゥゾ・マカティーニのピアノの演奏は、前衛的でありながら、普遍的なジャズマンとしての風格を兼ね備える。バンドの独特なアフリカのリズムに加え、マカティーニの演奏は、ビル・エヴァンスのような感性の鋭さ、叙情性、技巧性、気品を併せ持ち、ニューオーリンズ・ジャズ 、往年のニューヨーク・ジャズに比する洗練性を持ち、それらの要素がアフリカのエキゾチズムと絶妙に合わさることにより、これまで存在しえなかったニュー・ジャズが誕生しています。

 

ピアニスト、ンドゥドゥゾ・マカティーニが率いるジャズバンドは、この作品で、以上のような試みを介して、アート・ブレイキーの時代からめんめんと引き継がれる南アフリカのジャズの魅力を引き出そうとしています。それは複数の楽曲を介して、エモーション、スピリチュアル、フィロソフィー、いくつかの観点から多次元的にアフリカンジャズの核心へと徐々に近づいていきます。それは、スタンダードジャズ、ジャズバラード、ミニマリスム、アフリカの民族音楽、様々な知見と見識を持つマカティーニだからこそなしえる職人芸とも呼べるものです。さらにこの作品は、南アフリカのジャズシーンを紹介するという意味が内在しているだけではなく、この南アフリカのジャズシーンが世界的に見ても秀抜したものだということを象徴付ける作品となっています。

 

「In The Spirit Of NTU」で、マカティーニは、気品あふれるジャズを魔法のように体現させ、そして、楽しく、朗らかで、寛いだ雰囲気を持った芸術性の高い音楽を生み出し、南アフリカのジャズ音楽の魅力を余すところなく世界のリスナーに伝えようとしています。この作品の台頭は、アメリカ以外の他の地域のジャズ、カナダ、モントリオール、ノルウェー、オスロに続き、南アフリカのジャズシーンが、世界的に注目を浴びるように働きかけるだけでなく、音楽史としてもきわめて重要な意義を持っているように思えます。概して、ジャズは、現在の作品より過去の作品が評価が高くなる傾向があるものの、このマカティーニの最新作「In The Spirit Of NTU」は、そういった評価軸を変えるような力に満ちあふれている。伝統的であり、また古典的でありながら、モダンジャズであり、幅広いリスナーに親しんでいただけるようなアルバムで、勿論、20世紀から始まった長年のジャズ史から見ても、傑作の部類に挙げられる作品です。

 

「In The Spirit Of NTU」が、奇しくも、先週の、ロンドンを拠点にするアフリカ系ジャズマン、シャバカ・ハッチングの「Afrikan Culture」のリリースと重なったことは、何も偶然ではなく、これは、時代の要請を受け、秀逸なジャズマンがアフリカ大陸からデビューしていく流れを予見したもの。ここに表されている「NTU−アフリカの精神」と呼ばれるものが一体何なのか、それを掴むためには、実際のアルバムを聴いていただく必要があると思いますが、いずれにしても、ストラヴィンスキー、マイルス・デイヴィスといった巨匠がアフリカ音楽の独特なリズムを自身の作品に刺激的に取り入れた20世紀に続き、いよいよ、今後、これらのアフリカの音楽が、再び世界的に華やかな脚光を浴びる時代がもうすぐそこまで近づいているのです。



95/100 

 

 

Weekend Featured Track:

 

Nduduzo Makhathini 「Unonkanyamba」

 

 



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 KENDRICK LAMAR 「Mr Morale&The Big Steppers」

 


 

Label: pgLang

 

Release Date: 2022年5月13日



「Mr.Morale&The Big Steppers」は、ケンドリック・ラマーが新たな境地を開拓した作品と評せるでしょう。彼のラップシーンにおいての大きな功績は、既に「To Pimp A Butterfly」「Damn」といった近作のアルバムが証明していますが、ケンドリックは、メインストリームに引き上げられてもなお、その名声に溺れることなく、アメリカ国内で象徴的なラップアーティストとなってもなお、自らの芸術性、表現性をこのアルバムにおいて探求しようとしている。これまでの作品において、彼は、スポークンワードを介しての政治的な発言、アメリカという国家にたいする社会的な提言をする言うなれば「代弁者」としての役割を持ってきたのは周知のとおりですが、この作品においてラマーはより大きな代弁者としての歩みを前に進めたように思えます。

 

彼は本作において、個人的な問題にとどまらず、他者、特に、女性やトランスジェンダーに対する人権についての考えをアルバムの中で提示しているようにも思えます。彼は、アルバムアートワークに示されているように、父親になりまた二人の子を授かったことにより、女性的な視点を持ってスポークンワードを紡ぎ出していることに注目です。 (先行シングルのミュージックビデオで顔を七変化させたのにはアルバムの重要なヒントが隠れていた)いくつかの他者になりきり、それを鋭さのあるスポークンワードとして紡ぎ出すこと、それらの彼の試みが最も成功を見た曲が、「We Cry Together」、アルバムのハイライトともいえるポーティスヘッドのベス・ギボンズをゲストボーカルとして招いたジャズ/チルアウトの雰囲気を持つ「Mother I Sober」です。

 

ケンドリック・ラマーは、女性に対する優しい思いやり、さらに傷んだ心を持つ人の立場のなりかわり、痛烈に叫ぶことにより、前者のトラックでは、苛烈なスポークンワードとして、後者では爽やかでありながら熱情を兼ね備えたスポークンワードが生み出されています。ラマーにとってのラップをするとは、子供を持つこと、つまり、新たな命を授かることと同意義であるように思えます。彼の言葉には、慈愛があり、温かさが込められている。もちろん、彼の代表的な傑作のひとつである2015年のアルバム「To Pimp A Butterfly」の頃に比べると、表向きの苛烈さはいくらか薄れているものの、それでも、幾つかの楽曲では、落ち着いた深い精神性を擁し、今まで感じられなかった人間的な温かさがスポークンワードの節々に滲んでいます。これは、父性を表しており、ケンドリック・ラマーが、父親としての深い自覚をもったからこそ、また、子を持つ親としての自覚を持つからこそ生み出された表現といえるかもしれません。

 

既に指摘されているように、今回のアルバムで、ケンドリック・ラマーは、アメリカらしいヒップホップというよりかは、UKのブリストルサウンドのトリップホップ/ロンドンのヒップホップに近い質感を持った作風を制作構想に取り入れていたように思えますが、彼の構想は、ポピュラーミュージックの中に潜むような形で、アルバムの幾つかの楽曲で見事に花開いています。メインストリームのアーティストとして、過分な注目を受けた後、何らかの創造性を失ってしまう例は多く見られますが、少なくとも、ケンドリック・ラマーというラップシーンきってのビッグスターにとって、以上のことは無関係であるようです。さらに、「Mr.Morale&The Big Steppers」は、叙情詩の才能が既存作品よりも引き出され、ケンドリックの代名詞的なアイコンとなりえる力強さがあり、また、夏の暑さを吹き飛ばすのに適したアルバムと言えるでしょう。

 

100/100(Masterpiece)

 

 

Weekend Featured Track 「Mother I Sober」

 


 

Father John Misty(J・Tillman)


ジョシュア・マイケル・ティルマンは、1981年生まれのファーザー・ジョン・ミスティの活動名で知られるアメリカ・メリーランド州・ロックビル出身のシンガーソングライター、ギタリスト、ドラマーである。

 

2003年に自身初となる公式アルバム「Untitled No.1」をリリース。この時点では、J・ティルマン名義でアルバムリリースを行っていた。その後、2010年までの約7年間で8枚の作品を発表した。2008年からはソロ活動を中断し、フリート・フォクシーズにドラマーとして加入する。

 

2012年には、フリート・フォクシーズのメンバーとして東京公演を行ったが、その後、バンドを脱退し、ソロプロジェクト、ファーザー・ジョン・ミスティ名義での活動に専念する。その後、J・ティルマンは2012年4月30日にアルバム「Fear Fun」をリリース、この作品でティルマンは最初の成功を収め、米ビルボード200に初登場123位にランクインを果たした。

 

FJMは、その後、順調にソロアーティストとしてキャリアを積み上げていった。2017年にアルバム「Pure Comedy」をリリースし、米・ビルボード200で初登場10位を記録。2018年6月に発表されたアルバム「God’s Favorite Customer」をリリースする。この作品もアメリカ国内で好評を博し、米・ビルボード・チャートで発登場18位を記録している。現在、イギリスとアメリカを中心に、世界で最も注目を浴びているシンガーソングライターである。

 


Father John Misty 「Chloë and the Next 20th Century」

 


             


 

Rebel:Sub Pop/Bella Union


Release:4/8 2022


Tracklisting

 

1.Chloë

2.Goodbye Mr. Blue

3.Kiss Me

4.Her Love

5.Buddy's  Rendezvous

6.Q4

7.Olvidado

8.Funny Girl

9.Only A Fool

10.We Could Be A Stranger

11.The Next 20th Century



「Chloë and the Next 20th Century」は、ファーザー・ジョン・ミスティの通算五作目のアルバムで、まさに、20世紀のブロードウェイ・ミュージカルを芳醇な音楽として2022年に復刻してみせた傑作と言えるでしょう。本作は、アルバムジャケットに表現されるとおり、モノクロの雰囲気、まさに、ジャズ・スタンダード、フォーク、チェンバーポップ、ボサノバと、FJMの音楽性の間口の広さを感じさせる作品で、それがノスタルジーたっぷりに展開されていきます。

 

2018年の「God's Favorite Customer」以来のフルレングスアルバムに取り掛かるにあたって、FJMは、2020年の春にアルバムの楽曲のソングライティングに着手しています。最初に「Kiss Me(I Loved You)」「We Could be Strangers」「Buddy's Rendezvous」「The Next 20th Century」と、アルバムの根幹となる楽曲を書いた後に、8月にスタジオ入りし、レコーディング作業を開始しています。J・ティルマンは、これらのテーマ曲を書いた後、アルバムの全体的な印象がどうなるのか念頭に置かずに、長年の制作パートナーであるジョナサン・ティルマンとともに、じっくりとスタジオアルバムの制作に取り組んでいきました。

 

ウィルソンの所有するファイブスター・スタジオで最初に2曲のアルバムの根幹をなす二曲のレコーディングが行われます。今回のアルバムでは、ブロードウェイミュージカルの色合いを強くするため、弦楽器、金管楽器、トランペットの対旋律のアレンジメントを力強く導入しています。サックス奏者のダン・ビギンズ、トランペット奏者のウェイン・バージェロンの楽曲アレンジは、ユナイテッド・レコーディングスのセッションで念入りに生み出されました。

 

アルバムの全体には、他の海外の著名な音楽メディアのレビューで指摘されていますように、二十世紀前半の古いモノクロ映画の色合いにまみれています。それに加え、20世紀のブロードウェイ・ミュージカルに感じられる華やかさが独特な化学反応を起こし、モノクロ的でありながら色彩的でもあるという相反する要素を持った作品です。

 

音楽的な観点から述べますと、ここには、FJMの長年の音楽上の経験や蓄積が一挙に放出されているわけです。それが、ニール・ヤングの「Harvest Moon」のアメリカらしいワイルドなフォーク音楽に回帰を果たし、その上にビートルズの「Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band」や「White Album」で見受けられるようなコンセプトアルバムの性質、オーケストラとポップを融合したチェンバーポップに対する深い憧憬が滲んでいるように感じられます。それが、FJMの俳優のようにアルバムの中で歌い手を演じることで、音の世界が緻密に構成されていき、重層的な連なりを作り、喩えるなら、そこにブロードウェイ・ミュージカルの舞台が組み上がっていくわけです。

 

また、さらに、驚くべきなのは、アルバムの楽曲を次々と進めるごとに、FJMは、一人のブロードウェイの舞台俳優を演じているのではない、ということにきっとこの音楽に触れた皆さんはお気づきになるかもしれません。彼は、時にシリアスな役柄を演じ、また、あるときには、ユニークな役柄を演じ、その他にも、性別を越え、21世紀と20世紀の間を音楽によって自在に飛び回るのです。これは、コロナパンデミック時代の束縛の強い、分離感の強い時代に生み出されるべくして生み出された傑作です。実に、本当に、本当に、素晴らしいのは、この作品において、FJMは、音楽という概念的手法を介して、人は、自由自在にどのような場所にだって行けることを、さらに、時には、過去にも遡りさえ出来るということを、軽やかに証明付けているのです。

 

84/100

 

 

            



Pillow Queens

 

ピロー・クイーンズは、アイルランド・ダブリンで2016年に結成されたインディー・ロックバンド。

 

バンドは、二人のリード・ボーカルのSarah Corcoran,Pamela Connolly,ギタリストのCathy McGuiness,ドラマーのRachel Lyonsで構成されている。ピロー・クイーンズは、バンドとして面白い特徴を持つ。コーコランとコノリーの楽器演奏の役割は、どちらがボーカルを務めるかによって流動的に変化する。リードボーカルをコーコランが担当する場合、コーコランはリズムギターを演奏し、コノリーはベースを演奏する。一方、コノリーがリード・ボーカルを務める場合、その逆となり、コノリーがリズムギターを演奏し、コーコランがベースを務める。


