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 slowthai 『UGLY』

 


Label: Method Interscope

Release Date: 2023年3月3日

 


 

UGLYは、Dan Careyがサウスロンドンの自宅スタジオで、頻繁にコラボレーションを行っているKwes Darkoと共に制作した。また、Ethan P. Flynn、Fontaines D.C.、JockstrapのTaylor Skye、beabadoobeeのギタリストJacob Bugden、ドラムのLiam Toonが参加している。

 

「このアルバムは、バンドが持つ兄弟愛の精神を僕が模倣しようとしたものだ。音楽は、そこに込められた気持ちや感情が大事なんだ」とslowthaiは語っている。


「アーティストが絵を描くように、その刹那の表現なんだ。以前はラップが自分の持っているツールで表現できる唯一の方法だったのに対し、ラップはやりたくないという気持ちがすごくありました。今はもっと自由に作れるし、やれることも増えたのに、なんで変えないんだろう?」


「人にどう思われようが、誰だろうが関係ない、ただ真実であり続けること、自分を尊重することなんだ」と彼は付け加える。


「私が顔にUGLYのタトゥーを入れているのは、常に自分を卑下したり、人が持つ印象が私という人間を決めるべきだと感じるのではなく、自分自身を愛することを思い出させるためなのです。結局のところ、僕が作るアートは自分のためのものだし、僕が作る音楽も自分のためのもので、僕が楽しめればそれでいいんだ。だから、自分の生き方というのは、誰にも期待されないものでなければならない。なぜなら、誰にでも笑顔が必要だし、誰にでもちょっとした喜びが必要で、それを本当に感じるためには自分の内面を見つめる必要があるから。"誰も本当の気持ちを与えてはくれないから」 


イングランド中東部にあるノーザンプトンの労働者階級出身のラップ・アーティスト(彼は単純に「ラッパー」と呼ばれるのを嫌うという)は、これまでヒップホップの潜在的な可能性を探ってきた。


もちろん、革靴の生産(高級革靴ブランド、JOHN LOBB、Dr.Martensの別ラインの革靴メーカー、Solovairが有名)に象徴されるノーザンプトン出身という土地柄は、彼の音楽にまったく無関係であるはずがない。スロウタイの政治的主張はノッティンガムのポスト・パンク・デュオ、スリーフォード・モッズと同じくらい苛烈であり、2019年のマーキュリー賞の授賞式では、当時の首相だったボリス・ジョンソンの人形の首をぶらさげて過激なパフォーマンスを行った。これは相当、センセーショナルな印象をもたらしたものと思われる。

 

今回、上記のアートワークにも見られるように、顔に『UGLY』のタトゥーをほったスロウタイ。そこにはヒップホップアーティストのプライドとそして何らかの強い決意表明が伺えるような気もする。そして、先週末にMethodから発売となった新作アルバム『UGLY』を聴くと、あらためてスロウタイというヒップホップ・アーティスト(ラッパーではない)が自分がどのような存在であるのかをイギリス国内、あるいは海外のファンに知らしめるような内容となっている。

 

UKの独自のミュージックカテゴリーであるグライム、そしてヒップホップのトラップの要素についてはそれ以前の作風を踏襲したものであろうと思う。しかし、 そこには近年、現代的なヒップホップアーティストがそうであるようにNirvanaをはじめとするグランジ、オルタナティヴ・フォーク、ポスト・パンク、そのほかそれ以前のメロディック・パンクを織り交ぜ、ヒップホップという音楽があらためて広範なジャンルを許容するものであることを対外的に示している。

 

もちろん、スロウタイは常に健康的な表現やリリック、フロウを紡ぎ出すわけではない、時としてそれは荒々しく、乱雑な表現性を赤裸々に表現するのだ。何か心の中にわだかまる激しいいらだちや虚無感、それらを一緒くたにし、ドラッグ、セックス、そしてアルコールへの溺愛を隠しおおそうともせずすべて表側にさらけ出す。そしてそれらはフロウとして激しいアジテーションを擁している。このアルバム全編にはスロウタイの動的な迫力満点のエネルギーに充ちているのである。

 

若い時代には、エミネム、ノートリアス、BIG、2Pacといったアーティストに親しんでいたスロウタイ。それらのラップミュージックの影響をベースに、ポストパンクのようなドライブ感のあるビートを交え、痛快な音楽を展開させていく、オープニングトラック「Yum」を聴くと分かる通り、表向きには危なっかしく、どこへいくのかわからないような感じに充ちている。


しかし、これらの乱雑かつ過激なアジテーションに充ちた音楽、その裏側にはこのアーティストの実像、実は気の優しいフレンドリーな姿も伺う事ができる。表向きには近づきがたい、しかし少し打ち解けると、誰よりも真正直な笑顔を覗かせる。そのような温和さをこの音楽の中に垣間見ることができる。それはスロウタイというアーティストが言うように、誰もがインターネットや表向きの情報を通して、そうであると決めつけているその人物の印象、その裏側には一般的なイメージとは全然別のその人物の本当の姿があると思う。どのような有名な人物でさえも。


その全面的なイメージをその人と決めつけることの危険性、そしてそれはその人物の幻想にすぎないことをスロウタイは知り尽くしていて、それらをあらためてこれらの楽曲を通じて表明していくのである。


そして、これまでのスロウタイのイメージとは異なる、またこのラップアーティストの親しみやすい姿を伺わせる楽曲もこのアルバムにはいくつか収録されている。その筆頭となるのが「Feel Good」となるだろうか。


2000年代のメロディック・パンクやエレクトロニックの影響を織り交ぜて彼はこのアルバムの楽曲の中で比較的爽やかなボーカルを披露している。  この楽曲こそ、スロウタイのアーティストとしての成長を伺わせるものであり、今作のアルバムがより革新的な音楽として組み込まれる理由で、より多くのファンを獲得しそうな気配もある。

 

その他、全体的に過激なイメージの中にあって、爽やかな印象を持つ曲も数多く収録されている。「Never Again」も聴き逃がせない。ここでトラップを始めとするヒップホップをグライムと織り交ぜ、繊細なフロウを披露する。また、エミネムの時代を彷彿とさせる「Fuck It Puppet」もヒップホップファンにとって痛快な感覚を与えるだろう。


そのほか表題曲「UGLY」は普通のインディーロックとしても楽しむことができる。これらのバリエーション豊かな楽曲は、依然としてスロウタイがイギリスのミュージックシーンのトップランナーである事を示している。




90/100

 

 

Featured Track 「Feel Good」

カート・コバーンが「Smells Like Teen Spirit」のミュージック・ビデオで使用したFender Mustangギターが、今週末の3日間にわたって、ニルヴァーナの記念品を出品するイベントを開催する「Julien's」というサイトを通じて、本日からインターネットオークションに出品されるという。

 


 


コンペティション・レイクラシッド・ブルー仕上げの1969年製フェンダー・ムスタング・ギターの控えめな推定落札価格は60万ドルから80万ドルだが、オークションが始まる前に入札は200万ドルに達しており、かなり高い値段で落札される気配がある。コバーンのギターのもう1本(『アンプラグド』で使用したマーティンD-18E)は、オークション史上最高額の記録を保持しており、2020年に601万ドルで落札されている。


1991年の「Guitar World」のインタビューで、コバーンは現在オークションに出品されているギターについてこう話している。


私は左利きで、リーズナブルで高品質な左利き用ギターを見つけるのはとても簡単なことではない。でも、全世界のギターの中で、Fender Mustangが一番好きなんだ。まだ2本しか持っていないんだ。


また、今週末開催されるインターネットオークションには、他にも、カート・コバーンが所有し運転した現存する唯一の車として知られる1965年式ダッジ・ダート170 4ドアセダンも出品される。

 

この車は、コートニー・ラブから購入したコバーンの妹キムが28年間所有していた。この車には、オリジナルのナンバープレートと、コバーンとラブが所有していたことを示す所有権が付属する予定です。その額は40万ドルから60万ドルと推定される。

 

その他、コバーンが描いたアイアン・メイデンのイラストが入ったスケートボードデッキ、コバーンが描いたマイケル・ジャクソン、コバーンが所有し、側面に「Nirvana」と書かれたガンビー・ポーキーのおもちゃ、コバーンが使用したオールアクセス・パスなどがオークションに出品されるという。

 

 

オークションに出品されるカート・コバーン愛用のフェンダームスタングの写真は、以下の通り。


カート・コバーンが生前愛用したfender mustang


https://www.julienslive.com/search?key=fender%20mustang



また、続報としては、先週の金曜日(5月20日)、ニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」のビデオで使われたコバーンの左利き用ギター、1969 Fender Mustangがオークションに出品され、結果的には、60万ドルから80万ドルの売却予定価格を上回った。


Julien's Auctionsは週末、この伝説のギターをインディアナポリス・コルツのオーナーであるジム・アーセイに455万ドル(350万円以上)で落札した。


Spinによると、アーセイは「(世界の)見方を変えたアメリカ文化のひとつを保存し、保護することができて感激している」と述べている。収益の一部が精神衛生を取り巻く偏見を払拭するための我々の努力に使われるという事実は、この買収をさらに特別なものにしています 」と述べています。


Julien's Auctionsの社長兼最高経営責任者であるDarren Julienは、「この伝説的なギター、カート・コバーンやロック音楽の歴史の中で最も文化的、歴史的に重要なギターの一つが、私の地元であるインディアナ州に戻り、Jim Irsayの有名な記念品コレクションの一部になることは、大変光栄で私の人生のハイライトでもあります」と付け加えた。「この一生に一度のオークションは、私のプロとしてのキャリアの中で最も素晴らしい特権の一つであり、その収益が精神衛生への意識向上に必要な注目を集めることになることを心から嬉しく思っています。

『Nevermind』の成功の後にコバーンは何を求めたのか




「より大衆に嫌われるレコードを作ろうと思ったんだ」カート・コバーンは、『Nevermind』の次の作品『In Utero』のリリースに関して率直に語っている。そもそも、Melvinsのオーディションを受けたシアトルのシーンに関わっていた高校生時代からコバーンの志すサウンドは、若干の変更はあるが、それほど大きく変わってはいない。『Nevermind』で大きな成功を手中に収めた後、新しい作品の制作に着手しないニルヴァーナにゲフィン・レコードは業を煮やし、コンピレーション・アルバム『Incesticide』でなんとか空白期間を埋めようとした。その中で、「Dive」「Aero Zeppelin」といったバンドの隠れた代表作もギリギリのところで世に送り出している。

 

ある人は、『In Utero』に関して、ニルヴァーナの『Bleach』時代の原始的なシアトル・サウンドを最も表現したアルバムと考えるかもしれない。また、ある人は、『Nevermind』のような芸術的な高みに達することができず、制作上の困難から苦境に立たされた賛否両論のアルバムだったと考える人もいるだろう。しかしながら、このアルバムは、グランジというジャンルの決定的な音楽性を内包させており、その中にはダークなポップ性もある。シングル曲のMVを見ても分かる通り、カート・コバーンの内面が赤裸々に重々しい音楽としてアウトプットされたアルバムと称せるかもしれない。





三作目のアルバムが発売されたのは1993年9月のこと、カート・コバーンは翌年4月に自ら命を絶った。そのため、このアルバムは、しばしばコバーンの自殺に関連して様々な形で解釈され、説明されてきたことは多くの人に知られている。


『In Utero』は彼らが間違いなく最高のバンドであった時期にレコーディングされた。前作『Nevermind』のラジオ・フレンドリーなヒットは、バンドにメインストリームでの大きな成功をもたらし、ビルボード200チャートで首位を獲得し、グランジをアンダーグラウンドから一般大衆の意識へと押し上げた。もちろん、彼らは当時の大スター、マイケル・ジャクソンを押しのけてトップの座に上り詰めたのだった。


DIY、反企業、本物志向のパンク・ムーブメント、Melvins、Green River、Mother Love Boneを始めとするシアトル・シーンに根ざして活動してきたバンドにとって、この報酬はむしろ足かせとなった。コバーンは、心の内面に満ちる芸術的誠実さと商業的成功の合間で葛藤を抱えることになった。巨大な名声を嫌悪し、私生活へのメディアの介入に激怒したカートは、あらゆる方面からプレッシャーをかけられて、逃げ場がないような状況に陥ったのだ。


アバディーンで歯科助手を務めていた時代、その給料から制作費をひねり出した実質的なデビュー・アルバム『Bleach』の時代から、カート・コバーンはDIYの活動スタイルを堅持し、また、そのことを誇りに考えてきた経緯があったが、メジャー・レーベルとの契約、そして、『Nevermind』のヒットの後、彼は実際のところ、シアトルのインディー・シーンのバンドに対し、決まりの悪さを感じていたという逸話もある。期せずして一夜にしてメインストリームに押し上げられたため、それらのインディーズ・バンドとの良好な関係を以後、綿密に構築していくことができなくなっていた。

 

それまではDIYの急進的なバンドとしてアバディーンを中心とするシーンで活躍してきたコバーンは、多分、売れることに関して戸惑いを覚えたのではなかった。自分の立場が変わり、親密なグランジ・シーンを築き上げてきた地元のバンドとの関係が立ち行かなくなったことが、どうにも収まりがつかなかった。それがつまり、94年の決定的な破綻をもたらし、「ロックスターの教科書があればよかった」という言葉を残す原因となったのである。彼は、音楽性と商業性の狭間で思い悩み、答えを導きだすことが出来ずにいたのだ。

 