ピロー・クイーンズの叙情的な楽曲性は、英国、アイルランドで軒並み高い評価を受けている。このバンドの音楽性については、アイルランドのカソリック信仰、及び、バンドメンバーがLGBTを公言していることに少なからず影響があるという指摘もなされている。イギリスの大手音楽メディア”NME”はこのバンドについて、「クイアネスの交差点を探求する」と述べている。また、イギリスの大手新聞”The Gurdian”は、「性別が反対の条件で一生を過ごすとしても、前向きな社会変化に適用しようとするバンドの心理的な挑戦を大いに讃えたい」と最大の賛辞を送っている。

 

2020年、ピロー・クイーンズはファースト・アルバム「In Waiting」をリリースし、デビューを飾った。アイルランドの新聞”Irish Times"は、この作品に「感動的な傑作」という高評価を与えている。最新作となる通算二枚目のLP「Leave The Light On」は、2022年4月1日にリリースされた。

 

 

 

 

「Leave The Light On」 

 
 
Royal Mountain Records  4/1,2022

 

 

 

Tracklisting

 

1.Be By Your Side

2.The Wedding Band

3.Hearts&Minds

4.House That Sailed Away

5.Delivered

6.Well Kept Wife

7.No Good Woman

8.Historian

9.My Body Moves

10.Try Try Try


今回、ダブリンのピロー・クイーンズは、二枚目のフルアルバム「Leave The Light On」を制作するために、内省に目を向けています。今日の世界において、内面に目を向けることはかなり勇気のいることだと言えるでしょう。

 

ダブリンのピロー・クイーンズは、2021年の春に、「Leave The Light On」のレコーディングを行っています。3ヶ月間、ソングライティングを行い、その後、スタジオ入りし、前作「In Waiting」で共同制作を行ったTommy McLaughinと共にアルバム製作を行いました。レコーディング作業については迅速に進み、アルバムとしてコンパクトに纏められた作品が生み出されました。

 

「これは、孤独的な記録であり、あなたが一日を消化する中で、さながら静かに車線変更をする深夜のドライブのような独特な感覚を引き起こすであろう作品です。孤独を反射し、瞑想を行うための温かい空間を提示している」と、発売元のロイヤルマウンテンはプレスリリースにおいて、この作品について述べており、さらに作品のコンセプトについて「孤独であることは、必ずしも一人であるとは限らない」と説明しています。

 

全体の作風としては、一曲目の「Be By Your Side」に顕著であるように、ポピュラー・ミュージックの色合いを見せながらも、そこには、インディーロックバンドらしい抜けさがなさも込められている。特に、ギターの演奏については、苛烈なノイズ性をにじませる場合もあって、単なるポピュラー音楽と断じて聴くような作品ではないかもしれません。ピロー・クイーンズのバンドアンサンブルとして生み出される音の裏側に世界には、内省的な世界がひろがり、そこにはまた、叙情詩のような表現性や哲学性も、音楽の中にはっきりと読み解くことも出来ます。

 

今回のピロー・クイーンズの二作目のアルバムは、表面的には、デビュー当時のセイント・ヴィンセント、U2のようなキャッチーで清涼感あふれる印象を放つ楽曲が収録されています。しかし、よく聴きこむと、このアルバムには底知れない奥深い精神的な世界が満ち広がっている。外側の世界よりも内的な世界のほうが無限の神秘的な空間が広がっていることを、このバンド、ピロー・クイーンズのアルバムは聞き手に発見させてくれるのです。

 

「最初のレコードである2020年の「In Waiting」 が成功した後」と、ロイヤル・マウンテン・レコードはプレスリリースを通じて述べています。

 

「ピロー・クイーンズは、さらに大きな会場やフェスティバルで演奏するようになり、バンドのメンバーは、ようやくフルタイムのプロミュージシャンとなりました。ほとんどのアーティストが商業的な道のりを歩む過程で、内省的な個性やキャラクターを失っていく中、ピロー・クイーンズは過去の事例とは真逆のアプローチを図っている。バンドのキャリアの中で、最も、内面に焦点を当てたリリースとなるはずです」 

 

さらに、リリース元のロイヤル・マウンテン・レコードは、以下のように「Leave The Light On」の作風についてきわめて的確に捉えていますので、それを以下に御紹介し、今回のレビューを締めくくらさせていただきます。

 

「このレコードは、バンドにとって音の出発点となるだろう作品です。ポピュラー音楽のように巨大に聞こえますが、柔らかさ、親密さの両面を持ち合わせている。それは、このバンドの二元性を象徴するものです。今回の作品は、エリザべス・ビショップ(1911-1979 編注:アメリカ合衆国の詩人で、ピュリッツァー賞の詩部門と全米図書館賞の栄冠に輝いている)の詩、そして、平凡で日常的な生活を通して生み出された作品であり、多くに人にとって、自らの考えと向き合うために一人でいる時間に、ヘッドフォンを通して、じっくり聴くことが出来るはずです」

 

(Score:81/100)

 

 

 


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 Yumi Zouma


ユミ・ゾウマは、ニュージーランド・カンタベリー・クライストチャーチ出身のオルタナティヴポップバンド。

 

バンドは、クリスティー・シンプソン、ジョシュ・バージェス、チャーリーライダーオリビア・カンピオンで構成されている。バンド名の由来は、メンバーの二人が共に活動をはじめることを薦めた共通の友人の名前にある。


グループとしての始まりは、クライストチャーチで一緒にコンサートを行った歴史にまで遡る。しかし、クライストチャーチの地震が発生した後、複数のメンバーが海外に移動し、その後、電子メールのやりとりによって共同作業を始めるまで、バンドは一緒に音楽を演奏することはなかった。

 

この初期のデモテープが音楽ブロゴスフィア内で注目を集めたことにより、アメリカのレーベルCascineがこのバンドにアプローチをし、契約を結んだ。


2014年から2015年の間、グループは、「EP Ⅰ,Ⅱ」をリリースする。その後、ユミ・ゾウマとして初めてのスタジオアルバム「Yoncalla」をリリースしてデビューを飾る。

 

2017年、通算二枚目のアルバム「Willow Bank」、シングル「December」「Depth(Part 1)」、「Half Hour」をリリースした。三作目のEP「EP Ⅲ」は、2018年にリリースされた。その後、 バンドは、新たにアメリカのポリヴァイナル・レコード/インティア・レコードと契約を結び、通算三枚目となるスタジオアルバム「Truthor Consequences」をリリースした。



「Present Tense」 Polyvinyl Record  2022



 

 

 

Tracklisting

 

1.Give It Hell

2.Mona Lisa

3.If I Had The Heart For Chasing

4.Where The Light Used To Lay

5.Razorblade

6.In The Eyes Of Our Love

7.Of Me and You

8.Honesty,It's Fine 

9.Haunt

10.Astral Projection


 

2020年、ニュージーランドのオルタナティヴ・ポップバンド、ユミ・ゾウマは、グループとしての岐路に立たざるをえなくなりました。

 

このバンドの三作目のアルバム「Truth of Consequence」がPolyvinylからリリースされた日、WHOがCovid-19をパンデミックとして宣言したからです。その後、バンドは初の北米ツアーを開始した直後、全世界は混沌とした状況に陥りました。もちろん、他のアーティストと同様、ユミゾウマもバンドとしての活動の先行きが不透明にならざるをえなかったのです。

 

その後、ユミ・ゾウマの四人のメンバーは世界各地に散らばっていた。あるメンバーは、ウェリントンへ、故郷のクライストチャーチへ、ロンドンへ、ニューヨークへ、一時的にユミ・ゾウマはバンドとして機能不全に陥ったかに思えました。このときのことについて、ユミ・ゾウマの発起人であり、マルチインストゥルメンタリストのチャーリー・ライダーは以下のように語っています。


「混乱してしまった。僕らはこれまで年一枚のペースで仕事をしていたけど、先行きが見渡せない状況下、勢いを失ってしまった」

 

それから、ユミ・ゾウマのメンバーは、2021年9月1日、新作「PresenteTense」を完成させるという制約を設け、時代に即したアルバムの制作に取り掛かります。遠隔リモートと直接的なライブセッションを組合わせることにより、バンドは、停滞の多い時代を切り抜けようと試みる。これまでのシンセサイザー、ギター、ベース、ドラムという基本的なバンドアンサンブルの編成に加え、ペダルスティール、ピアノ、サックス、木管楽器のウッドウイングス、これらのゴージャスなアレンジメントを取り入れ、さらに、アッシュ・ワークマン、ケニー・ギルモア、ジェイク・アーロンといったトップクラスのエンジニアたちが四人のミキシングを手掛けたことにより、アルバムは、以前の三作よりゴージャスな出来になったと言っても差し支えないかもしれません。

 

「4枚目のアルバムなので、少し冒険した曲を作りたかったんだ。他のアーティストたちと仕事をすることは、僕らのコンフォートゾーンの外側に出ることなので、その助けとなった」

 

チャーリー・ライダーが語る言葉に今作の魅力はすべて滲み出ています。これまでの日本のシティ・ポップのような爽やかで口当たりの良いシンセ・ポップの質感に加え、これまでよりもバンドサウンドとしてスリリングな展開が数多くの楽曲に見受けられます。これまでのユミ・ゾウマらしいおしゃれな雰囲気が滲み出た一曲目の「Give It Hell」、さらに、バンドとしての進化が伺える「Where The Light Used To Lay」といった2022年のポップ・アンセムとなる楽曲に加えて、このバンドの本領を示してみせたのがラストトラックの「Astral Projection」です。


ここで、この四人組は、これまでにない深みのあるポップスの傑作を生み出してみせた。というか、ユミ・ゾウマの最高の楽曲の一つをこの苦難多き時代に生み出しました。

 

また、四人は、この作品のテーマに未来という概念を掲げていますが、このラストトラックにおいて、ユミ・ゾウマは、現在状況に足がかりを置いた上で、暗闇の向かう先にある明るい希望に満ち溢れた未来への道筋をこの作品において示してみせています。

 


Peach Fit


ピーチ・フィットは、カナダ・バンクーバー出身、四人組のインディーポップバンド。ニール・スミス、クリストファー・ヴァンダークーイ、ピーター・ウィルトン、マイキー・パスクッチィを中心に、高校時代の友人を中心として結成された。

 

2016年6月、ピーチフィットは、セルフタイトル「Peach Fit」をメジャーレーベルからリリース。この作品はSpotifyで25億再生を記録する。

 

翌年、デビューEP「Sweet FA」をリリース。この作品には「Seventeen」というヒットシングルが含まれている。

 

2018年、コロムビア・レコードと契約を結び、デビューアルバム「Being So Normal」をリリースした。このアルバムにはアンセム「Tommy's Party」が収録され、この楽曲はデジタル配信として13億の再生数を記録した。2020年、セイント・ヴィンセントやベスト・コーストの作品を手掛けるエンジニア、John Congletonを迎え、二枚組のアルバム「You and Your Friends」を制作している。


ピーチ・フィットは、定期的に作品リリースを行いながら、ライブツアーを精力的にこなし、インディーポップバンドとしての実績を着実に積み上げた。2022年までに、Bonnaroo Music &Art Festival,Shaky Knees Music Festival,CBC Music Festivalといった音楽フェスティバルに出演を果たしている。

 

ピーチ・フィットの音楽を、バンド自身は「噛んだようなバブルガム・ポップ」と説明する。また、音楽批評家は彼らのサウンドを「サッドポップ、サーフロック」と評している。

 

サーフミュージックのジャック・ジャクソンを彷彿とさせる柔らかなヴォーカルスタイル、そして、さらに、アコースティックとエレクトリックを絶妙に組み合わせた、躍動感のあるギターロックを主な特徴とする。

 

 

「From 2 to 3」 Columbia


 

 

 


Tracklisting

 

1.Up Granville

2.Vickie

3.Lip Like Yours

4.Pepsi on the House

5.Look Out!

6.Everything About You

7.Give Up Baby Go

8.Last Days Of Lonesome

9.Drips on a Wine

10.2015

11.From 2 to 3

 


今週の一枚としてご紹介させていただくのは、3月4日にリリースされたカナダ・バンクーバーのインディーポップバンドのBeach Pitの新譜「From 2 to 3」となります。

 

今回のアルバム制作で、ピーチ・フィットは、60年代から70年代からのポップ、ロック、フォークに強いインスピレーションを受けてソングライティングを行ったと話し、その中には、ポール・マッカートニー、ニール・ヤング、グレン・キャンベル、イーグルス、ジョージ・ハリソンの名が挙げられています。またそのほか、サイモン&ガーファンクルの影響も感じられます。


上記のバンドからの影響を公言してることからも分かる通り、このスタジオアルバム「 From 2 to 3」に通奏低音のように響きわたっているのは、懐かしいバブルガム・ポップ、フォーク・ロックのノスタルジアです。それが、ニール・スミスの柔らかく、爽やかな雰囲気をもったヴォーカル、クリストファー・ヴァンダークーイのツボを抑えたギターのフレーズ、比較的タイトな印象のあるマイキー・パスクッチィのドラミングによって、叙情的でありながら、ダイナミックさも失わない麗しい60−70年代のサウンドが展開。どこかで聴いたことがある時代に埋もれていった懐かしい雰囲気。この作品では、それらのマージー・ビート、フォーク、そして、サーフミュージックの音楽性が絶妙な融合を果たし、独特なサウンドがゆるやかに繰り広げられていきます。

 

このアルバムが、デジタル、アナログだけで発売されていることからも分かる通り、ピーチ・フィットの今作「From 2 to 3」で掲げるサウンドのコンセプトは、明らかに60−70年代のポピュラー音楽の再解釈で、マッカートニーのメロディーの影響を色濃く受け継いだサウンドが特徴です。これは、近年、オルタネイティヴ・ミュージックが主流になっていくにつれ、王道のポップスが脇においやられてしまったような印象のある今日のミュージックシーンおいて、新鮮で清々しい感慨をリスナーにもたらすことでしょう。アナログではなく、デジタルで聴いたとしても、古いレコードプレイヤーから聞こえるような懐古的な雰囲気が全体的に漂っています。

 

今回のアルバムで聴き所といえそうなのが、一曲目の「Up Granville」、「Look Out!」。さらに、タイトルトラックの「From 2 to 3」は、このスタジオアルバムの最高のハイライトといえるかもしれません。

 

今作では、ジャック・ジャクソンのような爽やかなサーフ音楽の風味、1960年代のバブルガム・ポップ、そして、ビートルズの初期のサウンドを組み合わせた軽やかなサウンドが停滞もなく彩り豊かに展開していきます。このサウンドがリスナーにとってなんとなく心地よいのは、彼らのサウンドが自然味あふれるものであり、余計な力が入っておらず、現代の緊迫した世界の雰囲気から一定の距離を置き、この四人組が、純粋に心地よいポピュラー・ミュージックを追求しているからに尽きるかもしれません。

 

さらに、ピーチ・ピットのカルテットとしてのアンサンブルは、今回のレコーディングにおいて見事に息がとれていて、バンドサウンド(ひとつの小さな社会)としての調和、平かさ、緩やかさが生み出されています。

 

現代の戦争の時代に、今作に見受けられるような、平らかさ、穏やか、緩やかな音の需要は少ないはず。ピーチ・フィットのサウンドが心地よく、美しくさえかんじられるのは、この時代において、彼らが何を信じるべきなのかを熟知しているからなのでしょう。彼らは、決して時代のトレンドに流されず、バンドとして求めるべきものが何かを知りつくしているという気がします。


つまり、それは、彼らが高校時代から、気心の知れた仲間として音楽を気楽に奏でているからこそ必然的に生まれ出るものなのです。「From 2 to 3」は、四人組の友情関係によって紡がれるあたたかな情感の表出、また、彼らが今作において提示するのは、闘争、競争といった価値観とは全く逆の、平和、調和、穏やかさ、大らかさ、現代の人類が最も忘れてはならない重要な概念です。このさわやかな風味に満ちた作品が、平和の運動が出現したカナダから出てきたのは偶然とは言えないでしょう。

 

 

 

 

 

 ・Apple Music Link

 



Caroline



キャロラインは、ロンドンを拠点に活動する八人組のロックバンド。ブラック・ミディに続いて、ラフ・トレードが満を持してデビューへと導いた”超ド級”の新鋭ロックバンドの登場である。


デビューアルバムのリリースこそ2022年となったものの、バンドとしての歴史は意外にも古く、2017年のはじめ、Jasoer Llewellyn,Mike 0’Malley,Casper Hughesを中心に結成された。当初、毎週のように即興演奏を行っていたが、後になって、バンドとして活動を開始した。

 

キャロラインは、1990年代のアメリカン・フットボールをはじめとするミッドウェスト・エモ、ガスター・デル・ソルのようなシカゴ音響派、アパラチア・フォーク、ミニマリストのクラシック音楽、ダンスミュージック、実に多種多様な音楽から影響を受けている。ミニマリストに対する傾倒を見せるあたりは、Black Country,New Roadと通じるものがある。イギリスの音楽メディアは、このバンドの音楽の説明を行う上で、アメリカ・シカゴのスリント、あるいはスコットランドのモグワイを比較対象に出している。


結成当初、明確なプロジェクト名を冠さず、一年間、謂わば、即興演奏を行っていた。小さなフレーズの演奏の反復を何度も繰り返すことにより、楽曲を、分解、再構築し、幾度も楽曲を洗練させて、音楽性の精度を高めていった。その後、ステージメンバーを徐々に増加させていき、2018年になって、初めて、バンドとしてデビューライブを行った。キャロラインは2022年までに、シングル作品を五作リリースしている。ブラック・ミディに続いて、名門ラフ・トレードがただならぬ期待を込めてミュージック・シーンに送り込む新進気鋭のロックバンドである。





「Caroline」 Rough Trade



 

caroline [国内流通仕様盤CD / 解説書封入] (RT0150CDJP)



Tracklisting


1.Dark Blue

2.Good Morning (Red)

3.desperately

4.IWR

5.messen #7

6.Engine(Eavesdropping)

7.hurtle

8.Skydiving onto the library roof

9.zlich

10.Natural death



さて、今週の一枚として紹介させていただくのは、ラフ・トレードからの大型新人、Carolineの2月25日にリリースされたデビューアルバム「Dark Blue」です。

 

なぜ、キャロラインがデビュー前からイギリスのメディアを中心に大きな話題を呼んでいたのかについては、ラフ・トレードの創設者であるジェフ・トラヴィスがこのロックバンドのサウンドに惚れ込んでいたからです。

 

今回のデビュー作「Dark Blue」において、キャロラインは、ジェフ・トラビスの期待をはるかに上回る音楽を提示しています。ブラック・ミディ、ランカムの作品を手掛けたジョン・スパッド・マーフィーをエンジニアに招き、納屋、メンバーの寝室、リビングルーム、プール、と、様々な場所で録音を行ない、アパラチア・フォーク、エモ、実験音楽、電子音楽、ロック、様々なアプローチを介して、音響ーアンビエンスという側面から音楽という概念を捉え直しています。

 

そして、キャロラインの「Dark Blue」がどう画期的なのかについては、レコーディングで、リバーヴやディレイといったエフェクトを使用せず、上記のような、様々な場所の空間のアンビエンスを活用しながら、ナチュラルな音の質感、そして、音が消え去った瞬間を、楽曲の中で上手く生かしていることに尽きるでしょう。これはきっと、現代のマスタリングにおける演出過剰な音楽が氾濫する中、自然な音が何であるのかを忘れてしまった私達に、新たな発見をもたらしてくれるはずです。

 

この作品では、デビューアルバムらしからぬ落ち着き、バンドとしての深い瞑想性が感じられ、八人という大編成のバンドアンサンブルらしい、緻密な構成をなす楽曲が生み出されています。ギター、ベース、パーカッション、チェロ、バイオリン、複数の楽器が縦横無尽に実験的な音を紡ぎ出し、和音だけではなく、不協和音の領域に踏み入れる場合もあり、謂わば、演奏としてのスリリングさを絶妙なコンビネーションによって生み出しています。


また、キャロラインのバンドアンサンブルのアプローチは、ロック・バンドというよりかは、オーケストラの室内楽に近いものです。

 

彼らは、歪んだディストーションではなく、クリーントーンのギターの柔らかな音色を活かし、新鮮な感覚を音楽性にもたらし、さながら豊かな緑溢れる風景に間近に相対するようなおだやかな情感を提示してくれています。


このあたりの抒情性については、アメリカン・フットボールを筆頭に、アメリカのミッドウェストエモの影響を色濃く受け継いでいます。さらに、キャロラインは、「間」という概念に重点を置き、音が減退する過程すら演奏上で楽しんでいるようにすら思えます。またこれは、レコーディングのプロセスにおいて、作品をつくる過程で音を純粋に出すという行為が、本来、ミュージシャンにとって何より大きな喜びであるのを、彼らは今作のレコーディング作業を通し、改めて再確認しているようにも思えます。

 

彼らキャロラインが今作で提示しているものは、音楽の持つ多様性、その概念そのものの素晴らしさ。そして、ここには、ロックの未来の可能性だけでなく、現代音楽の未来の可能性も内包されています。かつて、ジョン・ケージ、アルフレド・シュニトケが追求した不協和音の音楽の可能性は、次世代に引き継がれていき、八人編成のバンドアンサンブル、キャロラインによって、ロック音楽として、ひとつの進化型が生み出されたとも言えるかもしれません。

 

「Dark Blue」は、デビュー作ではありながら、長い時間をかけて生み出されたダイナミックな労作です。およそ、2017年から5年間にわたり、このバンドアンサンブルは途方も無い数のセッションを重ねていき、どういった音を生み出すべきなのか、まったく功を急ぐことをせず、メンバー間で深いコミュニケーションを取りあいながら、数多くの音を介しての思索を続けてきました。

 

今回、そのバンドアンサンブルとしての真摯な思索の成果が、このデビュー・アルバム「Dark Blue」には、はっきりと顕れているように感じられます。新世代のポストロックシーンを代表する傑作の誕生と言えそうです。

 

 

 

95/100

 

 

Featured Track 「Dark Blue」Official Audio








蓮沼執太

 

 

蓮沼執太さんは、東京都出身のミュージシャン兼アーティスト。蓮沼執太フィルの主宰者でもあり、国内外でのコンサートをはじめ、映画、ドラマといった劇伴音楽から、ダンス、音楽プロデュースと幅広い制作分野に携わっている。この他にも、展覧会やプロジェクトを同時進行している。

 

2014年には、アジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)の助成を受け渡米。2017年には、文化庁東アジア文化交流使の指名を受け、中国北京に向かう。また、音楽家だけではなくアートの領域でも活躍なさっており、「Compositons」(NY Pioneer Works)、「〜ing」(資生堂ギャラリー)と二回個展を開催している。2019年には、「〜ing」で第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞している。


2006年には「Self Titled」を米、テキサスのインディーレーベル「Western Vinyle」からリリースしてデビューを飾った。その後、最初のアルバム「Shuta Hasunuma」を同レーベルから同年に発表した。これまで、メジャー、インディーと形態を問わず作品のリリースをおこなっている。オーケストラを率いて活動を行う”蓮沼執太フィル”としては、Space Shower Musicから「時が奏でるTime plays-and so do we」、日本コロンビアから「アントロポセン」をリリースしている。また、劇伴音楽の主な仕事として、NHKドラマ「Kireinokuni」のサントラなどを手掛けている。



 

U-Zhaan

 

 

ユザーンさんは、埼玉県出身のタブラ奏者。1996年からインドの民族打楽器タブラの演奏を始める。1998年、インドに向かい、コルカタの伝説的なタブラ奏者アニンド・チャタルジーに師事する。

 

翌年、BoredomsのYoshimio(横田佳美),日本国内のシタール奏者、ヨシダ・ダイキチと共に、”Alaya Vijana”を結成する。日本のポピュラーシンガー、UAをフューチャリングした楽曲「Alaya Vjana」をリリースするが、翌年脱退している。その後、毎年のように、インド・コルカタに出向き、タブラの演奏技術に磨きをかけるかたわら、江崎グリコのCMにも出演。これまで、Rei Harakamiをはじめ,坂本龍一、Cornelius、ハナレグミ、HIFANA,環ROY,鎮座DOPENESS、DE DE MOUSEらと共同作業を行い、電子音楽、現代音楽、J-POP,ヒップホップ、ジャンルを問わず、数々のアーティストとのコラボレーションの機会を積極的に設けている。

 

2017年、蓮沼執太との共同制作を行い、「2 Tone」を自主制作としてリリース、電子音楽と民族楽器を見事に融合させた新たな音楽性を確立している。また、同作「2 Tone」には、坂本龍一、NYノーウェイヴの祖、アート・リンゼイ、デヴェンドラ・ハンバートらがゲスト参加している。

 

 

 

 

「Good News」 Gold Harvest Recording 

 

 

 

 

 

Tracklisting

 

1.Good News

2.Go Around

3.6 Perspectives

4.Septem

5.Guess Who

6.Dawning

7.Mister D

8.NWF

9.Overtakes

10.Door

 

 

今週の一枚としてご紹介させていただくのは、2月16日に発表された蓮沼執太とU-zhaanの新作アルバム「Good News」となります。

 

今回、蓮沼さんとU-zhaanさんがデュオとして作品を発表したのは、2017年に坂本龍一やアート・リンゼイをゲストに迎えて制作されたスタジオアルバム「2 Tone」以来、二度目のことです。