『In Utero』を『Nevermind』の成功の延長線上にあると考えることは不可欠である。コバーンは、バンドのセカンド・アルバムがあまりにも商業的すぎると感じ、「キャンディ・アス」とさえ表現し、アクセシビリティと、ネヴァー・マインドのラジオでの大々的なプレイをきっかけに制作に着手しはじめた。当時、カート・コバーンは、「ジョック、人種差別主義者、同性愛嫌悪者に憤慨していた」と語っている。だから、歌詞の中には「神様はゲイ」という赤裸々でエクストリームな表現も登場することになった。サード・アルバムで、前作の成功の事例を繰り返すことをコバーンは良しとせず、バンドのデビュー作『Bleach』におけるアグレッシヴなサウンドに立ち返りたかったとも考えられる。その証拠として、アルバムに収録されている『Tourette's』には、『Nagative Creep』時代のメタルとパンクの融合に加え、スラッシュ・メタルのようなソリッドなリフを突き出したスピーディーなチューンが生み出された。


カート・コバーンは、内面のダークでサイケデリックな側面を赤裸々に表現し、芸術的な信憑性を求めようとした。以前よりもソリッドなギターのプロダクションを求めていたのかもしれない。そこで、以前、Big Blackのフェアウェル・ツアーで一緒に共演したUSインディーのプロデューサーの大御所、スティーヴ・アルビニに白羽の矢を立てた。

 

それ以前には、Slintのアルバム『Tweedz』のエンジニアとして知られ、後にロバート・プラントのアルバムのプロデューサーとして名を馳せるスティーヴ・アルビニは、1990年代中頃、アメリカのオルタナティブ・シーンの寵児として見なされていた。当時、彼は、過激でアグレッシヴなサウンドを作り出すことで知られ、インディー・ロックの最高峰のレコードを作り出すための資質を持っていた。この時、彼は別名でミネアポリスのスタジオを予約したという。その中には、メディアにアルバム制作の噂を嗅ぎつけられないように工夫を凝らす必要があった。

 



・スティーヴ・アルビニとの協力 ミネアポリスでの録音




「噂が広まらないようにする必要があった」とスティーヴ・アルビニは、NMEのインタビューで語った。


「インディペンデントなレコーディング・スタジオで、そこで働いている人は少人数だった。彼らに秘密を託したくなかったから、自分の名義で"サイモン・リッチー・バンド"という偽名でスタジオを予約することにした」「実は、サイモン・リッチーというのは、シド・ヴィシャスの本名なんだ。もちろん、スタジオのオーナーでさえ、ニルヴァーナが来るとは知らなかったのさ」

 

しかし、当時のバンドの知名度とは裏腹に、プロデューサーはセッションは比較的スタンダードなものだったと主張した。「セッションには変わった点は何もなかった」と彼は付け加えた。


「つまり、彼らが非常に有名であることを除けば……。そしてファンで溢れかえらないように、できる限り隠しておく必要があった。それが唯一、奇妙なことだったんだよ」


「”In Utero”のセッションのかなり前に、Big Blackがお別れツアーを行った時、最終公演はシアトルの工業地帯で行われた」とアルビニは回想している。「奇妙な建物で、その場しのぎのステージでしかなかった。でも、クールなライブで、最後に機材を全部壊した。その後、ある青年がステージからギターの一部を取っていい、と聞いてきて、私が『良いよ、もうゴミなんだし』と言ったのをよく覚えているんだ。その先、どうなったかは想像がつきますよね...」


アルビニは自らスタジオを選び、Nirvanaをミネソタ/ミネアポリスのパチダーム・スタジオに連れ出すことに決めた。音楽ビジネスに対する実直なアプローチで知られる彼は、バンドの印税を軽減することを拒否し、ビジネスの慣習を "倫理的に容認できない"と表現した。その代わり、彼は一律100,000ポンドで仕事を受けた。当初、バンドとアルビニはアルバムを完成させる期限を2週間に設定したが、全レコーディングは6日以内に終了、最初のミックスはわずか5日で完了した。


アルバムをめぐる最大の議論の一つは、セカンドアルバムとは似ても似つかないプロダクションの方向性である。アルビニが好んだレコーディング・スタイルは、可能な限り多くのバンドを一緒にライブ演奏させ、時折、ドラムを別録りしたり、ボーカルやギターのトラックを追加することだった。

 

これによって2つの画期的なサウンドが生み出されることになった。第一点は、コバーンのヴォーカルを楽器の上に置くのではなしに、ミックスの中に没入させたこと。第二点は、デイヴ・グロールのアグレッシブなドラムがさらにパワフルになったことである。これは、アルビニがグロールのドラム・キットを30本以上のマイクで囲み、スタジオのキッチンでドラムを録音し自然なリバーブをかけたことや、グロールの見事なドラムの演奏の貢献によるところが大きかった。コバーンの歌詞が『イン・ユーテロ』分析の焦点になることが多い一方、グロールのドラミングは見落とされがちだが、この10年間で最も優れた演奏のひとつに数えられるかもしれない。


録音を終えた後、カート・コバーンは完成したアルバムをDGCレーベルの重役に聴かせた。『ネヴァーマインド』的なヒット曲を渇望していた会社幹部は、失望の色を露わにした。同時に、その反応は、アルバムの成功に思いを巡らせながら、自分の理想を堅持し続け、自分たちの信じる音楽をリリースすることを想定していたカート・コバーンに大きな葛藤を抱えさせる要因となった。

 

結局、レーベルとバンドの議論の末、折衷案が出される。アルバムのシングルは、カレッジ・ロックの雄、R.E.Mのプロデューサー、スコット・リットに渡され、ラジオ向きのスタイルにリミックスされた。スティーヴ・アルビニは当初、マスターをレーベル側に渡すことを拒否していたのだった。



・『In Utero』の発売後 アルバムの歌詞をめぐるスキャンダラスな論争

 


 

諸般の問題が立ちはだかった末、リリースされた『In Utero』は、思いのほか、多くのファンに温かく迎えられることになった。しかし、このアルバムに収録された「Rape Me」を巡ってセンセーショナルな論争が沸き起こった。この曲について、カート・コバーンは、SPINに「明確な反レイプ・ソングである」と語っていて、後にニルヴァーナの伝記を記したマイケル・アゼラット氏は、「コバーンのメディアに対する嫌悪感が示されている」と指摘している。しかしながら、世間の反応と視線は、表向きの過激さやセンセーション性に向けられた。その結果、ウォルマート、Kマートは、曲名を変更するまで販売の拒否を表明した。にもかかわらず、このアルバムは飛ぶように売れた。

 

翌年の4月8日、コバーンがシアトルの自宅で死亡しているのが発見された。警察当局は、ガン・ショットによる自殺と断定したことは周知の通りである。このことは、アルバムの解釈の仕方を決定的に変えたのである。多くのファンや批評家は、アルバムの歌詞やテーマは、コバーンの死の予兆だったのではないかと表立って主張するようになった。このアルバムは、混乱し窮地に立たされた彼の内面の反映であり、以後のドラッグ常習における破滅的な彼の人生の結末の予兆ともなっている。

 

しかし、別の側面から見ると、「死の影に満ちたアルバム」という考えは、単なる後付けでしかなく、歴史修正主義、あるいは印象の補正に過ぎない事を示唆している。憂鬱と死に焦点を当てた『Pennyroyal Tea』の歌詞は、『In Utero』リリースの3年前、1990年の時点で書かれていたし、同様に、ニルヴァーナ・ファンのお気に入りの曲のひとつであり、来るべき自死の予兆であったとされる『All Apologies』も1990年に書かれていたのだ。


ただ、ニルヴァーナの最後のアルバムがレコーディング中のカート・コバーンの精神的、感情的な状態を語っていないとか、コバーンが自ら命を絶つ兆候を全く含んでいないと言えば嘘偽りとなるだろう。しかし、それと同時に、『In Utero』をフロントマンの自殺だけに関連したものとして読み解くことは、その煩瑣性を見誤ることになる。


このレコードは、スターとしての重圧、新しい家族との関係、メインストリームでの成功と芸術的誠実さの間の精神的な苦闘について、あるいは、彼の幼少期の親戚の間でのたらい回しから生じた、うつ病や死の観念について、アーカイブで表向きに語られる事以上に、彼の生におけるリアリティが織り交ぜられている。



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Weekly Music Feature

 

Puma Blue

©︎Liv Hamilton


2021年の『In Praise of Shadows』に続くアルバム『Holy Waters』は、Blue Flowers/ PIASからリリースされる。


死生観の病的な研究というよりは、生と死と再生が繰り返されるサイクルの中にある慈悲深さの年代記であり、最終的にはアルバムの終わりに、「暗闇に飲み込まれないで」と、自分自身とリスナーへの優しい肯定にたどり着く。暗鬱の中にあるかすかな希望が、あなたを惹きつけるのだ。


ジェイコブの芸術性は大きく飛躍した。悲しみと高揚の狭間、孤独と共同体の間の奇妙な様相をナビゲートする彼の文章には、並外れた多くの傷と安堵が旅されている。11のトラックを通して、彼の声は最も明るい言葉を歓喜させるゴシックの織物であり、人生の最も過酷な年月に歩んだすべての道を驚くほど誠実に辿りながら、悲嘆の顔を真摯な目で見つめている。ほとんどの場合、彼はそれを受け入れている。


イーストボーンのエコー・ズー・スタジオを2度訪れ、ライブ・バンドと共にレコーディングされた『Holy Waters』は、音の隅々にまで喜びが浸透しており、スタジオ・テクニックは前作よりもアナログ的で実験的だが、サウンドはより充実し、豊かで、プーマ・ブルーに残っていたエゴを殺し、バンド中心の負債を堂々と返済している。


ジェフ・バックリーからビョークまで、著名なアーティストにインスパイアされてはいるが、『ホーリー・ウォーターズ』にとってより重要なのは、ポーティス・ヘッドが生バンドとプロダクションを不可解なまでに融合させたこと、そして、カンやヘンドリックスの即興的な作品である。このアルバムは、深夜にヘッドフォンで聴くことも、通りで聴くこともできる。


『ホーリー・ウォーターズ』はこれまでで最もダークな作品かもしれない。『スワム・ベイビー』(2017年)や『ブラッド・ロス』(2018年)といったブレイクスルーを果たしたEPに溢れる仄かな悲しみと比較しても、プーマ・ブルーは、これまで以上に良い場所にいるように思える。まるで、死がこのアルバムの原動力となったことで、残された美しい瞬間がより一層美しくなった。すべての悲しみと痛みが過ぎ去った後、『Holy Waters』はそれらの影響を反映している。




2021年に発表されたデビュー作『In Praise of Shadows』がイギリス国外でも支持を得た後、アレンは壁にぶつかったことに気づいた。取り組む価値のあるものが思うように書けず、しばらく、負のスパイラルに陥り始めたという。「自分の人生を考え直すべき時期かもしれない」と思い始めていた。「アートも作れないのに、どうしてアーティストと呼べるんだろう?」と。


そんな彼をスパイラルから抜け出させたのは、音楽ドキュメンタリー『ザ・ビートルズ』を観たことだ。彼はこのシリーズを「ビートルズの脱神秘化」と呼んでいる。ビートルズはしばしば作曲の神様として崇められるミュージシャンである。『ゲット・バック』は、ビートルズを違った角度から見せてくれた。「そして、もっとバンドを巻き込んで制作してみたいと思った」


その後、イースト・サセックスの町イーストボーンにあるエコー・ズー・スタジオで、歌詞の3分の1ほどが完成したデモの束を手に、アレンはバンドメンバーと落ち合った。イーストボーンで、アレンとバンドは仲間意識を見出した。日々は、曲のインストゥルメンテーションを完成させることに費やされたが、彼らはスタジオの上に住み、お互いのために料理を作ったり、クリエイティブな壁にぶつかるたびに、たまたまスタジオから歩いて行ける距離にあったイングランドの南海岸で一緒に泳いだりもした。「私たちは音楽に取り組み、リフレッシュしたいときはいつでも海に飛び込んだ。だから、いつも準備万端で戻ってくることができた」と彼は言う。


アレンによれば、バンドとイーストボーンで過ごした時期は、『ホーリー・ウォーターズ』の全体的な雰囲気を作るのに非常に重要だったという。このアルバムは、不思議なケミストリーを持つバンドがその場で作ったジャムに満ちているように感じられる。それは、ジャムの延長から生まれた曲「Gates (Wait For Me)」に顕著に表れている。「私がコードを弾き始めると、ハーヴィー(鍵盤/サックス)がすぐにピアノを弾き始めたんだ。私は、ただ、"今すぐこの曲を完成させるぞ "という気分だった。この曲はアルバムの中でもお気に入りのひとつになったよ」


『Holy Waters』の歌詞は暗鬱であることを恐れない。「Mirage」という曲のように、死と悲しみというテーマは『Holy Waters』全体を通して紡がれていき、心地よい住処となっている。しかし、このアルバムは、こうした必然的な悲劇について、というよりも、それを受け入れることの美しさについて語られている。アレンが死とある種の平穏を取り戻しつつある様子は、柔らかな詩的思索、ギター、サックス、リズミカルなベースとドラムのフュージョンを通して伝わってくる。祖母の死を歌った「エピタフ」。タイトルから、物悲しい内省曲のように聞こえるが、アレンがこの曲を書いたときは、悲しみというより、むしろ愛の場所から生まれたという。



 Puma Blue 『Holy Waters』  Blue Flowers / PIAS



Puma Blueは2020年代を象徴するシンガーソングライターと目されても不思議ではない。アルバムの冒頭曲「Falling Down」に代表されるように、ポーティス・ヘッド、トリッキーの作風を踏襲した、しっとりとしたトリップ・ホップのビート、そして、ジェイムズ・ブレイク風のネオ・ソウルの核心を捉えている。

 

悲しいペーソスに充ちたアルバムである。さながら内面に満ちる暗澹たる感覚を鋭く直視して、それをアブストラクト・ポップという形で淡々と描写しつづける。アルバムを聴き通すと、ジェイコブの内面の海の底は果てしなく、その深淵を見晴かすことはままならないものがある。