 

時間をかけて丁寧に作った10曲の吉報をお届けします。これは僕たちの耳に心地よく響く音だけで作られたインスト楽曲集です。謂わば、「言葉のない手紙」のようなアルバムとなっています。皆さんにとっての「いいニュース」がこのアルバムと共にやってきますように

 

今回の作品について、蓮沼さんは公式ホームページにおいて上記のコメントを掲載しています。 作品のマスタリングを手掛けたのは木村健太郎さん。そして、どことなく手作り感のある可愛らしい封筒のようなデザインがあしらわれたアートワークを手掛けたのは、village Rの長島りかこさんです。


今回、ゴールデン・ハーヴェストから発表されたインストゥルメンタルアルバム「Good News」は、蓮沼執太とユザーンという本来全然趣向の異なる二人のアーティストの息がピタリとあった作品です。電子音楽と民族音楽が見事な融合を果たし、テクノとも、ニューエイジとも、民族音楽ともつかない、これまで存在しなかったタイプの音楽をお二人はものの見事に生み出しています。


北インドの弦楽器サロードの奏者Babuiを迎えて制作されたタイトル曲「Good News」、あるいは、民族音楽とテクノをスタイリッシュにかけ合わせ、サロードとタブラのメロディーをユニゾンさせた異国情緒あふれる作風の「Go Around」、これらの二曲は、アメリカの電子音楽家、天才数学者でもあるCaribouの「Start Breaking My Heart」、さらには、Isanの「plans drawn in pencil」のグリッチに肉薄し、二人は緻密なシンセサイザーの音色にタブラの涼し気な演奏をマッチしてみせています。

 

その他にも、このインストアルバムの聞き所を挙げると、北インド古典音楽の伝統的なリズムRupakの「七拍子」という西洋音楽にはあまり見られない独特なリズム感を打ちだした「Septem」。インドネシアのガムランのような涼し気な雰囲気をタブラとシンセサイザー、トランペットの演奏をフーチャーした「Mister D」。さらに、ポリリズムを導入、実験性の強い音響を追求したテクノグリッチの未来を形作ったといえる「NWF」。アルバムの導入から最後にいたるまで、二人の音楽の実験性が遺憾なく発揮された作品と言えるかもしれません。

 

この作品の最大の魅力は、「2 Tone」では、ゲスト参加した坂本龍一、アート・リンゼイといった大御所のミュージシャンに遠慮して少し見えづらかった蓮沼執太とユザーン、お二人のミュージシャンとしての個性が顕著に表れ出ていることに尽きるでしょう。


特に、蓮沼さんのグリッチテクノに対する強いアプローチ、そして、ユザーンさんのインドの民族打楽器タブラの演奏により、果たしてどこまで行けるのか、未知への挑戦をいどんだ意欲作ともいえるかもしれません。そして、シンセとタブラの演奏は白熱味を帯び、生きた質感となり、ときに、ジャズのインプロヴァイゼーション、フリー・ジャズのようなアバンギャルドな領域に入り込んでいく場合もある。表向きには、爽やかさ、涼やかさ、掴みやすさが感じられる一方で、聴き応えのあるインスト楽曲が勢揃いしたアルバムとなっているのではないでしょうか?

 

さらに、個人的な感慨を述べるなら、この二人の演奏には何か、シンセサイザーとタブラを介して対話をしているようにも感じられ、ライブセッションのような緊迫感が込められています。それがこのアルバムを聴いて、なんとなく読み取ることが出来た二人の「メッセージ」のようなものでした。

 

「シンセサイザー」ー「タブラ」=「人工機械」ー「手作りの楽器」、本来、この2つの楽器は相容れないはずなのに、今回、二度目となるインストアルバムにおけるお二人の演奏は、そういった、機械と人の間にある距離を無くして、本来、分離した何かを一つに融合させているように思えます。


これは、以前、レイ・ハラカミとユザーンのコラボレーションの過程において実験段階に過ぎなかった概念、謂わば、遺志のようなものを引き継いで、今回、蓮沼さんとユザーンさんが完成させたようにも思えます。


特に、レイ・ハラカミの雰囲気を感じさせるのが、「Go Around」「Dawning」です。


ここで、お二人は、日本らしい侘び寂び、間のとれた電子音楽を生み出しています。その他、「Guess Who」は、蓮沼執太のピアノ演奏の才覚が遺憾なく発揮された作品。爽やかで、明るく、華やいだ心地に導いてくれ、最初のコラボレーション作品「2 Tone」よりもはるかに奥深さをました未知の音響空間が無辺にひろがっています。


これはまさしく、「欧米のグリッチテクノ」に対する「アジアのグリッチテクノ」が誕生した記念すべき瞬間、と称せるかもしれません。少なくとも、今回、リリースされたインスト楽曲集は、多くの音楽ファンにとって、この上ない至福の瞬間をもたらす「Good News」となりそうな作品です。

 


 

 


 

 

・「Good News」のリリース情報詳細につきましては、以下、蓮沼執太公式ホームページを御覧ください。

 

http://www.shutahasunuma.com/ 

 

 

 

 

New Dad



New Dadは、アイルランドのゴールウェイ出身の四人組のインディーロックバンド。メンバーは、Julie Dawson,Andle O'Beirn,Fiachra Parslow, Sean O 'Dowdで構成されている。

 

ドリームポップ、シューゲイザーの合間を縫うかのような絶妙なオルタナティヴサウンドは、これらのジャンルを生み出した同郷アイルランドのマイ・ブラッディヴァレンタインの後継バンドと称すことが出来るかもしれない。また、そこに、独特なアイルランドのバンドらしい叙情性が滲んでいる。

 

英国の音楽メディアNMEは、New Dadのサウンドについて、The Cure、Beabadooobee、Just Mustardといったバンドを引き合いに出している。また、Atwood Magazineは、New Dadのバンドサウンドについて、「皮肉じみた個性が表向きに感じられるが、そこには誠実さも滲んでいる。音には色彩的な視覚性が感じられ、歌詞には時に痛烈なメッセージが込められる」と評している。


New Dadは、2020年に自主レーベルからデビューを果たした新進気鋭のロックバンドであり、これまでに7枚のシングル作、及び、一枚のEP作品「Waves」をFair Youthからリリースしている。

 

アイルランド、ウェールズのブレコン・ビーコン国立公園で毎年8月に開催されるグリーンマン・フェスティヴァル、アメリカのピッチフォーク・ミュージックフェスティヴァル(パリ開催)、それからアイルランドのテレビ番組にも出演している。

 

1980年代のUKサウンド、スージー・アンド・バンシーズ、コクトー・ツインズ、ジーザス・メリーチェインズ、ライド、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、上記のザ・キュアーを彷彿とさせる轟音性とポピュラー性にくわえ、淡い叙情性を兼ね備えた性質がNew Dadの魅力。四人というシンプルな編成であるがゆえのタイトな演奏、甘く美しいサウンドを主な特徴としている。

 

 

 

 

 

「Banshee」 EP Fair Youth

 

 

 


 

 

 

Tracklisting

 

1.Say It

2.Banshee

3.Spring

4.Thinking Too Much

5.Ladybird

 

 

 

今週の一枚として取り上げるアイルランドのNew Dadの2月9日にFair YouthからリリースされたEP「Banshee」。前作の「Waves」に続いて、このバンドの将来の明るさを証明付ける作品です。

 

「Banshee」は、アイルランドのベルファストで録音され、アメリカの傑出したSSW,ラナ・デル・レイやフィービー・ブリジャーズらの作品を手掛けているジョン・コルグルトンをリミックスエンジニアに選び、これまでよりもバンドとしてステップアップを図った意欲作というように称せるかもしれません。「Banshee」は、ジョン・コルグトンのエンジニアとしての敏腕がこの上なく発揮された秀逸なミニアルバムであり、スタジオ録音の作品ではあるものの、ライブバンドとしての若々しさ、みずみずしさ、溌剌さを余すところなく一発録りに近い瞬間の音として捉えています。

 

New Dadは、地元の学校仲間を中心に結成され、その後、アイルランドのバンドとして孤立している部分もありましたが、盟友ともいえる、Fountains DC,The Murder Capitalらの成功によって、イギリスひいてはワールドワイドのミュージックシーンへの大きな活路を見出していきました。

 

2020年始め、元々はスリーピースとして活動していましたが、フロントマンのジュリー・ドーソンが自分で演奏したり歌ったりするのが嫌という理由で、四人目のメンバー、ベーシストのショーン・オダウトが加入。

 

それに伴い、バンドサウンドとしても洗練され、厚みのあるグルーヴ感がもたらされました。バンドサウンドとしてのひとつの到達点が前作の「Waves」で、Slowdive、The Cureを彷彿とさせるような内省的なサウンドの雰囲気、歪んだディストーション、ドリームポップサウンドが絶妙に合致し、青春時代の切なさを感じさせるポップワールドが展開されるのが、このバンドの音楽性の醍醐味というようにも言えるでしょう。

 

New Dadの最新作「Banshee」は、New Dadがロックダウンに直面した際に、ソングライティング、レコーディングが行われている。バンドは、プレスリリースにおいて、「不安、ロックダウンの最中の多くの人が直面していた落ち着かなさ」について主題を絞っていると語ります。

 

十代の恋愛の片思いについて、フロントマンのジュリー・ドーソンが歌った「Say It」に始まり、スローダイヴやキャプチャーハウスを彷彿とさせる夢見心地なドリームポップサウンドが全力ど展開されていく。さながらMCなしのライブパフォーマンスを目の前で見ているかのように、息をつくまもない勢いで5つの楽曲は進行していきます。

 

まったりした印象を持つ秀逸なポップソング「Banshee」、バンドサウンドとして絶妙な緩急を交え展開される「Spring」に続いていき、「Thinking」で一息ついた後、この作品の評価を決定づけるフランジャーギターを活かした、前半部の雰囲気とは異なる華やいだ明るさを持つポピュラー・ソング「Ladybird」で、この作品は、ゆっくりと、静かに幕を下ろしていきます。

 

特に、このEPの中で、注目すべきなのが最終トラックとして収録されている「Ladybird」。フロントマンのジュリー・ドーソンが、アメリカのグレタ・ガーヴィグ監督の「レディー・バード」を鑑賞した後に書かれた作品で、この映画の中で流れている楽曲がデイヴ・マシューの曲を思い出させた。ドーソンは、この映画の中に人間関係の困難な部分や、苦労に直面した際に多くの人が感じる不安や恐れという感情に焦点を当て、そのときの感覚を新たな歌詞として提示しています。

 

この作品「Banshee」には、多くの人の共感を呼ぶような感情によって彩られています。それは特別な人ではなく、世界のどこにでもいるであろう、ごく普通の人たちにこそ相通じる普遍的な感覚のひとつ。それは別の言い方をしてみれば、社会不安にさらされがちな現代人の心に共鳴する「何か」がこの作品には込められていると思えるのです。





Mitski

 

ミツキ・ミヤワキはニューヨークを拠点に活動するシンガーソングライター。日本生まれで、アメリカ人と日本人のハーフである。

 

幼年期から父親の仕事の関係で、コンゴ共和国、マレーシア、中華人民共和国、トルコ、様々な国々を行き来する環境の中で育った。その後、ニューヨークに渡り、ニューヨーク州立大学バーチェス校で音楽を専攻、ベースメントショーをはじめとするパンクシーンでミュージシャンとしての経験を積んだ。

 

アメリカの音楽メディア”Pitchfork”は、楽曲「Your Best American Girl」Best New Trackに選出し、いち早くこのアーティストのスター性を見抜いた。その後、Rolling Stoneで知っておくべき10人のアーティストに選出され、シンガーソングライターとして注目を浴びる。スタジオ・アルバム「Puberty 2」はTime誌や主要な音楽メディアの「Best Album of 2016」に選出されている。2016年に行われたUSツアーは好評を博し、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィアの公演すべてソールドアウトとなった。

 

ミツキのサウンドを形作る上で欠かさざる人物は、 大学時代の友人であり、過去全てのタイトルに関わってきたパトリック・ハイランドである。これまで、すべての楽器を彼とミツキの二人で演奏し、ミキシング、マスタリング、ジャケットのデザインにいたるまですべてふたりで行ってきている。


また、日本人の母親の影響で、日本のJ-POPに深い造詣を持っており、影響を受けたアーティストに、松任谷由実、山口百恵、中島みゆきを挙げている。その他にも、インスパイアされたアーティストとして、M.I.A、Bjork,Mariah Carey、Mica Levi,Jeff Buckley、椎名林檎らを挙げている。

 

 


 

「Laurel Hell」 Dead Oceans


 







Tracklist

 

1.Valentine,Texas

2.Working for the Knife

3.Stay Soft

4.Everyone

5.Heat Lightning

6.The Only Heartbreaker

7.Love Me More

8.There's Nothing Left Here for You

9.Should've Been Me

10.I Guess

11.That's Our Lamp



アメリカ合衆国東部に自生する月桂樹のバラ、それは、美しい花弁と豊かな緑色の葉を有している。愛らしさと毒素を含み、枝分かれしているこの植物を、地元の人は「Laurel Hell」と呼んでいる。毒素を含んだ美しいバラ。それはミツキの新作の名にぴったりな表現と言えるでしょう。

 

日系アメリカ人シンガーソングライター、Mitskiは、前作「Be The Cowboy」をリリースするまもなく、音楽メディアから絶賛を浴び、ツアーに出た後、2019年の秋、一度は音楽業界からの引退を決意した。それは、ポピュラーシンガーソングライターとして過分な注目を浴びたことに依るものだった。

 

 

この時のことについて、Mitskiは、ローリング・ストーン誌のインタビューにおいて以下のように話しています。

 


「世界が私をこの立場においたとき、私は世間の関心と引き換えに、自分自身を犠牲にすることになる取引に応じたことに気がついていなかった」

 

 

こういった暗喩的な表現を使ったのには理由があり、ミツキは、熱狂的なファンがあまりに個人情報を得たいと望んでいることを感じ、それ以来、ソーシャルメディアを完全にシャットアウトし、世間の喧騒や注目から一定の距離をとることを望んだ。しかし、ミツキ・ミヤワキは音楽がみずからの人生にとって欠かさざるものと気が付くまでにはそれほど時間を要さなかった。

 

Mitskiの新作アルバム「Laurel Hell」に収録されている楽曲のほとんどは2018年以前に書かれ、COVID-19のパンデミックのロックダウン中に録音が行われた。その間、ミツキは世間から一定の距離をおいた。その制作背景を受けてか、以前の作風より内省的な思想が反映された作風となった。


アルバムは三十分の長さで驚くほど簡素なポップスで占められているため、以前からのミツキのファンはこの作品について刺激性が少し物足りないと考えるかも知れません。それでも、このアルバムで展開される1980年代のカルチャー・クラブ、デュラン・デュラン、ティアーズ・フォー・フィアーズといったディスコポップを彷彿とさせるミツキらしい妖艶な雰囲気を持った楽曲群は、聞き手に懐かしさを与えるとともに、癒やしさえもたらしてくれることは事実でしょう。

 

この作品では、ミュージックスターとして注目を浴びることへのミツキの戸惑い、大衆という得体のしれぬものに対する恐怖を克服しようとする試みが音楽を介して表現されているように感じられます。それは、言い換えるなら、ディスコポップ/シンセポップというキャッチーな形質を表向きには取りながらも、その深淵を覗き込んでみると、哲学的なメタファーに近い概念に彩られています。「Love Me More」「The Only Heartbreaker」「Stay Soft」といったシンセ・ポップの色合いが強い楽曲群は、表面上では親しみやすいポピュラー・ミュージックでありながら、その内奥には、音楽という抽象概念を通して、生々しい内的世界が描き出されているのです。

 

音楽というきわめて抽象的な世界において、ミツキは今回、内的な恐怖を克服しようとするべく、いくつかの楽曲制作において、歌をうたうこと、ミュージックビデオでバレエダンサーのように踊ることにより、大衆の注目や関心という見えづらい恐怖を乗り越えようと試みている。それは目に見えないものにやきもきする現代社会での生き様を反映しているようにも感じられます。

 

そして、この三十分というスタジオアルバムに収録されているポピュラー音楽は、そういった現代的な気風を反映しながら、ひとつらなりの妖艶な物語として進行していきます。山あり、谷あり、そういった幾つかの難所を乗り越えた先に見えるのが「I Guess」という、清涼かつ純粋な境地です。「I Guess」という、薄暗がりにまみれていた真実を見出した瞬間、このスタジオアルバム作品が世間の評判よりもはるかに傑出したものであることが理解できるのです。

 

2022年2月4日にインディーズレーベル”Dead Oceans”からリリースされた最新スタジオ・アルバムにおいて、ミツキ・ミヤワキは、世間の関心や評価を越えた、自分なりの答え、音楽を通して納得できる最終的な結論を見出したようにも思えます。それは、ミツキ自身がプレスに対して公式に語っているように、いくつかのドラマティックな物語の変遷、ときに、地獄的な苦しみを経巡りながら内省的な旅を続けたのち、「Laurel Hell」と銘打たれた音楽の物語は、その最後の最後で「勝ち負けとは関係のない、”愛”という純粋な感情」という抽象的結論へと帰結していくのです。

 

今回、アメリカ国内で最も期待される日系人シンガーソングライター、ミツキ・ミヤワキが提示した新たな概念は、この世には、勝ちや負けを超越した普遍的概念が存在するのだということをはっきりさせました。これは旧時代の概念が既に古びてしまったことの現出であり、このスタジオアルバムを聴くことは、苛烈な競争社会に生きる現代の人々にとって、癒やしや安らぎにも似た不思議な感覚を与えてくれるはずです。 


 

 

Pinegrove

 

パイングローヴは、2010年、ニュージャージー州、モントクレアにて、エヴァン・ステファンズホールとザック・レヴァインを中心に結成されたインディーロックバンド。ステファンズホールとレヴァインは幼馴染で、パングローヴを結成する以前に様々なロックバンドでの活動を行っている。

 

パイングローヴのバンジョーやペダルスティールギターを活用する音楽スタイルは、一般的にはエモとオルタナティヴロックの中間に位置づけられている。2012年に、デビューアルバム「Meridian」をリリースし、DIYスタイルのホームライブを中心に活動を行ってきたバンドである。


パイングローヴは、インディーズレーベル”Runfor Cover"と契約した後、「Everything So Far」という初期作品のアンソロジーを発表。その後、二作目スタジオアルバム「Cardinal」の発表を期に、熱心なファンを獲得し、 様々な音楽メディアのトップ10リストに選出される。次の作品「Skylight」を録音した後、パイングローヴはメンバーの個人的問題により一年間活動を休止を余儀なくされる。スタジオアルバム「Skylight」は、その後、2018年に自主制作としてリリースされ、その後続いて行われたツアーは多くがソールドアウトとなり、大盛況を博した。

 

2019年、パイングローヴは次なる挑戦に踏み切るため、UKの名門インディーズレーベル"Rough Trade"との契約に署名し、十一曲収録の快作アルバム「Marigold」をリリースした。


パイングローヴは、文学的な叙情性とファンの根強い人気を誇ることで知られている。最初期はインディー・エモシーンで人気の高かったバンドであるが、徐々にファン層の裾野を広げつつある。バンド名は、エヴァン・ステファンズホールが以前在学していたケニオン大学の自然保護区にある有名な松並木にちなんでいる。それらの実際、ステファンズホールの脳裏にやきついてやまない記憶の情景は、特に、正方形の形状を使用した幾何学模様のアルバムアートワークや商品のアンパサンドのデザインに積極的に取り入れられている。また、パイングローヴは、歌詞の中で、政治的な問題を積極的に提起し、実際の活動の段階においても、アメリカの公民権団体への慈善寄付などを率先して行い、進歩的な目的を持って活動するインディー・ロックバンドである。

 

 

 

 

「11:11」 Rough Trade

 

 

11:11 [国内流通仕様盤CD / 解説・歌詞対訳付] (RT0270CDJP)  

 

Tracklisting

 

1.Habitat

2.Alaska

3.Iodine

4.Orange

5.Flora

6.Respirate

7.Let

8.So What

9.Swimming

10.Cyclone

11.11th Hour



今週のおすすめとして紹介させていただくのは、昨日1月28日にラフ・トレードからリリースされた「11:11」となります。

 

この作品は、デス・キャブ・フォー・キューティーのクリス・ウォーラをレコーディング・エンジニア、プロデューサーとして迎え入れ、これまでホームレコーディングを中心にアルバムを制作してきたパイングローヴが、初めて本格的にスタジオレコーディングを行った音源となります。


「11:11」は、ニューヨーク州北部の2つの施設、マールボロビル、また、バンドの元ドラマーに因んで名付けられた18エーカーの複合施設ウッドストックのレボンヘルムスタジオで大方の録音がなされ、COVID-19のパンデミックの起こった最初期に、大部分の録音が行われた作品です。レコーディングは上記の2つのスタジオを中心にバンドメンバー行われていますが、その他、ベーシストのミーガン・ペナンテがLAで別録りした音源素材を提供している作品でもあります。

 

先行してリリースされているパイングローヴの多くの作品は、サム・スキナーがミックスを手掛けていましたが、バンドは過去の洗練された作風とは裏腹に、より完成度の高いアプローチを模索しており、今回「11:11」の音のテクスチャーの中に「メシエ」の技法を取り入れるため、新たにデス・キャブ・フォー・キューティーのクリス・ウォーラを起用、その抜擢が功を奏し、以前はややぼんやりしていた曲の雰囲気が、今回の作品ではマスタリング段階においてダイナミクスの振れ幅を大きくしたことにより、これまでになかった華やいだ効果をこれらの楽曲に与えています。

 

先行シングルとしてリリースされた「Alaska」「Orange」「Respirate」といったアルバム全体の中でも鮮烈な印象を聞き手に与えるであろう楽曲において、パイングローヴはまた、上記のような未知への挑戦へ踏み出す過程において、ロックバンドとしての類まれなる力量を演奏と作曲を介して見事に示してみせたといえるでしょう。これらのパイングローヴらしさが遺憾なく発揮されたアメリカのルーツ・ミュージック「アメリカーナ」の影響を強く感じさせるおだやかでききやすさのある作風は、長きにわたり楽しんでいただけるはずです。

 

その他にも、シングル作としては収録されなかった「Lodine」「So What」は、これまでのエモコアの歴代の楽曲の中でも屈指の伝説的な名曲に数え上げられ、コンテンポラリーフォークとエモを巧みに融合し、エヴァン・ステファンズホールのアメリカーナから引き継いだ歌唱法があたたかみのあるコーラスと合致し、デス・キャブ・フォー・キューティーのクリス・ウォーラのオンオフのダイナミクスを最大限に活用したマスタリングの手腕が見事に生かされた楽曲です。


また、今回のアルバムで新たなサウンドレコーディングの手法を取り入れたパイングローヴは、作詞の側面でも新たなチャレンジを試みています。

 

世界の気候変動に対して無関心を装う政治家についてうたう「Orange」。人種的な計略とアメリカ国家の衰退についてうたう「Habitat」。また、個人的な失敗を朗らかにうたう「Let」。パンデミック時代の個人的な心情を恬淡とうたう「Lodine」をはじめ、このロックバンドの支柱、エヴァン・ステファンズホールの紡ぎ出す文学的世界は、社会的関心から個人的問題まで幅広いテーマが掲げられており、この題材の間口の広さが、パイングローヴの作風に音楽性に奥行きと多様性をもたらしています。

 

そして、このスタジオアルバムに流れている時間が、実際の再生時間よりもはるかに豊潤かつ上質、何より美しく感じられるのは、他でもない、今回、パイングローヴが苦難多き現代というパンデミック時代において、このフルレングスの傑作「11:11」に深い愛情と人間的な温かみを添えているからなのです。

 


 

 


・Apple Music Link 

 

 


Padro The Lion


ペドロ・ザ・ライオンは、1995年に米国、ワシントン州シアトルにて、デヴィッド・バザンを中心に結成されました。インディーロック/エモシーンの中心的な存在として息の長い活動を行っています。

 

2002年にはEpitaphから快作「Control」をリリース、特にこのアルバムに収録されている「Rapture」は、USインディーロック/エモの隠れた名曲にあげられます。その後も、バラード楽曲を主体とするエモ界の伝説的な存在"Jets To Brazil"との共通性も少なからず見いだされるフロントマン、デイヴィット・バザンの良質なメロディーセンスを活かした「Arizona」をリリース。

 

結成当初から、Pedro The Lionは、デヴィット・バザンのソロ・プロジェクトの延長線上にあるスリーピースバンドとしての活動を行っていましたが、2006年、ハザンが外活動を始めたため、バンドは一度解散する。

 

その後、2017年後半に、デヴィッド・バザンは、バンドを再構築し、再び活動を開始する。

 

ペドロ・ザ・ライオンは、これまでのキャリアにおいて、六作のフルレングスアルバムのリリースを行っています。

 

バンドは政治的および宗教的なテーマを掲げ、一人称の物語形式で歌詞が紡がれるのが特徴。エモ、パンク、スロウコアをかけ合わせた独特な雰囲気を持つバンド、いかにもアメリカらしい魅力を持つサウンドが魅力です。

 

 

 

「Havasu」 Polyvinyl 

 



 

 

Tracklisting

 

1.Don't Wanna Move

2.Too Much

3.First Drum Set

4.Teenage Sequencer

5.Own Valentine

6.Making the Most of It

7.Old Wisdom

8.Stranger

9.Good Feeling

10.Lost Myself

 

 

 