オープニング・ナンバー「Falling Down」は、ブリストル・サウンドの影響を取り入れ、しっとりとしたビートにぼんやりとしたアレンのボーカルが浮遊する。彼のヴォーカルは精細なニュアンスに満ちている。

 

そして、ジェイコブ・アレンのボーカルは、ネオ・ソウルの要素を絡めたメロウな感じで紡がれ、ただ空間の中をぼんやりとさまよいつづける。それはまるで、真夜中の火影のゆらめきのように、催眠的かつ蠱惑的な雰囲気に充ちている。アレンは、寄る辺なき異邦人のような感じで、歌を紡ぐ。やがて、ボーカルの雰囲気は、にわかに亡霊じみてきて、声の存在感そのものが希薄になっていく。そして、アライヴという感覚から距離を置き、その反対側の際どい領域へと近づいていく。つまり、彼が目撃した友人の自動車事故という現実的な出来事と合致を果たし、ポスト・モダニズムに近い音楽性へと変遷を辿る。そして、不思議なことに、その亡霊的な雰囲気は、単なる独りよがりの表現に陥ることはない。モダン・ジャズの気風を反映したサックスフォンの枯れた響きやストリングスが、ジェイコブの声のアンビエンスを強化する役割を果たす。これらの複合的な構成力に加え、ジェイコブ・アレン自身のコーラスは、このアルバムの世界観を自然な形で押し広げ、際限のない深い底しれない領域へと私たちをいざなう。 

 

 

「Pretty」

 

 

 

二曲目の「Pretty」では、オープナーで抑えがちになっていたリズムの要素が前面に押し出される。イントロでは、ダブ・ステップに触発された複雑なスネアのドラム・パターンを絡めているが、意外にもその後、ボサノヴァのような、しっとりとした質感のある曲調に移行していく。The Clashの名曲「Guns of Brixton」 をボサノヴァ調にアレンジした、Nouvelle Vague(ヌーヴェル・ヴァーグ)のカバーの形式を彷彿とさせる。この曲はアルバムで最も聴きやすさが重視されているが、しかし、一方で軽快さとは別の味わい深いジャズ・バラードの悲しみの感覚を織り交ぜている。そしてバックの演奏はすごくシンプルで、さらにジェイコブ・アレンのボーカルも同じく、最初のシンプルなフレーズを変奏させているに過ぎないが、その歌声は中盤から後半にかけて、奥行きと広がりを増していく。シンプルな構成力を重視した楽曲に加えて、シネマティックな効果を導入することで、ダイナミックな展開力を呼び覚ましている。そして大切なのは、この曲には、聞き手の情感に訴えかける、なにかが内在するということである。

 

「O,The Blood」は、Trip Hopの代表格、Portisheadの『Dummy』の作風を彷彿とさせる。現代では、形式論ばかりが重視されがちなトリップ・ホップではあるが、ジェイコブ・アレンはBeth Gibbonsの表現形態に象徴されるゴシックとヒップホップの要素を上手く織り交ぜている。感情の抑制の効いた展開、そして、その曲風をやんわりと支える内省的なボーカル、孤立や孤絶を感じさせるミニマリズムに触発されたシンセ・リード、時に、その中を取り巻くソウルからの影響。これらの要素が渾然一体となり、ブリストル・サウンドが復刻されている。これらの微睡んだ感じのエレクトロニックは、やがてダブ的なスネアの一撃によって、目の覚めるような展開に移行していく。背後に意図的に導入されるレコードのノイズも、アナログ風の音楽のオマージュとなっているが、これが旧来のミックス・テープ形式のヒップホップのようなノスタルジアを漂わせている。アレンのボーカルは、Portisheadの『Dummy』の時代のBeth Gibbonsの影響を留めており、ボーカルのエネルギーはどこに向かうともしれず、宙をさまよったまま、どこかに消えていく。やはり、オープニングと同じように亡霊的な雰囲気が漂っているのである。


 続く「Hounds」は、ノルウェーのサックス奏者であるJan Garbarek(ヤン・ガルバレク)が1998年の傑作『Rites』のタイトル曲で探求していたエレクトロとジャズのクロスオーバーであるNu-Jazzに近い方向性を探っている。ファンクに触発された骨太のベースラインにUKガラージのようなドラムパターンが追加され、楽曲全体の構造が出来上がっていく。その上にはアルバムの序盤の収録曲と同様に、やはり中性的なジェイコブ・アレンのボーカルが乗せられる。しかし、この曲のボーカルは、どちらかと言えば、トム・ヨークの中性的なボーカルを彷彿とさせる。そして、Radioheadの『Kid A』の時代と同じように、エジプトの音階に触発されているという点でも同様である。聴き方によっては、内省的な印象があるかもしれないが、他方では、幽界をさまようかのようなミステリアスな響きが、この曲の象徴的な音楽形式を形成している。しかし、暗澹としていて鬱屈した音楽性であるにも関わらず、エネルギーのベクトルは意外にも外向きになっている。これは、バンドサウンドを何よりも重視していて、そして、90年代のUnderword/Chemical Brothersのようなオーバーグラウンドの扇動力に充ちたハウス/テクノを踏襲し、それらをノリやすいモダンなポップとして昇華させているがゆえなのだろう。つまり、EDM、IDMの双方の良い面を吸収し、それらの中間の絶妙な落とし所を探ろうとしている。事実、その試みは成功していて、精細感のあるダンス・ミュージックが生み出されている。


「Too Much,Too Much」では、前の曲の外向きのサウンドとは正反対に、内省的なトリップ・ホップが展開される。心地よい微睡みへと誘うシンセ、またAphex Twinに触発されたと思われるIDMのレトロな音の運び、そして、アシッド・ハウスのまったりとした響き、The Smithsのジョニー・マーのような繊細なギターライン、これらのほとんど無限にも思える数多くの要素が複合的に重なり合い、前衛的な音の響きが造出されている。そのトラックの上に乗せられるアレンのボーカルは、ネオ・ソウルの影響が内包され、メロウでぼんやりとした抽象的な雰囲気を兼ね備えている。時に、その様相は七変化し、ジェイムズ・ブレイクのようであったかと思えば、ベス・ギボンズのようになり、また、トム・ヨークのようにも変わる。もちろん、言うまでもなく、ジェイコブ・アレン自身にもなるのである。ランタイムの区切り区切りにおいて、ボーカルの雰囲気を曲の展開のなかで、その感情性を様変わりさせ、きわめて多彩な印象をもたらす。つまり、流れの中で、まったく別の何かに生まれ変わるかのように、その正体を変化させ、音楽そのものが一つ所に収まり切ることがない。無論、抽象的なポストモダニズムの最前線を行くようなサウンドではあるが、シンプルな構成がつかみやすい感じをもたらしている。


おわかりの通り、アルバムのテーマの中には、「死」という概念が織り交ぜられているが、「Epitaph」は、そういった主題が明確に反映されている。インディー・フォーク調のアコースティック・ギターのイントロに続き、Nirvanaの『Something In The Way」を彷彿とさせる暗澹としたオルト・フォークが紡がれる。意外にも、グランジに対する反駁であるスロウコア/サッドコアに近い質感もあり、救いがたい感覚が示されながらも、何らかの癒やし、救いが込められている。これらのシンプルかつミニマルな構成は、曲の終盤に至ると、シンセサイザーの幻想的な効果(The Jamの「English Rose」に見られるような、異郷の港町の船の寂しい汽笛にも聴こえる場合がある)が加わることで、言いしれない寂寥感と寂寞感を帯びるようになる。それに従い、孤独に関する、ほろ苦いフレーズが驚くほど淡々と歌われていく。ジェイコブ・アレンのボーカルには嘆きや悲しみがあるが、その感覚は研ぎ澄まされていて、一切昂じるところはない。 

 

 

「Gates (Wait For Me)」

 


「Gates(Wait For Me)」はアルバムの中で、最も素晴らしい一曲である。スロウコア/サッドコア風にギターラインに続いて、アンビエント・ポップを意識したジェイコブ・アレンの艷やかなボーカルが続く。これらのポスト・ロックを彷彿とさせる構成は、徐々にMOGWAIのようなダイナミックな展開へと移行していく。そこにはやはり悲哀が漂うが、徐々にギターサウンドを主体としたバンドの演奏に支えられるようにして、そのエナジーが引き上げられていく。ミニマルなギターラインの熱狂性を通じて、堰を切ったかのように無限の悲しみが溢れ出す。しかし、それらの轟音性は、3分26秒ごろに唐突に途絶え、静謐なポストロック・サウンドに繋がる。これらの展開はやがて、制作者が指摘するように、ビートルズのダイナミックなサウンドからの影響ーー特に、フィル・スペクター時代のアート・ロックに近いテクニカルな展開力ーーを交え、壮大なスペクタルを形成していく。その中には、ポスト・ロックがあり、アヴァンギャルド・ジャズのピアノの即興演奏があり、また、トーンの変革もある。オーバーグラウンドからアンダーグランドの全領域を駆け巡りながら、聴き応え十分のインスト曲へと変遷を辿っていく。

 

「Holy Waters」

 

 


アルバムの一つのハイライトを越えて、「Dream Of You」は、再び内省的なスロウコア/サッドコアへと回帰する。イントロに関しては、オルト・フォークに属するが、その後、アヴァン・ポップ風の親しみやすい展開に移行していく。ここに、アーティストとして、もしくは、ソングライターとしての優れたバランス感覚が表れている。それらは実際、聴きやすいローファイ/チル・ウェイヴ風の楽曲として昇華されている。アルバムの中では、二曲目と同様、骨休みのような意味合いのある繋ぎのための意味を持つ。そして、それほど暗くはなく、トロピカルな雰囲気のある曲として印象を残す。終盤では、ドリーム・ポップにも似た甘い瞬間が立ち現れる。


タイトル曲「Holy Water」では暗澹としたトリップ・ホップの世界へと舞い戻る。しかし、その背後には、考えも及ばないような多角的な世界が示されている。どれだけ見晴るかそうとも、それすらも叶わぬ、奥深さと深甚さを兼ね備えた内面の奥深い領域である。そして、その音楽は、単なる懐古主義とはならず、Avalon Emersonが最新作で開拓したような、ダブ・ステップの影響を織り交ぜたアヴァン・ポップ/エクスペリメンタル・ポップの領域に近づいていく。これが重苦しくならず、クラブ・ミュージックのような乗りやすさ、近づきやすさを感じさせる理由でもある。しかし、アーティストがバンド・サウンドに重点を置いていることからも分かる通り、その終盤では、TOTOの「Africa」のエキゾチズム性や、ギター・ロックに対する熱狂性も感じとれる。さらにその最後では、スティール・パンのような音響効果を交えながら、安らぎと悲しみが綯い交ぜとなったアンビバレントな感覚を、ボーカルによって表現しようとしている。

 

アルバムのもう一つの注目曲「Mirage」の曲調は、『Kid A』の時代のトム・ヨークの世界観に触発を受けていると思われる。もちろん、アラビア/エジプトの音階の旋法を取り入れている点については、トム・ヨーク/グリーンウッドの当時のソングライティングの手法と同様ではあるのだろうが、ジェイコブ・アレンの描き出そうとするモダン・ポップの世界は、それよりもソフトでありながら、奥深い内容である。 そして、アレンは、そのエキゾチズムの源泉へと少しずつ降りていこうとする。そのアーティスティックな表現性は、さながら、螺旋階段の形状になっていて、階段を昇っていくというよりも、一歩ずつ、静かに降りていくかのような不可思議な印象に縁取られている。そして、そのクライマックスで、予期せぬ劇的な展開を見せることも特筆すべきか。つまり、最後にはバンド・サウンドの瞬間的なスパークが発生するのである。


アルバムの最後には、クラシカルともコンテンポラリーともつかないフォーク・ミュージックが収録されている。徹底したマイナー調の曲で、現代的な楽曲ではありながら、日本の昭和中期の歌謡に共通する哀感に満ち溢れている。曲の中にある、暗闇に飲み込まれないで、という制作者からのメーセージも心にわだかまり続ける。そして、全般的な収録曲と同様、クローズ曲に内包される暗さや悲しみには、言い知れない癒やしを呼び覚ます力がある。なぜ、暗鬱な曲なのに治癒の力が込められているのだろう。たぶん、それは、感情の暗さの中に受容が存在しているから。つまり、負の側面を受け入れる寛容さが存在する余地がどこかに残されているからなのだろう。

 


94/100



Puma Blueの『Holy Water』は、Blue Flowers/PIASより発売中です。


 Music Tribune Presents ”Album Of The Year 2023” 

 

 



・Part 2 ーー移民がもたらす新しい音楽ーー


近年、ジャンルがどんどんと細分化し、さらに先鋭化していく中で、ミュージシャンの方も自分たちがどのジャンルの音楽をやるのかを決定するのはとても難しいことであると思われます。

 

あるグループは、20世紀はじめのブロードウェイのミュージカルやジャズのようなクラシックな音楽を吸収したかと思えば、それとは別に2000年代以降のユース・カルチャーの影響を取り入れる一派もいる。

 

およそ無数の選択肢が用意される中で、Bonoboのサイモン・グリーンも話すように、「どの音を選ぶのかに頭脳を使わなければならない」というのは事実のようです。多様性が深まる中で、移民という外的な存在が、その土地の音楽に新たな息吹やカルチャーをもたらすことがある。最初に紹介するカナダのドリームポップ/シューゲイズの新星、Bodywashのボーカルは実は日本人の血を引いており、彼はカナダでのビザが役所の誤った手続きにより許可されず、住民の権利が認可されなかったという苦悩にまつわる経験を、デビュー・アルバムの中で見事に活かしています。

 

さらに、Matadorから登場したロンドンのトリオ、Bar Italiaのメンバーも公にはしていないものの、同じように移民により構成されると思われ、三者三様のエキゾチズムがローファイなインディーロックの中に個性的に取り入れられています。さらに、ニューヨークのシンガー、Mitskiも日本出身の移民でもある。その土地の固有の音楽ではなく、様々な国の文化を取り入れた音楽、それは今後の世界的なミュージック・シーンの一角を担っていくものと思われます。

 

 

・Part 2  - New Music Brought by Immigrants-



As genres have become more and more fragmented and even more radical in recent years, it can be very difficult for musicians to decide which genre of music they are going to play.