さて、今週のおすすめとして紹介させていただくのは、1月20日にサプライズリリースされたPedro The Lionの「Havasu」となります。現在、デジタルヴァージョンのみが配信されている作品です。

 

また、NPR Musicでは、このリリースに際して特集を組み、マッカーサーフェローシップ賞を受賞した詩人、作家、文化評論家のハニフアブドゥラキブとデヴィット・バザンの対談企画が組まれています。


  

・Pedro the Lion's David Bazan in conversation with Hanif Abdurraqib「NPR Music Listening Party: Pedro the Lion, 'Havasu'」
 

https://www.youtube.com/watch?v=G5sOTIEyjUo 

 


Pedro The Lionの中心人物、デヴィット・バザンは、今回のサプライズリリースにおいて、今作「Havasu」が2019年にリリースされた「Phoenix」の続編であると明らかにしまいます。この一連のコンセプトアルバムの構想は、5つの連作となる予定で、今回のリリースは二番目の作品と当たります。

 

次の作品がどのような意図で生み出されるのかについてはまだ詳細が明らかにされていませんけれども、少なくとも、今回の構想については、デヴィット・バザン自身の若い少年時代の淡い回想、音楽を介しての長い長い記憶の旅を企図する目的で制作されました。

 

「Havasu」は、アリゾナ州に実在するコミュニティで、バザンはこの土地で中学生時代を一年過ごしています。

 

本作は、彼の淡い少年時代の記憶に基づかれ制作された作品で、アルバムのコンセプトについて、デヴィット・バザンは以下のように説明しています。



「今回のアルバムの主要なテーマとなったハバス湖は、曲がりくねった丘の中腹にある道路のコミュニティで、1960年代に元のロンドン橋の煉瓦ごと再建されたのと同時に生み出された土地なんだ。

 

このなんともソウルフルで、荒涼としている風景の中にある合理的であり、また奇をてらったような場所でもある。当時、僕は中学生で、一年間だけアリゾナシティに引っ越してきたんだ」

 


デヴィット・バザンは今回の新作を生み出すにあたり、アリゾナのハヴァスを四回再訪し、自分の記憶が確かなるものなのか下調べをしてから、ソングライティングにあたった。


彼は、アリゾナのハヴァスを訪れ、少年時代の様々な回想を蘇らせた。 訪れたのは、自分が少年期に過ごした思い入れの深い場所、中学校の校舎、魔法のようなスケートリンク場、その他懐かしい場所をハザンは訪れたことにより、長いあいだ、抑圧されていた感情を呼び覚ますことに成功した。

 

 

「これらの思い入れのある場所を訪れることはものすごい効果があった。私が三十年間覚えていなかった場所にあらためて接してみたことで、隠されていた記憶が洪水のようにあふれてきたんだ」

 

 

「Havasu」は、前作「Phoenix」で共同制作にあたったプロデューサー兼エンジニアAndy・D・Parkを招き、全ての楽曲で、PTLのギタリスト、Sean T.Laneの助けを借りて制作がなされています。デヴィット・バザンは、殆どのソングライティングを手掛け、アレンジ、演奏を自ら行っています。

 

長年にわたり、コラボレーションを務めているAndy Fittsのシンセサイザーの演奏の魅力はもちろんのこと、前作「Phonix」の最終曲として収録されている「Leaving The Valley」のレコーディングに参加したSean T.Laneの意図的にタイムラグを設けたかのような独特なギターリフが展開される「Don't Wanna Move」は、アルバム全体を聴き終えた後、表向きの素朴な印象とは異なり、驚くほどあざやかな印象をもたらすはずです。

 

他にも、このコンセプトアルバムにはインディーロックの最高峰と称するべき楽曲が数多く収録されていますので聞き逃せません。

 

特に、今作のハイライト「Teenage Sequencer」「Own Valentine」といった素朴な雰囲気と深い味わいのある楽曲を聴くにつけ、デヴィット・ハザンは活動二十年、アーティストとしてついに山の頂へと登り詰めたと言えるでしょう。

 

 

 

 

 

 

「Havasu」のリリース情報につきましては、以下リンク、polyvinyl recordsの公式HPをご覧下さい。


 https://www.polyvinylrecords.com/

 

Kota the Friend

 

コタ・ザ・フレンドは、NYのブルックリンを拠点に活動を行っているアヴェリー・マルセル・ジョシュア・ジョーンズのヒップホップ・プロジェクト。

 

ジョシュア・ジョーンズはブルックリン出身で、若い時代から音楽に親しみ、トランペット、キーボード、ギター、ベースなど多種多様な楽器の演奏を習得する。ブルックリンアートハイスクールを卒業した後、ファイブ・タウン・カレッジに通い、トランペットを専攻。大学在学中に、ジョシュア・ジョーンズはヒップホップアーティストとしての活動を始め、Nappy Hairというトリオで活動を行い、ミックステープ、「Autumn」「Nappy Hair」をリリースしている。

 

2015年からコタ・ザ・フレンドのステージネームを冠し、ミュージシャンとしての本格的な活動を開始。この「KODA」という名には、ディズニー映画「ブラザー・ベア」に登場する子熊に因んでいるらしく、誰もが友人を必要としていて、自分の生み出す音楽が友人を見つけるためのインスピレーションになれば嬉しい、というジョシュア・ジョーンズの温かい思いが込められている。

 

コタ・ザ・フレンドは徹底して、DIYの精神を貫き、インディーラッパーとしてこれまでの活動を継続している。

 

デビュー前に、メジャーレーベルからの契約の誘いを断り、その代わりに、自主レーベルとアパレルショップを立ち上げた後、2018年に「Anything」、2019年にはデビュー作「FOTO」をリリースし、アメリカのイーストヒップホップシーンにおいて大きな存在感を示した。


コタ・ザ・フレンドは、幼い頃に両親が聴いていた、チルアウト・ジャズ、ソウル・ミュージック、それからNujabes、N.E.R.D、NAS、Biggiie、JAY-Zのような、幅広いヒップホップアーティストに音楽のバックグランドを持つ。




「Lyrics To Go Vol.3」fltbys LLC





Tracklisting


1.Scapegoat

2.Twenty-Nine

3.Bitter

4.Prodigal Son

5.Breath

6.For Troubled Boys

7.Dear Fear

8.Shame

9.Boy

10.Cherry Beach 




さて、今週の一枚として紹介させていただくのは、アメリカ東海岸のヒップホップシーンの最重要アーティスト、コタ・ザ・フレンドの1月14日リリースの新作「Lyrics to GO Vol.3」となります。 

 

この「Lyrics to GO」という作品は、一つの意識の流れを意味し、必ずしも、完全な曲としてリリースされたものではなく、アイディアを集約した作品で、オリジナルアルバムをリリースする間に挟むことにより、創作を円滑に繋ぎ合わせるというアーティストの意図が込められています。


全ての楽曲は、一分半、二分のランタイム。ジョシュア・ジョーンズが、今、メッセージとしてぜひとも伝えておきたいことをフロウに込める簡潔な雰囲気の作品です。一作目の「Lyrics to GO Vol.1」は、インディーアーティストながら、ビルボードのUSチャートトップ10にランクインした話題作。そして、この作品は、「Lyrics to GO」三部作の完結と見てもよいかもしれません。

 

この作品「Lyrics to GO Vol.3」が素晴らしいのは、表向きに見えるシンプルな楽曲構成の魅力もさることながら、叙情的な雰囲気が漂っていることに加え、ヒップホップに旋律性や和音性をもたらそうとしている点。


また、ジョシュア・ジョーンズの本格派のフロウはバックトラックのジャジーな雰囲気と相まって、独特な美しいハーモニクスを生み出しています。正確に言えば、和音が意図して構成されていないにも関わらず、アンビエンスの倍音によって複雑な和音が生み出されているのが見事と言えます。


全体的には、コタ・ザ・フレンドのこれまでの既存の作品の音楽性を引き継ぎ、家族や友人といった出来事に歌詞のテーマが絞られ、ローファイ・ホップの雰囲気を持った楽曲が数多く収録されています。これまでの作風と同じく、コタ・ザ・フレンドは、多彩なアプローチを図り、ヒップホップの中に、ソウル、ジャズ、フォークの要素をオシャレにそつなく取り入れています。

 

「Lyrics to GO Vol.3」は、メモ書きのような意味を持つ作品のため、本義のオリジナルアルバムとは言いがたいかもしれません。いや、それでも、これらのトラックに込められたジョシュア・ジョーンズのフロウの軽やかさを聞き逃すことなかれ。この作品は、爽快かつリラックスして聴くことのできる個性的な楽曲ばかり揃っていて、聴いていると、ほんわかした気分を与えてくれます。

 

「アイディアの集約」という意図で制作されたデモテープのニュアンスに近いリリースであり、長い時間を掛けて制作されたわけではないからか、アルバム全体には、爽快で軽やかな雰囲気が漂っています。

 

しかしその一方、長く聴けるような渋さも十分に併せ持った作品でもある。また、このコンピレーションで繰り広げられるコタ・ザ・フレンドの痛快で軽やかなフロウは、先行きの不透明な現代社会だからこそ意味深いもの。きっと多くのリスナーに、明るく、温かな息吹を与えてくれるはず。

 

今作は、本格派のフロウでありながら、通好みのローファイ感が満載。まさに、コタ・ザ・フレンドの名の通り、ヒップホップファンにとっての「長きにわたる友」と言えるような雰囲気に満ちた魅力的な作品。

Yard Act

 

 

2022年1月21日にアルバム「The Overload」を引っさげてデビュー目前のUK、リーズのポスト・パンクバンド、ヤード・アクトは、今年の新人の中でも最も未来を嘱望されているホットな四人組といえるでしょう。

 

そう。すでに、BBC Radio 1の「BBC Sound Of 2022」のロングリストに選出されているヤード・アクトは、2022年、デビューを果たすアーティストの中で、最も注目すべきアーティストであることは間違いありません。


ヤード・アクトは、ジェームス・スミス(ヴォーカル)、ライアン・ニードハム(ベース)、サム・ジシップストーン(ギター)を中心に、ヨークシャー州リーズで結成され、ジェイ・ラッセル(ドラム)を加えて、現在のラインナップに至っています。

 

ヤード・アクトのスポークンワードを紡ぎ出すジェームス・スミスは、かつてのUKのミュージックシーンのご意見番、ザ・スミスのモリッシー、レディオ・ヘッドのトム・ヨークと同じように、社会に対する英国の若者の声を代弁する存在です。彼は、社会的、政治的な灰色の影を探し求め、その物語に、風刺的なスポークンワードを吹き込んでいます。リーズならではのサウンドを構築しながら、地元のパブにいる田舎者、デスクワークに行き詰まった反資本家、我々全員の中に存在する、安易な加担や闘志の間で揺れ動いて疲れ果てた活動家、そういった、現代のイギリスの生活のあらゆる場面を音楽に結びつけています。しかし、それらの社会に内在する問題について、彼らは、後ろ指を指すのでなく、シニカルさを交えて表現しているのです。

 

ヤード・アクトは、ソングトラックの制作過程で、特に、アイディアに力を入れています。地元リーズのカジュアルなパブで知り合ったジェームス・スミスとライアン・ニードハムは意気投合したのち同居をはじめ、共に暮すことにより高い作業効率を維持し、デビュー前からプログラミング、ループ、レイヤリングといったマスタリングツールを介して、デモテープを制作していきました。

 

「ライアンはヴァイブスであり、僕はオーバーヘッドだ!!」と、スミスはソングライティングの行程について冗談交じりに語る。

 

「今までで一番素晴らしい創造的なパートナーシップだ。グルーブを見出すと、ソングライティングが勝手に進んでいくんだ」

 

ヤード・アクトは、僅か三回目の公演を終えたところで、世界的なパンデミックに直面しました。しかし、彼らは活動を断念せず、自主レーベル”Zen F.C.”を立ち上げて、2020年から2021年初めにかけて、「The Trapper's Pelts」「Fixer Upper」「Peanuts」「Dark Days」(これらの楽曲は、後に「Dark Days EP」として発売)をリリースしています。これらの楽曲は、BBC 6 Musicでオンエアされ、徐々に、イギリス国内のミュージックシーンで話題を呼ぶようになり、パンデミックにも関わらず、ファンベースが急激に増え続けています。


「バンドを始めたのはただライブで演奏をするのが楽しかったからだよ」とフロントマンのジェームス・スミスは言う。

 

「でも、すぐに自分たちは曲を書くのが好きなんだと気がついたんだ。ありきたりなんだけど、僕たちはいつだってポップミュージックに影響されてきたし、それを”僕たち”らしく表現する方法を探求してきた。スポークンワードに人々が反応すればするほど、僕たちは励まされる。強い部分を探求し、それを極限まで押し上げることが重要だと思う。ただし、僕たちヤード・アクトの極限というのは、僕がたくさん話すことなのさ」

 

 

 

 

 

 Yard Act  「Rich」(4Singles) Zen F.C

 



Tracklisting

 