One group may have absorbed classical music such as Broadway musicals and jazz from the early 20th century, while another faction has embraced the influences of youth culture from the 2000s onward.

With approximately countless options available, it seems true that, as Simon Green of Bonobo also speaks, "you have to use your brain to choose which sound to choose". As diversity deepens, the external presence of immigrants can bring new life and culture to local music. The vocalist of the first new Canadian dream-pop/shoegaze star, Bodywash, is actually of Japanese descent, and he makes excellent use of the experience of his anguish over a Canadian work visa whose residents' rights were not approved due to a mishandling by the authorities on his debut album. The album is a great example of the artist's ability to use his own experiences to his advantage.


In addition, the members of Bar Italia, a London trio that appeared on Matador, are also thought to be composed of immigrants as well, although they have not publicly announced it, and the exoticism of all three is uniquely incorporated into their lo-fi indie rock music. Furthermore, New York singer Mitski is also an immigrant from Japan. Music that is not indigenous to a particular region, but incorporates the cultures of various countries, is expected to become a part of the global music scene in the future.(MT- D)



 Bodywash 『I Held The Shape While I Could』



Label: Light Organ

Release: 2023/4/14

Genre: Dream Pop/ Shoegaze /Experimental Pop

 

 

今年、登場したドリーム・ポップ/シューゲイズバンドとして注目したいのが、カナダのデュオ、Bodywash。シンセサイザーと歪んだギター組みあわせ、独創的なアルバム『I Held The Shape While I Could』制作した。デュオは収録曲ごとに、メインボーカルを入れ替え、その役割ごとに作風を変化させている。

 

シューゲイズのアンセムとしては「Massif Central」がクールな雰囲気を擁する。その他にも、アンビエントやエクスペリメンタルポップが収録されている。アルバムの終盤では、「Ascents」や「No Repair」といったオルタナティヴロックの枠組みにとらわれない、新鮮なアプローチを図っている。 

 

 

 Best Track「Massif Central」



Best Track 「No Repair」




Hannah Jadagu 『Aperture』

 

 

Label: Sub Pop

Release: 2023/5/19

Genre: Indie Rock



Hannah Jadagu(ハンナ・ジャダグ)は、テキサス出身、現在はニューヨークに活動拠点を移している。

 

アーティストはパーカッション奏者として学生時代に音楽に没頭するようになった。以後、最初のEPをiphone7を中心にレコーディングしている。今作でレベルアップを図るため、Sub Popと契約を交わし、海外でのレコーディングに挑戦した。Hannha Jadaguは、彼女自身が敬愛するSnail Mail、Clairoを始めとする現行のインディーロックとベッドルームポップの中間にある、軽やかな音楽性をデビューアルバムで体現させている。

 

『Aperture』はマックス・ロベール・ベイビーをプロデューサーに招いて制作された。アルバムを通じてアーティストが表現しようとしたのは、教会というテーマ、そしてハンナ・ジャダグが尊敬する姉のことについてだった。

 

「Say It Now」、「Six Months」、「What You Did It」を中心とするインディーロック・バンガー、正反対にR&Bのメロウな音楽性を反映させた「Warning Sign」に体現されている。アルバムのリリース後、アメリカツアーを敢行した。インディー・ロックのニューライザーに目される。「Say It Now」では、「Ikiteru Shake Your Time」という日本語の歌詞が取り入れられている。

 

 

Best Track  「Say It Now」


 



Bar Italia  『Tracy Denim』

 

 

Label: Matador

Release: 2023/5/22

Genre: Indie Rock



当初、Bar Italiaは、ローファイ、ドリーム・ポップ、シューゲイザーを組み合わせた独特な音楽性で密かに音楽ファンの注目を集めてきた。Matadorから発表された『Tracy Denim』は、ロンドンのトリオの出世作であり、音楽性に関してもバリエーションを増すようになってきている。


現在は、その限りではないものの、当初、Bar Italiaは、「カルト的」とも「秘密主義」とも称されることがあった。『Tracy Denim』はトリオのミステリアスな音楽性の一端に触れることが出来る。最初期のローファイな作風を反映させた「Nurse」、トリオがメインボーカルを入れ替えて歌うパンキッシュな音楽性を押し出した「punkt」、Nirvanaのグランジ性を継承した「Friends」等、いかにもロンドンのカルチャーの多彩さを伺わせる音楽性を楽しむことができる。

 

アルバムのプロデューサーには、ビョークの作品等で知られるマルタ・サローニが抜擢。バンドは、Matadorからのデビュー作のリリース後、レーベルの第二作『The Twits』(Review)を立て続けに発表し、さらにエネルギッシュな作風へと転じている。今後の活躍が非常に楽しみなバンド。         

 

 Best Track 「punkt」





Gia Margaret 『Romantic Piano』

 


Label: jagujaguwar

Release: 2023/5/26

Genre: Modern Classical/ Post Calssical/ Pop

 

 

シカゴのピアニスト、マルチ奏者、ボーカリスト、Gia Margaret(ジア・マーガレット)の最新アルバム『Romantic Paino』は、静けさと祈りに充ちたアルバム。ピアノの記譜を元にして、閃きとインスピレーション溢れる12曲を収録。過去のツアーでの声が出なくなった経験を元にし、書かれた前作と異なり、単に治癒の過程を描いたアルバムとは決めつけられないものがある。

 

アルバムの冒頭を飾る「Hinoki Woods」を筆頭に、シンセサイザーとピアノを組みわせ、ミニマリズムに根ざした実験的な作風に挑んでいる。しかしピアノの小品を中心とするこのアルバムには、何らかの癒やしがあるのは事実で、同時に「Juno」に象徴されるように瞑想的な響きを持ち合わせている。

 

「Strech」は、現代のポスト・クラシカル/モダンクラシカルの名曲である。他にもギターの音響をアンビエント的に処理した「Guitar Piece」もロマンチックで、ヨーロピアンな響きを擁する。ボーカル・トラックに挑戦した「City Song」は果たしてシカゴをモチーフにしたものなのか。アンニュイな響きに加え、涙を誘うような哀感に満ちている。静けさと瞑想性、それがこのアルバムの最大の魅力であり、とりもなおさず現在のアーティストの魅力と言えるかもしれない。

 

 

Best Track 「City Song」

 

 


Killer Mike 『MICHAEL』

 

 


Label: Loma Vista

Release:2023/6/16

Genre: Hip Hop / R&B

 

ヒップホップのカルチャーの歴史、現在のこのジャンルの課題を良く知るキラー・マイクにとって、『MICHAEL』の制作に取り掛かることは、音楽を作る事以上の意味があったのかもしれない。つまり、近年、法廷沙汰となっているこのジャンルの芸術性を再確認しようという意図が込められていた。そしてヒップホップに纏わる悪評の世間的な誤解を解こうという切なる思いが込められていた。それはブラック・カルチャーの負の側面を解消しようという試みでもあったのです。

 

キラー・マイクは、結局、かつては友人であった人々が法廷に引っ張られていくのを見過ごすわけにはいかなかった。そこで彼は、ヒップホップそのものが悪であるという先入観をこの作品で取り払おうと努めている。また、キラー・マイクはブラックカルチャーの深層の領域にある音楽をラップに取り入れようとしている。このアルバムを通じて、マイクはゴスペル、R&Bへの弛まぬ敬愛を示しており、ブラック・カルチャーの肯定的な側面をフィーチャーしている。

 

取り分け、このアルバムがベストリストにふさわしいと思うのは、彼が亡くなった親族への哀悼の意を示していること。タイトル曲の録音で、レコーディングのブースに入ろうとするとき、キラー・マイクの目には涙が浮かんでいた。彼はブースに入る直前、様々な母の姿を思い浮かべ、それをラップとして表現しようとした。ヒップホップは必ずしも悪徳なのではなくて、それとは正反対に良い側面も擁している。キラー・マイクの最新作『MICHAEL』はあらためて、そういったことを教えてくれるはず。アーティスト自身が言うように、芸術形態ではないと見做されがちなこのジャンルが、立派なリベラルアーツの一つということもまた事実なのである。

 

 

Best Track  「Motherless」

 

 

 

 

McKinly Dixson 『Beloved!Paradise! Jazz!?』

 

 

Label: City Slang

Release: 2023/6/2

Genre:Hip Hop/ Jazz

 

 

City Slangから発売された『Beloved!Paradise! Jazz!?』の制作は、アトランタ/シカゴのラッパー、マッキンリー・ディクソンが、母の部屋で、トニ・モリスンの小説『Jazz』を発見し、それを読んだことに端を発する。

 

おそらく、トニ・モリスンの小説は、女性の人権、及び、黒人の社会的な地位が低い時代に書かれたため、現在同じことを書くよりも、はるかに勇気を必要とする文学であったのかもしれない。私自身は読んだことはありませんが、内容は過激な部分も含まれている。しかしマッキンリー・ディクソンは、必ずしも、モニスンの文学性から過激さだけを読み取るのではなく、その中に隠された愛を読み取った。もっと言えば、既に愛されていることに気がついたのだった。

 

マッキンリー・ディクソンの評論家顔負けの鋭く深い読みは、実際、このアルバムに重要な骨格を与え、精神的な核心を付加している。

 

音楽的には、ドリル、ジャズ、R&Bという3つの主要な音楽性を基調とし、晴れやかなラップを披露したかと思えば、それとは正反対に、エクストリームな感覚を擁するギャングスタ・ラップをアグレッシブかつエネルギッシュに披露する。アトランタという街の気風によるのでしょうか、ヒスパニック系の音楽文化も反映されており、これが南米的な空気感を付加している。

 

『Beloved!Paradise! Jazz!?』では、若いラップアーティストらしい才気煥発なエネルギーに満ち溢れたトラックが際立っています。新時代のラップのアンセム「Run Run Run」(bluをフィーチャーした別バージョンもあり)のドライブ感も心地よく、「Tylar, Forever」でのアクション映画を思わせるイントロから劇的なドリルへと移行していく瞬間もハイライトとなりえる。ジャズの影響を反映させた曲や、エグみのある曲も収録されているが、救いがあると思うのは、最後の曲で、ジャズやゴスペルの影響を反映させ、晴れやかな雰囲気でアルバムを締めくくっていること。もしかするとこれは、キラー・マイクに対する若いアーティストからの同時的な返答ともいえるのでは。

 

 

Best Track 「Run, Run, Run」

 

 

 

 M.Ward 『Supernatural Thing』 

 

Label: ANTI

Release:2023/6/23

Genre: Rock/Pop/Folk/Jazz

 


シンガーソングライターとして潤沢な経験を持つM.Ward。本作の発表後、ウォードはノラ・ジョーンズとのデュエット曲も発表した。

 

『Supernatural Thing』の制作は、M.Wardがふと疑問に思ったこと、ラジオの無線そのものが別世界に通じているのではないか、というミステリアスな発想に基づいている。実際、パンデミックの時期にM.Wardは、よくラジオを聴いていたそうですが、そういった目まぐるしく移ろう現代の時代背景の中で、人生の普遍的な宝物が何かを探求したアルバムと呼べるかもしれない。

 

アルバムには、アーティストのオリジナル曲とカバーソングが併録されている。音楽的には、Elvis Presleyの時代の古典的なロックンロール、パワー・ポップ、ジャングル・ポップ、コンテンポラリー・フォーク、ブルース・ロック、スタンダード・ジャズを始めとするノスタルジックなアプローチが図られている。しかし、それほど新しい音楽でないにも関わらず、このアルバムを良作たらしめているのは、ひとえにM.Wardのソングライティング能力の高さにあり、それがアーティストの人生を音楽という形を介してリアルに反映されているがゆえ。

 

本作のもう一つの魅力は、スウェーデンの双子のフォーク・デュオ、FIrst Aid Kitの参加にある。実際、アルバムに収録されているデュエット曲「Too Young To Die」、「engine 5」は、M. Wardのブルージーな音楽性に爽やかさや切なさという別の感覚を付与する。その他にも、アーティストが夢の中で、ロックの王様こと「エルヴィス」に出会い、「君はどこへだっていける」とお告げをもらう、ロックンロール・アンセム「Supernatural Thing」も珠玉のトラック。

 


Best Track 「Supernatural Thing」

 

 

Best Track 「engine 5」

   

 

 

 

 Oscar Lang  『Look Now』



Label: Dirty Hit

Release: 2023/7/2

Genre: Pop/Indie Rock/Alternative Rock

 


11歳で作曲を始めた(6歳くらいからピアノで曲を作っていたという説もある)マルチ・インストゥルメンタリストのオスカー・ラングは、2016年頃に楽曲を発表し始めた。高校在学中に、Pig名義で『TeenageHurt』や『Silk』のプロジェクトを発表し、実験的なポップと孤独の青春クロニクルで多数のファンを獲得した。2017年、ベッドルーム・ポップの新鋭、BeabadoobeeとのKaren Oの「The Moon Song」のカヴァーは、バイラル・ヒットとなり、数百万ストリーミングを記録し、2019年までに両アーティストはロンドンのレーベル、Dirty Hitと契約した。

 