1.Rich

2.Payday

3.Land Of The Blind

4. The Overload



Listen On 「Rich」:


https://yardact.lnk.to/RichPR


 

 

今週の一枚としてご紹介させていただくのは、アルバム「The Overload」を引っさげてのデビューを1月21日に控え、世界的に話題騒然となっているヤード・アクトのシングル作「Rich」となります。

 

「Rich」については、昨日、Youtubeのヤードアクト公式アカウントを通じてMVが公表されたシングル作品で、今年、最も鮮烈な印象をミュージック・シーンに与えるであろうデビュー作「The Overload」発表前の最後のリリース。これで、すべて、ヤードアクトのデビューにむけて舞台は整ったといえるでしょう。ファンは、すでに、この1月下旬にリリースされるアルバムを首を長くして待ち望んでいるものと思われますが、この四曲を聴くだけでも、ヤード・アクトのファースト・アルバム到着日までの期待感は募るばかりと言えるでしょう。

 

ヤード・アクトの音楽の魅力は、特に、すでに発表されている「Payday」「Land Of The Blind」「The Overload」の3つのシングル曲、及び「Rich」に見えるとおり、パブリック・イメージ・リミテッド、トーキング・ヘッズ、ザ・スリッツ時代のUKポスト・パンクの熱狂性、そして、そこに、新たに、スポークンワードを介した社会に対する風刺のスパイスが効いていること。その風刺は、それほど嫌なものではなく、スカッとした爽快感すら与えるのは、そもそもこの四人組が社会に対してそれほど大きな信頼を置いていない証拠であるわけです。

 

また、「ソープ・オペラ」と称されるヤード・アクトの音楽は、パンクのような苛烈性とオペラのような壮大なストーリーを交えて展開されており、つまり、本来相容れないはずの、セックス・ピストルズとピンク・フロイドの融合体ともいえる。そして、Music Videoについても、このリーズの四人の若者たちのシニカルなジョークが満載、苛烈でありながらコメディドラマを観ているかのような笑いのタッチに満ち、それが、実際のポスト・パンク感満載の音楽にしても、スポークンワードにしても、痛快な印象を与えてくれるはずです。彼らの社会風刺は、アメリカの往年のギャングスタ・ラップのように痛烈であるにもかかわらず、皮肉やブラックジョークに満ちているため、このバンドの印象は、それほど堅苦しくなく、親近感を覚えてもらえることでしょう。

 

ヤード・アクトの音楽性の中に感じ取れるのは、1970年代のロンドン・パンク、その後に続くニューウェイブ・パンクに対する憧憬。そして、この1970年代のロンドンの若者たちは、ヤード・アクトと同じように、社会という概念をことさら真面目に捉えず、自分たちなりに、それをユニークな視点を持って眺めていたはず。これは、自分そのもの、周囲にいる人間たちを社会や権力よりも信頼していたからです。2000年代に差し掛かるにつれ、それよりさらに大きな概念、社会通念、資本主義、そして、権力、そういった架空の何かを、多くの人々は金科玉条として信じ込むようになっていった。

 

しかし、リーズのヤード・アクトは、頼もしいことに、必ずしもそうではないようです。彼らは、社会常識と足並みを揃えることを拒絶するパンクスピリットの継承者とも言えます。社会通念を別の側面から眺めてみることもときに大切であると提案し、なおかつ、イギリスのミュージック・シーンの伝統性を引き継いだユーモア、ジョーク、さらに、社会風刺を交え、素晴らしい未来の音楽を生み出そうと努めているのです。



 グソクムズ

 

グソクムズは、東京、吉祥寺を拠点に活動する四人組のシティ・フォークバンドで、2014年に、たなかえいぞを(Vo.Gt)、加藤佑樹(Gt)中心に結成されました。

 

活動当初は、現在とは全く異なるプロジェクト名を冠して、フォークデュオの形態でゆるく活動を行っていたようではありますが、2016年、堀部祐介(Ba)が加入、さらに2018年に中島雄士(Dr)が加入し、現在のバンド体制が整う。グソクムズの音楽的な背景は、往年の日本の名バンド、はっぴいえんど、高田渡、シュガー・ベイブスなどのフォーク音楽にあり、これらのバンドの音楽に強い影響を受けている。


彼らのバンドサウンドは「ネオ風街」と称されるように、細野晴臣直系のフォークサウンドを継承する現代のバンドです。グソクムズは、森は生きている、Predawnの次の世代を行くリバイバル・フォークサウンドを2020年代に推し進めようとしています。

 

またバンドとしてはメディアへの出演経験があり、2020年に雑誌「POPEYE」に掲載されている。同年8月には、TBSラジオにて冠番組「グソクムズのベリハピラジオ」が放送されている。 

 

グソクムズは、これまで自主レーベルから「泡沫の音」をはじめ、二枚のシングルとミニアルバム「グソクムズ系」をリリース。2021年には、電子音楽やポストロック系音楽を中心にリリースするご存知P-VINEと契約を結び、7インチシングル「すべからく通り雨」を発表、タワーレコードをはじめ、東京のインディーズシーンで大きな話題を呼んでいます。

 

グソクムズのサウンドは、ここ十年来の吉祥寺のスタジオペンタ系列のライブハウスのロックバンドの系譜にあり、ゆるく、まったりと、おおらかなオルタナティヴの気風に彩られている。

 

こういった音楽は、ここ十年来、吉祥寺のライブハウスにありふれたものでありながら、誰も彼もが明確な形として昇華しきれないもどかしさを覚えていました。それは、それぞれが、渋谷、下北沢とは異なる吉祥寺独自の音楽を不器用に貪欲に探しもとめていたということでもあるのです。

 

グソクムズのサウンドには、先を行った数多くのミュージシャンの熱い想いが宿っていて、ここ十年来の吉祥寺の数多くのバンドが引き継いできた音楽に対する愛情と気風を感じざるをえません。ここ十年、駅前で複数のライブハウスが協賛して、音楽フェス等を開催し、「音楽の町」として盛り上げようと苦心惨憺を重ねてきた東京吉祥寺が、満を持して日本のミュージックシーンに送り込んだインディー・フォークバンドです。 

 

 

 

 

「グソクムズ」 P-Vine  2021 

 



 

1.街に溶けて

2. すべからく通り雨

3. 迎えのタクシー

4. 駆け出したら夢の中

5.   そんなもんさ

6. 夢が覚めたら

7. 濡らした靴にイカす通り

8.   グッドナイト

9.   朝に染まる  

 

 

 

 

 

 

さて、今週の一枚として紹介させていただくのは、グソクムズのデビューアルバム「グソクムズ」となります。このアルバムはデビュー・アルバムとは思えないほどの完成度の高さ、十年以上メジャーで活動を行ってきたような貫禄を感じさせる作品です。

 

バンドの中心人物の”たなかえいぞを”は、若い時代から両親の影響で、カーペンターズやサイモン&ガーファンクルといった往年のアメリカンフォーク、ポップスを聴いてきたようです。それに加え、日本のシティ・ポップサウンドの源流をなすシュガーベイブス、はっぴいえんど、といったバンドの音楽からの影響を公言しています。

 

日本のシーンには、こういったバンドに影響を受けたミュージシャンが、他にも、スカート、トクマルシューゴをはじめ多く見受けられますが、グソクムズは、それらの日本のインディー・シーンの系譜にあたり、LAのリバイバルムーブメントとは異なる日本独自のリバイバルシーンの台頭を予見するかのような淡いサウンドの魅力によって彩ってみせています。


このアルバムで展開されていく音楽は、誰もが一度くらいはラジオなどを通して聴いたような懐メロ寄りのサウンド。メロディーやコードの構成にせよ、リズムの独特な運び方にせよ、そういったシティポップサウンドを踏襲していることはたしかですが、そこに現代的な要素を加え、おしゃれで洗練されたサウンドに仕上げているのは、ロサンゼルスやニューヨークのリバイバルバンドの動きと通じているような印象を受けます。

 

 

そして、このバンドの最大の魅力というのは、良質なメロディ、強かな演奏力に裏打ちされた、誰が聴いても何となく良さが分かるポピュラー性にあります。それはフロントマンの”たなかえいぞを”の細野晴臣を彷彿とさせる温かく包み込むようなヴォーカルの声質がバンドサウンドに深みをもたらしているからこそ。LAでは、今まさに、日本のシティ・ポップの人気が高まってきているようですが、それに比する、いや、いや、以上の資質をそなえたシティ・フォークサウンドが、今作において味わい深く展開されています。

 

グソクムズのデビューアルバムの中では、先行の7インチ・シングル「すべからく雨の中」「グッドナイト」の出来が際立っているように思われます。


特に、リードトラックの「街に溶けて」のネオアコサウンド風に心惹かれるものがあります。ノスタルジックでありつつ、現代性も失っていない。そして、過去と現代の間で、センチメンタルに揺れ動く切なさ、淡いエモーションが日本語フォークとして体現されていて、近年のJ-POPの中でも、屈指の名曲と言っても良いでしょう。

 

そして、「街に溶けて」のメロウでゆったりした名バラードにこそ、吉祥寺サウンドの本来の魅力が詰め込まれている。それは、先にも述べたとおり、この十年来において、ストリートサウンドとして数々のバンドが真摯に追究してきた音楽性でもあります。

 

かつて、ある吉祥寺のライブハウスの店長が、「吉祥寺のロックバンドの持つ音楽性には、他の町とは異なり、流行に流されない普遍性がある。それは、新宿とも八王子とも異なるんだ。そういった音楽シーンをこの町に作っていきたい」と話していましたが、彼が既に現場のスタッフではなくなった後、その切望が実現したというのは少し寂しくもあります.....。

 

それでも、グソクムズの日本のインディーシーンへの台頭、彼らの素晴らしいデビュー作は、全国区の「吉祥寺サウンド」が完成したことの証明にもなる。今作は、ローファイサウンドの盛んなLAあたりで結構人気の出そうな作品です。いずれにしても、P-Vineの素晴らしい新人発掘力、目の付け所の鋭さには感嘆するよりほかなし。


Naima Bock



ナイマ・ボックは現在、サウスロンドンを拠点に活動するシンガーソングライター。幼少期をブラジルのサンパウロで過ごし、ギリシャ語、英語を話すバイリンガルの母親を持ち、そしてブラジル人の父親の元で過ごした。

 

ナイマ・ボックは、幼い頃から、様々な人種の入り混じったサンパウロの様々な音楽に触れています。ナイマ・ボックの家庭では、またビーチに車でドライブに向かう際には、バーデン・パウエル、シコブアルキ、ジェラルド・ヴァンドル、カルトーラといったブラジル人アーティストの音楽が流れていた。その独特なブラジル人の音楽を日常的に触れたことが、ナイマ・ボックの他のヨーロッパのアーティストはことなる音楽上の素養を育んだ。

 

七歳には家族揃ってサンパウロからサウスロンドンに移住した。十代の頃には既に、ナイマ・ボックは早い音楽家としてのキャリアを歩み出し、 Windmil Brixtonのショーに出演するようになる。

 

また若い時代の音楽家の常として、十五歳の頃には、友人とバンドを組み、音楽活動に励んでいる。その形が最終的には、Goat Gailというバンドの音楽性で最初に実を結んでいる。このバンド活動において、ナイマ・ボックは六年もの間、ギリシャをはじめとする国々のツアーをまわり、さらにここで多種多様な文化観と音楽性に磨きをかけた。それはソロ活動に引き継がれた要素である。

 

2021年の11月には、シアトルの名門Sub Popと契約を果たし、デビュー作を12月にリリースした。ブラジルのボサノバ、フォーク、その他ロックのテイストを交えた独特な音楽性として注目が集まっている。

 

 

 

「30 Degrees」 Sub Pop   2021

 

 

Naima Bock 「30 Degrees」  

 


 

 

Tracklisting

 

1.30 Degrees

2.Berimbau

 

 

Featured Track 「Berimbou」Official Audio Listen on youtube: 

 

 

 

 

この12月7日にリリースされたばかりのシングル作「30 Degrees」は、既にリリース情報として記事に書いていますが、再び、今週の一枚として是非とも取り上げておきたいシングル。今週リリースされた中で飛び抜けて傑出した作品です。(追記・以前の記事におきまして、リリースが決定!!とするべきところを、既にリリースされたかのように書いてしまったことをお詫び申し上げます。)

 

特に、ナイマ・ボックのイギリスのミュージックシーンへの登場は、またサブ・ポップというアメリカのインディーシーンへの影響力も加味してみると、現在、画一的になりつつあるヨーロッパやアメリカのインディー・ミュージックに新しい息吹をもたらす可能性もありそうです。ボサノヴァ、そのほか民族音楽を交えたフォーク音楽として、今週のリリース作品の中でも随一の出来といえるでしょう。

 