『Look Now』は、オスカー・ラングが体験した幼馴染の恋人の別れの経験を元に書かれた。ギターロック色が強かったデビュー作とは対象的に、ビリー・ジョエル等の古典的なポップスから、リチャード・アッシュクロフトのVerveを始めとするブリット・ポップへの傾倒がうかがえる。

 

幼い頃に亡くなった母との記憶について歌われた「On God」の敬虔なるポップスの魅力も当然のことながら、バラードに対するアーティストの敬愛が全編に温かなアトモスフィアを形作り、ソングライターとしての着実な成長が感じられる快作となっている。「Leave Me Alone」、「Take Me Apart」、「One Foot First」等、聴かせるロックソングが多数収録されている。



Best Track「One Foot First」

 

 

 

 

Far Caspian   『The Last Remaining Light』-Album Of The Year 



 

 


 Label: Tiny Library

Release: 2023/7/28

Genre: Alternative Rock/Lo-Fi

 


リーズのJoseph Johnston(ダニエル・ジョンストン)は、デビューEPのリリース後、3年を掛けて最初のフルレングスの制作に取り掛かった。2021年にファースト・アルバム『Ways To Get Out」を発表後、ジョセフ・ジョンストンの持病が一時的に悪化した。このツアーの時期の困難な体験は、日本建築に対する興味を込めた「Pet Architect」に表れている。ジョンストンは、日本の狭い道に多くの建物が立て込んでいるイメージに強く触発を受けたと語る。

 

アルバムの制作中に、ジョセフ・ジョンストンはブライアン・イーノの『Discreet Music』を聴いていた。タイトルはTalking Headsの名作アルバム『Remain In Light』に因むと思われる。

 

『The Last Remaining Light』はオルタナティヴ・ロックの範疇にあるアルバムではありながら、ギターサウンド、ドラムのミックスに、ミュージック・コンクレートの影響が反映されている。本作は一時的な間借りのスタジオで録音され、音源を「タスカム244」の4トラックに送った後、それをテープ・サチュレーションで破壊し、最終的にLogicStudioに落としこんだという。

 

「デビュー・アルバムのミックスをレーベルに提出した翌日から、すぐ二作目のアルバムの制作に取り組んだ」とジョンストンは説明する。「ファースト・アルバムを完成させるのに精一杯で疲れきっていた。でも、アルバムが完成したとき、次の作品に取りかかり、失敗から学ぼうという気持ちになった。長いデビュー作を作った後、10曲40分のアルバムを書きたいとすぐに思った」

 

アルバム全体には荒削りなローファイの雰囲気が漂う。さらに、Rideへのオマージュを使用したり、American Footballのようなエモ的な質感を追加している。特にドラムの録音とギターの多重録音には、レコーディング技術の革新性が示唆される。本作の音楽性は、懐古的な空気感もあるが、他方、現代的なプロダクションが図られている。オルタナティヴ・ロックの隠れた名盤。

 

 

Best Track「Cyril」

 

 

 

 

 No Name 『Sundial』


Label: AWAL

Release; 2023/8/11

Genre: Hip Hop/R&B

 


シカゴのシンガー、No Nameは実際、良い歌手であることに変わりはないでしょうし、このアルバムも深みがあるかどうかは別としてなかなかの快作。

 

2021年にローリング・ストーン誌に対して解き明かされた新作アルバム『Sundial』の構想や計画をみると、過激なアルバムであるように感じるリスナーもいるかもしれないが、実際は、トロピカルの雰囲気を織り交ぜた取っ付きやすいヒップホップ・アルバムとなっている。多くの収録曲は、イタロのバレアリックで聴かれるリゾート地のパーティーで鳴り響くサマー・チルを基調にしたダンス・ミュージック、サザン・ヒップホップの系譜にあるトラップ、それから、ゴスペルのチョップ/サンプリングを交えた、センス抜群のラップ・ミュージックが展開されている。


少なくとも本作は、モダンなヒップホップを期待して聴くアルバムではないけれど、他方では、ヒップホップの普遍的なエンターテイメント性を提示しようとしているようにも感じられる。良い作品なので、アルバムジャケットを変更し、再発を希望します。

 

 

Best Track 「boomboom(feat. Ayoni」

 

 

 

 

Olivia Rodrigo 『GUTS』

 


Label: Geffen 

Release: 2023/9/15

Genre: Alternative Rock/Punk/Pop



米国の名門レーベル、ゲフィンから発売されたオリヴィア・ロドリゴの『GUTS』は主要誌、Rolling Stone、NMEで五つ星を獲得したものの、独立サイト系は軒並み渋めの評価が下された。


しかし、それもまた一つの指標や価値観に過ぎないだろう。オルタナティヴ・ロックという観点から見ると、少なくとも標準以上のアルバムであることがわかる。オリヴィア・ロドリゴは、アルバムの制作時、ジャック・ホワイトにアドバイスを求め、若いアーティストとして珍しく真摯に自作の音楽に向き合った。「Snail Mail、Sleater-Kinney、Joni Mitchell、Beyoncé、No DoubtのReturn Of Saturn、Sweetなど、お気に入りの曲を記者に列挙しており、「今日は『Ballroom Blitz』を10回も聴いた。なぜかは全然わからない」とNew York Timesに話している。

 

『Guts』では、ベッドルームポップの要素に加え、インディーロック、グランジ、ポップ・パンクの要素を自在に散りばめて、ロックのニュートレンドを開拓している。特に、現在の米国のロックアーティストとしては珍しく、アメリカン・ロックを下地に置いており、ティーンネイジャー的な概念がシンプルに取り入れられていることも、本作の強みのひとつ。ときに商業映画のようにチープさもあるが、一方で、アーティストは、その年代でしかできないことをやっていることがほんとうに素晴らしい。これが本作に、全編に爽快味のようなものを付加している。

 

それほど洋楽ロックに詳しくない若いリスナーにとって、オリヴィア・ロドリゴの『GUTS』は、入門編として最適であり、ロックの魅力の一端を掴むのに最上のアルバムとなるはずだ。このアルバムを聴いて、Green Dayの『Dookie』を聴いてみても良いだろうし、Nirvanaの『Nevermind』を聴いても良いかもしれない。その後には、素晴らしき無限の道のりが続いている!?

 

 

Best Track 「ballad of a homeshooled girl」

 

 

 

 

 Mitski 『The Land Is Inhospitable and So Are We』-Album Of The Year

 

 

Label: Dead Oceans

Release: 2023/9/15

Genre; Pop/Rock/Folk/Country

 

 

三重県出身、ニューヨークのシンガーソングライター、Mitski(ミツキ)の7作目のアルバム『The Land Is Inhospitable and So Are We』は、前作『Laurel Hell』のシンセ・ポップを主体としてアプローチとは対象的に、オーケストラの録音を導入し、シネマティックなポップ・ミュージックへと歩みを進めた。歌手としての成長を表し、たゆまぬ前進の過程を描いた珠玉のアルバム。


「最もアメリカ的なアルバム」とミツキが回想する本作は、フォーク/カントリーを始めとするアメリカーナの影響を取り入れ、それらを歌手のポピュラーセンスと見事に合致させた。オーケストラとの生のレコーディングという形に専念したことは、実際、アルバムにライブレコーディングのような精細感をもたらしている。それを最終的にミックスという形で支えるプロデューサーの手腕も称賛するよりほかなく、ミツキのソングライティングや歌に迫力をもたらしている。

 

現時点では、「My Love Mine All Mine」がストリーミング再生数として好調。この曲は、今は亡き”大瀧詠一(はっぴーえんど)”のソングライティングを想起させるものがある。クリスマスに聞きたくなるラブソングで、ミツキの新しいライブレパートリーの定番が加わった瞬間だ。

 

他にも、全般的にポピュラー・ミュージックとして聴き応えのある曲が目白押し。フォーク、ゴスペルの融合を試みた「Bug Like An Angel」、ミュージカル、映画のようなダイナミックなサウンドスケープを描く「Heaven」、歌手自身が敬愛する”中島みゆき”の切なさ、そして、歌手としての唯一無二の存在感が表れた「Star」等、アルバムの全編に泣ける甘〜いメロディーが満載である。このアルバムの発売後、Clairoが「My Love Mine All Mine」をカバーしていた。


 

Best Track 「My Love Mine All Mine」

 

 

 Best Track「Star」

 

 

Part.3はこちらからお読み下さい。

 

Part.1はこちら


 

 

2007年に米国で発足したレコード会社が協力し、限定版をリリースし、各レコード店で独自イベントを開催する「レコード・ストア・デイ」が本日い店舗で開催されます。

 

本イベントでは、毎年、アンバサダーが選ばれ、このイベントを盛り上げてくれています。


今年のレコード・ストア・デイ・ジャパンのミューズには満島ひかりさんが選ばれ、さらに公式サイトを通じてメインビジュアルが公開となりました。


ビジュアルは、国内外に多くのファンを持つ”ELLA RECORDS”(幡ヶ谷)にて、アナログレコード愛好家、写真家の平間至氏によって撮影。幡ヶ谷のショップ、ELLA RECORDSは、個性的なレコードを多数販売、さらに地元商店街と連携し地域貢献を行っています。以前、テレビ東京の土曜日の夜に放映される番組「アド街ック天国」で紹介されたことがあります。

 

当日、旧作のレコードを中心に限定盤の69タイトルが販売されます。今年のレコード・ストア・デイのイチオシは、NHKの朝ドラ『ちむどんどん』の主題歌でお馴染みの日本の実力派シンガーソングライター、三浦大知さんの「ひかりとだいち love Soil&"Pimp" Sessions」となります。


日本のジャズバンド、SOIL&”PIMP”SESSIONSが盟友の三浦大知さんと共に歌唱し、作曲/アレンジを手掛け、さらに作詞は満島ひかりさんご本人によるという超豪華シングル「ひかりとだいち love SOIL&”PIMP”SESSIONS」 が、RSD限定盤として12インチサイズでリリースされます。B面に収録されているSOIL社長によるAmapiano Remixも必聴ですよ。 (詳細はコチラ


他にも、新旧の名盤のレコード再発が目白押しとなっています。邦楽では、Big Yukiの『Neon Chapter』、De De Mouse/YonYonの『Step in Step in』、Lindbergの『今すぐKiss Me/Little Wing ~spirit of Lindberg』、渥美マリの『夜のためいき』、佐藤千亜妃の『Time Leap』、三木道三のジャパニーズ・レゲエの傑作「Lifetime Respect』、Jun Sky Walkerの『Start/白いクリスマス』と、懐メロも充実のラインアップ。さらに、洋楽では、Mr Bigの鮮烈なデビュー・アルバム『Mr Big』、NirvanaのSub Pop時代のグランジの傑作『Bleach』、Al Greenの『I'm Glad You're Mine(ORIGINAL)/I'm Glad You're Mine(Cut Creator$ EDIT)』の再発も見逃すことができません。

 

これらのレコードの再発イベントは、全国のタワー・レコード/ディスクユニオンの一部店舗を始め、個人レコード店舗を中心に開催されます。限定版のラインアップはこちらから確認出来ます。全国のイベント実施店舗の詳細についてはこちら。また、タワーレコード/ディスクユニオン全店舗でRSDのイベントが開催されるわけではありませんので、くれぐれもご注意下さい!!

PACKS


 

PACKSの名義で音楽を制作するトロントのマデリン・リンクは、常に周囲の環境にインスピレーションを見出してきた。最新作『Melt the Honey』(1年ぶり2作目のフルアルバム)の制作にあたり、彼女はこれまでの作品に影響を与えてきた平凡な空間を超えたところに目を向けたいと考えた。


昨年3月の11日間、リンクと彼女のバンドメンバー(デクスター・ナッシュ(ギター)、ノア・オニール(ベース)、シェーン・フーパー(ドラムス))は、メキシコ・シティに再び集まった。2020年にカーサ・リュでアーティスト・イン・レジデンスを行ったことのある彼らにとって思い入れのある場所でもある。PACKSは、スタジオを借りて新曲を練習し、メンバーそれぞれが美的感覚を持ち寄った。そこからバスでハラパに移動したのち、メキシコ・シティで著名な劇場兼音楽ホール、テアトロ・ルシドの構想者であるウェンディ・モイラが所有・運営する、都会の喧騒から切り離された建築物、「カサ・プルポ」と呼ばれる家で残りの海外滞在期間を過ごした。


『メルト・ザ・ハニー』の制作は、2021年のデビュー作『テイク・ザ・ケイク』から参加しているミュージシャンたちが再び集結し、共同作業を行った。レコーディングに感じられる活気の一部は、マデリン・リンクの人生の根底にある感情の変化、恋に落ちたことにも由来しているという。長い間ひとりでやってきたことで、リンクはようやく、自分が大切にされていることを知ることで得られる安らぎを受け入れている。


「これらの曲は、今まで書いたどの曲よりもハッピーというか、楽観的なんだ」とリンクは言う。このアルバムのタイトルは、チリのビーチ・タウンで書かれたシングル曲「Honey」に由来している。マデリン・リンクはこのような感情の中で過ごし、ロマンチックなパートナーと家を共有し、誰かがそばにいるという視点を通して、人生をよりスムーズに経験できるようにしていた。リンクがより幸せな心境にある一方、『メルト・ザ・ハニー』は彼女の感情を徹底して掘り下げ、新たな音の領域を開拓している。Pearly Whitesのスカジーなシューゲイザーから "AmyW "のサイケなテクスチャーの間奏曲に至るまで、『Melt the Honey』は最も磨き上げられたアルバムとなった。

 


PACKS  『Melt the Honey』‐ Fire Talk


 

ここ10年ほど、「米国のオルタナティヴ・ロック」という音楽の正体について考えてきたが、ひとつ気がついたことがある。「ALT」という言葉には「亜流」という意味があり、主流に対するアンチテーゼのような趣旨が込められている。ひねりのあるコードやスケール、旋律の進行に象徴される音楽というのが、このジャンルの定義付けになっている。しかし、ひねりのあるコードやスケールを多用したとしても、米国のオルタナティヴの核心に迫ることは難しい。

 

なぜなら、オルタナティブというジャンルには、多彩な文化の混交やカントリー/フォークのアメリカーナ、合衆国南部の国境周辺からメキシコにかけての固有の文化性や音楽が含まれているからなのだ。つまり、The Ampsのキム・ディールやPixiesのジョーイ・サンティアゴが示してきたことだが、米国南部の空気感やメキシコの文化性がオルタナティヴというジャンルの一部分を構成し、それがそのまま、このジャンルの亜流性の正体ともなっているのである。


PACKS(マデリン・リンク)は正確に言えば、カナダのアーティストであるが、バンド形態で米国のオルタナティヴという概念の核心に迫ろうと試みている。メキシコ・シティにバンドメンバーと集まり、ウェンディ・モイラが所有・運営する、都会の喧騒から切り離された建築物、「カサ・プルポ」を拠点として、レコーディングを行ったことは、東海岸のオルタナティヴロック・バンドとは異なる米国南部、あるいはメキシカーナの雰囲気を生み出す要因となった。それはまた、Nirvanaに強い影響を及ぼし、MTV Unpluggedにも登場したMeat Puppetsのセカンドアルバム『Ⅱ』に見受けられるアリゾナの独特な雰囲気ーーサボテン、砂漠、カウボーイハット、荒れ馬、度数の強いテキーラーーこういったいかにもアメリカ南部とメキシコの不思議な空気感が作品全体に漂っている。たとえそれがステレオタイプな印象であるとしても。


そして、マデリン・リンクのボーカルには、ほどよく肩の力が抜けた脱力感があり、Big Thiefの主要なメンバーであるバック・ミーク、エイドリアン・レンカーのように、喉の微妙な筋力の使い方によって、ピッチ(音程)をわざとずらす面白い感じの歌い方をしている。一見すると、アデルやテイラー・スフィフトの現代の象徴的な歌手の歌い方から見ると、ちょっとだけ音痴のようにも聞こえるかもしれない。しかし、これは「アメリカーナ」の源流を形作るフォーク/カントリー、ディキシーランドの伝統的な歌唱法の流れを汲み、このジャンルの主要な構成要素ともなっている。そしてこれらのジャンルを、スタンダードなアメリカンロックや、インディーズ色の強いパンク/メタルとして濾過したのが米国のオルタナティヴの正体だったのである。

 

オープニングを飾る「89  Days」は、上記のことを如実に示している。PACKSは、アーティストが描く白昼夢をインディーロックにシンプルに落とし込むように、脱力感のあるライブセッションを披露している。


それは、現代社会の忙しない動きや無数に氾濫する情報からの即時的な開放と、粗雑な事物からの完全な決別を意味している。ボーカルは、上手いわけでも洗練されているわけでもなく、ましてや、バックバンドの演奏が取り立てて巧みであるとも言いがたい。それでも、ラフでくつろいだ音楽が流れ始めた途端、雰囲気がいきなり変化してしまう。ビートルズのポール・マッカートニーの作曲性を意識したボーカルのメロディー進行、インディーフォーク、ローファイに根ざしたラフなアプローチは、夢想的な雰囲気に彩られている。そのぼんやりとした狭間で、ヨット・ロックへの憧れや、女性らしいロマンチズムが感情的に複雑に重なり合う。そして、現代的な気風と、それとは相反する古典的な気風が溶け合い、アンビバレントな空気感を生み出す。

 

本作のタイトル曲代わりである「Honey」においても、マデリン・リンクとバンドが作り出す白昼夢はまったく醒めやることがない。

 

アーティストのグランジロックに対する憧れを、ビック・シーフのようなインディーフォークに近い音楽性で包み込んだ一曲である。そしてその中には、アリゾナのミート・パペッツのようなサイケやアメリカーナ、メキシカーナとサイケデリックな雰囲気も漂う。内省的で、ほの暗い感覚のあるスケールやコード進行を用いているにもかかわらず、曲の印象は驚くほど爽やかなのだ。


一曲目と同様、PACKのバンドの演奏は、ラフでローファイな感覚を生み出すが、それ以上にマデリン・リンクの声は程よい脱力感がある。それがある種の安らいだ感覚をもたらす。これらの夢想的な雰囲気は、ラフなギターライン、ベース、ドラム、そして、ハモンドオルガンによって強化される。 

 

「Honey」

 



「Pearly Whites」でも、ミート・パペッツを基調とした程よく気の抜けたバンドサウンドとグランジの泥臭いロックサウンドが融合を果たす。マデリン・リンクのボーカルは、Green River、Mother Love Bone、Pavementといったグループのザラザラとした質感を持つハードロック、つまりグランジの源流に位置するバンドが持つ反骨的なパンク・スピリットを内包させている。そして、これらのヘヴィ・ロックのテンポは、ストーナー・ロックのようにスロウで重厚感があり、フロントパーソンの聞きやすいポピュラーなボーカルと鋭いコントラストを描いている。ボーカルそのものは軽やかな印象があるのに、曲全体には奇妙な重力が存在する。ここに、バンド、フロントマンの80年代後半や90年代のロックに対する愛着を読み取ることができるはずだ。しかし、この曲がそれほど古臭く感じないのは、Far Caspianのような現代的なローファイの要素を織り交ぜているからだろう。

 

ローファイの荒削りなロックのアプローチは、その後も続いている。先行シングルとして公開された「HFCM」は、「ポスト・グランジ」とも称すべき曲であり、『Melt The Honey』のハイライトとも言える。Mommaの音楽性を思わせるが、それにアンニュイな暗さを付加している。相変わらずマデリン・リンクのボーカルには奇妙な抜け感があり、ファジーなディストーションギターとドラム、ベースに支えられるようにして、曲がにわかにドライブ感を帯びはじめる。楽節の節目にブレイクを交えた緩急のあるロックソングは、リンクのシャウトを交えたボーカルとコーラスにより、アンセミックな響きを生み出すこともある。曲のアウトロでは、ファジーなギターが徐々にフェイドアウトしていくが、これが奇妙なワイルドさと余韻を作り出している。

 

「Amy W」は、インストゥルメンタルで、Softcult,Winter、Tanukicyanのような実験的なシューゲイズバンドのサウンドに近いものが見いだせる。その一方で、ニューヨークのプロトパンクの象徴であるTelevision、Stoogesのようなローファイサウンドの影響下にあるコアな演奏が繰り広げられる。ギターラインは、夢想的な雰囲気に彩られ、ときにスコットランドのMogwaiのような壮大なサウンドに変化することもある。たしかに多彩性がこの曲の表面的な魅力ともなっているが、その奥底には、鋭い棘のようなパンク性を読み解く事もできる。そして、この曲でも前曲と同じように、アウトロにフェードアウトを配することで、微かな余韻を生み出し、80年代後半と90年代のロックのノスタルジックな空気感を作り出す。この曲のプロダクションは、アナログの録音機材によるマスタリングが施されているわけではないと思われるが、バンドサウンドの妙、つまりリズムの抜き差しによってモノラルサウンドのようなスペシャルな空気感を生み出している。これぞまさしく、ボーカリストとPACKSのメンバーが親密なセッションを重ねた成果が顕著な形で現れたと言えるだろう。

 

 

このアルバムには、80年代、90年代のオルト・ロックからの影響も含まれているが、他方、それよりも古い、The Byrds、Crosby Still& Nash(&Young)のようなビンテージ・ロックの影響を織り交ぜられることもある。


「Take Care」は、70年代のハードロックの誕生前夜に見られるフォーク/カントリーにしか見出せない渋さ、さらに泥臭さすら思わせるマディーなロックサウンドが、エイドリアン・レンカーの影響をうかがわせるマデリン・リンクの力の抜けたボーカルと合致し、心地よい空気感を生み出す。


そして、リンクのボーカルは、ファニーというべきか、ファンシーというべきか、夢想的で楽しげな雰囲気に彩られる。これがアンサンブルに色彩的な変化を与え、カラフルなサウンドを生み出す。クラフトワークのエミール・シュルトのように「共感覚」という言葉を持ち出すまでもなく、一辺倒になりがちな作風に、リンクのボーカルが、それと異なる個性味を付け加えている。それがこの曲を聴いていると、晴れやかな気分になる理由でもあるのかもしれない。

 

グランジとフォークの組み合わせは、「Grunge-Folk」とも呼ぶべきアルバムの重要なポイントを「Her Garden」において形作る。破れた穴あきのデニムや中古のカーディガンを思わせる泥臭いロックは、Wednesdayの最新アルバムに見いだせるような若い人生を心ゆくまで謳歌する青臭さという形で昇華される。それらが、上記の70年代のビンテージ・ロック、ローファイ、サイケという3つの切り口により、音楽性そのものが敷衍されていき、最終的にPACKにしか作り出せない唯一無二のオルタナティヴ・ロックへと変化していく。この曲も取り立てて派手な曲の構成があるわけではないが、ビンテージなものに対する憧憬がノスタルジックな雰囲気を作り出す。


 「Her Garden」

 


マデリン・リンクは驚くべきことに、ミート・パペッツやニルヴァーナのボーカリストの旋律の進行や事細かなアトモスフィアに至るまで、みずからのボーカルの中にセンス良く取り入れている。なおかつ、その底流にある「オルタナティヴ」という概念はときに、成果主義や完璧主義というメインストリームの考えとは対極にある「未知の可能性」を示唆しているように感じられる。


「Paige Machine」は、サイケ・ロックを和やかなボーカルでやわらかく包み込む。そしてこの曲には、ミートパペッツのようなメキシカンな雰囲気に加え、ピクシーズのような米国のオルタナティヴの核心をなすギターライン、ピンク・フロイドの初代ボーカリストであるシド・バレットが示したサイケデリック・フォークという源流に対する親和性すら見出す事もできなくもない。


続く「Missy」は 、ファニーな感覚を擁するインディーロックソングにより、PACKSが如何なるバンドであるのかを示している。ここでも、バンドとボーカリストのマデリン・リンクは、夢想的とも称すべき、ワイアードなロマンチシズムをさりげなく示す。きわめつけは、「Trippin」では、バレットの「The Madcaps Laughs」の収録曲「Golden Hair」に象徴される瞑想的なサイケ・フォークの核心に迫り、それをアメリカーナという概念に置き換えている。

 

「Time Loop」でアルバムはクライマックスを迎える。クローズ曲は、ビンテージな音楽から、モダンなインディーフォークのアプローチに回帰する。派手なエンディングではないものの、本作のエンディングを聞き終えた時、映画「バグダッド・カフェ」を見終えた後のような淡いロマンを感じる。


PACKSのバンドのラフなライブ・セッション、マデリン・リンクのファニーなボーカルは、アルバムの冒頭から最後まで一貫して、「白昼夢」とも呼ぶべき、心地良い空気感に縁取られている。そして、Fire Talkのプレスリリースに書かれている「平凡な空間を越える」という表現については、あながち脚色であるとも決めつけがたい。アルバムのクライマックスに至ると、フォーク/カントリーの象徴的な楽器であるスティール・ギターのロマンチックでまったりとした感覚を透かして、アリゾナの砂漠、サボテン、カウボーイハット、それらの幻想の向こうにあるメキシコの太陽の眩いばかりの輝きが、まざまざと目に浮かび上がってくるような気がする。

 

 

「Paige Machine」

 

 

 

85/100

 

 

PACKSのニューアルバム『Melt The Honey』は”Fire Talk”より本日発売。アルバムのご購入はこちら、Bandcampから。

 





先週のWeekly Music Featureは以下よりお読みください:

METZ 『Up On Gravity Hill』 

 

 

 Label: Sub Pop

 Release: 2024/04/12

 

 

 Review

 

Metzは2012年のセルフタイトルで名物的なパンクバンドとしてカナダのシーンに登場した。サブ・ポップの古株といえ、ガレージロック、オルトロック、ポストパンク等をごった煮にしたサウンドで多くのリスナーを魅了してきた。『Up On The Gravity Hill』はデラックスアルバムを発表したからとはいえ、依然としてバンドが創造性を失ったわけではないことを表している。

 

シューゲイズ風の轟音ギターを絡めたオープニング「No Reservation/ Loves Comes Crashing」を聴けば分かる通り、本作は近未来のテイストを持つオルタナティブロックサウンドが展開される。

 

ボーカルのフレーズにはエモーショナルな雰囲気が漂い、バンドの年代としては珍しくエバーグリーンな空気感を作り出すことに成功している。その中に、UKの現行のポスト・パンクに類するオルタナネイトなスケール、ノイズ、不協和音が縦横無尽に散りばめられる。もちろん、バンドがそういったサウンドを志向していないのは瞭然であるが、抽象的なギターのフレージングと合わせて、オルト・ロックの無限のサイケデリアに誘う。少なくともこのオープニングは、本作のリスニングに際して、相応に良いイメージを与えるものと思われる。

 

同じく、エモとまではいかないけれども、「Entwined(Street Light Buzz)」においてオルタナティヴの源流を形作るカレッジロックやグランジの魅力を再訪し、上記のオープナーと同じように、トライトーンを用いたスケール、ノイズ、協和音の中に織り交ぜられる不協和音という形で痛快なインディーロックを展開させる。また、Nirvanaの「Love Buzz」のクリス・ノヴォセリックに対するオマージュが含まれていて、それはオーバードライブを掛けたベースラインという形で、この曲にパンチとフックをもたらす。上記の2曲は、道標のないオルタナの無限の砂漠に迷い込んだリスナーにとってオアシスのような意味を持つ。また、この曲には、わずかにメタリックな香りが漂い、それは80年代後半のグランジロックがヘヴィメタルの後に始まった音楽であることを思い出させる。Mother Love Bone、Green Riverあたりが好きなリスナーにとってはストライクとなるだろう。