このシングル「30 Degrees」に収録され二曲が例えば十二曲収録されたスタジオアルバムの品質に劣るのかといえばそうではないはずです。薄められた十二曲の楽曲を聴くよりは、強い印象を持つ二曲のシングル作を聴いた方が有益であることは確かでしょう。より音楽を踏み込んで聴く、何度も聴いてその作品の良さを堪能するという方が、十二曲収録のアルバムを一度聴いただけで飽きて放り出してしまうよりはるかに、音楽ファンにとってはふさわしい時間の使い方であるはずです。そういったことをこのシングル作は思い至らせてくれるかもしれません。

 

このシングル作に収録されている二曲は、おしゃれな印象によって彩られています。それはカフェで流れているようなラウンジ音楽のようなつかみやすい雰囲気が漂っていて、くつろいだ気分を聞き手に与えてくれるでしょう。

 

一曲目の「30 Degrees」は、独特なインディー・フォークの楽曲です。インドのシタールが取り入れられているのは、民族音楽へのボックの傾倒が伺え、それが付け焼き刃ではない深い理解による音楽が生み出されています。何と言っても、独特なリズム感がナイマ・ボックの音楽性の個性で、強拍を徐々に後ろにずらしていくというシンコペーションの手法が見られ、それが心地よいフォーク音楽として昇華されています。 

 

二曲目の「Berimbau」もまたヨーロッパの主流の音楽とは異なり、ボサノヴァの音楽性、リズム性を瀟洒に取り入れた楽曲。勿論、それは上辺だけの音楽性をみずからの作風に取り入れただけではないことはこの楽曲を聞いていただければ理解してもらえるはずです。

 

ここには、幼少期のサンパウロで過ごした時代の深みのあるブラジルの土地に対するナイマ・ボックの憧憬が、歌やギターの演奏により、音を楽しむ、という形でのびのびと表されています。このなんとも、オシャレで優雅、そして、開放感に溢れた楽曲の雰囲気には、ナイマ・ボックの幼少期のサンパウロのビーチの情景を追体験するかのような爽快感を感じていただけるはず。さらに、ナイマ・ボックの音楽性には、インディー・ロックらしい強い個性に彩られているようにも思え、これは、ブラジルのサンパウロのサンバで奏でられるアクの強いリズム性により強固に支えられているがゆえ、このような強い存在感を持った楽曲が生み出されるわけなのです。


このシングル「30 Digrees」は、ブラジルの音楽を文化に真摯な敬意を表し、それを聴きやすい形で提示したという面で、新鮮味溢れる作品です。これからのイギリス、あるいはアメリカのインディーミュージック・シーンに良い影響を及ぼしそうな画期的な作品としてご紹介しておきます。

 

 

 

 ・Sub Pop Naima Bock 「30 Digrees」offical HP 


 

https://www.subpop.com/releases/naima_bock/30_degrees 

 


 


Nils Frahm


ニルス・フラームは、ハンブルグ出身、現在はベルリンを拠点に活動するミュージシャンです。

 

作風はネオクラシカルのカテゴリーに属しており、主な音楽性については、アコースティック楽器と電子楽器を組み合わせたもので、特にピアノとシンセサイザーに焦点を置いています。フラーム自身の所有するレコーディングスタジオにおいても、また、ステージにおいても、彼の作品はヴィンテージ楽器と、型破りなマイクのポジションと演奏技術を取り入れることにより、独特で叙情的なサウンドを生み出しています。

 

これまでのニルス・フラームの作品には、サウンドトラック、ソロピアノ作品、プリペイドピアノを活用した作品、シンセサイザーを主体とした作品のいくつかに大別されます。彼はまたトリオ編成のNonkeenの一員として活動し、エレクトロ作品もリリースしています。コラボレーション製作の経験も豊富であり、これまでアンネ・ミュラー、オーラヴル・アルナルズ、DJShadowと多岐にわたるジャンルのミュージシャンと共作を発表しています。ライブ作品については、これまで2013年に「Spaces」、そして2020年に「Tripping With Nils Frahm」の二作がアルバムとなっています。


ECMレコードの写真家を父親に持ち、ドイツ、ハンブルグで生まれ育ったニルス・フラームは、クラシックピアノをナウム・ブロドスキーに師事して8年間学んだ後、ベルリンに移住し、本格的な音楽活動を開始する。2005年に、電子グリッチとアコースティック楽器を組み合わせたデビューLP「Streichefisch」をAtelier Musik Recordingsからリリース。それから、Machinefabiekとの共作シングル「Dauw」を発表した後、イギリスの電子音楽を中心にリリースするErased Tapesと契約し、「Wintermusik」「The Bells」と快作を発表し、音楽評論家から高い評価を受ける。それまで存在しなかった”ネオ・クラシカル”というジャンルをアイスランドのオーラブル・アルナルズと共にヨーロッパのミュージック・シーンに確立していくことになります。

 

2011年の「Felt」では、初めて、プリペイドピアノの作曲を介してジョン・ケージの系譜にあたる実験音楽に取り組み、また、シンセサイザーを基調とした「Juno」をErased Tapesからリリース。2012年には、ミニマル学派の作風に取り組んだフラームの代表作「Screws」をリリース、盟友オーラヴル・アルナルズとの最初の共同製作「Stare」を発表。順調に著名なミュージシャンとの共作に取り組んでいき、「Juno Reworked」では、ルーク・アボットとクラークといった電子音楽の著名なアーティストが作品のリミックスに参加しています。

 

また、その後も創造性豊かな作品を次々に製作していき、2013年末に、ニルス・フラームはフィールドレコーディングから生み出された二年に及ぶライブ音源集「Spaces」を完成させています。この作品は、フラームの最高傑作の呼び声高く、数々の音楽メディアから絶賛を受けています。2015年には、ピアノ・ソロ作品「Solo」を「World Piano Day」とフラーム自身が名付けた3月29日に無料で公表。ネオクラシカルのミュージシャンとしての地位を不動なものとしていく。またこの年代から映画音楽のサウンドトラック製作にも携わるようになり、ドイツのシングルテイクの映画の音楽を担当、「Music For the motion Picture Victoria」を発表する。


2016年には、2012年に発表された旧作「Screws」の再編集盤「Screw Reworked」を発表する。フラーム自身が厳選したファンや音楽仲間がリミックスを手掛けた画期的な作品において、旧作を見事に生まれ変わらせ、前衛的で壮大なピアノ音楽を新たに産み落としている。また、同年には、ソロ名義での活動に加え、二度目のコラボレーションとなるオーラブル・アルナルズとの共作「Trance Frendz」、ドイツの電子音楽シーンで活躍するF.S.Blummとの共作「Tag Ein Tag Zwei」、及びオリジナルサウンドトラック「Woodkid」を発表しています。

 

その後、ニルス・フラームはベルリンに自身のスタジオを二年間を費やして設立し、シンセサイザーとピアノ音楽を見事に融合した作品「All Melody」を2018年に発表した後、ワールド・ツアーを敢行。翌年には「All Encores」を発表。この作品は2012年に短編映画のサウンドトラック作品のために録音され、2015年の「Solo」と同じく、3月26日の「World Piano Day」に合わせてリリースされています。

 

2020年には「All Merody」のツアー時に録音されたファンク・ハウス・ベルリン"のコンサートの音源「Tripping With Nils Frahm」をリリース。その後はPeter Proderickがゲスト参加したピアノ作品「Graz」をErased Tapesから発表する傍ら、マネージャーと設立したベルリンの新レーベル”Leiter"からF.S.Blummとの実験的なダブ作品「2×1=4」を発表しています。また、近年、BBC Promsにも出演を果たしており、EU圏にとどまらず、他の地域においても徐々に知名度を獲得しつつあります。ドイツ、ネオクラシカルの至宝といってもなんら差し支えないであろう素晴らしいアーティストです。

 

 

 

 

 

「Old Friends New Friends」 Leiter Verlag  2021

 

 

 

 

 

Tracklisting

 

 

1. 4:33 (A Tribute To John Cage)
2. Late
3. Berduxe
4. Rain Take
5. Todo Nada
6. Weddinger Walzer
7. In The Making
8. Further In The Making
9. All Numbers End
10. The Idea Machine
11. Then Patterns
12. Corn
13. New Friend
14. Nils Has A New Piano
15. Acting
16. As A Reminder
17. Iced Wood
18. Strickleiter
19. The Chords
20. The Chords Broken Down
21. Fogetmenot
22. Restive
23. Old Friend

 

 

 

 

今週の一枚としてご紹介させていただくのは、ニルス・フラームが自身のマネージャーと共に設立しベルリンのレーベルLeiterから12月3日にリリースした「Old Friends New Friends」となります。

 

この作品は、ニルス・フラームが2009年から2021年までに録音してはいたものの未発表曲となっていた音源を二枚組に収録したコレクション作品です。

 

アルバム作品としてのヴォリューム感もさることながら、なぜ今まで発表されてこなかったのだろうと思うほど秀逸な楽曲が数多く収録されていて、ニルス・フラームのベスト盤のような意味合いを持つ作品集と言えるでしょう。

 

ニルス・フラームはこの作品リリースに「これまでの私の音楽的思考、そして、演奏法のすべてを解剖したような作品」というニュアンスを語っていますが、実際に、これまでの12年というキャリア、その中には指を負傷するという大きなアクシデントにも見舞われた。それにもかかわらず、一貫して作品をストイックに発表し続けてきたことへの自分自身に対する深い矜持のようなものが見てとれると言ってよいのかもしれません。

 

なおかつ、そしてこの作品は、ネオクラシカルというクラシック音楽とポピュラー音楽の隔たりを埋める音楽ジャンルを最も把握しやすい作品でしょう。ここで、フラームはこれまでのキャリアで積み上げてきた音楽的な概念、手法、解釈のようなものをすべて聞き手に提示しており、その中には、ブラームスをはじめとする、ドイツロマン派の系譜にあたる伝統的な音楽、はたまた、フランスのドビュッシーに象徴されるフランス近代音楽、そしてビル・エバンスのようなジャズを現代のアーティストとして一つにまとめあげようと試みているように思えます。そして、これらの音楽は、さながらドイツのゴシック建築のように、深い叙情性あふれる雰囲気、堅牢な和声法により支えられています。

 

一曲目の「4:33」は、もちろん、ジョン・ケージに捧げられたトリビュート作品で、ケージの提示した概念とは異なる「現代的な沈黙」が深い叙情性と哀感をたずさえて、新たに提示されているといえるでしょう。また、その他にも先行シングルとしてリリースされていた「Late」「All Numbers End」といったドイツロマン派のクラシックとジャズの音楽性をかけあわせた雰囲気のある良質な楽曲の魅力もさることながら、きわめて叙情的な楽曲が数多く収録されています。フェルトストラップをピアノの弦間に挿入することにより、ニルス・フラームはこういった弦の響きを強調したようなアンビエンスを生みだしていますが、そういったネオ・クラシカルという音楽の基本的なサウンド手法、いわばレコーディングにおいて、手の内をすべてこの作品「Old New Friends New Friends」において、余すところなく見せてくれています。

 

特に、このコレクション作品が、これまでのフラームのソロ・ピアノ作とは異なる魅力を見出すとするなら、ピアノの低音が以前の作品よりもはるかに強調されていることでしょうか。この堅牢な和声法とも称するべき低音の迫力は、ドイツロマン派のブラームスやシューベルトの音楽性にも相通じるような深い叙情的な印象を作品全体にもたらしています。


もちろん、それはミキシング段階において、テープディレイのような加工をトラックに部分的に施すネオクラシカルらしい手法も見受けられ、そのあたりが旧来の古典音楽と、現代の電子音楽、エレクトロニックという何百年もかけ離れた年代の音楽の理解をひとつにつなげよう、という試みがなされているようにも思えます。

 

とりわけ、ニルス・フラームがこれまでの十二年の長いキャリアで提示してきた概念は、ドイツの古典音楽の伝統性に対する深い愛情、そして、それを現代の様々な音楽的な手法を駆使して再構築する、ということに尽きるように思え、それはまさに、今作のこれまでのコレクションのような意義を持つ作品において最大限に感じられる要素と言えるでしょう。

 

そして言うまでもなく、この作品は、ニルス・フラーム自身が「私の資料」というように少し諧謔みをまじえて語っている通り、ニルス・フラームのキャリアを総括するクロニクルの意義を持つ作品であることは確かですが、もちろん、このアーティストの次のアルバムへの布石も感じられるような楽曲もいくつか収録されていることにも注目したいところです。  


 

Nils Frahmの新作「Our Friend New Friends」のリリース情報の詳細つきましては、Leiter Verlagの公式サイト、又はNils Frahmの公式サイトを御覧下さい。 

 

 

 

・Leiter Verlag  HP

 


https://leiter-verlag.com/ 

 

 

 ・Nils Frahm HP

 


https://www.nilsfrahm.com/

 


references


all.music.com


https://www.allmusic.com/artist/nils-frahm-mn0001098849/biography?1638593239636 

 

resident-music.com


https://www.resident-music.com/productdetails&product_id=84876