グランジサウンドに舵をとったかと思えば、ジョン・ライドン擁するP.I.Lのような70年代後半のニューウェイブサウンドが繰り広げられる場合もある。「Superior Mirage」は、P.I.LやDEVO、Talking Headsが実践したように、テクノサウンドとパンクサウンドの融合というポストパンクの原点に立ち帰っている。問題は、IDLESのような圧倒的な説得力があるわけではなく、サウンドがやや曇りがちになっている。「Would Tight」では、パール・ジャムを思わせるUSロックとグランジの融合に重点を置いているが、この曲もセルフタイトルアルバムのような精細感に乏しい。数時間放置した炭酸の抜けたコーラのような感じで、ちょっとだけ物足りなさを覚えてしまう。

 

ただ、METZのメンバーが新しいカタチの''ポスト・オルト''とも称すべき実験的なサウンドをアルバムで追求していることは注目しておくべきだろう。例えば「Never Still Again」ではギターサウンドの核心にポイントを置き、変則的なチューニングを交えながら、オルタナティヴに新風を吹き込もうと試みる。アルバムのクローズ「Light Your Way Home」ではカナダのミュージックシーンを象徴づけるポストシューゲイズサウンドに挑む。これらはMetzによる、Softcult、Bodywashといったカナダのミュージックシーンの新星に捧げられたさり気ないリスペクトなのかもしれない。




75/100

 

 

「No Reservation/ Loves Comes Crashing」

 


 

マサチューセッツのロックデュオ、PVRIS(パリス)が4枚目のアルバムを発表し、その中から新しいシングルを公開しました。新作のタイトルは『Evergreen』で、7月14日にHopeless Recordsから発売されます。このニュースは、新曲「Good Enemy」とともに発表された。以下でチェックすることができます。


ニューアルバムについて、ボーカルのLynn Gunnは次のように語っています「”Evergreen"は、パンデミック後の文化におけるコントロールの再生であり、名声、テクノロジー、スペクタクル、そして女性の自律性に関する複雑な議論を提起している。


”エバーグリーン"の定義を検索すると、enduring、timeless、fresh、unlimited、renewalといった言葉が出てきます。すべてがオンライン、アルゴリズムベース、インスタントである現代の文化では、タイムレス、長寿、つながりがいつか瀕死の概念になりかねないように感じます。PVRISは、これまで以上に、そしてこれからも、反定型性、反不変性、反瞬間的満足を目指します。


特定のトレンドや人々のノスタルジーに応えるのはアーティストとしての仕事ではなく、自分が従わなければならないと感じるものに従い、その中にどんな真実やメッセージを見出すことができるのか、最善を尽くさなければならないのです。常に変化のリスクを受け入れ、私の音楽の人生の各段階が、それが意図する誰とも共鳴することを信じなければならないんだ。


「Good Enemy」



PVRIS 『Evergreen』

 

 

 

Label: Hopeless Records

Release: 2023/7/14

 

Tracklist:

 

I DON’T WANNA DO THIS ANYMORE
GOOD ENEMY
GODDESS
ANIMAL
HYPE ZOMBIES
TAKE MY NIRVANA
SENTI-MENTAL
ANYWHERE BUT HERE
HEADLIGHTS
LOVE IS A…
EVERGREEN
 

 

 

©︎Dasha Belikov

ニューヨークを拠点とする5人組ハードコアバンド、Dog Dateが新作アルバム『Zinger』を発表した。2021年のデビュー作『Child's Play』に続くこの作品は、4月12日にPop Wig Recordsからリリースされる。リード・シングル「Nuff Said」とアルバムのジャケット、トラックリストは以下をチェック。


「このアルバムについて、ヴォーカル/ギターのディラン・ケネディはプレスリリースでこう語っている。「二人のドラマーが一緒に演奏することは、僕らにとってとても重要なことだった。


この曲のやや狂暴な性質は、内なる不安について書くのに適している。このアルバムの最後の曲までには、最初の頃のパニックや怒りを乗り越えているといいんだけどね」





Dog Date 『Zinger』


Tracklist:

1. Nirvana
2. Nuff Said
3. Spine Transfer
4. F Bomb
5. Duplo
6. Cruel World Reversal
7. Theory Orb
8. Slug
9. Xipe
10. Twin Star
11. I Love That Story



 

R.E.M


・カレッジロックの原点 ジョージアの大学のラジオ局

 

カレッジロックとは1980年代にアメリカやカナダで発生したカルチャーを意味する。明確な音楽的な特徴こそ存在しないが、大学のキャンバスの中にあるラジオ局でオンエアされたロックである。

 

このジャンルは90年代のオルトロックのブームへの流れを作った。カレッジロックは、マサチューセッツ、ミネソタ、ジョージア等がカレッジロックのシーンの出発点に挙げられる。最も最初の原点を辿ると、ローリング・ストーンが指摘しているジョージア州のアテネの大学ラジオ局に求められる。これらのラジオ局では、Sonic Youth等、ニューヨークのプロトパンクバンドの楽曲もオンエアされたが、 特にミネソタのバンドを中心にそれまで脚光を浴びてこなかった地域の魅力的なバンドをプッシュする効果があった。

 

カレッジロックは、実際に大学の寮のパーティー等で学生の間で親しまれることになったが、特にコマーシャリズムや商業主義に反する音楽を紹介する傾向にあった。特にインディペンデントでの活動を行うバンドを中心にプッシュすることが多かった。これは後に、リプレイスメンツやスミス等がメジャーレーベルからリリースを行うようになると、当初のインディーズのスノビズムの意義は薄れていくことになる。特に、R.E.M、リプレイスメンツやスミスは、ヒットチャートで上位を獲得したことがあるため、インディーズバンドというにはあまりにも有名すぎるのである。


現時点から見ると、インディーズミュージックというのは一昔前に比べると、本来の意義を失っているのは事実である。というのも、90年代以前にはインディーズレーベルが米国にはほとんど存在せず、カレッジラジオの曲のオンエアがレーベルの紹介やリリースの代役を果たしていたからである。そもそも、カレッジロックでオンエアされる音楽がすべて現在のストリーミングのように、リスナーが簡単に入手出来るとも限らなかったはずである。そこで、カレッジロックは、次世代の音楽シーンの橋渡しのような役割を担った。そして、この動きに続いて、サブ・ポップがシングル・コレクション(今も現役)等を通じて、アンダーグラウンドのバンドを紹介し、のちの世代のグランジやオルトロックへと繋がっていく。

 


・カレッジロックはオルトロックの原点なのか?

 

もしカレッジロックが一般的に大学生や若い世代に普及していなければ、その後の90年代のオルタナやミクスチャーロックは存在しなかったはずである。なぜなら、このラジオ曲のオンエアの中にはニルヴァーナやRHCP(マザーズ・ミルク等)の最初期の音楽もオンエアされていたからである。


当時、ラジオ曲を聴いたり、学生寮のパーティー等でこれらの音楽を自然に聴いていた学生が数年後、音楽を始め、それらのムーブメントを担っていったと考えるのが妥当である。また反商業主義的な音楽の宣伝と同時に、このカレッジロックというジャンルには何らかの音楽的な共通項がある。

 

演奏が上手いとは言えないが、ザラザラとしたギター、ときにエモの原点となる音楽的な叙情性、粗野なボーカル、そして音質こそ良くないが、純粋なエネルギーがこもっているということ。これらの長所と短所を兼ね備えたロックは、当時の若者の心を奮い立たせる効果があったかもしれない。そして、演奏がベテランバンドのように上手くなかったことも、当時のティーンネイジャー等に大きな触発を与えたものと思われる。そこには専門性の欠落という瑕疵こそあれ、これだったら自分でも演奏できるかもしれない、と思わせることはかなり重要だったのである。

 

カレッジ・ロックは1980年代からおよそ数年間でそのムーブメントの役割を終える。ある意味、オルト・ロックに飲み込まれていったのである。厳密に言えば、カレッジ・ロックが終わったのは92年で、これはその代表的なバンドのR.E.Mが商業的な成功を収めはじめ、ほとんどシアトルのバンドがメインストリームに引き上げられた年代と時を同じくしている。これらの対抗勢力として、アンダーグランドでは、スロウコアやオルトフォークがミレニアムの時代に向けての醸成期間を形成する。最初のオルトフォークの立役者は間違いなくエリオット・スミスである。

 

1992年以降、カレッジ・ロックが以前のような影響力を失い、宣伝力や求心力を急速に失った要因としては、アメリカのNPRなど次世代のラジオメディアが台頭し、前の世代のカレッジ・ラジオの文化観を塗り替えたことが要因に挙げられる。90年代の後半になると、依然として大学のラジオの影響下にあるインディーズバンドは数多く台頭し、その一派は、パンクという形で、または、エモという形で、これらのUSオルトを受け継いでいく。カレッジ・ロックは、インターネットの一般普及により、デジタルカルチャーの一貫として組み込まれることになる。


その後のインターネットの普及により、2000年前後からブログメディアが誕生し、かつてのカレッジ・ラジオのような影響力を持つに至る。それらが一般的となり、デジタルに勝機があるとみるや、それを大手企業のメディアも追従するという構図が作られた。以後の時代の音楽文化の宣伝はSNSやソーシャルという形に変わるが、以降の20年間は、その延長線上にあると言っても過言ではなく、それらの基礎はすべて90年代後半から00年代初頭にかけて構築されていった。

 

 


・カレッジロックの代表的なバンドとその音楽



・R.E.M

 



 

R.E.M.(アール・イー・エム)は、カレッジ・ロックの象徴的なバンドで大きな成功を収めた。米国、ジョージア州アセンズ出身のロック・バンド。1980年結成。2011年9月21日解散。バンド名はレム睡眠時の眼球運動(Rapid Eye Movement)に由来すると言われているが、本人らは明言しておらず諸説ある。

 

アメリカのインディ・レーベルIRSよりデビュー。6枚目のアルバム『グリーン』よりワーナーへと移籍。以後、現在に至るまでオルタナティブ・ロックの代表的なバンドの一つとして活動を続けている。


高い音楽性、歌詞にこめられたメッセージ性から「世界で最も重要なロックバンド」と称されることもある。デビュー当時は4人組のバンドだったが、1997年にドラムのビル・ベリーが健康上の理由により脱退。以後はメンバーを追加することなく3人で活動している。 2007年、ロックの殿堂入りを果たした。

 

 

 


・Sonic Youth

 



写真が大学生っぽいのは置いておくが、ソニック・ユース (Sonic Youth) は1981年に結成されたニューヨーク出身のバンド。1970年代後半から活動を開始する。現代音楽家グレン・ブランカが主宰するギター・オーケストレーションのグループでサーストン・ムーアとリー・ラナルドが出会いサーストンの彼女のキムを誘いソニックユースの原型が誕生した。ごく初期の数年間、ドラムにはあまり恵まれず、実力不足で何回か交代している。

 

グループ名は元MC5のギタリスト、フレッド “ソニック” スミス(パティ・スミスの亡き夫)が好きだったのと、サーストンが好きなレゲエのアーティストに”ユース”という言葉の付いた者が多かったので思いついた名前。本人曰くあまり意味は無いらしい。バンド名を変えてアルバムを出すことも多かったことから、それほどバンド名に執着は無い様子でもある。


ジャンルとしてはノイズロック、グランジ、オルタナに分類される。サーストン・ムーアは「エレキ・ギターを聞くということはノイズを聞くこと」との持論があり、ギターノイズだけの曲、リーディング・ポエトリーのような曲、実験的な曲も多い。自分でオリジナルのコードや変則的チューニングを考えたこともある。


当初、アメリカで人気が出ず、当時ニューウェイブが全盛期だったイギリスを始めとするヨーロッパで評価された。長年インディーズ・レーベルで活動。しかしアルバム「デイドリーム・ネイション」が傑作と評されメジャーへの足がかりとなる。自分たちがメジャーシーンに移行することでオルタナ全体の過小評価を上げたいとの思いが強かった。しかし「無冠の帝王」などと揶揄されることもあり、売れることより実験性を重んじるようなところがある。


メンバーであるスティーブ・シェリーは自主レーベル、スメルズ・ライク・レコードを運営するなどアンダー・グラウンドへ目を向け有能なアーティストをオーバー・グラウンドへ紹介することもあり「ソニック・ユースがお気に入りにあげている」といった冠詞はよく目にするものである。ニルヴァーナやダイナソーJr.といったバンドもソニック・ユースに見初められたバンドである。

 

 

 

 

 

・Husker Du(-Sugar)

 



 

Hüsker Dü(ハスカー・ドゥ)は、1979年アメリカ・ミネアポリスで結成されたハードコアバンド。Germs、Black Flag,X、Misfitsと並んで、USパンク/ハードコアの最重要バンドである。のちのALL、Discendentsを始めとするカルフォルニアのパンクの一部を形成している。

 

オルタナティヴ・シーンに強い影響を与えた最重要バンドとして知られる。バンド名はスウェーデンのボード・ゲームから。81年、地元で行われたライブ音源をCD化したアルバム『ランド・スピード・レコード(Land Speed Record)』でデビュー。

 

ロサンゼルス以外の北米パンク/ハードコアを吸収し、UKテイストをミックスしたサウンドである。初期の彼らはこういったカラーが濃く、とにかく「速い・やかましい・短い」の強行突破ぶりを見せつけていた。その後、激しい演奏にとことん美しいメロディと非反逆的な歌詞を乗せるという「脱・ハードコア」スタイルにシフト・チェンジする。楽曲の数々は、爆発と沈降を繰り返しながら、オーディエンスの支持を増やしていった。

 

だが、バンドの中心人物であったボヴ・モウルド(vo&g)が、「勢いで燃え尽きてしまったバンド」と自ら語っている通り、 87年のアルバム『ウェアハウス:ソングス・アンド・ストーリーズ』を最後に(86年にメジャーに移籍したばかりだった)、彼らは活動にピリオドを打った。

 

その後、ボブ・モールドはソロを通過してシュガー(Sugar)を結成、グラント・ハート(vo&dr)もソロを経てノヴァ・モヴで活動している。ソロ転向後は、スタンダードなロックに転じ、メロディック性が強まり、モールドのソングライターとしての性質が強まった。

 

  

 



・The Replacements

 


 

リプレイスメンツはミネソタ州ミネアポリスのバンドで、ハスカー・ドゥとともに中西部の最初のミュージック・シーンの立役者である。その野生味のあるロックサウンドは現在もなお得意な煌めきを放つ。

 

当初は荒削りなハードコアパンクやガレージロックを主体としていたが、84年の『Let It Be』からスイング・ジャズやロックンロール等多彩なジャンルを織り交ぜるようになった。バンドの商業的な成功はゲフィンからリリースされた「Don’t Tell A Soul」で訪れる。


以後、フロントマンのポール・ウェスターバーグのソングライティング性を押し出すようになり、インディーフォークやカントリーなどを音楽性の中心に据えるようになった。91年の解散後、ポール・ウェスターバーグはソロアーティストとして、カントリー/フォークロックの象徴的なアーティストとして目されるようになった。

 

 

 

 

・Pixies (-Breeders,Amps)

 

旧ラインナップ

ピクシーズ(Pixies)は、1985年に結成されたアメリカ合衆国のロックバンドである。初期オルタナティブ・ロックシーンに活躍したバンドのひとつであり、乾いた轟音ギターにブラック・フランシスの絶叫ボーカルが重なったサウンドは、後のインディーズミュージシャンに影響を与えた。


バンド名は、ギターのジョーイ・サンティアゴが適当に辞書を引いたところが「pixies」だったため。このバンドの正式名称は "Pixies in Panoply"であり、略してPixiesと読んでいる。
ピクシーズに影響を受けたバンドは数多く、ニルヴァーナのカート・コバーン、U2のボノ、ウィーザー、ブラー、レディオヘッド、ストロークス、the pillows、ナンバーガールなどが挙げられる。特にカート・コバーンがピクシーズを崇拝していたのは有名な話で、ニルヴァーナの代表曲ともいえる「スメルズ・ライク・ティーンスピリット」は、カート・コバーンがピクシーズの曲("Debaser"とも"WhereIs My Mind?"とも言われる)をコピーしている時に出来た曲だといわれている。

 

ニルヴァーナやナンバーガールといったバンドの特徴でもある、AメロやBメロは静かに、そしてサビ部分で絶叫というボーカルスタイルは彼らが発祥である。1曲1曲は短く、2分もない曲も多い。




・Throwing Muses

 



Throwing Musesはニューポートのバンドで、現在のオルトロックの源流を形成している。

 

同じ高校の同級生であり、異父姉妹でもあるクリスティン・ハーシュとタニヤ・ドネリーを中心に結成された。当初のバンド名は「Kristin Hersh and the Muses」だったという。その後ベーシストにエレイン・アダムデス、ドラマーにベッカ・ブルーメンが加入するが1983年に脱退。新ベーシストにレスリー・ランストン、新ドラマーにデヴィッド・ナルシーゾが加入した。


1984年に自主レーベルよりEP『Stand Up』をリリースしデビュー。その後バンドはアメリカのバンドとして初めて4ADと契約する。1986年にギル・ノートンプロデュースのセルフタイトルの1stアルバムをリリース。続けて1988年に2ndアルバム『ハウス・トルネード』をサイアー・レコードからリリース。1989年に3rdアルバム『Hunkpapa』を発表後、1990年にベーシストのランストンが脱退。新しくフレッド・アボンが加入し4枚目のアルバム『リアル・ラモーナ』を1991年にリリースするが、ドネリーがブリーダーズでの活動に専念するため脱退。


1992年にバンドは新ベーシストのバーナード・ジョージズを迎え5枚目のアルバム『レッド・ヘヴン』をリリース。アルバムには元ハスカー・ドゥのボブ・モールドがデュエット参加している[1]。1994年にハーシュはソロ・アルバム『Hips and Makers』を発表した。1995年発表の6枚目のアルバム『ユニヴァーシティ』の内容はプレスから賞賛されるが売れ行きは思わしくなく、その後サイアーを解雇される。

 

1996年に7枚目のアルバム『リンボー』をライコディスクよりリリース。1997年にバンドは解散し、ハーシュはソロ活動を本格化させる2003年にバンドは再結成を発表、同時期に8枚目のアルバム『スローイング・ミュージズ』をリリース。タニヤ・ドネリーもコーラスで参加した。2013年に10年ぶり9枚目のアルバム『Purgatory / Paradise』を発表した。 






・Guided By Voices

 




オハイオ州デイトン市の中学教師だったRobert Pollard率いるGuided By Voicesは、レコーディングに着手して以来大量の音楽を産み出してきた。

 

「ローファイ」というレッテルを貼られたおかげで、彼らの音楽が売上を伸ばしたことは間違いないが、彼らがほとんどの作品を安い機材で録音してきたのは、趣味の問題であると同時に予算の制約があったからだ。メジャー・レーベルと協力関係にあるインディー・レーベルから作品を発表するようになってからも、彼らは一貫してこの「ローファイ」というコンセプトにこだわっている。彼らのようなアンダーグラウンドのはぐれ者にとって、メインストリームでの成功は価値がないようだ。Pollardはつねに、現実のロックスターであるより、彼の空想のなかでロックスターであることを選んできた。

 

『Box』というそっけないタイトルの5枚組ボックス CDは、彼らの初期の作品を収録している。しかし、ほとんどの曲は、焦点が定まっていない。『King Shit And The Golden Boys』と題された付録CDは未発表作品を集めたものだが、このカルトバンドの未発表曲を聴きたいと待ち焦がれていたファンがそれほど大勢いたのだろうか。


なんらかの意味でPollardがポップの高みに達したのは、'92年の『Propeller』からである。このアルバムの数曲は、暗闇の前方に'60年代のハーモニーとパワーポップへの圧倒的な愛情が垣間見える。彼らは(と言っても、正式メンバー以外につねに何人かの酔っ払いが群がっているようだ・・・)『Vampire On Titus』をリリースすべくScat Recordsと契約した。しかし、そのように認知されただけで、Pollardは動揺した。彼は再び、AMラジオの夢の国というお得意のコンセプトで曲を作り出した。

 

それ以後Guided By Voicesがリリースした数枚のアルバムは、'60年代ポップ世界の再構築に関心がある者にとって貴重である。全米ツアーでの、Pollardと仲間たちは、歌の合間にビールを飲んでいた。ライヴが2時間に及ぶ頃には、彼らはたいてい出来あがっていて、最後にPollardが観客からリクエスト曲を募ったり、その場で曲を作ったりしていた。'96年には、Pollardと(元)メンバーのTobin Sproutがそれぞれソロアルバムを発表。'97年、Pollardは、クリーヴランド出身のロッカーCobra Verdeを新メンバーに迎え、『Mag Earwhig!』をリリースした。バンドは昨年、最新アルバム『Nowhere To Go But Up』をリリースし、変わらぬ健在ぶりをみせた。

 

 

 

 

・Superchunk

 


        

1989年にノースカロライナ州チャペル・ヒルで結成されたスーパー・チャンクは、マック・マコーガン(ギター、ヴォーカル)、ジム・ウィルバー(ギター、バッキング・ヴォーカル)、ジョン・ウースター(ドラムス、バッキング・ヴォーカル)、ローラ・バランス(ベース、バッキング・ヴォーカル)の4人組。

 

1989年に最初の7インチをリリースして以来、スーパーシャンクは、初期のパンク・ロック・ストンプ、キャリア中期の洗練された傑作、瑞々しく冒険的なカーブボールなど、さまざまなマイルストーンアルバムを発表してきた。 

 

Superchunkはピクシーズとともに90年代以降のオルタナティヴロックに強い影響を及ぼしている。また2000年代以降のメロディック・パンクバンドにも影響を及ぼしたという指摘もある。彼らの音楽の中には、現在のアメリカーナ、パンク、そしてロック、ポップに至るまですべてが凝縮されている。


 

 

・Dinosaur Jr.

 


 

 

Dinosaur Jrは1983年、マサチューセッツ州アムハーストにて、Deep Woundというハードコア・パンクバンドをやっていたJ Mascis(G/Vo)と、ハイスクールのクラスメートだったLou Barlow(B)により結成され、その後すぐに、Murph (Emmet Patrick Murphy/Dr)がメンバーに加わった。


Country Joe and The Fish、Jeffeson Airplaneの元メンバーのバンドがThe Dinosaurと名乗っており、法に抵触する可能性があったため、デビューアルバムである『Dinasour』(1985年)を発表後すぐに、バンド名を変えている(少なくとも1987年までは、Dinosaurの名前を使っていた。

 

1987年、彼らはSonic YouthからのすすめでSST Recordsと契約、彼らのベスト作とされている『Your' re Living All Over Me』をリリースした。次の年には『Bug』を発表する。イギリスで『Bug』は、Sonic YouthやBig Black、Butthole SurfersらのレーベルであったPaul SmithのBlast First Recordsからリリースされた。この時期、彼らは大音量のライブをやるバンドとして知られるようになった。

 

大きな商業的な成功はなかったものの、カルト的な熱狂を獲得していた。『Freak Scene』と『Just Like Heaven』の成功は、Sonic YouthやNirvanaと仲がよかったことも相まって、結果的にWarner Brothersとの契約に結びつくことになった。彼らの曲はギターノイズに包まれ、メロディックで構成も単純であったため、同時代のPixiesとともに、その後に登場してくるNirvanaに大きな影響を与えている。以後、『Green Mind』でようやく商業的な成功を収める。


面白いことに、ルー・バーロウとJ・マシスの音楽性はすべて1987年の「Little Funny Things」で完成されており、のちの商業的な成功はその付加物でしかないように思える。バンドの音楽は当初サイケデリックロックやフォークの融合という形で登場したが、それをよりスタンダードな音楽性へと変化させていった。


「Green Mind」の商業的な成功はその時代のグランジの影響下にあった。もちろん、「Flying Cloud」でのインディーフォークのアプローチや、「Muck」のサイケとファンク、そしてカレッジロックの融合というセンスの良さがあるとしてもである。それでも、やはり、Jマシスのギタリストとしての凄さは最初期や90年代にかけての音源にはっきりと見出すことが出来る。



                                  

 


・Built to Spill

 



                
Built to Spillはアイダホ州ボイシを拠点に活動するインディーロックバンド。キャッチーなギター・フックとフロントマンDoug Martschのユニークな歌声で有名だ。


元Treepeopleのフロントマンだったダグ・マートシュは、1992年にブレット・ネットソン、ラルフ・ユーツと共にビルト・トゥ・スピルを結成。GBVと並んで、オルタナティヴロックの源流にあるバンド。

 

当時のSpin誌のインタビューで、ダグ・マートシュは「アルバムの度にバンドのラインナップを変えるつもりだった」と語っている。


マートシュは唯一のパーマネント・メンバーだった。バンドのファースト・アルバムバンドのファースト・アルバム『アルティメット・オルタナティヴ・ウェイヴァーズ』(1993年)の後、ラインナップを変えるという考えは真実となった。ネッツォンとユッツの後任にブレットNelson(Netsonではない)とAndy Cappsに交代し、1994年の『There's Nothing Wrong With Love』をリリースした。コンピレーション・アルバム『The Normal Years、 というコンピレーション・アルバムが1996年にリリースされた。1995年のアルバム録音の合間に、バンドは ロラパルーザ・ツアーに参加。マーシュは1995年、ビルト・トゥ・スピルとワーナー・ブラザースと契約。


1997年、『Perfect From Now On』で初のメジャー・レーベルからのリリースを果たした。この時、バンドはマートシュ、ネルソン、ネットソン、スコット・プルーフで構成されていた。Perfect From Now On』は批評家からも高評価を受け、ビルト・トゥ・スピルはアメリカで最もステディなインディーロックバンドのひとつとなった。

 



・Sebadoh




Dinosaur.Jrに在籍していたルー・バーロウとエリック・ガフニーとの宅録テープ交換から生まれたバンド。ダイナソー脱退後、ルーはSebadohを中心とするソロ活動に専念するようになった。

 

安い機材でのレコーディングにこだわり、PavementやBeat Happening同様に、ロー・ファイを確立した重要なバンドと言われている。80年代前半から後半の宅録テープをリリースした後、92年からSUB POPに在籍。ルーのワンマンバンドというわけではなく、ルー以外のメンバーの曲も多い。メンバーチェンジを繰り返しながらも4枚のアルバムをリリースしている。

 

ルー・バーロウはSentridoやFolk Implosion 、ソロ名義などSebadoh以外のプロジェクトでも活動的だった。Sebadohは2000年頃に終止符が打たれ、ルーは他のプロジェクトに力を注ぐようになった。

 

2005年にはDinosaur Jrが再結成、2007年にはエリックを含むオリジナルラインナップでのSebadohでツアーをすると宣言。現在、ルーのメインバンドはDinosaur Jrのようだが、合間を縫って様々な活動を展開中らしい。

 

 

 

・上記で紹介したバンドのほか、カレッジロックの最重要バンドとして、Soul Asylum、The Smithereens、Buffalo Tomが挙げられる。他にも米国のラジオではUKロックがオンエアされており、その中にはThe La's,The Smith,The Cureといったバンドの楽曲がプッシュされていた。